EARTH
copyright(c)tetsu



第5章「君は何も失ってなんかないよ(5)」
=============================================================

レイキャンベル公国とはこんな国だ。
中央ロンダルギア諸国……つまりはレイキャンベルと同等の小国にとっては、ほとんど自国と同様だろうと思っていた。
深い広大な森林。首都を含む2,3の都市だけが大きく失業率も極めて高い。治安も悪く、隣国――主にネルドガルド共和国だが――との小規模の紛争を起こしている。
ロンダルギア大陸の混乱と混沌を象徴する国家であると言えるかも知れない。
だが、それは『表面』だけしか見ていないとも言える。
大国にとって……特に帝国にとってはレイキャンベル公国という国は一言で言えば『実験場』だ。
歴史上……もちろん裏の歴史だが、大国の実験場となった最大の場所はノースマル諸島、エルグラド島だろう。
帝国とガイリアのARMSによる陸上戦闘の実験場と化したエルグラド島は焦土と化した。これに当事者である帝国とガイリアは震撼した。
ARMSによる陸上戦闘だけでエルグラド島が近代史稀に見る破壊に晒されたからだ。当初、両国……特に帝国はARMSを含む陸戦兵器と飛空艇を始めとする航空戦力、そして空母を始めとする海洋戦力による総合的戦略システムの構築及びその立証実験を画策していた。
しかし、エルグラド島はARMSという未曾有の戦闘兵器の戦闘能力のみで焦土と化してしまった。もちろん、戦車や、装甲車、戦闘ヘリなどの従来の戦闘兵器はもちろん歩兵も参加してはいたが、そう言ってしまっても過言でもない程ARMSの戦闘での有効性、戦闘能力は群を抜いていた。
都市部、森林、荒地、湿地帯、砂漠、山岳地帯……
どのような地形条件にも適応してしまうARMSの極めて高い汎用性、そしていかなる状況であろうと大火力を投入できる戦闘能力。この脅威の戦闘兵器が互いに中隊以上の規模で戦闘に及んだ場合、その果てに残るものは焦土だけだった。
その事もあり、帝国とガイリアはARMSの戦闘データ……純粋な戦闘データの収集に終始し、飛空艇の投入という全面戦争突入という事態を皮肉にも回避した。もちろん、非公式に帝国、ガイリアと高度な外交を繰り返した連邦と諜報活動を続けた国家公安調査庁の功績も見逃せないが。

そして、歳月は流れ……新たな実験場として目を付けたのがレイキャンベル公国だった。
エルグラド紛争以降、強大な軍事力と経済力を背景に敵対し、冷戦という三つ巴の構造になったドルテカ帝国、ガイリア共和国、ルドラン連邦。その軍拡競争は留まる事を知らなかった。しかし、そのあまりに強大な力ゆえにあるジレンマが発生した。そのあまりに肥大し過ぎた力ゆえにその力を立証する術を持っていなかったのだ。机上の空論でしか過ぎない軍事力に一抹の不安を覚え始めた帝国は軍部を中心としてある構想を考えた。
保有している軍事力の実戦での効果が判明しないのなら、それを実戦で試してみればいい……その考えの元、帝国はレイキャンベルに介入した。それはレイキャンベルにとっても好ましいものではあった。
経済力の乏しいレイキャンベルにとっては軍事に割ける資金も少ない。それを全面的に帝国がバックアップしてくれるのなら願ったり叶ったりである。

帝国も得をする。
レイキャンベルも得をする。

……はずだった。
 

(……これがその代償だとでも言うのか……)
レイキャンベル公国国防省長官マイケル・ブレアは思わず右手で頭を抱えた。そのまま髪をぐしゃぐしゃにかき回したい衝動に駆られるが、それは何とか自制出来た。
現在のレイキャンベル公国の置かれている現状を考えるだけで頭が痛い。
帝国の誘惑に乗せられるがまま、ネルドガルドへ侵攻し、トリニティに完全に目を付けられた。国境での小競り合い程度と黙認してきた諸外国ももう無視を決め込む事は出来ないだろう。トリニティに同調する形で何らかの手段に出るだろう。
良くて経済封鎖……最悪の場合、トリニティ平和維持軍による武力制裁すらも……
そして、唯一の拠り所である帝国は、このレイキャンベル国内で何かを画策している。
帝国特務機関ニルヴァーナはローグィンでかつてない軍事行動を起こし、その被害状況は広がるばかりだ。
モンスタークライシスという未曾有の事態すら起こった。
このままでは……
そこでマイケル・ブレアは心臓を鷲掴みにされたように戦慄した。生唾を飲み込み、鼓動が急激に早くなる。
(……ま、まさか……)
気付かなければ良かった。心底そう思った。
だが、現在のこの状況は一つの結末を用意しているように思えてならない。
「帝国は……レイキャンベルで戦争を起こさせるつもりなのか……エルグラド紛争の時のように!」
マイケル・ブレアの悲鳴じみた……いや、悲鳴は静かに唇を震わせた。
 

「……ニルヴァーナ機関が表立って、動いた今、プロジェクト・ノアは最終段階に入ったと見るのが妥当です。陸軍情報部も同様の見解を示しています。」
「ルビア村唯一の生存者……いや、すでに死んでいるがその人物の名前は何だったかな?」
「サリーナ・レイフォンスです。」
「そう。その娘の死亡を確認した段階でプロジェクト・ノアの計画変更及び計画の遅延は免れないと判断していたのではないのか?」
「計画を早める何らかの『要素』が出現した……そう考えるのが自然だと思います。」
「『方舟』の所在地を捉えた……とでも言うのか?」
「それはあり得ないでしょう。『方舟』には可視光線、赤外線、レーダー、レーザー……現代のあらゆる索敵手段を無力化する極めて高いステルス性能を有していると考えられています。そのためにルビア村民間人を確保しようとしたのですから。」
「……『ウィザードリィステルス』……か。『方舟』が我々以外の手に落ちたと考えただけでもぞっとするな。」
「……考えたくもありません。第一、そんなものが我々の上空……その何処かに浮遊している事自体誰も想像していませんでした。『遺跡』から『方舟』の存在を立証する証拠が現われるまで。」
「我々が住んでいる世界はそういう世界だと言う事だ。全ては砂の上に築かれた塔……いつでも壊れる危険性をはらんでいる。だからこその我々の『N計画』なのだ。プロジェクト・ノアの計画達成だけは絶対に阻止せねばならない。」
「……では?」
「ああ……ローグィンに展開中のニルヴァーナ機関を排除しろ。レイキャンベル軍が掃討に動いているらしいが信用は出来ない。特務遂行群も投入しろ。ローグィン……いや、レイキャンベルを戦火に沈めようとも……な。」
 

網膜を焼いた白い閃光。その強烈な光は瞳に飛び込み、そのまま脳すら貫いた様に感じた。何が起こったのか分からなかった。目の前で炎が踊り、黒い煙が鼻腔を痛烈に刺激する。急激な燃焼によって酸素が著しく消費されたため、酷く息苦しい。しかし、それすらも些細な問題にしか過ぎないように思えた。
分かったのはそれが魔法による爆炎だったという事。それが敵と自分の間に生じた事。
そして、それは自分が放った魔法ではないと言う事。
誰がそれを行ったのか……それが分からずに混乱した。
(何が……どうなったんだ?)
混乱と焦燥感で呆然と立ち尽くす中で『あいつ』の声が響いた。
 


ちっ、『仲間』に救われたな

まぁいい、お前は間違いなく殺す事を望んでいる

そして、お前の周りは死で満ちている

オレが再びお前の前に現われる時

その時こそ、お前を殺人者にしてやる



殺人者……そんな言葉よりも今は一つの聞きなれない言葉が頭を駆け巡った。
酸素の足りない脳を酸素の代わりに駆け巡るように血管を満たす。
「……仲間って……誰だ?」
クエイドはまるでその言葉を知らなかったような口振りだった。

――いや、本当に知らなかった。

便宜上、ギルドの任務で一緒になったギルド派遣員を『仲間』と言ったりした事もある。そんな事など微塵も思っていなかったのに。
『仲間』なんて一人もいなかった。
『彼女』に裏切られて、師……ギルド派遣員として手解きを受けたSクラス派遣員が死んで……もう、仲間なんていらないと心底思った。だから……一人で生きていこうと思った。
 

そして――そんな俺はサリーナに出会った。
 

クエイドは思わず、振り返った。
振り返っても彼女はいないと分かっていた。でも、クエイドは振り返ってしまった。
『仲間』という言葉を聞いて一番最初に浮かんだのは彼女の微笑みだった。
振り返れば……彼女の微笑みにまた出会えるかもしれない。
そう思ったのかも知れなかった。
煤の舞う風が、咽こむような臭いを引き連れてクエイドの顔を撫でた。

そして、麻痺していた心の何処かが再び疼き始めた。

そこにあった姿は笑顔で微笑む彼女の姿じゃなかった。
最初、その事に落胆するかと思っていたけど、それとは別の感情が湧きあがってきた。切なさで胸を締め付けるような――そうだ、忘れていたけど――子供の頃、迷子になって泣きながら両親を探して――実際はすごく短かったけど――永遠かと思える程長かった。
もう、このまま一生会えないんじゃないかって震えるように泣いて、そしてやっと見つけた時のような……
そして、クエイドは心から震えた。喜びに震えた訳じゃない。心が途端に極寒に放り込まれた様に凍てついて震え始めた。
違う……違うに決まっている。
直感でそう思った事を必死に否定しようとした。否定しなければいけなかった。否定しなければ俺は……オレは……僕は……
 


何かが違った



僕?オレ?俺は……誰なんだ?
俺の名前が思い出せない?
さっきの想い出は『誰の』想い出なんだ?
俺に家族なんていたか?仲間なんていたか?
俺は誰なんだ?オレは誰なんだ?僕は誰なんだ?

オレは俺は僕はオレは僕は俺は僕はオレは僕は俺僕オレオレ俺僕俺僕オレ……
 

まるで誰かに……そう、神に頭の中をグチャグチャにかき回されて、大事な記憶を盗み出されしまったかのようにまるで何も思い出せなかった。それでも、自分が誰なのか知りたくて、自分が誰なのかを知らない事が酷く恐ろしくて思い出そうとした。
そして、閃光と一緒にまるで脳に焼きついた一瞬の映像のような思い出――写真のような一面の画像が――何枚も浮かんでは消えて行った。

血塗れの短剣を握って歪な笑みを浮かべる子供

血が爆炎を赤く染め上げ、その血の雨の中で佇む青年

柔らかい女の肉体にナイフが食い込み、両手に溢れるように流れ出てきた血

繰り出された拳が男の内臓を破裂させる

飛空艇が落ちて、大地を赤で染め上げる

閃光が全てをなぎ払い、大地を爆ぜる

数千の一コマ。声には絶対にならない絶叫。自分の思い出と誰かの思い出。
どれが俺のだ?
どれが他人のだ?
俺は誰だ?オレは誰だ?僕は誰だ?
 


「クエイドさん!!」



誰かを呼ぶ声が聞こえた。だけど、それが自分の名前なのか他人の名前なのかも分からない。
……クエイド?誰だ、そいつ?
俺の名前か?オレの名前か?僕の名前か?
分からない……分からない……誰か教えてくれ……サリーナ……助けれくれ……

突然出てきたサリーナという単語――いや、名前が心の何かを酷く揺さぶる。訳も分からず叫びたい衝動に駆られる。何かが心を切り刻むように痛めつける。
サリーナって……誰だ?
そう何度も聞いても誰も何も答えてはくれない。それでも何とか思い出してみる。
彼女の輪郭、優しい瞳、よくしゃべる口、華奢だけど柔らかい体、細い腕、小さな手、髪型、髪の色……思い出されていく彼女についての記憶の断片をまるでジグソーパズルを繋ぎ合わせるように彼女を形作っていく。
その形作られた彼女を見た時……声が聞こえてきた。確かに自分の声で。だけど、その声は酷く悲しそうで泣いているといった感じだった。

……サリーナ……
……今まで本当にありがとう……
……俺には君との『想い出』だけで十分だから……
……サリーナは自分の『幸せ』を掴んでくれ……
……さよなら……
……愛……してる……

多分、この言葉を伝えた人物は泣いている。だけど、何故今自分が泣いているのか分からなかった。決して止まらない。涙は頬を伝って一筋の線を描いて雫となって落ちていく。それが一滴二滴と落ちるたびにサリーナに対して抱いていた感情を思い出していく。
彼女との想い出が引き金となっておぼろげながら俺を形作っていく。霞から現われた俺の姿に触れる。

「クエイドさん!!」

……俺の名前。オレの名前。僕の名前。
俺の名前は……俺の名前は……俺の名前は……俺の名前は……
サリーナを大切に想っているこの青年の名前は……
この少女を愛している青年は……俺……俺は……俺は……
 

「……俺はクエイドだ。クエイド・ラグナイトだ。」
そう呟いて白昼夢が終わった。もう、一瞬のストロボのような閃光は見えない。映像も変わらない。ただ、目の前にあるのは心配そうな表情で自分の顔を覗き込むリーサと、崩れ落ちそうな俺を支えてくれているラッグスの姿だった。
「どうしたんですか?酷く顔色が悪い……ですよ?」
本当に心配そうに眉根を寄せ、瞳に哀の色を讃えるラッグス。リーサも同じような表情でいる。
俺は大丈夫だ。
そう言おうと思ったが、口を開くと嗚咽しか出てこないだろうと思い、必死に口を結んだため、決して声は出なかった。
「……とにかく早くこの場所を離れましょう。」
その声が耳鳴りに掻き消されていく……それを意識の隅で感じながら、俺はそこからしばらく記憶がなかった。
 

ただ、心の中でサリーナの名前を……呟き続けていた
 

まるでおまじないのようにその『名前』を呟けば
 

『俺』が『クエイド』だと信じられた
 

サ・リ・ー・ナ・に・逢・い・た・い


だけど気が付いた時、サリーナはいなかった。
 
 

手を握る。
それを何度も繰り返す。脳から発せられる命令が微電流によって神経を伝わる。それが五本の指をそれぞれ動かす。だが、動いているのは肉で作られた指じゃない。指だけじゃない。手、腕、上腕……右腕そのものが義手だった。それが妙に可笑しくて繰り返し、手を握り続ける。
義手は何の支障もなく、脳の命令に敏感に反応する。肉の手よりもよっぽど使い勝手がいいのではとさえ思える。
それを冷ややかな瞳で見ながらクラークは命令を幾度も幾度も復唱する。独り言を呟いているように唇だけが動いている。そして、右手をきつく握る。そして、視線を上げる。
その瞳には危険で、そして氷のような青い炎が灯っているかのようにギラギラと輝いていた。
「……あれから初めての実戦か。」
あいつ……仲間の肉体を食い破るように出てきた血塗れの男。あいつに斬り裂かれた右腕。あいつの表情を思い出すたびに痛覚のないはずの右腕が疼く。その疼きが人を殺せと叫んでいるように思える。
「……待ってろ。すぐに血を吸わせてやるからな。」
歪な笑みを浮かべてクラークは静かに呟いた。

クラーク達特務遂行群の戦闘員達とマシンガンや手榴弾といった武装を載せた高速輸送飛空艇がジェット音を響かせていた。ローターが大気を切り裂くたびに狂気さえも増幅していくかのようだった。また、特務遂行群機動支援課における軍用ARMSとARMS用の武装を載せた輸送飛空艇もその前を飛び立って飛空艇を追うように滑走路を猛スピードで駆け抜けて、その翼に風を受けている。帝国領土の基地からレイキャンベルに駐留している帝国軍駐屯地を目指して今、飛び立った。

帝国軍の誇る特殊部隊『特務遂行群』は帝国統合軍司令部直属の部隊である。帝国統合軍司令部とは陸・海・空の三軍を効率的かつ効果的に運用展開するために作られた組織である。しかし、軍隊はそれ自体で自己完結する組織であるため、いざ有事という事態の際、どうしても初動作戦が遅れてしまう。冷戦下に置ける極限状況の中、国内での騒乱も十分想定されたためそれに即座に対応出来る部隊の必要性が叫ばれた。
それらの状況の中で発足されたのが特務遂行群である。
国内においては12時間以内、国外でも世界中の至る場所で24時間以内に初動作戦を行う事が出来る。特務遂行群において実質的な主実行部隊が作戦展開課である。基本的には特殊歩兵集団という位置付けがされているが、戦闘車両、ARMS、GGP、支援・戦闘ヘリを始めとするあらゆる兵器等の操作に精通している。作戦に必要な機材が随時支給されるために即座に作戦を開始する事が可能である。そして、これら作戦展開課の支援・補給を担うのが機動支援課である。支援用攻撃ヘリ、輸送ヘリ、輸送飛空艇などのパイロットが所属している。しかし、パイロットといってもこの課のパイロットは特殊歩兵訓練を受けており、地上部隊としても作戦が可能である。
これらの軍隊の中でも選りすぐりの精鋭が集結している特務遂行群はその全容が全くと言っていい程分かっていない状況でありながら、世界最強の部隊との呼び声が高い。
当初は緊急事態への早期対処を目的としていた特務遂行群だが、情報戦が要となる現代戦においてその即時対応能力は非常に有効であるため、より積極的防衛思想の元、運用されていく事になる。

特務遂行群が動く事。それはすなわち極めて直接的な騒乱を意味している。
特務遂行群の任務遂行能力を阻止出来る部隊は恐らく世界中のどの軍隊にもないからである。そう、帝国軍内部でも。そのあまりにも素早すぎる即時対応能力、極めて優秀な人材、最新の兵器類、それらに対抗する術を『人類』は持っていない。
だが、帝国軍上層部は知っている。そして特務遂行群に従事している人間も知っている。レ軍のネルドガルド侵攻の際、ルビア村民間人襲撃時、その任務についていた特務遂行群の大半が全滅した事実を……

まだ『人類』は知らないのだ。
人以外の星に住まう者たちの思惑を。
モンスターの王達の策謀を。
そして、星の意思を代弁する者ガーランドの画策を。
 
 

帝国軍特務遂行群が準備行動を開始し始めた頃、レイキャンベル空軍の防空システムに再び識別コード『ワイバーン』が確認された。
<『ワイバーン』、レイキャンベル国境に侵入!!高度3万2000。方位090。速度、マッハ1.2。尚、北上!!>
その悲鳴にも似た声が再びあの恐怖を蔓延させる。
<要撃機上がりました!!マサリクより『ウィザード01・02』、ベルセイドより『ビショップ01・02』!!『ワイバーン』との接触予定時刻『ウィザード』ネクスト18、『プリースト』ネクスト21!!」
空軍中央作戦室に響くアナウンスが空気を伝わるように恐怖すらも伝染させる。
「まさか、モンスタークライシスの続きか……?」
「そう判断するのは時期尚早だ。」
「……迎撃、させますか?」
情報の錯綜する空軍中央作戦室の中でそこだけが静けさに包まれた。
「……愚直であれ、それが我々の仕事だ。」
その言葉を最後に防空司令は口を噤んだ。
 

モンスタークライシスの緒戦、ドラゴン・ワイバーンとガンシップとの交戦は漆黒の闇の中行われた。結果はガンシップ……レイキャンベル空軍の惨敗だった。そもそも、モンスタークライシスそのものがレ軍の惨敗だった。その事が何を意味するか。

『少なくともレイキャンベル軍にモンスターと交戦し、勝利する能力がない』

その事に恐怖を感じない方がおかしかった。
それでも『国防』の――国を守る――ためには命を張るのが軍隊だった。
 

レイキャンベル上空。
漆黒の闇とは正反対の青空を切り裂き、ジェット音を大気に叩きつけて、鉄の矢のようにガンシップが飛翔する。
<トレボー、こちら『ウィザード01』。現在高度32000。>
<ウィザード01、こちらトレボー、これより誘導を開始します。同高度にて方位075。>
<了解。>
ガンシップが軌道を変えるために機体全体を傾ける。その時、太陽の日差しが機体を煌かせた。
 
 

「『ワイバーン』尚も北上中!!」
「『ワイバーン』との接触予定時刻修正!!『ウィザード』ネクスト20!!」
<ウィザード01、目標方位070。距離65ノーチカマイル。高度32000。>
刻々と変わる状況。肌がひり付く。手が汗ばむ。さながら戦場だった。
その事に防空司令は舌打ちした。
(戦場?まだ戦争なぞ……いや、もうすでに戦争は始まっていたのか……?)
その想像に戦慄する。もしも戦争が始まっていたとするならレイキャンベル空軍になす術があるのか?
敵がもしも、モンスター……しかもドラゴンならばガンシップで太刀打ち出来るのか?
何度もその疑問が沸き起こったあえてその答えを出さなかった。出せば絶望すると分かっていたからかもしれない。
「『ワイバーン』、首都ヴァハノンから逸れます!!進路をローグィンに向けました!!」
「再度ワイバーンとの接触予定時刻修正!!『ビショップ』ネクスト24!!方位065。距離35ノーチカマイル。」
LSDを見ていた管制官からの報告をアナウンスが伝える。その言葉に防空司令、そして副指令も思わず席を立ち上がる。
「……ローグィンだと?今、あそこは騒乱の真っ只中だぞ?」
「前回を踏まえると『ワイバーン』は首都に向かうと見せかけてヴィステアに向かいました。これは囮では?一端『ウィザード』を引かせましょう。」
「……ここで『ウィザード』を引かせれば『ビショップ』のアプローチは手遅れになるかもしれん。」
そして、ついに戦慄の一声が放たれた。
<こちらウィサード01、レーダー、目標を補足!!>
その報告に作戦室の緊張感が急激に高まる。
(……覚悟の時か……)
防空司令は息を一つ呑む。喉を鳴らしたその音が妙に自分の内で響いたような気がした。慟哭を抑える事も出来ずに唇を震わした。
「……撃墜命令だ。……『ワイバーン』を落とせ。」
その鬼気迫る声に冷たい汗が一気に体中から流れ落ちるのをオペレータは感じた。そして、イヤホンマイクにその命令を伝える。
<『ウィザード01』、こちらトレボー、『ワイバーン』を撃墜せよ。>
<こちら『ウィザード01』、トレボー、もう一度命令を言ってくれ。>
<こちらトレボー、繰り返す。『ワイバーン』を撃墜せよ。>
<……了解。>
 

そして、空軍中央作戦室からローグィン市へ。そして、さらにそこから距離50kmの地点へと『戦場』は移る。本当の血の流れる戦場へと。
 
 

クエイドはゆっくりと瞳を開けた。
その行為その物に何か、異物感、違和感を覚えた。気だるさは残っているが別にこれといった痛みはない。
『痛みはない』。
その事に内心驚き、左太股に触ってみる。肉を切り裂いて貫通したはずの太股はジーンズにその痕跡を残しているものの全く傷口がなかった。
だが、大量の血液を失ったためか、思うようには動かなかった。
その事が瞳を伝って、脳に伝わる。
クエイドは軽く息を吐くと見上げた。
視界には剥き出しの鉄筋と、崩れたビルの残骸の中で空だけがいつものように蒼さを讃えている。
「……また……死に損なった……か?」
最後は自嘲によって言葉は掻き消された。
自分の悪運の強さに辟易する。どうやら、俺はまだ戦わなければならないらしい。
「気が付きましたか?」
声にクエイドは視線だけを向けた。
煤やら埃やらで白いブラウスが少し汚れているが、それはリーサの姿だった。
ほんの数時間前に会ったはずなのに随分久しぶりにあった気がする。
「……ラッグスは?」
クエイドは俯いて消え去りそうな声で尋ねた。掠れている、消えそうな声なのに何故か一つ筋が通っているようにその声は消えたりはしない。それがリーサには不思議に思えた。だが、それも今はどうでもいい。
「まだ、あの戦闘員達がいるから……周りを見張っています。」
「……そうか。」
リーサの声にもクエイドは気のない返事をするだけだった。
「……クエイドさん?」
「……何だ?」
クエイドは初めてリーサの方を向く。そこにあった表情をクエイドは見た事がなかった。気が強い光を讃えているはずの瞳には暗い悲しみと嫌悪が見て取れた。
その瞳に見覚えを感じてしまい、彼女を見詰める。
「これ……」
彼女がそっと出した物。鞘に収まった短剣。自分の愛用の武器。人を殺す、ただそれだけを目的に作られた物。
クエイドはそれに手を伸ばすがそれは虚空で一瞬止まる。
これを握れば俺は再び殺意の渦中に入る事になる。それでいいのか?
何かが自分に告げる。自分の中のサリーナが教えてくれた優しさが拒む。
だけど……俺は短剣を握っていた。
サリーナの想いが届かなかった。ほとんど無意識だった。無意識に俺は短剣を握っていた。心が殺戮を望んでいる……なによりの証拠だと絶望的に思えた。
それを手馴れた手つきでベルトの後ろに装着する。そして、不意にリーサの声が聞こえた。
「……クエイドさん、あの……何故、人を殺さないと決めたんですか?」
心臓が僅かに鼓動を早めた。彼女の真意を探ろうと瞳を見詰める。
クエイドの瞳の先が見詰めるもの……
(……迷い?)
クエイドはそう感じた。だからこそ、いつもだったらはぐらかす質問に答えようと思った。その瞳をよく見て、それが今の自分の瞳に酷く似ていると感じたから。
「……俺は……人を殺す事で自分が自分でなくなるのが怖くなったんだ。」
クエイドは『真実』を伝えた。二つある真実の内の一つ。もう一つの真実は自分と『あいつ』以外には知らない。……サリーナでさえも。
「怖く……なった?」
彼女のその疑問にクエイドは思わず苦笑を浮かべてしまった。いや、それはどちらかと言えば嘲笑だったように思う。そう、昔の自分を……何も知らずに殺戮を楽しんでいた自分への嘲笑。
「俺は人を殺さなくちゃ生きていけない環境にいた。だから、人を殺しても何も感じないようになろうとした。俺は……『人形』になろうとしたんだ。」
クエイドは吐き出すように、だけど静かに答えた。
その答えにリーサは瞳の哀の色をより一層濃くした。
『人形』……その言葉に込められた彼の苦悩を少しでも感じようと。
「……だけど、『人形』になるわけにはいかなくなったんだ。俺は殺意に飲み込まれちゃいけないんだ!俺は『俺』でなくちゃならないんだ!!俺はサリーナだけは殺したくないんだ!!サリーナだけが、サリーナだけが俺を……!!」
そこまで早口でまくし立ててはっとした。リーサを見ると彼女は驚いた表情で自分を見詰めていた。感情が激仰してしまっていた。いつもの冷静な自分自身ならこんな事はないはずだったのに。自分が制御出来ていない。また、『あいつ』に操られてしまう。
(くそっ!)
クエイドは右手の拳で地面を軽く殴りつけた。僅かに鈍い痛みが手の甲に走る。その痛みがクエイドの心を静めていく。痛みが冷静な自分を引き連れてくる。
「……『サリーナ』……って……女性?」
リーサの言葉にクエイドは答えなかった。『他人』にベラベラしゃべる事じゃなかった。特にサリーナについてと『あいつ』については……
「……あんたには関係ないだろ?」
「……ごめんなさい。」
予想に反して簡単にリーサが引き下がった事に安堵と戸惑いの両方を覚えた。もしかしたら、立ち入った事を聞いてしまったと気が止んだのかもしれない。
「……どうしてあんたはそんな事を聞いたんだ?あんたには関係……」
「私……人を殺したの。」

長い沈黙。
クエイドは喉の奥から出掛かっていた言葉を完全に失っていた。かつて自分が当たり前にやっていた事。『日常』ですらあった事なのに人の口から……彼女の口からその言葉を聞いた瞬間、体が、心が縛り付けられたようだった。
見知った人が……仲間でも家族でも友達でもないのにその目の前で話している人が『人殺し』と言うだけで戦慄を感じずにはいられなかった。
もしからしたら……俺が人を殺したと言った時のサリーナも今、自分が感じている感情を持ったのかもしれない。そう思った時、彼女の心の強さが燦然と輝いた。彼女はそんな自分に手を差し伸べてくれた……優しい笑顔で。
今の自分は何をしている?
言葉を失って、ただ愕然として、何もしていない。何も出来ないのではなく、『何もしていない』。

「……あんたは人を殺したくないんだろ?」
口をついて出た言葉をクエイドは他人のような心境で見詰めていた……そんな気分だった。何故か、それが自分の言葉には思えなかった。
リーサは今までの憂い気な表情から一変、きっと眉を吊り上げ、その双眸に激情を含んで叫んだ。
「当たり前でしょ!!誰が好き好んで……」
そこから語気は途端に弱くなっていった。
クエイドがふと見ると彼女の手が小刻みに震え始めていた。顔色も酷く悪い。青ざめている……まるで化け物を見たかのように。
「私……『神』のせいにして……私がそう信じたのに……私は……好き好んで人を……違う!!私は好き好んで人を殺してなんてない!!私は……私は……!!」
リーサは自分の体を抱き締めるようにして、震えながら絶叫していた。その様子を見ているとまるで自分を見ている様な気分にクエイドはなっていた。
どうしようもなく弱くて、どうしようもなく汚い自分自身。子供のような俺。
弱さと醜さと欺瞞で取り繕うとする暗闇の自分。
それが今、俺だけじゃなく目の前の彼女さえ支配しようとしている。
狂気に呑み込まれようとしている。

(……サリーナ……ごめん……)

クエイドはそう胸中で静かに呟いた。彼女の笑顔が見えた気がした……そして心の何処かが泣いていた。傷ついていた。……そんな気がした。

クエイドはそっとリーサを抱き締めた。
両腕に走る温もり。知っている温もりではない。その事が淋しかった。
罪悪感……大切な彼女を裏切ってしまったようなどうしようもない気持ち……焦燥感、絶望、羨望、それらがごちゃ混ぜになって心が麻痺していた。何も感じず宙を浮いている、そんな感じだった。……そこに優しさはなかった。癒しはなかった。強さもなかった。
ただ……弱さだけがあった。
「……あんたは大丈夫だ。俺の様にはならない。狂気にも殺意にも囚われない。……あんたは自分自身を見詰めれば答えが出てくるよ。自分に正直になれば……」
リーサの耳元で優しく呟いた。……いや、優しさではなかったような気がする。ただ、空虚な心で空っぽになってしまっていたので声が優しかったように聞こえただけだ。
それだけ呟くとクエイドは彼女から離れた。そして、彼女の横を通り過ぎる時、静かに言葉を吐いた。その言葉を聞いて、リーサの瞳から涙が零れた。
背後に泣いている彼女を感じつつ、クエイドは振り向かなかった。
振り向いて彼女に優しい言葉をかける術をクエイドは知らなかった。それにもし自分が何かを話したしてもそれは『弱い言葉』だ。『弱さ』と『弱さ』が出会っても、それは傷の舐め合い、慰め合いでしかない。一歩も前には進めない。
彼女にはすぐ側に『強さ』がある。彼女を支えるべき人がいる。
だから……自分のすべき事はもう、何もない。そう……何も……ないんだ。
クエイドはぐらりと体を崩す。そのまま壁にもたれかかる様に跪いた。そして、笑った。
「く……くくく……何もないのは、誰だよ。何が『弱さ』だよ。何が『強さ』だよ。淋しいって言ってしまえばいいんだ!助けてくれって叫べばいいんだ!!何もない俺が……サリーナとの想い出しかない俺がそれさえも裏切って、それさえも無くしてしまって、自分をどうしたらいいんだよ!!自分に正直になれば答えが出る?!答えは分かっているんだ!!『俺は救われない!俺は殺し続ける!サリーナさえも殺してしまう!俺が死ぬまで、俺が死ぬまで、俺が死ぬまで』!!!」
クエイドは激情に身を任せるまま地面を殴り続けた。手の皮が破け、血が飛び散ろうが骨が砕けようが構わない。地面の鮮血の跡が濃くなっていく。それを見詰めながらクエイドは意味のない言葉を喚き続けていた。そして……最後に空を見上げた。
青い空は何時の間にか厚い雲に覆われていた。真っ暗な雲。その果てに……
 

見えない


サリーナの笑顔も……サリーナの泣いている顔も……サリーナの怒っている顔も……サリーナの声も……姿も……温もりも……何もかも……名前しか現われない。彼女の名前しか。
 

「……俺の大切な物……どうして、俺はいつも失うんだ?どうして大切だと思い始めた瞬間に俺の目の前から消えてしまうんだよ!!ソフィアも!!サリーナも!!サリーナとの想い出さえ!!どうしてこうなるんだよ!?助けを請えば助けてくれるのか?!無くしたくないと叫べば願いは叶うのか!?どうして俺はいつも周りを不幸にして、自分自身さえも不幸にするんだよ?!俺は生きていちゃいけないのか?!俺は死んだ方がいいのか?!」

息が続く限りまくし立てた。最後はもう嗚咽のような声になっていた。
手の甲で瞳の近くを拭う。水気を感じて初めて自分が泣き叫んでいた事実を知る。
クエイドはゆっくりと立ち上がる。
泣き叫んで『世界』は変わったか?願って『世界』は幸福に満ちたか?自分自身の弱さを見詰めて俺は変わったか?俺は狂気から逃れたか?殺意から開放されたか?

違う。

世界は何一つ変わっていない。願いは叶わない。声は届かない。何も変わらない。世界は不幸で満ちている。俺は狂気に支配され、殺意に囚われている。

何も変わってなどいない。

「……俺は……」

「答えてやる。お前は死ぬべきなんだよ。」

冷徹な声。
その声に導かれるようにクエイドは振り向いた。
そこにいたのは血塗れの戦闘服。そう、感じてしまった。その戦闘服に包まれているはずの人物の姿が見えない。そう……感じた。
戦闘服が銃を構えている。銃口は自分を狙っている。ただ、その現在の状況だけを理解していた。恐怖はなかった。自制もなかった。

「知っているか?このテロ騒ぎは全てお前のためなんだよ。お前を殺すためのな。お前のせいで幾つの死体が転がっているのかなぁ、この街に。」

クエイドの中の何かが再び活発に動き始めていた。ドス黒い煙のようなものが心を満たしていく。サリーナとの想い出を失った今、それを止める物は何もなかった。

「お前の泣き叫んでいる様、見物だったぜ?さっきとはまるで別人のように思えて仕方なかったぜ。ま、答えが出たんだ。死ね!」

虚ろに響く声……どこから聞こえるのだろう?
戦闘服がしゃべっている?戦闘服が銃を向けている?
俺は戦闘服に殺されるのか?

……馬鹿らしい。
もう幻想なんていらない。
サリーナなんて少女は幻想だったんだ。……イリーナ?カリーナ?なんて名前だったっけ?まぁ、いい。そんな事些細な事だ。『あいつ』なんて存在も本当は何処にもなかったんだ。だいたい『あいつ』って誰だよ?名前も知らない自分が作り出した幻想だろ?俺はどうしてもそんな下らないものに戸惑っていたんだ?
俺はA級ギルド派遣員のクエイド・ラグナイト。『戦争請負屋』のクエイド・ラグナイト。『殺人人形』のクエイド・ラグナイト。それが『俺』だ。
何を迷っていたんだ?
さぁ、いつも通りやろう。簡単だ。いつものように。すぐに終わるさ。
 

戦闘服が引き金を引いた瞬間、クエイドは動いた。
ほんの僅かな動きだけで弾道から体を完全に外す。そして、銃口から迸る火花。弾丸は空間を切り裂いて、刹那でクエイドに迫る。だが、そこにクエイドの姿はない。
そして、火薬の破裂した音。
クエイドの足が一歩、また一歩と戦闘服に迫る。腰から素早い動作で短剣を引き抜く。右手に握られた銀色の光が獲物を睨む。
戦闘服は何かをしようとしているがもう無駄だ。全てが遅すぎる。戦闘服の動きも。時間の流れも。何もかも。

「でも……いいだろ?例え俺が救われなくても、俺は彼女の側にいれば償い方が分かるような気がするんだ。俺は……『心』を取り戻せる気がするんだ。そうすれば……『人』として生きていけると思うんだ。」

馬鹿らしい。
『心』って何だよ?何処にあるんだ?そんな物があるのなら今すぐ見せてみろよ。
……ほら、見せられないだろ?必要ないから見せられないんだよ。

「……正直、俺は救えるとは思えない。だけど……サリーナなら……俺に『救える』って事を証明してくれそうな気がするよ。」

「絶対に私が証明して見せるよ。だから、クエイドは私をずっと見ていて。」

何も救えないさ。救われたんじゃなくただ『死に損なった』だけだ。確率の問題なんだよ。サリーナだっけ?そいつが誰か知らないが証明なんて出来ないよ。それこそ、『絶対』にな。

「じゃ……悪いけど、肩を貸してくれ。俺一人じゃ、満足に歩けそうにないから……」

……なんで力なんて借りるんだ?『利用する』の間違いだろ?
そいつはお前よりも弱い人間だ。何故、力を借りる必要があるんだ?それくらい俺なら独りで歩ける。

「……俺は……血塗れで、どうしようもなく残酷で……救われない奴だけど……サリーナの事……好きでいて……いいかな?」

どうしてそんな弱い奴の事を好きになる?足手まといだと思わないか?
だってそうだろ?そんな奴無視してほっとけばいいんだ。自分を制御出来ていないからそうなるんだよ。

チ・ガ・ウ

違う?
何も違わないさ。
お前は騙されているんだよ。さぁ、もう全てを忘れて眠れよ。あとは上手くやってやるからさ。俺はギルド派遣員として、『殺人人形』として生きていく。それでいいだろ?

サ・リ・ー・ナ・ハ・ヨ・ワ・ク・ナ・イ

弱いさ。肉体的にどう見ても。こんな体じゃまともに武器さえ扱えやしない。
お前だって分かるだろ?さぁ、もういい加減寝ろよ。

コ・コ・ロ・ガ・ツ・ヨ・イ

心が強い?
それがどうしたんだ?心なんて不必要だ。恐怖を適度に感じて冷静な判断を下す。それが心の役割だ。それ以外に何の使い道がある?心が強くて刃物に勝てるか?銃弾に耐えられるのか?爆撃に晒されても大丈夫だと言うのか?血を流さないというのか?

オ・レ・ハ……俺は……

……今更何が出来るんだ?
お前には何も変えられない。何も救えない。
諦めろよ。もう手遅れだ。
全ては手遅れなんだよ。何もかも、そう、何もかもが。
さぁ、お前が戻る時だ。あの少女と出会わない、本来のお前の姿に。『殺人人形』クエイド・ラグナイトに。

……俺は……


「私、クエイドに嫌われてると思ってた……でも……私はクエイドの事が好き。クエイドは残酷じゃないよ。救われないはずないよ。だって……こんなにクエイドの心は温かいんだもん。クエイドは……優しいよ。」
 

俺は彼女に……サリーナに想われているクエイドでいたい

俺は……俺がなりたい『俺』は……


……言っただろ?
もう『全て』が手遅れだと。ほら……その瞳で見てみろよ。
お前、何しているのかな?
くくく………アハッハッハッハッハッハッハ!!!
 

嘲笑が一杯に広がっていた。体の奥底から鳴り響き続けていた。

そして、嘲笑が止んだとき。視界には土砂降りの雨と……そして……
 

心の中の何かが壊れた
大切な何かが
どうしようもなく大切でどうしようもなく愛しい何かが
最後の何かが音を立てて崩れた


嘲笑。
そして崩壊。
邂逅と拒絶。現実と幻想。少年と少女。本物と偽者。悪夢と地獄。
 

星の見る悪夢はまだ、終わらない。



 

(Continue)
=============================================================