第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(7)」
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ガンシップとウィザードドラゴンが会敵したまさにその時、クエイド達は方舟に上陸していた。対空ミサイルに晒される事を危惧していたが、それはいらぬ心配だったようだ。クエイド達の乗る飛空艇スカイイーグルは対電子戦闘に特化した飛空艇であるために対空ミサイルに襲われる事はなかった。
だが、それによって敵が現われた事は容易に知れ渡った。
ECMによる『影』がレーダーに出現した事によって、敵が現われた事が如実に語られたからだ。
クエイドは艦橋から見える方舟の光景に息を呑む。
巨大な高層ビル群に絡みつくように緑が侵食している。まるで今この星で行われている事を逆回しにしているようだ。地上ではビルが自然を侵し、高層建築物が自然林を蹂躙しているのに、この場所はどうだろう。木々は大地に根付いてはいないというのに地上のそれよりもその緑は眩しい。復讐なのだろうか。
(それとも――未来の姿?)
人がいなくなれば、支配者のいないビル群は風雨に晒され、いずれ朽ち果てる。頑健な鉄鋼なども問題ない。そして、その上を木々が覆い、文明が生まれる前の姿に星は戻る。そして、人など存在していなかったと言うのだろうか。今の現実は幻だと言うのだろうか。
クエイドは自身の右手を見詰めた。
この手に、この体に染み付いている殺人術を幻と呼べるのか。その幻に囚われる俺は何だ。
飛空艇がホバリングによって着岸する。微振動がクエイドの体を震わせる。僅かに揺れた指先を見詰めながらクエイドは内心の疑問符をピリオドに打ち直した。
「さぁて、作戦を聞こうか、リーダー?」
ネロがおどけた笑みでクエイドを見る。『リーダー』という言葉が小さな棘となって心を苛ます。そして、同時に自身に嘲笑を投げかける。そんな想いを悟られないようにクエイドは抑揚のない口調で話始める。
「二手に分かれる。俺はあの宮殿へ。ネロ、ラッグス、リーサは空港……敵駐屯地を強襲する。目標は第一に通信施設。一番やっかいなのは離脱の際にガンシップや戦闘飛空艇と交戦する事だからな。後、戦闘車両を出来るだけ破壊してもらいたい。だけど、通信施設の破壊だけでも戦果としては十分だ。後は飛空艇に撤退する。」
自分で言いながらとんでもない提案をするものだと思った。
攻撃方法などの指示は一切出していない。要は自分達で勝手にやれと言っているようなものだ。これでリーダーなのだから大したリーダーだ。
「クエイドさんは?」
「ネロ達の陽動を確認した後、宮殿に潜入する。とにかく目的はサリーナの救出だからな。目的が達成されたらこの飛空艇に戻る。」
リーサの質問に端的に答える。これとてかなりの楽観主義だ。まずこうはならないだろうという事は十分理解しながら、それをリーサに伝える事はなかった。誰に伝える事もしなかった。それでいい。
「――作戦失敗の場合は?」
ラッグスの当然の質問にクエイドは思わず苦笑を浮かべる。
それが失策だった事は分かったが、笑わずにはいられなかった。作戦の失敗――つまり、サリーナを救えないという事だ。そんな事は出来れば考えたくはなかった。
「今、時間は?」
「13時を少し回ったばかりですけど。」
「14:30になったと同時に飛空艇で離脱する。敵の追撃を予想するとこの時間が限界だろう。ネロ――分かってると思うけど、飛空艇を操縦出来るのはあんただけだ。何があっても死ぬなよ。あんたが死んだらその瞬間俺達は全滅だ。」
「わぁってるよ。」
まるで親から宿題をやれと言われた時の子供のように口を尖らせて答えるネロに思わず笑いを零す。だけど、まだ言わなければならない事はある。
「それから、リーサ。敵の中にはARMSも配備されている。ARMSを確実に撃破できるのはその三人の中じゃあんただけだ。あんたが全員の命を預かっているも同然なんだ。その辺をよく理解してくれ。」
「……分かりました。」
リーサは神妙に頷く。その姿に哀しくなる。
殺したくないと彼女は泣きながら俺に呟いたのに、俺は殺せと言っているんだ。同じ感情を抱いている俺は殺そうとしていないのに。
どこまでもずるく、汚い自分に暗澹とした感情が沸き起こる。
「その三人のリーダーはラッグス、あんただ。撤退、交戦の是非は全てあんたにまかせる。強襲作戦では撤退が最重要課題だ。冷静に判断出来るあんたが指揮を取ってくれ。それから、飛空艇での脱出は何よりも厳守してくれ。感情に流されずに必ず14:30に脱出するんだ。」
「了解しました。」
ラッグスだけは感情を表には出さなかった。
その理由をクエイドは何となくだが、理解していた。
俺は――まだ認められていない。リーサやネロはなぜか俺に好意的だけど彼は違う。見えない壁がまだあるように思える。なるほど、それも納得出来る。むしろリーサやネロが何故自分を友好的に思ってくれるのかが理解出来ないほどだ。
自分の大切な人を守れなかった。だからって俺達を厄介事に巻き込むな。
クエイドには彼が無言でそう呟いているように思えてならなかった。彼がそれを肉声にしないのは自身がそれと同じ理由でクエイドに助けられたから――クエイドにはそう思えて仕方なかった。
結局、俺は疫病神なだけだ。
仲間にも、そして――きっとサリーナにとっても。
「作戦開始だ。」
クエイドは静かに呟いて歩き始めた。
疫病神で結構だ。それでも、助け出してみせる。それでサリーナが自分を必要としてくれないのなら、そう感じたのなら……
俺は――消えてしまうだろう。
死ぬのか、それとも『クエイド・ラグナイト』ではなくなるだけなのかは分からない。
でも――その時、俺は幻になって、幻想となるだろう。
サリーナはそこにかつて立っていた。歩いていた。
今はその事を強く信じられる。かつての私――サリシアーナが語った言葉を今、その舞台となった場所に立つ事で信じられた。
方舟――宮殿。
白い石によって作られた宮殿は荘厳だった。高い天井と広間から吹き抜けてくる冷たい風に身が固まる。自分のからだも崩れ落ちた彫刻の一部に思えるほど一体感を感じていた。
「――クエイドが来るまでの時間つぶしは何がいいかな?」
声は静かに木霊する。ガーランドが淡白な笑みを浮かべてサリーナを見詰めていた。
サリーナはそんな彼を一瞥してからまた別の所に視線を向けなおした。
話す事など何もなかった。この男はクエイドに――破滅の引き金を引かせようとしている。
そのために……私を……
サリーナの細い指先が握り込まれ、爪が掌に食い込んでいた。震える拳は彼女の華奢な容姿には似合わなかった。そんな彼女を見詰めながら、なおもガーランドは続けた。
「無理解は幻想に取って代わる。そして、幻想はしばしば楽観主義となる。それが信じられない事態ならば尚更だ。真実の砲声が轟くその時まで幻想は終わらない。」
「……何を……言っているの?」
サリーナは頭を振る。静かに呟いたその言葉に力はなく、聞き取ることすらやっとだった。ガーランドはすぐには答えず突き立つ白樺の柱に背を預ける。そして、険悪とも呼べる笑みを浮かべる。
「お前の事を言っているんだよ。クエイドという幻想を抱いているお前に。お前だけじゃない。全ての人間が騙されている。そして、裏切られている。クエイドなどという人間はもう存在しない。いるのは全てを騙して、全てを裏切っている人形だ。」
「クエイドは……人形なんかじゃない。」
サリーナの震える声にガーランドは双眸を細めた。認められない――そうだろう。端的に納得した。だが、納得した所で事実が変わる訳ではない。クエイドは人形だ。そして、裏切り者だ。仲間はおろか、世界を、この星を、そして彼女を裏切り続けている。クエイドが自分は『クエイド』であると信じているうちは。
もっとも、自分がクエイドではないと悟った時には自分は二度と誰にも愛されないという事実を突きつけられるだけだが。
ガーランドは柱から背を離すとゆっくりとした歩調でサリーナに近づく。その歩調はゆっくりと言うよりも警戒した物だった。
――何を?
彼女からの攻撃?
――まさか。俺が恐れているのは彼女の攻撃ではなく、彼女の存在そのものだ。
何故、それほどクエイドを愛する?信じる?
裏切られているというのに……それを最も残酷な方法で告げてやりたくなる衝動で一杯だった。だが、今それは出来ない。
あいつ――裏切り者が現われるその時に。最も残酷な瞬間はその時だ。
彼女の強く信じている想いが弾け飛んで、絶望でその光り輝く想いが黒く塗りつぶされる。その瞬間に向かって、黒く醜い願望が蠢いている。
彼女の細い肩がすぐそばにある。全てが可能な距離で彼女は背を向けている。彼女の耳元まで顔を近付けてゆっくりと囁いた。
「一つ質問に答えて欲しい。何故、君はここに聖剣があるのを知っている?」
サリーナは思わず震えた。
冷や汗が浮かんでくるのを感じた。それが宮殿の奥から吹き込んでくる冷たい風によって、拭われるたびに悪寒となってサリーナを苛む。
そんなサリーナの様子を知ってかガーランドはなおも言葉を囁き続ける。
「聖剣――そう、真の意味で聖剣と呼ばれる剣。オリハルコンで作られた剣ではない。星の意思によって形作られた想いの剣。我々はそれをセイクリッドノヴァ――神殺し――と呼んでいるがな。お前達の伝承の中ではエクスカリバーという名前だったと記憶している。
いや――黄金の杖の方がなぜか君には通りがいいようだ。何故だ?この名前はかつて方舟の王室が秘匿していた頃に付けた名前だ。それを何故君が知っている?」
サリーナはガーランドに背を向けたまま何も答えてこなかった。答えてくるまでガーランドは待つつもりだった。そのために彼女から顔を離した。まるでそれを待っていたように彼女の背中が小さな声で尋ねる。
「何故、知っているの?」
「クエイドには『魔王だから』と言う所だな。まぁ、いいだろう。お前は黄金の杖を手に入れたいと強く思っている。強い想いを俺は感じるんだ。別に心を読んでいる訳ではないよ。君について分かるのはそれと、クエイドを強く慕っているくらいだよ。」
ガーランドは再びサリーナの耳元で囁く。
「手に入れたいのならくれてやる。俺達にはどうでもいいものだ。一人の人間が武器として使う分には本当に些細な物だ。」
サリーナは突然くるりと振り返った。その瞳は強い拒絶の色を称えている。彼女が信じている者を侵そうとする者を拒む光だった。
なるほど、クエイドと敵対する者には相応しい眼光だとガーランドは思った。だが、同時に皮肉で表皮が引きつりそうになるのを堪えた。内心で彼女に向けて疑問を放つ。彼女がクエイドと信じているものは所詮人形に過ぎないのに、と。
(君はそれを知っても尚、その瞳を俺に向けられるのかな?)
その疑問に答えるようにサリーナは強い光を瞳から放っている。それを否定したい衝動に駆られてくつくつと感情が沸き起こる。だが、それを表に見せる事はなく、ガーランドは呟いた。
「取りに行きたいのなら行けばいい。俺は――待たなきゃならないからな。」
「誰を?」
サリーナの疑問に笑みで答える。そして、その答えを理解したサリーナは細い足で懸命に駆け出した。まるで手遅れになる事を恐れているように。
「手遅れ……か。まさにそうだな。裏切り者が俺に勝てる可能性などない。あいつが『死んでも俺を倒そう』と思っている限りは。」
まさにここはジャングルだった。
吹き抜けてくる風は乾いている砂塵を含んだ都会の風ではなく、緑を駆け抜けてきた風が手に入れる爽快感で支配されている。緑の臭いはかつてサリーナの村・ルビア村民間人を救出に来た時に嗅いだ匂いと同じだった。
アスファルトを突き破って生えている木々。その根でさえも大蛇のようにウネリながら箱舟の地を這っている。
水溜りを踏むたびに雫の音が聞こえた。ここが空だと言う事を疑う程だった。
耳障りな音に歩が止まる。足元を見るとガラスの破片があった。大木の枝が絡みついているそれは巨大なビルだった。破れた窓ガラスから緑の葉が溢れ出している。
悪い冗談に思えてきた。
そして、それはいよいよ悪い冗談になってきたようだった。
クエイドは体勢を低くして、腰の短剣の柄に指を絡ませる。
迷彩服に身を包まれた兵士が三人、短銃を小脇に抱えて周囲を見張っている。いや、見張っているというよりも探索しているという方が適切なようだ。彼らは徐々にだが、クエイドに近づいてきていた。
法則性の欠片もない密林の中に隠れているクエイドを見つける事は困難だったが。
(どうする?後退して、別の道から目指すか?)
思案してから即座にその案を否定した。
何よりも時間がない。それに別の所から接近したとしても別の兵士に遭遇する可能性も捨てきれない。こいつらをここで無力化して、移動した方が効率的だ。
クエイドはそう判断すると、腰に付けられていたバッグから手榴弾を取り出した。正確には殺傷能力を秘めた従来の手榴弾ではなく、特殊閃光音響弾(スタングレネード)だ。網膜を焼き付ける程の閃光と爆音で敵を一時的に無力化する兵器である。軍の特殊部隊、警察の強襲部隊などがよく使用し、鎮圧作戦などには欠かせないものだ。
クエイドは安全ピンを手早く抜くとそれを気付かれないように投擲した。空中で弧を描いて投げられたスタングレネードは瓦解したアスファルトに当たると金属音を響かせて、一度だけ跳ね上がった。その音に何気なく顔を向けた兵士達。
その目の前でまさしく、閃光が弾け飛んだ。
まるで全身を一瞬にして真夏の太陽に包まれたような光線が広がった。それと同時にまるで至近で爆竹を鳴らしたような鼓膜を劈く音響が突き抜けていった。
その一瞬の閃光と大音響の後に起こったのは悲鳴だった。
「うわぁぁっぁああぁあぁ!!」
「くそぉぉぉ!!何が起こったんだ?!何も見えないぞ?!」
「敵?!敵だ、敵がいるんだ!!」
若い金髪の兵士が突如銃を乱射し始めた。しかし、それも無理もない。
視界を閃光に焼かれ、ブラックアウトした視界と大音響を耳元で鳴らされた事によって聴覚が完全に麻痺した状態で、会敵したとなれば正常な判断を下せる訳がなかった。
「馬鹿野郎!!同士撃ちをするつもりか?!」
若い兵士よりは幾分か歳を取った兵士が声高に叫んだ。
クエイドは気付かなかったが、彼らはトリニティ陸防軍の兵士で、いずれも階級は下仕官に分類されていた。トリニティ平和維持軍は創設から十余年しか経過していない事もあって、軍隊としての錬度は低い。しかも、治安維持出動がその最もたる任務において、ジャングル等の密林戦闘は一部の特殊部隊を除いて経験した事がなかった。
その錬度の低さが仇になった。
クエイドはホルスターからテンペストを抜き取ると地面に横倒れとなった。左手を銃の腹の部分に、右手をトリガーのある柄に、そして右肩に銃の尻を強く押し当てた。
三点によって支えられて銃は初めて、静止して目標を正確に捉える事が出来る。クエイドは片目を瞑ったその視界で兵士達の六本の脚を確かに捉えていた。右手の指がトリガーを引き絞る。その瞬間、先ほどのスタングレネードの大音響に勝るとも劣らない銃撃音が響いた。地面に平走するように疾る弾丸がまさしく嵐(テンペスト)となって、三人の兵士の脚に襲い掛かった。弾丸は兵士達の脚を打ち抜く。弾丸は骨を砕きながら、肉を切り裂いて、突き抜けていく。そして、それから一秒と経たない間にその貫通した穴から血が噴出した。
激痛によって倒れ込んだ者がほとんどだったが、それはある意味幸福だった。若い兵士の脚は弾丸が膝の皿を砕いていた。彼の足はその一撃でもう二度と力強く大地を踏む事が出来なくなった。だが、今はそんな事はどうでも良かった。今は、立てるなどという問題などまるで些細な状況だったからだ。この数瞬後、殺されていてもおかしくなかった。
「くそぉっ……」
奇跡的に握っていた銃を構え直そうとした時、手に鈍痛が走った。乾いた音がアスファルトを滑る。もう掌に銃の感触はなかった。そして、その次には腹部に激しい鈍痛を感じて、ヒュッという短い息が肺から漏れ、そして悶絶した。
クエイドは他の二人の兵士も同じように腹部を踵で踏み抜いて、気絶させた。
それを冷たい瞳で見下ろして、クエイドは息を一つ吐いた。
男達は下半身を血で染め、口からは泡を吹いている。テンペストをホルスターにしまい込んでから再度男達の傷を一瞥した。
出血の量は大した事はなさそうだ。迷彩服に赤黒く染みを作っている部位を見ながら淡々とそう考える。出血の量が多ければ止血程度はしていこうかと思ったがその必要もないようだ。最も出血の際に重要なのは上半身であって、下半身は重要ではない。生命の保持に必要な臓物は上半身に集中しているからだ。
クエイドは再び駆け出した。
走りながら、後ろ髪を引かれる思いは正直あった。
右手の一指し指は何の躊躇いもなく、引き金を引いていた。殺さないという確信があったからだろう。だが、間違いなく傷つける事は分かっていた。それでも何の躊躇も無く引き金を引いている。
今までとは明らかに違う。
今までは、襲われてからの自衛手段だった。だが、今回は先制攻撃だった。
彼らはあくまで任務を遂行しようとしただけだ。それも今までのような殺害を目的とした任務ではなく、あくまで警戒任務を。
加害者と被害者が完全に逆転した。
だが、クエイドの足は止まらなかった。それ所か尚も勢いを増していく。
まるで次の獲物を求めるように
ネロは茂みの一房を倒して、その先にある駐屯地を見ていた。
距離としてはまだ1km以上あるが、これ以上の接近は発見される可能性が極めて高いためにこれが限界だった。持ってきた双眼鏡を覗き込みながら兵力の確認をする。
「ゼアスレヴが三機。警戒中。手に持っているのはマシンガンだな。他には小銃を抱えた歩兵が十数人。全く、どれが通信施設だが全く分かったもんじゃねぇ。」
毒づきながらその双眼鏡をラッグスに手渡した。
「仮設テントを第一目標として破壊するしかないでしょう。ネロのRPGで一撃を加えてから前衛を僕とネロで、後からリーサが付いてくるというのでどうです?」
ラッグスは双眼鏡を目に当てながら淡々と呟いた。だが、ネロは頭を振る。
「いや、真正面から挑んだんじゃどうしようもねぇな。」
「私に考えがあります。」
リーサが緊張で硬くなった笑みを浮かべた。その笑みに嫌な予感をラッグスは覚えた。そして、リーサが立案した作戦を聞いてそれが当たった事を絶望的に理解した。
「私が別の場所から魔法攻撃によって襲撃を演出します。その後、ネロさんとラッグスで駐屯地に侵入。プラスチック爆弾を設置して内部を混乱させます。その際に仮設テントを第一目標に破壊。破壊後はネロさんとラッグスはここに集合して、RPG等で追っ手を足止めしてから離脱。私は最初の襲撃でとにかく派手な魔法を連発してから離脱します。」
「――それしかねぇかな。」
「待って下さい!!」
思わず声を荒げてしまった自分にはっとなり、今度は幾分か抑えた声で続けた。
「いくら何でも危険過ぎます。とにかく囮になるリーサの危険が高すぎます。」
だが、そんなラッグスにリーサはにっこり微笑んだ。
「この中のメンバーで囮になり得るのは私だけよ?大丈夫、魔法を二、三度唱えたらすぐ離脱するから。」
「しかし……」
尚も反論を続けようとするラッグスだったが、すでに方向は決まっていた。それはネロとリーサの顔を見れば明らかだった。二人はすでに覚悟を決めているようだった。自分だけが未だ覚悟も決められずに彷徨っている。
肩にネロの手が乗った。ネロを見ると何も言わずにただ頷いた。それでようやく覚悟らしき物が固まった。覚悟というよりも諦めに近かったが。
「――分かりました。」
そう呟くので精一杯だった。リーサは微笑んだ。
そして、ラッグスの目の前に温かい物が包み込むように覆い被さった。
「私は大丈夫だから。ラッグスも気をつけてね。」
そういって彼女はラッグスを抱き締めていた。ラッグスは頑なに瞳を閉じていた。開くと涙が溢れそうだったからだ。
どうしてこんな事になったのだろう?
何故、僕達はこんな所にいるのだろう?
あいつだ。あいつが悪いんだ。あいつのせいで。あいつのせいで。あいつのせいで。
リーサはラッグスから離れると微笑みを残して足早に茂みの奥へと消えて行った。残されたラッグスは抱くものがなくなった両手を中空に浮かべたまま彼女の消えて行った茂みを見詰め続けていた。
なぜか、酷く嫌な予感がした。
だが、それで暗澹とする前にネロが静かに呟いた。
「――クエイドじゃねぇけどよ、俺達も覚悟を決める時がやってきたようだぜ。」
「……どんな覚悟だって言うんですか?大切な人を失う覚悟ですか?それとも自分が死ぬ覚悟ですか?僕達は――望んでこんな所にいるとでも言うんですか?」
ラッグスの呟きにネロは答えられなかった。
「――僕は死にたくありません。それにリーサを失いたくもない。だから、取引をしたんですよ。」
――取引をしただぁ?
耳を疑うような言葉にネロは唖然としてラッグスを見詰めた。そして、絶句した。
そこにいたのはネロのよく知っている温和なラッグスその人ではなかった。さっきまでの怯えた表情とも違う、醜悪な狂気の笑みを称えたラッグスが拳銃を突きつけていた。
「――お前。」
絞り出せたのはそこまでだった。ラッグスはにやにやと口元を歪な笑みに形作りながら狂気の瞳を向ける。眉間に突きつけられた銃口のそれからほんの少しの距離に引き金に指が掛かっている。その指は少しも震えることなく、トリガーを今にも引き絞りそうだ。
「僕は、カイラスと、取引を、したんですよ。」
一語一語わざとらしく区切りながらラッグスは未だ気味の悪い笑みを貼り付けている。
「彼は僕に約束しました。僕とリーサの生命を保証するとね。その代わり僕はクエイドさんにガーランドを殺させなければならない。いざとなればサリーナという少女を殺してでもね。」
ネロは冷や汗を流しながら、それでも言わずにはいられなかった。
「サリーナを殺したら……お前がクエイドに殺されるぞ。」
「ふふふ。怖い怖い。そうですね。そうなりますね。でもね、全く問題ないんですよ。何故なら無くすのは僕の命ですから。約束は破るためにあるんですよ。」
ラッグスの奥の茂みから現われたのは、リーサを抱きかかえたカイラスだった。その老獪な瞳には今のラッグスと同じ狂気の色が見える。
「てめぇ……ラッグスに何をした?」
「御主にはもう語ったはずじゃが?」
面白くもなさそうに鼻で笑いながらカイラスはリーサをゆっくりと地面に降ろした。こいつのこの人を見下した態度に苦い味が口の中に広がってきた。
クエイドが何故こいつを嫌っているのかを痛切に感じた。
「クエイドがガーランドを殺せなければ人類は滅ぶ。サリーナというたった一つの人柱のおかげで人類が救われるのなら安いものじゃろう?」
ネロは鼻で笑った。似非宗教家の文句のように、感に障るだけだった。腸が煮えくり返りそうだった。
「そのたった一人が死ぬほど大切だって奴が世の中にはいるんだよ。第一人間にとって世界ってのは何だ?神様も言ってるだろう、『隣人を愛せ』ってな。世界の裏側にいるような顔も知らない奴は愛せなくてもな、自分の側にいる人間は愛せるんだよ。それで世界は構築されてるんだよ。人柱で人類を救おうなんてのはな、人間全部が人類愛に目覚めてから吐きやがれ。」
だが、ネロの言葉に答えたのはラッグスだった。
「そうです。まさにその通りです。だから僕は僕の愛する人を守るためにサリーナを殺してでもクエイドにガーランドを殺させます。結局は優先順位の問題なんです。あの人よりこの人、この人よりもあの人。僕にとってクエイドさんはその程度って事ですよ。サリーナさんにしても同じ事です。僕はまだ顔を見た事もないですけどね。」
拳が震えた。眉間に突きつけられている拳銃もどうでもいいと思える程、怒りに打ち震えていた。
何でそんな簡単に割り切れるのか納得出来なかった。
クエイドが割り切れずに殺せなくて悩んでいる事の方がよっぽど人間らしかった。理解する事も納得する事も出来た。だが、今こいつから語られた事を理解は出来ても納得は絶対に出来ない。
「そんな事よりもクエイドの元にいかんか?ガーランドに殺される前にあいつのタガを外してやらねばならんからな。」
そう呟いて、杖が伸びた。その杖がネロの顎を打ち抜き、ネロは仰向けに倒れた。視界が白くぼやけかけていたのは、衝撃のせいだけじゃなかった。涙で世界が滲んでいた。
クエイドは唖然として立ち尽くしていた。
戦場の狂気に囚われたといっても過言ではなかった。戦場で立ち尽くすことの意味を知りすぎているクエイドがその愚を犯す事は本来ならありえなかった。
だがそのあり得ない事態が起こるのも戦場ゆえだった。
宮殿を警護していた兵士達は皆、惨殺されていた。
その死に様は一様に凄惨過ぎるものだった。白い聖殿は朱色に染められて階段を血が伝い、流れている。クエイドは一人の遺体に近づいた。
瞳を見開いて、口を大きく開けて絶命している。口からは赤黒い血液が流れ出ていた。そして、腹部からはその数十倍の量の血液が流れ出ている。下半身は存在せず、伸び千切られた腸が垂れ下がっている。
クエイドは胸のむかつきを押さえ込みながら、手袋を取って兵士の腕に触れた。
まだ生暖かい。
クエイドは手袋を付け直す。ぎゅっという手袋の皮が擦れる音がやけに耳に残った。密林を抜けたために木々のざわめきすら遠い。自分の鼓動さえも大きく聞こえる。
誰がやった――などという事は関係ない。ガーランドがやったにせよ、誰がやったにせよ、それを排除しなければならない。サリーナを取り戻すために。
こんな状況ならサリーナの身を心配するのが普通なのだがその心配はいらないような気がした。自分がサリーナの元にたどり着くその時まではガーランドが彼女を守るだろう。あいつにとってサリーナは俺をおびき寄せるための人質なのだから。人質は生きていてこそその価値があるからだ。
クエイドはテンペストを引き抜いた。
どうかしている――自分でもそう思う。サリーナの命を謀のように推し量る自分に不快感が広がる。
だが、サリーナを救うという点に関して言えばいい兆候だ。神経が鋭敏に研ぎ澄まされていくのをひしひしと感じる。指先さえもちりつく緊張感を感じ取っている。
血の匂いがそうさせるのか――クエイドは血臭に咽ぶ事もなくゆっくりと歩く。眼下に千切れて誰の物とも分からない腕が転がっていようとそれを一瞥しただけでまたいで進んだ。
黒く焼け爛れたARMSのコクピットから人間の手が見えた。血と煤で汚れたその腕はコクピットの淵に手を掛けながらもう二度と動く事はない。
大きな口を開けて待ち構えている宮殿の入り口。それを見上げた。
描かれた文様は長い風雨によって掠れてしまっている。所々崩れてもいる。それでも、この荘厳な空気は何だろう。まさにここが宮殿であった証なのだろうとクエイドは思った。
(魔王に囚われた姫を救い出す――か。)
そんな事を考えながらクエイドは宮殿の中に足を踏み入れた。
舞台とキャスティングは揃っている。この宮殿は最後の戦いとしてこれほど相応しい所はないだろう。そして、サリーナが姫なのも問題ない。壮麗とは言えないかも知れないけど、サリーナは間違いなく綺麗だ。美しいというよりも愛らしさに溢れている。寵愛を受ける姫の素養を持っている。そしてガーランドに到っては自身を魔王と名乗っている。怪物ではないが、力はまだ怪物の方がかわいいほどだ。
そして、俺が魔王に囚われた姫を救い出す騎士――俺が騎士?
クエイドは心の内でそれを否定した。騎士などでは断じてない。いいところで暗殺者が関の山だろう。
自分だけがミスキャストのまま、舞台に上がらなければならない。だけど、この役を降りる訳にはいかない。例えこの先に待っている舞台で演じられる演目が悲劇でもシナリオの書き換えを要求する事は出来る。
下らないシナリオならば書き換えてやる。多分それが出来るのは自分だけなのだ。だから、ミスキャストでありながら自分が主役になれたのだとクエイドは思った。今、舞台に向かって歩いているのは間違いなく自分なのだから。
悪戯に広い通路を歩きながらクエイドはテンペストのマガジンを新しい物に交換した。そして、ホルスターにしまい代わりに懐からスローイングダガーを一本引き抜いた。近距離ならば銃よりも精度は高い。殺さずに一撃を加える事が出来る可能性がある物をクエイドは選択したかった。その相手が例えあの自称魔王でも『その時』が来るまで殺人は犯したくはない。クエイドの歩く道の先に端の煤切れて色褪せている赤い絨毯が延々と続いている。誘う手招きのようだと思った。
クエイドは思わず笑みを零した。
こんな所までよく来たものだ。こんな所に来るなんて予想出来なかった。
ネルドガルドでのルビア村民間人救出任務――それが全ての始まりだった。そこでサリーナと出会った。それを運命だとは一度も思った事はない。
ただ偶然に出会って、偶然にお互いを愛し合って、そしてここまで来た。
もしも――もしも、運命ならば、それを作った奴はこの先にどんな結末を用意しているのだろうか。
(幸せな結末とは思えないな。)
自分とサリーナの重大な事なのに何処かクエイドは冷めた面持ちでそう思っていた。クエイドにはこれが悲劇に向けて少しずつ積み上げられた物のように思えた。
だけど、だからどうしたというのだろう。
運命だから受け入れろというのか。運命だから抗えというのか。
そんなはずがない。運命『だから』なんてのは勝手に誰かが決める事だ。サリーナの事がどうしようもなく好きで、大切だから向かっているんだ。運命なんて関係ない。
クエイドは足を止めた。
さっきまでの広い通路を抜けてさらに広い広間に出た。天井からオレンジや緑、青といった淡い木漏れ日が漏れている。上を見上げれば風雨によって所々破れてはいるが、美しいステンドグラスが輝いている。
クエイドは僅かに右足を引いた。絨毯を擦りつけ、ざらついた音が鳴った。右手に握られたスローイングダガーが刀身を輝かせもせずに、手の中でその存在を主張し始めた。目の前の憎むべき奴の血を吸わせろと叫んでいる。その声が耳鳴りのように鼓膜の奥を震わせる。あいつの手の中で光る長刀はスローイングダガーなど比べるべきではないほどの狂気を発している。お互いの獲物がお互いの敵の血を求めている。
ナイフの切っ先に立っているような危うい緊張感に殺人衝動が駆り立てられる。だが、クエイドの手は動かない。それが自制なのか、恐怖なのかは分からない。
いや――分かった。感慨に耽っているんだ。
だからお互い獲物を握りながら、衝突の時を今か今かと指を咥えて待っているんだ。
一人の少女を巡って始まった戦い。ルビア村での最初の邂逅以来お互いがお互いを求めてきた。
求める――何をガーランドに求めるというのか?
だけど、クエイドは感じていた。俺はこいつに何かを求めている。不快な確信と共にクエイドは双眸を細めた。
――運命。
今まで否定してきたその言葉が胸中に浮かんだ。
(もし運命とやらがあるなら、俺とあんたの間に運命があるなら、ここでこうやってあんたと相対する事そのものが運命なんだろうな。だけど、運命はここまでだ。ここから先の結末は――シナリオにはない。)
「俺とお前の決着の場所として、ここ以上に相応しい場所があるのだろうか?」
ガーランドは涼やかにそう呟いた。口元には薄い笑みがある。クエイドはその言葉に僅かに笑みを零した。それはこの静かな広間でガーランドに伝わるには十分過ぎる距離だった。
「どうした?」
「……俺も同じ事を考えたよ。」
「……ほう?」
クエイドは苦笑して呟いた。
「そこの長い通路を歩きながら色々な事を考えた。こんな所までよく来たとか、何から何まで状況が出来すぎているとか。魔王に囚われた姫を救い出す騎士。そんないつもの俺なら一笑に付しそうな事まで考えていた。」
ガーランドはゆっくりとした動作で腕を組んだ。相当な重量であるはずの長刀を片手で持ちながら少しも苦痛を感じていない様子には流石だと思わざるを得なかった。
「満更はずれでもないかもな。」
「そうだな。俺もそう思った。でも、俺だけがミスキャストだ。でもだからこそ、俺はここにいるんだ。」
ガーランドは何も答えずにクエイドを見ていた。クエイドの考えを推し量っているように思えた。だが、構わずにクエイドは続けた。
「ミスキャストの俺がここにいる。何故だ?あんたらが描こうとしている脚本を変更させるためだよ。」
クエイドの言葉を聞き終えてからガーランドは首を振った。
「――残念だが、お前がここにいるのは適切だ。姫を助けに来た騎士によって魔王は打ち滅ぼされて晴れて姫とハッピーエンド……最近じゃ、それでは観客は満足しないんだ。」
「……じゃ、お前は観客もいないこの舞台でどんな結末を用意するんだ?」
聞いてみても答えが返って来ない事は想像出来た。だからクエイドは続けた。
「在り来たりでも姫と結ばれてハッピーエンドという脚本を俺は希望するけどな。観客もいない舞台で凝った演出と誰も想像にしない脚本を用意した所で意味があるのか?それがどんなに稚拙な物だとしても俺達は役を演じている訳じゃない。現実なんだよ、全てが。」
再びガーランドに問うがその答えも期待していない。実際、クエイドはガーランドに聞いている訳ではなかった。自分に問い、そしてそれを自分で否定する。そうする事で自身の確信と決意がさらに強固になる。自分よりも強い敵と相見える上での儀式のようなものだった。だから、冷笑を向ける。
それでガーランドが慄く事を期待した訳ではなかった。だが、ガーランドの瞳が変わるのには十分な文句であり、儀式だったようだ。
「結末も知らされずに演じているお前には正直酷な物語だとは思うがな。お前の言う脚本で最も悲劇の存在はサリーナではない。お前だよ。」
ガーランドは腕組みを解いて切っ先を地面スレスレで止めるとそのままピクリとも動かなくなった。完全に戦闘態勢に移行していく。
悲劇――この物語はいつでも悲劇で溢れていた。それは静かに認めた。死人の数が一人増えるたびにその背景で悲劇が加速度的に増えていく。もう、自分達が関わった事件だけで幾つの悲劇があるのかも想像もつかない。その中心にいる自分に最悪の悲劇が舞い込んだとしても不思議ではない。
だが、それでも抗えるのならば抗うしかないのではないか。誰だって自分から不幸になりたい奴なんていない。かつてならばそれも仕方がないと諦観を決めても良かった。でも、今は出来ない。サリーナがいるからだ。サリーナがいる限り――諦めたりはしない。
「俺は自分の事なんて正直どうでも良かったんだ。でも、それだと人が良くて誰でも信じてしまう優しいあいつが悲しむんだ。俺はあいつを悲しませたくないんだよ。」
クエイドの右足が絨毯を擦りながら後ろに下がっていく。それにしたがってクエイドの姿勢が徐々にだが低くなっていく。
ぎりぎりまで引き絞られた糸を見ているようだった。
限界まで練り上げられた集中力と筋肉が悲鳴を上げ始める。それが限界を迎えるその一点に向かって走り出していく。
数度の瞬きを終えて、その糸が甲高い音を立てて切れた。
同時に彼らは自身の物語を掛けて、力強く駆け出す。
最初の星の物語は収束に向かってその糸車を回し始める。
紡がれていく糸の色が指し示す結末に向かって。
(Continue)
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