EARTH
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第5章「君は何も失ってなんかないよ(3)」
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「間違いないのか?!」
帝国陸軍情報部を統括するリチャード中将は声を荒げて何度も情報の確認を行った。
しかし、繰り返される情報は間違いなくニルヴァーナ機関の軍事行動を指していた。
レイキャンベルに配置している陸軍情報部職員はもちろんの事、その情報は『カード』を通じてさえももたらされていた。
「……何故この時期に軍事行動を起こす必要がある?奴らとて我々や、CIT、国家公安調査庁が動いている事を知っているはずだろうに……」
リチャードは歯噛みながら思わずそう口走っていた。
「……ニルヴァーナ機関が動くという事は帝国中央議会の進めている『プロジェクト・ノア』について重要な何かがレイキャンベルで起こっているという事か……」
リチャードはそう思案すると部下に命令を下すため、電話に手を伸ばした。
 

「レイキャンベル公国ローグィンにおいてテロ事件が発生しました。しかし、これはテロに見せかけたドルテカ帝国特務機関ニルヴァーナによる軍事行動と我々外事課は判断します。」
湯村は国家公安調査庁の一室で資料に目を通しながらそうはっきり言った。
それに神妙な面持ちで聞いているのはいずれも初老の男性が数人だった。彼らは全て国家公安調査庁の上層部、しかも最大の権力を持っている者達である。
「レイキャンベルは現在一連のモンスタークライシスでレ軍は首都に集中し、トリニティ平和維持軍はレイキャンベルの北部へ部隊を集中展開しています。この部隊配置を念頭に置いてニルヴァーナ機関が軍事行動を起こしたと考えるのが自然です。……我々外事課の作戦戦略室はレ軍及び、トリニティ平和維持軍がこのニルヴァーナ機関部隊を捕らえるのは不可能だと判断しています。そして、現在ローグィンに駐留している警察力でも彼らに対して有効な対処手段を持っていません。」
「……つまり君は何を言いたいのかね?」
苛立ち始めた上層部の言葉を無視して、言葉を続けた。
「現在我々外事課が総力を結集して情報収集を行った結果、帝国が二つのある『計画』を遂行するために世界規模で行動を行っている事実が判明しています。帝国中央議会を中心としたコードネーム『プロジェクト・ノア』。そして、帝国軍部が中心となって行っているコードネーム『N計画』。ニルヴァーナ機関が動いている事から考え、帝国中央議会の行っている『プロジェクト・ノア』に関連した軍事行動をローグィンで行っていると考えるのが妥当です。しかもこれに対してレイキャンベルに展開しているレ軍、トリニティ平和維持軍は抑止力としてさえも効力を発揮していません。」
「……だから君は何が言いたいのだ?!」
湯村の核心を言わない、持って回った言い方に一人の男性が苛立ちながら吐き捨てた。
しかし、それは湯村の逆鱗に触れた。
彼は気付いて欲しかったのだ。この事態が何を表しているのかを、彼らに。そしてこの国を覆っている『平和慣れ』に呆れ果ててもいた。彼らは気付いてない。国家公安調査庁という世界でも有数の諜報機関に勤務している最高責任者達がそうだという事を認識してしまったからこその怒りだった。これは国家にとって重要な問題なのだ。それが湯村の使命感を刺激したのかも知れない。だから、湯村は声を荒げて叫んだ。
「つまり!!『プロジェクト・ノア』が遂行されようとしているという事です。外事課の諜報活動では『プロジェクト・ノア』及び『N計画』の脅威認識レベルはいずれも『レベルS』。つまりは連邦の国家存亡に関わる重大な計画がレイキャンベルで行われているという事を意味しています!!」
語気を強めた湯村の言葉とあまりに衝撃の事実に言葉も出なかった。異様な沈黙が部屋全体を包み込む。それが十分に周りに染みこんで行くのを待って湯村は再び口を開いた。言わばこれは切り札だった。上層部の重い腰を上げさせるための。
「……蛇足ですが、かつて帝国とガイリアがノースマル諸島のエルグラド島で武力衝突を起こしたエルグラド紛争の時でさえ脅威認識レベルは『レベルA』です。……二国間の調停者としてルドラン連邦……我々国家公安調査庁が行った苦労は骨身に染みているはずでしょう?」
湯村の言葉は湯村自身が想像していた以上に上層部に効果的に作用した。
15年前……エルグラド島の領土を主張して発生したエルグラド紛争……その時、ルドラン連邦を中心としたトリニティ中央政府は強大な二国の戦闘が全面戦争に発展しないかを非常に危惧していた。その当時トリニティ平和維持軍も存在せず、CITも存在していなかったため、武力による抑止も、水面下での情報収集を行うことも非常に困難だったトリニティ中央政府は中立の立場を守っていたルドラン連邦に期待を寄せた。ルドラン連邦の擁する国家公安調査庁に世界の命運が一心に背負わされたのだ。
そして国家公安調査庁は地道な情報収集、水面下での帝国、ガイリアとの交渉を幾度も繰り返した。帝国空軍空中艦隊の派遣、ガイリア海軍ガレリオン洋艦隊の展開という全面戦争直前という事態さえ迎えるがそれを地道な努力と粘り強い交渉、工作によって回避し、1986年、ついにエルグラド紛争はエルグラド島を中心とした紛争規模で留まったまま終結を迎える。この経験もあり現在国家公安調査庁は世界でも最大級の諜報機関としてルドラン連邦の根幹を支えている。
若かりし時、その凄まじいまでの危機感と多忙を極めたエルグラド紛争を経験しているゆえに上層部はそれを上回るかも知れない現在の状況の危うさを肌で実感しているのだった。
「……レイキャンベルへ諜報員を派遣しろ。それも最大規模でだ。本日これよりこの国家公安調査庁本部に作戦対策本部を設立する。帝国の動向を逐一報告しろ。……そのための資金は我々がどうにかしよう。これ以上ロンダルギアの騒乱を拡大させるな。」
「分かりました。」
湯村は一礼するとそう短く答えた。上層部の目の色が変わるのを見て、湯村は何故か安堵した。まだ彼らの心には『戦士』だった頃の心が残っている。それを知る事が出来ただけでもこの会議は意味があった。上が信頼出来なければ、下も付いて来ない。それをしっかりと心に据え、湯村は顔を引き締めた。
これからが本当の戦いだ。湯村にも脈々と流れ続けている国家公安調査庁の『戦士』としての心が受け継がれていた。
 

帝国陸軍情報部、国家公安調査庁はニルヴァーナ機関の軍事行動をいち早く察知し、ローグィンを中心としてレイキャンベル全域に非常線を張る。
ニルヴァーナ機関の軍事行動の目的、真意……それを探ろうと完全秘匿ながら諜報員が目まぐるしく活動していた。
 

……クエイド達の逃亡と同じくしてニルヴァーナ機関の軍事行動から始まった――いや、モンスタークライシスから始まった騒乱は南下していく。……その果てに、騒乱の中心はルドラン連邦に移る。そして、『プロジェクト・ノア』の終着地点である『方舟』へと物語は急速に加速していく。
 

そして舞台は再びレイキャンベル・ローグィンに移る。
 

クエイドの魔法の一撃が完全にARMSを行動不能にした。
クエイドは倒れ、すでに動かなくなっているARMSを一瞥し、すぐに戦意を他に移す。天空にはローターの爆音を響かせて飛翔している戦闘ヘリが存在している。
生身で戦闘ヘリと戦うなどいくらクエイドでも不可能だった……今までは。
クエイドは大地を力強く蹴る。それだけで星の重力も人間の運動能力も完全に無視して空中を飛翔する。迫り来るビルの壁を再び蹴り上げ、その度に高度を加速度的に増す。数度、ビルの壁を蹴り上げた時、クエイドはビル群の巨大な樹木をつき抜け、はるか高度数十mという高さにまで到達していた。体を叩きつける強風を一身に受けてクエイドは自分の新たな力の昂揚感を抑えようと必死だった。
ビルの屋上に静かに降り立った時、そこは重力に束縛された地上のような息苦しさなど何処かへ吹き飛び、広大なコンクリートジャングルが広がる壮大な景色を映し出していた。
クエイドは空気を一杯に肺に送り込むと肺を伸縮させ、それをゆっくりと吐き出す。
体に力が湧きあがってくる。
服は所々破れ、黒く煤けているが外傷は何処にもない。ARMSとの戦闘で傷ついたはずの腕もすでに治っている。
 


……やれる……

クエイドはそう核心すると目標……遥か彼方を飛翔する漆黒の戦闘ヘリを睨み、『構成』を編み上げる。魔力が途方もない範囲で急速に広がっていく……
10m……100m……1km……10km……それはまるで上限を知ることが無いほどに延々と広がっていく。クエイドを中心に半径15km程構成の影響を広げた所でクエイドは瞳を見開く。
「『魔竜砲』!!」
呪文と共に展開され、急速に現実世界に姿ある形として具現化する魔力。発動された魔法は巨大な赤い線を描いて戦闘ヘリに向かって伸びる。空気を焼きながらそれは戦闘ヘリに向かってその牙を向ける。まるでそれはモンスターの最高種・ドラゴンが吐くブレスのようだった。
「?!熱源反応!!急速に本機に接近して来ます!!」
「何?!回避行動!!間に合うか?!」
急速旋回する戦闘ヘリ。その脇、10mも離れていないすぐ横を超高温の熱線が過ぎ去っていく。赤い軌跡を描いたその熱線はクエイドの構成が影響を及ぼす限り空間を引き裂いて飛翔し続けた。
「熱源はどこからだ!?」
「あのビルの上です!!恐らく今の攻撃は『魔法』によるものだと思われます!!」
「……あれが『魔法』か……各国の軍隊が欲しがる訳だ……恐らく目標はそこだ!!一気に殲滅するぞ!!」
「了解!!」
魔法を使用する者……魔導士と交戦する事は非常に稀である。その脅威の存在、圧倒的特殊能力の前に晒されて改めて脅威を実感する。しかし、相手は生身の人間。陸戦兵器でも最強クラスの位置付けにある戦闘ヘリが敗れる事などある訳がないとこの時はヘリのパイロットも、ガンナーも信じて疑わなかった。
 

クエイドは戦闘ヘリが自分に向かってくる事に冷笑を浮かべる。
あの魔法は外れたわけではない。わざと外すように構成を組み、発動させたのだ。
これ以上非武装の一般市民を虐殺させる訳にはいかない。
ヘリが近づくにつれてローターの激しい空気を叩きつける爆音が徐々に大きくなっていく。
そして、戦闘ヘリの全面が黄色い閃光で隠れる。
ガラスが割れる音と、戦闘ヘリの20mm機関砲の銃撃音が辺りに轟く。
次々とビルの窓ガラスが割られ、氷の欠片のように光を乱反射させて地上に降っていく。
クエイドは強く地を蹴る。刹那の時を経て、クエイドのいた場所を激しく銃弾が叩きつける。
地上数十m上空をクエイドの体が鳥のように羽ばたく。……そう形容するしかない程クエイドの跳躍は驚愕の一言だった。まるで鷹が空を力強く羽ばたくようにクエイドは見えない翼で空を飛んでいた。しかし、クエイドは空中を飛んでいるわけではない。『跳んでいる』に過ぎない。驚異的な、人外の脚力がそれを為しているのだ。
クエイドは空中をひと時の間、飛翔するとゆっくりと重力にその身を任せ始める。そして、隣のビルの屋上に着地すると、戦闘ヘリを睨む。
(……こんな回避方法があるなんてな……)
クエイドは内心で苦笑していた。まるで他人事のように冷静に今の自分の現状を見詰める。新たに自分の内側から噴き上がってくる驚異的な力を冷静に分析してみる。
身体能力は人のそれを遥かに上回っている。恐らく……カイラスやあのガーランドに近い身体能力を秘めているのではないだろうか。地を蹴れば十数mは上空に跳び、恐らく武器を持てば鋼鉄でも切り裂く事が出来るだろう。
魔力に関しても常軌を逸している。『構成』だけで現実世界に溢れる程の魔力を展開出来る。これにもし『詠唱』を組み合わせて『構成』通りに完全な魔力を現実世界に満たせばその威力は恐らく現代兵器を遥かに凌ぐ破壊力を持つ事だろう。
威力、影響範囲、規模、効果……どれをとっても今までの自分の力では到底及びも付かない。
しかし、問題が全くない訳ではない。
(……だけど、戦闘ヘリに乗っているパイロットを殺さないで撃退するとなると……)
クエイドは唇を噛む。
ARMSや戦闘車両相手ならばその機動力、攻撃能力を殺げば相手を無力化出来る。しかし、戦闘ヘリの機動力を殺ぐという事はすなわち戦闘ヘリを撃墜するという事。攻撃能力を殺ぐ事も同じ意味になる。……つまりはパイロットを殺さずに戦闘ヘリを止める術がないという事になる。
「……このまま逃げ続けるしかないか……」
クエイドは苦々しく呟く。
 


人外の力を持ってもまだ『殺さず』を貫くつもりか?



『あいつ』の声が内から響いてくる。
「当たり前だ!!俺は誰も殺さないって誓ったんだ!!サリーナを好きな自分自身に!!俺はこの想いだけは裏切らない!!俺は……サリーナだけは絶対に裏切らない!!」
クエイドは『あいつ』にも届くように精一杯の声を張り上げた。
それに応えるように『あいつ』の声も内から響いてくる。
 


……分かるだろう……?
 

……圧倒的なまでの力を手にする事で湧き上がる昂揚感が……
 

……何者にも囚われず 何者にも抗えるこの絶対感が……
 

……何故 それを否定する……?
 

……受け入れろ そして 殺せ……
 

……お前にはその力と資格がある……



「………」
クエイドは何も語らなかった。『あいつ』の言っている言葉の意味が分からないわけじゃなかった。
……確かに何者をも凌駕する力を手にする事で得られる満足感、充実感、昂揚感……そして絶対感。それらだけではない。言い表す事の出来ない感情を次々と沸き起こす。
全てを手にしろ。全てを支配しろ。全てを破壊しろ。全てを殺せ。
そう、力そのものがまるで意思を持っているように語り掛けてくる。それは甘美な響きとなって一言一言が重く圧し掛かる。
クエイドの瞳が自身の掌に注がれる。この手には今、脅威の力がある。この手で何人の人間を殺す事が出来るだろうか。……恐らくその力の全てを発揮すればそれは途方もない数に昇る。
……しかし……
「……確かにこの力はすごい……それは俺も認める。でも……」
クエイドは瞳を細める。
その憂いを含んだ瞳の果てに――掌さえも透かしたその果てに、少女の微笑みが見える。
もう触れる事も、語り合うことも、抱き締めあう事も出来ない。
想い出として同じ表情で、同じ言葉しか言ってくれない少女……だけど、クエイドを唯一支えてくれる人……クエイドの一番大切な人……その少女がいつも教えてくれた。……いや、想い出となった今もクエイドに大切な事を教えてくれる。
クエイドは瞳を閉じ、そしてその瞳を開いた。それと同時に力強く開いていた手を握る。そして、静かに、力強く呟いた。
「……でもどんなすごい力を手に入れても俺は……彼女を……サリーナを守れないんだ。それなのに、この力を無邪気に喜ぶわけにはいかないだろ?」
そして、クエイドは悲しい微笑みを浮かべる。それは人外の強さを持ってしまったのに、酷く孤独な自分への同情の笑みだったのか、それともそんな自分への嘲笑だったのかは分からなかった。

だが、『あいつ』は尚も言葉を続ける。
 


ならばその力であの女も手に入れればいい!!
 

その力であの女の全てを奪え!!
 

『愛』にあの女の血を流せ!!



「……でもサリーナの『心』は手に入らないだろ?」
クエイドが何気なく呟いた言葉に『あいつ』はその強めていた語気を衰えさせた。
それを知ってか知らずか……クエイドは言葉を続ける。
「確かに……俺はサリーナを求めている。……彼女の微笑み、温もり、体……そして心。俺は……彼女の『全て』を求めている。『彼女』そのものを。でも……それは俺の独りよがりなエゴにしか過ぎないだろ?それに……俺はサリーナを求めているけど……」
 


……俺は サリーナにも『求められたい』んだ……



クエイドの言葉に『あいつ』は絶句する。
それは『あいつ』の言論にはない真理だった。
しかし、それは『あいつ』に今までにはない『閃き』にも似た何かの感情を沸き起こらせる。だが……それについて想いを寄せる前にローターの爆音がそれを遮る。
 

機関砲が唸り声を挙げて火花を散らす。弾丸は空気との摩擦で黄色く発光し、軌跡を描いてクエイドに迫る。クエイドはそれを驚異的な動体視力で確認すると、凄まじい脚力で飛翔する。クエイドがいなくなったビルの屋上をマシンガンがコンクリート、ガラス、と獲物を選ばず全てを粉砕していく。その巻き上がった噴煙の中からクエイドが姿を現す。両手と両足を大きく広げて地上数十mという上空にその身を翻す。体を叩きつける風圧と驚異的な高さに目が眩みそうだったが、急激に迫る地面を前に体勢を整えると簡単に着地する。体重と重力で驚異的な重さになったはずの自身の体を見た目には決して太くない両足が自分の体を受け止める。そして、その両足にまるで痛みが無い事に驚愕を覚えずにはいられない。
 

……お前がどんなに否定しても殺さなければ殺される……
 

……それが戦場の絶対の真理だ……


『あいつ』の言葉にもクエイドは上空を旋回して来る戦闘ヘリを見ながら叫ぶ。
「俺も……そうだと思っていた。そうだと自分を信じてきた。でも、それは言い訳に過ぎないんだ!!戦場だろうが、何だろうが、俺はもう誰も人を殺したくない!!殺さなくても戦える事をここで証明してやる!!」
クエイドの叫びが黒煙と爆炎をあげるローグィンで静かに木霊した……
 

「消去対象を発見!!繰り返す、消去対象を発見!!現在特殊歩兵部隊が交戦中!!増員を求む!!」
一人の戦闘員が無線機にそう叫んでいる側で数人の戦闘員がマシンガンを乱射している。それに応戦するようにラッグスは壁に隠れながらオートマチックの銃を撃つ。
「くっ!幾ら何でも数が多すぎますね。」
ラッグスは額に冷や汗を浮かべながらそう短く呟いた。そして、その呟きに対して否定するような力強い言葉がラッグスの後ろから放たれた。
「『氷結樹』!!」
リーサは展開した『構成』を『呪文』と同時に現実世界に発現させる。力ある言葉として現実世界に放たれた魔法は急速にその暴虐な力を現す。
一瞬、ラッグスと戦闘員の間に魔方陣が描かれると水が凍りつく音を響かせて巨大な氷柱が姿を現す。その氷柱の根は辺りの通路全てを凍てつかせ、完全にリーサ達と戦闘員とを遮断する。
「さぁ、今の内に!!」
リーサの声にラッグスは頷くと二人は急いで駆け出す。
 

クエイドの短剣を始めとする装備を取りにダウンタウンの宿に戻ったラッグス達だったが、戦闘員の執拗な追撃の前に宿内での乱戦を強いられる事になったのだ。不幸中の幸いだったのが、クエイドの短剣そして護身用の銃を始めとする装備を入手してからの襲撃だったことだ。
ラッグスはクエイドが護身用に持っていた銃を使い、リーサは魔法を使って応戦していたがそれは時間稼ぎ以外の何物でもなかった。物量が違いすぎた。
 

「どうしてこんなに執拗に私達を追ってくるの?!」
リーサは苛立ちながら叫んでいた。叫ばなくてはこの無慈悲な現実に対して納得が出来なかった。しかし、苛立ちを声に出して叫んでも納得は出来なかった。
「分かりません!!とにかく、一刻も早くクエイドさんと合流しなくては。」
ラッグスがそうリーサに答えた時、通路から戦闘員が姿を見せる。
ラッグスは走りながら正眼に銃を構え、引き金を引き絞る。乾いた銃声と共に銃弾が放たれて、凄まじい速度で戦闘員の右腕を貫く。
「ぐわぁぁぁ!!」
痛みに思わず地面を転げる戦闘員を横目に尚もラッグス達は走る。
「見えた!!出口です!!」
リーサの声が響く。確かに通路の先には非常口の扉が見える。しかし、そこはすでに数人の戦闘員で固められている。
「目標発見!!撃て!!」
掛け声と同時にマシンガンの引き金が引かれ、破壊の弾丸がばら撒かれる。
ラッグスとリーサは通路の角に隠れる事でその弾丸を回避する。そして、瞬時に弾丸の嵐がさっきまで居た所を突き抜けていく。それを見て、ラッグスとリーサは顔色を青ざめさせた。
「……ここは私に任せてください。」
リーサは神妙な面持ちで言うとラッグスは頷いた。いや、頷いたというよりも頷くしかなかった。立ち直っていなかったラッグスに対して、リーサの表情はすでに危機に対して挑もうとする表情だったからだ。
一つ大きく深呼吸すると瞳を閉じて神経を集中する。そして、魔法の設計図である『構成』を組み立て始める。精神世界で急速に構築されていく『魔法』。それが精神世界で完成したのを確認し、リーサは『詠唱』を唱える。
「……炎と情熱を司るレッドドラゴン……大地と恵みを司るオリハルコンドラゴン……古の神々のその名を以って我は誓わん……その無慈悲な力を以って智乏しき愚かなる者に……」
詠唱が淡々と続いていく。詠唱は個人によって差異が生じる。魔法によって重要なのは『構成』とそれを解放する『呪文』である。『詠唱』は精神世界で築かれた魔法の設計図『構成』を現実世界に具現化させるためだけに存在する。『声』に魔力を乗せ、現実に干渉するのだ。『詠唱』にはその役目しかない。だから、言ってしまえば『詠唱』はどんな言葉でも構わない。だが、多くの魔導士が明確に『構成』を具現化させるため、その魔法の内容に合わせた言葉にする事が多い傾向にある。つまり、いくらドラゴンの王、レッドドラゴン、オリハルコンドラゴンの名前を出したとしたとしても彼らから力を借りている訳ではない。しかし……
リーサは瞳を見開く。その瞳には『力』が色濃く宿っていた。
「……その業火の裁きを!!」
「『爆砕撃』!!」
リーサが『呪文』を叫ぶと爆炎が踊る。踊り狂う炎は戦闘員を飲み込むと、その力を最大限に発動させる。炎で戦闘員達の姿が揺らいだ瞬間、凄まじい爆発によって建物ごと辺り一面を爆砕する。轟音と共に凄まじい噴煙が上空に高く上る。
まるでドラゴンの力を借りたとさえ錯覚させるほどの驚異的な破壊能力だった。だが、それを成しているのはリーサ本人の魔力による。
リーサの放った魔法は現代の魔法体系の中でも最強クラスに位置する攻撃魔法である。影響範囲、攻撃力、共に申し分ない威力の魔法である。しかし、驚嘆すべきはその『構成』の完璧さ、『詠唱』の短さである。クエイドもかつて魔王ガーランドと戦ったときに使用した魔法であるがクエイドはこの時、詠唱と構成を合わせて約1分の時間を要した。この規模の魔法にしてはそれでも驚異的な短さであるが、リーサはこれを約20秒とクエイドの三分の一程度の所要時間しか要していない。しかも、その『構成』の完成度はクエイドのそれすらも凌駕している。
『詠唱』は前述の通り、『構成』を現実世界に展開する力しかない。それなのに『詠唱』が個人差で長くなったり、短くなったりするのも『構成』による。『構成』は何度も言うが魔法の設計図である。威力、影響範囲、持続時間、それらの他にも詠唱の長短を決定させる『精度』という要素もある。この精度がより精密ならば精密なほど詠唱に掛かる時間は少なくすむ。コンピュータのプログラムを想像してみると分かりやすいだろうか。同じ結果が出る場合でもそのプログラムが簡潔で効率良く結果を出すものもあれば無駄が多く、周り道を幾度として結果を導くプログラムも存在する。結果は同じでもその過程と評価に雲泥の差がある。リーサの描く『構成』はまさしく前者なのだ。恐らく、ガーランドやカイラスのように『詠唱』を必要としない場合を除き、人間の魔導士としては最高クラスの魔力制御能力だろう。いや……それさえも正しい表現ではなかったのかも知れない。
……しかし、この事が意味する事を魔法が使用出来ないラッグスが理解する事は出来なかった。もしも、その場に魔法を使用出来るもの……クエイドかサリーナが居れば絶句して
こう言っただろう。「……人間の魔法じゃない」と。
 

「……さぁ、行きましょう!!」
リーサは魔法によって吹き飛ばされ、目の前に広がる外の街並みを背にラッグスに声を掛けた。まさに吹き飛ばされたという言葉通り、そこにあったはずのものが何もかも姿を消していた。建物も、そして戦闘員さえも。
「ええ。」
ラッグスは微笑むとリーサと共に走り出した。
街には未だ恐怖の戦闘部隊がひしめき合っていた。そして、そこで人知れずクエイドと戦闘部隊との孤軍奮闘も続いていた。
 

「……人間じゃないぜ……こいつは……」
戦闘ヘリのガンナーはクエイドに照準を絞りながら思わず呟いていた。クエイドの驚異的な脚力が生み出す機動力は戦闘ヘリのそれさえも上回っている。視認照準装置(アイリンクシステム)でも、凄まじい速度を誇る機関砲をもってしても、クエイドを捕らえられない。
……信じられるか?
今、目の前で交戦している男は人間の足で10m以上を跳び、ビルの壁を蹴り上げてさらに上空にまで駆け上る。凄まじい回避能力で銃弾を全て回避する。生身で炎や爆発、ビーム兵器のような閃光すら放つ魔法を操る。これを人間と言う事が出来るか?
最初は鼻で笑い飛ばしていたつもりだったラズウェル大佐の言葉が響く。
「……ARMS?N&BD01『ジハード』と同等の脅威認識を持て……か。確かにこいつはハンパじゃねーよ。」
ガンナーは引きつった笑みを口元に浮かべ、自分が冷たい汗を掻いている事をこの時実感した。そしてそれが恐怖だという事も。
 

クエイドは巻き上がるコンクリートの破片や巻き上がる砂煙の中を駆けていた。戦闘ヘリは驚異的な速度で駆けるクエイドを追随し、20mm機関砲を絶え間なく撃ち続ける。このまま持久戦に持ち込んでもらちがあかない。
クエイドは覚悟を決めると一か八かの賭けに出る。
この驚異的な力で魔法を使用した時、その圧倒的な魔力によって『構成』の完成度は飛躍的に向上した。それにもし、『詠唱』を加えればそれはより完璧になる。
クエイドはそれに賭ける事にしたのだ。
クエイドは地を蹴ると、上空に飛び上がる。そして、戦闘ヘリの攻撃でガラスの割れている階の窓際に飛び乗るとそのまま駆ける。何とか時間を稼ぐ必要があった。
そして、屋上を目指して階段を駆け上りながら『構成』を組み上げる。
クエイドの試みている事。それは新種の魔法の開発である。
魔法は始めからその全てが存在していた訳ではない。長い歴史の中で有名な魔導士が長い年月と労力を費やして開発してきたのだ。それら生まれた魔法の中にはあまりに強大な魔力の裏打ちが必要なため、後に後継者となるべき者が現われず、一代だけで消滅した魔法も存在する。例えば、宇宙空間を漂う小隕石を魔力によって操作し、落下させる究極魔法の一つ『メテオフォール』。300年前、パラメキア大陸に現われた竜王が使用した強力無比な破壊魔法『ブラックノヴァ』。特殊な核反応を発起させ、圧倒的な大爆発を生じさせる伝説の中のでのみ語られる究極魔法『エンシェント』。その他にも自然界の力を極限にまで引き出した究極精霊魔法に代表される神聖魔法、『バーストフレア』、『グレイシャレイン』、『アースクエイク』、『グランドツイスター』、『アークサンダー』、『タイダルウェイブ』等が挙げられる。
クエイドが今行おうとしているのはそういった強力無比な魔法の発動ではないにしろ、今まで誰も行っていない魔法を一朝一夕で行おうと言うのである。普通なら不可能な事だ。クエイド自身もそれは十分に分かっているはずだった……なのに、何故かそれが出来ると信じて疑っていなかった。
(……よし……これでいいはずだ。)
自らが生み出した『構成』を確認し、それに欠落がない事を確かめる。精度を犠牲にしているため、詠唱時間は長くなっているが今の状況では仕方がない。これ以上の『構成』は現段階では編めない。そう納得するとそれを詠唱として、現実世界に展開する。
本来、これほど現実世界に魔力が満ちていれば『詠唱』は必要ないが、規模、影響……範囲を限定する要因が多いため、詠唱によって完全に補完する必要がある。精度が未熟な点もクエイドに詠唱を決意させた要因だった。精度が影響を与えるのは何も詠唱だけではない。構成のみで魔法を放ってみて初めて分かったが、構成のみで魔法を放つと精度がより顕著に現実世界に現われてしまう。精度が低くては、最悪の場合暴走という結果すら招いてしまう。
「天空を覆う漆黒の雲 天駆ける雷の竜 その咆哮を以って我が敵を無力化せよ その雷によって我が敵を混乱させよ。」
流れるように響く『詠唱』……クエイドの一言一言が大気を震わせて魔力を形あるモノへと変質させる。ローグィンのこの場所だけが切り離され、魔界に引きずり込まれるように魔力に満たされていく。
クエイドは階段を駆け上がりながら、出口の白く光の零れるその場所から外に飛び出した。そして遥か彼方に見える戦闘ヘリに向かって『呪文』を叫んだ。
 

戦闘ヘリはクエイドがビル内に入ったことを確認して、大きくそのビルを回るように旋回した。
「……20mm機関砲じゃ奴を仕留められない。対地ミサイルの発射許可を!!」
「分かっている。しかし、目標の生死は問われていないが目標の肉体は確保しなければならない。瓦礫に埋もれさせては確保が難しくなる。」
「まだ、そんな事を言っているんですか?!目標には魔法という驚異的な能力があります!!それに対して打つ手がないのはこっちなんですよ!!形勢は明らかに我々が不利なんです!!」
認めたくはなかった。現代の陸戦兵器において『最強』の名を争っている最新鋭の戦闘ヘリが生身の人間に対して不利だという事実を……しかし、認めなければやられてしまう。それほどまで事態は切迫していた。
「……分かった。対地ミサイルのロックを解除。一発で仕留めろ!!」
「了解!!」
戦闘ヘリはクエイドの立てこもったビルから一定の距離を取ると上空にホバリングする。
「目標、ロックオン!!」
LSDに表示されたマークがビルそのものに狙いを定め、緑色からロック状態を現す赤に変わる。
「発射!!」
空気の抜けるような音と共に対地ミサイルが発射される。白い飛行機雲のような軌跡を残して、ビルに向かって直進する。そして、ビルが目前というまさにその時、クエイドが屋上の扉を豪快に開け、現われた。
「『電磁招来』!!」
クエイドが『呪文』を叫んだ瞬間、魔力が現実世界に迸った。しかし、それは爆炎が渦巻いたわけでも、氷が辺り一帯を凍てつかせるわけでもなく、閃光が走ったわけでもなかった。ただ何事もなかった。気持ちの良い風がクエイドの髪を揺らし、眩しい日差しが肌に照りつく。そう、いつも通りだった。ただ、『機械』にとっては違った。
クエイドに向かって直進していた対地ミサイルは突如、その軌道をジグザグに蛇行させ、完全に目標を見失っていた。対地ミサイルは軌道を完全にクエイドのいるビルから外すと地面に衝突し、紅蓮の炎をばら撒いて燃え尽きる。
そして、その魔法の影響は対地ミサイルだけには留まらなかった。
「?!LSDが正常に作動しない?!う、うわぁ!!」
LSDが突然砂嵐に襲われたように画像を乱す。そして次ぎには戦闘ヘリそのものが態勢を崩し、フラフラと飛び始めた。
「高度が下がっています!!こ、これ以上の飛行は危険です!!」
ガンナーは画像が乱れているLSD画面と外の状況を見ながら、切実な声を挙げた。
「く、くそ!!戦闘空域を離脱する!!」
「了解!!」
戦闘ヘリはフラフラと蛇行しながら、反転し、クエイドのいるビルから離れる。その様子を見ながらクエイドは魔法の成功に安堵して大きく息を吐く。
「……なんとか上手くいったみたいだな……」
クエイドは苦笑を浮かべる。
 

クエイドが放った魔法は周囲に異常な程強い電磁波を放つ魔法である。
周囲に放たれた電磁波は高性能のコンピュータを狂わせる。その影響は絶大である。
近年の現代兵器はどれも高性能コンピュータを積載している。ARMSをもちろん、戦車、装甲車、戦闘ヘリ、飛空艇を始めとする航空兵器、戦艦を始めとする艦隊……対地ミサイル、対空ミサイル等も例外ではない。ITの進歩によって高度に進化した兵器は性能の高さと引き換えに酷く精密になってしまった。そのため、電磁波の影響によって狂った精密機械は機動性さえ奪ってしまう。
 

「……見ただろ?俺は殺さなくても戦える。俺は……戦えるんだ!!」
クエイドは自分の内に潜む『あいつ』に向かって声を荒げた。しかし、その瞬間、体が急に重くなり、その場に膝を付く。
「ぐっ?!はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸が激しく乱れる。さっきまでの軽い、躍動するような肉体は失われ、逆に貧弱な体になってしまったように体全体が重い。
この感覚……
クエイドには覚えがあった。
キルギスタン動乱の際、トリニティ平和維持軍による首都奪還作戦の真っ只中で突如襲った体の不調。『あいつ』が『共鳴』だと語ったそれに近かった。
 


……やはり今のお前じゃそれが限界か……


「な……に……?」
言葉を発する事も難しい。一つ呼吸をする事に荒くなっていく。視界が徐々に狭くなっていくのを感じながら、それでも何とか意識を保とうとする。
 

無理だと分かってはいたがな
 

こうしなければ お前 死んでいたぞ?
 

オレに与えられた力でいい気になってたんだよ お前は
 

それで『戦える』か
 

くっくっくっ


『あいつ』の嘲笑が傷ついたクエイドをさらに打ちのめす。だが、ここで『あいつ』に屈するわけにはいかない。
「……それでも……俺は……戦うって言わなければならないんだ。戦えるって信じなければならないんだ。俺は……どうあっても戦わなければならないらしい。だから……俺は……殺さなくても『戦える』って……証明しなければならないんだ!」
そう答えた瞬間、体を襲っていた不快感や、動悸、息切れが治まって行く。閉ざされる寸前だった視界も急速に開けていく。
 

……前よりも回復が早いな……
 

くくく……いい傾向だ
 

『かわりはじめている』……か


「……一体……一体、お前は俺に何をさせたいんだ!!俺に何を期待しているんだぁぁぁっ!!」
クエイドの喉を迸った絶叫が戦火にくすぶるローグィンのビル群を背に木霊した。だけど、それに答えるべき者は何も答えはしなかった。ただ、内に嘲笑だけを残して、『あいつ』は再び自分自身の闇へと帰っていった。
 

弾丸が大気を飛翔し、全ての目標を裂いていく。秒間百発にも上る凄まじい連射能力を持つマシンガンの前にラッグスは防戦に回らざるを得なかった。
「くっ……!」
壁に隠れているすぐ側を弾丸が駆け抜け、打ち付ける。砕かれたコンクリートの破片や、ガラスの破片をかぶりながらラッグスはそれでも反撃の機会を待っていた。
ラッグスは銃撃の合間を縫うように顔を出すと、持っているハンドガンで応戦する。しかし、相手が一瞬で数十発を撃てるのに対して、ラッグスは多くて2,3発撃つのが精一杯だった。しかし、その圧倒的不利な状況はたった一発の魔法によって逆転する。
突如、迫撃砲の直撃を受けたように地面が爆ぜ上がり、粉塵と一緒に戦闘員も吹き飛ばす。直撃を食らわなかったものの、巻き上がった爆風は人間の体を吹き飛ばすくらいわけがなかった。吹き飛ばされた戦闘員はある者は地面を転がり、ある者はそのままショーウィンドに突っ込んでガラスや棚といったものを砕く。
「くっ……くそ!!」
戦闘員が体を起こそうとした時、凄まじい激痛に襲われ、再び前のめりに倒れ込んだ。
激痛に苦悶の表情を浮かべる戦闘員にラッグスが銃を構えてゆっくりと近づく。
「……何故、僕達を殺そうとするんですか?」
まるでバカらしい子供のような質問に戦闘員は苦痛に顔を歪めながら歪に笑った。
「……知るか。お前達は死ねばいいんだよ。」
そう呟くと男はぐっと歯を食いしばったような壮絶な表情になり、口元から血を流してそのまま絶命した。舌を噛み切ったのだ。
「……どうして……死も厭わないと言うのですか……」
ラッグスは頭を振って悲しく呟く。苦悶の表情で絶命した戦闘員の光を失った瞳はラッグスの瞳を睨み付けたまま、そのまま動かなかった。そして、ラッグスも動けなかった。
しかし、感傷に浸っている余裕などどこにもなかった。
激しい銃撃音とそれに伴う爆音。その叫び声にも似た地鳴りさえ引き起こすその音を聞いた時、ラッグスの脳裏に一人の女性の顔が浮かぶ。
「リーサ!!」
しかし、魔法によって援護してくれたはずのリーサの姿はどこにも見えない。声を荒げて叫んでみても返事は返ってこない。
ラッグスは彼女の名前を叫ぶと駆け出さずにはいられなかった。戦闘員との戦闘で彼女とは別行動になってしまった。その事を認識すると、後悔が後を絶えずに現われてきた。酷く……嫌な予感が全身を駆け巡った。
 

ローグィン市警察は圧倒的武力を誇るこの戦闘部隊に対してほとんど役に立っていなかった。しかし、それも仕方がなかった。最初の爆発の時点でローグィン市警察本署も爆発されていたからだ。統率を取るべき場所を最初に破壊された事によって警察は情報が錯綜するばかりでまとまった行動を取れずに後手後手に回らざるを得なかった。
ニルヴァーナ機関特殊歩兵部隊及び、機動部隊、戦闘支援航空部隊の初動作戦は恐るべきほど的確だった。
ローグィンの武力の要である市警察本署を攻撃。時を同じくして、警察用ARMSの格納されている特車一課も強襲。ローグィンに掛かる主要橋、高速道路を戦闘支援航空中隊が破壊して完全にローグィンを孤立化させた。これによって他都市に駐留している警察部隊はローグィンに援助を行う事が出来なくなる。
本来、治安出動をすべきレイキャンベル軍はモンスタークライシスによってローグィンの遥か彼方、首都に展開し、トリニティ平和維持軍も地方都市ヴィステアに展開していた。
しかし、そんな状況の中でも警察は市民の避難誘導、及び機動隊による特殊歩兵部隊鎮圧を行っていた。
 

数人の戦闘員に対して、その数倍の数の機動隊が立ち塞がり、一様にジェラルミンの盾を構えてマシンガンの猛攻から耐えていた。
「隊長ー!!もう限界です!!後退しましょう!!」
鋼鉄の横殴りの雨という死線の中で一人の機動隊隊員が叫んだ。それはまさに絶叫だった。
「これ以上下がれば市民にさらに被害が昇るんだぞ!!ここだけは死守しなければならないんだ!!」
絶叫に応えるようにさらに大きな絶叫で返す。ジェラルミンの盾の影から回転式拳銃によって応戦するが、何の障害もないはずの棒立ちの戦闘員にかすりもしない。
「くそっ!!マシンガンに拳銃で応戦できるか!!警察じゃこいつらを相手になんて出来やしないぞ!!」
そんな叫び声が隊長の耳にも届いてきた。確かに事態は切迫していた。
……『全滅』の一文字が脳裏によぎる。
(ふざけるなよ!!こんな奴らに俺の部下を殺させてたまるか!!)
しかし、隊長の内なる声も空しく悲鳴が挙がる。
「ぐわぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁ!!」
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
ジェラルミンの盾を貫いた弾丸が機動隊員の肉体を引き裂いたのだった。
「馬鹿な!!ジェラルミンの盾を貫通しただと?!」
隊長の絶望的な叫び声は銃撃音とそれを防ぐ乾いた音、そして悲鳴によってほとんど掻き消されていた。
 

「……馬鹿な奴らだぜ。」
マシンガンの引き金を引きながらにやついた笑みを浮かべて戦闘員の一人・ラッドが吐き捨てるように呟いた。
「回転式拳銃なんかでマシンガンに敵うはずがねぇだろう。そんな事も分からんのかねぇ。」
分からないはずがない。それでも市民のために必死に戦っている男達を前にそれを卑下するようにラッドは嘲笑った。そして、銃撃に耐え切れずにジェラルミンの盾を銃弾が貫通する。そして、血を流して倒れる機動隊員。
「くっくっく……こっちは都市戦用の対装甲弾丸『キーンバレット』を使用しているんだぜ?無駄な事なんか辞めてそのまま死にな!!」
そしてさらに親指に力を込めようとした時、ラッドの予想外の事が起こる。
突如、コンクリートの道路が爆ぜ上がり、地面が隆起し、機動隊と戦闘部隊との間を遮断した。
「何なんだ!?これは!!」
戦闘員達は銃撃を止め、その信じられ光景に唖然とした。
ビル群の廃墟……電柱が倒れ、剥き出しの鉄筋やコンクリートの残骸が彩る都市には全く不釣合いな土色の岩壁。
そして、その岩壁の頂上を仰ぐと眩しい蒼天の日差しを背に誰かが立っていた。
ラッドは日差しを手で遮ってその人間の姿を確認しようとする。
眩む程眩しい日差しを背に立っている人影。その姿を見る。
女性だった。日差しと同じように眩しい白のブラウスが印象的な金髪の美しい女性。
「……これ以上罪もない人達を殺そうと言うのなら……神に代わって私が裁きを与えます。」
リーサの燐とした声に一瞬、戦闘員達は顔を見合わせる。そして、ラッドだけが突如大笑いしだした。
「ははは!!こりゃ、お笑いだ。戦闘員に説法とはな。俺達は殺す事が仕事なんだよ。そんなセリフは囚人にでも言ってろよ!!」
リーサは奥歯を噛み締めた。何を言ってもこの人達には無駄だろう。分かってはいたが、その事実に怒りを覚える。
「……お喋りはその辺にしとけよ。あいつは消去対象だ。とっとと始末してこんな任務は終わらせるぞ。」
涼しげに任務を遂行していた男エディがマシンガンをリーサに向けて静かに言った。
「仕事熱心だねぇ。ま、俺はもっと人を殺したいがな。だが、いい女が蜂の巣になって血溜りに倒れる姿も見ものだがな。」
ラッドは舐めるように唇を濡らすと、ニヤニヤとした笑みを口元に浮かべて銃口をリーサに向けた。
リーサは静かに肺から空気を絞り出す。それはため息だったのかも知れない。それともこれから自分が行う殺生に対する懺悔だったのかもしれない。
「……クエイドさんはそれが例え血も涙もない人だとしても殺さないのでしょうけど、私は目の前で人を喜んで殺すような人には情けを掛けません。……死を以って償いなさい。」
リーサは瞳を閉じて、静かに呟くと胸の前で聖印を結ぶ。そして、瞳を見開いた時、目の前に映っている人間はすでに殺すべき相手にしか過ぎなかった。

そして、彼女は『構成』を瞬時に編み上げると、それを『詠唱』も行わずに『呪文』を言い放つだけで発動させた。
 
 

クエイドはリーサという人間を普通の女性だと思っていた。
酷い事には酷いと言い、好きな人と一緒にいれば笑顔を絶やさない、少々怒りっぽい、そんな至って『普通』の女性だと思っていた。
 

しかし、それは彼女の表面だけを見て判断しただけだった。
彼女の『裏』の表情……

クエイドが殺人願望、破壊衝動を望むもう一人の『自分』、そして『あいつ』と呼ばれる狂気の存在に悩まされているように……

サリーナが過去の心の傷から模造品の『笑顔』と無理やり削られたような『心』を抱え、『私』と言う人格に翻弄されるように……
 

リーサにも『裏』と呼べる表情があった。
クエイドが目覚めた力と同じように奇怪な力を持つ自分……そして、その力が招いた悲劇。そしてその悲劇の果てに目覚めた冷酷な氷点を持つ心……
 

その心が今目覚め、それが牙を向けた。彼女の背に突如現われた光の翼。
その翼が蛍のようにほのかな光を瞬かせ、羽ばたいた時……
動乱極まるローグィンにおいて、死を振り撒く天使が舞った。
 
 
 
 
 
 

(Continue)
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