第5章「君は何も失ってなんかないよ(8)」
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始まる。
そう告げるように心臓の鼓動が早まっていく。それと同時に脳の中にアドレナリンが大量に分泌される。目が血走り瞬きすらろくにしてはいないのではないだろうか。口元引きつったように笑みが浮かんでいくのが分かる。手が汗ばむ。そのヌルリとした感触が気持ち悪く面倒くさそうにパイロットスーツに拭う。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
何度も何度も同じ言葉を繰り返している。
殺人への嫌悪は『任務』という殺人を国家に了承された段階で消えうせている。抑制は失って殺意への衝動は自己防衛本能も手伝って、肥大し続ける。
まるで麻薬だ。
殺人を認められるという事はどんな物よりも甘美で甘く、そして非常に危険だ。
病んだ精神が周りは愚か本人すらも危うくする。その事に事前に気付ける者などそう多くはない。それが戦時下ならば尚更だ。
「高度800m!!目標地点への最終調整完了!!」
「目標地点に着地と同時にポイントαに集合。対空、対地警戒を厳にせよ!」
「フォーカス2了解!!」
「フォーカス3了解!!」
ARMSピースメーカーの空艇降下装備から青白い火が数度噴射される。そして、高度500mを切った時、ARMSの姿勢制御システムがフル稼働し、バーニアを全力で噴出す。重力に逆らう力で機体が激しく揺れる。しかし、その程度の揺れではARMSのシステムに支障を起こす事はなく、計器はすべて正常を示している。
地面が近づくにつれバーニアの噴出力によって降下速度が緩和され、地面に着陸した時にはほとんど軟着陸だった。
「空艇降下装備アタッチメント解除!!」
パンッという炸裂音と共に背中に背負っていた空挺降下装備の装着部がはずれ、地面に落ちる。それとほとんど同時にピースメーカー三機が走り始めた。ついに特務遂行群の猟犬が獲物を求めて放たれたのだ。
そして、それとほぼ同時に一機の完全にステルス迷彩を施された強襲揚陸艇が河川の埋立地に静かに着岸した。それと同時に全面のハッチが開き、戦闘員が飛び出してきた。
「ARMS小隊に負けるな!!ニルヴァーナ機関部隊を皆殺しにしろ!!」
士気を上げるようにクラークが声を張り上げた。それに応えるように次々と十数人の戦闘員達が闇夜の都市に向かって駆け抜けていった。
「……ここまで来れば一応は大丈夫か。」
クエイドはふぅと息を吐くと後ろを振り返った。
そこには同じように疲れている様子のラッグスとリーサ、それとは対照的に退屈そうに余裕の欠伸などをしているネロの三人の姿だった。
「どうします?これから……」
ラッグスの言葉にクエイドが答える前にネロが言葉を挟む。
「みんなぶっ倒せばいいんだよ。このネロ様にまかせなさい!」
「それが出来ないから困っているんじゃないですか!!満足な武装もないのにマシンガンや手榴弾を持っている奴らに勝てるわけないじゃないですか!!」
余裕のネロに呆れ果てるリーサ。それに同意するようなラッグスの表情。この三人の様子を見てクエイドは内心ほっとしていた。
ネロの登場はクエイド達にとって言葉に出来ないほどに有難いものになっている。精神的に余裕が生まれている。逃げる事が出来ないという追い詰められた閉塞感が打破され、僅かとは言え、希望のようなものが見えた。
人は弱い。
希望が見えていないのに前へ進むことは容易ではない。希望も見えずに前進む事が出来る者は少ない。クエイドの知っている限り、そんな事を出来たのはサリーナくらいだ。……いや、今気が付いた。この目の前の男もそれが出来る人間なのかもしれない。それが出来る人間はその行動だけで、周りの人間に希望を与える。だから、クエイドも自らの狂気を抑える事が出来るのかもしれない。
クエイドは笑みをかみ殺して口を開いた。
「確かに全部を倒す事は無理だな。俺達の敵はあの戦闘部隊だけじゃない。ARMSに戦闘ヘリもいる。」
クエイドのその言葉にネロが小さな声を上げた。ラッグスとリーサも呆然とクエイドの顔を見詰めている。
「ARMSや戦闘ヘリなんて物まで投入しているのかよ!これは明らかな軍事行動……いや、宣戦布告だぜ?!」
(宣戦布告か……)
クエイドは苦笑を浮かべそうになった。これは国家に対する宣戦布告ではなく、俺への宣戦布告だ。今までの巻き込まれた軍事行動は明らかに自分に対するものではない。
これからは全てが変わっていく。そう感じてクエイドは表情を引き締めた。
「とにかくこの軍事行動の目標が俺である限り、俺はここから急いで離れなくちゃならない。」
「……んじゃ、こっからは別行動だな。」
ネロは話しづらそうに後ろ頭を掻く。ラッグスとリーサも心配そうにクエイドの表情を見ている。クエイドはそんなみんなの様子に肩をすくめて見せた。
「ああ。みんなが脱出出来るように奴らの目は俺に向けさせるよ。」
「バ〜カ。んな事しなくていいんだよ、俺様がいんだからお前は自分の事だけ考えろ。いいか……クエイド、死ぬなよ。そのサリーナって女のためにも。」
クエイドはその言葉に笑みを零した。
「……クエイドさん、これ……」
ラッグスはクエイドに四つ折にした紙を渡す。クエイドはそれを受け取ると紙を開く。そこに書かれている事を瞬時に理解して再び、四つ折にするとポケットにしまい込む。
「ありがとう、いざという時は使わせてもらう。」
そして、リーサの前に歩いてクエイドは表情を引き締めて言った。
「リーサ……『脅威』に対して自分と仲間を守るのは正当な自衛権の行使だ。」
「……はい。」
クエイドの言いたい事を察してリーサは静かに頷いた。その表情を見てクエイドは言葉を続けた。
「ARMSや戦闘ヘリに対してここに対抗出来る人間はリーサしかいない。……生命を守るというただ一点において命を奪える力を持つ者は存在を許されるんだ。だから……あんたは生きていていいんだ。」
もって回った言い方で照れる言葉を言うのは悪い癖だ。サリーナに告白した時もそうだった。
そんなバツの悪さを感じながらもクエイドはリーサから決して視線を外さなかった。
「あの時もそう言いましたよね。」
リーサはそう言って笑った。本当に満面の笑顔だった。
クエイドに抱き締められ、諭された時。最後の別れ際、彼が呟いた言葉。
あんたは生きていていいんだ
その言葉が嬉しかった。本当に嬉しかった。
だから笑った。だから泣いた。
「私は……狂気に抗い続けます。あなたのように……」
リーサは毅然とした眼差しでクエイドを見た。クエイドは苦笑のような笑顔を向けた。
「……クエイド、生きろよ。」
ネロは静かに呟いた。クエイドはそれに答えるようにネロを見詰めた。ネロの表情にはいつもへらへらとして笑顔はない。表情を引き締め、真摯な眼差しをクエイドに向けている。リーサもラッグスも同じだ。
「……行くよ。みんなも……生きてくれ。」
クエイドはそう呟いて仲間に背を向けて駆け出した。もう、後ろを振り返る必要なんてない。俺には仲間が出来た。仲間と呼べる友達が……
サリーナだってこの星で生きている。サリーナとの想い出もある。俺は生きていける。
それを証明するように全力で駆け抜けた。そうすれば証明出来るとどこかで信じていたのかもしれない。馬鹿らしい少年のような心で駆け抜けていた。このどうしようもなく残酷で、悲劇で溢れているこの星を。
ARMSの小隊は散開せずに一箇所に集まって行動していた。一機が前面に警戒を厳にし、他の僚機が左右への警戒をする。レーダーには反応はないがそれでも心臓の鼓動が自然と早くなる。
「レーダーだけに集中するなよ。パッシブソナー、サーマルソナーにも注意を払え。」
「了解。」
最強のARMSと言えども、索敵システムは従来のARMSとたいして変わらない。アクティブソナーとも言えるレーダーは自機から発せられるレーダー波を目標物に照射し、周囲の状況を把握する。しかし、レーダー波を照射するために建物の遮蔽物が多数存在する都市戦ではその効果を十分に発揮できない。しかも、自機からレーダー波を発信するという事はその行為だけで残存性を下げてしまう。パッシブソナーはレーダーとは異なり、自ら何かを発するわけではない。相手が発する音を察知する索敵システムで、その効果範囲はARMSの索敵システムでは最大規模になる。しかし、音を発しない限りレーダーに反応しないため、砲台や待ち伏せするARMSに対しては効果を発揮しない。最後にサーマルソナーは熱源を察知する索敵システムである。これはレーダーやパッシブソナーのような盲点がなく、索敵システムとしては極めて優れている。しかし、現在の技術では有効範囲が狭く、現在は性能の向上が目下開発中である。
この一長一短の三種の索敵システムを使いこなせてこそ、ARMSパイロットは一流と言えるのである。
「?!パッシブソナーに反応!!」
その声にアーヴァインは僅かに震えた。そして、すぐさま索敵システムをパッシブモードに切り替える。レーダーには近づいてくる光点が二つ見えた。
「間違いない。ARMSだ。」
アーヴァインの言葉に僚機のパイロットは武者震えを覚えた。自然とトリガーを握る手が汗ばむ。
「各機散開。ビルの陰に隠れて背後からやるぞ。」
「了解。」
「了解。」
確認の声を聞いて、アーヴァインの駆るピースメーカーが動いた。それを皮切りに僚機も動き出す。それぞれが所定の位置に到達し、ビルに背後を預ける。
全員が全員、LSDに映るビル群の犇く風景とレーダーとを交互に見詰める。これだけビル群が犇き、ビルに密着している状態ではレーダーは役には立たない。パッシブソナーも、待ち伏せには無意味。残るはサーマルソナーだが、敵機のサーマルソナーに捕まる距離では、ピースメーカーの機動力を持ってすれば一瞬で鎮圧出来る。
パッシブソナーに映る光点が徐々に近づいてくる。索敵システムをサーマルモードに切り替える。すでにサーマルソナーでも十分に捕らえられる距離まで来ている。
両耳にARMSの足音が微かに聞こえてくる。停止している味方のものではない。明らかに敵機のものだ。それが徐々に、だが確実に近づいてくる。瞳を閉じなくても全神経が両耳にだけ集中しているように音に敏感になっている。
そして、アーヴァインは静かに呟いた。
「火器管制システム・アイリンクシステム接続。」
行動を復唱しながら、システムを起動する。装備しているヘッドギアに付いているゴーグル部分にマークが出現する。そして、それを確認してから視点は左方向のLSDに向ける。
そのマークに従うように火器管制システムから姿勢制御システムへとリンクし、ARMSの上半身が動き、腕から指へと命令となって駆け巡る。マシンガンの銃口は確実にマークを狙っている。
「接続確認。」
それを確認してから静かに復唱する。そして、無線のスイッチを入れて次に僅かに呟いた言葉が戦闘の開始を静かに告げた。
「状況開始。」
「フォーカス2、了解。」
「フォーカス3、了解。」
その言葉を聞いて、アーヴァインはフットペダルを踏み込んだ。それに答えるようにピースメーカーがゆっくりと動き出した。そして、その速度は徐々に早まる。
そして、ビル群を突き抜けて、2機の敵ARMSの前に突如として踊り出した。
止まることなく駆け抜けたまま、トリガーを押す。親指にだけ残ったその感覚が聴覚に、視覚に、そして全身に『結果』という形となって突き抜けていく。
マシンガンから迸った弾丸が敵ARMS・ゼアスレヴに襲い掛かる。しかし、装甲の厚いARMSの前面にとって、多少のマシンガンの弾丸など対した事はなかった。
ニルヴァーナ機関・ARMS部隊は突如として現われたARMSの奇襲に不意を打たれたが、それでもすぐさま持てる武装で応戦した。
しかし、移動するARMSにマシンガンでは満足なダメージを与える事は出来ない。その事に叱責しようとした次の瞬間、突如として背後から衝撃を感じた。
そして乱れ飛ぶ弾丸の嵐によって、一瞬にして二機のARMSが火を噴き、前のめりに倒れた。そして、尚も弾丸の嵐は留まる事は知らず、ついにARMSの心臓部・エンジンに被弾し、その活動を停止した。
アーヴァインがその倒れた二機のARMSから視線を外し、そのさらに奥へと視線を巡らすとそこには僚機の姿があった。
まさに一瞬の事だった。前面には重厚な武装が施してあるARMSも背面は弱い。そこを疲れてはひとたまりも無い。まさに連携の勝利だった。
「敵機の沈黙を確認。任務行動を再開するぞ。」
静かに次げた言葉に歴戦の勇士の片鱗を見せ、そして特務遂行群の凄まじさが横たわっている二機のARMSが現していた。
「いたぞ!!目標だ!!」
その声に反応するように銃撃と喧騒が街を突如として支配する。いや、支配はすでに始まっていた。それが脅威となってクエイドに襲い掛かってきているだけなのかも知れない。それでもクエイドはその支配に抗い続けていた。
「『烈光牙』!!」
編み上げた構成を呪文と一緒に炸裂させる。具現化した魔力の閃光は弾丸となって、眼前の敵付近に着弾し、閃光と共にあらゆるものを爆砕させる。
それでも敵は追撃を諦めようとはしない。いくつもの銃弾がクエイドを引き裂かんとその凶暴な牙をむき出して襲い掛かってくる。
防ぐ事も、倒す事も出来ないその牙に対して打てる手立ては逃げるだけだった。それが情けないとは思わない。だから、精一杯に逃げ続けた。そして、抗い続けた。
「殺せ!!奴を殺せ!!」
剥き出しの殺意が声となってクエイドの心に響き渡る。だけど、今ならその恐怖に立ち向かう事が出来る。安易な殺意になど走ったりはしない。
俺には仲間がいる。俺にはサリーナがいてくれる。
その事がクエイドを強くする。だから、負けない。殺されない。生きてやる。
「『爆風砲呪』!!」
銃弾の飛んでくる方向へとクエイドは手をかざして、そして吼えた。
その声に答えるように爆風のような凄まじい突風が容赦なく目標に向かって吹き荒れる。瓦礫も、人すらも吹き飛ばすその暴風圏に巻き込まれて、悲鳴すらもクエイドの耳には届かない。ただ、風の力の方向が木霊するのみだった。
クエイドにとって、この戦いは『挑戦』だった。
自分の生存権を掛けた運命との戦いだった。だからこそクエイドの神経はかつてない程鋭敏になっていた。
「俺は死なない。……俺は独りじゃないんだ。だから……俺は死なない。生きてやる。」
呟く毎に全身に力がみなぎって来る。
そして、その時、クエイドの走る方向の眼前に最強の敵が見えた。
マシンガンを持ち、身構えている鋼鉄の巨人。その無機質な瞳に人の狂気の炎が灯るを見た時、クエイドは疾走しながら、腰から短剣を引き抜いた。
「どけーーーッ!!!」
クエイドの咆哮とARMSの放ったマシンガンの凄まじい炸裂音が交錯した。
特務機関ニルヴァーナ機関部隊は非常に優秀な戦闘部隊と言える事が出来るだろう。
しかし、そんな彼らでさえも敵わない存在もある。
それは彼らが血眼になって探しているクエイドではない。確かにクエイドの力は凄まじいものがあるがクエイドはあくまで『個人』だ。例え、その仲間と共に牙を向いて襲い掛かってきたとしても物量と人材で圧倒的に勝るニルヴァーナ機関が勝利するだろう。
それは彼らが『組織』だからだ。『個人』や『仲間』では『組織』には勝てない。『組織』に勝てるのはより強力な結束力を持つ『組織』だけである。
例えるならば、『レイライン』によって最強の結束力と最大の規模、そして最強の力を誇る五竜ら全てのモンスター。
そして、現時点で彼らに牙を向いている人類側最強の特殊部隊『特務遂行群』。
その圧倒的なまでの脅威に対して特務機関ニルヴァーナと言えども、敵うはずがなかった。
「敵戦闘員、6名の沈黙を確認しました。」
「これでこの地点の制圧は完了だな。敵の残存人員は?」
「まだ、10名以上がローグィンにいると考えられます。ARMS班によると戦闘ヘリ、ARMSの掃討が完了との事です。尚、ARMS班は撤退行動に移ると、報告を受けています。」
部下のその言葉にクラークは苦笑を浮かべた。
「大した手際だな。状況の開始からまだ一時間も掛かっていないのにすでに自分の任務を完了させるとはな。さすがはアーヴァインの駆るARMS班……と言った所か。我々もその誇れる同じ部隊として遅れを取るわけにはいかないな。」
そのクラークの言葉にその部下は頷く。その表情には世界最強の戦闘部隊に所属しているという誇りが見える。そんな部下を頼もしく思い、クラークは力強く命令を発した。
「残存する全てのニルヴァーナ機関部隊を排除するぞ。時間は残り少ないんだ。レ軍が行動を起こす前に全てを片付けるぞ!!」
「了解!!」
そして、その瞬間に全ての立場が逆転した。
特務機関ニルヴァーナは『狩る側』から『狩られる側』となったのだ。
より獰猛でより凶悪でより強力な猟犬によって。
<……クエイド・ラグナイトの捕獲は失敗しました。特務遂行群と思われる部隊の猛攻によって我々はその戦闘力のほとんどを奪われました。これ以上のクエイド・ラグナイトの追跡、捕獲は不可能です。>
無線は通じて、ラズウェルの耳に届くその声は弱く、絶望的な現状をありありとラズウェルの網膜に映し出していた。
「……分かった。目標の追跡・捕獲は別働隊で引き受ける。すぐに撤退行動を開始しろ。ポイント51に脱出用の揚陸艇を向かわせる。何としてもそこまで行くんだ。決して死ぬな。いいな!」
ラズウェルに出来る精一杯の命令だった。そして、精一杯の思いやりだった。死地へ赴いた部下に対する……恐らく最後になる命令だった。励ましてやる事くらいしか出来なかった。
<了解。配慮に感謝します。>
その言葉を最後に交信は途絶えた。
ラズウェルは瞳を閉じ、見上げた。座っている椅子が僅かに軋む音を響かせる。暗闇の中で死地に居る部下に思いを馳せながら、不甲斐なさに打ち震えていた。
「……失敗したようですね?」
その言葉に若干の怒りを感じながら、ラズウェルは瞳を開け、声のした方向に視線を向けた。
そこには全身黒の男が立っていた。黒スーツに黒のコート、黒髪の長身の青年。顔を見るまでもない。声を聞くだけでその男が誰かは分かる。
「……今の私は冗談の通じるような状態じゃないぞ?」
精一杯の怒りを込めて吐き捨てた言葉だったが、その男――ガーランドには無駄だったようだ。ガーランドは不敵な笑みを浮かべて一歩ずつゆっくりとラズウェルに近づいていく。
「こうなる事は覚悟の上……だったのでしょう?クエイド・ラグナイトという存在に気付いた時点で……それでも貴方は部下を死地へ赴かせた。今の貴方達に犠牲を省みる余裕があるとでも言うのですか?」
ラズウェルは返す言葉がなかった。辛らつな言葉だが真実だった。
ニルヴァーナ機関は追い込まれている。
ルビア村民間人……最後の生き残りであったサリーナ・レイフォンスの死亡と同時にプロジェクト・ノアは実質上その存在意義を失った。
切るカードがない状態で勝負を続けなくてはならない。このままでは負けてしまう。
それを覆すには本来配られるはずのなかったワイルドカードを手にしなくてはならない。
N計画を進める帝国軍部の喉元に突きつける短剣となるカードが……
「我々には余裕がない。何としてでもクエイド・ラグナイトを……『ワイルドカード』を手に入れる。」
「……現時点ではそれしか手はないでしょうね。協力はしますよ、最大限に。しかし、『ヤハウェ』は渡してもらいますよ。それが貴方達に協力する交換条件ですから。」
ガーランドの笑顔を見えながら、ラズウェルは叱責したい思いだった。それを心の奥底でかみ殺し、吐き出すように答えた。
「……分かっている。しかし、あんな物を扱える存在などいるのか?それに扱えたとしてもあんな物を何故必要とする?」
ラズウェルの言葉にガーランドは微笑むだけだった。その笑顔の裏に思惑があるのは分かったが、それがどういった事なのかまではラズウェルには分からなかった。
思惑を抱いている事を知っていながら、ガーランドとの協力関係を破棄する事はラズウェルには出来なかった。この男の力はすでにニルヴァーナ機関にとって必要不可欠な物となっていたからだ。その事に、ラズウェルはある意味で絶望した。
――そして、ついにポイント51に戦闘部隊員が来る事はなかった。誰一人として帰還する事のないまま、来たときと同じ人数で揚陸艇はローグィン市から離れた。
その報告にラズウェルは無言で答えた。
そして、誰もいなくなってから一筋だけ瞳から涙を流した。
レイキャンベル陸軍が到着した時、そこにはすでにテロリストの姿はなかった。
いや、姿が無かったというのは的確ではない。正確には倒すべき敵が居なかった。
テロリストと思われる戦闘員は全て冷たい骸となっていた。残骸となったARMSと戦闘ヘリ。ローグィン市を破壊し尽くしたこの凶悪な犯罪者たちは街を破壊し、市民を殺戮し、そして死んでいった。
その全く意味の分からない真実に呆然としながら、隊長は思わず呟かずにはいられなかった。
「……ここで一体何が起こったって言うんだ?」
その疑問に対して答える事の出来る人間はこの場にはおらず、ただ廃墟と化したローグィン市を包む風の音だけ響くだけだった。
陸軍情報部、IIAはローグィン市での偽装テロ事件が終息に向かっていることを知り、事実確認のために奔走していた。
それは陸軍情報部に所属しているリーザ達にとっても同じ事だった。
だが、リーザ達陸軍情報部とIIAとでは根本的に違っていた。
IIAは徐々にだが、独自の行動を起こし始めていた。表面上は帝国中央議会とニルヴァーナ機関を援護する形ながら、独自に帝国軍部、帝国中央議会双方に対する調査を行っていた。
IIAが……そして陸軍情報部――リーザとサユリ――がローグィン市での騒乱にクエイド・ラグナイトなるギルドA級派遣員の存在が関わっていた事に気付くのはかなり後になってからだった。
そして、もう一つの諜報機関――CITがその行動を表面化した時、極秘ながら2000年最大の軍事行動が勃発する。それはキルギスタン・クーデターのそれを上回る物になる。
プロジェクト・ノアの執着地点『方舟』へのトリニティ平和維持軍及びニルヴァーナ機関による共同侵攻。それに対する五竜とラグナの率いるモンスター群との戦闘。
その壮絶な『方舟』戦の前に……星はそこへ繋がるもう一つの騒乱を経験する事になる。
特務遂行群によるルドラン連邦・カイデリカ市強襲。
その騒乱の直前、クエイドは『彼女』と再会する。
想い出でも、幻想でもない真実の、現在の『彼女』。
その出会いは『運命』だったのかもしれない。
彼と彼女。『フェイト』と『EARTH』。
二つのプログラムと二人の男女。
『運命』を作るプログラムと『運命』を殺すプログラム。
『運命』は死ぬのか?
『運命』は生き残るのか?
再び、彼と彼女の物語は動き出す
――その果てに待つものは――
(Continue)
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