EARTH
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| 第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(4)」 ============================================================= それは突然、起きた。 最初にそれを確認したのは帝国軍ガレリオン洋艦隊所属のエイジス艦のレーダーに現われた。 「レーダーに感!!こ、こいつは……」 「でけぇ!!なんだこりゃ!?」 対空レーダーに現われたその物体は悠然とその威容をレーダーに映し出していた。 「ち、小さな島一つ分は優にあるぞ?!」 「高度7000!!時速30!!」 CIC(戦闘情報センター)はその突然現われた島ほどもある光点に騒然となっていた。 まるで台風のようにゆっくりとした速度で移動を続ける光点に思わず生唾を飲み込む。 そしてそれらの情報はすぐさまブリッジにあげられ、衛星通信によって帝国軍国防省に伝わった。 それを手始めにウィザードリィステルスによって隠されていた方舟が白日の元に晒され、世界各国が騒然となる。 軍事衛星、気象衛星、航空管制、レーダー基地…… 環ガレリオン洋諸国は方舟に騒然となった。 だが、たった一つの組織だけその事実に対して素早く行動を起こした。 準備していたトリニティ平和維持軍が行動を開始する。 キルギスタンクーデターでも出動した空防軍戦略部第2空中艦隊、第3空中艦隊を中心に海防1軍第2艦隊、海防1軍第25戦闘支援航空中隊、第27戦闘支援航空中隊、第28戦闘支援航空中隊等が動き出した。 空中空母3、飛行重巡6、飛行軽巡12の大艦隊がロンダルギア大陸の空を飛んでいた。 海洋では海防軍のガレリオン洋艦隊が洋上を進んでいた。 「――始まったぞ。」 クエイドのアパートの扉を開け、開口一番にカイラスはそう告げた。 その言葉の意味を全身に浸透させるべく、クエイドはゆっくりと頷いた。 「行こう――方舟へ!」 クエイドは低い声音で力強く言った。 その言葉がどれだけリーサ達に力を与えただろうか。恐れがなかったとしたら、それは戦うべきではない。恐れを感じ、それを克服して初めて戦う事が出来る。 (――これでスタートラインには立てたな。問題は……クエイド、お前が覚悟を見つけたかどうかだ。) ラッグスとリーサ、そしてクエイドに視線を移しながらネロは表情には出さずにそう胸中でごちた。 すでに昨夜ギルドから盗んできた兵器類は飛空艇に積んである。準備は抜かりない。飛空艇を飛ばせばどこへだろうと行ける。 「さぁ、行こうぜ。」 軽くクエイドの背中を叩く。クエイドは笑みをネロに向けながら頷いた。 扉の外には青空が広がっている。この空の何処かに方舟があって、そこに―― (サリーナがいる。) 言葉にはしなかった。 心の内でその情念をさらに猛々しく燃やしたかった。 答えは出なかった。 結局は『サリーナと二人で生きて幸せになる』という目標のために戦う事にした。 罠のような気がする。術中にはまっているような気もする。 だけど、今はこれ以外の答えを見出せない。 この答えを強さにするしかなかった。 彼女への想いを胸の内で強くしながら、クエイドは空を見詰めている。 (――やってやるさ。殺す必要なんかないんだ。……あんたはそのために俺に技術を教えたんだろ。) 右の腰に取り付けた師の銃をホルスターの上から軽く叩いた。その銃はまるで言葉を返すように硬い鋼で応えた。 一歩大きく歩み出した。 その様を圧巻と言わずに何と言おう。 銀色に輝く巨大な船体。それが白波のように雲を切り裂いて飛翔している。その数は20隻を超過している。その巨大な空中戦艦の周りにはその数倍の数に昇るガンシップが巡航飛行をしていた。 戦艦が洋上から空中になったとしても、その用途と方法論は変わらなかった。 大火力を空中に置くことで、場所を問わずにロングレンジからの後方支援が可能となった。しかし、今回の任務は状況が違った。 空中に目的地がある事で、支援というよりも前線に艦隊を投入せざるを得なかった。その事に空中艦隊空中空母・旗艦『回天』の艦長は一抹の不安を覚えていた。 だが、その不安もこの空中艦隊の勇士を見れば杞憂に終わるだろうと思い直した。 確かにこれが人類を相手にするのなら事足りるだろう。 現行兵器の概念――特に海、空において――は『先制攻撃・先制撃破』を念頭においている。 エイジス艦に代表されるロングレンジのミサイル群が最もな例だろう。 自分の姿を補足される事なく、その手段すら相手に知らせる事もなく、相手を一瞬で絶命させる。それが攻撃力に特化した現代の戦闘兵器なのだ。 だが、その現代の戦闘兵器とは別種の進化を辿った兵器も存在した。 それがモンスターだ。 射程数百から数千kmというロングレンジと精密攻撃を可能と出来るのは人類が唯一振るえる機械の力があってこそである。だが、モンスターにはその力はなかった。 だから、こそ『生存性』に着目した。 皮膚を強化し、その攻撃力に対抗しようとした。 魔法の力を行使し、ミサイルを無力化しようともした。 個体数を増やし、数によって相手に勝ろうともした。 それらの任意的進化で人類の誇る兵器群の『先制攻撃・先制撃破』を事実上、覆した。 モンスター群が人類の兵器に勝利するには消耗戦に持ち込む事しかない。そう、決定づけた。そして、そのための布石は全て打たれた。 方舟の姿はレイラインにも現われた。いや、明確にはすでに現われていた。 ありとあらゆる索敵手段から身を隠す最強のステルス『ウィザードリィステルス』をもってしてもレイラインから逃れる事は出来なかった。 方舟が姿を現したという事実がレイラインに出現したのを待っていたように突如、広大な森林からモンスターが溢れた。森林から現われた膨大な数のモンスターは空を覆い、線を引きながら方舟を目指した。 死竜山からは次々とドラゴンが舞い上がった。 その力強い羽ばたきで大気を叩きつけ、空を切り裂くように滑空した。 総勢百万のモンスター群が五竜と神竜を筆頭に歴史にその名前を刻みつけようとしていた。 クエイドはアンダーウェアの上に皮製の戦闘服を着込んだ。ベストを着用し、目の前に並べられているスローイングナイフを戦闘服に装着していく。腰に鋼鉄製の鞘に収められた短剣を装着する。 その行為を何の感慨も沸かずに繰り返し、着実に自分自身を暗殺者に構成し直して行く。太股と腰に同様に黒い皮製のホルスターを装着するとテンペストを差し込んだ。 手を握ると皮特有の新雪を踏み潰したような音が鼓膜を振動させる。 乾いたブーツの音を立てて、クエイドは歩き出した。 「準備は終わったか?」 淡々と呟く自分の声に正直、嘆息したかった。 精神制御は著しく自分自身に作用しているようだった。 頭の中が冷えた空気のように鋭さを増している。脆弱な心を頑強な鋼の意思が覆っていた。 「俺らはな。」 ネロはタバコの煙を揺らしながら手持ち無沙汰を紛らわすようにテーブルの上に座っていた。彼の横に置かれている灰皿にはすでに吸い終わったタバコが4,5本はあった。 いつもの陽気な面持ちは変わらないが、服はギルドの戦闘服に変わっていた。 改めて見るとネロは戦闘服が似合っていた。 都市専用の白・黒・茶を基調とした迷彩服のハイネックのアンダーウェアはクエイドが着込んでいる戦闘服の下のアンダーウェアとは違っていた。 クエイドのそれが純粋な対刃繊維による防御力の保持を目的としたのに対して、ネロの着ているアンダーウェアは通気性、防水処理、迷彩など長期間の野外戦闘を主目的としていた。単純に言えば着心地と見た目の問題だろうとクエイドは思っていた。 ネロがその戦闘服を着るといかにも軍人のように見えた。 元々体格もいい方だったし、その落ち着きぶりは戦いなれた軍人のそれに近かった。 ネロから視線を離してラッグスを見る。 ラッグスは戦闘服を着用する事でいよいよ戦闘を意識したのか、無言で椅子に座りクエイドと視線を合わせようともせずただ下を俯いていた。 その様子がそう見せたという訳ではないのだろうが、ラッグスが戦闘服を着てもただの迷彩マニアとしか見えなかった。 「しっかし、この靴には物騒なもんが付いてるな。あんなので蹴られた日にゃ血を見る所じゃねぇぜ?」 ネロの言っている意味が分からずうめく。だが、自身のブーツを見て思い出したように答えた。 「暗器の事か?用途は色々あるから知っておくか?」 「暗器?」 ネロは言葉の意味が分からずにクエイドの言葉をそのまま反芻した。発音が違ったがそれは構わずクエイドは説明した。 「隠し武器の事だ。例えばこの靴のエッジがそうだな。小型のナイフ程度の切れ味はあるし、取り外して投剣として使用する事も出来る。」 「うげっ?!本格的な戦闘使用の服だなぁ。軍隊でだってここまでの服はそうそうねぇってのに。」 (――確かにな。) クエイドは思わず苦笑をしそうになった。そんな自分を制するために右手で自分の口元を隠した。 一般的な軍隊の戦闘服には隠し武器なんてものはそうそう付けられていない。それは戦闘が接近戦ではなく近接戦闘――つまり、数メートルの距離を擁する戦闘が主になったからだった。銃は接近戦では有効にその力を使えない。特にマシンガンなどの銃身の長いものはそうだった。近接戦闘で無力化する事が戦いの恐らく9割を占めるのではなかろうか。 だが、ギルドの任務はその性質上接近戦になる可能性が極端に高い。 銃を使うような任務よりも、己の肉体と技術に頼る任務のほうが圧倒的なのだ。故に、この戦闘服は理に叶っていると言えた。 ギルドは武器に頼る事よりも、肉体の強さに頼る事を徹底していた。武器を扱うのは人だという原則のもと。 それは正論ではあったが、時代錯誤とも言えた。 そんな時代錯誤の組織だから、旧態依然とした虐殺部隊などという物を作ったのかもしれない。毒ガスを使用する部隊などどこの国にいる―― 靴音が耳に入って三人は一斉にその方向を見た。 六つの瞳に晒されたリーサは顔を赤面させて体をモジモジと揺らして立ち尽くしていた。 そんな様子をネロは面白そうに見詰めながら呟いた。 「ヒュー。似合ってるぜ。そんな女に閉め技を喰らいたいもんだぜ。」 厭らしい笑みを浮かべながら、ラッグスに同意を求める視線を送る。ラッグスはそんなネロをやっかみながらも満更でもなさそうだった。 クエイドはそんな二人から視線を逸らして謗らず嘆息を漏らした。 確かに、リーサは似合ってはいた。 女性のギルド派遣員というのも少なくはなかったが、訓練によって強靭になった肉体は男のそれと一見しても分からない程だった。それに比べるまでもなくリーサのそれはいかにも女性を意識させる線の細さが皮膚に密着するアンダーウェアで見て取れた。長い金髪も戦闘を主目的とするギルド派遣員ではあり得なかった。 だが、その似合っているというのは着るべき人が着ているという物ではなく、アンバラスさがそう見せているのだろうと思えた。 「もう!!からかうのはやめて下さいよ!!」 その頼りなさを痛感させる出で立ちと叫び声にクエイドは眉間を抑えていた。 「全員準備完了したようじゃな。」 呻き声のように呟いた一言に全員の視線が集まった。 その視線の中に警戒と嫌悪の色が一つだけ含まれているのに気付いて、その方を向く。クエイドが軽く右足を引いて向けた状態でカイラスを見ていた。 (――戦闘態勢か?) そう内心で苦笑してしまうほどに見慣れた態勢だった。このまま拳を打ち出してきても不思議がないように。 だが、クエイドが打ち出してきたのは拳ではなくたった一言だった。 「ああ。」 低い声音に嫌悪を含んでいる事を除けば満足な答えだった。その答えを聞いてからカイラスは全員に聞こえる程度の声音で呟いた。 「トリニティ平和維持軍よりも最初の問題はニルヴァーナ機関部隊じゃな。トリニティよりは我々の方が早く着くじゃろ、このままならば。」 そう呟いて、ネロの方へ視線を移す。 それに気付いて、ネロはため息を付くと手をひらひらと降って操縦室の方へ歩き出した。途端に居心地が悪くなった事に軽い罪悪感を覚えながらクエイドはカイラスに背中を向け、ラッグスとリーサの方を向いた。 「まだ、時間はあるからそんなに緊張する事はない。テラスにでも行かないか、一緒に。」 珍しいクエイドの提案にラッグスとリーサは顔を見合わせた。 「はい。そうですね。」 「じゃ、行きましょうか。」 口々にそう答える二人に相槌で答えて、カイラスの横を通り過ぎた。 まるで眼中にでもないというように視線すら合わそうともしなかった。だが、そう自分が感じている事に胸中で毒づいた。 (そう感じている時点で意識してるって事なんだよな。) そんなクエイドの胸中を察したように背後からカイラスが鼻で笑った声が聞こえた。それを無視して甲板へと続く通路を歩いた。 前面に強化ガラスが厚く張られているテラスの風景に二人が息を飲んで、ため息を付いたのを背中で感じた。飛空艇の下部……ブリッジを人の頭に例えるなら丁度腹の位置にあるこのテラスはある意味ブリッジよりも外がよく分かった。 「……素敵……」 思わずリーサが声に出して呟いた。 ネロの船とは思えぬ程そのテラスの趣味は良かった。淡い色をふんだんに取り入れた壁や、質の良い調度品はそこらのホテルなどよりもよっぽど居心地がよかった。 雲の切れ間から一瞬海が見えるとリーサは子供のように無邪気に笑ってガラスの方へ向かって小走りに駆け出した。 そんな様子が少しサリーナを思わせてクエイドは微苦笑を漏らした。 「……あの、そろそろ聞いておいた方がいいと思うので聞きたいのですが……」 ラッグスの聞かんとしている事を予測して、短くうめいた。 それを承諾と取ってラッグスは無邪気に外を眺めているリーサに視線をやりながらクエイドに聞こえる程度の声音で呟いた。 「――あのカイラスって人、何者です?」 質問の予測は最初から分かっていた。だが、その質問に答えるべき解をなかなか口には出来なかった。 獣魔術士 自分を駒として扱う者 役立たずの殺人鬼 どれも解としては不十分だと理解して一番適当だろう言葉をようやく思いついた。 「今は敵じゃない――だけど、絶対に味方じゃない。そんな奴さ、あいつは。」 「そんな人に頼らなければ無理なんですか?」 不服そうに尋ねてくるラッグスに苦笑を漏らす。 「頼っているわけじゃないさ。むしろ頼っているのはあいつの方だ。俺達――俺はそれを拒否出来ない。」 「何故?」 クエイドは静かに嘆息した。今度は明確に答えが分かったがそれを口に出すべきかどうかで思案した。そして、初めてラッグスの方を向いて苦笑を滲ませた。 「これからサリーナを助けようってのに、全滅する訳にはいかないだろう?」 声も出せずに驚いているラッグスを労うように、微笑を残してクエイドはリーサのいるガラスの方へと歩き出した。 「あ、クエイドさん。私、飛空艇ってこんなに素敵だとは思いませんでした。」 クエイドに気付いたリーサが満足そうな笑みでクエイドを迎えた。 「全部の飛空艇がこんな感じとは思わない方がいい。」 少しリーサががっかりさせるのではと思っていたが、クエイドはリーサにそう告げた。 「そうなんですか?」 「ああ。ブリッジや甲板以外からこんなに外を見られる飛空艇なんて俺も乗ったの始めてだ。輸送飛空艇なんかで行く場合は窓すらないまま目的地に付いてしまうからな。」 クエイドは空を眺めながらそう呟いた。 リーサはそんなクエイドを見詰めていた。 彼は空を見ている――恐らくは自分自身さえそう思っているのだろう。だけど、きっとその先にある目的地を見ているのだろうと思っていた。 彼の全身の大部分を覆っている戦闘服。その服を彼が手に取った時、躊躇のような瞳でそれを見ていた。それは畏怖だったようにリーサには思えた。初めて会った頃のような人形のようなクエイドに戻るのではという危惧があった。 だが、そんな心配は無用のようだった。 彼の瞳はちゃんとサリーナを見ている。彼女を忘れてはいない。彼の瞳の中で隠れようとしている優しさが見えて、リーサは安堵の吐息を漏らした。 「――サリーナさん、助け出したら紹介して下さいね。」 「え?」 予想もしなかった言葉にクエイドは思わず驚いたままの表情でリーサの顔を見た。リーサは優しく微笑んでいた。クエイドはバツが悪そうに頭を掻くと視線をリーサから外して照れ隠しのように呟いた。 「紹介する必要なんてないよ。多分、すぐに仲良くなれる。そういう奴だから。」 「はい。」 リーサは嬉しそうにそう答えた。 何よりもクエイドの口からサリーナという人がどういう人なのかを聞けた事が嬉しかった。他人に無関心で、人が傷つく事にも無関心に思えた昔の彼とは明らかに違う彼がそこにいた。 クエイドを変えた少女にあってみたいと思った。そして、友達になりたいと思った。色んな事を話してみたいと思った。 クエイドから視線を外して、彼と同じように遠くにあるはずの方舟に視線と思索を巡らせた。 彼女を助けたいという気持ちが強くなるにつれ、恐怖よりも何か――そう、勇気が沸き起こってくるのを感じていた。 それは、とても心強い感覚だった。 「サリーナさんと一緒にここから景色を見たいな。その時はクエイドさんも一緒に。」 リーサの提案にクエイドは笑みを浮かべた。それは実に自然な笑みだった。 俺も――見たいと思った。サリーナと一緒に。 それを表情が自然と現したのだと思った。 無邪気にはしゃぐサリーナを呆れながら、でも微笑ましく見ている自分の姿が想像出来た。 「そうだな。」 自然と口を突いて出た言葉は同意を表す言葉だった。 空の先に――サリーナが待っている方舟が見えた気がした。 もう……理解した?
その地の底から響くような声にサリーナは瞳を開けた。 暗闇に浮かぶ自分自身と瓜二つの少女がそこには立っていた。 「あなたが私の夢に出てきたお姫様だって事?」 サリーナの問いにその少女は頷いた。 そして彼が……クエイドだという事も?
サリーナは頷いた。滑稽だとは正直思った。 だけど、夢の中で出てきた騎士は……クエイドに似すぎていた。 「あなたは私とクエイドの……前世?」 突拍子もない質問ではあった。だけど、サリーナにはあの夢の中の出来事が過去にあった事なのだと自然と確信出来た。まるで思い出のように。 そうね……そう言えるかもしれない
正確には星の遺伝子に組み込まれた情報から構築された存在 あなたは私と彼を元に再構成された 「……意味が……分からないよ。」 サリーナは頭を振った。 「あなたとクエイドから私が作られた?可笑しいよ、そんなの。だって、私のお母さん……私の本当のお母さんと私は瓜二つなんだよ?髪の色や瞳の色は違うけどそっくりなんだよ?」 サリーナの懸命な訴えに少女は悲しそうな色を瞳に讃えて優しく呟いた。 ごめんなさい
上手く言えないの だから自分で知って そう呟いて少女の体から閃光が溢れた。瞳を焼くような強い光は少女の姿を消し、サリーナの周りの暗闇さえも白く溶かした。 (……!) サリーナが瞼の裏の眩い閃光を感じなくなり、ゆっくりと瞼を開けた時、そこは王宮のような所で何人もの騎士達が剣を打ち合っていた。 「……これは……」 呆然として呟いたその時、怒号と共に一人の騎士がサリーナに打ちかかってきた。 思わず瞳を閉じて体を丸めた。 しかし、そのサリーナの体をまるで幽霊のように通り過ぎていった。後ろを振り向くと別の騎士と剣を交えていた。 「……どうなってるの……?」 (これは星の記憶。レイラインに納められている約8000年前の記憶。) サリーナの内側に響いてくるその声はサリーナに似た少女の声だった。 「星……?記憶……?」 サリーナは周囲を探すが少女の姿はどこにもなく、騎士達が怒号と共に剣を打ち合っている様しか見えなかった。 (星の情報ネットワーク『レイライン』。1万2000年前の世界大破壊の後に星が来るべき時のために用意したものだよ。人類とある存在を監視するために。) その声は優しく説明してくれているようだったが、混乱したサリーナの頭では上手く理解出来そうもなかった。周りを見渡すと見た事のある風景だった事にようやく気付いた。 「この場所……方舟って呼んだ場所……?」 (そうだよ。この時……地上国は精鋭の騎士を方舟本国に潜入させたの。彼らには余力がなかった。これ以上の戦争の維持は破滅を意味していた。だから、方舟本国を強襲した。彼らはね、最初から死ぬつもりだったんだよ。もう、ここが死に場所だって決めていた。) 「そんな?!」 サリーナの悲哀の叫びに心を痛めているように、かつてここで死んでいった騎士達を悼むように静かな声音で少女の声が響く。 (彼らが方舟王室に攻め入ったのは陽動でしかなかった。本当の狙いは『神の槍』と呼ばれた対地兵器だったの。それを破壊しければ勝ち目はなかったから。だからこの騎士達は自分の命を捨てる決意をしていたの。) 「うわぁぁぁっぁぁぁ!!!」 その悲壮な叫び声にはっとして振り向いた。黒髪の騎士が振りぬいた剣の一撃で騎士の腕が切り裂かれた。サリーナの視界が一瞬にして紅蓮に染まった。その血はサリーナに降りかかる事はなく、体を透けて床に鮮血を描いた。サリーナが悲鳴を上げる前に別の騎士によって、その黒髪の騎士の胸から剣が突き出た。その赤く濡れた切っ先を凝視したままサリーナは跪いていた。両足が体を支える事を拒否したように立ち上がる事が出来なかった。 「モグラ野郎がっ!!」 「ああっ……ぐ……おおおおおお!!!」 黒髪の騎士は最後の力を振り絞るように剣を自分の胸目掛けて突き立てた。その剣は肋骨を砕き、内臓をグシャグシャに裂きながら、標的目掛けてその銀線を伸ばした。胸に柄の当たりまで潜り込んだ剣は後ろにいた騎士の心臓を貫いていた。 目の前で崩れ落ちた黒髪の騎士はサリーナの膝のすぐ近くで弱々しい呼吸で蹲っていた。 「……あっ……」 震える指が彼に伸びるが、指は透けて彼に触れる事さえも出来なかった。 騎士は瞳から涙を流して血を吐きながらくぐもった言葉を必死で紡いでいた。 「……母さん……ジェ……チカ……さみぃよ……怖ぇ……よぉ……」 さっきまでの猛々しい瞳とはまるで別人のように彼の瞳はまるで子供のように怯えていた。 皮膚の色が土の色に変わり、顔面は血の気を失って真っ青だった。 彼の口から息が漏れ……紫に変色した唇が微かに震えてもう動かなくなった時、彼の瞳はもう瞬きすらしていなかった。 「……なんで……」 言葉にもならなかった。失われていく体温すら感じる事無く、しかし明確な死を目の当たりにしてサリーナは全身をガクガクと震わせた。止め処なく心の奥底からわき上がる恐怖と悲哀に体を雁字搦めにされ動けなかった。 (……行こう。……あなたは知らなくてはならないの。何故、あなたの中に私が存在するのか。何故、クエイドとあなたは愛し合い、そして不幸にならなければならないのか。クエイドが……世界を破滅させる者になってしまった全ての原因がこの先にある。) 地の底から響くように悲しいその声を聞きながら、騎士達の挙げる声が心を貫く。 叫び声・怒号・剣戟……全ての音が遠くなっていくような感覚にサリーナは襲われていた。 「……クエイドッ……」 震える唇を噛み締めた。震える体を精一杯の気力で立ち上がらせた。 「私は……知るよ。ここじゃ……私は誰も救えないっ!」 悲しく認めた。認めたくなかったけど、認めるしかない。諦めにも似ていた。 だけど、諦めが別の物になっていた。 ここでは誰も救えない。でも、クエイドは救える。救いたい。 その思いだけで気丈にサリーナは立ち上がった。 そして、サリーナは駆け出した。 不思議と迷う事はなかった。何処へ行けばいいのか、まるで分かっているようにサリーナは走り続けた。所々騎士同士が戦っている様を見てはいたが、構わずに走り続けた。 そして、巨大な空間に出た。 「ここは……?」 そこは本当に広い空間だった。ドーム状で壁は材質のわからない黒い石のようなもので組み上げられているようだった。明らかに自分が今まで見てきた場所とは違っていた。 そして、中央に光源が一つあり、その周りに数人の人がいるようだった。 (方舟本国が回収した星の意思が具現化したエネルギー体……星の意思を刃に変える聖剣……) 「聖剣……?」 サリーナはその光源を見詰めた。それはどう見ても剣には見えなかった。 光り輝く球体のようにしか見えなかった。 (聖剣のもう一つの形――『黄金の杖』) 「……黄金の杖……」 (聖剣は持つ者と一体化する事によって、星の意思に接触出来るんだよ。レイラインに触れる事が出来る。レイラインを書き換える事だって、抹消してしまう事だって出来る。でも、それを行うには途方も無い程の制御能力が必要になるの……でも、あの人は書き換えた。) 「……あの人……?」 「いけない!!それを使う事だけはあってはならない事です!!」 聞き覚えのある声にサリーナはその光の中心を見た。光源の周りには数人の騎士に守られている宮廷魔導士と私に似たお姫様がいた。 「……姫……『神の槍』を使用出来ない以上はもうこれを使うしかないのです。神の御力を知らしめる聖剣を用いるしか!!」 姫は激しく首を振った。 「聖剣を扱えた者は今まで誰一人いません!!」 その叫びは悲鳴にも似ていた。頑なに拒むその態度に宮廷魔導士は失笑を零した。 「……所詮は妾の子か。貴方に祖国は救えない!!私の愛さえ受け入れない貴方にはもう用はない!!私が……私しか救えない!!」 宮廷魔導士はそう叫ぶと姫の細い腕を掴んだ。 「離して!!」 無理矢理その手を振り解こうとするが宮廷魔導士は離そうとはしなかった。 「聖剣はその望みを全て叶えると言う!!ならば、私は祖国を救い、貴方も手に入れてみせる!!クックック……ハハハハハハハハッ!!!」 宮廷魔導士の瞳には狂気の炎が宿っていた。それがサリーナにもはっきり分かり、思わずたじろいだ。 (宮廷魔導士アデルヴァード……彼はこの時代の魔導士としては最高の魔導士だった。でも、力に溺れて……力が自分を孤独にしている事に気付けなかった……彼は……私を好きだった。でも……私はそれを知っていても応えられなかった。) 「離して!!私は……私は……!!」 「姫を離せ!!」 サリーナが振り向くとクエイドが漆黒の鎧を纏っていると勘違いするような騎士が息も荒くその場に現われた。手に持っている剣は血で紅く光っていた。その側には同じように剣を握った少女がいた。サリーナよりも華奢とさえ言えるその少女の容姿は長い黒髪で、その服装は鎧のような重装備ではなく、戦闘服のようだった。 「クライド!!」 姫の騎士――クライドを呼ぶ声は助けを求めるものではなく、再会を喜ぶ声のように思えた。 「サリシアーナ!!」 クライドは叫び、サリシアーナの元に駆け寄ろうとした。しかし、その前に三人の騎士が立ち塞がった。持っている剣の濡れた輝きがクライドの足を止めた。 「くっ!!」 クライドは剣を構える。しかし、その視線はサリシアーナを追っていた。 「セーラ、こいつらを頼む!!俺は姫を……サリシアーナを助ける!!」 「了解、マスター。」 セーラと呼ばれた少女はサリーナの目に僅かな残像だけを残して騎士たちに斬りかかった。 「『エレハイム』か?!」 「エレハイム一人で騎士三人に勝てるとでも思うのか?!」 騎士はセーラの剣を受け止め、斬り返す。だが、彼女は巧みに後ろに逃れる。まるで自分の体重を感じさせないような動きだった。 「……ほう。貴様か……『出来損ないの天翔騎士』とは……」 アデルヴァードの見下した視線を鋭い瞳で跳ね返し、クライドは怒りを押し殺し、静かな声音で呟いた。 「……サリシアーナ姫を離せ。」 「分かっているのか?一介の騎士が私に楯突く事の意味を。これは重大な国家反逆罪だぞ?」 「そんなの関係ない!!」 声を荒げて叫ぶ。怒りを瞳に称え、切っ先をアデルヴァードに向けた。 「俺は……俺は兵士じゃない!!俺は……姫の……サリシアーナだけの騎士なんだ!!」 クライドはサリシアーナに視線を移すと笑みを作った。それは精一杯の強がりの笑みにも見えた。サリーナの心の何処かが痛んだ。その理由を瞬時に理解した。その笑顔はクエイドが心配させないように微笑む、あの悲しい笑顔にそっくりだったからだった。 「……いいだろう。魔導士の恐ろしさ、存分に味わうがいい!!」 サリシアーナははっとして叫んだ。 「逃げて!!アデルヴァードには勝てないよ!!」 その声が届く前にクライドは動いていた。騎士の超人とも思える凄まじい脚力で地面を思い切り踏みだし、サリシアーナを掴んでいる腕目掛けて一閃させる。騎士の力を用いれば容易な事だった。 しかし、アデルヴァードの掌から閃光が放たれ、それが視界を焼いた瞬間凄まじい熱線を感じた。 「くっ……」 クライドは起き上がり、自分がさっきまで居た場所を見た。床が赤色し、融解していた。化学薬品が焼ける臭いに思わず顔を顰める。 「……これが……魔法……」 ぞっとした。もう少し判断が遅れていたら回避する事は不可能だった。アデルヴァードの感の障る哄笑が巨大なドームに響いた。 「騎士と魔導士の格の違いを思い知ったか?!騎士が力を誇った時代は終わったのだ!!これからは魔導士こそが最強の時代なんだよ!!」 「――そうだ。騎士が力を誇った時代なんて終わった方がマシなんだ。」 クライドは淡々と呟いた。剣を握る手に力が篭る。柄を握り潰すほど力を込め、音を立てる。 「騎士は……力を持った超人が騎士なんじゃない。たった一人……そう、たった一人仕える主君を持って始めて騎士になるんだ!!」 壮絶な形相で叫ぶクライドにアデルヴァードは僅かに臆した。彼から放たれる闘志と怒気は有り余る力の差を容易に埋める程だった。 「俺は……サリシアーナの騎士、クライド・ロロノアーツだ!!」 クライドは両手で剣を握り、大きく一歩を踏み出した。 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「消し飛べぇぇぇっ!!」 アデルヴァードから放たれた光刃をクライドは見えていた。だが、まるでそれが見えていないように突き進んだ。あいつは今、恐怖している。臆している。この一瞬しか勝てる瞬間がなかった。あいつの胸に剣を突きたてる。その瞬間だけを想像してクライドは翔けた。 光刃はクライドの左腕を一瞬にして切り裂いた。切断された左腕が吹き飛び、細切れになる様をサリシアーナはその瞳で確かに見ていた。そして次の瞬間、振り下ろされた剣がアデルヴァードの右腕を切り裂いた。 「うわぁぁっぁぁぁぁっぁあぁ!!!」 喉から迸った絶叫はまるで腕から溢れ出る鮮血の痛みを代弁しているかのように、途切れる事無く木霊し続けた。クライドは体勢を崩して倒れ込んだ。彼の失われた腕からも同じように血が溢れでていた。 サリシアーナは思わずたじろぎ、よろめいた。だが、クライドの腕から溢れ出る血が床を赤く染め上げているのに気付いた時、まるで倒れ込むようにクライドの側に寄った。 「クライド!!クライド!!」 溢れ出る血を止める手立てすら思いつかずに泣き叫んだ。それしか出来なかった。憔悴しきったクライドの瞳がサリーナを見つけた時、彼は壊れた人形のように不器用な笑みを作った。 「ふ……不出来……な、騎士じゃ……これが……限界かな?ご……ごめんな。」 サリシアーナは必死に首を振った。そして、涙を拭いもせずに必死で微笑んだ。 「最高の騎士だよ。私の……私の一番誇りある騎士だよ。」 サリシアーナは精一杯の気持ちを込めて、彼に呟いた。血で汚れた彼の手が震えながら伸びて来た。サリシアーナはその手を強く握った。弱々しかったが握り返されるその手の感触に微笑みが崩れそうになる。 「あれ……俺、言ったけ……サリシアーナの事……愛してるって……」 クライドは力なく笑いながら、サリシアーナを抱き締めた。右腕だけだったけど、それだけで十分だった。 「……うん。言ってないけど知ってたよ……」 サリシアーナは笑った。彼だけが自分の本当の笑顔を見つけてくれる事を知る事が出来た。彼の前でしかそんな風に笑えない事を知った。 彼は自分を強くしてくれる。優しくしてくれる。そして、彼を大切にしたいと思う。 そして、気付いた。それが……愛なんだって…… 「殺してやるぅ!!!破壊し尽くしてやる!!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 アデルヴァードの絶叫にクライドは痛む体を無理に起こした。彼の左腕から溢れ出る夥しい血を見て、彼を止めようとするがそんなサリシアーナをクライドは制した。 アデルヴァードの体から現われた幾つもの黄色に輝く球体がドームを所狭しと踊り狂うように飛翔した。その球体の一つがセーラと戦っていた騎士の一人に触れると騎士の体が一瞬にして炎に包まれた。 「うぎゃぁぁっぁぁぁぁぁっ!!」 騎士は火達磨になりながら、転げ回った。しかし、それでも炎の勢いはまるで衰えずにまるで蝋人形のように皮膚がドロリと削げ落ちた。肉が焼ける臭いとその壮絶な様にサリシアーナは思わず顔を背けた。 「こ、こんな所にいられるか!!」 「に、逃げろ!!」 残った二名の騎士は騎士の命である剣を投げ捨てるとその場から我先にと見苦しく逃げ出した。 「……天翔騎士も地に落ちたな……」 クライドは吐き捨てるように呟いた。 「殺してやるぞ!!」 アデルヴァードの怒号と共にクライドとサリシアーナは吹き飛ばされた。悲鳴さえも掻き消され凄まじい衝撃にサリシアーナは体を幾度も打ちつけながら地面を転がった。 「くっ……」 サリシアーナが顔を挙げた瞬間、クライドの右腕が千切れ飛んでいた。 「うわぁぁっぁぁっぁぁ!!」 「いやあぁぁっぁぁっぁぁっ!!」 サリシアーナの悲鳴の中でアデルヴァードはクライドの喉を締め付けながら凄まじい力で持ち上げていた。そして、狂気の笑みをサリシアーナに向ける。 「……姫。私がアレを使える事を証明して挙げますよ!!」 そう言うとクライドを光り輝く球体に向けて投げつけた。クライドがその球体にぶつかった瞬間彼の回りに魔術文字が幾つも現われる。 「そんな?!『書き換え』が行われるというの?!」 サリシアーナの驚愕の声と共にクライドの体が魔術文字に犯されていく。 「くははっはっ!!貴様だけは、貴様だけは許さん!!地獄よりも恐ろしい、おぞましい運命をくれてやる!!お前は何度でも転生する!!その度にお前は地獄の苦しみを味わうのだ!!誰もお前を愛さない!!誰もお前を必要としない!!お前は必ず不幸になるのだ!!くははははっ……がはっ……!!」 アデルヴァードの哄笑を止めて自分の胸を見た。見慣れないものが胸から生えていた。銀色と血の色の細い太刀。左手を胸に当てると掌全てを真紅に染め上げるほどの血が溢れ出ていた。 「よくも……マスターを……!!」 「くっ……『エレハイム』如きに……だが、もう『書き換え』は完了した!!」 「死になさい!!」 セーラはそのまま両手で剣を振り上げた。騎士と同等の超人的な力で体を両断され、もうその耳障りな哄笑を挙げる事は永遠になくなった。 「……サリシアーナ……」 クライドは自分の体を見詰めていた。不思議に痛覚が全くなかった。両腕を確かに失ったというのに魔術文字によって再構築された腕は確かに自分の意思で動かせた。 「クライド!!」 痛む体に構わずサリシアーナはクライドに駆け寄った。彼に触れようと手を伸ばすが、クライドが叱責する。 「触るな!!サリシアーナまで巻き込まれる!!」 「……クライド……」 サリシアーナの表情を見て、クライドは苦笑を漏らした。 「……ごめん。俺……もう、サリシアーナの事……守れそうにないよ……」 サリシアーナは首を振った。何度も、何度も首を振った。その答えを受け入れられなかった。クライドは笑みをサリシアーナに向けてからセーラの方を向いた。 「セーラ……マスターとしての最後の命令だ。サリシアーナを守れ。この命令の完了と同時にお前のマスターはいなくなる。」 それはエレハイムにとって、マスターを失う事を意味していた。マスターを失ったエレハイムは新たなマスターを探す段階に入る。セーラはその意味を正確に理解して、だからこそ首を振った。 「私のマスターはあなただけです!!死なないで下さい、マスター!!」 セーラの瞳からは涙が零れていた。考えてみればセーラが泣くところを見た事などこれが始めてだった。いつも冷静だったセーラが泣く姿を見ることになるなんて想像もしていなかった。クライドは苦笑して、頼むとだけ呟いた。 クライドはサリシアーナを見た。 華奢な少女だと改めて思った。白い肌……細い体……大きな碧色の瞳……低い鼻……小さな胸……冷たい手……一つ一つの彼女を形作っている要素を見ながら、それを脳裏に焼き付けるように丹念に見てからクライドは優しい声音で呟いた。 「サリシアーナは碧色の瞳を嫌ってたみたいだけど……俺は大好きだった。優しい、温かい色だとずっと思ってた。地上にはサリシアーナの瞳と同じ色の森で覆われているんだ。すごい綺麗で……一緒に見たかったな……」 「一緒に見ようよ!!私も見たいから……クライドと一緒に、笑いながらその森で手を繋いで見たいから、だから!!」 「俺の腕、もうないよ?」 クライドは子供を少しからかうように魔術文字で埋め尽くされたまるで人形のような腕をひらひらと振って見せた。魔術文字はもうクライドのほとんどの部分を埋め尽くしていた。 「俺、サリシアーナの事、心配なんだよ。ほら、サリシアーナは寂しがり屋で、甘えべたで、笑顔が下手で、優しくて……少し怒りっぽくて……温かくて……いつも、いつも……俺の名前、呼んでただろ?」 クライドの笑顔が崩れ出して、涙でぐしゃぐしゃになってきた。それでもクライドは必死に言葉を紡ぎ続けた。一言一言話す毎にサリシアーナと過ごした日々が思い出された。その思い出を思い出す度に切なさで体が震えた。 「俺……もういなくなるんだからさ。しっかりしなくちゃ。」 「いなくなるなんて言わないで!!クライドは……私の騎士なんでしょ?!私だけの騎士なんでしょ?!私の側にいてよ!!私はここにいるよ?!」 「……ごめんな。俺も……サリシアーナの騎士でいたかった……ずっと一緒にいたかった……ありがとうな……俺、サリシアーナの事、大好きだった……」 そう言うとクライドの全ての部分が魔術文字になり、その魔術文字は光の球体の中に吸い込まれていった。 「……クライド……」 クライドは……笑ってた…… これから自分がどうなるのか多分分かってる……それでもクライドは笑った。私に心配かけないように。自分は平気だって、心配するなって言いたくて……笑った。 「クライド……っ!!」 拳を握り締めた。爪が掌に食い込む程力強く握り続けた。私は……私は…… 「……お願いがあります。」 その抑揚のない言葉にセーラは思わず声を漏らした。 「もしも……ここにクライドと私が来たら助けてあげて。私……クライドを必ず助けるから。」 「え……?」 困惑するセーラに微笑むとサリシアーナは輝く球体……『黄金の杖』に触れた。そして、『書き換え』を試みてみた。成功する可能性なんて、本当に微々たるものだと思っていた。それでもそうするしかなかった。クライド一人を地獄のようなところに行かせる事なんてどうしても嫌だった。 だから、私も……自分に出来る精一杯の事をしようと思った。 (『書き換え』……星の遺伝子に介入して、運命を作り出すプログラム……私はそれをプログラム『フェイト』と呼んだ。そのプログラムによって再構築されたクライド……それが今のクエイドなの……) 「……じゃ、私は……?」 サリーナは黄金の杖によって、プログラムになっていくサリシアーナを見詰めながら呟いた。蛍光塗料のように淡く輝く魔術文字はサリシアーナの体を蝕んでいく。人間を構成している肉・血・骨格が生命の死という過程を辿らずに、腐敗という処理を通さずに星へと還って行く。 (『書き換えた』不完全な運命を殺すプログラム『EARTH』から再構築された私と『フェイト』によって再構築されたクライドの持つ私についての想い出……その両方の特性を備えた存在が……あなたなの。) まるでため息を付いたかのように間があく。 (プログラムは運命を作り出せる。それが現実として可能となり得るあらゆる要素を構築していく。矛盾があれば修正し、可能となり得る事象を変移させる。あなたの母親があなたと似た姿をしていたのも……) 「プログラム?」 (そう。でもプログラムも完璧じゃない。特にあなたは。クエイドは完全なプログラムだったからクライドだった頃の記憶が具現化する事はほとんどないけど、あなたは不完全なプログラムだったからサリシアーナだった頃の記憶が頻繁に蘇る。それにプログラムとして星の遺伝子の中に混在した時にアデルヴァードによって仕組まれたプログラムの結末も垣間見ている。だから、私は運命が生き続けた場合にどういう結末を辿るのかを知っている。不完全だからこそ、こんな利点もあったの。) 「あなたは運命を変えたいんだね……」 サリーナは呟いた。力の篭っていないその言葉は不思議と自分の心の奥底まで容易に到達出来た。 (……クライドが……ううん、クエイドが破滅の引き金を引くのを知ってしまったから。それでどれだけ彼が苦しむのかも。だから、最初はあなたがクエイドと愛し合わなければいいって思ったの。でも……やっぱりそれは無理だった。あなたは『フェイト』の中にすでに組み込まれていたから。それに、何よりもあなたも私もクエイドを愛していた。) 「うん……そうだね。」 彼女……サリシアーナに嫉妬の目を向ける事はもうなかった。彼女はもうすでにサリーナという人間と一つになり始めていたからだった。 (運命が生き続ければ……サリーナ……あなたは死ぬ。) 「うん……何となく、そう思ってた。」 その言葉はショックから出た言葉ではなかった。 クライドとサリシアーナのやり取りを見ていて……確信した。 サリシアーナがクライドを失う事を恐れたように……クエイドは私を失う事を恐れていた。私がいなくなったら……死んでしまったらクエイドはきっと自分を責め続ける。だからこそ、絶望の中で破滅の引き金を引いてしまう。そう確信出来た。 (そう……あなたの死がトリガーなの。それがアデルヴァードの仕組んだ悲劇のプログラム。そして、それに組み込まれた存在がもう一つある。クエイド・サリーナ・クライド・サリシアーナ……そしてもう一つの存在が今もクエイドを苦しめ続けている。本当だったらそんな存在が組み込まれるはずがなかった。でも、レイライン上での事象変移でプログラムにそれが組み込まれた。まるで、星が望んでそうしたかのように。) 「……ガーランド?」 (……違うよ。彼はプログラムにはほとんど関係していない。魔王や各国政府や軍隊なんていう悲劇の規模が世界規模にまで広がってしまった諸悪の根源がクエイドの内側に宿っている。それがきっと……あなたがクエイドを救う上で最後の壁になると思う。) 「……誰なの?」 サリーナは神妙に尋ねた。恐怖はなかった。使命感もなかった。 強くなろうとする想いだけが彼女にその言葉を呟かせた。その名前を知った瞬間に本当の意味での戦いが始まる事を知るために。運命に対して、宣戦布告をするためにサリーナはその宣誓を唱えた。 (……かつて世界大破壊を引き起こした者……魔王は……ガーランドはそれをこう呼んでいる……) 『NOVA』
(Continue)
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