EARTH
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第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(3)」 
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「……現状を簡単に説明するよ。それを聞いてから決めてほしい。」
クエイドはテーブルに付くと注文もせずにそう呟いた。
リーサが適当に注文している様を横目で覗きながら、ネロは隠れて嘆息を零した。

飛空艇を飛ばしてカイデリカ市へ着き、クエイドと再会して、彼の様子に驚かされた。
彼の服装は所々破れていて、血の跡と思われる赤黒く変色した所もあった。
何よりも、クエイドの憔悴しきっていて――それでいて瞳だけはギラギラと光っている様に言葉も言えず、ただ立ちつくすしか出来なかった。
それはラッグスとリーサも同じようだった。
そんな自分達にクエイドは「話がある」とだけ呟いて歩き始めた。
そして、連れてこられたのがこの小さな店だ。
室内は昼間だというのに何処か薄暗くて木漏れ日によって宙に待っている埃を見つけられる。そんな食べ物を食べるには不似合いな場所だった。
そこにはクエイドの帰りを待っていたように一人の老人がすでに席に座っていた。
その老人はどこで手に入れたのかも分からない黒いローブに身を包んでいた。そのあまりに奇異な姿に自然と三人の視線が集まる。
クエイドはそれに気付いていたようだが、説明する事なく席に付いた。
ラッグスとリーサは目配せしてから、席に座った。
ネロも面白くはなかったが、席に付こうとした。どうやら、クエイドからよっぽど衝撃的な告白が聞けそうだ――何となく、そう気付いた。


リーサが注文した飲み物が運ばれてくると、クエイドが改めて口を開いた。
「――まず一つだけ今の内に言っておきたい事がある。」
クエイドには似合わない前振りにリーサとラッグスが怪訝な表情を浮かべる。ネロ自身もクエイドと短い付き合いとは言え、彼に似合わないその言葉に不自然さを感じてはいた。
クエイドの視線はラッグス、リーサ、そしてネロを経由して老人に止まった。
「カイラス。俺はあんたの邪魔はしない。だが、あんたも俺の邪魔をしないでくれ。」
そのクエイドの瞳には明らかな敵意が見て取れた。
その言葉にカイラスは肩を竦めて、席から立ち上がると店から出て行った。
「よ、よかったんですか?」
その様子におどおどしていたリーサがうめくように呟いた。
「いいさ。あいつは『今は敵じゃない』ってだけだから。」
クエイドはそう冷たく言い切ると嘆息した。まるで心の中でその続きの言葉を付け足したように。
「――俺、ここでサリーナと会った。」
突然、何の前振りもなくクエイドはその言葉を呟いた。
二人は驚いて両者の顔を見合わせているが、ネロは微笑を零さずにはいられなかった。
突然、何の前振りもなく重大な事を言うのを見て、クエイドらしさを感じたからだ。
「そ、それでっ……?」
少しトーンの高くなった声で尋ねるリーサにクエイドは首を振って答えた。
「――さらわれた。自分を魔王とか言うガーランドに。取り戻すためには『方舟』――空中に浮かぶ遺跡に行かなきゃならない。」
クエイドは目を伏せながらそう呟いた。いつになく力のないクエイドの姿に納得した。かけるべき言葉を見つける事が出来なく、ただいたわる表情を浮かべているとクエイドが再び語り始めた。
「そこにはローグィン市で俺達を襲った連中――ニルヴァーナ機関が現われるだけじゃない。トリニティ平和維持軍まで現われる。」
「なっ?!」
クエイドの余りの言葉に全員が椅子から思わず腰を浮かして叫んだ。
その全員の様子を想像していたのか、クエイドは言葉を続けた。
「――ニルヴァーナ機関の特殊部隊。トリニティ平和維持軍。こいつらを相手にしなくちゃサリーナを取り戻せない。」
クエイドは厳しすぎる現状を包み隠さず皆にもう一度伝えた。嘘を付いて皆を巻き込む事は出来なかった。サリーナを奪われた自分自身の不甲斐なさのせいだし、今回ばかりは命を失う危険性が極めて高い。
「間違いなく、ローグィン市の比じゃないレベルの戦火に見舞われる。生きて帰れる可能性は極めて低い。俺一人じゃ正直無理だと思う。だから、皆の力を貸して欲しい。」
そう言ってクエイドは立ち上がると深々と頭を下げた。
その様子に困惑した表情で顔を見合わせるラッグスとリーサ。ネロだけが涼しい表情でクエイドを見ていた。そして、淡々とした口調で言った。
「てめぇの女はてめぇで守れ。俺はそう言ったよな、確か。それが出来なかったから泣きついて来るのはお門違いじゃねぇか?」
「ネロ?!」
「ネロさん?!」
ラッグスとリーサの非難の声にもネロは態度を変えようとはしなかった。それはクエイドも同じだった。変わらぬ頭を深く下げた姿勢のまま、ネロの辛辣な言葉を甘受していた。
だが、唇を強く噛んでいた。
当然の言葉だった。指摘される前からこんな都合のいい事を頼む事じたい躊躇った。
だが、クエイドには他に頼れる人を思いつかなかった。
「……承知で頼んでいるんだ。ガーランドにニルヴァーナ機関部隊、トリニティ平和維持軍――こいつらを相手に俺一人じゃ、出し抜く事も出来ない。だから……頼む。」
クエイドの痛々しい声にラッグスとリーサはネロへの非難も忘れて呆然とクエイドを見ていた。
だが、ネロは尚も容赦ない言葉を浴びせ掛けた。
「例え、俺達がお前に力を貸したとしてもそりゃ無理だぞ?トリニティ平和維持軍だぞ?ARMSなんて次元じゃない。ガンシップだって飛行戦艦型飛空艇だって出張ってくるんだぞ?そんなのを相手に勝てると思っているのか?」
だが、今度のクエイドの声には力が篭っていた。
「――勝つ必要なんてないんだ。」
「あん?」
その言葉の意味が分からずに、ネロは顔を歪めた。
「出し抜きさえすればいい。奴らの狙いは方舟の占拠だ。よっぽどの事態でもない限り方舟に対して艦砲射撃は行ってはこないはずだ。実質上相手にしなくちゃならないのはARMSと歩兵部隊だ。敵が分かっていれば対策が立てられる。出し抜けるチャンスはある。」
そう答えて、クエイドは顔を挙げた。
その表情は力強いものだった。相手が相手だというのに微塵も臆してなどいなかった。
ネロは立ち上がるとゆっくりとクエイドに近づいていった。
「ネロさん、ダメ!!」
「ネロ!!」
その様子に二人が席を立って、ネロを止めようとした。
だが、ネロはクエイドの肩に腕を回すとさっきまでとは別人のように豪快に笑い出した。
その意味が分からず訝しい顔を合わせているラッグスとリーサや、まるで理解出来ていないクエイドに笑みを向けた。
「俺は乗ったぜ。リーダーが大丈夫だって言ってんだ。手伝ってやるよ!」
「……リーダー……?」
クエイドの言葉にネロはめいっぱいの笑顔で頷いた。
「おめぇらはどうする?」
ネロは不敵に笑うとラッグスとリーサに視線を送った。
「ラッグス、リーサ。無理強いはしない。」
そう呟くクエイドの表情は悲しく笑っていた。その表情に思わずリーサは嘆息を零した。
(どうして、クエイドさんはこんな時だけ優しく微笑むんだろう。)
心配をかけないため――なのだろう。恐らく彼はそう考えて、もしくは自然にそういう表情を作るのだろう。それがどれだけ彼の事を心配させるのかを彼は知らないのだろう。
「分かりました。私も手伝います。」
リーサはとびきりの笑顔で答えた。
まるで不服なんて一欠片もないような笑顔で。
だが、本当は怖くない訳ではなかった。でも、彼は自分を追い詰めながら自分の望みを叶えるために必死になって頑張ってくれた。
ずっとその想いに報いたいと考えていた。そして、それが今をおいて他にないのも分かっていた。
「僕も助けてもらいましたからね。これを断ったら悪魔ですよね、僕。」
ラッグスは照れ笑いを浮かべながら頷いた。

そんな彼らをクエイドはもう一度よく見る。
ネロは自分のすぐ近くで力強い笑みを見せている。
リーサは優しく微笑んでいる。ラッグスは照れ笑いをしながら、頭を掻いている。
皆の想いがあり難かった。こんな自分に手を貸してくれる。
「――ありがとう。」
クエイドはそう呟く事しか出来なかった。
それ以上言うと涙が溢れそうだった。
そんなクエイドの様子を穏やかな表情で笑っている――『仲間』達に本当に心の底から感謝した。


リーサは呆然となってその物々しい壮観に圧倒されていた。
障った事すらない銃器がまるで展示場のように並べられていた。
拳銃だけに留まらず、ライフルに携帯用ミサイル、無反動砲、ロケットランチャーなど人が持てる兵器の類が燦然と並んでいた。木箱の中にはダイナマイト、プラスチック爆弾、手榴弾が箱ごとに区分けされ、入れてある。
「こ、これ……全部本物?」
凍りついた笑みでクエイドに質問すると、クエイドは手にとっていたサブマシンガンから視線を外して、リーサの方を向いた。
「当たり前だろ?」
クエイドの肯定に凍りついた笑みは一層その酷さを増した事を自覚した。

クエイド達はネロの飛空艇でカイデリカ市から首都フォート・コーポルへ来ていた。夜を待って、ギルド本部へ侵入する。事は簡単だった。
守衛は魔法で眠らせれば事足りた。武器庫の暗証番号やカードキーは偽造したものを既に持っていた。
あまりに簡単にこんな中に入れた事にリーサはぞっとした。
「こ、こんなに簡単に入れていいんですか?」
「ま、問題だろうな。でも、俺はギルドの幹部でも何でもないんだ。上層部のお歴々の事なんて知った事じゃない。」
クエイドの笑みにリーサは呆れて嘆息した。そして、あっと声を挙げた。
「あの、さっきの――カイラスさんでしたっけ?何も言わずに来ても良かったんですか?」
クエイドは嘆息した。リーサに対してではなく、あの爺さんの事を考えると気が滅入るのを嫌でも自覚したからだった。
「問題ないよ。それにレイラインとかいう訳の分かんないもので、こっちを監視しているだろうさ。」
クエイドの言葉の意味が分からずに、リーサは似合いもせず眉間に皺を寄せていた。その様子にクエイドは肩を竦める事で答えた。説明する気もさらさらおきない突拍子もない話だったからだ。
「うお!対ARMS用携帯ミサイルなんてのもあんのかよ?!こっちはグレネードランチャーで、あれはRPG6じゃねぇか!!かぁー!!軍隊も真っ青の兵器ばっかりじゃねぇか!!」
ネロの叫び声でクエイドはリーサの視線からようやく解放された。その事に僅かながら安堵を覚え、リーサにならってネロの方を向く。
ネロは嬉々とした様子で手当たり次第に兵器類を手に取っていた。ラッグスも銃器類を手に取りながら、自分の使いやすい物を探している様子だった。
「ネロ、ラッグス。重火器は一人最低一個にしておけよ。威力がでかい分扱いが難しいからな。それよりも手榴弾を持っておいた方が携帯にも便利だし、威力も高い。」
「りょうか〜い。」
「分かりました。」
それぞれの返事を聞きながらクエイドは一人で奥の方へ向かっていった。クエイドの方へ付いていくと彼はダンボール箱からビニールに入っている服を数着取り出した。
「何に使うんですか、それ?」
「リーサ達が着るんだよ。」
「ええ?!」
思わず声を上げた。こんな戦闘服まで着るとは正直思わなかった。
その声の意味を悟ってクエイドはリーサに告げた。
「今回ばっかりは相手が相手だ。少しでもこっちも生存性をあげる必要がある。このアンダーウェアには対刃繊維が施してあるし、ベストに防弾処理もしてある。」
「わ、分かりました。」
渋々承諾してから、ふとある事に気が付いた。
「クエイドさんは着ないんですか?」
「ああ……俺は……」
歯切れの悪い声と、クエイドの複雑な表情を訝しがっているとクエイドは慣れた手付きで別のダンボールから同じようにビニールに包まれた戦闘服を取り出した。
リーサが一瞥しただけでもその戦闘服は先ほどのものとは違っていた。
さっきの戦闘服が迷彩を施してあり、見た目にも普通の繊維と変わらない感じだったのに対して、この戦闘服は黒一色でその光沢から素材が皮で出来ている事も分かった。同じなのはベストだけのように思えた。
「こいつを着る。」
そういうと徐にビニールから服を取り出した。
「皮と対刃繊維の服を合わせて着る事で最高の防御力を手に入れられる。着心地は最悪だけどな。恐らく手に入るものでは最高だ。装備出来る武器も俺好みだしな。」
淡々と語るクエイドの口調を見詰めているリーサにも気付かずに、その戦闘服――いや、暗殺服を見ていた。

シークレットフォース・『ディアボロス』の標準装備。
虐殺・暗殺を主任務とするギルド唯一にして最強の部隊。特務遂行群をモデルとして結成された『ディアボロス』の能力は極めて高い。
恐らく対人戦闘では特務遂行群すら上回るかもしれない。

隠し武器として投剣を装備し、靴の踵とつま先にはエッジが仕込んである。服は体に張り付きその運動性を少しも阻害しない。
人を殺すというただそれだけのために作られた服だった。

そして、これは自身に精神制御を施す。
虐殺という良心の呵責を任務と言う言葉で割り切るための服。
そのための非情な自分を形作るトリガー。


(――もう二度と袖を通す事なんてないと思っていた暗殺服。)
クエイドはその服を表現する言葉を内心で呟き、最後にそう付け加えた。
一年以上触れていなかったその暗殺服の感触に、背筋が寒くなる。
忘れようと思っていた肉に刃が食い込む感触と、血飛沫の生温かさに震えがくる。

(――俺が殺人人形じゃなくなったのかどうか……これで分かる。)
思わず、笑みが零れる。それは苦笑だったのかもしれない。

なろうとしてもなれなかった殺人人形――キリングドール。
人を殺す事にはついに慣れる事が出来なかった人形にもなれないモノ。

そのくせ、サリーナを好きになった瞬間から殺人人形に安易になってしまいそうになる。
近付けようとしていた頃は手に届かない程遠くにあると思っていたのに、今逃げ出そうとしたら、直ぐ側で息を潜めていやがった。

(――逃げられる?)
今考えていた事をもう一度考える。
(……違う。)
そう。違う。
逃げるのではなく、乗り越えるのだ。
力を求めて、それで心が闇に染まったのだとしても力の他にも何かが得られたはずだ。
アザゼル事件から、サリーナと出会うまでの二年間。
それが無駄だったのか、それとも意味ある時だったのか。
試される時がやってきたんだ。

クエイドはリーサの方を向く。
彼女は心配そうに眉根を寄せて、見ている。瞳は明らかに俺を気遣っている。
クエイドは軽く微笑みを形作るつもりで頬を引きつらせた。
「リーサも何か装備を選んでおけよ。」
リーサにそう告げるとネロとラッグスが武器類と格闘している場所へと戻っていった。
リーサは戸惑いながら頷いていた。それが視界の隅に映った。
戻ったクエイドが見たのは装備を選んで待っていたネロとラッグスだった。
重火器だけを異様に選んでいるのではと心配したがそんな事はなかったようだ。
「選んだのか?」
「ああ。俺はこいつにするぜ。」
そう言って地面に並べた兵器を一瞥してその名称を胸中で呟いた。
MK47一丁。
RPG6一丁。
手榴弾が10個。

クエイドはその装備に頷いた。
「OKだ。RPG用の予備弾は相当な数を持っていく。それからプラスチック爆弾も数個頼む。」
「オーライ、任せろや。」
ネロは自信に満ちた笑みでクエイドの言葉に答える。
「ラッグスは?」
「僕はこれですね。」
ラッグスが見せたのは大口径の別名対戦車ハンドガンの異名を取るマグナム7Cと、ネロと同じく10数個の手榴弾だった。
「まぁ、無難な選択だな。だけど、ラッグスもついでにこいつを持っていったほうがいい。」
そう言ってラッグスに渡したのはMK47だった。
扱いはそう難しくないが、マシンガンとしての性能も悪くはない。扱いが慣れていないとしても十分に使える軽兵器だった。
「それからARMSとの交戦が予想されるからな。こいつもついでに持っていってくれ。」
クエイドはそう呟いてから周りを探した。そして目当ての物を見つけるとそれを手に取り、ラッグスに渡した。
「……これは?」
「零式対ARMS銃と対ARMS用携帯ミサイルだ。」
クエイドの言葉に一つ息を吐いてからそれを受け取る。
「クエイド、お前は何か武器使わないのか?」
「もちろん、使うさ。」
クエイドは簡単に答えるとホルスターにしまわれていた銃を手に取った。
ホルスターから抜き取り顔の正面で掲げる。
“テンペスト”
そう銘の刻まれたその銃は師の忘れ形見だった。
武器庫で眠っているその銃はもう数年は目覚めていない。
性能が現在のマシンガンに劣る事も上げられるだろう。だが、グリップに巻きつけた指からは手に馴染む確かな感触を得られた。
「俺はこいつを使う。」
その言葉は皆に呟いたというよりも、師へ呟いた言葉と言えた。



この銃の名は魔法文明への挑戦になった銃の名から取ったものだ。
そう、師が言っていた事を思い出しながら、クエイドは小さな灯りだけを頼りにテンペストを分解していた。
ずっと武器庫で眠っていたので、埃を払う必要があったからだ。
テーブルの上に並べられたパーツを見て、嘆息を零す。
そして、小気味の良い金属のはまる音で思索にふけっていく。

銃の登場によって、魔法文明に勝った訳ではなかった。
銃の攻撃力とその命中精度は明らかに魔法には劣っていた。銃は護身用という程度の意味しか持たず、戦闘の主役は魔法や剣などだった。
銃はその発射構造に置いて当然のように火薬を用いた。熟達していない鋼の鋳造技術と構造論では暴発率・不発率が異常に高かった。
改良につぐ改良によって、暴発率や不発率は僅かながら改善されたが、それでも火力不足は致命的だった。螺旋構造を取り入れ、貫通力と命中精度を飛躍的に向上させた銃も誕生したが、その高コストに見合う程魔法に対して有効な手段には足りえなかった。
だが、魔法を使えない人々は銃に希望を見出していた。
魔法という圧倒的な力に対抗する手段を銃に代表される機械に頼るしかなかった。
そして、ついに機関銃の登場でその地位は覆された。
命中精度の悪さを連射によって補い、尚且つその殺傷能力を飛躍的に向上させた。
機関銃の登場によって、魔法は蹂躙された。
魔法や体術、剣術を合わせた戦闘技能は廃れ、銃の使用を前提にした戦闘訓練へと傾倒していく。暗殺術ですら、銃の力を取り入れた程だった。
魔法が戦争の第一線から離れた事によって、兵器が次々と登場した。機関銃・ライフル・戦車・装甲車・レシプロ機・ガンシップ・巡洋艦・飛空艇・ARMS。
機械は魔法に勝利した。
これによって、一躍機械文明が花開いたのだ。

その引き金を引いた歴史上初めての量産式機関銃テンペスト。
その名を受け継いだ銃を組み立てながら、クエイドは苦笑を滲ませた。
殺人兵器――引き金を引いたら最後、そいつを殺すか殺さないかは運次第。明確な殺人を目的とした鋼の意思。
近いうちに人間の肉体に食い込む事になる弾丸を新しい物に換え、弾倉を銃本体に押し込んだ。
元の形に戻ったテンペストをテーブルの上に置き、クエイドは息を付いた。その銃から視線を外すようにして天井を仰ぐ。

今日ギルドの武器庫からくすねて来た兵器の名前を思い浮かべる。
どれもこれも人の体を木っ端微塵に吹き飛ばす力を秘めた兵器だ。生物を殺すためではなく、機械の体を引き裂くために作られた物なのだから仕方がない。

俺は――殺そうとしている。

そう自分を冷静に分析した。
自身の身を守るためならばこれほどの過剰な兵器は必要がない。
だが、クエイドにはこの手段しかない。
潜入任務の方法論をクエイドは知らない。煙幕などによる欺瞞工作という慣れない手段を用いても自分も仲間も救えない。そう確信していた。
だから、常套手段を用いる。慣れている虐殺という手段を用いる事にした。
そのための訓練なら血反吐を吐いて幾度も繰り返した。

問題はその常套手段を用いつつ、誰も殺さずサリーナを救い出す。
それが可能か否か、だ。

「よう、まだ起きているのか?」
ネロの少し声音を抑えた声にクエイドは振り向いた。
「ああ……そろそろ寝るよ。」
「んじゃ、とっとと寝ろよ。そろっと何だろ?サリーナを助けに行くの。」
ネロは欠伸をかみ殺してから背を向けようとした。
「あ、ネロ……!」
「……?どった?」
ネロの言葉にクエイドは次の言葉をなかなか言えなかった。
ようやく呟いた言葉は自分でも嫌になるほど力ない言葉だった。
「お前は……人を殺す覚悟って奴、あるか?」
その言葉にネロは一瞬無表情になってから笑みを漏らした。そして、何も言わずにクエイドのテーブルに近づいて空いている席に腰を掛けた。
「自分が死にそうになったら普通、相手を殺すんじゃねぇのかなぁ。それを覚悟っていうかどうかは知らねぇけどな。」
「――そうだな、そんなものかもな。」
クエイドは簡単に同意を表した。それを否定しようとは思えなかったからだ。
「おめぇはどうなんだよ?――殺せるのか?」
ネロのその質問にクエイドは答えなかった。
自分の中の答えを伝える事に躊躇があった。だが、それを伝えて否定されたとしても伝えなくてはならない。これから死地で戦う事になる友には伝えなければならない事だった。
「俺は殺せない。誰かを殺すと……俺は俺じゃなくなってしまう気がするんだ。」
その言葉にネロは頭を掻きながらタバコを取り出して火を付けた。吐き出された煙が宙を彷徨った。
「……まぁ、お前が抱えているものが何か分からないから、俺は何も言えないけどよ。トリニティを相手に殺せないまま奴らからサリーナを取り戻すってのは相当な……何つうか、別の意味での覚悟が必要だぜ?」
ネロの言葉にクエイドは苦笑――というより、嘲笑を混じらせて答えた。
「どんな覚悟が必要なんだろうな?いざとなったら殺す覚悟か?それとも自分が死ぬ覚悟か?俺が完全な暗殺者だったらサリーナを救えるのかな?」
「――完全な暗殺者ってのがどんなもんか、想像するしかねぇんだけどよ。もしもお前がそれだったとしたら、サリーナって女は多分お前を好きになったりしねぇよ。」
予想外のネロの言葉にクエイドの表情から嘲笑が消えた。
「さっきお前が言った覚悟だってよ、もしかしたらその両方かもしれねぇし、そのどちらでもねぇかもしれねぇ。ま、お前が決める事だよ。」
クエイドはただ無言でネロの言葉を聞いていた。
ネロがその言葉を終えた所でタバコを目の前の灰皿にねじり付けた。ジャリッという砂を踏み潰したような音を立てて煙が消える。
まるでそれを待っていたようにクエイドが口を開いた。
「――すまない。俺は――正直、俺に出来ない事をネロ達に望んでいる。あんた達に殺して欲しいって願っている。それがどんなに最低なのかを理解しながら、な。」
クエイドは髪を掻き揚げた。
「――いいんじゃねぇのか?」
そういうと二本目のタバコを咥える。
「え?」
髪と右腕で隠された瞳を見る事も出来ずに、ネロは火をタバコに近付ける。沈黙の中で、タバコに火が灯る音が妙に響く。紫煙は吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして、クエイドを見ずにタバコの火に視線を投げかける。
「例えば――そうだな。リーサよりも魔力が強かったら。ラッグスよりも精密に射撃を行う事が出来たら。俺よりも飛空艇の操縦が上手かったら。」
ネロが何を言いたいのかを掴めずにクエイドはただネロの言葉を聞いていた。ちらりとそんなクエイドを覗き見て、最後の言葉をゆっくりと吐き出してから告げる。
「俺達は必要ねぇよ。殺せないってのはお前が背負ったハンディみたいなもんだ。俺だって、魔法が使えねぇ。それと似たようなもんだよ。気にする事なんかねぇよ。」
クエイドは薄く口を開き、ネロを見詰めていた。
衝撃を受けた。だが、そんな事はお構いなしにネロは言葉を続ける。
「俺が魔法を使えねぇからってお前は俺を役立たずとは思わないだろう?そのために武器を与えたんだろう?俺達を頼ったんだろう?だったら、お前も殺せないってハンディを跳ね返す武器を見つけろよ。それが『覚悟』って事じゃねぇのか。どんな覚悟かは知らないけどな。」
そう呟くと半分程残ったタバコを灰皿に押し付けて、ネロは大きく噛み潰す。
「俺ぁ、もう限界。ねみぃから寝るぞ。お前も寝とけよ。」
立ち上がり、蟹股で歩いていくネロの姿を見送りながらクエイドはネロの背中を見詰め続けていた。


(――俺の覚悟――)
この夜、何回も呟いたその言葉を胸中でもう一度呟いた。
ソファで横になってから何度となく呟き続けていた。すでに暗闇に慣れた瞳は辺りを正確に捉えていた。
床には取り出した布団を敷いていびきをかいているネロの姿と静かに寝息を立てているラッグスの姿が見える。奥の寝室ではリーサが自分の使っているベッドで寝ているはずだ。
自分のアパート。久しぶりの我が家。
そんなどうでもいい事ならいくらでも思いつくのに、肝心の答えはこの暗闇よりも暗い闇の深淵に隠れている。その深淵にすら答えはないのではないか、そんな疑念すら浮かんでくる。

誰か――そう、誰でもいい。
その誰かを殺した瞬間に俺は『あいつ』に消され、『あいつ』はこの体の支配者になる。俺の出来損ないの心は木っ端微塵に砕け散る。
そして、あいつは殺し続ける。その何番目かにサリーナを殺す。

クエイドには揺らぎようのない事実として、その予感があった。

そのためには俺は殺さないでいるしかない。
だが、俺には殺すためのありとあらゆる技術が備わっている。そして、簡単に誰かを殺してしまう状況がある。

技術にも負けずに、状況にも負けずに殺さないでいつづける方法。

一つだけ思い浮かぶ事。
それは全てをサリーナのせいにしてしまう事。

サリーナのために。サリーナを守るために。サリーナへの想いのために。
それが一番簡単な方法で、現状に置いて自分を最も保っていられる方法だ。
だけど……

クエイドは何度目かの寝返りを打った。
(罠のような気がしてならないんだ。)
もしかしたら、声になったかもしれない。そう考えてしまうほど強く心に響き渡った。

何の根拠もないその疑惑を否定できる根拠もない。
全てをサリーナのせいにしてしまう事は簡単すぎる……だからこそ、疑惑が付き纏う。
ルークとの戦いで見出した答えさえ、殺意の前では霞んでしまう。
一つの答えとして、ルークに宣言した俺の強さを形作る想い。

“サリーナと二人で生きて幸せになる”

だが、それさえもサリーナを必要とする。
もしも、サリーナが今にも殺されそうな状況になり、尚且つ相手を止めるには殺すしかない状況……そんな状況でも殺さないとは言えない想い。

だけど、確実に自分を保っていられる術はこれしかない。

生きているサリーナと幸せになる――そのためにはサリーナが生きている事が前提になる。
当たり前の事を一から組み上げていく。だけど、それを何度やっても途中で破綻してしまう事も痛感している。何度となく、行ってきた事だからだ。

俺はサリーナと生きて幸せになりたい。
だから、俺はサリーナを殺さない。

ここまでは簡単に組み上げられる。だが、一つの疑惑にぶつかれば途端にバランスを失い。倒壊する。

そう――例えば、サリーナは殺さなくても、別の誰かは殺してしまうかもしれない。
そして、それを繰り返すうちに俺の中のサリーナへの想いは変貌してしまう気がしてならない。ルークの様に。

壊れてしまった『覚悟』を心の闇へと消し去り、クエイドはため息を付いた。何度となく組み上げられずに失敗した覚悟を吸い込んで消してしまう心の闇。満足な覚悟さえ見つけられない出来損ないの心が作り出していると考えると皮肉に思えてしまう。

もう、よそう――そう思った時に、既に意識は睡魔に負けていた。
今言えるのは誰も殺さなければサリーナも殺さない。それだけにすがるしかなかった。

そのための覚悟も、そのための手段も持たないままに。



ニルヴァーナ機関の技術士官の手によって、イーライカテドナル遺跡の装置にサリーナの遺伝子パターンを入力する。
「――さぁ、結果が楽しみだな。」
ラズウェルの言葉に賛同の意味が込められていた。それを知って、ガーランドは微笑んで見せた。だが、胸中で考えていたのは別の事だった。
(空中艦隊を動かすか――ロンダルギア大陸を中心にトリニティ平和維持軍が活発に行動しているな。)
レイラインから得られるそれらの情報に表情には出さずに満足する。
「パターン・グリーン!!」
技術士官の歓喜の声にその場にいた全員から歓声が沸き起こった。ラズウェルは声を張り上げたりはしなかったものの、その拳は力強く握られており口元には無理矢理押し殺そうとしても、現われてくる笑みが浮かんでいた。
「ウィザードリィステルス解除されます!!」
「レーダーから目を逸らすなよ!!場所を正確に掴むんだ!!」
「了解!!」
「レーダー感!!方舟、現われました!!」
「位置、特定!!ノースマル諸島から南に300km!!」
次にラズウェルが指示した言葉でガーランドはレイラインを使って、五竜と神竜に伝えた。
ニルヴァーナ機関部隊を見逃せ。
その魔王としての命令を五竜や、神竜が拒否する事は出来ない。

これで準備は全て整った事になる。
トリニティ平和維持軍とモンスター群の戦争。
クエイドを使って『あいつ』の『本体』を目覚めさせる。
そして、あの娘の願いにチャンスを与えるべく方舟へあの娘を招く。そして、クエイドを。


ガーランドは始めて、不敵な笑みを零した。




 
 
 
 

(Continue)
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