EARTH
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第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(2)」 
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人の見る夢にはどんな意味があるのだろう。
隠された願望の現出なのか。
予想したい、または予想したくない未来を映しているのだろうか。

真実がどうだったとしても、『意味のある夢』など不幸でしかないと言えないだろうか。
それが例え幸福な物だったとしても。

意味ある夢は悪夢を超える。



彼はいつも陽気に笑っている。
周りの目なんてまるで気にしないように。

でも、私は知っている。
それが彼なりの『拒絶』なのだと。

彼は誰かに必要とされたいのに、誰一人彼を必要としていない。
誰かに必要とされたくて笑っているのに、その笑顔は踏みにじられ続ける。


彼は一人の時でも、笑っていた。楽しそうに笑っていた。
辛くて堪らないのに笑う事しか出来なかった。
もう、彼の笑顔は拒絶の道具でしかない。
誰も信じない。誰にも頼らない。

「でも、俺は誰かに必要とされたかったんだ。」
その言葉に私は瞳を細めた。
自分の背中で噴水の音が体の内まで響いてきた。
水から放たれる冷ややかな風が肌を撫でていく。
私は思わず自分の手の体温でその冷気を緩和した。それは夜だったからだけじゃない事を理解していた。

彼の言葉は私が叫びたかった言葉だ。
私も誰かに必要とされたかった。
でも、誰も必要となんてしなかった。
私は第三王位継承者という名前の人形なのだから。

「――だから、俺はプリンセスガードに志願したんだ。」
そう語った彼の顔を見る事も出来なかった。私は俯いて、彼の言葉を聞く事しか出来なかった。
「誰かに必要とされるって……どうしたらいいのかな。俺、笑ってれば誰かが俺の周りによって来るんじゃないかって思ってた。陽気に振舞ってれば面白い奴だって思われるかもしれないって。」
彼はそこまで言うと息を一つ吐いた。
彼をちらりと覗き見ると、笑っていた。悲しく、笑っていた。
「――でもダメなんだ。俺、もう自分が笑っているのか。泣いているのかも分かんないんだ。」
そういうと彼は最後の力を失ってしまったようにうな垂れた。
私には分かる。彼は絶望している。認められない周囲に力及ばない自分に。
「……私も一緒だよ。」
思わず口走ってしまった。彼が私の方を向いたのを気配で感じた。でも、その顔を見る事が出来なかった。
「必要とされたかった。そのためだったら本に出てくるようなお姫様になろうと思った。これでも本当にがんばったんだよ。慣れない言葉使いも一生懸命覚えた。礼儀作法だって、何度も練習したんだよ。」
私の中で押し殺してきた真実の私が語り始めていた。
彼と一緒で、私ももう限界みたいだった。
「でも――やっぱり私、マガイモノなんだって。『モグラのプリンセス』って皆が陰口しているのも、知ってる。」
「――そんな。」
彼のその言葉で彼も知っている事を理解した。
それで、もう限界を超えてしまった。
認められない自分を必死で押し殺してきたのに、もう無理だった。
私は泣きながら呟いた。
「……どうしたら私は必要とされるの?誰かに必要とされたいよ……私の名前を呼んで欲しいよ。」
鼻をぐずらせて子供のように泣いてしまった。こんな風に泣いたのは母が死んだ時以来だった。
泣いていなかった訳じゃない。
ただ、涙を流さず笑いながら泣いていただけだった。
涙を拭う事もせずに私は泣いた。涙が震える手の甲に何個も落ちて、濡らしていく。
「――だったら、俺が必要とするよ。」
彼は小さな声でそう答えた。
私は顔を挙げて彼を見ると真剣な表情で私を見ていた。いつもどこか頼りない彼の顔じゃなかった。
彼は小さく笑って呟く。
「どうして気付かなかったんだろう、俺達。お互いがお互いを必要としていたのに。答えはこんな所にあったんだ。俺には――姫様が必要なんだ。」
彼は立ち上がると私の前に歩くとそっと優しく私を抱いてくれた。
「こんな……すぐ近くにいたんだよ。俺達の必要とする人は。」
彼の声がくぐもっている事で、彼も泣いている事を知った。
私は彼の背中に手を伸ばして、彼を抱き締めた。そして、彼を放さないように力強く掴んだ。
「……うん。こんなに近くにいたんだ……私達の必要とした人が……」
その感触をずっと求めていた。
誰かがいるという両手に抱えられた存在感。その愛おしさに私の胸は一杯になった。それをもう離せないと思って、強く抱き締めた。
だって、それは私が心底から望んでいた事だから。ずっと望んでも手に入れられなかった物だから。
だから、私は……ううん。私達はお互いを強く抱き締めあった。


「――私の名前を呼んで。貴方の名前も呼ぶから。」
「……うん。」
彼は私の名前を呟いた。
一体いつからだろう。私がその名前で呼ばれなくなったのは。
きっと、もうこの名前で私は呼んでくれるのは彼しかいない。
私は、私の名前に誓って彼を必要としよう、彼に必要とされようと思った。


彼がプリンセスガードになってから8ヶ月が経っていた。


サリーナは麻酔で混濁した状態で夢を見続けていた。
その夢は彼女にとって、救いになっていた。
クエイドに似ている騎士と自身に似ているお姫様。
彼らの素振りを見ていると、自分とクエイドの幸福だったあの一時を再現しているように見えたからだ。
夢は別の夢に変わっていた。私自身とクエイドが楽しそうに話している夢。
時には喧嘩したり、すれ違ったり。
それでも、結局は仲直りする夢。
私が知らないクエイドがたくさん出てくる夢。私の知らない私が出てくる夢。
でも、そこに出てくるクエイドと私のやり取りは現実で同じようにやっていたように思えた。

まるでそれが私の失われた過去だとでも言うように。



「……じゃ、現われるのはガーランドだけじゃないんだな?」
クエイドは木の椅子の背もたれに肘を立て、顎を付きながらそう呟いた。
完全にいかれていたはずの右腕は簡単に自分の顔を支えている。
その事を表情には出さず、胸中で化け物という呟きを加えて。
カイラスは窓から外の景色を眺めながら、問題がないと言わんばかりの口調で話した。
「そうじゃ。ニルヴァーナ機関にトリニティ平和維持軍が来るじゃろう。」
その言葉にクエイドは頭を抱えた。
ガーランドだけでも手に余るのにこれにニルヴァーナ機関の特殊部隊にトリニティ平和維持軍まで来るとなると、サリーナの救出は困難を極める。
クエイドは愚痴るように一人零す。
「全く……特殊部隊をまた相手にしなきゃならないなんて……」
そこまで呟いてクエイドにある戦慄のイメージが浮かび上がった。その事に気付いてクエイドは椅子を鳴らして立ち上がった。
「……おい。トリニティ平和維持軍が来るって事は……」
体が震えるのを自覚する。悪寒に肌が粟立った。
「そうじゃ。ARMSや下手をすれば航空兵器すら相手にする事になるかもな。」
事も無げにカイラスはクエイドの想像を肯定した。
(――冗談だろ?)
クエイドはそう思わずにはいられなかった。

トリニティ平和維持軍が動くという事は大規模な軍隊が動く事を言う。
本来軍隊とはそれで自己完結する組織なのである。戦闘に始まり衣食住の全てをその一つの組織で補う。
特務遂行群やニルヴァーナ機関の特殊部隊が動くのとは訳が違う。
キルギスタンクーデターに匹敵する軍隊と戦う事になるかもしれないのだ。
投入されるだろうARMSの機体数を想像するだけでぞっとした。
「――覚悟をしていなかった訳じゃないじゃろ?ガーランドにあの娘を奪われた時点で分かっていたはずじゃ。取り戻す事がいかに困難か。」
カイラスの辛辣な言葉にクエイドは言い返す言葉も見つからず、拳を強く握り締めた。

確かにカイラスの言葉は正しい。間違っていたのは俺だ。

今度こそ守るって誓ったのにまたサリーナを奪われた。
その奪った相手がどんなに強いとかなんて関係ない。それが例え何千人規模の軍隊や、自称魔王だったとしても。
それは守れなかった俺の言い訳以外の何でもないんだ。

問題はサリーナを取り戻す手段だ。
今の装備じゃどうにも出来ない。それに一人でも多く戦力が欲しい。

クエイドの脳裏にあの忌まわしい装備が思い出された。
殺人という行為をするために作られた装備。
自身に究極の殺人衝動を施す装備。
殺戮という自己催眠をかける装備。

クエイドは固唾を飲んだ。
もう二度と袖を通す事はないと思っていた殺人装備。ギルド戦闘服の最上位装備。

だが、あれ位でなければサリーナを取り戻せない。

殺すかもしれない。
その想像がクエイドに躊躇させる。
(……俺は……また殺すのか?)
殺人人形と呼ばれていた頃に戻るのか。

いや……違う。
(……俺は殺さない。)

サリーナへの想いと俺自身の殺人願望。
どちらが俺の中で大きな比重を占めているのかを明確に分かる時が来たんだ。

俺があの殺人服を着ても殺さないでいられるなら、俺はサリーナと幸せになれる。
俺があの殺人服を着て人を殺すのなら、俺はサリーナと幸せになれない。

「――証明してやる。」
クエイドは力強く呟く。
カイラスはその言葉で初めてクエイドの方を向いた。
その瞳に宿っている強い意志に微笑を零す。
その瞳で確信したからだ。
クエイドは手駒としては最高だと。あの娘を使えば、いつでもこの男を利用できると。

「準備がある。ちょっと出てくる。」
その言葉だけを残してクエイドは部屋からさった。
閉められたドアが木の軋む淋しい残響を残す。
その余韻に浸るようにカイラスはクエイドの去ったドアを見詰め続けていた。


トリニティ平和維持軍
五竜と神竜

世界を支配している力の名称を呪文のように胸中で呟いた。
これから始まる戦いは遠くない未来に起こるNOVAとの戦いの実験だ。
人類の誇る現代の兵器に対して、モンスターがどれほど対抗出来るか。
現在に至るまでに兵器が予想される進化を遂げたように、モンスターも進化してきた。
複合装甲すら貫く攻撃手段の確立。
高高度を飛行する飛空艇、超音速飛行が可能なガンシップと交戦するために進化した身体能力。
20mm機関砲に耐えうる皮膚の強化。
ミサイル兵器に代表される長距離兵器から身を守れる手段としての魔法。
仮想敵として想定されたNOVAと1万2000年前の人類の軍に対する尖兵として類稀な発展を遂げた蟲種とドラゴン種。
驚異的な繁殖能力と優れた環境適応能力で対人類の軍として誕生した蟲種はその総数でモンスター種の実に9割を占める。
対陸上兵器として誕生した最強の蟲・王蟲。
圧倒的数で超弩級飛行戦艦を蹂躙する蝿蟲。
自身を弾頭に見立て、超音速でガンシップを迎撃する槍蟲。
そして、モンスターの眷族として圧倒的な攻撃能力・身体能力・生存能力を誇るドラゴン種は対NOVAの尖兵として誕生した。
光速で貫くレーザーブレスを持つゴールデンドラゴン。
超音速・高高度飛行を実現したワイバーン。
そして、その両者の特性を持った空戦最強のドラゴン・ウィザードドラゴン。

問題が提起され、それを時間と労力、あるいは一人の天才の誕生によって解決してきた現在の物質文明。
その利点を取り入れた任意的進化。

現在想定されているあらゆる事態に対する対抗策が為されていた。
生物・化学・核汚染への対応も万全だ。
人類の保有する三軍に対する対応策も完了している。

後はそれを実証するだけだった。
そのために……ガーランドはプロジェクト・ノアに加担したのだろう。
そして、五竜とラグナも。

「……これでトリニティ平和維持軍が惨敗するようなら……人類は滅びる。」
カイラスは静かに呟いた。



「――ああ。そう、カイデリカ市だ。」
クエイドは公衆電話から電話をしていた。
左手にはクシャクシャになっている紙切れがあった。そこに書きなぐってあった数字に電話していた。
想像通り、その番号はラッグスの携帯電話だった。
「ああ。大丈夫。それより……いや、何でもない。来たら話すよ。」
クエイドは問題を先送りにしている事に気付いて自身を鼻で笑った。
言いたくはなかった。
『サリーナを守れなかったから、手伝って欲しい』なんて。
でも、彼らに頼るしかなかった。彼らしか頼れなかった。
「ああ。じゃ、さっき言った所で。また。」
そういうと受話器を置いて電話を切った。電子音と一緒にテレフォンカードが出てくる。クエイドは手早くそれを抜き取ると公衆電話から出た。
周りを見渡すと昨日とはまるで違う荒廃した街並みがあった。街の人たちは忙しそうに瓦礫の片付けをしている。警察官も一生懸命に働いていた。
一日が過ぎて、少し平穏を取り戻したようだった。
クエイドは少し歩く事にした。
宿に戻って、カイラスと顔を会わせるよりはずっとマシだと思ったからだった。
メトロノームのように的確に刻まれる足音がクエイドの思索を深めていく。

正直な所、リーサ達を巻き込みたくはなかった。
相手が相手だ。生きて帰れる保証なんて何処にもない。死ぬ可能性の方が高いくらいだった。
それでも頼まざるを得なかった。
でも、もしも断られたら無理強いはしないと心に決めていた。
この戦いは仲間だからなんて理由だけで気軽に参加するようなものじゃない。この戦いは俺の個人的な戦いなんだ。サリーナを助けるという酷く個人的な。


クエイドはそこで頭を振った。
その事を考えてもしょうがないと思ったからだ。それよりも、考える事は山済みだ。
どうやって、サリーナを取り戻すか。

方舟の所在が分からない以上、レイラインとやらに方舟が出現してから行動を開始する事になる。奴らを待ち伏せ出来ると考えるよりも、遅れて付くと考えた方がいいだろう。
もしも、トリニティ平和維持軍の空中艦隊と遭遇したら?
……正直、カイラスの魔法に頼るしかないだろう。対空ミサイルを無力化出来る魔法なんて人間じゃ無理だ。
その猛攻を掻い潜って方舟に上陸……トリニティだって輸送型飛空艇で歩兵師団や機動大隊を投入してくるはずだ。ARMSと交戦になったら……?
ARMSに有効な手段を持っているのは俺とカイラス、それにリーサ……この三人で強行突破するしかない。
そして、最後にガーランドと対決……


クエイドは思索を止めてため息を付いた。
重大な問題点は二つに絞れた気がした。
ネロとラッグスは戦力として不十分だという事。
そして、ガーランドをどうするか。

ネロとラッグスには対ARMS用の重装備をしてもらうしかないか。対ARMS用の携帯ミサイル……それに対戦車ロケットRPG……あいつらに使えるか?

使えるかどうかは問題じゃないな。使うしかないんだ。

そして……ガーランド……

クエイドは足を止めた。そして、空を仰いだ。

生物は必ず死ぬ。必ず死ぬと思っていた。
でも、あいつは死なない。
心臓を短剣で貫かれても、立ち上がる。
だが、それであいつに負ける訳じゃない。
死なないから絶対に勝てない訳じゃない。勝負に勝つ事は出来なくても、出し抜く事は出来るはずだ。
サリーナを取り戻すだけでいい。あいつを出し抜きさえすればいい。

簡単な方法は一つだけある。
ガーランドを人とは思わない事だ。
ガーランドは死なない。そうたかをくくって殺すつもりで戦えば出し抜く事はいつでも出来る。あいつをモンスターと同じように見ればいい。

クエイドは瞳を閉じた。
その簡単な方法に――臆病で安易な方法へ逃げる事が何を意味するのか。
俺は――間違いなく、殺意に支配される。

クエイドは自分を強く叱責した。

ギルド派遣員として何を学んだ?!
人を殺す事の出来る力を持つと同時に何故、精神を鍛えたのか。
臆病な心ではすぐに引き金を引いてしまう。
だから心を屈強な鎧で覆うのだ。
悪戯に殺さないように。殺すという最後の選択の前に取るべき選択は多いはずだ。
少ないと感じる方がおかしいんだ。

殺すという選択の前に試すべき事は多いはずだ。

クエイドは大きく息を吸い込んで、それをため息と一緒に吐き出した。
そうすれば、イライラと似たような事を悩まなくて済むと思ったからだ。
効果はあったようだ。
まだ不安は感じるが、大丈夫だと思えるようになっていた。
「やってやるさ。」
そう呟く事で自分の決意をさらに強化な鎧で覆った。



「おい!!クエイドは何ていってんだよ?!」
ネロは携帯電話を持って話しているラッグスの肩を掴みながら、必死に携帯電話に聞き耳を立て苛立ちにまかせて叫んでいた。
リーサもラッグスの側で必死にクエイドとの会話を聞いている。
ラッグスはその状況に窮屈さを覚えながら何とかクエイドと話続けていた。
「それじゃ、また後で。」
ラッグスはそう答えると携帯から耳を離して、電話を切った。
思わず、大きくため息を付いた。その様子を焦らしているように見えたネロとリーサはラッグスに詰め寄る。
「おい!!クエイドは何だってんだ?!場所は分かったんだろ!!よし!!迎えに行くぞ!!どこだよ?!」
「クエイドさんは大丈夫?!怪我していませんよね?!」
「ちょ、ちょっと……」
ラッグスは二人の迫力に負けて、後ろに下がった。それでも尚、二人はラッグスに詰め寄った。
「ちゃんと言いますから!!落ち着いて下さいよ!!」
ラッグスは思わずそう叫んでいた。ただ、その叫び声も届かない程にネロとリーサは真剣だった。
本当にクエイドは好かれているんだなぁと思った。ちょっと、羨ましかった。


「カイデリカ市……って、じゃぁ、その騒乱にクエイドさんが関係していたの?!」
リーサは驚きのあまり声を荒げていた。
テレビで知った事だが、その事件はあまりにも自分達が巻き込まれたローグィン市騒乱に似ていたためかじりついてテレビを見ていた。それはネロとラッグスも同じだった。
「いえ……直接的には関わっていないらしいです。ただ……僕達に手伝って欲しい事があるらしいんでカイデリカ市に来て欲しいって。」
ラッグスの言葉をさっきとはまるで別人のように静かに聞いていたネロが口を挟んだ。
「クエイドにしちゃらしくねぇな。用件を言わないで来て欲しいなんて。」
確かに、とラッグスも頷いた。そんな二人にクエイドを擁護するようにリーサが口を開く。
「ほら、クエイドさんにだって言いたくない事があるのかも……あっ……」
そこでリーサは声を漏らした。
その様子にネロとラッグスは顔を見合わせた。
リーサは二人の顔を見ながら、間誤付いていた。言うべきかどうか悩んでいるようだった。
「……あ、あのね、もしかしたら……『サリーナ』って人が関係してるんじゃないかな。」
リーサの言葉に思わず二人共声を漏らした。
クエイドが言いづらい事なんてそれくらいしか思いつかなかった。
「そのサリーナにクエイドは会ったのか?」
「それは分からないけど……でも、クエイドさんが私達にそこまで頼るなんてそうとしか思えないのよね。」
三人はその言葉に納得した。
クエイドは大概の事は一人で何とかしようとする。
それ所か、関係ない人を巻き込む事を最も嫌う人間だから、一人で悩んで一人で解決しようとする。こっちの心配なんか知らん顔で。でも、最終的に自分で解決する。そういう人間だった。
ネロは頭をガシガシと掻くとぶっきらぼうに呟いた。
「そのサリーナってどんな女なんだろうな。あのクエイドが惚れる女だぜ?絶対に相当の美人だ。」
ネロが勝手に想像している女性像をリーサは想像出来て思わずため息を付いた。そして、静かに忠告する。
「クエイドさんは外見で女の人を判断するような人じゃないわよ。それよりも絶対に聖女みたいに心の綺麗な人だと思うなぁ。」
リーサの言葉にラッグスは思わず笑い出した。ネロもニヤニヤと笑っている。
「それは言えてますね。クエイドさんって結構気難しいじゃないですか。それに何も言わないで一人で突っ走るし。そういう所も全部分かってあげられる人って、あんまりいなさそうですもんね。」
ラッグスは笑いを堪えながらそう答えた。
「だろ?心の綺麗な女は美人って決まってるって。」
「だから、それは偏見ですって。」
ネロに忠告するリーサは見ているとまるで昔からの友達のように見えた。
ネロは人から警戒されない事にかけては天下一品だった。あのクエイドでさえネロにはあまり警戒感を抱いているように見えなかった。
ネロは立ち上がると口元を上げた。
「んじゃ、クエイドの大好きなサリーナって女を見に行こうぜ。カイデリカ市なんてすぐそこだって。」
ネロの言葉にラッグスとリーサは頷いた。
立ち上がって草を払い落としてネロの家に向かって歩き出した。



NOVAと魔王による旧文明の崩壊。
それ以前、人は宇宙にすら進出しようとしていた。
だが、今の人間と根本的には何も変わらない。
民主主義と社会主義という人が作り上げた問題は解決できても、宗教・民族による紛争は解決出来なかった。それが、人間が作り上げた物ではなく、人間そのものを形作っている問題だからだ。
民主主義と社会主義という二元論に基づいて作られた冷戦構造はその崩壊によって、自身の首を締めた。
核の拡散。
経済的に未熟な国は軍事力による外交手段を求め、核を手に入れようとした。
一介のテロリスト集団ですら核を求めようとした。
核兵器は使われぬ手段として極めて有効だったからだ。
だが、使われぬ手段として用いるためには『使われた事実』が必要だった。
今の人類にはその『事実』がない。
だから、人は核兵器を手にした時、使用する。間違いなく。
人は自身が遭遇した事もない悲劇に対して想像出来るほど、強くはない。
だから、核を抑止力として使用するには前例が必要だった。
人が、同じ人に対して核を使用したという前例が。
だが、今の人類にはその前例がない。


「――核兵器は1万2000年前から一度も使われていない。」
<それがお前の結論か。頼りないな。>
白竜はそう漏らした。魔王――ガーランドは苦笑を零した。
「仕方ないさ。レイラインだって完璧じゃない。核兵器が使われたとしても、核戦争にさえならなければ、問題は微々たる物だ。H型原爆の数倍程度ならば腐海を発動させる事もなく、癒せるだけの進化はしているはずだ。」
<核兵器の心配はいらない――そう言いたいのは分かった。だが、方舟で平和維持軍を壊滅させればいよいよタガが外れる。>
「ああ。核兵器なき冷戦なんてもので大国の戦争がなくなりはしない。帝国軍への不安は疑念に変わる。疑念は不信に変わる。抑止力として存在している現在の軍隊はその任務を全うしようと準備に入る。皆が「まさか」と考えながら、そして「もしや」と考える事態が目の前に現われる。そして――世界そのものを狂気と騒乱が覆う。」
<単刀直入に世界大戦が始まると言った方がいいのではないのか?>
白竜の冷やかすような言葉にガーランドはふっと笑みを漏らした。
「核なき世界大戦か――ARMSやエイジス艦のような近代兵器が織り成す世界大戦。人類が、星がいままで体験した事のない戦争が始まるんだよ。」
<遥か昔――旧文明の時代にあったよな、確か。電子兵器なんて存在しない世界大戦が。あの時、何人が死んだんだったかな?>
「――思い出したくもない数ですよ。あの悲劇がその後の世界の進路――グランドデザインを決めたんだ。人は想像もしていなかったんですよ。まさか、ミサイルが全く効かない生物が存在するなんて。だから、核を使用せざるを得なかった。」
<――そして、その核の炎にすら耐えた。奴の振るう破壊の力の前じゃ物質文明なんて砂上の楼閣だった。NOVA……あいつは何者なんだ?>
「……分かりません。兵器なのか、生物なのか。それさえも。」
<生物だとしたら脅威だな。あんな奴がこの宇宙にそれこそ星の数程いるとしたら。>
白竜の言葉にガーランドは笑った。
「今の人類と同じように我々だって砂上の楼閣だって事ですよ。それでも生き続けます。それが生物ですから。」
ガーランドの言葉に白竜は息を一つ吐いたようだった。
そして、少し間を置いてからゆっくりと語った。
<――我々の行いは過去で何と呼ばれるのか。悪魔の所業か……未来への福音か……>
「……語り継ぐ者がいれば……俺はそれでいい。悪魔と呼ばれようとも、満足です。」
<語り継ぐのは……人だと思うか?>
白竜の言葉にガーランドは間を置いた。その間が何を意味しているのか、白竜が考えられる程に。ガーランドはゆっくりと語った。その言葉に秘められた感情は憂いと願い。
「……それを決めるのは俺達じゃありません。人が決めるでしょう。滅びるのか、生きるのか。」
<……そうか。>
白竜はその言葉を残して、レイラインから接続を断った。
残ったのは混濁とした情報の海。無秩序に溢れている情報の渦。
その大海でガーランドは静かに呟いた。
「――クエイド・ラグナイト――」
情報の海から現われたそれは最初、数字の羅列だった。
その数字の羅列が渦を巻き、徐々に形をなし始めた。その形は人の形となり、個人を判別させる情報を組み込んでいく。
肌の色。瞳の色。人相。髪の色。体格。性別。
およそ、個人としての情報を集めたその数字の羅列はすでに個人として判別出来ていた。
ガーランドはそっとその情報の人形の頬を撫でた。
その蒼い瞳はガーランドを拒絶するように虚空を睨みつけている。
「……クエイド。」
クエイドの姿をした情報の人形の腕を力強く掴むと自身に引き寄せた。
そして、その首筋に歯で裏切りの烙印を付ける。
星から生まれた命でありながら、『あいつ』に操られる人形の名前。
だが、裏切り者でありながらこの人形だけが星を救える。
ガーランドの口元が歪にある表情を形作る。冷笑と悲壮の入り混じった表情を。

絶望が、そう……真の絶望が鍵だ。
何にも救われない。あの娘にも……いや、あの娘が最後の一押しをするのだ。
あの娘によって、クエイドは殺される。
『クエイドと呼ばれていたモノ』が死に、クエイドの体……人形の体を使って、『あいつ』が現われる。

もう少しでその時が来る。
人形が女を抱いた時――
あの娘の心も、体も手に入れたと思った時――

その時こそが絶望の始まりだ。
ゆっくりと、しかし確実に。心は絶望に蝕まれる。
そして、気付くのだ。
あの娘を手に入れる事など不可能なのだと。
あの娘はもう、お前を愛してはくれないのだと。
仲間さえ、もうお前を仲間だと思ってはくれない事を。
あの娘と仲間の瞳がお前は化け物なのだと語っている事を。
自分自身が人形なのだと。

手に入れていない物が手に入らない不安など遠く及ばない。
一度その手に収めて、それを大切にしたいのにもうその手の中に戻ってくる事はない。
そう確信した時、絶望に染まる。
愛は憎しみへ。
友は敵へ。
そして、人形の心は砕け散る。
そう……

サリーナがクエイドを殺す


――その時こそ、この星への救済が始まる。



「――騎士に鋼鉄の鎧を与えよう。アイゼンシヴァレース『リュシファー』を。」
その言葉は確かに私の耳に届いていた。
だけど、まるで心がどこかへ行ってしまったように、私は見詰め続けることしか出来なかった。
彼は彼によく似合っていた白と青の騎士の正装ではなく、漆黒の戦闘甲冑に身を包んでいる。
私の唯一のプリンセスガードである彼も、ついに地上国との最前線に行く事になった。
騎士にとって、アイゼンシヴァレースを承る事はこの上ない幸せだと言う事も知っている。
でも、私は祝福出来なかった。
どうして、祝福が出来るの?
愛する人が……私の側を離れ、死地へと赴く様をどうして祝福出来るの?
彼の瞳が巨人を見ている。その側で彼だけに忠誠を誓う『エレハイム』がいる。
破壊の巨人を――私は見たくなかった。
誰かが言っていた言葉が嫌でも過ぎる。

『出来損ないの騎士の棺おけにしては上等ですね』

私は奥歯を噛み締めた。
そんな物――私の最愛の人を奪っていく物など、見たくなかった。
彼は――どんな気持ちでこの時を迎えたのだろう。

私には、臆病な私にはそんな事を聞く勇気すらなかった。



彼のプリンセスガードとしての最後の夜。
私はいつもの場所に彼を呼んだ。
彼は彼の似合ういつも服を着ていた。私が好きな服を着て、私の所に来てくれた。
「――姫様。」
彼の呼びかけにも私は何も言えずにただ立ち尽くしていた。
本当はどんな言葉を掛けたらいいのか、ずっと考えていた。でも、思い浮かぶどんな言葉も偽りの言葉だった。
彼には偽りの言葉なんて一言だって言いたくなかった。
「――行かないで。」
やっと出た私の言葉に彼が固まるのが分かった。
彼を困らせたくないのに、私の言葉はいつだって困らせてしまう。でも、行かないで欲しかった。私の側に居て欲しかった。
彼は首を振った。
「……出来ません。俺は――行きます。」
「どうして?!出世したいから?!私なんて必要なくなったから?!」
不安に押しつぶされそうで、それに抗うために叫んだ言葉は汚く彼を罵る言葉ばかりだった。そんな言葉を彼は微動だにせず受け止めていた。そして、私の罵声が止んだのを見てからゆっくりと口を開いた。
「あなたを守りたいから――俺は行きます。」
私は大きく首を振ってその言葉に抗った。
「それなら私の側にいて!!側で私を守って!!貴方がいなくなったら……私はまた、偽りの笑顔で自分を隠さなくちゃならなくなる!!そんなの嫌なの……嫌なんだよ……」
最後はもう言葉にもならなかった。
嗚咽と涙で立っている事も出来ずにその場に崩れ落ちた。
彼はそんな私の肩に手を置き、優しく諭すように語り掛けた。
「――地上との戦闘は熾烈を極めています。形勢は……私達が不利です。このままでは本国まで攻め込まれてしまいます。そうなってはもう手遅れなんです。俺は、その時もう貴方を守れない。だから、今地上に行って貴方を守ります。」
彼は私の肩を優しく掴むと立たせてくれた。
そして、泣きじゃくる私の両手に剣を渡した。
その剣はプリンセスガードになった時に渡した剣だった。
彼は優しく微笑む。まるで赤子をあやす様に。
「俺、貴方の所に心を置いていきます。俺の心はこの剣の中にあります。だから、俺はこの剣を取りに戻ってきます。大事に持っていてください。」
私はその剣を強く握る。剣の柄の冷たい感触に悲しくなった。
私は彼の心と体が欲しい。
私は泣きながら微笑んだ。もう、彼を止める事なんか出来ない事を悟って。
「今夜でプリンセスガードが最後なんだよね。だったら、私の最初で最後の命令、聞いてくれる?」
「――はい。」
彼は優しく微笑んで頷いた。
私は彼に最初で、最後の命令を口にした。
「――私を抱いて。夜が明けるまで、貴方がプリンセスガードでなくなるまで――」
「――はい。」

私の両手は彼を求めて、彼を力強く抱き締めていた。
彼の両腕が私を強く抱き締めていた。
彼の体の温もりが温かすぎて、悲しかった。
私はベッドの上で何度も、何度も泣いた。
その度に彼がその涙を拭ってくれた。
彼が耳元で囁いてくれた「必ず帰る」という言葉を信じるために、彼の全てを受け止めたいと思った。

私達が結ばれたその夜明けに、彼は私だけの騎士でなくなった。



「……クエイド……」
その余りに切ない夢がクエイドの名前を呟かせた。
彼女の……『私』の騎士が彼なら、私の騎士はクエイドの他に考えられなかった。

でも、私はただ守られているだけのお姫様にはなりたくなかった。
クエイドを助けられるように、クエイドを支えられるように。

でも、現実は守られるだけのお姫様と一緒だった。
どんなに強くなりたいと思っても、私は足手まとい以外の何物でもない。
淋しくなったら、クエイドの名前を呟くだけ。
そんな弱い自分に苛立った。
――強くなりたい。
今程切実に思った事はなかった。
私に力があればクエイドの側から引き剥がされる事もなかった。クエイドを自己嫌悪に陥れる事もなかった。

どうすればその願いを叶えられるのだろう。

そう思って、サリーナは妄執に駆られる。

いつだったか……
少し前にも、こんな事を思っていた気がする。
守られてばかりで、クエイドの不安定さを知って、そんな彼を支えられる力が欲しいって思った。どうすればそれが出来るのかを夜眠る時に考えていた。
そんな日々が確かにあった。

明確に思い出せなくても、サリーナには揺るぎ無いものだと確信していた。
幼い頃の想い出が所々欠けていても、それに矛盾を感じる事がないように。
この想いに揺らぐ所なんて一欠片もなかった。

――私はずっと前からクエイドを知っている。
――ずっと前から……クエイドと知り合う以前から、彼を愛している。

そう思ったせいなのか、唇に優しい感触が蘇る。
彼の温もりを私の体が覚えている。

彼と過ごした記憶がなくても、体と心が覚えている。
ぬるま湯のように形はないけれど、そのほのかに温かいモノが私の体を満たしていく。

寂しさしかなかった心に小さな勇気が芽生えた。
私はこの勇気を枯れさせたりしない。
この今にも無くなってしまいそうな勇気が私とクエイドを結ぶ絆になる。そう思わずにはいられなかった。

「クエイド……私、負けないよ。」
強がりでもいい。
そう呟いて、微笑んでみた。
もう笑顔の仮面なんて必要ない。私は私のままでも許される。必要としてもらえる。
だから、私も手を差し伸べたい。
もう、臆病な自分とは決別しなくちゃならない。
それがクエイドに近づく一歩だと信じた。
見えそうで届かない、彼の背中に追いつくための小さな一歩。
そう、信じて……



「――あの娘の願いは強い――」
ベッドに寝そべり、腕枕を作って天井を見上げていた。
その天井に語りかけるようにガーランドは呟き続けた。
「クエイドを崩壊へ導くのは簡単だ。時を待てば……あの娘への愛にあいつは押しつぶされる。」
最初はあの娘と話をしているだけで満足だろう。
だが、望みが満たされればそれよりも上を望む。
触れたい。
抱きたい。
自分だけの物にしたい。
その望みが絶望を確実な物にする。
「――だがあの娘の望みは――」
ガーランドは体を起こした。
あの娘の望みは強く、そして誰の願いよりも純粋だ。
その望みは魔王を動かすのに十分な程に。
ガーランドは胸中で一人、ごちた。そして、笑いが込み上げてきた。
魔王と言うのは実に厄介だ。
願望を力に変える。生きたいと強く願う想いが力を与える。
それ故に絶大な力を振るえるのだが、生きたいと強く願う者は殺せない。
それが唯一にして絶対の制約。血と肉で構成された物体の限界。
他者の生きる力を糧にする事で擬似的に不死を得る。
だが、生きたいと望む者を糧には出来ない。
出来るのは、生に無関心な者だけだ。生きられるのが当たり前だと錯覚している者。
そして、死を覚悟している者。

「――選択肢を作ってやる。」
ガーランドはポツリと呟いた。
まだ真実を――クエイドに自分が人形である事を告げる時期ではない。
だが、今でなければあの娘の願いが成就する可能性はない。
これは分の悪い賭けに過ぎないのかも知れない。
しかし可能性がゼロでは無い。

クエイドが自身を人形だと知った時――
絶望に支配され、『あいつ』にその体と心を明け渡して本体を目覚めさせるか。
絶望の中でもあの娘への想いの力で乗り切るか。
それとも……

ガーランドは思わず笑みを零した。その笑みの意味は考える必要もない。
自分で自分の首を締めようとしている。
それが分かっていて、それでもやらなければならないという覚悟の笑みだ。
下手をすれば計画を大きく修正しなければならなくなる。
現在、アレの内包者はクエイド以外に探知出来ていない。
出来ない――というより、存在しないという方が正しいだろう。
彼を失えば、NOVA復活は大きく後退を余儀なくされる。
だが、あの娘の望みを知ってしまった以上、やらなければならない。
やらないというよりも出来ない。水中で人が呼吸を出来ないように。

ガーランドは考えを中断した。
これ以上考えても堂々巡りをするだけだと割り切った。
結果を決めるのはクエイドだ。クエイドとあの娘の愛の深さだ。
愛が深すぎても、浅すぎても……NOVAは目覚めるだろう。

愛が深ければ――絶望も大きい。
愛が浅ければ――殺意の衝動に駆られる。

他者への殺意。他者の拒絶。
信じなければ裏切られる事はない。信じていなければ、それは想像の範疇の出来事にしか過ぎない。
それがNOVAを復活させる。不完全な体を目覚めさせるにたる衝動となる。

「――答えは方舟か。」

全ての答えは方舟で出る。

ガーランドはそう呟いて、部屋を後にした。



 
 
 
 

(Continue)
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