EARTH
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第5章「君は何も失ってなんかないよ(4)」
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戦闘行為は何も銃の引き金を引いた瞬間に始まるわけではない。その前からすでに始まっている。相手を認識しての戦闘ならば、身構え、相手の瞳を睨みつけ気迫で相手を圧倒しようとする。いや、戦闘が始まっているどころではない。その時点ですでに勝負がついているとさえ言えるだろう。
そしてそれが魔導士の場合、より顕著な『形』となって現われる。しかし、それは同じ魔導士でなければ分からない。だから、ラッドとエディは気付く事が出来なかった。
 


……アースクエイク……


『構成』によって魔力が十分に満たされた空間にリーサは一言だけ『力ある言葉』を静かに呟いた。それは本当に一滴の水滴ように水面という現実世界に落ちた。それは波紋となり、小さな波となり、そして大海嘯となる。

瞬間、地面が爆ぜ上がった。その大地は数百メートルも巻き上がった……いや、空間に浮かんだとしか思えなかった。だからこそ、ラッドとエディは唖然としてその光景を見上げていた。そのあまりに非現実的な光景に声どころか瞬きすら出来なかった。
誰が信じられるであろう?
巨大な、それ自体が小さなビルもあろうかという岩石が確認出来るだけで遥か上空に十数個も存在しているのである。それが浮遊島のように上空に佇んでいる。
リーサはそれを何の感情もない、能面のような表情で見詰めていた。
「……さよなら、罪深き者達。」
呟きを掻き消すように空気を振動させる轟音とともに上空に浮遊していた岩石が落ちてきた。
「う……あぁぁ……」
数歩、震える足で後ずさりラッドはうめいた。頭上に急速に接近し、その度にその大きさをましてくる巨大な岩石の前に圧倒的な恐怖を感じていた。エディに至ってはただ呆然とその光景を見詰め続けるしかなかった。
そして、その岩石が極限にまで迫った時、一瞬の絶叫の後、大地を揺るがす凄まじい衝撃と、怪物の絶叫のような破砕音が響きわたった。倒壊寸前だったビルも、あらゆる物を押しつぶし、爆風で吹き飛ばして、都市の一角が確実な廃墟と化した。
そして、巻き上がった土煙がリーサを覆おうとした瞬間、見えなくなる寸前で彼女の瞳から涙が零れた。
 

クエイドはビルの屋上に佇んで街並みを眺めていた。
違う。本当は眺めてなどいなかった。ただ、呆然と立ち尽くしていただけだったのかもしれない。ふとビルの淵に足をかける。視線を落とすと目も眩むほどの高さに心の何処かが冷えてきた。風がクエイドの髪を揺らして、風の音がさらに心の奥底の狂気を呼び覚ます。
 

死にたいんなら ほら 一歩歩むだけで死ねるぞ?

今のお前なら即死だよ 痛みさえ感じない

生きているのが辛いんだろ?サリーナを失ってどうしようもないんだろ?

だったら……死ねば?


そんな声が風の奥底から聞こえてくるような気がした。
……確かに……死ねるな。
クエイドはそんな風に思い、その死の衝動に駆られるように何もない、空中に一歩を刻もうとした。
 

「……ワタシヲ見ツケテ……」


「……え……?」
クエイドはその声に我を取り戻した。辺りを見渡すがその声の主の姿はおろか、もう二度とその声を聞く事は出来なかった。だけどその声が誰なのかは……分かった。
「……サリーナ……」
クエイドはその一言を呟くのが精一杯だった。それ以上何かを言ってしまうとその声で彼女の面影が失われそうだったから、クエイドは口を噤んだ。
いつもそうだった。
自分一人では耐えられないほど辛い事があるといつも彼女が手を差し伸べてくれた。いつも俺を支えてくれた。
でも……俺は……彼女に手を差し伸べていたか?彼女を救えたか?彼女を守れたか?
その答えは……クエイドが一番よく知っている。
だからこそ、これほどまでに後悔し、絶望しているのだ。
 

「クエイドさん、辛そうに見えますよ?」


辛くないわけなんてない……
俺は……何のために戦って、何のためにこんな辛いだけの……生きているのが苦痛以外の何物でもない世界で生きているんだ?
 


「クエイドは……優しいよ?」


違う!!
俺は優しくなんてない!!
俺は人を殺したくて……それなのにそれが異常に怖くて……殺したくなくて……肉を裂く感触、肉に刃が喰いこむ感触が俺を支えてくれて……でもそれを認めたくなくて……
そうなんだ。
俺は……ずるくて、残酷で、冷酷で、自分の狂気を抑えられなくて、恐怖を克服できなくて、……俺は……最低の人間なんだ。
 

「……私、クエイドに嫌われてると思ってた……」


……俺の方がサリーナに嫌われていると思っていた。それを信じて疑っていなかった。
でも……そんな俺をサリーナは支えてくれた。だけど、彼女はもういない……
 

「……私も……クエイドの事好きだよ……」


……俺は……サリーナが好きになってくれるような人間じゃない……
 

でも……俺は……サリーナの事が好きだった。いや、今も尚、心を引き裂かんばかりに彼女を想っている。そんな自分の心ともう一つの自分の心が心を痛めつける。いくつもの刃となって心を切り刻んでいく。こんな出来損ないの心なのに……人形にもなれない俺の心なのに……
 

……俺は……どうしたらいいんだ……?


悩んでも、苦しんでも答えは手の届かない遥か彼方に……いや、それどころか答えが存在しているのかさえ疑問だった。
サリーナに会えば……もしかしたら答えが得られるかも知れない。
しかし、それは出来ない。もしも会ってしまえば……俺はまた、彼女をこの殺伐とした世界に巻き込んでしまう事になる。
そうなれば……俺の『世界』が彼女を殺してしまう。俺が彼女を殺してしまう。
……今度こそ……

そこまで考えてクエイドは歪な笑みを浮かべる。
自分が何を望んでいるのかさえも分からない。
俺はサリーナに会いたいのか。サリーナに会いたくないのか。
俺は殺したいのか。殺したくないのか。
俺は生きたいのか。死にたいのか。
何も分からない。何も分からない。何も分からない。
「……何がしたいんだよ、俺は……」
クエイドは絶望的に呟いた。その声は微風にでも掻き消されそうにか細く、そしてその表情は失望と絶望で暗い影が色濃く現われていた。
奥歯を噛み締めた時、クエイドの夢想を打ち砕くような轟音がクエイドの鼓膜を振るわせた。
クエイドが顔を挙げると黒煙が所々から巻き上がるローグィンの上空に信じられない光景が広がっていた。
茶色の雲ならぬ巨大な岩石群。それが無数に空中を浮遊している。
「……魔法……なのか?!」
クエイドは身を乗り出すようにして思わず叫んでいた。
魔法の影響下に入っていない事もあって『構成』を感じる事は出来ない。しかし、巨大な岩石を空中に浮遊させている事を考えるとそれを支えている『構成』は計り知れない。もしかしたら、『あいつ』の力によって得られていたあの巨大な魔力……あれに匹敵する程かもしれない。
「こんな魔法を使える奴って……」
クエイドは頭をフル回転させ、その名前を知識の海から浮かび上がらせる。
最初に思い浮かんだのは意外な人物だった。しかし、その名前はすぐに再び知識の海へ沈める。確かに『彼女』ならこんな途方もない魔法を組み上げる事も可能かも知れないが、彼女は今、ルドラン連邦刑務所の魔法を封じる結界の中にいるはずだ。
次に思い浮かんだ名前にクエイドは戦慄した。
自身を『魔王』と名乗る恐らくクエイドが今まで戦った中で最強最悪の相手……ガーランド。そして、圧倒的肉体能力と未知の召喚魔法『獣魔術』を操るカイラス。
その名前が浮かんだ瞬間、クエイドは駆け出していた。
この都市にあいつ等がいる……それを考えた時、いてもたってもいられなかった。
クエイドはそれがリーサや、ラッグス……二人を心配しての事だと思っていた。
だけど……それは違っていた。
確かにそれもあったかも知れない。だが……ガーランドの事を考えた時、クエイドは自身が知らぬ間に残酷な笑みを浮かべていた。
 

レイキャンベル公国建国史上、いや、世界的に見ても例を見ない圧倒的武力を持ってのテロ行為に対して、発生から3時間以上が経過した今も公国政府は何ら指針を出せずにいた。
当初、警察力での鎮圧を図ろうとしたがARMS、戦闘ヘリ、重武装した歩兵によって警察ではどうしようもない状態に陥っていた。
公国政府情報集約センターでは情報が錯綜していた。死傷者100名以上という情報もあれば、10名程度というものもある。警察への被害も微々たるものから、ほぼ壊滅という両極端な情報が乱れ飛んでいた。ローグィン市の通信網が完全に破壊されている点も情報の錯綜に拍車をかけていた。
しかも、戦闘部隊の破壊工作によってローグィン市へ入るために必要不可欠な主要な橋が完全に破壊されている。市民の避難、支援も容易には行えない。
「これ以上警察ではどうしようもない!軍隊の即時派遣をすべきです!!」
「待ってくれ!軍隊は一連のモンスタークライシスによって首都に集中している。トリニティ平和維持軍もローグィンの遥か北、ヴィスティアに集中展開し、支援を行えないと公国政府に通達してきている。現在、ローグィン周辺に展開している部隊は最小限なのだ!現在の規模では鎮圧作戦を行うには無理がある!」
「無理があるだと?!マシンガン、手榴弾、軍用ARMS、戦闘ヘリに対して回転式拳銃で挑んでいる警察の方が無茶なんだぞ?!事態は一刻も許さないんだ!!」
「しかし、軍隊を派遣するにしても問題があります。破壊工作によってリカルダ川、そしてメソランテ川に掛かる主要な橋合計8つが落とされ、ローグィン市は完全に陸の孤島と化しています。陸路による部隊の派遣は実質上出来ません。強襲揚陸艇による部隊派遣も考えられますが、戦闘ヘリが飛んでいる事を考えると迎撃され、沈没させられる可能性が極めて高いと言えます。」
「ARMSの脚部をホバーに換装して上陸作戦を行えばいいのではないのか?」
「確かに上陸するにはそれで十分です。しかし、ローグィンは一連の戦闘行為によって瓦礫がひしめいてホバーでは十分な機動性を使う事が出来ません。それでは逆に全滅させられるだけです。陸軍の戦闘ヘリによる攻撃及び、空艇ARMS部隊による降下作戦はどうでしょう?」
「それこそ不可能だ!戦闘ヘリによる地上攻撃など市民にどれほどの被害が出ると思っているんだ?!それに空艇ARMS部隊は都市部への降下訓練など一度も行ったことがないのだ。ビル群が乱立し、それこそ瓦礫に埋もれているローグィン市に降下するなど常軌を逸している!!」
「市民にどれほどの被害?それこそ今このときも次々に死傷者が出ているんですよ!!それも市民、警察官両方に!!もう、軍隊の治安出動しかいないんです!!」
「……もう、決まっている。」
この時、初めてレイキャンベル公国大統領は口を開いた。その言葉に今まで激しく論じていた各官僚達の口を閉じさせた。
「……軍隊は派遣する。それがどれほどの規模になるのか。どのような作戦でローグィンに入るのか。作戦対策室でまとめあげろ!2時間以内でだ!!ネルドガルドとの国境に展開している部隊も回せ。」
大統領の言葉に皆は水を打ったように沈黙した。
 

「……そうか。レ軍は動くか。」
「はい。恐らくは陸軍による強襲揚陸艇による強襲作戦及び戦闘ヘリによる地上制圧になると考えられます。しかし、敵の正体が分からないのは……」
「正体は我々の情報部が掴んでいる。……恐らく帝国特務機関ニルヴァーナだ。」
「ニルヴァーナ?!……それは本当ですか?信じられません。」
「我々としても君達に出来る限りの支援を行う。帝国軍部はレイキャンベルとの友好的な関係をこれからも築いていきたいと考えているからな。」
「……分かりました。期待しています。」
 
 

巻き上がった埃が風によってまどろんで、流されていく。
徐々に視界が晴れていくと圧倒的なまでの破壊の傷跡が見えてくる。
岩石によって潰された建物や車は原型を保ってはおらずその姿は無残の程ひしゃげていた。
「う……うぅ……」
うめき声がリーサの耳に届いた。リーサは涼しい瞳でその声をした方を向き、歩き出す。
その呻き声を発する者を見下すように冷たい視線を放つ。
「……ば……化け物め……」
瓦礫に左足は潰され、体中から鮮血が流れているエディの姿。エディは凄まじい形相でリーサを睨みつけるがリーサはそれを冷徹な瞳ではじき返す。
「……神の裁きです。自分の罪を悔やみなさい。」
「く……くっくっく……」
リーサの静かな言葉にエディは痛々しい笑みを浮かべた。
「……神だと?裁きだと?俺が汚れていて、お前が綺麗だと?笑わせるなよ。お前だって人殺しじゃないのか?!」
「……人殺しは貴方達でしょう?でなければあんなに無慈悲に人を……罪のない人を殺せるはずがないでしょう?」
「俺が人を殺すのは……それが仕事だからだ。俺は軍人だ。俺は軍隊に所属しているんだ。軍隊は……言ってみれば皆殺しにするのが仕事なんだ。一度任務になれば冷徹に、心を鬼にして殺さなければならないんだ。それが例え、非武装の民間人であろうと凶悪な殺人犯であろうと卓越された戦闘部隊であろうとな。……お前は何故、俺達を殺す?理由が言えるか?」
エディの言葉にリーサは沈黙する。しかし、その瞳にはさっきまでの完全な冷徹さはない。僅かな動揺が広がっていた。
「お前が嫌悪していたあいつですら……ラッドですら任務の時以外は優しい父親なんだ。優しい手で子供を抱いてやる父親なんだ。……お前は……どうして俺達を殺すんだ?」
「……私は……」
言葉が出てこなかった。何か、言葉を言わなくてはならないのに言葉が出てこなかった。
自分は間違いなく正しいはずだ。だって、この人たちは立った今、罪もない人達を虐殺したのだから。それを神が許すわけがないのだから。
しかし、いくつもの答えが出てきてもそれが喉を通って声となって発される事はなかった。
ふと、エディの左横を見る。瓦礫に全身を潰され、頭と右手だけを出して血を流して倒れている……いや、死んでいるラッドの姿。
彼の右手が握っているもの……
それを見た時、リーサは思わず狼狽した。
両手をわなつかせて、頭を抱える。凄まじい衝撃が頭痛となって自分を責める。
「……あ……あ……あ……」
喉が潰れてしまったように嗚咽を漏らす。
視線を外そうとしても両目はそれを凝視していた。
 

穏やかな……さっきまでの狂気に満ち満ちていたラッドとはまるで別人の穏やかなその死に顔。まるで微笑んでいるかのようにさえ見える。
そして……その血と埃で汚れた右手が握っているもの……
 

その死に顔と同じように優しい笑顔を振り撒いているラッドと……彼に抱かれている小さな男の子。無邪気に微笑むその子供の側には穏やかな微笑みを浮かべる女性もいる。
 

「……俺達も殺した。だが、お前も殺したんだ。罪があるかないかなんて関係ない。お前も人殺しだ。神とか裁きとかなんていい訳だ。人殺しめ……人殺しめ……人殺しめ……」
 

……人殺し……


「……あ……あ……ああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
リーサは絶叫していた。彼女の背にあった天使のような光り輝く翼は光の粒子となって消失し、変わりに彼女の甲高い悲鳴がいつまでも続いていた。そして、解放されていた膨大な魔力がその叫びに呼応して暴走した。爆発したようにリーサを中心に光が溢れる。その輝きにリーサ以外の全てが焼かれていく。瓦礫も、ラッドの死体も、そして、肌を焼かれながら尚も人殺しと呟き続けるエディも。閃光の凄まじい熱量で木材は燃え上がり、鋼鉄は飴細工のようにドロリと溶け始める。そして、その熱量でエディの肌が溶け落ちる。肌の肉を殺ぎ落としていく。眼球を留めておく皮膚を無くした時、眼球が両の眼がから零れ落ちた。しかし、それも閃光にさらされると一瞬で蒸発して消し炭になる。猛烈な熱量に晒され、蒸発するのが早いものから燃えていく。そして、最後に残った骨すらも粉のように粉末にまで燃え尽きていった。その熱量の中でも魔力の障壁が展開している。だから、リーサには僅かな熱さえ感じる事はない。だが……いや、だからこそ、その光景を見続けていた。視線を外す事が出来なかった。そして、その閃光の僅かな時を絶叫に終始費やすしかなかった。
 

「……リーサ……?」
その悲鳴を最初に聞いたのはラッグスだった。嫌な予感を感じた。
ラッグスは駆け出す。瓦礫の破片が道路に散乱している。
それをものともせずにラッグスは全力で駆けた。そして、十字路を左に曲がった時、その光景に絶句した。思わず自分は走るのを止め、立ち尽くしている事にも気付かなかった。
全ての建物が岩石に潰され、灰色のコンクリートは見る影もなく、一面に土色の岩石がまるで巨木のように乱立していた。
「……一体……何が……」
ラッグスは思わずうめいていた。
埃っぽい臭いと火の燻る嫌な臭いに思わず、ラッグスは顔をしかめる。
辺りを見渡すが、コンクリートの残骸と夥しい岩石しか見えない。
いや……『ソレ』に気付いて思わずラッグスはうめいて、後づさった。
残骸に押しつぶされて、見る影もない人の姿……
その余りに悲惨な状況にラッグスは視線を外した。とても正視出来るようなものじゃなかった。
だが、聞き覚えのある声が悲鳴となって大気を震わし、ラッグスの鼓膜に届いた時、ラッグスの精神を一瞬にして強靭にし、惨状の現場を駆け抜けた。
「リーサ!!」
リーサの姿を見つけた時、ラッグスは思わず叫んでいた。
しかし、その叫び声はリーサに届いているはずなのに彼女は微動だにせず、頭を抱えたまま跪いていた。
そしてその周りの光景の異様さに絶句した。彼女を中心にぽっかりと何もなかった。
そう、何もなかったのだ。他のところには犇くように転がっているビルの残骸も、ビル群を押しつぶした岩石も、何もかも。残っているのは灰だけだった。
ラッグスはリーサの肩に手を置く。それでやっと気付いたのかリーサがラッグスの方へ振り返る。
「……私……私は……人を……人を殺してしまったんです!私、殺人という『罪』を犯してしまったんです!!」
普段、冷静な彼女とは思えないように激仰していた。その様子にラッグスは言葉を失ってしまっていた。
「……殺したって……誰を……?」
言えたのはそれだけだった。とにかく状況が分からない。リーサと同様にラッグス自身も混乱しつつあった。だが、それも仕方ない。都市部での破壊工作など誰だって経験などした事ないのだから。ギルドの任務で修羅場に幾度も遭遇しているクエイドでさえ、日常が非日常へと急変する状況では混乱してしまうかも知れない。
「……あの虐殺していた戦闘員を……でも、でも、私はそれを当然だと……殺すのは当然だと言ったんです。でも、殺すのが当然なんて事は絶対ないって、私は『罰』と『神』の名を使って正当化してたんです!!」
リーサは言葉がまとまらないままに感情をぶちまけた。そうするしか今のリーサには出来なかった。その言葉を聞いてラッグスは困惑した。
「……殺されそうになったのでしょう?相手が虐殺していたのでしょう?それ……正当防衛じゃないんですか?ただ、自分の身を守ろうとしただけでしょう?リーサのせいじゃないんじゃないですか?」
ラッグスはリーサが混乱している理由がはっきりと分からなかったために当たり前の事を『当たり前』のように伝えた。しかし、その当たり前の事がリーサに当たり前の事実を思い知らす。

私は……人を殺した事を受け止められなかった。
だから狼狽した。だから混乱した。だから叫んだ。
人を殺した事を認める事が出来なかったから自分で色々と理由をこじつけた。
 

殺されそうになったから。
相手が目に余る虐殺行為を行っていたから。
殺されても仕方がないから。
 

でも……殺されても仕方がないって誰が決めるの?
神様なんて本当は何処にもいないし、何も呟いてはくれない。
結局は自分の判断が全て。
倫理も正義も判断材料に過ぎない。結局は自分……殺すか、殺されるかの判断が迫られた時、それを判断するのは結局は自分なんだ。
 

……そして、私は『殺す』方を選択した……
 

その『重さ』も『覚悟』も分からないまま


「……だからクエイドさんは……その『重さ』も『覚悟』も知っていたから……『殺さない』方を選択したんだ……」
「え?」
リーサの呟きに意味が分からずにラッグスは怪訝な表情を浮かべるだけだった。その様子にリーサは小さな微笑みを浮かべた。
その微笑みの意味がラッグスには分からなかった。
だけど、一つだけ意味が分かった。
彼女に何らかの答えを与えたのは自分ではなく……クエイドだと言う事を。
彼女に答えを与えられなかった自分に対して情けなさを覚え……
その彼女に答えを与える事の出来たクエイドに嫉妬を覚え……
押さえ込んでいたはずの劣等感と自虐的な弱い心がラッグスの心を再び蝕み始めた。
 

弱い心と強い心……それを持っているクエイドという人間を中心に同じように強さと弱さ、優しさと狂気を持った人間が集まり始めていた。
 

……サリーナ……


幼少の頃、義理の母の虐待によって仮面をかぶり続けていた少女。
狂気と絶望、そして未来への不安を予感させるもう一人の自分『私』に翻弄され続ける。しかし、それとは逆に誰よりも精神的な強さを持っている。
最初にクエイドの運命を共にすることを選んだ少女。
 

……リーサ……


圧倒的な魔力を持ち、ゆえにバロンに囚われた女性。
優しさ、冷徹さ、強さ、弱さ、儚さ、あらゆる表情を持ち、それゆえに悩み続ける。
神を信じていた彼女が神を失った今……彼女の本当の意味での戦いが始まる。
 

……ラッグス……


類稀な博識と温和な表情の裏にある過去に引きずられる男。
幼少の頃感じた劣等感と自虐的な精神。それを払拭出来ず、今、この時も過去の幻影が口を開けて待ち構えている。
クエイドとの出会いが嫌でも過去との対面を招く。だが、彼もクエイドと運命を共にする事になる。
 


……そして……


もう一人のクエイドと運命を共にする者……
クエイドに『友情』の意味とその心地よさを教えることになる男。だが、彼にも大きな心の傷が、過去の傷痕があった。だが、それゆえにサリーナと共にクエイドを支える事になる。
2001年。
クエイドが大きな岐路に立たされた時。大きな運命の選択を前にした時。
彼は過去の自分にクエイドを重ねる事になる。
 

最後のこの物語の主役の一人。
ネロ・クライブは一路ネルドガルド・ローグィン市に向けて天空を切り裂いて飛翔するガンシップの中にいた。
コクピットの窓から見える眼下の広大な大陸と大海原。
その二つを前にすると自分がいかに卑小かを思い知る。絶大な力を誇る機械文明とそれを操る不完全な人……それを目に見える形で現している飛空艇技師にとっては良い教訓だ。
……親父ならそう呟くかねぇ。
ネロはこんな素晴らしい景色を前にしてもこじつけて説教する事が好きな自分の親父を思い出していた。
「綺麗なものは綺麗。それでいいと思うがねぇ、俺は。」
ネロは自分が向かっている所の現状も分からず、呑気にコクピットに座っていた。
片手でガンシップを操りながら、オーディオから流れる流行の曲を口ずさんでいる、この中年男性がクエイド達を救出に向かおうとしているとは誰も、クエイド自身でさえもこの光景を見ては、信じられないだろう。
 
 

銃撃音が空間そのものを叩きつけるような音を発し、目の前の全てを切り裂いて飛翔する。それに晒されたモノは全て粉々に粉砕され、空中をスローモーションのようにゆっくりと四散していく。
クエイドはその永遠のスローモーションの中で死と生の狭間を駆け抜けていた。砕かれて飛び散った木の藻屑や、コンクリート片が頬を掠めていく。それを苦々しく思いながら、クエイドは戦闘員の横を突き、短剣でマシンガンの銃口を斬り上げた。
弾かれた銃口は天空に数十発の黄金の軌跡を爆音と同時に放つ。そして、銃口から黄金の光が漏れる中、クエイドの拳が力強く胸部に叩き込まれる。
 

――殺せ――


冷淡になっていく心は戦闘員の悶絶の声すら聞こうとはしない。
投げられた手榴弾がクエイドの足元に金属音を響かせて、転がって来た。クエイドの冷静な……いや、冷淡とすら呼称出来る蒼い瞳が不気味な輝きを放つ。
手榴弾の安全ピンはすでに抜かれている。
それを確認するだけで十分だった。クエイドは勢いよくその手榴弾を蹴り上げる。弧を描きながら飛翔していくそれを見ないまま、クエイドはまるで水泳の飛び込みのように勢いよく倒れ込んだ。そして、自分の背中で突如、猛烈な勢いの閃光と爆炎、そして、耳を塞いでいたはずなのにそれすらも無駄なような凄まじい爆音が鼓膜を激震させる。
破裂した手榴弾は爆炎の衝撃と、金属片を撒き散らす。周囲はその猛烈な破壊で包み込まれ、全てを拒絶する。
 

――砕け――


激しい耳鳴りの中でそれでも、クエイドは体を起こす。クエイドは『構成』を展開させ、『詠唱』を紡ぐ。銃撃音が木霊し、それに伴って、硝煙の中を光弾が駆け抜ける。そして、クエイドも自身の肉体を躍動させ、廃墟を駆け抜ける。力ある言葉が爆発音に掻き消されるが、力は失われる事はない。
展開された魔法はその不条理な圧倒的暴力を具現化させ、クエイドの前の敵に向けられる。
叩きつける熱風が巻き起こり、全てを燃やし尽くさんと炎の大蛇が天空に向かってそそり立つ。その肌が焼け付くような熱風に戦闘員が一瞬、躊躇した所でクエイドは踵を返し、駆ける。
 

――逃げるな――


……手がわなついた。
どうしようもなく叫びたくなって。どうしようもなくやりきれなくなって。どうしようもなく怖くなって。どうしようもなく許せなくなって。
倒れたビルの残骸に押しつぶされた人の姿を見た時、それらの感情が噴出して、弾け飛んだ。
 

「何なんだよ、お前らーーー!!!!」
 

それでも、空間を切り裂いて飛翔する弾丸の雨は止まらない。
やりきれなさが体中の闘争本能を猛烈に刺激する。それを理性が留め、何とか『あいつ』の制御を拒めた。
そして、一発の弾丸が……この街に無数にばら撒かれ、何人もの人の体を突き抜けていった弾丸の中で、たった一つの銃弾がクエイドの体すらも貫いた。
激しい痛みが左足に走って、クエイドはバランスを失ってそのまま勢いよく、残骸の犇くコンクリートを転がった。
「ぐ……」
口を開けば呻き声しか出ない。自分の左太股を触った瞬間、背筋が凍った。
ヌルリと手が滑る。溢れ出す『ソレ』の体温が逆にクエイド自身の体温を急激に下げていくかのようだ。しかし、それ以上に切実な現在の状況が、分かっている警鐘を嫌と言う程鳴り響かせる。
 

さぁ、どうする?

その足じゃもう逃げられないな

決断……いや、『覚悟』だな

自分が死ぬか、相手を殺すか

『覚悟』を選べ


「勝手な事を……」
クエイドは歯軋りする。痛みからなのか、脂汗が体中から湧き出してくる。
しかし、クエイドも切実に感じていた。
……決断しなければならない事を。
この足ではもう、これ以上殺さないように戦う事は出来ない。
殺すか、殺されるか。
その決断の時が刻一刻と迫っている。
……覚悟しなければならない。
 

『殺される』覚悟と『殺す』覚悟


クエイドは右手の爪が食い込むほど手を絞り込んで握った。
表情が見る見る険しくなっていく。
こんな覚悟なんて必要ないはずだった。でも、今のクエイドの前にはそれが大きく聳え立っている。それがクエイドに怒りとも悲しみとも苦しみとも言え、どれにも当てはまらないとも言える感情を湧きあがらせる。
 

答えは決まっているだろ?

殺されればそれでお終いだぞ?

さぁ、お前のその手で未来を切り開け

血塗れのその手で未来を掴め


「……ふざけるなよ……」
静かな声が硝煙の臭いと炎の揺らめく廃墟に響いた。
「……答えはもう決まっているんだ!!俺は誰も殺さない!!それが例え自分が殺されるとしてもだ!!俺は……誰も殺さない!!」
クエイドは何度も何度も同じ言葉を繰り返し、叫んだ。痛々しいくらいにクエイドは取り乱して叫んでいた。そうしなければ、死への恐怖に勝てなかったからだ。

「……俺は人を殺さない!!誰も殺さない!!誰も殺さなければサリーナも殺さない!!俺は、お前にはなったりしない!!」

どうしてだろう?
サリーナの名前を口に出したら……ただ、それだけの事なのに何故か安らいだ。
俺は……多分、ここで死ぬだろう。
だけど、一瞬でも彼女の事が思い出せて……ただ、彼女の名前を出しただけで彼女が側にいるようなそんな温かさが確かに伝わってきたんだ。
だから……俺は……
 

お前……死ぬ事が怖くはないのか?

死ねばお前の大切なあの娘にも会えないんだぞ?

何故、他人の死よりも自分の死を選ぶ?

他人など蹴散らし、その屍を超えて高みへと昇りたくはないのか?

お前にはその資格と力があるんだぞ?

力が欲しくはないのか?


クエイドは『あいつ』の誘いにも首を横に振る。痛みから来る汗もそれと同時に飛び散る。
頬を伝って流れた汗が落ちたと同時に、クエイドは微笑を浮かべて答えた。
「死ぬのは怖いさ。サリーナに会えなくなるのも怖い。……だけど、俺が一番怖いのは、サリーナに嫌われる事なんだ。サリーナを殺してしまう事なんだ。……お前になってしまう事なんだ。そうならない方法が死ぬ事以外にないなら、俺は喜んで死んでやる。俺はお前にはならない。力なんて俺は……いらない。」
 

どうやらまだお前はオレを納める『器』として未熟らしいな

お前には『既成事実』が必要らしい

そこまで拒むのならオレが背中を軽く押してやるよ
 

『あいつ』のその言葉が聞こえた時、『あいつ』の姿も顔も見えないはずなのに、危険な『あいつ』特有の歪な笑みが見えた気がした。そして、瞬時に嫌な予感が走った。
そしてその予感が『目』に見えて現われた時、クエイドは戦慄した。
現実には『見えた』訳じゃない。でも、それは戦いに浸りっぱなしのクエイドにとっては目に見えるように切実に感じる事が出来た。
瞬時に、毒ガスが広がっていくように淀んだ意思に支えられた魔力がその濃度を高めていく。魔力が満たされ、それが暴虐の形となって『構成』を紡ぎ始めている。
その事にクエイドは驚愕……いや、戦慄すら感じた。
冷たい汗が……傷から来る汗よりももっと冷ややかな汗が流れてくる。
何故なら……クエイドは『構成』を編み上げてなどいないからだ。
「何をする気だ?!!」
クエイドは辺りを見渡すように叫んだ。姿の見えない、『あいつ』に対して聞こえるように。
いや……それよりもこのわけの分からない状況に対する憤りをぶつけるように。
 

言っただろう?

ほんの少し背中を押してやると

そこまで殺す事を拒むのならお前の力を使って、オレが殺してやるよ

そして殺しの狂喜を教えてやる


「勝手な事を言うな!!俺の力でそんな事させるか!!」
しかし、クエイドがどんなに叫んでも『構成』は急速に展開している。
(くそっ!)
クエイドは舌打ちすると何とか『あいつ』が展開している『構成』を阻害しようと新たに『構成』を展開しようとするが、『あいつ』の強大な魔力の前ではクエイドの魔力の展開は小さな小波程度でしかなく、それよりも遥かに大きい魔力の波に掻き消されてしまう。
その事実に自分が先ほど使っていた魔力のあまりの強大さ、暴虐さに戦慄を新たにした。
 

俺は……なんて奴と共存してるんだ


クエイドの気持ちを嘲うように『構成』はさらに魔力を満たし続ける。すでに十分に魔法を放てる程に。
「おい!!もう十分だろう!!これ以上魔力を上昇させたら、被害は……」
そこまで叫んでクエイドは思わず口を噤んだ。
(……まさか……)
突然、クエイドの脳裏に閃光と共に浮かんだ光景。その事にクエイドの体が震える。まるで脳まで麻痺したように全身が痺れる。
 

そうだ

戦闘員を殺したくらいじゃお前は『殺し』の面白さ、

楽しさを分からないだろう?

ここ一帯を全て吹き飛ばす

くくく……一体何人死ぬのかな?

お前が殺すんだよ

オレはその背中をそっと押しただけ

お前が殺すんだ


まるで世界で一人……俺独りだけ取り残されたような気分だった。
瞳が虚ろに、視点も定まらず彷徨っている。
全身が震える。それを止めようと拳を強く握るが震えは止まらない。爪が深く食い込んで血が滴る。
歯が砕ける程、奥歯を噛み締める。怒りと憎しみで心が一杯になる。
誰も殺したくない。
だけど……だけど……だけど……
「……そんなに殺して欲しいなら殺してやる。……『お前を殺してやる』!!」
クエイドは怒りと憎しみで全身を震わせながらそう、叫んだ。
こんなに誰かを憎しみで殺したいと思った事はない。
『あいつ』はそれに恐怖する何処か、満足したようにその暴虐な破壊の力を膨れ上げた。
暴発寸前のその力から淡い光が漏れた……そう感じた時……
 

閃光が走った



 
 
 
 
 

(Continue)
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