EARTH
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第5章「君は何も失ってなんかないよ(2)」
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「お前は 誰だ?」



俺の呟くように小さな声は、他に誰もいない、二人だけの空間であるこの永遠の漆黒の中でも反響し、木霊のように響き渡った。だけど、届いているはずの声に『あいつ』は無表情のまま答えようとはしなかった。
「……答える気がないのか?」
俺は半ば諦めてそう答えたが今度は答えが返って来た。

今のお前に名乗っても混乱させるだけだからな

だが……いずれ……そう遠くないうちに分かるさ

オレが誰なのか 何者なのか

……重い……言葉だった。少なくとも俺はそう感じた。
 


俺は『あいつ』が何者か知りたいのか?



そう自分に何度も何度も問い掛ける。
『あいつ』が誰かなんて知ったことじゃない……はずなのに。
心が『確かなもの』を求めてやまない。
サリーナを失って酷く不安定な俺は、『自分』という本来制御出来るはずの存在を制御できない俺は、自分自身さえも信用出来ない俺は……それがどんなに過酷だろうと『真実』を、確かに掴めるものを求めてしまう。
……それが俺をどうしようと……
サリーナを失った俺は……俺になんて興味がなかった。
だからこそ……知る事が怖いはずの『あいつ』について知りたかった。
 


お前はオレについて知るよりも知らなければならない事があるだろう?



『あいつ』の言葉に俺は冷笑を浮かべる。何の答えを待っているかが手にとるように分かったからだ。
「……『愛』……か?」
俺の冷酷な視線が『あいつ』を突き刺す。しかし、今まで何人もの表情を凍りつかせてきたその冷酷な瞳も『あいつ』には通用しない。ただ、満足そうに俺に負けない冷酷な、心の底から震え上がるほど冷たい微笑みを浮かべるだけだった。

そして、暗闇が弾け飛んだ。……それは邂逅の終わりを意味している事を俺は知っていた。
暗闇を切り裂いた閃光の中で俺は夢想していた。
それは俺の心の叫び……心の渇望……そのものだ。
 


俺は……『愛』なんて欲しくないんだよ

俺が欲しいのは……求めてやまないのは……



『声』になる事もなく、俺の願いは胸の奥深くに現われてはまた欲望と理性の渦巻く海へと呑み込まれていく。ただ……唯一『声』となったのは俺が一番大切な少女の名前だった。
 

……サリーナ……


本当に愛しい人……彼女が側に居てくれていたら、俺はあのまま変わっていったのだろうか?『人』として生きていけたのだろうか?

……彼女が側にいてくれたら……
……その声を聞かせてくれたら……
……その笑顔を見せてくれたら……
……その温もりに触れられるなら……
 

報われない願いは欲望の海を波立たせ、そしてちっぽけな理性がそれを抑えては弾き飛ばされる。それが延々と続いていく……繰り返し繰り返し、そしてその度に俺のちっぽけで矮小な心は傷ついて端の方から欠け落ちていく。そしてその破片でまた俺の心から血が流れる。涙と一緒に……
だけど……それが報われない願いなら……一つだけ願いを聞いて欲しかった。
 

彼女が……幸せであるように……


その願いが叶うなら、俺はどうなろうと構わない。本気でそう思った。
自分が八つ裂きにされ、俺のこの出来損ないの肉と骨と血で出来た人形のような肉体を生け贄に捧げろと言うのなら喜んで差し出してやる。
腕だろうと、足だろうと、心臓だろうと、脳だろうと……
 

まだ彼女が側にいたあの日々……
俺は何故もっと多くの事を伝えられなかったのだろう?
彼女の震える手を優しく包み込んであげられなかったのだろう?
伝えたい事はたくさんあるのに、それはもう伝わる事はない。

伝えたくなかったわけじゃない。
温もりに触れたくなかったわけじゃない。

ただ……俺が暗闇に囚われて……彼女の眩しい程の優しい光でも癒されない程に俺が荒んでいただけ……
 

……出会うのが遅すぎた……かな……?


そう自分に言い聞かせて……涙の一滴と共に俺は目覚める。
地獄の現実が俺を呼んでいる。
だからこそ……殺め続けてきた無数の命に対して償うためにも……俺は目覚めよう。
 
 

「……クエイドさん?」
リーサの声で俺は顔を挙げる。瞳には眩しすぎる太陽の光が突き刺さる。街道を歩く人達の活気に満ちた喧騒……青空を映した巨大なビル群の窓ガラス……
ここはローグィン。
レイキャンベル公国では比較的に大きな地方都市であるため、近代的な街並みが広がっている。
だけど、それが返って今のクエイドには鬱陶しいくらい邪魔な存在に思えてならなかった。
「……何?」
クエイドはリーサの視線と交わらないように適当な方に瞳を泳がせる。
そんな様子にリーサは少しだけ心配そうな表情になる。
「……どこか具合が悪いんですか?何だか……酷く辛そうに見えますよ?」
(やっぱり……そんな風に見えるかな……)
クエイドは内心で苦笑を浮かべて表情は能面のまま「そんな事ない。」と適当にあしらう。今までの人生で身に付けた処世術だった。別にこの目の前の女性が嫌いな訳じゃない。確かに少し苦手ではあるがこの対応は誰にだってやる事だ。……多分、サリーナを除いて。
「……そう……」
リーサは半ば諦めて小さく呟く。この青年はどんな心配も意を解さない事をもう十分承知していたからこれ以上何を言っても無駄だろうと感じたからだ。ジーンズに黒いTシャツという簡単な服装だが、それでも彼がそれを着こなすと一流のファッションのように思えてくる。
「……ラッグスはまだ帰って来ないのか?」
クエイドは空を仰いで呟いた。一面に広がるブルーの絵の具を塗りたくったような空が今の自分の心情に酷く合わない事を感じて視線を下げる。そして、意図せず入ったリーサの表情は少し困ったようにその端正な細い眉をしかめていた。
「……そうですね。私、少し様子を見てきますね。」
「ああ。頼むよ。」
リーサは軽く笑顔をクエイドに向けると小走りに駆け出した。雑踏の中に消えていくリーサの背中を見詰めながらクエイドは息を一つ吐く。彼女には悪いがやっぱり苦手意識はなかなか拭えない。一人になれた事に軽い安堵を覚える。
(……だけど……)
視線をどこに向けても人、人、人。それが嫌で空に視線を向ければ自分の嫌いな色が空一面に広がっている。無機質なビル群には息苦しさを覚えるだけ。そんな世界の全てを憎んでいるような俺の思考に自分でも嫌気がさしてくるが、こればかりはどうにもならない。
クエイドは暇を持て余してコンクリートで出来たビルの外壁に背をもたれる。
人の中に居ると自分がどれだけ孤独かを思い知ってしまう。
笑顔を振り撒いて歩き去っていく人々を見ていると、それとは明らかに違う自分を意識せずにはいられない。
それを淋しいとは思いたくない。自分自身で『こうなっていったのだから』。
クエイドの重いため息は雑踏の他愛もない話し声、笑い声に掻き消されて誰一人としてそれに気付く事はなかった。
 

雑踏の中でクエイドとは別に笑い声が響く明るい街角には似合わない男が立っていた。背広を着込んだ、疲れ果てたように顔色の悪いその男は周りを適当に眺めているふりをしながら確実にクエイドを監視していた。
「……目標、現在一人です。状況を開始しますか?」
まるで独り言のようなその声に気付くものなどこの人の海のような街でも一人もいなかった。
しばしの沈黙を経て、男は再び呟く。
「了解。『AN作戦』を実行に移します。」
男の鋭い眼光がもう一度クエイドを捕らえた。
人ごみで掻き消され、クエイドはその視線に気付く事はついになかった。そして、爆発は突如として人で賑わう街灯で起こった。
 

ローグィンの市街地郊外の何処にでもあるような駐車場に大型トレーラーが止まっていた。その事自体は別に珍しい事でもなかった。都市へ荷物を運ぶためにトラックの運転手がこの場所に止めることもあったからだ。しかし、突如として開かれた巨大なトレーラーのコンテナの中から現われたのは完全武装したARMS3機だった。近接戦用にマシンガンを所持したARMSが2機と、ミサイルを装備した後方支援型ARMSが一機。破壊の権化とも言うべき陸戦兵器最凶の存在が今、放たれたのだ。そして同時に待機していたニルヴァーナ機関の誇る特殊歩兵部隊が行動を開始する。自動小銃を携帯した歩兵達は認識票や部隊マークを完全に消した戦闘服に身を包んでローグィンの闇で蠢き始めた。
 

武装ヘリが爆音を轟かせて2機現われたのは特殊歩兵部隊による爆破活動が行われる直前だった。ローグィンの市民達はそのヘリの姿を捉えていたが、テレビ局か何かのヘリだと思い、大して気にも留めていなかったのがほとんどだった。しかし、そのヘリは武装されており装備している対地ミサイルの攻撃能力は乱立しているビル群を木っ端微塵に破壊するのには十分な程のものだった。ヘリは街にかかっている橋に向かって直進する。ビルの窓ガラスには青空と一緒に黒く塗られた戦闘ヘリの異形の様が映りこみ、溶けていた。
空気が勢いよく抜けるような音と共に一発の対地ミサイルが発射される。そのミサイルは軌跡を描いて橋に直撃し、走っている車両諸共爆砕する。轟音と共に巻き上がった土煙、瓦礫は被害を免れた車に対しても雨のように降り注ぎ、その被害を広げる。
その破壊の足跡を残してヘリは再び獲物を狙って川沿いにローター音を響かせて巨大な都市を我が物顔で飛び回っていた。
 

『AN作戦』発動


この十数時間前、作戦司令室においてこの作戦の概要がラズウェルによってニルヴァーナ機関特殊部隊に説明されていた。

「……今回の任務は目標……クエイド・ラグナイトの肉体の確保である。」
ラズウェルは神妙な面持ちで語り始めた。作戦司令室には椅子だけでそのほとんどが占められており、ラズウェルの側には作戦の説明に必要だろうホワイトボードとそれにはりつけられたいくつもの写真やデータ、そして関係図があった。
「IIA諜報員による報告だと現在目標はローグィンに留まっている。作戦ではテロに見せかけてまず戦闘ヘリ3機によって、ローグィンに掛かっている主要な橋を落とす。その後輸送トレーラーによって潜入させておいたARMS及び特殊歩兵部隊によって制圧する。なお、目標の生死は問わない。IIAによる支援もあるが現在のレイキャンベルは陸軍情報部、国家公安調査庁、CIT等の諜報機関が活発に活動を行っているため、各国部隊との交戦も十分想定出来る。非情に危険な任務だが現在の帝国軍部と中央議会との抗争を劇的に解決させる重要な任務である。心して掛かって欲しい。」
ラズウェルの言葉が終わるのを待つように最前列に座っていた男が手を挙げる。
「マーカス少尉。」
マーカスはラズウェルから促されると静かに席を立ち上がった。
「資料から目標が類稀な戦闘能力を有している事は十分に分かりました。しかし、ここまでの大規模な軍事行動は軍部及び敵対国に対して我々の活動を知らせる事になりかねません。特殊部隊による極秘裏の活動でも十分に目標に対して効果を挙げる自信が我々にはあります。」
「マーカス少尉、気持ちは分かる。しかし、理由は言えないが目標はそこに記されている戦闘能力だけではないのだ。今回のこの部隊でも心許ないくらい……な。……一言だけ言おう。この目標をなめるな。帝国軍部が秘匿しているARMS?N&BD01ジハードと同程度の脅威認識を持って行動して欲しい。」
そのあまりに深刻な言葉で途端にその場の緊張が高まる。ジハードと同程度……つまりは『戦略兵器』、戦況を劇的に変えるだけの戦闘能力を目標が有している……その事実にマーカスは恐怖と同時に興奮を覚えずにはいられなかった。
「他に質問がなければ解散だ。ただちに各個に任務についてくれ。以上!!」
慌しく席を立つ音がこれからの騒乱の始まりの鐘となって打ち鳴らされた。
そして、ニルヴァーナ機関によるクエイド捕獲作戦『AN作戦』はクエイドにとって爆弾による爆発によって知らされる事になる。しかし、クエイドがこれらの破壊活動が全て自分一人の為である事をこの時点ではまだ知る由もなかった。
 

突然の爆発によって人々の笑顔は突如として悲鳴と恐怖に引きつったものに変わった。クエイド自身も突然の事に完全に不意を突かれてしまう。
だけどその蒼い瞳は嫌でも惨劇を直視してしまう。突如巻き上がった爆炎とそして噴煙。そして、その次に現われたのは埃と血で汚れて倒れている人達の姿だった。ざわめきで呻き声も聞こえない。だけど……少しも動かないその姿と声も何も聞こえない事が逆に深刻なほど『死』の一文字を実感させる。
 

……なんで人が死んでいるんだよ……
……ここは戦場じゃないだろ……
……なんで『日常』で人がこんな風に死ぬんだよ……


頭が事態を理解する前にそれさえも遮るような凄まじい銃撃音がすぐ側で起こる。その方に視線を映すと人々が背中を、胸を、頭を打たれて血を流しながら倒れていく様だった。
鮮血が飛び散る……そして、黒い戦闘服の兵士たちが銃を人々に向けている。悲鳴は銃撃音で掻き消され、そして『日常』は『非日常』に変わって人が殺される。
「目標発見!!」
「目標の生死は問われていない。一気に沈黙させるぞ。」
銃口がクエイドに向けられる。それを理解するよりも早く体が動いていた。銃弾は柔らかい肉体ではなく、硬く冷たいコンクリートを叩きつける。クエイドは銃口が向けられる瞬間に相手の体の動きを見て、弾道を予測して回避行動を行ったのだ。
相手が何者なのか、何故こんな事をするのか。
それは理解出来なくても目の前の人間が自分を、そして他人を殺そうとしている。それだけは分かった。そしてそれだけ分かれば十分だった。
魔法の構成を編み上げつつ、物陰に隠れる。寸前の所で自分が今までいた所を容赦なく銃弾が撃ち込まれる。一連の呪文の工程が終了するまで戦闘員との距離を保つ必要があった。自動小銃を携帯している複数の戦闘員に対して一人……しかも素手で挑むのはさすがにクエイドでも無茶だった。
「物陰に隠れたぞ!!逃がすな!!」
戦闘員の怒声と慌しい足音を意識の片隅で聞きながらクエイドは構成を編み上げる。続いて詠唱を行おうとした時、銃声が響くと同時に耳のすぐ横を弾丸がかすめ飛んでいく。
(くっ!!十分に訓練されている……特殊部隊か!)
軍隊と言えどもその実力はピンからキリまである。それは実戦を経験しているかしていないかが大きい。確かに訓練で仮想の戦場を体験する事は出来る。しかし、実際に人の死が転がる戦場は仮想の戦場とは大きく違う。その事からもこの戦闘員達は人を殺す事に躊躇がない。……『戦場』を経験しているのだ。
それはクエイドにとっては致命的だった。満足な武装もない今の状況では十分に対処出来る自信がクエイドにはなかった。……しかし……
(だからってそう簡単に死んでたまるか!!)
クエイドは心の奥底で魂の咆哮を挙げる。少しでも時間を稼ごうと客が慌しく逃げ出したカフェの中に転がりながら飛び込む。
そして、物陰に隠れると詠唱を口早に唱える。詠唱の終了とほぼ同時に戦闘員が一人カフェの中に入ってくる。用心深く銃口を向け、視線をくまなく辺りに張り巡らす。
しかし、クエイドの魔法はすでに完成している。クエイドは近くに落ちていたビンを持つとそれをあらぬ方に投げる。虚空を何回も回転するビンは戦闘員の視界の反対側を飛んでいく。そして、ひと時の静寂を終え、ビンの割れる乾いた音ともに両者が動く。
一瞬、ビンの割れた方に意識を取られ、本能でそちらに身構える。しかし、そのさきには何もなく、逆に自分の後ろに現われた気配を感じた時、戦闘員は戦慄を覚えた。そして、振り向くと両手を自分に突き出した目標……クエイドの姿がそこにあった。
「『風刃』!!」
クエイドの呪文と同時に力を得た『構成』は現実世界にその暴虐な力を発現させる。真空の刃の波動は目に見えぬ渦を巻きながら、戦闘員を切り刻む。
「ぐわぁぁぁ!!!」
激痛と凄まじい旋風に一瞬だけ、自分の全てが『無力化』する。握っていたはずのサブマシンガンは両手から離れ、構えはほどけ隙だらけになっていた。そして、鈍い体中の痛みを掻き消すようにさらに痛烈な痛みが腹部を襲った。
クエイドは魔法を開放したと同時に大地を強く蹴ってその勢いを殺さぬままに戦闘員のがら空きの腹部目掛けて渾身の拳を打ちつけたのだ。
その圧倒的な威力の前に戦闘員は気絶するしかなかった。
倒れている戦闘員を冷たい瞳で見ながらクエイドは強い殺意の衝動にかられる。
手がわなついて今にもこの男を殺しそうだった。
自分との誓い……『殺さず』の誓いがなければ今にも殺している所だった。
「……どうして……どうしてこんな事をするんだーーーー!!!!」
クエイドは叫んでいた。何故自分がここまで憤っていたのかも分からぬまま……だけど、どうしようもなく悲しくて、どうしようもなく怒りを感じて……そして、叫んでいた。
 

「全く……せっかく脱出したって言うのに……『彼』はなんでいつもああなんですかね。」
ラッグスは電話ボックスで受話器を置くとそう呟いて彼には珍しく嘆息した。
『彼』とは電話の相手……旧友であるネロ・クライブの事である。彼の性格の事は十分過ぎるくらい理解しているつもりだったが、まさかバロンから脱出出来たにも関わらず、「……なんだ、脱出しちまったのか。」とは……
これにはさすがに温和なラッグスの表情も曇らざるを得ない。でも、それが逆に普通……日常に思えてラッグスは苦笑を浮かべる。
「……彼らしいと言えば彼らしいですけどね……」
誰に言うでもなく、そう思わず呟いてしまっていた。
「あ、ラッグス!!」
自分を呼ぶ、忘れられない声にラッグスは声の聞こえた方を振り向く。そこには小走りに走ってくるリーサの姿があった。
「リーサ。クエイドさんと一緒だったんじゃないんですか?」
リーサが自分の側にたどり着いたのを見計らってそう、優しく声を掛ける。彼女は少しだけ息を整えてから笑顔で応えた。
「ラッグスがあんまり遅いから……クエイドさんも心配してましたよ?」
白いブラウスに動きやすい黒のスラックスパンツは彼女の大人っぽい雰囲気にとてもよく合っていた。そのわりに全く化粧をしていない彼女の少女のような表情はアンバランスさの中でとても魅力的に見えた。
「すいません。ちょっと手間取ったもので……それじゃ、クエイドさんの所に戻りましょうか。」
「はい。」
ラッグスの温和な笑顔につられるようにリーサも優しい聖母のような笑顔を返す。ゆっくりと歩き出したラッグスに付き添うようにリーサも隣りを歩く。そう……そんなこれから当たり前になるはずの本当にごく当たり前の日常だった。
……ここまでは……本当に……日常の……どこにでもあるような光景だった。
突如、凄まじい爆音が響いた。巻き上げる土煙ですぐ側の光景が砂色に変わる。
「何?!爆発?!!」
「事故か?!」
突如、騒ぎ始める群衆だがそれも次の音でこの事態が何なのか、明確に告げられた。
銃声が轟き、目にも止まらない……いや、凄まじく早い一筋の小さなほうき星が無数に空中を裂いて飛翔したのだ。そのほうき星は人の体に吸い込まれると肉も骨も血も引き裂いて、細胞本来の働きを止める。そして、肉体はその生命活動を急速に弱める……アスファルトの日差しによって照りつけられた生暖かい感触すらも感じられず、ただそれと同様に生暖かい血がほうき星の突き刺さった箇所を中心に流れ出す。それが無尽蔵に……人の数ほど繰り返される。
誰かの悲鳴を最初に、街は騒乱に包まれた……
混乱した市民は我先にと逃げ出す。その大きなうねりのような人の波に押し流されるのを必死で堪えながらラッグスはリーサの手を離さないよう必死に掴んでいた。
「一体何が起こっているの?!」
リーサの悲鳴のような声……恐怖と、そしてこの悲鳴の渦の中で自分の声をすぐ側にいるラッグスに伝えるのも困難なのだから仕方がなかった。
「分かりません!!でも……ただ事ではないようですね!!」
こんな時でもラッグスの口調は変わらない。多少は語気が強まっているが。
「まさか、私達を追って……?!」
リーサの不安は最もだったがラッグスは即座に首を振る。
「それは考えられないでしょう。まさか僕たちを追撃するのにこれほどの軍事行動を起こすとは思えませんから!!」
走って逃げる男の肩がラッグスの肩に当たり、最後は思わず叫ぶような声になってしまった。
「だったら?!」
「分かりません!!今はとにかく逃げましょう!!」
「でも、クエイドさんは?!彼は今、何の武装もしていないのよ?!」
リーサは珍しく心のままに叫んだ。クエイドの強さは知っているが彼は無敵でもなければ、不死身でもない。軍隊を前に丸腰でどうにか出来るとはとてもじゃないが思えなかった。
「僕らも何の武装もしていないんです!!とにかく、急いで宿に戻って武器を!!クエイドさんなら自分一人の力でも十分この危機を乗り切れます!!」
ラッグスはリーサの肩を力強く握ってそう叫んだ。確かに丸腰のクエイドを一人にして置くのは気が咎めたが、何の武器もない今の自分たちでは返って足手まといになる。
その事実を噛み締めて、ラッグスはリーサの手を取って走り出した。銃声は今もなお止む事を知らなかった。
 

魔法が放たれると同時に目の前に眩いばかりの閃光がほとばしった。光弾は銃弾にも勝る速さで迫ると爆発する。爆風でよろける戦闘員に対してクエイドは疾風の如き速さで接近し、何度目かの拳を放った。崩れ落ちる戦闘員の姿を見ながらクエイドは自分の内なる叫びとも戦っていた。
 

何故そうまでして人を殺す事を拒む?

今までだって これからだって お前は殺すんだろ?

さぁ 今からでも遅くない

殺せ!!


クエイドは硬く奥歯を噛み締める。歯が砕け散るかと思う程の力で噛んでは自分の内なる声に耐え続ける。しかし、それも限界が近い。肉体の疲労と共に精神も病んできている。
(……俺は殺さない……死んでも……殺して堪るか!!)
そして、突如すぐ近くで爆発が起こる。
クエイドがそっちのほうを見ると路地から巨大な鉄の人が現われた……
知っているはずなのに……ソレが何なのかクエイドは知っているはずだったのにその時はそんな風にしか頭が回らなかった。
……ARMS……
最凶の陸戦兵器が何故こんな所にいるんだ?!
それだけが繰り返し頭の中を駆け巡った。しかし、それも束の間だった。ARMSの冷たい爬虫類のような瞳に捕まった時……クエイドの心を戦鬼が支配した。
 

「あれが目標か……」
マーカスはコクピットの中で冷笑と共にその目標の名前を繰り返し頭の中で呟いた。
クエイド・ラグナイト。
報告書に違わぬ驚異的なまでに優秀なギルド派遣員……いや、兵士だ。人を殺す事を、破壊活動をその生業にしているマーカスにはこいつが自分に近い人間である事を瞬時に理解した。そして、その強さも。
「報告書ではARMSすら生身で破壊したとある。その強さを見せてみろ!!」
そして、マーカスの駆るARMS・ゼアスレヴは動き始めた。
 

ARMSがその巨大なマシンガンを自分に向けている事を理解した時、体がすでに動いていた。そして『構成』を編み上げ始めていた。
しかし、ARMSの巨体の前では人間の足ではその射程から逃れられない。鼓膜を裂くような銃撃音と同時に弾丸がばら撒かれて悪戯に大地を突き刺し、コンクリートの破片を宙に撒く。
その弾丸の嵐の中でクエイドは駆けていた。すぐ横を飛び交う銃弾。そして意識さえ侵食する銃声。その極限の戦闘の中で『あいつ』の声が響く。

このままじゃ 殺されるな

(言われなくても分かってる!!)
クエイドは唇を噛んだ。『構成』が完成し、『詠唱』を行う。流れるように紡ぎ出される魔力のこもった言葉が現実世界を魔力で満たしていく。

殺さずにアレを仕留められるのか?

非力なお前に?あの女も守れないお前に?

『あいつ』の言葉を無視して今は目の前の敵を優先する。
何とか建物の中に隠れる事で弾丸の嵐から逃れる。気が付けば左肩から血が流れている。恐らく銃弾がかすめたのだろう。直撃しなかっただけ運が良かった。
詠唱を終え、ゼアスレヴが姿を見せる時を待つ。
ガラスは割れ、窓枠だけが残っている窓から顔を半分出す。しかし、ゼアスレヴの姿を見つける事は出来なかった。
(どこに行った?)
クエイドがそう思った直後、建物の壁が轟音と共に崩れ落ちる。土煙の中で一瞬ARMSのカメラの取り付けてある瞳が輝いたのが見えた。
「『烈光牙』!!」
クエイドは迷わず、至近距離から魔法を開放した。『呪文』によってその呪縛から逃れた魔法はその圧倒的なまでの破壊力を見せ付ける。現われた光弾は土煙の中に吸い込まれると突如、荒れ狂う爆風を生んだ。その爆風はクエイドすらも呑み込んで当たり一体を無残なまでに爆砕する。建物は音をたてて崩れ落ち、後に残ったのは瓦礫と面影を僅かに残すのみだった。
 

……俺……どうなった……?

混濁する意識を何とか立て直そうと試みるがそれすらも出来ない。体も自由に動けない。生きているのか死んでいるのかさえも分からない。
ただグルグルと視界が歪んでいた。青い渦……見えるのはそれだけだった。

……俺……死ぬのか……?

今まで何度も危機に直面し、その度にそう思ってきた。
だけどここまで切実に感じた事は始めてだった……いや……二度目?
そう……あの時……3年前のレイキャンベルでの極秘軍事演習……あの時は本当に自分がここで死ぬんだと信じて疑わなかった。だから、目が覚めても自分がまだ生きている事を信じられなかった。
……あれからだったな……自分が死に損なったと思うようになったのは。
だから……俺はいつもどこかで死に場所を求めていた。死地へ自分から赴こうとした。
人を殺せば自分も殺される。……だから俺は人を殺していたのかもしれない……
サリーナには『殺さなければ殺される、だから殺した』って言ってたけど……
そうじゃないんだ。本当は……殺されるのを望んでいたから……殺していたんだ。
そうだ……だから俺は……サリーナに会って……生きたいって心の底から思うようになって……だから殺せなくなったんだ。殺しちゃいけないって思うようになったんだ。
そうなんだよ……俺は……死にたくないんだ。俺は……俺の望みは……あの『死神』に語った俺の望みは……

いつのまにかクエイドの視界は回復していた。ただ、それを現実と捉えるだけ思考のほうが回復していなかった。仰向けに倒れて天を……蒼天の空を見上げていた。そして、その日差しを隠すように、山のようにそびえ立つARMSゼアスレヴ……クエイドにマシンガンの銃口を向け、所々火花を散らしながらもそれは両足でしっかり立っていた。
「……くく……この戦いは俺の勝ちだな……くっくっく……」
笑いがこみ上げてきた。マーカスにはそれを抑える事が出来なかった。極限での勝負に自分は勝ったのだ。それを実感として今、噛み締めていた。
「……命令では生死は問われていなのでね。……死ね、クエイド・ラグナイト。」
銃口が鈍く輝いた。そして、クエイドの脳裏に閃光が走った……
 

……そう クエイド・ラグナイトはそう願った……

……だからオレがその望みを叶える……

……死なせはしないさ……

……お前はあの女と再び出会わなければならない……

……そして……あの女とお前を生け贄に捧げ……

……『終わり』を『始めよう』……

さぁ 目覚めろ!!


その閃光の白い、闇のように視界も意識も覆い潰す白濁とした空間の中でクエイドは聞いていた。
誰かの声を……酷く……俺の声に似ている、だけどはっきりと自分の声ではないと分かる声を……
 

……俺は……ずっと貴方だけの『騎士』です……

……我が愛機アイゼンシヴァレース『リュシファー』と……

……この貴方への想いに誓って……


そして白い閃光の中にぼんやりと現われる姿……
黒衣の鎧をまとっている俺に似ている青年の姿。そして……豪華な装飾品が施されている綺麗なドレスに身を包んだ若い女性……おとぎ話に出てくるような綺麗なお姫様……そんな感じのまだ少女のような女性の姿が映る。俺に似た青年はその人にかしずいていた。
その女性の顔は俺のよく知っている人のものだった。
綺麗な碧色の瞳と綺麗な栗色の髪、そして……あどけなさを残した愛らしい、豊かな表情。
……サリーナに……この少女は似ていた。そして彼女が優しく微笑み、何かを呟こうとした時、閃光が靄のように彼女の表情を隠した。
彼女の姿も、俺に似た青年の姿も、全てが白く覆われた時、突如視界に現実が映った。
銃口を向け、巨大な塔のように佇むARMSゼアスレヴの姿……
その現実に危機感を覚え、クエイドは何も考えずにそこから逃れようと体を起こして後ろに跳んだ。そう、いつものように。
「……え?」
長い……とてつもなく長い飛翔時間に誰よりもクエイド自身が驚愕した。まるで鳥のようにクエイドは地上から10m以上も上空を飛翔していた。眼下に映る小さくなった巨大なはずのARMS……いつもと全く違う視界にクエイドは戸惑いを覚えずにはいられなかった。
(……どうなったんだ俺の体は?!)
そして、飛翔を止めたクエイドの体はゆっくりと重力に任せて落下し始める。その落下感覚と、迫り来る地面にクエイドは恐怖を感じずにはいられなかった。
(……くぅ……!)
頬を叩きつけるような風圧に表情を強張らせる。クエイドは何とか着陸しようと空中で姿
勢を整える。しかし、思った程の衝撃もなく、小さくタンという音を立てただけで地面に着地するだけだった。
その事にクエイドは改めて自分の体の軽さを感じた。今まで感じた事も無いほど体が軽い。そして、みなぎるような力が湧いてくる。まるで自分ではないような感覚。
しかし、それに浸っている暇もなく、銃撃音が響く。クエイドは反射的に横に跳ぶ。やはり、体は異常に軽く人間とは思えない程の敏捷性を発揮する。
そのあまりの反応速度の速さにゼアスレヴは完全に翻弄されていた。しかし、ARMSに対して対処方法がないのも明確な事実だった。
銃撃を避けながらクエイドは『構成』を編み上げ始めた。魔法以外にこのARMSを仕留める方法が存在しないからだ。しかし、『構成』さえも今までとは明らかに違っていた。
(……『構成』が……現実に影響を及ぼしている?!)
信じられないが、構成を一つ編み上げるたびに現実の空間に魔力が満ちていく。それが自分でもはっきり分かる。クエイドが『構成』を編み上げた時、クエイドの周り一帯は魔法を発動させるだけの魔力に満ちていた。いや、それ所か今までの自分の魔法では感じる事が出来なかったくらいの強力な魔力が覆っている。
クエイドはそれを確かめるように『詠唱』を伴わずに『呪文』を声高に唱えた。
「『烈光牙』!!」
『呪文』と同時に魔力がその圧倒的な力を発現させる。クエイドの両手が一瞬光ったかと思うと巨大な閃光が走った。術者であるクエイドでさえもその光を確認するのが精一杯だった。放たれた閃光は荷電粒子砲の如く光速まで一気に加速するとそのまま目標、ゼアスレヴの右脚部を焼き切った。火花を散らし焼き切れた片足は光の中に消失し、一本の足だけでは自分の体を支える事が出来ずにそのまま崩れ落ちる。
その圧倒的なまでの魔法の威力にクエイドは絶句した。『人』が発動させる事の出来る魔法では明らかになかった。まるで自分が人を超えた存在になってしまったような感覚に襲われる。
しかし、未だゼアスレヴは戦意を失ってはいなかった。前倒れになりながらも震える右腕でマシンガンを支え、銃口をクエイドに向ける。
避けようと思えば避けられた。
だけど、クエイドは何故か動こうとせずに瞬時に『構成』を編み上げていた。
何故だか知らないけど、大丈夫だと分かっていた。確信していた。
魔力が構成のみで展開し、現実世界に魔力が溢れ出し『世界』が新たに構築されていく。
「『魔力障壁召喚』!!」
クエイドの『呪文』にまるで呼応するように銃声が雄叫びを上げた。生身の人間など挽肉にしてしまうような弾丸の嵐に晒されるクエイド。弾幕で粉塵が巻き上がり、クエイドの姿を隠す。そして、ほんの数秒の弾丸の嵐を終え、静寂が訪れる。ゆっくりとした風が銃口から立ち上る白煙を流し、同時に立ち込める粉塵までも洗い流すようにまどろんでいく。
そして、煙から現われたのは挽肉にされたクエイドの姿でも、瓦礫だけでもなかった。
未だ立ち込める粉塵の中鋭い眼光を向け佇む無傷のクエイドの姿だった。
 

(……だんだん分かってきたぞ。)
クエイドは内心で笑みを浮かべてそう独白した。
本来この魔法は対魔法用の防御魔法で銃弾や斬撃を防ぐ事は出来ない。多少のアレンジを加えているとは言え、それでも銃弾を、しかもARMSが使用するマシンガンの銃弾を防げるものではない。しかし……圧倒的なまでの魔力がその根幹に存在していれば話は別である。魔法の成否、威力、規模、効果等を決定するのは『構成』だが、やはり上限は存在する。どれだけ完成された『構成』だろうと『魔力』による裏付けがなければ威力はおろか成功すらしない。最終的に魔法理論は魔力に行き着いてしまう。どんなに優れた構成を生み出そうと魔力の弱い者は魔力の強い者には到底及ばない。
クエイドの魔力は人の次元を超えていた。
だからこそ、ARMSの装甲を焼き切り、光速で飛翔する閃光を生み出せ、銃弾を防ぐ程の魔力障壁を展開出来る。
頭が理解する前に体がこの未知で脅威の力の使い方を理解し始めていた。
 

正直、今のクエイドには相手がARMSだろうがあのガーランドであろうが負ける気がしなかった。
「……これ以上、お前たちの好き勝手にはさせない。これ以上、虐殺を行わせない!!」
クエイドは怒りと憎悪を瞳に込め、目の前のARMSに、今このときも虐殺を繰り返している戦闘部隊に対して声高に叫んだ。
 
 

だが、俺は知らなかった

この脅威の力をもたらしたのが『あいつ』である事を

この力が俺を『クエイド』ではなくしてしまう事を

今は新たに手に入れた脅威の力が目の前の敵に有効な事に無邪気に喜んでいた
 
 

……俺は何も知らずに『あいつ』の掌で踊っていた……

……そう、俺は何も知らなかった……



 
 
 
 

(Continue)
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