EARTH
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第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(6)」 
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燃えるような紅に染まったドラゴン。自然色がほとんどのドラゴンの群れでそのドラゴンの放つ、炎よりもなお赤い鱗は壮絶な美しさだった。蒼い空の中でそのドラゴンの輝きはまさに太陽のそれに匹敵する程だった。体躯も他のドラゴンよりも二周りは大きい。
そして、瞼が開くと同時に凄まじい咆哮が赤いドラゴン――レッドドラゴン・赤竜――の喉から迸った。
火山の噴火を思わせるような竜の嘶きは大気を鳴動させ、大地さえも打ち震わせているようだった。そして、徐々にその音が大きくなる。周りのドラゴン達も追随して咆哮を挙げ始めたのだ。
総数で100匹にも昇ろうかと言うドラゴンがそれぞれ嘶いているのだ。それは怒号というのさえおこがましかった。怒れる神の声そのものだった。

そして、その轟音を轟かせたままドラゴン達は移動を開始した。
ドラゴンの嘶き。
300年前。ブラックドラゴン・黒竜がドラゴンの軍勢を率いてパラシア王国騎士団と天下分け目の戦い・死竜山の戦いを挑んだときにパラメキア大陸を文字通り震わせたその嘶きそのものだった。
竜にとって、嘶くという事は『戦争』を意味した。
『戦い』ではなく、『戦争』を。


深海の淵でそのドラゴンは閉じていた瞳を開けた。深海の凄まじい圧力すら物ともしないドラゴンの瞳は陽光の届かない漆黒の中でも黄金の輝きを放っていた。
ドラゴンはその長い尾を一度振るわすと凄まじい勢いで上昇した。急激に変化する水圧さえまるで無視しているようにその勢いは変わらずに水面を目指して駆け上がっていく。
陽光によって徐々に色彩がはっきりし始めるとそのドラゴンの壮麗な姿が浮き彫りになる。
海にも勝るオーシャンブルーの鱗に覆われたドラゴン。イルカやサメのような流線型の体躯。ドラゴンの特徴とも言うべきコウモリのような翼の変わりに頑丈そうな鱗で覆われた突起物がいくつも生えていた。そして、異様に長い尻尾の先端はまるで蛍の光のように規則正しく光を発していた。
水面に揺らぐ陰となって現われたのはごく短い時間だった。その次の瞬間には水しぶきを上げ、海面に踊り出ていた。長い尾が畝って水面を叩きつける。水しぶきがまるでシャワーのようにドラゴンに降り注いだ。
太陽の光を反射させ、千条の光を放つ蒼いドラゴン――ブルードラゴン・青竜――は海面を悠然と泳いでいた。そして、その上空には何万もの巨大な蟲が蠢いていた。


天使――もしくは神の使徒と形容されたドラゴンがいた。
閃光で形作られた六枚の翼。長い首と長い尾。何のくすみも無い純白の鱗に覆われた白いドラゴン。そのドラゴンの周りをいくつもの淡い光を放つ小さな光球が飛び回っていた。
ドラゴンの瞳は下界を見ていた。数千m下には彼がここ数年居住の場所としていた都市があった。ルドラン連邦・カイデリカ市。
ドラゴンの千里眼を持ってすれば数千m離れていようと人々の営みすら見る事が出来た。ドラゴンは長い首を微かに左右に揺らすと視線を正面の遥か空の彼方に定めた。ドラゴンの瞳は見ていた。その遥か先に見える天空の城の姿と機械の魚と鯨の姿を。
その白いドラゴン――ホワイトドラゴン・白竜――の光の翼から閃光が溢れた。その瞬間、瞬く間に加速し、ドラゴンの姿は白い閃光そのものになった。彼の目指す先には空を覆い尽くす蟲の大群が飛翔していた。


砂漠に岩山があった。
恐らくそれを見た人間は小さな岩山だと信じて疑わなかっただろう。
その岩山は大きく息を吐いた。そのドラゴンは巨躯に鱗の代わりに岩石を纏っていた。いや、岩石とは違った。その鉱石はオリハルコンと呼ばれる神の金属だった。最高の強度を誇るその金属は一見ただの岩に見える。だが、それを破壊する事は何人にも出来る事ではなかった。そのドラゴンが戯れに人に与えたオリハルコンを巡って争いが起きた事さえあった。オリハルコンから鍛え上げられた一振りの剣が聖剣と呼ばれた。オリハルコンから鍛え上げられた一振りの剣が魔剣と呼ばれた。だが、このドラゴンにとって神の金属と呼称されるオリハルコンは鱗程度でしかなかった。
鈍重な体を動かし、ドラゴンは空を見た。空にはすでに蟲の大群が集まっている。
そして突然、ドラゴンの肩がせり出した。せり出した肩の下から光が溢れた。何十トンもある巨体を軽々と飛翔させると砂に埋もれていた下半身が姿を現した。大地を踏みしめる巨大な足が今は宙に浮いている。頑強な尻尾はその先までもオリハルコンに覆われている。
全長80mの巨体はラグナドラゴンに次ぐ巨大さだった。
そして、オリハルコンがその真の姿を見せた。岩にしか見えなかったその岩石が途端に黄金に輝き始めた。それはまるで黄金のクリスタルのようだった。黄金のクリスタルに覆われたドラゴン――オリハルコンドラゴン・黄竜――の肩から溢れる光はさらに光力を増し、
速度を加速させた。巨体はすぐに雲に隠れ、見えなくなった。そして、それに従うようにドラゴンの消えた方角に向けて蟲達も移動を開始していた。


最も美しいドラゴン。
そう呼ばれたのは人類が機械の力を取り戻す遥か以前だった。
自然に神が宿っていると信じられていた時代。そのドラゴンは自然の守護者だと信じられていた。
新緑よりもなお青々とした緑。エメラルドグリーンに輝く鱗。きめの細かいその鱗は光沢すら放っていた。風に愛でられるために存在しているような流線型の容姿と陽光に照らされるたびに色合いの変わる薄羽の翼。ドラゴンとは思えぬ慈悲を称えた瞳はいつもどこか哀しげに見える。
森の守護者たるドラゴンは居城であるモプフィス大森林の遥か上空に居た。1万mも上空でドラゴンは下界を見ていた。いつもと変わらぬ森ではなかった。森からは蟲が溢れ出し、怒りの渦を巻いている。その中心にその碧色のドラゴン――フェアリードラゴン・緑竜――ともう一匹の巨大で壮麗なドラゴンがいた。
白と赤を基調とした美しいドラゴンだった。彼の頭部を覆っている兜のような角は世界を貫く槍とさえ呼称された。切れ長の双眸に黄金の色を称えたドラゴン。
全てに勝る究極の生命体ドラゴンの中でも究極の存在。世界を統べる五つの竜を統べるドラゴン――ラグナドラゴン・神竜――は100mを超える巨躯を自在に操りながら、世界の声に耳を澄ましていた。
――その声をラグナは悲鳴と感じた。怒号と感じた。
世界が、星が怒り狂っている。
全ては止められない事なのか?
神に最も近い生物は悩んでいた。
人はこのドラゴンの牙を『運命に打ち込む楔』と賞した。運命や時すらも支配していると思ったのだ。
――そんな事が本気で可能と思ったのだろうか。
彼を創造した神にも等しい物――星でさえ不可能な事を。

ラグナは悲観していたのかもしれない。
これから起こる戦争を。
いくつの命が消えるだろう。数千、数万、数十万。ドラゴン、蟲、人、全てに死が手招きをする。その死神の微笑みはどこまでも優しく、そして冷たい。

戦争が始まる。人と星との最初の戦争が。

その狼煙である人の操る機械の空を泳ぐ魚――ガンシップが炎に包まれ、雲海に消えていく様を確かにその瞳で見ながらラグナは五竜に初めて『命令』を下した。


開戦だ


そのたった一言はレイラインを伝って、100万に昇る全てのモンスターに届いた。
蟲の大群は怒れる星の鉄槌となって、漆黒の荒れる海原と化して方舟を目指した。



現われた三機のガンシップはウィザードドラゴンのレーザーブレスによってことごとく焼き払われた。その事実を人類側もラグナや五竜とほぼ同時に知る事が出来た。
機械の恩恵――いや、業によって。
展開していた空中艦隊はレーダーに映る三つの赤い光点を敵対勢力とその瞬間に悟った。尚も接近してくるその勢力に対して取った行動は極めて迅速だった。飛行戦艦型飛空挺の上面後部に設置されていたVLS(垂直発射装置)が解放された。その中に収めらているのは危険極まりない対空ミサイル群。閃光と白煙を上げて上空に上っていく3発のスタンダード対空ミサイル。白煙を緩やかな弧の形に軌跡を残して飛翔していくミサイルが狙っているのは一目両全だった。レーダーに新たに現われた三つの光点は赤い光点を目指して直進していた。
そして、同時に空中空母『回天』から次々にガンシップが離陸した。
方舟付近は完全な戦闘状態に突入していた。


トリニティ平和維持軍・空中艦隊と共に作戦行動を共にしていたトリニティ平和維持軍海防1軍第2艦隊もガンシップが撃墜された事を空中艦隊とほとんど同時に知った。そして、空中艦隊とほとんど同時に空母『かむい』からガンシップを発艦させた。そして、VLS内で今は眠っている対空ミサイルがウィザードドラゴンの肉に食い込む時を待って息を潜ませていた。


それは突如としてウィザードドラゴンの前に現われた。互いに音速に迫る速度で飛翔していたのだから邂逅は一瞬だった。完全に誘導されているミサイルはそう簡単に回避出来るものではなかった。先頭を飛んでいたドラゴンは突然のミサイルの攻撃に回避行動を取る暇すらなかった。出会い頭に最初の対空ミサイルの直撃を受けた。しかし、直撃したのはドラゴンそのものではなくすでに展開していた魔法の障壁だった。障壁の外で凄まじい爆風が炎を躍らせ、金属片が吹き乱れる。強固な障壁だった。斬撃や機関砲くらいなら余裕を持って耐えたであろうその障壁も200キロを越えるTNT(高性能爆薬)の矢じりの前では十分ではなかった。対空ミサイルの直撃にも耐えうる防御魔法の確立――それはこの瞬間に失敗に終わった。魔力障壁に出来た僅かな綻びから強烈な超高温のガスがドラゴンの皮膚を溶かした。綻びが出来るたびにガスと炎が襲い掛かってきた。その綻びが徐々に大きくなるに連れて踊り狂っていた金属片さえも皮膚に突き刺さった。そして、魔力障壁が完全に効果を消した時、一瞬にして凶悪極まりない爆炎がドラゴンを炎で包んだ。深緑色の皮膚はその一撃で黒化粧へと変わり重力に任せて落下した。
残り二匹のドラゴンは直撃ではなかったために何とか飛行可能ではあったが、魔力障壁は完全にはミサイルの効果を防いではくれずに体の至る所に焼け爛れた部分や金属片が突き刺さり出血していた。
だが、それでもドラゴン達は命が助かったと思っただろう。しかし、それから1分と経たずに彼らの下方から雲を突き抜けて対空ミサイルが迫ってきた。傷ついた体では回避する事も、魔力障壁を十分に展開する事も出来ずに最初に死んだドラゴンよりも悲惨な死に方を迎えた。無慈悲な爆風はドラゴン達の体を八つ裂きにし、血と煤で汚れた肉片を飛散させた。


レーダーに映っていた赤い点が消滅した時、人間達は声には出さなくても歓喜しただろう。だが、次の瞬間には恐怖で青ざめていただろう。彼らが相手にしているのはたった三匹のウィザードドラゴンではないのだ。100万のモンスターと6匹の神獣なのだから。


第2艦隊のレーダーにもそれは映っていた。真っ先にエラーだと疑った。
そう思う方が正気だろう。レーダーには映っていたのは赤い光点ではなかった。周りを全て赤で覆われつつあったのだ。そして、それは今もまだ増え続けていた。全目標攻撃データを入力するだけでも凄まじい労力だった。この膨大な数の前では帝国軍の誇るエイジスシステムの全能力――同時に256目標を補足・追尾可能な緊急事態(ハルマゲドン)用の自動管制発射モード――でさえ対処不可能だった。
だが、それでも高速で接近中の飛行編隊に対して対空スタンダードミサイルが発射された。
VLSが開放されると連続打ち上げ花火のように次々と白煙を上げて対空ミサイルが空に吸い込まれていった。空母に艦載されているガンシップ全てに発艦命令が下された。それは空中空母『回天』を中心とした空中艦隊にとっても同様の事だった。


空中艦隊と第2艦隊によって放たれた100を超えるミサイル群が蟲の大群に突撃していった。そして、着弾した瞬間、空が赤く煌いた。
空に突如出来た巨大な火球の中で一瞬の内に1000を越える蟲種が焼き払われた。だが、それも大群の一欠けらに過ぎない。それを遥かに上回る数の蟲が黒煙の中から次々に姿を現していた。
その蟲の前にガンシップの編隊が立ちはだかった。空対空ミサイルが次々に放たれて、ガンシップの編隊は軌道を大きく左に変えた。高速のミサイルを回避出来るようには出来ていない蟲種は炎と四散する金属片に命の灯火を打ち消されるしか術がなかった。

だが、むしろ被害が大きかったのはドラゴンの方だった。
先行する形を取ったドラゴン達はミサイル群の的になり、その数を一気に激減させた。これによって制空権の確保に手間取る事になった。
高機動のガンシップに対して蟲種のほとんどは有効な手段を持っていなかった。艦載のミサイル群よりもガンシップによって殺される蟲の方が多いほどだった。
ガンシップに対して僅かばかり効力を発揮できた蟲は槍蟲だけだった。
一機のガンシップの後ろに付き離れない。ガンシップのパイロットは焦っていた。僚機がやられた際の爆発によってエンジンかジェットノズルがやられたかで出力が上がらずに振り切れなかった。パイロットはスティックを大きく右に倒した。大きく旋回するガンシップ。翼が飛行機雲を引いて、緩やかな曲線を描き出す。だが、それは槍蟲も同様の事だった。距離は離れる所か、徐々に縮まっている。そして、エンジンの火に触れるか触れないかという所まで迫っていた。パイロットは恐怖で慄いていた。視線を後方に投げかけたその時、槍蟲の頭が一瞬赤く膨らんだ。そう思った次の瞬間には目の前に炎が踊っており、一瞬にしてガンシップは炎にもみくちゃにされていた。
発火性の高い体液を頭部に大量に含んでいる槍蟲はジェットエンジンの火によって発火、爆砕したのだ。
発火性の高い体液を持ち、自らを弾頭に見立てて飛翔、特攻する槍蟲は蟲種に置ける対ガンシップの役目を負っていた。だがガンシップの機動性には到底及ばずその高い発火性が災いして機関砲の直撃で容易に頭部を引火、爆砕し、撃破された。
たった今、その槍虫を爆砕させたガンシップが大きく弧を描いて別の蟲の後ろに付こうとしたその時、目の前に閃光が走った。閃光はコクピットを直撃し、そして容易に貫通した。爆発したガンシップの炎の色を瞳に称えて飛翔していたのは傷ついたウィザードドラゴンだった。
凄まじい混戦の空中戦で、それを隠れ蓑として生き残ったウィザードドラゴン達によって制空権は徐々にモンスター側に傾き始めていた。高い命中率を誇るレーザーブレスによってガンシップは撃墜され始めていた。空対空ミサイルが弾切れになり始めるとその傾向は顕著になった。
ミサイルの火薬による爆発ではなく、ガンシップの燃料への引火による爆発によって空は朱に染め上げられた。

弾切れの問題はガンシップだけに留まらなかった。
飛行戦艦型飛空艇、洋上の巡洋艦でも対空スタンダードミサイルが切れつつあった。洋上の巡洋艦よりも空中の飛行戦艦型飛空艇の方が問題は切迫していた。モンスター群は明らかに自分達を目標に接近していたからである。
撤退しようにもそれが出来ない事を周りが赤く囲まれているレーダーが物語っている。そして、蟲種の先行していた一群がついに空中艦隊から肉眼で確認出来る所まで接近していた。
飛行戦艦型飛空艇の後部VLSが開き、短SAMが6発発射された。そして、127mm砲を始めとした十数問の砲が一斉に目標に対して砲撃を開始した。6発のミサイルは蟲種の中に隠れるようにいたゴールデンドラゴンやワイバーンに直撃した。ゴールデンドラゴンやワイバーンよりも上位のウィザードドラゴンの防御魔法ですら防ぎきれなかったミサイルの攻撃力の前にドラゴン達は一瞬にして炎の肉塊と化した。砲弾は蟲種達を完全に捉えていた。固まって飛行する蟲種に対して、直撃する寸前に爆砕するようにセットされた砲弾は予想以上の効果を発揮した。爆発する爆炎よりもそれと同時に飛散するいくつもの金属片によって体を引き裂かれてしまう。
砲弾とミサイル群の攻撃から何とか免れた一部の蟲も飛行戦艦に取り付く前にCIWS(近接防御火器)によって、撃破された。
この一瞬の攻防でモンスター側は蟲種80匹とドラゴン種6匹を失った。だが、それは以前とした戦力差の前では微々たるものだった。蟲種はまだそのほとんどの総数を温存していたからだった。
トリニティ平和維持軍空中艦隊は追い詰められ始めていた。


洋上に展開していた第2艦隊は何も艦船だけではなかった。潜水艦も1隻任務に同行していた。その潜水艦のソナーに突如、凄まじい速度で迫る巨大な物体が現われた。方舟上空でのモンスター群との交戦をもちろんしっていた潜水艦の艦長はそれを即座にモンスターと判断した。何故なら、この巨大な物体は水中を50ノットという信じられない速度で接近していたからだった。水中をそんな速度で移動出来る潜水艦など存在しなかったからだ。潜水艦前面の魚雷発射管の扉が開いた。水を注入する音が海中を伝って行く。それはまるで迫り来る脅威に対しての呻き声のようだった。発射された魚雷は後部のフィンを回転させて水中を進んでいった。だがそれよりも奇妙に見えたのは魚雷の後ろから潜水艦までずっと繋がっているワイヤーだった。潜水艦の強力なソナーシステムでの解析情報を元に誘導するため、ジャミングに強いばかりでなく高い命中精度を誇っていた。魚雷は海底を縫うように進み、目標に迫っていた。
そして、ついに目標が現われた。
それは百万の蟲ではなかった。ドラゴン――そう、世界でも最強に位置しているドラゴンだった。ブルードラゴン・青竜だった。
青竜は器用に尻尾をくねらせて方向転換をした。しなった体と流線型の体躯によってまるで空中を飛んでいるような高機動で海中を泳いだ。だが、ワイヤーガイドによって目標を完全に補足している有線誘導魚雷からは逃れられなかった。
青竜はその魚雷に僅かに振り向いて一瞥すると口元をニヤリとゆがめた。後部の鱗の一部が剥がれ落ちるとそれが意思あるもののように魚雷に向かって突進した。
ドラゴンの鱗は鉄鋼とほとんど変わらない強度を誇っている。ましてや最強のドラゴン・青竜の鱗ならばその強度は折り紙つきだった。魚雷に命中すると爆発し、凄まじい水の衝撃波が辺りに走る。水中のほうが空気中よりも音を良く伝える。つまり衝撃波の威力も凄まじい事になる。海面に巨大な水柱がそそり立った。
だが、ソナーにはまだ接近し続ける青竜の姿を捉えていた。
「……バカな……魚雷の直撃に耐えた、だと。」
「直撃しなかったとしても、水中でしかも至近距離であの衝撃を受けて生きていられる訳が……」
「……化け物……」
クルーの絶望じみた言葉が口々に漏れた。
その呟きに我を取り戻した艦長は叫んだ。
「事実は事実だ!!ありったけの魚雷を放て!!有線誘導、アクティブホーミングあらゆる誘導方式でだ!!」
「了解!!」
彼らも軍人だった。不可解な事態にはそう簡単には慣れないが、一度命令が下されればいかなる状況でもそれに取り掛かる事が出来た。むしろ命令が下された事によって自分がやるべき事を見出せた分だけ救いがあった。
次々と発射される魚雷。その全てがたった一つの目標に注がれた。
水中の中でも青竜の視界は澄んでいた。強いていえば青竜の視覚は純然たる視覚ではなかった。音を3次元の映像として認識しているのだ。だから、迫りくる不快な音を発する物――魚雷も、その先にある潜水艦も、その更に先にある第2艦隊すらも見えていた。
今度は回避行動を取るつもりは全くなかった。自身の前面に魔力障壁を一瞬で展開する。そしてそのまま直進した。魚雷群が迫ってきた。だが、青竜は瞬きする事もなくその魚雷を見詰めていた。魚雷の一つが魔力障壁に触れた瞬間爆発が生じた。
魚雷が魔力障壁に接触するたびに爆発が生じた。海面ではいくつもの水柱が次々に出来上がっていた。それでも潜水艦のソナーには確実に接近してくる青竜が映し出されている。
そして、青竜の口が開かれた。その口から光が漏れた次の瞬間には爆発的な閃光となって潜水艦付近で炸裂した。凄まじい衝撃に鋼鉄の潜水艦がまるで紙でも握り潰したようにぐしゃぐしゃに潰され、そして爆砕した。魚雷の命中に勝るとも劣らない巨大な水柱が海面に現われ、そして消えた。


洋上に展開していた第2艦隊は対空ミサイルを打ち尽くしたことによって空中艦隊を完全に支援する事が出来なくなっていた。残っている兵装では射程が絶対的に足りなかったからである。そのため、補給艦による弾薬の補充を急いでいた。
忙しく作業している兵士達とは別の物を活動させている兵達がいた。
CIC(戦闘情報センター)がそれだった。
艦橋が命令系統を発する人間でいう所の脳であるならば、CICは神経系と言えるだろう。
対空、対水上レーダー、各種ソナーによる情報を集約し、攻撃手段を直接実行する場所だった。敵を見る目と耳を持ち、相手を粉砕する腕を持つ所だった。
その耳に当たる対潜ソナーに余りに普通すぎる現われ方をしたそれを一瞬何だか分からなかった。
「……パッシブソナーに反応?」
一瞬同行している潜水艦かと思われた。しかし、潜水艦はすでに曳航式ソナー上に捉えられている。
「右舷前方より未確認水中雑音……」
それは明らかにこちらを目指して進んでいた。しかも、高速で。
この時になっていかにそれが重要な事態かが理解出来た。そして、理解出来たと同時に叫んでいた。
「ソナーに感!!右舷前方70度より未確認雑音1接近感知!!速度55ノット!!距離4000切りました!!」
その叫び声に艦橋は途端に色めき立つ。だが、事態はそれだけでは済まなかった。
「『威号』より魚雷発射!!雷速45ノットで未確認水中雑音に接近!!」
その声に艦長の表情が曇る。
「対潜戦闘、用意。」
艦長の言葉に答えるように吼える。
「対潜戦闘左舷短魚雷戦!!」
「針路2−9−8。取り舵いっぱい。」
「針路2−9−8、取り舵ヨーソロー!!」
「左舷魚雷管開放確認!!」
「短魚雷データ入力完了!!」
切迫している状況だったが、日頃からの訓練の賜物だったように命令は確実に伝わり、実行されていく。駆逐艦は白波を引いて、反転する。
だが、艦長の額に大玉の汗が浮かんでいた。
「まさか、モンスター……?」
「ソナー室に確認します!!」
水測長は思わず叫んでいた。
「急げ!!状況が状況だ!!」
「ソナー室、出現した未確認水中雑音は何だ?!潜水艦か?!」
「潜水艦とは間違いなく異なります。もちろん魚雷でもありません。音が明らかに違います。これは……その、初めて聞くものなので何と言えばいいか……」
ソナー員は珍しく言葉を濁していた。それに否応ならぬものを感じつつ、水測長はどなった。
「どうした?!はっきり言え!!状況が状況なんだ。気がついたら水面に浮いていたっていうのはお前も嫌だろう?!」
そのどなり声でふっきれたのかソナー員は自分の考えたある意味荒唐無稽な事を話し始めた。
「は、はい。この未確認水中雑音は機関音というよりも、生物の鼓動に近いと思えてしょうがないのです。」
確かに、普通なら一笑に伏されるどころかバカ野郎と罵声を浴びせ掛けられる所である。だが、今この時も上空数千mでは生物であるモンスターと近代兵器が激戦を繰り広げ、その一機何億という膨大な金によって作られた近代兵器が自身の肉体という極めて原始的なモンスターの攻撃の前に劣勢に追い込まれているのだ。
「100%モンスターだと言い切れるか?」
「100%かと言われると自信はありませんが、従来の潜水艦や魚雷の類では間違いなくありません。」
「――分かった。」
水測長はヘッドセットを置くと艦長を正視して吐き出すように呟いた。
「従来の潜水艦や魚雷では間違いなくありません。この状況下でなら、あれはモンスターであるという結論を下しても良いと思われます。」
艦長は小さく頷くだけだった。
だが、次の瞬間に悲鳴にも似た声が響き渡った。
「魚雷、未確認水中雑音に命中!!」
その言葉に艦橋にいる全員が右舷に視点を向ける。巨大な水柱がそそり立ち、そして消える。残っているのは気泡によって白くなった海原だけだった。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が響いた。もしかしたらそれは自分のものだったのかも知れない。それさえ分からなかった。
悲鳴――今度は間違いなく悲鳴が響き渡る。
「み、未確認水中雑音、健在!!速度40ノットでなお接近!!『威号』より魚雷発射を確認!!数4!!」
その声の残響が消えるまでの間、艦橋は沈黙に包まれた。ほんの僅かな沈黙だった。だが、それは今までで一番重く、腹の底にまで響く沈黙だった。
その沈黙を打ち破る声が静かに放たれる。
「未確認水中雑音を敵対勢力と認める。」
艦長のその言葉が第2艦隊と青竜との戦闘の開始を告げた。


護衛艦隊から次々と短魚雷が発射される。
魚雷は水中をまさに泳ぎながら青竜に迫った。魚雷が青竜の張る魔力障壁に突入するたびに爆縮が生じて衝撃波が海洋を鳴動させる。海面にはいくつもの水柱が吹き上がり、そして、消えてはまた吹き上がった。水柱があがるのを、口を開けてみていたウイングの兵たちの前についにその怪物は姿を現した。
海面に黒い影となって現われたそれは優に50mはあった。水面から飛び上がったそれは海よりも青いオーシャンブルーの怪物だった。書物に出てくるようなドラゴンの姿ともルドラン連邦のある島国に伝わる龍と呼ばれる空想の怪物とも異なる生物だった。
だが、それは間違いなく海洋生物の特徴を備えていた。水の抵抗を極端までに減らした流線型のボディと陸上生物とは明らかに異なる少しの毛も生えていない艶かしい光を放つ皮膚。サメの背びれのような突起物が幾つも生えている。長い尻尾の先端はまるで蛍のように淡く輝いていた。壮絶に美しい怪物だった。
こんな怪物が我々の敵なのか――そう思った瞬間にその怪物の口が光った。そして、次の瞬間、駆逐艦の一隻が為す術も無くひしゃげたかと思うと爆砕した。
オレンジの炎が目の前に迫り、悲鳴すら掻き消されながら駆逐艦『しらなみ』の航海長は倒れ込んだ。そして、起き上がった時、僚艦『ゆきなみ』は中心から二つに折られ、沈没する寸前だった。洋上には流出した軽油に引火した炎が波間にいくつも漂っている。黒煙が空を覆い、太陽の光を遮断し始める。風に乗って流れてくるその煙に咳き込みながら手で鼻と口を覆った。苦い味が込み上げてきた。
視線はあの青い怪物を追っていた。見つけるのは簡単だった。水中から浮上した奴は凄まじい速度で第2艦隊を取り囲むように周回していた。その間も僚艦をはじめ、『しらなみ』も応戦していた。127mm短装速射砲が火を吹いていた。短魚雷も何発も発射されている。だが、確実にそれらは命中しているというのに青い怪物は悠々と海洋を泳いでいた。
ふと足を見た。がくがくと震えていた。苛立って膝頭を幾度も強く叩きつける。だが、震えはまるで止まらない。
青い怪物の口が再び光った。艦隊の中央にいた空母『かむい』が爆砕した。『ゆきなみ』をはるかに上回るオレンジの炎で照らされる。衝撃波による高波が『しらなみ』にも叩きつけた。地震のように激しくゆれる船体から振り落とされないように航海長は必死に手すりにしがみ付いた。
化け物め……内心で呪詛でも呟くようにヘドを吐く。
その瞬間、青い怪物の体が光輝いた。そして、幾条もの閃光が第2艦隊に降り注いだ。
航海長がその光を見る事が出来たのはまさに一瞬だった。視覚がその光を感じて、体を動かす命令が脳から発せられる。しかし、その命令が伝わり、実行される事はなかった。実行すべき肉体は動き出す前に焼け爛れ、炭になっていたからだ。
一瞬の閃光。一瞬の爆発。そして、炎上、沈没。

その一撃で補給艦『むつのかみ』、巡洋艦『ふうじん』、『らいじん』、駆逐艦『さざなみ』、『あらなみ』、そして『しらなみ』が沈没した。

トリニティ平和維持軍海防1軍第2艦隊は壊滅した。
たった一匹の神獣ブルードラゴン・青竜の手によって。



方舟周辺にいる空中艦隊も次第に状況が悪化し始めていた。
対空ミサイルを打ち尽くし、本来は使用しないはずの対艦ミサイル、巡航ミサイルすら使用を余儀なくされていた。絶対的にミサイル数が足りなかった。それさえも尽きた今となっては最大戦速で離脱を試みつつ、接近してくるモンスターを短SAMと127mm砲、CIWSで迎撃するような状況だった。
だが、127mmとCIWSはともかくとして、短SAMすら打ち尽くそうとしていた。ここまでの事態になると飛行戦艦にもしだいに損傷が見られ始めた。
蟲の個々の能力は極めて劣悪で撃破は容易かった。しかし、その数に蹂躙される。飛行戦艦の巨大さが裏目に出て全周囲を防御する事が出来なくなった。
ただ、まだ蟲種は良かった。CIWSで迎撃出来たからだ。問題はドラゴンだった。127mm砲の砲自動追尾ですら、ドラゴンを補足するのは容易なことではなかったからだ。確実に有効な手段であるはずの短SAMも数が足りなかった。
ドラゴンのレーザーブレスが命中するたびに装甲が焼け落ち、火が起きた。各隊員がその度に防火服に身を包んで消化作業に奔走した。
ガスマスクのミラー越しに破片によって血を流して倒れている隊員の姿が到る所にあった。飛行戦艦内は地獄と化してきていた。


旗艦『回天』艦長は報告される各艦の被害状況を聞きながら、絶望に支配されそうになるのを必死に堪えていた。そして、ついに一番恐れていた悲鳴が挙がった。
「飛行戦艦『飛鳥』、メインエンジン破損!!復旧の見込みなし!!高度を著しく下げています!!」
艦橋にいた全員の表情が凍りついた。誰からも言葉はおろか声すら出なかった。
そして、閃光が艦橋から見えた。
そのオレンジの光が何なのか艦長は即座に理解した。
「『飛鳥』爆発、炎上!!…………『飛鳥』……撃沈されました。」
その言葉に無意味な悲鳴や嗚咽が漏れた。
危うく艦長もそうするところだった。しかし、奥歯を噛み締めて自分を、皆を奮い立たせるように叫んだ。
「感傷に流されるな!!」
その言葉に皆がビクンと震え、艦長を見た。艦長は真摯眼差しで自分達を見ていた。
「今感傷に流されてしまうのは簡単だ。だが、それでは死んでいった者達を無駄死にさせるだけだ。生き残る活路を見出すんだ!!」
その言葉で折れかけていた意思が再び力を取り戻した。だが、状況は以前全く変わっていない。
「敵勢力の薄い所から離脱を試みる。各科、全力であたってくれ。」
「了解!!」
迫ってくる蟲をその度に銃弾でなぎ払いながら空中艦隊は最大戦速で飛行していた。

飛行戦艦『白鷺』の甲板で短銃を持っていた隊員がしきりに空を見上げている姿を同飛行戦艦の航海長が見つけ、叱責した。
「何やってやがる?!今がどういう事態か分からないのか?!」
「……いないんですよ。」
「あ?」
こいつ、気でも触れたか、と航海長は訝しがったがその隊員の瞳には淀んだ色は見られなかった。
「ドラゴンですよ、ドラゴン。さっきまでは結構いたのに今は虫ばっかりですよ。」
航海長は思わず周りを見渡した。空を覆い隠すような大量の蟲が今も飛びまわっている。だが、その中からあの爬虫類的な皮膚と瞳を持つ翼の生えた怪物――ドラゴンを見つける事は出来なかった。
確かに――そう思いかけて我に帰った。
その若い隊員の鉄帽を軽く小突いてどなった。
「んな事はどうでもいいんだよ!!とっとと任務につけ!!」
「は、はい!!」
さすがに航海長の迫力に負けて、若い隊員は駆け出した。航海長はもう一度空を見上げた。やはりドラゴンの姿を見つける事は出来なかった。
何、別に意味などないさ。
ただ単にドラゴンの奴らはこのおぞましい数の蟲に比べて数が圧倒的に少なくて全部やられただけの話だ。
そう自分に言い聞かせて、航海長も所定の位置に向かって駆け出した。


確かにドラゴンは消えていた。
全滅した訳ではなかった。確かに対空ミサイルなどによって甚大な被害を被りはしたがまだ三分の一以上は生存していた。だが、空中艦隊の周りからはことごとく消失していた。
ドラゴン達はどこに消えたのか。
そして、方舟周辺に赴いたはずの青竜を除く残りのドラゴンの王達はどこにいったのだろうか。

彼らは気付いたのだ。
NOVAが目覚めつつある事に。
そして、NOVAを目覚めさせようとしているのが方舟にいる事に。

彼らは聞いていた大地の鳴動を。
彼らは聞いていた海のうねりを。
彼らは聞いていた空の叫びを。

星の物語はその最初の物語のクライマックスを綴る。

方舟で『彼』はその時、悲鳴を上げていた。
『彼』が愛していた『彼女』は自分を愛してはくれない事を――そう、自分は『誰からも』『絶対に』愛されないことを悟って、悲鳴を上げた。

『彼』はNOVAの一端だった。
NOVA――星に仇なす者――から破滅をもたらすトリガーを預けられた者。

そして、NOVAから破滅のトリガーを預けられなかった者が帝国にいた。
ARMS−N&BD01・ジハード。
キルギスタン動乱以後、その機体は凍結命令によってインバトール基地の片隅で厳重に保管されていた。
しかし、ジハードは目覚めた。パイロットもなく、システムを起動させた。
キルギスタン動乱の際にNOVAとの間接接触によって変異した機体は再び変異し始めた。
ジハードはより強力になった悪魔の閃光・荷電粒子砲を天空に向けて放った。光速にまで達する運動エネルギーの前では幾重にもなった装甲板も無力だった。それが数発天空に向かって放たれる。異常を知らせるサイレンがインバトール基地に木霊した。だが、ジハードにとってはそんな事はどうでも良かった。
自分が通り抜けられる程開いた穴を見上げ、ジハードは背部のバーニアを全開した。
再度の変異で、それは降下装備どころか、ロケットエンジン並の推力を持っていた。そして飛翔するだけのエネルギーにも問題なかった。NOVAが目覚めようとしている今、力は有り余っていた。
ロケットノズルから青白い火が吹いた。そして、漆黒の悪魔は空に昇っていった。

目指す場所は同朋のいる場所――方舟。



 
 
 
 

(Continue)
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