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第一章「魔王現われ 謀略始まる(3)」 ============================================================= サリーナはクエイドと別れた後、自室に戻った。 カーテン、家具、置いてある小物、ベッド等から女の子の部屋であるといったことを読み取るには十分過ぎるぐらいだった。 村を出るために必要なものをカバンに詰め込む。 ふと、写真立てに目が止まる。 自分とほとんど変わらない姿の少女が笑顔をふりまいて写真に写っている。 大きな瞳、くったくのない無邪気な笑顔、華奢な体。白いワンピースが少女にとてもよく似合っていた。 ただサリーナとこの少女の違うところは幾つかあった。写真の少女の髪はサリーナの茶色とは違い流れる黄金色の川のような金髪で髪の長さも違った。サリーナの髪の長さは肩に届くかどうかというぐらいだがこの少女の金髪は長く、風になびいている髪は光りを乱反射させて本当に奇麗だった。 そしてもう一つの違い。それは瞳の色だ。 サリーナの瞳がどこまでも深く吸い込まれるような碧眼なら、その少女の瞳の色は母なる大海を思わせるような蒼い瞳だった。 (そういえばあの人…クエイドだったけ。) 母のその深い優しさを忍ばせた蒼い瞳を見て、さっき会ったギルド派遣員の事を思い出す。 母と同じ蒼い瞳を持つ若い、『美しい』という形容が似合うギルド派遣員… (……でも) サリーナはクエイドの顔を思い出して思わず、身震いする。 彼の瞳の『蒼』は母の『蒼』とは違い、氷の世界…全てのものを凍てつかせる静寂の瞳だった。その蒼い氷の視線は全てを見透かし、全てを凍てつかせ、そして、全てを拒絶しているかの如く… (笑ったりしたら、すごくかっこいいのにな…) そんな事を考えながらサリーナは身支度を再開した。 全てを凍てつかせるクエイドの蒼い瞳もこの少女の前では少しばかりの効力しか発揮できないようだった…。 クエイドは足早に他のギルド派遣員たちが待っている広場に向かっていた。時間にはまだかなりあるがする事もないし、何より集合時間に自分が遅れるような事はごめんだった。 奇麗な並木道の舗装された道路を右折すると、広場が目に入った。他の派遣員たちは全員いるようだった。 クエイドに気づいたビッグスが思案したように一瞬口元に手をやって、クエイドに声をかける。 「…遅かったな。何か問題でもあったか?」 そう聞いてくるのも無理はない。 さっき、あの分からず屋の村長に苦戦を強いられた彼にはその可能性がまず頭に浮かんだのだ。 「…いえ、問題はありません。遅れて申し訳ありません。」 改まったクエイドの口調に少し驚いたビッグスだがそれ以上何も聞こうとは思わなかった。 クエイドは時折、こういった丁寧な返答を返す時がある。しかも、何の感情もふくまずに。 それが彼をさらに『人形』に見えさせる。 普通のギルド派遣員は一応クラス分けがされているとは言え、さほどクラスに差別というものはない。別にクラスの上下に階級等の差別はないのだ。しかし、クエイドはこういった口調になってしまう。それはつまり…彼が『普通』の派遣員ではない事を意味していた。 集合時間の15分前くらいになるとさすがにぞろぞろと民間人が広場に集まってきた。大半は見えない恐怖に顔が強張っているが、よく事態のわかっていない子供等はいつもと違う事にはしゃいでいるようだった…。 クエイドがそんな民間人の様子を見ていると、その中にあの少女がいた。 先ほどの大き目のセーターに黒いロングスカートといういでたちではない。ジーパンに黒のブラウスと幾分か動きやすい格好にはなっているようだった。気になるのは背負っているリュックだ。さほど大きくはない茶色のリュック。そこから不格好に一本長い棒のようなものが見える。……おそらくは、剣の鞘の部分だろう。あんな華奢な少女が剣を振るえる事が出来るかどうかは疑問だが…。 確か、名前は……サリーナ。サリーナ・レイフォンス。 クエイドは物覚えが悪いほうではない。どちらかというと良すぎさえするほどだ。しかし、他人の名前とかそういったものは極力覚えないようにしている。一度覚えるとなかなか忘れられないし、何よりも人と関わりを持ちたくはなかった。 自分と『その他』、それでいいとさえ思っていた。 サリーナもクエイドの視線に気付いて、クエイドの方を向いて手を振りながら微笑んだ。クエイドはそんなサリーナの様子を気付かないふりをした。 (このままなら、問題なくネルドガルド軍と合流出来るな。) そう考えていた矢先だった。 突如、広場の中央、ギルド派遣員たちが集まっている方で騒ぎが起こる。 クエイドは様子を見に行くと、一人の30歳前後の女性が泣きながらビッグス隊長にすがりついている。 「落ち着いて下さい!!」 ビッグスの懸命な言葉も錯乱している女性にはまるで効力を発揮しない。 「息子が…息子が、見当たらないんです!!どうか、もうしばらく待ってください!!」 さらにそれに村の他の男も混ざり、事態は収拾のつかない所まで進もうとしていた。 (チッ…。こんな時に…) クエイドは舌打ちした。子供を捜している時間はない。レ軍はもうすぐ目の前まで迫っているはずなのである。 (……見捨てるか?) 現実的な、そして一番効率的と考えられる『答え』を導き出すがすぐに却下せざるを得なかった。 (この状況で…、いや、どんな状況だろうと子供を見捨てるという事を理解してもらえるとは到底思えない。事態をさらに悪化させるだけだ…) では、どうする?そう考えている時、ウェッジの声が響いた。 「もう時間がないんだ!!運が悪かったと思ってあきらめろ!!」 その声が響いた瞬間、クエイドは頭痛を覚えずにはいられなかった。そして、瞬間湧き起こるヤジと罵声。村の男、女を問わずギルド派遣員たちにつめよっていく。 「見捨てろ?!小さな男の子なんだぞ!!」 「あんた、それでも人間か?!」 「これだから人殺し集団は嫌なんだよ!」 数々罵声が飛び交う中、クエイドにも何人もの男女が詰め寄ってくる。 「おい!!俺達は認めないからな!!責任を持って男の子を見つけろよ!!」 (責任?じゃあ、その男の子から目を離していた母親の責任はどうなんだ?) 「あんた、ギルド派遣員なんでしょ?何とかしてあげなさいよ!!」 (……じゃあ、あんたが何とかして見せろよ?) 「人形のようなツラしやがって!何とか言ったらどうなんだよ?!」 (………『人形』………か。) 「クエイド!!」 そこでクエイドの思考は途切れた。声のしたほうに顔を向けるとそこにはサリーナがいた。 「……あんたか。」 この少女も罵声に加わるのかとクエイドは一瞬憂鬱な気持ちになったが、彼女の口から出た言葉は予想外のことだった。 「あの子…カイル君は北の森へ入っていったって…。カイル君の友達の女の子が見てたって…」 息を切らせながらサリーナは必死にその男の子の事を伝えようとしていた。 (……よし、これで何とか事態を収拾できるか…) クエイドは息を切らせてるサリーナの肩にそっと手を置く。 「助かった。あんたはここで休んでろ。すぐ戻る。」 「う…うん。」 クエイドはサリーナの返事を待たずに走り出した。村人をかき分けてビッグスの元へと急ぐ。ビッグスはクエイドよりもひどくかなりの人数に囲まれていた。 「隊長!!」 クエイドの声にようやくビッグスも気付く。 「男の子の所在が判明しました!!」 クエイドの声に村人達の罵声が止まる。 「……男の子は北の森へ行ったそうです。サリー…いえ、民間人の一人がそれを目撃してました。」 「き、北の森?!」 『北の森』という単語に別の意味で村人にどよめきが再び起こり始める。 「……しかし、もう時間が…」 ビッグスの言葉にすぐさまクエイドが回答を出す。 「俺が行きます。」 「しかし!北ということはレ軍の侵攻してきている方角だぞ?下手したら鉢合わせに…」 「その場合、ARMSや他の兵器に対して有効な手段を使えるのは俺だけです。……俺に行かせてください。」 クエイドのいつになく語気を強めた言葉に思案していたビッグスも頷かざるを得なかった。 「…しかし、くれぐれも無茶はするなよ?子供を見つけたらすぐに戻ってくるんだ。」 「了解!」 クエイドはすぐさまその森の方向に向かおうとするが、例のあの村長が行く手を塞ぐ。 「……無理だ。お前らではあの森に一度入ったら二度と出てこれんぞ?」 「……どういう事だ?」 クエイドの問いかけに村長は重く瞳を閉じ、そして再びその鋭い眼光をクエイドに向けて話し始めた。 「北の森は天然の迷路なんだ。それにあそこにはモンスターもいる。村人でも簡単には出られない。初めてのお前らでは道に迷ってモンスターに喰われるのが関の山だ。」 「……じゃ、どうするんだ?」 「……俺が行く。もとはと言えば私たち村の人間のまいた種だ。…私が責任をとってくる。」 ……いけすかない奴と思ってはいたが村長としての自覚と責任は分かっているようだな。クエイドは内心そう思った。しかし、だからと言って彼にこのままいかせるわけにはいかなかった。 「父さん!!」 サリーナが村長の元へと走ってくる。どうやらこの会話の内容を聞いていたようだった。 村長は一瞬だけサリーナの方へ視線を向けるが再びその瞳をクエイドに向ける。 「……悪いけど、あんたに行かせるわけにはいかない。あんたにはこれから村人を先導して脱出するという『責任』がある。」 「ならば、子供を連れ戻すのも私の…ッ」 そこまで言って村長は口をつぐむ。黙らざるを得なかった。クエイドはその鋭い眼光から殺気とも闘気とも取れるすさまじい『気配』を発した。それは、大の大人を黙らせるのにも十分すぎる程だった。 「……村人の先導はあんたにしか出来ない。あんたがいなければ不安な村人達をだれが統率して脱出させる?俺達じゃそれは出来ない。だけど、子供を連れ戻す事なら俺にも出来る。ここで、断言して欲しいならしてやる。俺が必ずその子供を連れ戻す。」 「……わかった。しかし、案内はどうする?あの森を案内なしで行くのは自殺と同じだ。」 「私が案内する。」 村長の言葉にクエイドが思案するいとまも与えず、声が返ってきた。声の主は…サリーナ。 「私が案内する。あの森の事なら私が多分一番良く知ってるから。」 「サリーナ?!」 「サリーナちゃん?!」 村長や、他のサリーナと同い年くらいの女の子数人がサリーナに駆け寄ってくる。しかし、サリーナはそれを笑って言う。 「大丈夫、大丈夫。必ず何とかするから。」 「……サリーナ……」 村長の、いや、父親の前に立ちサリーナは微笑んで力強く言う。 「大丈夫。私にしか出来ない事だから…。だから、父さんも父さんにしか出来ない事をして。」 村長として…そして、父親として…うなずかざるを得なかっただろう。クエイドはそう感じていた。 クエイドの残したほかのギルド派遣員たちは村人を連れ一足早くネルドガルド軍との合流ポイント向かって歩き出した。そしてクエイドとサリーナはそれとは反対方向、北の森へと歩き出した。 その森は最初来た森とは雰囲気からして違っていた。鬱蒼と茂る緑は日の光すらも通さず暗く。緑というよりは黒にさえ近い程だった。いつどこからモンスターが飛び出してきてもおかしくはない。そんな森だった。 しばらく、クエイドとサリーナは何も話さずサリーナの指示に従って歩いているだけだった。サリーナは何度かクエイドに話しかけようと努力を試みてみるが彼は意図的にそれを拒否するように気付かないふりを続けていた。 そして、初めて言葉らしい言葉をかけたのはクエイドの方からだった。 「あんた…その腰の剣は使えるのか?」 戦力の確認はしとくべきだな、そう考えての事だった。一緒に行く事が決まった後、サリーナはリュックからその細身の剣だけを取り出しあとの荷物は友達に預けていた。腰に差しているのだから当然使えるのだろうから本当ならおかしな質問だがクエイドにはこの少女が剣をふるう姿と言うものがイマイチ想像できなかった。 「えっ?!う…うん。そこそこは…あんまり得意ってわけじゃないけど…」 クエイドの方から話し掛けられるとは思っていなかったので少し、声がうわずってしまったかもしれない。そう、サリーナが心配してしまう程驚く事だった。 (…という事はあまり戦力として期待できそうもないな。) クエイドはそう思案するとため息をつきたくなった。この少女を戦力として考えては最初からいなかったが、足手まといとなるとさすがに厳しいと言わざるを得ないだろう。クエイドはどちらかというと経験上、単独で行う戦闘のほうが慣れているし、実力も存分に発揮できるが、ARMSや他の陸上兵器とこの装備だけでやりあうのはさすがに分が悪かった。 そんなクエイドの考えを察したのかサリーナは多少引きつった笑みを浮かべながら必死で自分の事をアピールする。 「で、でも、剣は得意とは言えないけど私、魔法があるから…足手まといにはならないようにする。」 (そうか。魔法が使えるなら戦力として多少は役立つな。俺が接近戦をしてサリーナに後方から援護させれば……?) あまりにサリーナが当たり前のように言うのでクエイドもその違和感に最初気付かなかった。 『魔法が使える?』 「……あんた、魔法が使えるのか?」 クエイドの珍しく感情を表に出した問いにサリーナは不思議そうに答える。 「うん。でも私はどちらかというと攻撃用の魔法よりも回復系の魔法の方が得意かな?まぁ、村のみんなに比べれば魔力は強いほうだと思うけど…」 サリーナのその発言がさらにクエイドを驚かせる。 『村のみんな』?村人全員が魔導士だというのか? クエイドはその疑問をサリーナにぶつけてみるがサリーナはさも当たり前のようにクエイドの問いを肯定してきた。 当たり前の事であるはずがなかった。通常…いや、現実問題、村人全員が魔法を行使出来る…すなわち『魔導士』であるはずがないのだ。 トリニティ国際連合の調べでは全世界の魔導士の割合は全人口のわずか0.00002%に過ぎないのだ。一番魔導士が多いという聖王国家パラシアでさえ全人口の0.005%だと言うのに。その数字すら驚異的であるというのに『100%』という事は普通は考えられない事だった。 「……どうしたの?」 サリーナが不思議そうにクエイドの顔を覗き込む。その深い碧の瞳は自分の心の底までも見透かしてしまいそうでクエイドはその視線から顔をそむけた。 「…何でもない。ただ…」 「ただ…?」 「……いや、やっぱりなんでもないよ。」 「も〜!!はぎれが悪いよ。気になるじゃない!!」 サリーナが側で何かを言って騒いでいるようだがクエイドの耳には入っていなかった。クエイドには何故あの村がああも栄え、そしてギルドはともかくとしてトリニティ、ネルドガルド政府までもがこの村の救出に乗り出したのかがわかったような気がした。 ネルドガルド政府、トリニティ、そしておそらくギルドにとってもこのルビア村は貴重な人材の宝庫なのだろう。『魔導士』という人材の…。 その見返りとしておそらく多額の金がルビア村に流れている。そうすれば全てに説明がつく。そして、もしかしたらレ軍の侵攻にさえ…。 刹那、今まで感じなかった『殺意』がクエイドの周囲から発散される。 クエイドはすかさず腰の短剣を抜く。 その様子に驚いたサリーナも同じく腰に差してあった鞘から細身の剣を抜く。 「ど、どうしたの?」 「…モンスターだ。間違いない。」 「え…でも、まだ姿も見えないのに…。」 確かにな…。クエイドは内心で微苦笑をもらした。一般人との違いか、と自分の職業病に思わず笑えてきた。 「……何度かモンスターと戦った事がある人間はそいつの放つ気配…『殺気』ってやつが分かるようになるもんなんだ。おそらく、奴等が襲うその時にはあんたにもわかるはずだ。」 サリーナはその細い眉根を少しひそめて訝っていたがクエイドは確信していた。 それほど、モンスターの人間に対する『殺意』はあからさまで圧倒的なものなのだから。 『来る!!』クエイドがそう思った刹那……あたりの『殺意』が一気にその濃度を増す。その変容はサリーナにも十分分かる程だった。 草むらを長い…5〜6メートルはあるだろう長い波が蛇行してクエイド達に迫ってきた。 (蛇型のモンスターか…) クエイドはすぐさま魔法の構成を編み上げ始める。使う魔法は『烈光牙』。ルビア村で使用したあの閃光の弾丸で敵を倒す魔法だ。構成を瞬時で編むと今度は詠唱に移る。魔法は一つ、一つの順序に多少のタイムラグは生む。これが魔法の一番の弱点といっていいだろう。蛇のモンスターの速度はクエイドが思った以上に早い。 (チッ!仕方ない。) クエイドは詠唱しつつ、モンスターに向かって駆け出す。 「クエイド!!」 サリーナの声もとりあえず無視してモンスターに全神経を集中させる。 通常、クエイドはモンスターとの接近戦は出来るだけ避ける。正直、クエイドはARMSや戦闘車両、戦闘ヘリとやりあうよりもモンスターの相手をするほうがやっかいだと考えている。ARMSを始めとする近代兵器は総じてコンピューターを内臓している。つまり、稲妻に弱いという弱点も持っている。それだけでもクエイドにとっては救いなのだがモンスターは未知の部分が多すぎる。もしかしたら、毒をもっているのかもしれない。魔法を使う種類のものかもしれない。強靭な皮膚を持っているかもしれない。数え上げたらキリがないほど不安要素が多いのだ。そんな相手に接近戦を挑みたくはないと考えるのは賢明だろう。 しかし、今回の場合、そうはいかなかった。魔法が間に合わない以上は接近戦をするしかない。クエイド一人ならば後退して魔法の完成を待ってから反撃に転じるという方法もあるだろうがサリーナがいるためそうするわけにもいかない。もし後退すれば足の遅いサリーナのほうをモンスターが狙うのは間違いない。事態の更なる悪化を招くだけだった。 蛇型のモンスターがクエイドの手前で飛び上がりその姿を見せる。ハ虫類的な艶めかしいザラついた鱗の皮膚、そして冷徹な身も凍るような感情のない瞳、そして、鋭い牙…。その牙がクエイドの首に狙いを定めてしなやかに伸びる。 しかし、それよりも早くクエイドの短剣が刹那の速さで煌く。短剣は確実にモンスターの横っ面を捕らえ、吹き飛ばす。 「やった!!」 サリーナの歓声にもクエイドは一歩大きく後退して右手に剣を持ち、だらりとたれるいつも『構え』に戻る。 「…倒したんじゃないの?」 サリーナの不安そうな声にクエイドは首を振って答える。うそを教えるわけにはいかなかった。 「……手応えがなかった。思った以上に奴の皮膚は強靭なようだな…。」 草むらはつかの間の静寂に支配される。 (……思ったよりも頭のいい奴だ。『殺気』を消してるな…) クエイドは全神経をモンスターの気配を探ることに使う。もう魔法は完成している。後は『呪文』とともに魔法を開放するだけである。 サリーナも剣を正眼に構え、不安そうな瞳であたりの気配を探っている。 つかの間の静寂を破ってクエイドの五感がモンスターの気配を捕らえる。場所は… 「しまった!!」 モンスターの居場所はサリーナの真後ろ!! キィシャァァァッァァァァ!! すさまじい声を上げその大蛇の巨体がサリーナの真後ろに現れる。 サリーナがゆっくりと振り向くとそこには影となって日の光を遮るモンスターの巨体。 獲物を目の前にして、我慢が出来ずに汚く涎を垂れ流している。 「くっ!!」 クエイドは全速力で駆け出す。しかし、とても間に合わない。しかも、完成している魔法は『烈光牙』。閃光の弾丸が当たったと同時に周囲に爆発を巻き起こす魔法だ。これではモンスターは倒せてもサリーナも巻き込んでしまう。 分の悪い賭けだが、サリーナの命を守るためには魔法を使うほかに道はなかった。クエイドにはそれ以外に方法はないと思っていた。 しかし、サリーナは違った。 クエイドに一瞬だけ視線を向ける。その視線は確かに恐怖に支配されようとしていた。しかし、懸命にそれに抗おうとする『勇気』も見て取れた。 サリーナは大きく後ろに飛びのくと同時に魔法を開放する。 『火炎球!!』 サリーナの手から生まれたサッカーボールほどの魔法の火の玉はモンスターの顔に命中すると爆炎を撒き散らす。思わぬ反撃にうろたえるモンスターの背中に今度は閃光の弾丸が飛来しモンスターの腹を割き、先ほどの爆炎よりも大きな爆発を生む。 業火の中でモンスターはその身を大地に地響きのような轟音とともに横たえた。 サリーナは後ろに大きく跳んだときに頭を打って軽い脳震盪を起こしていた。それでも、ぼんやりとした視界の中で必死で意識を保とうとしていた。 (サリーナ……サリーナ……サリーナ……) 「…誰…私を呼ぶの…?」 ぼんやりとしたはっきりしない視界の中に蒼い瞳と流れるような奇麗な黄金色の金髪が見えた。 「…母さん?」 (サリーナ……サリーナ……サリーナ……サリーナ……) 「サリーナ!!」 その最後の自分の名前が聞こえた瞬間、視界を覆っていた霧がなくなった。目の前にある顔は自分の母親のものではなかった。 「……クエイド。」 「…どうやら、もう大丈夫みたいだな。」 安堵のためかいつもよりも幾分かクエイドの表情が柔らかい。その蒼い瞳も前ほど氷のような凍てついた寒さを感じない。むしろ、雪解けの清水のように清らかで…優しささえ感じた。 「うん……これで足手まといじゃないって分かったでしょ?」 クエイドはサリーナの手をとって彼女を起こすとくるりと背を向ける。 「それはどうかな?まだ、サリーナの剣も見てないしな。」 もしかして…照れてるの?と、思わず口元まで出かかったがせっかく仲良くなれてきたのにまた不機嫌になられたら困ると思いそれはそっと胸に留める事にした。それに……彼が自分の事を『サリーナ』と名前で呼んでくれている事が素直に嬉しかった。やっと、仲間として認めてもらえた、そんな気がして……。 「早く、行こう。レ軍の部隊と遭遇してもおかしくないくらいの時間だ。」 「うん!」 二人は再び、暗い森の中を歩みだす。暗い森と、二人の足跡……それがまるで、二人の未来を暗示するかのように…。 ほぼ同時刻…。 レ軍の中隊を観察する二人の青年がいた。一人は軍服に身を包んだ30前後の男性。そして、もう一人は黒のコートに、サングラスをかけた長身の青年。 「『特務遂行群』め…。うまくレ軍を利用して自らの姿を隠したものだ。」 双眼鏡から目を離して、そう舌打ちする軍服の青年の名はラズウェル。ドルテカ帝国の特務機関『ニルヴァーナ』の実行部隊隊長である。 「…見るまでもない。木々が…草花が…俺に教えてくれる。」 「…たいした物だな。」 ラズウェルの言葉に青年はにっこり微笑んで答える。 「俺は『魔王』ですから。」 空を舞っていた白い小鳥がその青年の肩に止まる。その小鳥を青年は優しい表情でそっと撫でる。 「……まだ、我々が動くわけにはいかない。『特務遂行群』が動いているという事はどこかで『陸軍情報部』も動いている。……この時期に我々の存在が明るみなるのは避けたい。」 今度は何羽もの白い小鳥たちが青年の周りで羽を休めたり、周りを飛び回ったりし始める。その数50羽は下らないだろう。まるで、白いヴェールにつつまれているかのようだった。 「『我々』……ですか。」 青年は薄らと微笑を漏らす。その微笑みはクエイドとは別の意味で背筋を凍らせる。 「……あなたの『望み』は叶えますよ。俺は……『魔王』ですから。」 その瞬間、白い小鳥達が一斉に飛び立ち、青空に白い日の光りと小鳥たちの輝きがきらびやかに彩られる。青年は、崖の上から眼下の大森林へと飛び降りた。白い小鳥達を従え、黄金色の瞳で『世界』の望みし姿を見つめ、青年は『星』を舞う。 『運命』という時計が二人の出会いのためにその『時』を進ませる。クエイド・ラグナイト、そして自らを『魔王』と名乗る青年ガーランド。この二人の出会いは間もなく訪れる。そう、間もなく……。その先にあるのは『星』への『救済』か?『全て』の『死』か…? (Continue) ちょこっと秘話3============================================================= |