EARTH
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| 1997年 レイキャンベル極秘軍事演習
真実を見る準備はいいか 3年前のその時に 何が起こったのか お前は思い出せるか そして 知るだろう オレたちには血の祝福しかない さぁ 始まりの宴を血と狂気で染め上げよう 全ては ここから始まる 第7章「天空の城 過ぎ去れし残影に映る過去と今(9)」 ============================================================= 「お前は人形だ。」(お前は人形だ) その言葉が静かにクエイドの心深くに染み渡っていく。そして、それに答えるように内側から同じセリフが返って来た。 ドクン。 心臓が一つだけ大きく鼓動した。クエイドは動揺を見せまいとあれほど嫌っていた能面を作っていた。 「どうして、どうしていつもそういう事を言うの!!」 サリーナの非難の声に珍しくガーランドが殺意を放った。そのあからさまな恐怖にサリーナはそれ以上言葉を続ける事が出来なくなった。 「サリーナ……ガーランドの言葉を聞かせてくれ。」 「クエイド?」 サリーナはクエイドの予想外の言葉に耳を疑った。しかし、クエイドはサリーナに視線を投げかける事無く、ガーランドを見続けていた。その姿に何か、嫌な予感が過ぎる。 何も言わないサリーナを肯定と受け取ったのか、ガーランドが再び口を開いた。 「現在帝国軍部が進めているN計画はかつてのある同名の計画の副産物として誕生したものだ。その最初のN計画――旧N計画でクエイド、お前は創られた。」 「……クエイドが……創られた?」 愚かしいとは思いながら、サリーナは同じ言葉を繰り返した。ガーランドは小さく頷く。 「N計画を語る前にNOVAという存在について教えねばならないな。」 『NOVA』 その言葉にサリーナははっとした。そして、だんだんと怖くなり始めた。必死で両手に収めている水が指の隙間から染み出してくるように、何かが崩壊の兆しを見せ始める。それに気付かず――本当は気付きながら、それを否定しつつ――サリーナはガーランドの言葉に聞き入り始めていた。 「かつて――1万年以上昔、この星に史上最悪の災厄が現出した。その暴虐な力から我々はその存在の出現を『神の現出』と呼んでいる。現われた神の如き力を振るうそいつによって、当時の人類の文明は崩壊した。――信じられるか?今よりも高度に発展し、宇宙にすら進出を果たしていた人類が勝てなかったのだ。『星』は現われた『神』に危機感を覚えた。その『神』は生命そのものを破壊し、そして星さえも破壊しようとしていたからだ。そのために俺――魔王が誕生した。魔王・神・人類との三つ巴の戦いの果てに魔王は敗れその体を八つ裂きにされた。だが、神も無事ではなかった。星の奥深くに逃げ込み力を蓄え始めた。人類は――『星の冬』と呼ばれる極寒の時代を迎える事になった。その時、神と呼ばれていた物の一部を二十数年前に人類が発見し、コードネームを与えた。それが『NOVA』だ。」 神――そう呼ばれたNOVAをサリーナは知っていた。 サリシアーナが語ったクエイドを救う上で最後の障害になる存在――それが今ガーランドの語った存在だと思うと思わず震えが込み上げてきた。しかし、それでもサリーナはクエイドに悟られる訳にはいかないと気丈にガーランドを睨みつけていた。 「その発見者達はNOVAの僅かな肉片の性質に注目して、悪魔の計画を立案した。NOVAの肉片から取り出した細胞を人間に付加する事で、人間を越えた人間を作ろうとしたのだからな。当然、そんな荒唐無稽な計画が成功するとは我々は思いもしなかった。だが、たった一人、眠りから冷める事はなかったが生き残った個体があった。個体名称『μ−048』。それがお前だ、クエイド。」 芝居じみた動作でガーランドの指がクエイドを指した。だが、クエイドはそれを鼻で笑った。さっき言った脚本をこいつは悲劇から喜劇へと転化させようとしているのだろうかと疑った。 「バカバカしい。『μ−048』?そんなのお前のお得意の『レイライン』とやらでとっくに調べていたんじゃないのか?何故それを今ごろ、俺だと言うんだ?」 「お前の言うとおり『μ−048』を確かにレイラインで捉えていた。だが、我々から見れば『μ−048』は失敗作に見えた。眠りから覚めず、本体を呼び覚ます事も出来ないからだ。だから黙認し続けた。帝国も旧N計画に見切りをつけて翌年には機械とNOVAの融合という現在のN計画を起こしていたしな。それによって生まれたのがジハードだ。お前も二度、奴と遭遇しているはずだったな?」 ガーランドの『ジハード』という言葉にクエイドの表情が変わった。 忘れるはずもない。 キルギスタンでは姿こそ確認していないが、ガーランド曰くあの動乱に投入されていたらしい。それに3年前のレイキャンベル極秘軍事演習ではガーランドさえも上回る暴虐の力を目の当たりにしている。あの時、一介の帝国軍兵士として任務に従事し、そして同僚の全てを失い、自分も軍から去った事件。 思い出すだけでも、あの恐怖に冷たい汗が流れ落ちてくる。 「言わばお前はそのジハードと兄弟になる訳だ。N計画によって産み落とされた祝福を受けない破壊の申し子として。」 「くっ!!黙れ!!」 クエイドは不自由な体を必死で動かして叫んだ。体が動いていればガーランドに飛び掛っているところだった。そんなクエイドをサリーナが必死に制している。彼女の小さな手が自分を押し留めてくれなければクエイドはもしかしたらガーランドによって殺されていたかもしれない。それでも、あのジハードと兄弟と言われるのだけは許せなかった。 ガーランドはクエイドの様子を一笑に伏してから言葉を続けた。 「『μ−048』は旧N計画の中止と共に廃棄の予定だった。だが、素材としては興味深いと思った生体科学研究機関バロン局長モーリスンによって極秘裏に秘匿された。当初はバロン帝国本部に保管されていたが事実上、バロンはすでに存在していない。CITの調査を危惧したモーリスンによって極秘裏にバロン・レイキャンベル支部への移送が計画された。それがだいたい3年前だ。」 ガーランドは冷笑を浮かべる。その表情にサリーナは怯えた。 (……ダメ……) 微かに首を横に振った。何か――これ以上ガーランドの話を聞くとクエイドの存在そのものが消えてしまうような恐怖に襲われていた。 だが、口からは声が出てこなかった。胸にはいくつもの言葉が去来するのに決して声となって喉から出る事はなかった。 「――3年前、これが一つのキーワードだと思わないか?レイキャンベル極秘軍事演習があったのも、3年前。『μ−048』つまりお前の移送があったのも3年前、しかも場所は同じレイキャンベル公国だ。」 クエイドは頭を振る。何がキーワードなものか。 心の奥底で悪態を付く。ガーランドの人を見下す冷たい微笑みに苛立ちと嫌悪を覚えながら、クエイドは嘲笑を交えて答えた。 「だいたいなんで俺が『μ−048』なんだ。あんたの言う3年前というのが言葉通りだったとしてもレイキャンベル公国は広い。それにほとんど同じ時間、同じ場所で鉢合わせになる可能性なんかない!!それに俺はその時、レイキャンベル極秘軍事演習に参加――」 「参加などしていない。確かに『クエイド・ラグナイト』は参加していたが、『お前』は参加していない。お前は人形であり、お前の名前は『クエイド』ではなく『μ−048』だからだ。」 クエイドの言葉を遮って、ガーランドの言葉が冷たく、だが強く告げられた。その言葉にクエイドは言葉を失った。そして、うな垂れる。 体が震えてくる。怒りで体が震える。血管が煮えたぎっているのではと思える程に体が熱かった。 俺が――クエイド・ラグナイトじゃなくて、『μ−048』?人間じゃなくて、人形? 怒りで腸が煮えくり返りそうだ。怒りで一杯のくせに頭は冷水を浴びせているように冷たく、冴えてくる。今も、どうやってガーランドの口を閉じさせようかを考えている。目まぐるしく想定される極悪非道の方法を行う寸前でガーランドが再び言い放つ。 「お前が自分はクエイド・ラグナイトであると言った所で人形のお前の記憶など信用出来るか?NOVAと死体の合成品。出来損ないの化け物。人間のつもりの木偶人形。――N計画生体サンプルコード:NUX−048・個体名称『μ−048』。それがお前の全てだ。」 その言葉でクエイドは行動に移した。 クエイドは飛び起きると大きく体を跳ねさせた。右手の手は硬い拳を作っている。ガーランドの真芯目掛けて拳を密着させる。そして、それにガーランドが反応したと同時に裂帛の気合と共に渾身の一撃を見舞う。それがクエイドの思い描いた構図だった。 だが、ガーランドと密着したその瞬間にガーランドの姿が掻き消えた。 (――魔法?!) クエイドは辺りを見渡す。だが、周辺さえも変化していた。広間だったはずが、何時の間にか夜のジャングルの中心へと誘われていた。 (!!サリーナは?!) クエイドは後ろを振り返るとサリーナもおろおろと周りをきょろきょろと見回していた。その姿に安堵の息を漏らしてから自分の足元に視線をやる。 コケの蒸した湿気を含んだ土と所々雑草が生えている。場所によっては木の根がせり出している所もある。空を仰げば木々の幹が網目状に張り巡らされている。葉の茂みの隙間から欠けた月が覗いていた。 クエイドは片膝を付いてその土に触れた。その感触を確かめて、クエイドは確信した。 「……やっぱりか。」 そう呟いてからクエイドは手を離した。 「ク、クエイド、これ、どういう事?」 おろおろとしているサリーナに向かってクエイドは軽く微笑んで答えた。 「幻覚だよ。多分ガーランドの魔法による幻。土を触ってみろよ。土の感触なんてしない。さっきまで俺たちがいた床だよ。」 その言葉にサリーナも膝をついて、土にしか見えない地面に手を付いた。 (――本当だ。) 掌にはひんやりと湿った土の感触ではなく、乾いた埃っぽい感触があった。指先には見える限りそんな物などない、細かい瓦礫の破片が触れる。どこか、不安になってきた。 目に映る物に真実の姿がどこにもない。 実際はあの方舟・宮殿の広間のままなのに、そこに見えるのは密林の夜のジャングル。偽りだらけのこの場所でガーランドは今、自分が唯一信じているクエイドさえも偽りの存在にしようとしている。 だけど、サリーナは知っている。だからこそ、不安になってしまう。 (クエイドの中に――NOVAがいるのを私は知っている。) 辺りを警戒するように険しい双眸を忙しなく向けているクエイドを見詰めながら、サリーナは思った。 だとしたら、ガーランドの語る事は正しいのかもしれない。クエイドはμ−048なのかも知れない。だけど――それが何を意味しているのか。 クエイドに――私が知っている事を伝えるべきなのだろうか。 彼の名前を呟こうとしても、口元が微かに震えただけだった。彼の姿が儚く見えてしまう。 名前を――言う事が出来なかった。 彼にそれを伝える事で――彼がいなくなってしまうのではないかと思ってしまった。 「くそっ!!ガーランド!!どこだ?!」 クエイドはついに苛立ちから声を荒げた。ぶつけられない苛立ちと怒り、そして不安にクエイドは耐えられなくなっていた。 偽りのはずのジャングルに不思議と声が響き渡った。木々のざわめきさえ聞こえてくる。 答えは返って来た。それがクエイドにとって良かったのか、それとも悪いのかは分からなかったが。 <俺の事よりもここがどこだがお前は知っているはずだが?> 響いてきた声はガーランドの物だった。でも、それが声と言っていいのかは疑問ではあった。耳でその声を聞いたというよりも頭の中に直接響いてくるようだった。 その不快でしかない声が直接頭の中に響いてくるのだから、クエイドにとっては堪らなかった。だが、今はそれよりも考える事がある。 「俺が――知ってる?」 クエイドは顎に手をやって思案する仕草をする。辺りを見渡してみるが、あまりに象徴的な物がなさ過ぎるこのジャングルで見覚えがあるはずと言われてもすぐには浮かばない。 ギルドの任務で森林へ赴く事など本当に数える程しかない。時間は掛かるだろうが心当たりは思い出すはずだった。そして、脳裏に蘇る一つ一つの映像の断面を今視界に見えている映像と照合していく。 「……あっ!」 とうとう心当たりのある場面と一致して思わず声を上げる。だが、それと同時に苦虫を噛み潰したようにクエイドの表情は渋面になってしまった。 「……クエイド?」 サリーナの心配する声にクエイドはすぐには答えられなかった。だが、いつまでもこの優しい少女を不安がらせるわけにはいかない。 クエイドは渋面を何とか笑顔に変えようとしてから答えた。もっともその笑顔は酷く歪んだものにするのがやっとだったが。 「ここは多分モプフィス大森林。帝国が三年前に極秘軍事演習を行った……レイキャンベルだ。」 <そう。この映像はその時のものだ。> サリーナが言葉を紡ぐ前にガーランドの声が響いてきた。クエイドは思わず頭を振った。 「こんなものを俺に見せてどうなるっていうんだ。俺があの時ここにいた事をあんた自身が証明してくれるのか?」 クエイドの嫌味にもガーランドは涼しい声で答えた。 <そうだ。お前がμ−048として、あの軍事演習にいた事をな。そして、何故お前がクエイド・ラグナイトを名乗る事になったのか、その全ての真実を今見せてやる。> ガーランドの言葉と同時に景色が動き始めた。まるで乗り物にでも乗っているように景色が動き始める。その速度はだいたい時速30km程度だろうか。流れる景色とは裏腹に淀んだ空気はまるで動きだそうとはしない。皮肉だらけのこの場所のせいでクエイドの口の中に苦い味が込み上げてきた。 「……クエイド、大丈夫?」 サリーナの心配そうな声に振り返ると胸のあたりで両手を組んだ姿勢で、子犬のように潤んだ瞳を向ける少女の姿があった。その震える細い肩にすまないという想いが込み上げてきた。 「……ごめん。」 「え……?」 サリーナはクエイドが何に謝っているのか分からなかった。困惑の表情を浮かべていると、クエイドが苦笑を零した。微かに白い歯を零す彼がさっきまでガーランドに罵声を放っていた人物と同一人物とは思えない程、穏やかな表情をしている。 「こんな所までサリーナを巻き込んでしまって……俺のせいだよな?」 クエイドの言葉にサリーナは強く首を振った。 「そんな事ないよ。クエイドが私を巻き込んだんじゃなくて、私がクエイドを巻き込んだみたいなものだから――私、方舟の後継者らしいから。」 サリーナは微笑みを浮かべていた。クエイドはそんな彼女をどこか哀しい思いで見詰めていた。 こんな少女になんてものを背負わせるのだろう。背負うべき人間ならいくらでもいるのではないだろうか。そう思ってみてもそれが意味のない事だと言うのは分かってはいる。 クエイドに出来るのは同情を現す事じゃない。彼女がその重さに押しつぶされないように手を貸してあげる事だ。それが自分のすべき事だと思っていた。 クエイドはサリーナに近づいた。そして、右手を差し出す。彼女の頬に触れる。柔らかい肌の上を指が滑っていく。そして、彼女の艶やかな髪に触れ、彼女を自分の方へ強く引き寄せた。バランスを崩したサリーナは短い声と一緒にクエイドの胸板に顔を埋めた。 「……絶対、一緒に戻ろう。」 彼の声がすぐ近くで聞こえた。彼の左胸から早い鼓動が耳に伝わってくる。温かい温もりも一緒に。サリーナは両手を彼の背中に回せばいいのか、それとも何もしない方がいいのか分からず、震える両腕の事で頭が一杯だった。その甘く、体と心が一緒になって溶け出してしまいそうな幸福感がいつまでも続けばいいと思っていた。 「――うん。」 頷く事しか出来なかった。もっと気のいい言葉がいくつも浮かんではくるのに言葉には決してならなかった。口にした瞬間にどれもこれも陳腐になってしまうと思ったからだ。ただ、彼と一体になっているこの瞬間が少しでも長く続けばいいと願った。 と。 彼の手が優しく自分の頭を撫でてから、不意に離れた。サリーナはクエイドの表情が見たくて彼の胸から顔を離した後、真っ先に彼の顔を見た。 自分に微笑みを向けていると思っていた。 でも、彼はサリーナをもう見てはいなかった。彼は電車の中から見ている様な動く景色を険しい表情で見ていた。そんな彼の強張った表情でサリーナは悟った。 彼は自分を安心させるために優しく抱き締めてくれたとサリーナは思っていた。でも、それだけではなかった。もちろんそれもある。でも、クエイド自身が孤独感と恐怖から逃れたいという想いもあった。 サリーナはそれを悟ってもクエイドを非難すら気持ちは全くなかった。 今、クエイドが自分自身の存在意義が揺らぐ程の局面に立たされている事はサリーナにも分かる。それに彼女は知っている。クエイドの中にNOVAという存在がいる事を。 だからこそ、サリーナは不安になる。 ガーランドがいう通りクエイドがμ−048だとして、何がどうなり、そしてクエイドはどうなるのだろう。そして、私は? クエイドの中にNOVAがいる事、そして彼が破滅の引き金と呼ばれるものを握っている事しかサリーナは知らない。 触れ合う事で得られた安心と安らぎなどまるで泡沫の夢の様に消え去っていた。 ――私は……言うべきなのかもしれない。 ガーランドが言う前にクエイドに、クエイドの中にNOVAがいる事を。でも、いるという事実しか自分は伝えられない。彼が何故と聞いてきても答えられない。サリーナは嫌な予感を感じながら、それを見ている事しか出来なかった。 そして、徐々に景色が変わり始めていった事に気付いた。 暗い森林の中で所々木々が燃え、炭になっている場所が現われ始めた。 「……クエイド、これ……」 サリーナは思わずクエイドに尋ねるが、彼はそんなサリーナの問いには答えず険しい表情で移ろう景色を見ていた。 <見覚えがあるだろう?レイキャンベルでの極秘軍事演習……その有様を。> 響き渡るガーランドの声にクエイドが舌打ちしたのをサリーナは気付いた。彼は何も答えなかった。だが、その様子でここがガーランドの言っていた所で間違いないのだと分かった。 クエイドはまるで観念したかのように息を一つ吐き出した。そして、あえてサリーナの名前を呼んでから呟いた。 「これから見るのはあくまで過去の映像だ。だから、気をしっかり持つんだ。」 「……どういう事?」 サリーナの疑問にクエイドは重い口調で呟いた。それで出来ればこの事を伝えたくなかったという事を直感的にサリーナは悟った。 「これから見るものが地獄だからだよ。」 サリーナは思わず生唾を飲み込んだ。クエイドに『地獄』と言わしめる光景がまるで想像出来なかった訳ではない。おそらくはよほどの大惨事なのだろうと覚悟した。 そして、その光景が現われた。 森が燃えていた。そして、いくつもの戦闘兵器も炎の中で踊るように揺らいでいた。何人もの兵士達が倒れている。血塗れ……などいう言葉では片付けられない。腕や足、頭が千切れている死体の多さに閉口した。人間に限らず鉄の巨人であるARMSですらそれは変わらなかった。血の変わりに黒いオイルを流している。 匂いなど感じていないはずなのに、硝煙の匂いが鼻につく気がしてならなかった。 言葉ではたった三文字の『大惨事』がここには確かにある。だけど、そんな言葉なんてまるで知らなかったようにありとあらゆる負の感情がサリーナを苛めた。 嗚咽を零し、泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。自分の手を強く握る物に思わず小さな悲鳴を零す。 手……自分の手を握っているものを認識し、視線をゆっくりと這わせて元へと辿っていく。手から腕、肩から顔へ。そして、その手がクエイドの物だと分かってサリーナは安堵の吐息を漏らさずにはいられなかった。 「……手、握ってろ。」 クエイドの短い言葉にサリーナは頷く事しか出来なかった。クエイドの手を両手でしっかりと握っていた。強過ぎるかもしれないくらい両手で握ってはいたがクエイドはサリーナの手を離そうとは決してしなかった。目の前で繰り広げられている光景に抗う方法はクエイドの手を握り続ける事だけだった。 ふいに流れていた景色が緩やかになり、そして止まった。目の前には一機の壊れかけのARMSがあった。破壊し尽くされ、外装は剥げ落ちて、まるで人体の骨格と神経のようにバイパスや内部の金属を顕にしていた。壊れてボロボロの頭部が周りの状況とその人型とが相まって、不気味に見えた。 <お前はこの機体を覚えているだろう?> (忘れるわけがないだろ。) 響く声にクエイドは内心で毒づいた。帝国軍時代に同僚であり、上官だったマックスの機体だった。20代後半のわりに顔が老けていたために10歳は上に見られるとよく愚痴を零していた。それは顔が老けているせいだけではなく、義務教育修了から軍隊に入隊して身に付いた軍人としての威厳だとクエイドは思っていた。同じく義務教育課程の修了と同時に入隊したクエイドは彼の様になるのかと自分の10年後を彼に照らし合わせていた。素行不良で階級はさほど上ではなかったが、ARMSの操縦技術に関しては卓越していた。 ARMS操縦免許を取得したばかりだったクエイドにとって憧れでもあった。 その彼の駆るARMSがこんな姿になるなんて想像した事もなかった。 <彼のARMSの様子を見にクエイド・ラグナイトが来る。お前の記憶でもそうだろう?> いかにもお前はクエイドではないと言われ、双眸を険しくする。しかし、睨むべき相手がいなくては意味もない。クエイドは周りを見た。 確かにあの時、俺はマックスの無事を確かめるために来た。 そう内心で認め、自分自身の姿を探した。だが、自分自身の姿はおろか無事な人間を探す事が困難だった。人間は嫌という程目には付いた。場合によってはその部品すら。生きている人間は見渡したが見つからなかった。 いつまでも暗澹となる光景を見ているのも嫌な気分になるだけなので、この欺瞞と凄惨さで埋め尽くされた場所で唯一安らぎを与えてくれる存在に視線を移す。 彼女はその小さな両手でクエイドの手を強く握っていた。出来るかぎり周りを見ないようにしているのだろう、俯いたままで。そんな彼女を見ていると謝罪の気持ちが込み上げてくる。口を開くとまた謝りそうだったので口はきつく閉じる事にした。彼女にしても何度も謝られてはあまり良い気分とは言えないだろうとクエイドは考えたからだった。 クエイドは幾分気持ちが楽になったのを自覚し、彼女の強く握ってくる手にほんの少しだけ力を込めてから視線をサリーナから外した。 「どうした?クエイド・ラグナイトが来るんだろ?見せてみろよ、お前が言う本物のクエイド・ラグナイトとやらの姿を!!」 自虐的とも取れる言葉だったが、それはガーランドを嘲るために放った言葉だった。その想いに気付いてか、ガーランドはくつくつと嫌味な哄笑をたてていた。 <ああ、見せてやるとも。その目で見るんだな。> ガーランドの言葉が終わると同時にサリーナが小さな声を挙げた。クエイドがサリーナの方を見ると、彼女は先ほどの姿勢とは異なりある一点を見ていた。クエイドもそれに習うように彼女が視線を向ける方へと視線を傾けた。 そこにいたのはよろよろと今にも倒れそうなほど弱々しい足取りで歩く一人の青年――いや、少年だった。パイロットスーツを着ている事からARMSのパイロットだという事が分かる。その迷彩色のパイロットスーツの腹部には赤黒い染みが見えた。体中の到る所が破れ、血が滲んでいた。 (……あれがガーランドの言う本当のクエイド・ラグナイト?) 確かにその少年はクエイドではなかった。金髪ではなく、髪は黒の短髪だった。蒼白な顔色と気弱そうな印象のせいで、軍人というよりは内気そうな少年だった。 <彼が本物のクエイド・ラグナイトだ。> ガーランドの言葉が目の前の少年と重なり、喜劇の印象が一層増した。 クエイドではないと言われ、その代わりに提示されたクエイドがこんな軍人とは思えないような少年とは――皮肉で表情が引きつっていくのが分かった。 「あれが本当のクエイド・ラグナイト?!笑わせるなよ!!」 クエイドの叫び声が響く。だが、ガーランドの声は少しも温度を変えず終始冷ややかに、だが鋭さは変わらずに響き渡る。 <俺としてももう少し屈強な男の方が説得力もあって助かったんだがな。だが、これが事実だ。彼がクエイド・ラグナイトだ。> ガーランドの声を聞きながら、本物らしいクエイド・ラグナイトは少しずつクエイド達に――いや、マックスの機体に近づいていた。 彼はマックスの機体に近寄り、緊急用ハッチを外部から開けるために傷ついた体を引きずってボロボロの機体を調べまわった。 その光景は確かにかつて、自分がやったはずの光景だった。 だが、それをやっている男は明らかに自分とは異なっている。これが幻と分かっていても目の前にいる本物のクエイドだと言われている少年の胸倉を掴みたい衝動に駆られる。 緊急用ハッチが炸裂音と共に開いた。 少年はすがりつくようにその中を覗き込んだ。 クエイドはその光景を苦い思いで見ていた。彼がその後にどういう行動を取るのかクエイドには分かっていた。もしも、自分がかつて行ったと同じ行動を取るならば―― クエイドの予想通り、少年は絶叫した。 かつて自分がしたように。 とんだ茶番だ。 クエイドは苦々しい思いで少年を見詰め、そう思った。 望んでもいない脚本で、希望してもいない役柄を勝手に割り当てられ、さらにこんな喜劇さえも見せ付けられる。 もうたくさんだ。 「もうたくさんだ。」 胸中の想いをそのまま口にする。自身の言葉でサリーナが自分の方を見たのを気配で感じた。それでもクエイドは言葉を続ける。 「こんな茶番はもうたくさんだ、ガーランド!!俺がクエイドだと肯定するためのカードがないように、あんたがこいつを本物だとするカードもないんだ!!結局は茶番なんだよ、あんたがやってる事は!!」 「……確かに茶番だな。」 その声はさっきまでとは違い、一定の方向から聞こえてきた。クエイドは声のした方に振り向くといつの間に立っていたのかガーランドが佇んでいた。 切れ長の黄金に輝く瞳を暗がりで輝かせながらクエイドを見ている。 「お前がクエイドではないというカードなら俺は持っているさ。カードを持っていないのはお前だけだ。まぁ、人形のお前じゃしょうがないが。だが、カードを持っていても効果的に使う場面というものがある。そうだな、サリーナ?」 ガーランドはサリーナににっこりと微笑む。握っていたサリーナの手が震えた。 再びクエイドの方へ視線を移すと笑みは消えていた。 「茶番だが、続けねばならない。お前が何故クエイドを名乗っているのかを知るために。まぁ、お前よりもサリーナの方が知りたいようだ。彼女はお前よりも多くの事を知っているようだな。」 サリーナの手を握る力強くなる。その事に不安が突然膨れ上がる。さっきまで喜劇だと思っていたものが途端に不気味なものに感じた。それを否定するためにクエイドは声を荒げた。 「黙れ!!」 まるでクエイドの声に呼応するように光景が変わった。森なのは変わらないがさっきまでのように炎は揺らいでいないし、多くの人も死んでいない。ただ、あの少年が倒れていた。 「――さぁ、お前の登場だ。確か、お前の記憶の中でもいたはずだ。薄れていく意識の中で現われた『死神』を。」 ドクン。 心臓が一つ大きく鼓動した。背中に悪寒が走った。まるで俺の中で何かが冷徹な笑みを浮かべたように良心やサリーナへの想いが悲鳴を挙げ始めた。 小さな草を踏みしめる音が聞こえてきた。 クエイドは思わずその方を見た。暗闇の中で姿は見えずともその足音だけは響いてくる。瞳を凝らしてその方向を見続ける。心臓の鼓動が徐々に早まっていくのを感じている。その足音が大きくなるたびに『あいつ』がサリーナへの想いという固い扉を押しのけて表層へと出ようとしている気がしてならない。 そして、そんなクエイドの様子にサリーナは気付いていた。彼の握力がだんだんと強くなっている事を険しい表情で暗闇に意識を集中させている彼は気付いていないようだった。 そして、『死神』はついに姿を現した。 白の半そでとズボン……それはまるで病院で病人が着る服装のようだった。金色の髪の隙間から蒼く冷たい光が零れる。 『死神』は少年に近づく。少年の倒れているすぐ側で立ち止まると、薄い唇を微かに吊り上げて微笑する。 「……あんた……死神なのか?」 少年の力のない声に『死神』は双眸を細めて答える。 さぁ……そうかもな
その声にクエイドは息を呑んだ。 自分の声。そして、狂気と狂喜を含んだどこまで冷たい口調。透き通った鋭利な刃物のような口調にクエイドは戦慄した。 それは心当たりがあった。 ――『あいつ』だ―― 「俺は……死ぬのか?」 早く、短い息が少年の苦痛を物語っていた。だが、その光景を面白そうに『死神』は微笑を零して見詰め続ける。 そうだな このままではそうなるな
『死神』の声に少年はなぜか微かな笑みを浮かべた。自分はここで死ぬのだ、そういう覚悟の笑みに見えた。『死神』もそれに気付いてだろう、満足そうに頷いてから問い掛ける。 お前の名は?
「俺の名は……クエイド。クエイド・ラグナイト……」 『死神』は少年の名前を聞いても微笑みを崩さなかった。少年はまるで最後の力を振り絞るように体を起こして『死神』を見ようとした。彼が『死神』の顔を見たかは分からない。 お前の望みを叶えてやる
少年は最初、困惑していたような表情をしていたが、それでも彼は自身の望みを呟きはじめた。 「俺の……望みは……」 クエイドは固唾を飲んだ。クエイドはこの時自分自身がどんな望みを呟いたかを覚えていなかった。だからこそ、少年の呟きに全神経を集中させた。 「俺の望みは、好きな人に愛して欲しい。」 力なく呟いたその言葉と同時にサリーナの悲鳴が耳に入った。そして、目の前が一瞬にして朱色に染まった。目の前の少年が掠れた声と共に焼け爛れていく。そして、その朱色の中にあって『死神』は哄笑を続けていた。 クエイドはその光景を魅入られたように見詰め続けていた。 何故――『あいつ』が『愛』を求めようとしたのか何となくだけど分かった気がした。 クエイドは立ち尽くしていた。もとの宮殿の広間に戻った事にも気付けずに立ち尽くしていた。その様子を見詰めながら、ガーランドは呟く。 「NOVAには他者の能力・経験を擬態化する能力があった。人間と融合する事によってさらに記憶の擬態化――つまり、他人の記憶を自分の物に出来る能力が備わったと考えられる。あの時、μ−048は本物のクエイド・ラグナイトの能力・経験・記憶を擬態化し、偽りの人形クエイドを作り上げたのだ。」 「そんな……!!じゃ、どうしてクエイドにはあなたのいうクエイドではなかった前の記憶がないの?!」 通り抜けていく声に何も感じられなかった。サリーナの抗議の声も空しく通り過ぎていった。 「お前の知っているクエイド・ラグナイトが誕生したのが3年前のあの時だからだ。お前がクエイドだと思っているのは模擬人格だ。主人格『NOVA』の表層を覆う偽りの人格。来る時が来れば消え去る運命の泡沫の人格だからだ。」 「……そんな……」 「クエイド、聞いているな?お前もその主人格『NOVA』を知っているはずだ。お前に度々語りかけ、時に扇動し、抗い続けようとした声があったはずだ。お前が『あいつ』と呼ぶ存在、それが『NOVA』だ。」 声も出なかった。 足が震えていく。頭を鈍器で殴られたように混濁し、何も考えられなかった。 ただただ、俺は誰だと問い続けていた。 「輸送中だった『μ−048』はジハードを感知して内在していた『NOVA』を発動させ目覚めた。その破壊の力を使って輸送飛空艇を撃墜した。『NOVA』の末端の目覚めによって、NOVA本体も活動を活性化した。それによって、軍事演習中のジハードが暴走したのだ。」 ガーランドは微かに笑った。それは苦笑のようだった。 「まさか失敗作だと思っていた『μ−048』がNOVAを目覚めさせる手段になるとはな。旧N計画では人間の種としての進化を目的としていた。何種類ものシリーズが存在していた。μシリーズは死体の蘇生を目的としたシリーズナンバーだ。そのシリーズの48番試験体が……お前だ。元々お前は死んでいたのだ、それもはるか前に。」 沈黙が重く覆った。 だが、クエイドだけは違った。内から響く声が、『あいつ』の声がクエイドの心を打ちのめす。 そう 魔王の言うとおり 俺の名は『NOVA』
最もこれはこの星の人間が付けた名前だが 『あいつ』の声は答えを待たずに繰り返される。その声に対する嫌悪はもうない。 ただ、虚無感だけが声が響くたびに汚泥のように心の隅々まで広がっていく。 本物のクエイドは『愛』を求めた
だが オレは『愛』が何かを知らなかった 知らないのならば知るだけだ そのための存在が『模擬人格クエイド』 つまりお前だ オレは答えを出すのを待った だが お前は模擬人格としては失敗作だった 感情に乏しかった だが あの少女に出会い お前は変わった そして知った あの少女とお前の間にプログラムが仕組まれている事を クエイドは淡々と内で響く『あいつ』の声に始めて静かに耳を傾けていた。 『NOVA』 『愛』 『模擬人格クエイド』 『少女』 『プログラム』 単語を自分の中で無意味に並べ替えていた。そう行為はまるで自分で作ってきたものを少しずつ少しずつ壊していくようだった。 そして 時は来た
オレは目覚め 本体も目覚める 『愛』は全てを手に入れる事だと悟った だからオレはサリーナの全てを手に入れる 星を殺す前に ――サリーナを―― コ・ロ・ス 「……させない。」 クエイドは苦々しく呟いた。それで『あいつ』の声は遠のいていった。 険しい双眸をガーランドに向けながら、クエイドは髪を振り乱して叫んだ。 「俺が誰だろうとそんな事どうでもいい!!俺はサリーナにとっての『クエイド』であれば!!」 「――お前は良くてもサリーナにとっては悪いんじゃないのか?」 その言葉に先ほどまでの烈火のようなクエイドの声が消沈した。クエイドはその双眸にまだ激しい炎を浮かべながらガーランドを睨んでいる。だが、言葉は出てこなかった。 その様子にガーランドは満足し、クエイドが本物のクエイドではないと断言出来る二つのカードの一つを切る事にした。 「サリーナは知っていたぞ。お前がNOVAを内包している事を。」 その静かな声に含まれた鋭利な刃物は簡単にクエイドの一番弱い所を串刺しにした。声も出ずに視線がガーランドの所で彷徨っていた。ガーランドは嘲笑と哀れみを向けるだけだった。視線をゆっくりとサリーナに向けた。 「……サリーナ……」 サリーナは両手を口元で握り、震えながらクエイドを見ていた。その瞳は明らかにごめんなさいと言っていた。それが事実だと物語っていた。 それでも、クエイドは聞かずにはいられなかった。 「……サリーナは……知っていたのか?」 サリーナは唇を震わせていた。言おうとしているのが分かったが上手く言葉に出来ない事をいつものクエイドならば読み取れただろう。だが、今のクエイドには無理だった。 「……知っていたのか?」 「クエイド……わ、私……」 今にも泣き出しそうなサリーナにいつものクエイドなら優しい言葉をかけたのかもしれない。もしかしたら、手を握ってやったのかもしれない。 だが、クエイドが掛けたのは罵声だった。 「知ってたのかって聞いているんだよ!!」 初めてクエイドから罵声を浴びせ掛けられた事にサリーナは身を強張らせて震えながら頷いた。サリーナの瞳から涙が零れ、床を濡らした。 クエイドはゆっくりとサリーナに近づいた。その瞳には光が宿っていなかった。まるでガラス玉のように蒼さだけが際立った瞳だった。 近づいてくるクエイドから逃げる事も近寄る事も出来ずにサリーナは嗚咽を漏らしながら、自分の肩を抱き締めていた。 クエイドは彼女の前に立つとその細い肩を掴んで、悲鳴のような声を挙げながら彼女を強く揺すった。 「どうしてだよ?!何で教えてくれなかったんだよ?!」 サリーナはクエイドにされるがまま、揺すられていた。ただ、小さく嗚咽の混じった声で呟き続けていた。『クエイド』と『ごめんなさい』を繰り返し続けた。 自分の情けなさと憤りをクエイドはサリーナに向ける事しか出来なかった。何故と問い掛けながら、ただ謝り続ける彼女を責めるようにサリーナの華奢な体を揺する事しか出来なかった。 「おい人形、彼女に当たってもしょうがないだろう?彼女がNOVAを内包していると知ったのは私が連れ去った後だ。それに彼女の口からこの事を告げられていたとしてもお前は信じる事が出来たか?」 ガーランドの言葉に彼女の肩を掴んでいた手が離れ、まるで力を失ったようにだらりと垂れ下がった。苦悶の嗚咽が漏れた。サリーナは泣きながらまだ謝り続けている。 クエイドはさっきよりは気持ちを落ち着かせてサリーナに聞いた。 「俺、人形なのか?サリーナは……もう俺の事嫌いになったのか?俺はサリーナを……好きではいられないのか?」 声が和らいだというよりも哀しみで支配されていた。もう、クエイドにとって自分を保っていられる最後の砦になってしまった。今、サリーナからも見放されればクエイドはもう、戻れない。 それがサリーナにも分かった。だから、彼女は激しく首を振った。 そして、涙を浮かべながらそれでも何とか微笑みながら言った。 「例え……例え、あなたが本当のクエイドじゃなくても……私の知っている『クエイド』は君だよ。だから……自分を……追い詰めないで……好きだから……クエイドを……愛してるから。」 その言葉がクエイドを救う前に二つの声が響き渡る。 「偽りだ。」(偽りだ) 一つの声はガーランド、そしてもう一つは内から響く『あいつ』の声。 「彼女はお前の表層だけを見て『愛している』と呟いただけだ。クエイドという『幻想』を見ているに過ぎない。」 (お前は人間の皮を被った化け物なんだよ。もちろんオレもな。化け物なんて愛せない、そうだろう?お前がその真の姿を見せればあの娘もお前を恐怖の目で見るさ。) 「NOVAを差し引いてもお前は死人だ。偽りの生を手に入れた人形。クエイドという人物を演じる三文役者。NOVAに魅入られた裏切り者。誰にも愛されない化け物。それが木偶人形のお前の姿だ。」 (例えばサリーナがお前と同じだったらどうする?化け物じみた姿をしているが心はあの娘でもお前は愛せるのか?無理だろう?あの娘にとってもそれは同じだ。だったら、殺してでも手に入れるしかない。手に入れろ。殺せ。) 二つの声は狂気への旋律となって、クエイドの全てを掻き毟る。体中に違和感が走る。まるでそれを指で掻くと人間の皮が破れて化け物の姿を晒すのではないか思えるくらいに怖かった。 「俺は……俺は……俺は……」 いくつもの足音が聞こえた。そして、自分の名前を呼ぶ声。 ――自分の名前? 『クエイド』『NOVA』『木偶人形』『殺人人形』『サリーナ』『化け物』『裏切り者』『ネロ』『模擬人格』『リーサ』『カイラス』『死神』『ラッグス』 いくつもの名前と名称。どれが俺だ?それとも全部俺じゃない? 俺の名前――俺の名前―― 俺に名前を下さい。名前を下さい。名前を下さい。名前を下さい。 「クエイド!!」 ――クエイド?それが俺の名前?クエイドで俺はいいのか? 声の方に顔を向けると4人いた。老人と若い女と青年と中年男性。 名前は……そう、『カイラス』『リーサ』『ラッグス』『ネロ』…… 俺の――仲間。 クエイド・ラグナイトの仲間。俺は……クエイドだ。 パンという音と共に何かが弾けて我に返った。そこにはネロ達がいた。 だが、様子がおかしかった。リーサはカイラスに後ろ手を極められ、ラッグスはネロに銃を向けていた。直感的にカイラスの仕業である事を悟った。 「……どういう事だ、カイラス。」 「お前にガーランドを殺させる伏線じゃよ。」 簡単に答えるカイラスにクエイドは毒づく。ややこしい状況に拍車が掛かり始めた。 だが、そう考えたのはクエイドだけだったようだ。 クエイドの後ろでガーランドは笑みを浮かべ、静かに呟いた。 「――クライマックスだ。」 「……え?」 クエイドが振り向いた時に見えたのは迫ってくるガーランドの姿と光るように宙を引かれた銀線だけだった。反応も出来ずにそのガーランドの一瞬の動きを眼で追う事で精一杯だった。 そして、まるで炎を直接押し付けられたような激しい熱さと同時に視界のほとんどが緋色に染まった。自分の右腕が本来あるべき場所からなくなって、宙を飛ぶのを見た。 「うわああああぁぁぁぁっ!!!」 自身の絶叫と他者の悲鳴。右腕の切断面から溢れ出てくる血液で自分の周りが一瞬にして緋色へと変わる。自分を呼ぶ声が回りで渦巻く中でクエイドは傷口を抑えながら、その場に崩れ落ちた。 「……聞いているか、NOVA。この人形の真の姿を見せてやる時じゃないのか?それでお前の望みは叶う。俺の望みもな。いい加減にこの裏切り者に現実を見せてやれ。」 自分の名前と悲鳴の渦の中で決して大きくはないガーランドの冷たく蔑む声だけを、何故確かに聞き取れたのかは分からなかった。だが、それに反応するように内から同じように蔑んだ声が響く。 どうやらそれしかないらしいな
この人形に幻想の終わりを告げるのは百万の言葉ではなく 自分自身の体と言うわけか 声の響きと共に腕全体を覆っていた灼熱感が消えた。その事に疑念を感じて傷口を見た。 そして、先ほどの絶叫よりも凄まじい絶叫が喉の奥から迸った。 傷口からまるで細菌が急激に増殖し、株を作るように肉がうねり、ブチブチと何かを押しつぶすような音を放ちながら傷口からさきに何かを形作り始めた。 「うわああっうああぁあぁっあああっうわぁぁあぁっ!!!」 その自分の腕に起こったおぞましい変化に絶叫し、狼狽しながら少しでも自分から離そうと腕を見苦しく振り回した。増殖した肉が徐々に腕らしき形を形成し始めていた。その魚か肉類の肉の断面を彷彿とさせるピンク色の肉が蠢いている様は恐ろしくおぞましかった。 サリーナはしゃがみ込んでクエイドのその様を見ていた。嗚咽とクエイド自身の絶叫の中で最愛の人に突然襲った災厄のように何も出来ずに見詰め続ける事しか出来なかった。 そのサリーナの傍らでいつの間にかガーランドが立っていた。そして、クエイドのおぞましい変化を楽しんでいるように笑みを口元に宿して彼女に語りかけた。 「君は『アレ』を愛していたんだ。くっくっく……『人形』などという表現も生ぬるい。化け物そのものだ。人の姿をしているが『アレ』はあんな物じゃないぞ。その正体はどんな生命体よりも醜く、汚らわしい。驚異的な自己修復能力はNOVAの末端でも変わらんな。あれを見ても、君はまだ愛せるのかな?」 ガーランドの言葉を茫然自失で受け止めていた。悲鳴を挙げているクエイドに起きた惨劇をただ見詰め続けた。泣く事も、悲鳴を挙げる事も出来ずに。 クエイドの悲鳴が途切れた。 右腕は何の損傷もなく、修復していた。まるで、切断されたという事実などまるでなかったように。だが、自分の服や周りを緋色に染めた血液がそれが夢ではない事を残酷に知らしめる。床にはさっきまでついていたはずの自分の右腕が血に塗れて転がっている。だが、今は肩から別の右腕が生えている。あの床に転がっている腕が俺のなら、この右腕は何だ。 「ああぁ、嘘……だ……こんな……バカげた……俺は……俺は……」 首を左右に振った。突きつけられた現実を必死で受け入れまいと無意味な抵抗をしていた。口走る言葉は自分を救ったりはせずに自分を追い詰めるだけだった。 化け物
暗く淀んだその声に体を震わせて自分の周りを見渡した。 皆が化け物を見たような目で自分を見ている。それは自分がモンスターに向ける視線よりも酷かった。まるで今まで一度もモンスターを見た事もない人が始めて見たような恐怖と嫌悪の視線。 リーサに視線を合わせると彼女は短い悲鳴を挙げてたじろいだ。 化け物 化け物
その後ろのカイラスは激しい憎悪を瞳に宿らせていた。まるで親類を惨殺した者に向ける瞳のように殺意と憎悪と恐怖でぎらついていた。 化け物 化け物 化け物
ネロはあまりの事に口を開けて呆然としていた。視線が合っても彼は恐怖に歯を鳴らしていた。 化け物 化け物 化け物 化け物
ラッグスは口元に恐怖と嘲りを混じらせた歪すぎる笑みを作っていた。声には出さずに『バ・ケ・モ・ノ』と口で作り続けていた。 化け物 化け物 化け物 化け物
視線をガーランドに向ければ、彼はニヤニヤと嘲笑を浮かべている。侮蔑と憎悪を混ぜたような険悪な笑みが視線を合わせても変わらなかった。 化け物 化け物 化け物 化け物 化け物
内では『あいつ』がこれでお前も自分と同じだと言いた気に哄笑を響かせている。残酷なまでに体を切り刻む笑みが内側から止め処なく溢れ出てきた。 化け物 化け物 化け物 化け物 化け物 化け物
「う……あ……あ……」 両耳を必死に抑える。だが、『化け物』の大合唱はまるで耳から離れない。 ネロが、リーサが、ラッグスが、カイラスが、ガーランドが、世界が、星が、そしてサリーナが唱えているようだった。 クエイドは――ついに見ないようにしていた方を見た。 彼女なら……そんな淡い希望を抱いていたのかもしれない。彼女なら……サリーナなら……そう思って、彼女の方を見た。 彼女は茫然自失となって、光を無くした瞳を自分に向けていた。震えてもいなかった。ただクエイドを見ているようで、見ていない。彼女の視界にクエイドなんて存在しないように視線は彼を通り過ぎていった。 彼女の瞳から一筋だけ涙が零れた。そして、彼女の光を失った瞳がクエイドの瞳と交錯した。 「……サリーナ……俺……」 小さく一歩彼女に近づいた。彼女は動かなかった。だから、ゆっくりと歩を進めた。 一歩、二歩、三歩、四歩…… 確実に近づいていく。だが、それでも彼女は動かない。光を失った瞳でクエイドを見続けながらまるで動かない。 クエイドの中の淡い期待が徐々に膨らんできた。歩を進める度に恐怖は薄れ、希望が膨らむ。 そして、ついにサリーナの目の前に立った。彼女は自分の目の前で立っているクエイドに碧色……ただその色だけを称え、生命の輝きを失っている瞳を向けてしゃがんでいる。まるで神に祈りを捧げるように。クエイドは彼女の前で膝を折った。 「……サリーナ……」 彼女の名前を呟いて、右手を差し出した。 彼女はいつだってその手を受け入れてくれた。この右手は彼女に安らぎを与えられると思っていた。そして、自身にも安らぎと彼女のぬくもりを与えると。 彼女に触れるための右手。彼女を守るための右手。彼女に安らぎを与える右手。彼女に自分の想いと温もりを伝える右手。彼女からの想いと温もりを伝えてくれる右手。 そして……先ほど失ったおぞましい変化の末に戻ってきた右手。 「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」 彼女の悲鳴と共に右手は鋭い音を響かせて払われた。 その瞬間に自分の右手がもう彼女に触れる事が叶わないのだと悟った。 もうこの右手は彼女を守れない。安らぎも与えられない。想いも温もりも伝えられない。彼女からの想いと温もりも伝えてはくれない。 残ったのは、人を殺すという血塗れの右手。失ったはずなのにおぞましい変化の果てに再生したという人外の事実を現す右手。 彼女の瞳はもう光を宿さないただの碧色ではなかった。 恐怖を称え、怯えきった瞳だった。彼女の体は小刻みに震えていた。 自分の右手を見た。彼女に払われた時の痛みがまだ鈍く残っていた。そして、彼女を見れば自分の右手を払った時の仕草のままで荒い息をしていた。 自分の右腕を微かに動かした。彼女はその動きに敏感に反応して、しゃがんだ格好のままで後ろに下がろうと懸命に床の上で足掻いた。 そして、クエイドは自分の目の前で繰り広げられる凄惨な光景の中で絶望した。 拒絶された。サリーナに拒絶された。 自分はもう二度と彼女から愛されない。二度と必要とはされない。 彼女が自分に抱くのはもう怖れと憎しみだけなのだ。 唯一、彼女だけは自分を拒絶したりはしないと信じていた。だけど、それは違った。 彼女に拒絶されるという事はもう自分には誰もいないという事だ。 誰も自分を必要とはしてくれない。愛してはくれない。どんなに自分が愛そうとしても決して愛されない。向けられるのは憎悪と恐怖とそれを排除しようという殺意。 膨らんだ希望が弾け飛んだ。そして、現われたあらゆる負の感情。 まるでパンドラの箱のようにクエイドの心の中に全ての負の感情が広がっていく。パンドラの箱と違うのはその中にはもう希望も残されていない。最後に行き着くのは絶望。 もう……自分が誰なのかも分からない。 この化け物は誰なのだろう。自分に向けられ続ける化け物という蔑む罵声の中で生きていく意味などあるのだろうか。 誰も愛してはくれないし、誰も必要となんてしてくれない。 世界で、この星でたった一人、そうたった一人。 お前は一人じゃない
一人じゃない? あんたは誰だ? お前と同じだよ
オレ達も誰からも愛されない 誰からも必要とされない 俺と……同じなんだな。 俺は……これからどうしたらいいんだ? これからどうやって周りと関わっていけばいいんだ? 何も必要とされ 愛されるだけが関わりじゃないだろう
オレ達は周りを傷つけ続ける 全てを奪い 全てを焼き尽くし 全てを殺す そうすれば全てを手に入れられる お前が望む『愛』だって手に入る ……『愛』が手に入る? 愛されていないのに? 全てが手に入るんだ
体も心も自分の物に出来るんだ 弄ぶのも 愛でるのも 裏切るのも 殺すのも 全てが望みのままだ それが全てを手に入れるという事だ 俺も……手に入れられるかな。 俺も……全てを手に入れたい。 ああ その資格がお前にはある
さぁ 全てを手に入れよう この世界で存在する全ての物を手に入れよう お前はオレ達の仲間だ (違う……違う……違う……) サリーナは声にならない、する事の出来ない想いを胸中で叫びながら首を振った。 クエイドを拒絶するつもりなんかなかった。でも、どうしても反射的にクエイドの手を払ってしまった。 拒絶される事を誰よりも恐れていた彼を拒絶してしまった。本当は手を取って挙げたかったのにその想いとは裏腹に体は彼を拒絶していた。そして、今も体は彼を拒絶している。 恐怖が込み上げてくる。 その恐怖はクエイドに対するものではない。クエイドを失ってしまうという恐怖だ。 このままではクエイドがいなくなってしまう。クエイドが消えてしまう。 心は悲鳴をあげるように叫んでいた。 クエイドの手を取ってあげて。クエイドに私はあなたを愛しているって伝えて。 そう叫んでいた。それなのに体は少しもそのいう事を聞こうとはしなかった。 (今、言わなきゃクエイドが本当にいなくなってしまう!!) その想いに駆り立てられてようやく口が彼の名前を呟けた。 「クエイド!!」 彼の名前を呼んでいた。本当に愛しい彼の名前を。本当の彼の名前ではないかもしれない。それでも自分の知っている『クエイド・ラグナイト』は彼だけなのだからこの名前は彼に向けて放つ彼自身の名前だった。 だが……彼女が彼の名前を言った時にはすでに彼はクエイドではなかった。 「くっくっくっくっくっ……」 跪いていたクエイドから哄笑が零れた。サリーナの呼びかけにも答えずにクエイドは哄笑を称えたままだった。不気味な静けさの中で響く彼の笑い声だけがその場にいる全ての者の神経を凍らせていく。 「……目覚めたか?」 意味の分からないガーランドの言葉に全員が訝しがるが、クエイドだけは違った。 「ああ……ようやくな。堕ちたよ。まさかお前に手助けされるとはな。」 クエイドの狂気を含んだ声にサリーナは自分の心に広がってくる想像に慄いた。それを払拭したくて彼の名前を呟いた。 「……クエイド?」 その呼びかけにクエイドは揚々と答えた。 「ああ、サリーナか。」 彼は立ち上がるとサリーナに近づいた。サリーナはそんなクエイドを見ていた。彼は今まで見せた事がない値踏みするような笑みを浮かべていた。 クエイドはサリーナの手を掴むと無造作に引っ張り挙げた。サリーナが悲鳴と共にクエイドの腕の中に収まった。クエイドはまるで感触を楽しむようにサリーナの背中で指をゆっくりと這わせた。 「サリーナ……なるほど、手に入れたがったわけだ。見ているだけじゃこういう事は分からないからな。」 手は彼女の背中から首筋を過ぎ、髪へと伸びた。彼女のセミロングの髪を弄ぶように指にくるくると巻きつけては解く。 「クエイド……何言ってるの?」 クエイドから離れようとしても彼の腕の力は強く、サリーナの力では解くことは出来なかった。クエイドは耳元でくすくすと笑っていた。そんなサリーナを楽しんでいるようだった。 「オレの物にしてやるよ。ゆっくりとその官能的な体を楽しんでから……じわり……じわりとね。」 クエイドの呟きにサリーナは凍った。クエイドは今までそんな言葉を使った事なんてなかった。そういった事には疎くてシャイな彼がそんなセリフを口走るとは思えなかった。彼女が抗う前にクエイドはサリーナの首筋に唇を近付けた。そして、彼女の首筋に自分の物だという烙印を施した。 「痛い!!」 サリーナは痛みに思わず悲鳴を挙げて必死で抗った。だが、クエイドの抱く腕の力はサリーナが必死で抗ってみても全く解けなかった。それどころかより強い力で自分を抱こうとしてくる。クエイドは彼女の首筋にしっかりと烙印が施されているのを確認して、笑みを零した。そして、彼女を離した。 サリーナは腕の力が緩んだ事を感じてから飛び退くようにして彼から離れた。サリーナは痛む首筋を指で触れる。他の場所と変わらない皮膚の感触があった。何をされたのか分からなかった。見ようにも鏡でもなければ自分で見る事は出来ない。 「何を……したの?」 自分で見る事が出来ないのならそれを行った者に聞く。安直過ぎる方法にクエイドは嘲笑を浮かべる。 「さぁ?何度でも付けてやるよ、体中にね。消えてもまた付けてやる。それはオレの物という証だから。」 クエイドの言葉にサリーナは唇を噛んだ。両手はきつく拳を握っていた。おどけるようなクエイドの視線を睨みつけて叫んだ。 「あなたは誰?!クエイドは……クエイドは絶対にこんな事しない!!」 クエイド(?)は笑みを零しながら頷く。 「確かにあの人形ではこんな事は出来ないな。でも、出来ないのと望んでいないとでは違うだろう?あいつは望んでいたはずさ、サリーナ……あんたの心と体の両方を欲したんだから。」 「これ以上クエイドを愚弄しないで!!クエイドの顔でそんな表情をしないで!!クエイドの声でそんな事言わないで!!」 サリーナは声を荒げて叫んでから呼吸をし忘れてでもいたかのように荒い息をした。悔しさで体が震えた。クエイドの声で……クエイドの顔で……クエイドの体で……あんな事をするなんて許せなかった。 クエイドはいつも私の事を気にかけていた。話す時も触れる時もまるで壊れ物でも扱うように丁寧に丁寧に接していた。そんな彼を臆病だと思う一方で優しいと思っていた。そんな彼の優しさが嬉しかった。自分が大切にされていると実感出来たからだ。そんな彼の優しさは自分自身にも優しさの灯火を分けてさえくれた。 でも、今目の前に立って値踏みするように嘲っているクエイドの姿をした男にはそんな優しさは欠片もない。 「戯れるのもいい加減にしろ。俺はそんな事のためにお前を目覚めさせる手伝いをした訳じゃないぞ。」 ガーランドの冷たい言葉にクエイド(?)は肩を竦めた。その表情にはいつも蔑むような笑みが取って付けたようにくっ付いている。 「分かっているさ。誰でもいいからとっとと殺すさ。その相手はあんたでも構わないんだろう?どうせ生き返るしな。」 「ああ。だが生き返る奴を殺しても決定打とは言えないだろう。あの娘を殺せば確実だがな。」 ガーランドの視線がサリーナに止まった。サリーナは身構えるように腰を低くした。それが形だけだとは分かっていてもせずにはいられなかった。クエイド(?)もそんなサリーナの様子を見てから苦笑を零した。 「いや、サリーナはダメだ。気に入ったからな。サリーナはあの体をじっくりと味わってからだ。その前にあの四人を始末する。」 そう呟いて両手の指を鳴らす。ゆっくりとした歩調で近づいてくるクエイド(?)に対してカイラスが呻き声を発した。 「クエイド!!お前、何者じゃ!!」 カイラスの言葉にクエイド(?)は苦笑を浮かべて肩を竦めた。 「おいおい、爺さん。獣魔術士のくせにわかんねぇのかよ。オレはNOVAだよ。」 クエイド……いや、NOVAの言葉にサリーナは自分が予感していた事が事実だという事を知った。 クエイドは……消えてしまった。 私が拒絶したから、彼の居場所を私自身の手で奪ってしまったから、彼は最後まで私を信じていたのに裏切ってしまったから、彼は消えてしまった。 サリーナは目の前にいるクエイドの姿をした別人を見ていた。彼の挙げる哄笑がサリーナを責めているように思えた。 私自身の手で……最愛の人を……殺してしまった。 サリーナは崩れ落ちた。彼の腕を振り払った右手を爪が食い込む程に握っていた。痛みが、苦痛が欲しかった。 そして、悟った。クエイドに破滅の引き金を引かせたのは他でもない、私自身なのだという事を。 NOVAがその哄笑を挙げながらその暴虐の力の一端を垣間見せようとしていた。
(Continue)
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