EARTH
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第一章「魔王現われ 謀略始まる(4)」
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薄暗い森の中をどのくらい歩いているだろう? まだ、さほど時間は経過していないはずだった。多分1時間にも満たないだろう。それでもクエイドには徐々に焦りが混じってきた。
確かにあの村長が行った通り、この森は方向感覚を狂わせる。鬱蒼と茂った森はこれといった特徴らしきものがなく、全く同じ所を歩いているかのような気さえ起こさせる。コンパスも強い磁気のせいか全く役には立たなかった。はっきり言ってこの森の中では唯一道を分かっているこの華奢でイマイチ頼りない少女に頼らざるを得なかった。
クエイドはまだ、この少女を完全には頼りにはしていない。
確かに、魔法が使える事は大きい。剣も多少は使えるのだろう。恐怖に直面した時もその勇気はたいした物だと思う。しかし、圧倒的に『経験』がないのだ。
クエイドはどんなすごい魔法が使えようとも、どんなすさまじい剣術を振るえようとも経験を第一に考えている。
殺し合いという極限状況の中、自分を生き残らせるという経験は何にも代え難いものである。クエイドはそれを戦い……いや、殺し合いの中で学んだ。どんなにすさまじい魔法が使えても、それを出せなければ意味がない。一振りの小さな玩具のようなナイフでも人は『殺せる』。
そう、『死なない』生物等存在しないのだ。
………この少女には、『経験』と、そして……人を殺してでも生き残るという『覚悟』がなかった。
(……そんな覚悟、持たないほうがましだけどな。)
クエイドはそう独り胸中でつぶやいた。
相手を殺さなくては生き残れない……そんな生活の中に埋没しているクエイドだが、決して人を好きで殺した事など一度としてない。それは断言出来た。

だが…『殺さなければ生きていけなかった』。
初めて人を殺した時、ギルドに入って1、2ヶ月くらいたった頃だったか…。
あの時の恐怖と、自分への嫌悪は忘れた事はない。
その日、血のついた手を幾度も……その血が全て流れ落ちているとわかっていても、幾度も手を洗いつづけた。
血を流し倒れている……俺が殺した骸を見て、吐き気に耐えられなかった事もあった。
胃が食べ物を受け付けず何も食べられなかったこともあった。
二度と人を殺さないと心に堅く刻み込んだ事もあった。
だけど………その度に思い知らされる。

……相手を殺さなければ、自分が殺される。

そういった場面に出会うとき、心に刻み込んだはずの『想い』は血で塗りつぶされて、持てる全ての技術を駆使して相手を殺した…。

……そして、俺は『術』を身につけた。

何も感じることなく、何の感情もわかず、ただ目の前の現実を受けいれる術を。
心をなくして『自分』と『周り』の境界線をひどくあいまいにする術を……
……『心』などいらなかった。ただ……『モノ』になりたかった。

……裏切られるのにも慣れた。
……汚い罵声にも、冷ややかな軽蔑の眼差しにも慣れた。
……剣の重さにも、銃の硝煙にも慣れた。
……凄惨な、目も覆いたくなるような戦場にもようやく慣れ始めた。
……だけど、人を殺す事にだけはまだ慣れてはいない。

……いい傾向だ、と思う。
確実に『モノ』へと近づきつつある。
人を殺しても『何も』感じないように。血塗られた手を見ても『何も』感じないように。

そう……『人形』のように。

「クエイド?」
突然かけられた声にクエイドの思考はいきなり途切れる。
「……何だ?」
サリーナは心配そうな顔でクエイドの瞳を直視する。
「顔色悪いよ?大丈夫?休もうか?」
サリーナの本当に心配そうな表情と口調にクエイドには苦笑が込み上げてきた。
(……こんな少女に心配されるなんてな)
しかし、苦笑は心の奥底で閉じ込められ、クエイドの仮面をはがすまでには至らなかった。
「大丈夫だ…。俺よりもサリーナはどうなんだ?」
「私?私は大丈夫。こういった森が近くにある村で育ったんだよ?もう慣れてるから」
サリーナは笑顔を振り撒いて答えた。

……もう慣れてる…か。

俺も『当たり前』のことの様にいつかは人を殺す事に慣れてしまうのだろうか?
何も感じずに、何も戸惑わずに、人を殺せてしまうのだろうか?
……それはいつになるのだろうか?
……『心』をなくして、『からっぽ』にしてしまえば何も辛くも悲しくもないと信じている。
だから、切実に望む。

……その日が訪れる事を……

「……行こう。あまり時間はない。それにその子供がモンスターにやられる可能性だってあるんだからな。」
「あんまり、不吉な事言わないでよ。」
サリーナが少し怒り気味の口調で言った時、悲鳴がこだました。
瞬間、クエイドが全速力で駆け出す。
悲鳴は間違いなく子供の声だった。
そのしなやかで強靭な長い両足が大地を蹴る。
疾風の如き速さで森を、茂みを駆け抜ける。
クエイドが茂みを抜けた時、彼の蒼い瞳は子供の姿を捉えていた。
子供とモンスターが一匹…。
子供のほうは腰が抜けているのかしゃがみこんで必死にあとずさっている。その小さな体を恐怖で震わせながら……確か、名前は…カイル。
モンスターは巨大なムカデのようなおぞましい姿でジリジリと子供に迫っていた。触覚はウネウネと動き、口からは緑色の液体が零れ落ちる…。
クエイドは腰の鞘から短剣を引き抜くと。珍しくそれを正眼に構える。
魔法は使えなかった。モンスターの側に子供がいたため巻き込んでしまう恐れがあった。それよりも剣で確実にモンスターだけを殺す方をクエイドは選んだ。
クエイドは柄を握り締める。
モンスターとカイルもようやくクエイドの存在に気付いた。
「た…たすけ…」
言葉にならない声を震わせ、懇願の瞳でクエイドを見る。
モンスターは目の前の食事を邪魔された事がよほど頭に来たのか、クエイドのほうへと近づいてくる。
クエイドは冷ややかな笑みを浮かべる。
カイルを先に狙うよりも自分のほうに向かってくるほうが助かった。
モンスターはクエイドに向かっていくスピードを上げた。
ものの十数秒でクエイドにたどり着くだろう。
しかし、その時間でもクエイドにとっては十分過ぎた。
「……『大剣』よ、己の呪縛を解き放て!!」
クエイドの言葉と同時に短剣の柄の部分に、淡い光の文字…いや、文様が浮かびあがる。そしてみるみる剣は短剣から、長剣、そして大剣へと変化していく。
クエイドの両腕に大剣の重量が伝わる。クエイドの身長と全く同じくらいの長さ、そしてクエイドの胴回りよりもはるかに太い幅…。見るからに重量級の大剣だった。
モンスターはそんなことには構いもせずに突っ込んでくる。
そして、その巨大な胴体を直立させてクエイドに襲い掛かる。
刹那……『風』が吹いた……。
圧倒的なまでの速さ…神速の速さで繰り出された大剣はその巨大なモンスターの体を上下に切断していた。
飛び散る緑色の飛沫。
響き渡る甲高いモンスターの断末魔。
そして、金髪と蒼い瞳の悪鬼の如きクエイド…。
モンスターの斬り飛ばされた巨体は地面に倒れ、その切り口や、口といった穴の部分から緑色の液体をおびただしく流している。
クエイドはいつもの自然な構えで軽々と大剣を片手で携えている。
「……『大剣』よ、再びその身を呪縛に委ねろ。」
クエイドの静かな声と共に大剣は見る見る内に小さくなり再び短剣へと変わる。
クエイドは短剣を腰の鞘へ戻すとゆっくりとカイルの方へ歩いていく。
何が起こったのか理解できず、呆然としているカイルの前で止まると、クエイドはかがむ。
「……大丈夫か?」
そう静かに聞いて、差し出した手がカイルの頬に伸びる…。
「う、うわぁぁぁっぁぁぁ!!!!!」
カイルは差し出されたクエイドの手を払い除けて必死になってクエイドから逃げ出した。そして、一定の距離を保ってその乱れた息を必死に整えて叫んだ。
「っお兄ちゃんも、に、人間の格好してるけど、あのモンスターと一緒だ!!化け物だ!!」
その言葉が静かな森に響き渡る。
クエイドはゆっくりと立ち上がる。
(……化け物……か)
……別に何とも思わなかった。
ああ、そうなのか。自分はそういう風に見られたのか。
それくらいにしか感じなかった。
……いや、それどころか自分から望んでいた事でもあった。
『モノ』になる事が『化け物』になる事なら喜んでなってやる。
……だから、もう慣れていた。もう、どうでも良かった。
(……問題はこの子供をどう保護するかだな。)
クエイドの思考はすでに現実の問題に向けられていた。それくらい些細な、どうでもいい、あれふれた出来事に過ぎなかった。
(……説得は難しいな。やはり、こんな子供の前で戦うべきじゃなかったな。)
少し、後悔もしたが仕方がないと言えば仕方がない。あそこで自分から引き下がってもおそらくモンスターは自分を追ってはこなかっただろう。……あそこで剣を抜いたのは正しい判断だった。
(だったら……)
クエイドの蒼い瞳に冷徹な光が混じる。
(…気絶させてでも連れて行くしかないな。)
クエイドが行動に出ようと構えたとき、ある気配が近づいてきている事に気付く。
(……サリーナか。ちょうど良い時に現れたな。)
クエイドがサリーナの同行を許したのには道案内ともう一つ、理由があった。
クエイドはこういった事態を事前に想定していた。子供がもしも自分に付いて来ることを拒否した場合、後々の問題も考えこの少女にまかせようと。
同じ村の顔の知っている人物であるならばおそらく容易に事は運ぶだろうと考えての事だった。
「クエイド!!」
サリーナが茂みの中から現れるとカイルの恐怖で支配されていた瞳にもようやく希望の光が灯る。
「サリーナお姉ちゃん!!」
カイルはサリーナのほうへ向かって全力で駆け出し、その勢いのままサリーナに抱き着く。緊張から開放されたせいかカイルはサリーナの胸で大きな声で泣き始めた。
サリーナはそんなカイルを優しくあやしながらクエイドの方を向く。
「……ありがと。カイル君を助けてくれ。」
「別に……。礼なんていらない。それが、俺の……」
「『任務だから』、でしょ?」
サリーナは満面の笑顔でそう答える。
クエイドはそんなサリーナに無表情で答える。
だが、内心ではこれで本隊と合流することが出来ると胸をなで下ろしていた。
ひとしきり泣いて、ほっとしたのか徐々に泣き声は小さくなる。
「……それにしてもすごい足早いんだね。全然追いつけなかった。」
「…ああ。あの悲鳴から状況は一刻を争うと分かっていたから…。」
クエイドは答えるの同時に腕時計の方へ視線を向ける。
「……早くこの場を離れよう。本隊と合流できなくなってしまう。」
サリーナはうなずくと、カイルの頭をそっとなでる。
「ね?もう大丈夫だから。早くしないとお母さんやお父さんにも会えなくなっちゃうよ?もう泣かないで、ね?」
サリーナは優しい笑顔で、そしてその表情と同様の優しい声でカイルに語り掛ける。
カイルはまだぐずりながらもこくんとうなずく。
(やはり、サリーナを連れてきたのは正解だったな。)
クエイドはそんな事を考えていたその直後、最も恐れていた事が起こった…。
「静かにっ!!」
クエイドの鬼気迫る声に今までぐずついていたカイルさえも黙ってしまう。
「……どうしたの?」
サリーナの不安を含んだ小声の問いにもクエイドは答えない。
(……間違いない。くそっ……俺も油断してたってわけか……)
サリーナとカイルには全く分からなかったが、クエイドにだけは分かっていた。
森林を歩く人の気配が…。そう、モンスターでも動物でもなく『人』の……。
わずかだが、機械の駆動音、それに地面を伝わってくる振動も伝わってきた。
………間違いなく、レ軍の部隊………
(これからサリーナとカイルを連れて逃げるんじゃ間に合わないな……。仕方がない。)
クエイドは覚悟を決めるとサリーナの両肩をつかむ。
突然の事に驚くサリーナにクエイドは深刻な表情で事実を伝える。
「……近くにレ軍の部隊が迫ってきている。お前はカイルを連れて逃げろ。そして本隊に合流しろ。道はわかるだろう?」
「……う、うん。でも……クエイドはどうするの?」
サリーナの震える声にクエイドは僅かな間をおいてから答える。
「……俺はこれからレ軍の部隊を強襲する。そうすれば、お前たちの逃げる時間は十分稼げるはずだ。」
クエイドの突然の言葉にサリーナは言葉が出なかった。それでも一生懸命言葉を探した。探した末に出てきた言葉はありふれすぎていた。
「そんな……じゃ、クエイドは…?クエイドはどうなっちゃうの?私、嫌だよ。クエイド一人を残して逃げるのッ!」
最後には感情が吐露してしまい、語気が強まってしまった。でも、サリーナには納得出来なかった。せっかく知り合えたのに、せっかく仲良くなり始めてたのに……これで、お別れになるかもしれないなんて……。
「……俺は大丈夫。知ってるだろ?俺の強さを?だから、行け。……お前たちがいるんじゃ全力で戦えない。……足手まといなんだ。」
言おうか言うまいか悩んだ末に出た言葉だった。それは事実を的確に指していた。しかし、それゆえに彼女を傷つける事にもなると分かっていた。しかし……死なせてしまうよりかはそのほうが遥かにましだった。
長い……実際には短いが途方もなく長く感じる沈黙が続いた。そして、その沈黙の末、口を開いたのはサリーナだった。
「……分かった。でも……絶対に死なないでね?私、これでクエイドとお別れなんて絶対に嫌だから……」
「分かってる。俺だってこんな所で死ぬつもりなんてない。約束する、必ず生きて戻る。」
安っぽい約束だった。それでも……今にも泣き出しそうな、震える声で、納得出来なくても分かってくれたこの少女を少しでも安心させたかった。それくらいしか、今の俺には出来ないのだと分かっていたとしても……それをすることで彼女の不安を少しでも減らせるなら……と、クエイドは嫌いなはずだった、二度と自分がすることはないと思っていた『約束』をした。
そこでクエイドは自分の今考えていた事に対して思わず笑えてきた。
『モノ』になろうとしている自分が他人を気遣う?
しかも、この場限りの人間の事を?
このままではその冷徹で無表情な仮面がはがれそうだった。
だから、クエイドは駆け出した。戦場へ……
「……お姉ちゃん。」
クエイドの背中を見守って涙ぐんでいたサリーナが力強くカイルに言う。
「…さ、私たちも早く行こ。……私たちはするべき事をしなくちゃ、ね?」
……分かっていた。自分が足手まといだということに。
そして、もう一つ分かっていた。クエイドが私にカイルを連れて行かせるためにあえてその事を言ったのだということも。
サリーナは、クエイドは自分が表情を表に出さないと思っているかもしれないけど、よく彼の表情を見ていればこんなに何を考えているかよく分かる人もいないと思っていた。

………クエイド、『足手まといだ』って言った時、ちょっと辛そうな顔してた。

普段、無表情な分そういった普通の人なら見落としそうな事も分かった。
そして、彼の優しさも……。
それに、『約束』してくれたから。『必ず戻る』って。
だから、サリーナはその約束を信じる事にした。あの屈強で、無表情で、きれいで、そしてちょっとだけ優しい戦闘服に身を包んだ派遣員を…。


クエイドは大木の影に隠れるとレ軍の部隊が現れるのを待った。
いくら強力な魔法を使えても、剣術に長けていてもクエイドは生身だった。ARMS、装甲車という『鎧』をまとった軍隊の前ではまともに戦ったのでは勝ち目はまるでなかった。
そんな状況でクエイドが勝利を収めるには『奇襲』しかなかった。
奇襲による攻撃によって相手を混乱させて連携を取れなくさせる。その間に各個撃破し、そして自分も退却する。……それがクエイドの大まかな戦略だった。
……徐々に、人の気配が近づいてくる。ARMSの足音だろう。地面を揺さぶるような振動も次第に大きくなっていく。駆動音が大気を振動させクエイドの耳に届く。
静かな森に人の気配が色濃く広がっていく。
クエイドは構成を編み始める。そして、『構成』から『詠唱』へと移る。
普段なら使わない上級魔法。
『構成』にも『詠唱』にも時間がかかりすぎる。
しかし、こうした不意打ちにはもっとも適した魔法だ。
特にこういった戦闘兵器相手には……
詠唱も完了して後は『呪文』を言い、魔法を発動させるだけだ。
準備は整った。
そして、ちょうどよくレ軍の部隊が姿を現す。
クエイドは戦闘服の内ポケットから鏡を取り出すとそれをレ軍の部隊にあわせる。
(……ARMSが2、装甲車が1、そして歩兵が数人……)
ネルドガルドによる報告とは部隊の規模が異なるが間違いなくレ軍だった。おそらくは偵察のために編成された小隊なのだろう。 クエイドは鏡を内ポケットに戻すと地面にはいつくばる。部隊がギリギリまで接近するまで待つ必要があった。クエイドの武器は基本的に短剣一本のみ。マシンガンは本隊に置いてきている。
クエイドは銃器の扱いがさほど得意ではなかった。それに接近戦では銃よりも剣のほうが信頼出来る。それにこういった森などの遮蔽物の多い地形では気配を確実に消せるクエイドにとっては音もなく相手を殺せる剣のほうが都合が良かった。

ガサッ


クエイドに緊張が走る。偵察だろう、一人の歩兵が徐々にクエイドに近づいてきている。相手はクエイドの存在に未だ気付いていない。歩兵が来る方向はクエイドの前方から。
前方には倒れた樹木があり、完全にクエイドの姿を隠している。
クエイドは僅かに顔を上げてその歩兵の姿を見る。
歩兵は回りを気にしながらゆっくり、しかし確実にクエイドに近づきつつあった。
(……まだARMSからの距離は十分とはいえない……。気付かれる前に殺すしかないか。)
クエイドは音のしないようにゆっくりと腰から短剣を引きぬく。短剣を右手に持つと歩兵との距離を測る。声をあげられないように一足で近づける距離になるまで待つ。

ガサッ……


クエイドの心臓の脈が速くなる。だが……

ガサッ……


それとは反対にクエイドの意識は集中力を高めていく。『世界』が構築されていくのを感じる。『自分』と『相手』。それ以外を排除した単純だが絶対の『世界』を…。

ガサッ……


短剣を握る力が強くなる。頬を流れる一筋の汗が一滴となり地に咲く名もなき花を濡らす…。

ガサッ……


クエイドは瞬時に起き上がり、目の前の倒れた樹木を飛び越えて歩兵の目の前に突如として現れる。
「ッ?!!!!!!」
声を出すいとまも与えず、クエイドの右手の短剣が心臓のある左胸に食い込む。左手は歩兵の口元を押さえている。
食い込んだ短剣からあふれるように血が流れ出る。歩兵の迷彩服の右胸に黒々と染みが現れそれが徐々に大きくなっていく。口からは赤黒い血が流れ、クエイドの腕を伝う…。

ポタッ……ポタッ……


血の滴が地面に生えている草花を赤く染める……。
深々と刺さった短剣から伝わっていた脈が徐々に弱くなっていく。
完全に心臓が止まったのを確認するとクエイドは歩兵をゆっくりと倒すと両足を持って、ズルズルと引っ張りそれを木の影に隠す。
クエイドは両手の血を拭うと短剣を鞘にしまい再び、もといた位置に戻る。
もう、邪魔される程近くに歩兵の気配は感じない。ARMSとの距離もそろそろいい頃合いだろう。
クエイドは意を決して飛び出し、『呪文』を言い放つ。
「『雷撃陣』!!」
魔法の開放と共に一機のARMSを中心として青白い光が線となり地面に魔法陣を描き出す。そして、魔法陣の完成とともに地面から稲妻が吹き出す。
稲妻に包まれたARMSは何も出来ず、魔法陣の消えるのと同時に焼けこげた機体をさらけ出してそのまま地面に前のめり倒れ込む。
陸上戦闘兵器としては最強とされているARMSだが、精密な機械は同時に精密なコンピュータ群でもある。それをひとえに電撃に弱いことも意味していた。しかも、不意打ちではその機動力も意味を成さない。
「敵襲!!」
歩兵の誰かだろう、その声に習うように弾丸の雨が横殴りとなってクエイドに迫る。しかし、遮蔽物の多い森林での戦いではそうそう当たるものではない。全ての弾丸が木々に阻まれ、クエイドにはかすりもしなかった。
クエイドはすぐさま次の魔法の詠唱にかかる。もう、『雷撃陣』は使えない。不意打ちならともかく真っ向勝負ではARMSの機動力で魔法陣が完成する前に避けられてしまう。
歩兵の射撃から一呼吸おいて、残ったARMSのマシンガンも火を噴くように耳を貫く音を発して弾丸の雨を生み出す。

ARMS…
二足歩行型多機能陸戦兵器。通称ARMS。『兵器』の名を冠するその巨人はその名の由来通り兵器としての宿命を持ってこの星に現れ、地上戦を激変させ、軍の再編すら伴わせた。
クエイドの目の前にいるその機械の巨人は6メートル以上あるだろう。
比較的に華奢なボディ。そして、独立型の頭部。
機種は、エヴァ・エンタープライズ社製ARMS『ベルリン』。
帝国や連邦、ガイリア、そしてトリニティではもう機種変更がされている古いタイプのARMSだがそれでも発展途上国では現役として最前線で戦っているARMSである。
見た目からも分かるが高機動型のARMSである。今回のような偵察任務には最適なARMSと言えるだろう。
見た目でわかる武器は右手のマシンガンのみであるようだった。そして左手に防盾。ミサイルやグレネードなどのスタンドオフ兵器は装備されているようには見えない。
もっともここまで接近しての近接戦闘でミサイルやグレネードに代表されるスタンドオフ兵器は意味を成さないのだが。

(……だが……)

クエイドはARMSから、おそらく指揮車両であろう装甲車に視線を移す。
クエイドの次の狙いはARMSではなく、装甲車だった。

ARMSは通常、小隊規模の部隊であれば2〜3機のARMSに指揮車両を一両という編成を行う。指揮車両の存在理由は大きい。
ARMSのバイロットは射撃と操縦を一人で行わなくてはならない。火器管制システムや姿勢制御コンピュータの改善が進んでいるとは言え、パイロットの担う部分は非常に大きいと言えるだろう。しかも戦場では状況が刻々と変化し、それに伴いパイロットも独自の判断を行わなければならない事態も存在する。
つまり、パイロットの負担が大きすぎるのだ。それを改善するために指揮車両が存在する。
指揮車両の存在により、ARMSパイロットは連携を密にとるのが容易になり、戦闘にのみ集中する事が可能になるのである。
クエイドも過去の経験からそれを熟知していた。そして、ゲリラ戦においてまず倒すべきは指揮車両だということも。
指揮車両内はクエイドによる強襲により途端に火の車の如く情報が錯綜した。
「フォーカス・2大破!!パイロット、呼吸、脈拍ともに停止!!」
「A−04の死亡を確認!!」
「熱源反応から襲撃者は一名の模様です!」
「一人?!馬鹿な…たった一人で小隊を沈黙させるつもりか?」
小隊長はわずかに思案するとすぐに判断を下す。
「……襲撃者の位置及び現段階での戦闘データをARMS及び歩兵に転送。相手は一人だが甘く見るなよ。」
「了解!」

森を疾走するクエイドだったが歩兵の銃撃は的確にクエイドのいる方向を狙ってきていた。ただ、遮蔽物の多い森林のおかげで命中しないだけで、この事態はクエイドにとっては楽観視出来るものではなかった。
(雷撃陣でARMSを破壊すれば混乱に乗じてやりやすくなると思ってたが……そうは簡単にはいかないか。)
戦いなれている。そうクエイドは直感した。
考えてみれば当然かもしれない。
レイキャンベル軍…特に陸軍は度重なるネルドガルドとの国境での紛争で戦闘慣れをしている。戦争慣れという点においては大国やトリニティの軍隊よりも相手が悪かった。
そして、突如、クエイドの前に一人の歩兵が姿を現す。
「死ね!!」
歩兵のマシンガンがクエイドに向けられる…。しかし、クエイドは動じない。
(……距離が甘い。)
クエイドは瞬時にスピードを上げる。そしてそれと同時に腰の短剣を逆手に持ち切り上げる。
金属特有の耳の奥にこだまする金属音を響かせ歩兵のマシンガンは上空へ飛ばされる。
そして次の瞬間にはクエイドの短剣が再び煌き、閃光は血しぶきへと変わる。
クエイドの短剣は確実に歩兵の喉を切り裂いていた。紅い鮮血が青い空に向かって広がり、それは大地を、森を、草花を紅く染め上げる。

一瞬だけ、その歩兵とクエイドの視線が交錯した。

光を失いつつある、淀んだ瞳がクエイドの瞳を突き刺す。
しかし、クエイドのその鋭い、冷徹な眼光はその視線を弾き返した…。
力なく倒れた歩兵を見る事もなくクエイドは駆ける。
『構成』も『詠唱』もすでに完了している。あとは『呪文』を言い、魔法を発動させるだけだった。
そのためには装甲車に接近する必要がある。
遮蔽物……木の多い森林での戦闘ではARMSの機動力も減退する。問題は歩兵だった。おそらくは装甲車からクエイドの位置を逐一転送され確実にクエイドの居場所をつかんでいるのだろう。歩兵の射撃は正確だった。
しかも、機動力を奪われているとは言え、ARMSのマシンガンの威力も侮れるものではなかった。木々も問答無用でなぎ倒す程の威力である。
だが……実戦慣れしているのはクエイドの方だった。
自分のすべての感覚を総動員し、そして自分の経験から魔法の射程ギリギリの間合いから魔法を発動させる。
「『魔竜砲』!!」
魔法の発動とともにクエイドの両手から紅い一筋の閃光が走る。それは一直線に突き進み、木々の間を抜け『目標』めがけて直進する。
「熱源反応、急速接近!!」
「回避行動!!」
「間に合いません!!」
紅い閃光は装甲車に着弾すると紅蓮の爆発を巻き上げ、爆音とともに四散する。紅い炎に照らされながらクエイドの蒼い瞳が揺らめく…。
『魔竜砲』は通常、それ自体に爆発能力はない。しかし、収束された熱線の威力はHEAT弾と同等以上の威力を発揮し、弾薬の誘爆を誘う。現実に爆発を起こしたのは装甲車に装備されていた弾薬類である。
魔法の特性を理解していれば多種多様な使い方が存在する。
クエイドは装甲車の破壊を確認したあと再び駆け出す。
連続して大きな魔法を使ったことと走りっぱなしであることから徐々に息が上がってくる。しかし、休んではいられなかった。
もう時間稼ぎとしては十分だった。相手も未知の敵に対して深追いをしてくる事はないだろう。クエイドはそう判断した。
あとはこの戦域を離脱するだけだった。クエイドは腰を低くしながらも出来る限りの速さで森を駆け抜けた。

瞬間、肉体がいや、細胞一つ一つが反応した。脳から筋肉へと神経が伝わる前に細胞そのものがクエイドに回避行動をとらせた。
刹那……
クエイドのいた所を弾丸の列がかすめていく。
そして、その機動性を活かしてクエイドの前に黒い大きな影が現れる。
クエイドはすぐさま体勢を立て直し、身構える。
相手は分かっている……

……ARMS『ベルリン』

一瞬、今までの喧燥の中からは信じられないような静かな時が訪れた。
クエイドの神経が集中していく…。
最初は銃撃がまるでしなくなり、次に木々のざわめき、風の音、そういったものが聞こえてきて、そして消えていった。
ただ、静かなこの森の中にクエイドとARMSだけがいるかの如く。
ARMSは右手のマシンガンの銃口をクエイドに向けていた。太陽の光がARMSのその機体を鈍く輝かせる…。

……そして、すべてが弾けた。

けたたましい銃撃音と共に弾丸がクエイドにすぐ横をかすめる。紙一重でそれを交わしたクエイドはすぐさま『構成』に取り掛かる。
ばら撒かれた弾丸がクエイドをそれ、木々に食い込む。
人の動きを機械で再現……いや、それ以上の事をこなしてみせるARMSの前ではいかにクエイドでもそうそう避け続ける事は不可能だった。
早期に決着をつける必要があった。
『構成』を編み上げ、『詠唱』に移る。
下手にARMSに接近戦を挑むわけにはいかない。とにかく今はこの天然の遮蔽物を利用して逃げ回るしかなかった。
何度かの銃撃をかわし続け、『詠唱』が完成する。
「『烈光牙』!!」
すぐさま『呪文』を言い放ち、魔法を開放させる。
放たれた光の奔流は光の線となってベルリンに迫る。しかし、ベルリンはその光の矢の前に左腕に装備されていた防盾を向ける。
閃光の矢は盾に直撃すると爆音と火炎を撒き散らす。しかし、その炎の中でもベルリンはほとんど無傷で冷たい視線をクエイドに向ける。
そしてすかさずマシンガンが雄叫びをあげ、弾丸を撒き散らす。クエイドはその脅威から瞬時に回避行動に移っていたことで避ける事が出来た。
……通常の魔法ではあのARMS・ベルリンを仕留められない。
クエイドは直感的にそう感じ取った。そして、再び魔法の『構成』に移る。
しかし、クエイドは正直かなりの疲労を感じていた。
神経をすり減らすような緊張感、銃撃を避けるためにクエイドは走りっぱなしのために体力も徐々にだが確実に減ってきている。そして、何度となく使った魔法の影響も。
疲労はクエイドから集中力を奪う。そうなればこの銃撃から逃れられなくなってしまう。だからこそ、クエイドは次の攻撃に全てを賭けていた。
魔法の完成と同時にクエイドは腰から短剣を抜き放つ。
そして、『意思』を込めて右手に力が入る。
短剣は再びその姿を見る間に巨大化させ、一瞬で『大剣』へと変化する。
別にこの短剣を大剣へと変化させるのに呪文等は必要ではない。意思を明確に伝えれば短剣はそれに応える。クエイドは通常はその『意思』を表す『言葉』を言う事によって明確に『意思』を短剣へ伝える。
だが、今のクエイドに言葉は必要ではなかった。戦闘の極限状態がクエイドに更なる集中力を与えていた。
その大剣の重量感を両手で感じクエイドはベルリンに接近する。
そして、魔法を開放する。
「『魔力剣召喚』!!」
クエイドの『呪文』と同時に大剣に淡い紫色の魔力の光が宿る。振り上げた大剣が淡い光の軌跡が弧を描き、大剣が一閃する。

………金属を切り裂く甲高い金属の悲鳴が木霊する。

魔力の光を宿した大剣はまるでケーキを切るかの如く、金属の塊であるベルリンの右脚部を切り裂いた。火花を散らせ、バランスを失い失った右脚部の方向へと轟音を上げて倒れる。

ベルリンのパイロットは何が起こったか理解出来なかった。
いや、本当は分かっていた。剣でARMSの脚部を切り裂いた、という事を。
ただ事実を認められなかった。
普通、認める事が出来るだろうか?
剣で金属の丸太とも言うべきARMSの足を切り裂く事など……
ただ現実を認めることが出来なかった……
そして、その間にその現実を与えた人物はこの森から消えていた。


銃撃音が森に響き渡り、鳥が高い声を挙げて蒼き天空に飛び立つ。地面に倒れこんだ骸に間髪を入れずに三発の弾丸が食い込む。
そうして、地面に倒れている骸の数は6つ。その周りにたたずむ黒い戦闘服の軍隊……
「……ギルド部隊の掃討完了しました。」
一人の男が淡々と無線機に報告をする。
「……了解。撤収準備に取り掛かれ。」
無線機から流れてくる、くぐもった声に男は了解と簡単に答えると無線を切る。
「しかし、歯ごたえのない奴等ですね。」
側にいた男がにやついた顔で吐き捨てるように言う。そして、倒れているギルド派遣員と思われる死体を蹴り、仰向けにさせる。
血と泥でベトベトに汚れた死体を見下ろす。その光を失った瞳が男の視線にさらされる。
「……こいつらは戦闘員ではないからな。……情報収集を任務にする部隊だ。今、例の民間人達と行動をしているギルド派遣員部隊は戦闘部隊だ。」
「戦闘部隊と言っても企業軍隊など我々の相手ではありませんよ。」
男の吐き捨てた唾が屍となった派遣員の頬を濡らした……


アランは苛立っていた。たった一人でルビア村に残っている事に対しての不安が最も大きかった。隊長の命令とは言え、レ軍の部隊が迫りつつある村に一人で残るというのは気が気ではなかった。
もちろん、時間になればアランも撤収する。その時間が来るのが待ち遠しくてならなかった。
「……?」
アランは声が聞こえたような気がして振り向くと森の中から走ってきた少女と小さな男の子を見つける。
「オーイ!!」

アランは右手を大きく振ってその少女たちに駆け寄る。あの殺人人形…クエイドがいないのが気にはなったが。
「あいつはどうしたんだ?」
アランの問いにサリーナは息を整えてから答えた。
「……クエイドは、軍隊の足を止めるって一人で……っ」
そこまででアランは事の重大さを理解した。慌てながら無線機に手を伸ばすと先に進んでいる隊長に連絡をとる」
「……こちらビッグス。どうした?」
「アランです!少女と男の子が戻ってきました。しかし、クエイド派遣員はレ軍部隊と交戦中とのことです!!どうしますか?!」
「……少女と男の子を連れてルビア村から撤収しろ。」
「わ、わかりました。」
アランはそう答えると無線を切った。確かに自分では助けに行くことなど出来なかった。今の自分にはこの少女たちを連れて脱出することが出来る全てだった。
しかし……そう自分に言い訳していることもまた『全て』であった。
(……しょうがないじゃないか。)
自分にそう言い聞かせて振り向くとそこにいたはずだった少女の姿がなかった。
何が起こったか分からなかった。そしてアランはその小さな男の子に頼るしかなかった。
「あ、あの女の子はどこにいったんだ?」
アランの震えるような声に男の子は簡単に答えた。
「お姉ちゃんなら、またあの森に戻っていったよ?」
その瞬間、アランは目の前が真っ暗になっていくのを感じずにはいられなかった。


(Continue)

ちょこっと秘話4

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