EARTH
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第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(1)」
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遺跡区分「軍事基地(仮)」・脅威レベルAAA(推定)・遺跡名称「方舟」。
その存在に気付いたのはある遺跡の発見からだった。
遺跡区分「通信施設」・脅威レベルB・「イーライカテドナル」
トリニティ国際連合に本来ならば管理されているはずの遺跡だが、事実上管理している遺跡の数よりも帝国、連邦、ガイリア等が秘匿している遺跡の数の方が圧倒的だった。
この遺跡はニルヴァーナ機関、つまりは帝国中央議会が秘匿している遺跡の一つだった。その事実は帝国軍にすら完全秘匿されていた。
その遺跡は他の遺跡に見られる施設とは一線を画していた。
地上部分の荒廃した施設に比べ、地下のそれは十分に施設として利用出来た。その保存状態は簡単な整備で十分に使用出来る程だった。
その施設は通信施設として利用されていたようだった。過去の通信記録を調べていく内に不可解な点が見えた。
「方舟本国」と書かれたそのデータの頻度が大きかった事。そして、それ以上にその場所に大きな疑問が浮かんだ。場所が一定ではなかった。陸上の時もあれば、時には海上の事もあった。
一人の技術士官がそのデータを詳しく調べ続けた。そして、ある日ふと気が付いた。
その通信記録の位置データを世界地図上に点で打ち、線で結んでみると完全に周回軌道を保っている事に気が付いたのだ。
高高度に位置する浮遊基地、そうその技術士官は結論付けた。

イーライカテドナル遺跡について調べる内に方舟と呼ばれた浮遊施設――いや、空中国家の全容が分かり始めた。
方舟国土はエルグラド島の三分の一程度。人口約500万人。兵力約8万人。
帝国中央議会はこの方舟の面積に驚嘆した。
超弩級の基地以上の土地が空中を浮遊している。しかも、それは世界全土を回遊しているのだ。ここに空軍及び長距離ミサイル施設を設置すれば世界全土をその照準に捉える事が出来る。
だが、大きな疑問もあった。衛星軌道上に浮遊している気象衛星や軍事衛星は一度として、そんな巨大な建造物を捉えた事がなかったからだ。地上の車すら識別出来る程の鮮明な画像を映し出せる軍事衛星ですら、その巨大な建造物を見つけた事がない。
対空レーダーにすら、何の反応もなかった。

だが、その事実も判明した。
『ウィザードリィステルス』である。
イーライカテドナル遺跡のデータバンクに記されてあったそのステルス機能にニルヴァーナ機関の技術者達は絶句した。
可視光線・赤外線・レーダー・レーザー……現行のありとあらゆる索敵システムから完全に逃れる事が出来る究極のステルス機能。
肉眼をはじめ、全ての索敵システムから逃れてしまうその超技術の前に帝国中央議会の落胆は大きかった。
だが、イーライカテドナル遺跡にはその『ウィザードリィステルス』を無力化する手段があったのだ。
『方舟を継ぐ者』の帰還である。
方舟を継ぐ者……つまり、方舟を支配していた者の血縁者の遺伝子パターンを識別するとウィザードリィステルスは消失し、方舟がその姿を白日の元に晒すのである。
その事実に帝国中央議会は方舟を確保・利用する計画『プロジェクト・ノア』を立ち上げた。
帝国中央議会の勅命によってニルヴァーナ機関は『方舟を継ぐ者』の所在を調べ上げた。
そして、長い調査によってそれがネルドガルド・ルビア村である事が判明したのだった。
だが、陸軍情報部は帝国中央議会及びニルヴァーナ機関が極秘裏に遂行している『プロジェクト・ノア』に気付き始めていた。その隠密性・重要性から陸軍情報部が算出したこの計画の任務成功に関する影響レベルは脅威認識レベルAAAと判断された。
そして、ニルヴァーナ機関がルビア村に対してその民間人達を確保しようと画策しはじめた事を知った。
帝国軍はレイキャンベル陸軍に偽装した特務遂行群をネルドガルドへ侵攻させ、レ軍をネルドガルド侵攻へ導いた。
そして、レ軍侵攻の影に隠れ、ルビア村民間人の抹殺を特務遂行群に命令したのである。

これが、レ軍侵攻の全容である。



「結果、特務遂行群はルビア村民間人を抹殺した。……ただ一人を除いて。」
「――サリーナ・レイフォンス。この娘が本当に『方舟を継ぐ者』だと?」
ラズウェルの呟きにガーランドは微笑みを浮かべて尋ねる。ラズウェルは失笑し、答える。
「結果は明確に現われる。彼女の遺伝子パターンが『方舟を継ぐ者』だったなら、ウィザードリィステルスは消失し、方舟は現われる。」
これ以上ない明確な答えだった。もしも、彼女がそうでないなら、『プロジェクト・ノア』の頓挫は免れない。
「――方舟が現われれば、軍事衛星はおろか、気象衛星、空港の管制塔にすらその所在がばれるぞ?」
「問題ない。その時にはトリニティ平和維持軍が動き出す。我々も方舟へ行くがな。トリニティ平和維持軍の準備が整い次第、サリーナ・レイフォンスの遺伝子パターンを検知させる。」
ラズウェルの視線はマジックミラー越しにベッドで眠っているサリーナに注がれていた。
その瞳に宿る狂気にガーランドは内心で安堵し、反面眠っているサリーナ・レイフォンスなる少女の事を思うと、嫌悪した。

だが、トリニティ平和維持軍には動いて貰わなければならなかった。
来るNOVAとの決戦の前にトリニティ平和維持軍の兵力を著しく損なわなければならない。抑止力としてのトリニティ平和維持軍の衰退は経済情勢、軍事情勢に決定的な一撃を加える。

そのための布石は打ってあった。



情報ネットワーク・『レイライン』は情報収集のため以外にも意思伝達手段として利用する事が出来る。
ガーランド……魔王からもたらされたトリニティ平和維持軍が方舟を目指すとの情報に五竜と神竜は最終的な意思決定を下そうとしていた。
「撒餌につられて動き出すようだな。」
そう最初に呟いたのは黄竜だった。
「随分あいつは四方で手を打ったみたいだな。俺にもチョクチョク接触してきやがってたよ。」
そう嘲笑まじりに答えたのは赤竜だった。
「――どうします?」
緑竜は静かに呟いた。
「決まっている。『方舟』には『神の槍』がある。それでなくとも、あそこには各種の軍事兵器が保管されている。『マシンゼノディアス』……いや、アイゼンシヴァレース『リュシファー』が少なくても10機は保管されている。それを人間に渡すのは危険過ぎる。」
白竜の言葉に青竜が異論を唱える。
「あれは『騎士』専用の機体でしょう?『エレハイム』すら現存してはいない今の人間に扱える物とはとても思えませんが。」
静かな口調に黄竜は答える。
「扱えなかったとしても、その機体製造技術は間違いなく、ARMSを飛躍的に進歩させる。あれにはあのN&BD−01ですら出来なかった携帯用荷電粒子砲が装備されてあったはずだ。その兵器の前ではドラゴンの眷族ですら焼き払われる。そんな物を渡す気にはなれん。」
「トリニティなんざ焼き払っちまえばいいのさ。こっちから先制攻撃を加えてもいいさ。あんたらは見ているだけでも構わないぜ?俺と死竜山にいるドラゴンの精鋭でやってやる。」
「独断行動は慎みなさい、レッド。ブラックと同じ轍を踏む気ですか?我々はモンスター種の全てを動かすの存在なのです。決断は六竜全ての総意によって行われます。」
赤竜は青竜の言葉に舌打ちするのがやっとだった。
「――ラグナ、あなたはどう思いますか?さっきから何も言っていませんが?」
緑竜の言葉にラグナドラゴン・神竜は初めて口を開いた。
「そうだな。方舟を渡す訳にはいかない。それに関する皆の意見は一致していると思う。」
ラグナは皆が沈黙している事を同意と考えて話を続ける。
「トリニティ平和維持軍とニルヴァーナ機関が方舟の所在を突き止め、行動を起こそうとしたならば方舟に着く前に迎撃する。ただし、絶対に先制攻撃は加えてはならない。レイラインが人類の核保有を突き止めていないとは言え、絶対とは言い切れない。悪戯に人類を刺激して核攻撃を加えられる事態だけは避けなくてはならない。」
赤竜だけが舌打ちをしたが、何も言ってこない所を見ると承服したらしい。
「動く主力部隊は死竜山に展開しているドラゴンの眷族と蟲種だ。トリニティは多数の飛行戦艦型飛空艇とガンシップを展開するだろうから、ウィザードドラゴンとワイバーンを多数出してくれ、赤竜。」
「まかせろよ。俺の所のは精鋭ぞろいだ。」
赤竜の自信のこもった言葉にラグナは頷いて答える。
「ああ。主力精鋭部隊だ。しっかり頼むぞ。蟲種に関しては、それぞれ管轄している所の兵力を集結させて欲しい。トリニティの飛行艦隊を殲滅もしくは撤退させるのが目的だ。戦力で圧倒するため相当数が必要になる。各々20万を目安にして欲しい。緑竜はモプフィス大森林から40万の蟲を派遣してくれ。」
「分かりました。」
「100万の兵力で一気に勝負をかける。我々六竜も出張るぞ。そして、万が一方舟に潜入され『神の槍』が使用されるような事態の場合は我々の力で方舟を落とす。」
「しかし、それでは地上に相当の被害が及ぶのでは?」
白竜の言葉にラグナは少し間を置いてから短く答えた。
「極大転移魔法を用いる。」
その言葉を最後にラグナは『レイライン』への『アクセス』を途絶した。




私を呼ぶ声におもむろに顔を上げた。
「どうかなさいましたか?お顔が優れませんが?」
私は心配をかけないように微笑みを浮かべた。
「大丈夫です。」
本当はそう短く答えるので精一杯だった。
地上との利権争いで加熱した戦争の事を考えると重苦しかった。休戦協定は破られ、戦争は激化の一途を辿っていた。すでに地上の四国家の内、ファーブルとカドムは滅亡していた。
王室は形骸化し、実質上の支配者は軍だった。和平への扉は重く閉ざされていた。
「先日王室議会の決定によって、姫様を護衛するための近衛騎士隊を編成される事になりました。近頃の情勢は危険極まりないですからな。まさかとは思いますが、不穏分子が紛れ込みいつ不心得な事をしでかさぬとも言えません。選抜された騎士はいずれも天翔騎士団の中でも選りすぐられた者達ばかり。姫様もきっと気にいられますよ。これからその騎士隊の結成式典を執り行いたいのですが。」
家臣の言葉に微笑みを浮かべるが、それはどこか愛想笑いのようにも見えたかもしれない。彼は重要な事を話す時、いつも決まって余計な事を話し、本題を後から言う。
「分かりました。では、参りましょう。」
そう答えて私はゆっくりと立ち上がり、歩きだした。


玉座に座りしばらく待つと三人の騎士が現われた。
天翔騎士団の正装に身を包んでいた。戦闘用ではない、形式用の正装だった。
白と青。空の色を基調とした軽装の鎧とマントに身を包んでいた。
白は純粋な王室への忠誠を表し、青は青空のように澄み切った理性を象徴していた。
彼らは私の前に跪く。
「――汝らは何に忠誠を誓う――」
いつもの決まりきった言葉を張った声で言う家臣。
「――王室に――」
三人は見事に息の合った、張りのある声で答える。
「――汝らは何を為すために剣を取る――」
「――守るために――」
「――汝らの名を汝らが守る者へ語りたまえ――」
「――天翔騎士団――」
静寂の中にあって響く彼らの声を聞くと本当に頼もしく思えた。
決まりきった形式だったけれど私は好きだった。彼らから守られる存在であるためにがんばろうといつも身が引き締まった。
「これより特別近衛騎士隊――プリンセスガード――結成式を始める!!」
家臣のその言葉に私は玉座から立ち上がった。ゆっくりとした歩調で彼らに近づいていく。
この場に現われ、傅いてから彼らは一度として顔を挙げていなかった。
私からの言葉があって初めて彼らは顔を挙げる事が出来るのだ。
「顔を挙げなさい。」
私の言葉に三人の騎士達は顔を挙げた。
家臣からの言葉で騎士団の選りすぐりと聞いていたので、古参の騎士達が現われるのではと思っていたが、彼らは想像以上に若々しかった。まだ騎士に入隊してから間もないのではないかとすら思えた。
しかし、それもしょうがないと思えた。
天翔騎士団は現在の情勢化では本来の任務である本国の防衛だけではなく、その卓越した戦闘能力から前線へも派遣が頻繁にされていた。実戦を多く積んだ古参の騎士は重宝がられていた。
私を守るために前線で助かる命を減らしたくはなかった。
「――汝らの名を守るべき者に捧げなさい――」
この時、初めて彼らはそれぞれに自分の名前を名乗った。
「――汝らの名は想いとなって剣に宿りました――」
そう言うと、家臣が鞘に入れられた三本の剣を一本ずつ私に渡す。
その剣は銀色の細かい装飾が施された剣だった。今回の特別近衛騎士隊の結成に伴い作られた剣だった。
私はその剣を鞘から抜き放つ。銀色の光沢が光り輝く。
一歩前に出てその剣を携える騎士の首筋に当てる。
王室への忠誠の証を見せる儀式だった。守るべき者――君主にならば、このまま首を切られても構わない――その証だった。
左右それぞれの首筋に剣をあて、ゆっくりと剣を鞘に戻す。
「――忠誠の誓いは剣に宿り、貴方を守るでしょう――」
そう言うと騎士にその剣を渡す。騎士はその剣を両手で貰い受けるとそのまま顔を下げた。
それと全く同じ行為をもう一人の騎士にも行い、最後の騎士の番になった。

彼の瞳は蒼い瞳だった。
エメラルドグリーンの瞳を持つ方舟人のそれとは違う瞳だった。
私は彼の蒼い瞳にドクンと心臓が大きく弾むのを意識せずにはいられなかった。
彼の瞳の蒼さは亡き母のものと同じ空のように澄んだ青い瞳だったからだ。

私の母は美しい人だった。
綺麗な金色の髪と澄んだ青い瞳。その瞳は今まで見た誰のものよりも優しかった。
私は母が大好きだった。だけど、周りは違った。
――私の母が方舟人じゃなかったからだった。私の母はかつて地上からやってきた人たちの末裔だった。
母は妾だった。そして、私は妾の子と蔑まれた。
第三王位継承者――その肩書きだけで何の力もない、籠の中の鳥だった。

「――姫?」
家臣の声に私ははっとした。
緊張を取り戻すように毅然と立ち振る舞った。
家臣から剣を取ると、傅いている騎士に向かった。
だが、内心ではそんな自分自身を嘲っていた。


何が『プリンセスガード』なの?
私は守られるような価値のある人なんかじゃない。
籠の中の鳥に騎士が付くなんて、間違ってるよ。


鞘から剣を引き抜く。
銀色の切っ先が騎士の首筋に当てられる。騎士はまるでそのまま切ってくださいとでも言っているように私の瞳を見据えていた。
その瞳に忠誠の他に何かが見えたような気がした。どこか鬼気迫るものがあった。
でも、私はそのまま儀式を続けた。
左右それぞれの首筋に剣を当てると鞘に収める。
「――忠誠の誓いは剣に宿り、貴方を守るでしょう――」
渡された剣を彼は受け取り、その剣を見た。
彼の瞳には安堵があった。さっきまでの威圧感はまるでなく、幼さを残したその顔立ちには歳相応の輝きで満ちていた。

どこか、不安定な感じを受ける騎士だった。

『彼』と初めて会った時だった。



――夢?
サリーナが初めて思いついた事だった。

――彼――

――騎士――

その単語しか思い出せない。彼の名前を思い出せなかった。
何処かの国のお姫様になっていた私に傅いていた騎士の一人。
思い出せない彼の名前とは裏腹に彼の姿は鮮明に思い出せた。
夢の中などではなく、本当についさっき見た事のように。

白と青の騎士の正装。
蒼い瞳と金髪が印象的な青年。
その彼の顔立ちはサリーナがよく知っているものだった。

そう。彼はクエイドに似ていた。

「うっ……」
気だるい体を起こして周りを見てみる。
何もない白の壁と黒い大きなガラス窓。扉だけが妙に頑丈そうに見えた。サリーナが寝ているベッドを除けば何もない部屋だった。

「……ここ……どこ?」
呟けば答えが返ってくるような気がしたのかもしれない。
音を立てて、頑丈そうな扉が開いた。
現われた軍服を纏った30代くらいの男の人と、それよりも若い黒の服装で身を固めている青年。漆黒の男性には何故か、見覚えがあった。

「ここからが本当のプロジェクト・ノア発動だな。」
そう呟いて軍服の男性は笑った。
その笑みが――怖かった。



「――サリーナの居場所を知りたいのじゃろ?」
たったその一言がクエイドの短剣を寸前で留めた。
眉間にまで迫っていた短剣に視線を移すことなく、カイラスはクエイドの眼を見詰め、勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
いや、勝ち誇ったようにではないだろう。
確信しているのだ。この一言がクエイドを操れると。
それが分かっていながら、クエイドは短剣を留めるしか術がなかった。

「その前に一つ答えろ。」
左手が怒りで震えていた。
ささやかな最後の抵抗だった。
「――何故、ルークを殺した?」
だが、その問いにカイラスは簡単に答えてきた。
「わしではない。やったのはサンクス――いや、もうこの偽名は御主には必要ないじゃろ。白竜じゃよ。ルークを殺したのは。」
「白竜?何を言っているんだ?サンクスが偽名って……」
困惑するクエイドにカイラスは話始めた。

ルークをモンスターと変貌させ、サリーナを殺させようとしたのがサンクスと名乗っていた白竜と呼ばれるモンスターの王の一人である事。
最初から、ルークを始末出来るようにしていた事。
そして――

「ルークに関しては分かった。あんたが殺していないってのは一応信じるよ。疑わしいけどな。」
クエイドはカイラスを睨んで吐き捨てた。
苛立ちはカイラスに対する物だけではなかった。右手の痛みは時を増すごとに強くなってきている。鼓動に合わせて鈍い痛みが走る。
それに悪びれる様子もなく、カイラスは話を続けた。
「何故、ガーランドがサリーナを連れ去ったか?」
考えを当てた事に満足そうな笑みを浮かべているカイラスを見ると、「違う。」と一言言ってやりたい衝動に駆られたが、サリーナに危機が迫っていないとは限らない。
そして、腕の痛みで余計な事を考える余裕もなかったので、クエイドは素直に首を縦に振った。
「ガーランドが手伝っているプロジェクト・ノア。それにあの娘――サリーナが必要じゃからじゃ。」
「プロジェクト・ノア?」
クエイドの問いにカイラスはどう説明すべきか思案してから口を開いた。
「――まぁ、話せば長くなるがその辺の事は当面の問題じゃない。追々話してやる。」
クエイドは頷く。
「とにかく、サリーナを助けるには天空に浮かぶ方舟と呼ばれる遺跡に行かねばならん。まだ『レイライン』に姿を現していない所を見ると、サリーナは方舟の封印を解いていないようじゃがな。」
「――空――」
クエイドは呟くと思わず空を仰いだ。
青い空を見ていると、その広さに絶望的になりそうだった。
それでも――

(俺はサリーナを助けたい。助けたいんだ!!)

クエイドの瞳から迷いが消える。
視線をカイラスに戻すとゆっくりと呟いた。
「お前の『手駒』としてどう動けばいい?どうすればサリーナを助けられる?」
物分りが良くて助かるとでもいいた気にカイラスは口元を歪ませた。
「話は簡単じゃよ。方舟でガーランドを殺して欲しい。」



「何故、俺――すみません。私が姫様を守るのか?」
彼は庭園の噴水に腰をかけながら私の質問を反芻した。
私は同じように彼の横に座り、頷いた。
彼は困ったように頭を抱え、答えを思案していた。
「俺はっと、私は騎士ですよ?王室を守るのは当然じゃないですか?」
私はくすくす笑いながら思わず別のことを答えた。
「言葉、別に気にしなくていいよ?今は誰も見てないし。私だって第三王位継承者なんて肩書きだけど、人生のほとんどを普通の方舟人と同じように暮らしてたんだから。私も気をつけないと言葉づかい間違えちゃうし。お互い二人きりの時は言葉使いなんか気にしないようにしようよ。」
「はぁ……」
私の提案にも彼は困ったように声を漏らすのが精一杯のようだった。
でも、少し思案すると笑顔で頷いてくれた。


『プリンセスガード』
地上国のテロから王室を守る目的で結成された特別王室近衛騎士隊も地上国との戦争の激化に伴い、縮小を余儀なくされていた。
私のプリンセスガード……通称『第三プリンセスガード』もたった三ヶ月足らずで彼一人になってしまっていた。だが、その事が逆に彼との中を親密にさせていた。
こんなに楽しく話せる友人――そう、『友人』を持ったのは久しぶりだった。
いや……もしかしたら、初めてかもしれなかった。


「う〜ん。じゃ、質問を変えて。どうしてプリンセスガードに志願したの?」
その質問に彼の表情が曇った。
「……あ、その……出世だと思ったから……プリンセスを守るなんて、騎士にとってとても名誉な事だと思ったから……」
彼は嘘を付くのが酷く下手だった。言葉にも表情にも表れた。
でも、それ以上詮索しようとは思えなかった。彼には彼の考えがあるだろうし、思惑があるのかもしれない。もしかしたら、彼もまた私を利用しよ……

「……姫様?」
「あ……ごめん。何?」
彼は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ちょっと顔色が優れないですね。そろそろ戻りましょうか。」
「――うん。そうだね。」
私の様子に彼は顔を掻いてから、何かを思いついたのか急に膝を折って私の前で跪いた。
「ど、どうしたの?」
突然の彼の行動に私は驚いて、手を伸ばした。
彼は顔を挙げると満面の微笑みで優しく語った。
「俺はプリンセスガードです。たった一人かもしれませんけど、俺は貴方だけの騎士です。貴方を守る盾にでも、貴方の敵を斬る剣にでもなります。俺だけは、貴方の騎士であり続けたいと本気で思っています。」

その言葉に私はかけるべき言葉を失ってしまった。
今まで騎士に守ってもらった事はあったが、どうしてもそれは私を守っているのではなく、『第三王位継承者』――王室議会を守っているように思えてならなかった。
でも、今の彼の言葉は間違いなく『私』に向けられたものだった。
それが、初めてだったから、どうしようもなく嬉しくて、ただ小さな声で呟くのが精一杯だった。

――ありがとう、と――


彼は子供のように微笑むと私の手を優しく取った。
その手はとても温かかった。私はその手が大地の暖かさなのだとこの時、知ったんだと思う。



はっとして顔を挙げた。
サリーナの席の周りにスーツの男二人が座っているが、サリーナに対しては全く無関心を装っていた。
無関心を装っていながら、サリーナに時々視線を送っているのをサリーナは気付かずにはいられなかった。その視線は好意とかそういったものではなく、無関心でありながらサリーナの行為を一つ残らず監視していた。
まるで事務的に処理されていく数字の列のような視線で。
サリーナはその視線から逃れたくて小さな窓を見た。
雲の中なのか、薄暗い景色しか見えなかった。
飛空艇の客室と名付けられた監獄だった。
その事を考えたくなくて、今見た白昼夢のようなものを思い返した。
(……さっきから何なの……?)
クエイドに似た騎士に守られている私。
自分自身とは全く異なって、気品に包まれたお姫様。
でも、サリーナは知っている。その心は私と同じで酷く臆病な事を。
心の底から誰も信じられなくて。
クエイドに似た騎士の事も本心から信じられなくて。
でも、彼を信じたいと願っている。それでも、信じ切れない。

私と一緒だ。
そう思わずにはいられない。臆病で、他人に見せかけの愛想を振り撒いて、必要とされたくて、そのくせ誰も信じていない。

サリーナは瞳を細めた。
その行為は彼女の不器用な愛情が僅かに表情に出たからだった。
サリーナは気付いていた。
私と同じように、このお姫様と同じように。

クエイドを愛しているのだと。

突然、心細くなった。
怖くて震えそうだった。
何処を探してもクエイドがいない。ただそれだけで、私は動けなくなってしまう。
また笑顔の仮面を被ってしまいそうだった。
(……クエイド……会いたいよっ)
そう胸中で叫んできつく瞳を閉じた。瞼に遮られた視界には光明すら見えない。
完全な漆黒の闇だけだった。

――私の名前を呼んで。
――私を必要として。

理由も分からず、思い知った。

私はクエイドしか愛せない。クエイドじゃなきゃ、ダメなんだ。
何故これほどまでにあの人に惹かれるのかは理解出来ないけれど、あの人でなければこんな切なさを覚える事がないのは痛いほど分かる。

だから――クエイドの声が聞きたかった。
その温かい手で私の手を強く握って、そのまま私を力強く引っ張って行って欲しかった。
彼と一緒ならどこまででも駆け抜ける。空だって飛べる程に。

私は待ち続けていた。
クエイドに――『サリーナ』って――呼ばれる時を。



「――ガーランドを殺せだって?」
クエイドはカイラスに言われた言葉を反芻して、思わず吹き出すように笑った。
その自身への嘲笑が何を意味しているのかは何となく分かる。
俺にガーランドが殺せるのか?
誰かを殺せるのか?
その答えに対する物だろう。
「無理とは言わせんぞ。お前は一度、あいつの胸に短剣をつき立てている。」
カイラスの言葉に笑いが止まった。
「……でも殺せなかった。」
その言葉が答えだった。そう、俺はガーランドを殺せない。それを認めて、改めてサリーナを救えない事に心が凍った。

ガーランドに抱く恐怖心、嫌悪感。
その一因がガーランドを殺せないという事実だという事をクエイドは理解していた。
刃を交えたのは一度だけだった。その一度で確実にあいつを絶命させていたはずだった。
クエイドの短剣は間違いなく、あいつの心臓を貫いた。
鮮血が噴き出し、一瞬にして血の臭いが充満した。

――それでも、あいつは生きていた。

「『殺せない奴』を殺せる力なんて……俺にはない。」
「……じゃあ、あの娘を諦めるか?」
その言葉に折れていた心がうめいた。
歯軋りの音で、自分が歯を食いしばっている事を知った。

諦められるもんか……

サリーナは絶対に取り戻す。
でも、誰も殺せない。誰かを殺してサリーナを取り戻しても、もう願いは叶わない。

甘すぎる考えなのは自分でも分かっていた。
殺すとか殺さないとか考えて、勝てるような相手ではない事は十分理解している。
それでも殺せないんだ。
その誓いだけは破れない。その誓いを破れば――多分、俺はサリーナが好きな『俺』ではなくなってしまう。
そして、俺はもう後戻り出来ない所へ行ってしまう。

「――ガーランドは俺が止める。あいつは――あいつに限った事じゃない。俺は誰も殺せない。だから――それが限界だ。」
クエイドのその答えにカイラスは嘲笑の形で不満を滲ませる。
「それじゃ意味がないじゃろ?お前はわしの『手駒』じゃぞ?」
それでもクエイドの意思は変わらずに強い口調で言い切った。
「なら俺は自分の力で方舟へ行く。あんたには頼らない。」
クエイドにしてみれば賭けだった。
方舟の場所は分からない。クエイド以上の戦力であるカイラスを敵に回す訳ではないにしろ、あてに出来ないのは痛い。
だけど、クエイドにそれを言い切らせる理由もあった。
リーサが、ラッグスが、ネロがいる。
信頼出来る仲間がいる。だから――仲間となら何とかなる気がした。
「ガーランドを弱らせるから、留めはわしに刺せ……そう言いたいのか?」
その言葉にクエイドは答えなかった。カイラスはそれを肯定と捉えて笑った。
「……随分都合の良い言い分じゃな?自分の手を汚したくないが、その手伝いならしてやるとは……相当な悪人じゃよ。」
挑発には挑発か……
痛い言葉だったが内心でクエイドはほくそえんだ。
どうやら俺という手駒を失いたくはないらしい。
それが分かっただけでも十分だった。賭けには勝った。
クエイドはパフォーマンスの冷笑を浮かべて、彼の言う悪人を演じた。冷笑なんて簡単だった。今目の前にいる老人に対してサリーナに対するように微笑んで見せる方が数十倍難しかった。
「俺は自分が善人だなんてこれっぽっちも思っちゃいない。常にあんたが俺の役割を決められると思うなよ。俺達の主従関係じゃこの辺が落とし所だと思わないか?」
カイラスは黙ったまま睨みつけるようにクエイドの瞳を見据えていた。
そして、クエイドの瞳が居竦まない事を渋々認めると一つ息を吐き出して呟いた。
「――いいじゃろう。せいぜい自分の手を汚さないでおくんじゃな。」
そう言うとカイラスは歩き出した。クエイドの横を通りすぎていくのを横目で見ながら、内心で苦笑した。
「――俺の手はもう血塗れだよ。」
カイラスに聞こえないように小さく呟いた。
そして、クエイドもカイラスの後を遅れて歩き出した。

一緒の道を歩みながら、決して隣り合う事はない。
両者の間には決して理解し合えない見えざる壁が立ちはだかっている。そう思えるような光景だった。
まるで……二人の関係を象徴しているようだった。



――マガイモノのプリンセスガード――

彼がそう陰口を叩かれているのを私は知っていた。
そう陰口を叩かれる責任が私にもある事も痛感していた。

そして私もこう陰口を叩かれていた。

――『モグラ』のプリンセス――


――あんな妾の子にプリンセスガードなんて笑わせるわ――
――その騎士も『モグラ』の血を引いてるんですって――
――あの瞳!!真っ青で気味が悪いわ――
――でもそれじゃ、アレと同じね――
――『モグラ』同士、仲良くなるはずよね――

召使達がそんな話をしている所に私が現われた時。
私は――微笑む事しか出来なかった。そして聞かない振りをする事しか。


地上の人々の事を純血の方舟人は『モグラ』と呼んで蔑んだ。
地上人の血を引いているだけで侮蔑の視線と罵る言葉を浴びせ掛けられた。

それでも私はまだ良かった。
王位継承者という事で形だけは敬われたし、見た目も私はほとんど純血の方舟人と変わらなかった。地上人である母から容姿の大部分を受け継いだが、碧の瞳と栗色の髪という方舟人の一般的な特徴だけは父から受け継いだからだ。
だけど、彼の容姿には地上人と方舟人の混血であるという証のように瞳は蒼く澄み、髪は金色に煌いていた。

微笑みの仮面の裏では、私の素顔が泣いていた。誰にも知られず泣いていた。
そんな素顔の私を見つけてくれる人がいるなんて思いもしなかった。

「――何かありましたか?」
「え?」
彼の言葉で私は思わず声を上げてしまった。そして理由を尋ねてみる。
「どうして……?」
「……笑っていますから。」
「……?」
私は彼の言った言葉の意味が分からずにその言葉の意味を必死で考えた。
彼は笑うと「すみません」と呟いてからその理由を話してくれた。
「姫様は、何か嫌な事があると笑うじゃないですか。すごく綺麗だけど、悲しい笑顔で。」
私は絶句してしまった。
私の笑顔の仮面を看破出来る人がいるなんて想像すら出来なかった。自分では自然に笑っていると思っていた程だった。
「――どうして、分かったの?」
否定する気も起きなかった。
それよりもその仮面の笑顔をどうやって見破ったのかが知りたかった。
彼は当たり前と言いた気に微笑むと自信に満ちた声ではっきりと言った。
「いつも見ていますから。」

その言葉に自分の頬が赤らむのを自覚せずにはいられなかった。
耳まで熱くなって、彼の顔を正視出来ない程に恥ずかしくなった。どうしてそんなに彼を見るのが恥ずかしいのか分からないのに。でも、とても恥ずかしくて、そしてそれ以上に嬉しくて、自分を取り繕うのに必死になっていたんだと思う。


初めて、彼を意識した。
彼について知りたいと思った。そう思ったのが小さな一歩だった。

彼が私のプリンセスガードになってから六ヶ月が経ったある日の正午の事だった。



「さぁ……始めましょうか。」
男の人の声で重い瞼を何とか開けた。
白衣の人が私の周りに三人いる事がなんとか分かった。
涙で滲んだ瞳で視界がぼやけていた。
サリーナは寝台に寝かされていた。周りには医療器具のような機械が沢山あった。
白衣の人の手には注射器が握られていた。
その銀色の鋭利な針が自分の腕に近付けられていくのをサリーナは抗う事が出来なかった。
すでに麻酔のような物で体の自由が効かなかった。
針が皮下に入っていく。痛みすら感じる事はなく、サリーナはついに瞼の重さに負けてしまい混濁した意識に落ちていった。
採取され、注射器の中に溜まっていくサリーナの血液。

その僅か300ccの血液を巡って謀略が繰り広げられた。
一体何人が死んだのだろう。
きっとサリーナがその数を知ったならば、自己嫌悪に陥るには十分な数だろう。
遺伝子の中で眠っていた方舟への道が照らされようとしている。

方舟は――目覚めの時を迎える。


愛する少女を取り戻すべく、クエイドは自身の敵わぬ存在と再び刃を交える覚悟を決める。

仲間である青年によって、ネロ・ラッグス・リーサの一時の穏やかさは終わりを告げようとしていた。

世界のそれぞれの盟主すらも利用して、ガーランドは星の望みを叶えようとしていた。

青年を手駒として、たった一人の孤独な戦いを挑み続けなければならないカイラス。

世界の盟主として君臨する手段を方舟に求め、それが今まさに成就しようとしているラズウェル。

利用されていると知っていながらも、星の守護者として力を振るおうとしている六竜。

そして、愛する青年に想いを馳せながら、自身の背負った物を垣間見続けるサリーナ。


サリーナの夢見る、運命を作った過去の物語。
各々の願いを叶えるために綴られていく今の物語。

二つの物語は二つの答えから一つの答えを選択する。

運命は死ぬのか。運命は生きるのか。


全ては方舟で邂逅する。


 
 
 
 

(Continue)
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