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第一章「魔王現われ 謀略始まる(5)」 ============================================================= サリーナは深い日差しもあまりささない暗い森を駆けていた。自分が戻るべき道は覚えている。クエイドは子供を連れて逃げろと言ったがサリーナは戻る事を選んだ。 理由は幾つかあった。 クエイド一人では戻る道を知らない。 クエイドが負けるとは思えない。 そう……理由はいくつもあった。 でもどれも本当に理由ではない。ただ、心配だった。ただ、あの黄金色の髪をした蒼い瞳の青年が気になって仕方なかった。それだけだったかもしれない。 クエイドの放った大剣の一撃がモンスターを両断する。数個のモンスターの骸の前でクエイドは息切れしている呼吸を整えた。ひとまず周りにもうモンスターの気配はしなかった。クエイドの大剣の柄に光の文様が浮かぶと大剣から短剣へと変化し、その短剣を腰の鞘に戻す。 一体何匹のモンスターを始末したのだろう? レ軍との交戦の後、クエイドはこの深い森を彷徨っていた。一応来るときの道を戻っているつもりだが天然の迷路は完全にクエイドの方向感覚を狂わせ自分がどこを歩いているのかさえ分からなくさせていた。 しかも、自分の血ではないが先の戦闘でクエイドにこびりついた血の臭いはモンスターを寄せ集めやすくしていた。 (……確かに道案内なしでこの森を歩くのは危険だな……) クエイドはサリーナの父親・村長に言われた事を思い出して毒づいた。このままでは下手をするとレ軍とまた遭遇するかモンスターの餌食になるかのどちらかしかないように思えた。 「……どちらも御免だな。」 そうつぶやくとクエイドは周りを見渡す。 木、木、木……それが全てのようだった。よく見れば違うのだろうがもうそんな事にクエイドは構っていられるほど精神的にも肉体的にも余裕がなかった。 幾度となく使用した魔法。レ軍、モンスターとの戦闘行為はさすがのクエイドにも疲労感を与えていた。 ふと見ると右手が震えていた。 最初はわからなかったがすぐに理由が思いついた。 (……またか) クエイドは左手で右手を押さえる。 いつも『後から』こうなるのだった。 人を殺した時……その時の恐怖や自己嫌悪から来る震えが。 (……くそっ) 忌々しかった。最初のころは人を殺す前に……その後は人を殺したその直後に……そして、今はしばらく後に震えが襲い掛かってきた。 震えや迷いは自分の決心を揺らがせて自分の身を危うくさせる。そのために戦闘に慣れはじめたころから戦闘が終わってからしばらくした後に震えが来るようになったのだろうとクエイドは考えている。 クエイドはこの震えが忌々しく、腹立たしかった。 自分が人を殺す事に対して恐怖を感じている。『モノ』に成りきれていない自分を嫌でも意識してしまうからだ。 力を思い切りこめ青あざが出来るほどに右腕を絞り上げる。 ……いつか、なってやるさ。人を殺しても何も感じないように。 『完璧』な『モノ』に……。 途端に右手の震えが止まった。 左腕で絞り上げたせいではなかった。 気配が……しかも、『人』の気配が現われたためだ。 (……レ軍か) クエイドは腰から短剣を引き抜く。気配は一人のようだった。部隊からはぐれたのか……息を殺し、完全に自分の『存在』を消してその『気配』の方へと足を運ぶ。 そして、一足で茂みを抜けその『気配』を放つ者の前に現われる。 殺意のこもったクエイドの蒼い瞳が相手の瞳を捕らえる。 瞬間、優しい風が吹いた…… クエイドの殺意の冷たい『蒼』を『碧』の優しい瞳が包み込み、そして彼の殺意を奪い去る…… 「……クエイド……」 少女の優しさをたたえた碧の瞳は揺らめくように輝いていた。 「……サリーナ?どうして?」 クエイドはそう言うのが精一杯だった。『いるはずのない』サリーナが目の前にいる事が彼にいつもの冷徹とも言える頭の回転の速さを鈍らせていた。 そんな事にお構いなしにサリーナは本当に屈託のない笑顔があっさりと答えた。 「心配だったから。クエイド一人じゃ、戻ってこれなかったでしょ?だから戻ってきたの。」 ……簡単な答えだった。 だからこそ、クエイドは理解出来なかった。 目の前に軍隊が来ている事が分かっているのに何故戻ってこれる? 自分が殺されるかもしれないという事が想像出来ないのか? だが、それら全ての回答をサリーナは一言で済ませるだろう。 『心配だから……』 風がそっと二人の頬をなでる…… そしてクエイドの捨て去ろうとしている心が少しだけきしんだ。 その見逃しそうなほど小さな『痛み』が『声』となって聞こえたような気がした。 何と言っているのかは分からなかったけど、それは確かに『声』だった…… バカらしかった。 他人を心配して自分を危機にさらすサリーナの行動と思考が。 それに影響を受けてなくそうとしている心が反応した事が。 バカらしく……そして、少しだけ淋しさを感じた。 そんなクエイドの様子に違和感をサリーナは感じた。 さっきまでのクエイドよりも遥かに儚そうで、少しのことで消え去りそうなほど虚ろに見えた。 「……クエイド?」 声をかけずにいられなかった。自然に手がクエイドの方へと向かっていた。 しかし、クエイドの手を触れる直前でビクンと止まる。 「……クエイド、怪我してるの?!」 クエイドの手は血まみれだった。黒い手袋の上からでも赤黒い大きな染みがわかった。サリーナはそんなクエイドの手をとろうと思わず引っ込めた手を伸ばす。 「やめろ!!」 乾いた音をたててクエイドの手がサリーナの小さな手を弾く。 「……クエイド?」 本当に自分を心配しているサリーナの声。 そして、おそらくそれと同じような表情。 クエイドはサリーナの顔を見ていなかった。……見たくなかった。 苛立たしかった。何故にこんなに自分が苛立っているのかも分からなかった。ただ、どうしようもなく苛立った。 「……この血は俺の血じゃない……俺が殺した『人間』の血だ。」 「……え?」 サリーナはクエイドが何を言おうとしているのか分からなかった。混乱した頭にクエイドの声が嫌でも響いてきた。 「……俺はあんたが心配するような人間じゃないんだ。人を殺しても平気でいられる人間なんだ。何人殺したかも分からない・・・その全ての人間の血が!憎しみが!悲しみが!」 「やめて!!」 サリーナの声が森に響いた。 これ以上、聞きたくなかった。サリーナには理解できないことだったから。 どうして、人を殺して平気でいられるのか。それよりもどうして人を殺せるのか。理解も納得も出来なかった。それほど、サリーナは『無垢』だった。『普通』だった。 そして長い沈黙の時が訪れる。 どれだけ両方とも黙り続けていただろうか。俯いたまま口を閉ざし佇むクエイド。金髪が彼の表情を隠し、その蒼い瞳の光さえもかき消した。サリーナは何かを言わなければと思いながら何も言えなかった。そんな時、口を開いたのはクエイドだった。 「……わかっただろう?俺はこういう人間なんだ。あんたが心配する価値なんてカケラもない人間……いや、『人形』なんだ。」 サリーナにはクエイドが何を言っているのかもわからなかった。 どうして、自分の事を『人形』なんて呼ぶのか? 彼をそこまで追い詰めているものが何なのか、人を殺している自分に対してなのか、それを咎めようとしている自分なのか。……それすらも分からなかった。 そして、自分の無知と無力がこんなにも悔しかった事もなかった。 涙が瞳にたまり、零れ落ちてくることを感じる。 「……どうしてそんなに辛そうなのに人を殺すの?何で、人を殺すことが出来るの?分からないよ……どうして?」 サリーナの震えるような声にクエイドは『笑いながら』答えた。 「……俺が辛そう?ク…クックック……俺は何も感じないさ。ただ必要だったから殺しただけだ。『殺される前に殺した』だけだ……そう、それだけだ。」 クエイドの言葉に怒りを覚えずにはいられなかった。笑いながら、殺す事について語るクエイドをどうしても許せなかった。 サリーナはクエイド襟首を力一杯つかむ。 「どうしてそんな簡単に言うの?!誰だって殺されたくなんてないんだよ?!!それなのに……」 そこまで言ってサリーナは言葉を失った。言おうとしていた言葉を一瞬で忘れてしまった。 襟首をつかんでクエイドの俯いた、隠された表情を見上げた時、サリーナは見てしまった。 口元は笑っている……でも、彼の蒼い瞳から涙が溢れていたことを。 そのクエイドの隠れていた表情を見て、何も言えなくなってしまった。 そして、初めて一つだけクエイドを理解した。 彼は、『殺したくて殺している』わけではないことを。本当は『殺したくない』という事を。 クエイドはそっとサリーナの両腕をつかむと力のないサリーナの手を優しく離した。 「……早く戻ろう。」 クエイドはそう言うとゆっくりと歩き始めた。 彼の背中は本当にどうしようもないくらい淋しそうで、痛々しかった。 無線の連絡を受けたあと、地図を広げて特務遂行群・作戦展開課隊長クラークは思わず苦笑した。 (話には聞いていたが陸軍情報部の情報収集能力の高さには恐れ入るな) レイキャンベル軍の侵攻状況、ネルドガルド軍の対応、トリニティの動き、ギルドの作戦内容等ほぼ正確につかんでいた。特にギルド派遣員達部隊の状況については恐ろしく正確だった。ギルドの情報収集部隊を短時間に強襲・鎮圧に成功出来たのも陸軍情報部の情報による所が大きい。もちろん、短時間に制圧することが可能な特務遂行群の高い戦闘能力が必要不可欠なのだが。 今、部隊を展開させ待ち構えているこの場所も陸軍情報部の情報によってだった。陸軍情報部はギルドの部隊の脱出ルートを割り出してきたのだ。 最初、クラークはこの情報をあまり信用してはいなかったが同じく陸軍情報部から提供された情報によってギルドの情報収集部隊を壊滅出来たのだからこの情報も同様に信用にたるものだろう。 「…!クラーク隊長。ギルド部隊、民間人と思われる集団が接近して来ます。」 「よし、最初の作戦通りポイントを通ったと同時に一斉射撃。ギルド部隊も武装し、民間人も情報によれば魔法が使えるそうだ。奇襲で奴らの混乱を煽り一気に制圧するぞ。」 「了解!」 森林の中、日差しで鈍く光る十数個の銃口があと僅かで訪れるであろう悲劇に向け、その鋭い牙を光らせていた。 そして、クエイドとサリーナの知る余地もなく血の雨が緑の森を赤く濡らす。 クエイドとサリーナは黙々と森を歩いていた。随分村に近づいたせいか薄暗かった森が徐々に明るくなり、日の光も入ってくるようになった。しかし、そんな綺麗な景色も今のサリーナには儚く見えてしまう。 (クエイド……泣いてた。) あの時、うなだれて、綺麗な金髪に隠された表情を見てから、サリーナはずっとその事を考えていた。 クエイドは言っていた。 『殺さなければ殺されていた』と。 それがどういったものなのか、サリーナは想像する事でしか分からなかった。そして、それですらおそらくクエイドの言うことの『真実』をつかめないであろうと感じていた。 サリーナは人を殺したことがない。 多分、『普通』の人は人を殺したことなんてないだろう。それどころか殺さなければならないという局面に立たされる事すらないだろう。 サリーナだって、何かを殺したことがないわけじゃない。 日々生きるためには『何か』を犠牲にしてそれを糧にするしかない。 住んでいた所がモンスターの生息域に近いために自分を救うために、誰かを助けるためにモンスターを殺したことだってある。 だけど、人を殺すことと、モンスターや他の生物を殺す事は根本的に何かが違っている気がした。 (……都合の言いこと言ってるのかな?) 『殺す』という行為そのものは同じはずなのにその対象が変わるだけでそれに対する嫌悪感は全く別物になってしまう。 クエイドは人を殺す自分には優しい言葉をかけられる価値なんてないって言っていたけど、それなら『人』じゃなくて『その他』を殺したことのある自分は優しくされる価値がある? (……あ……) そう考えて自分の言った言葉を思い出した。 さも当然のように、人を殺したクエイドに言った冷たいさげすむような言葉…… 怒りさえ覚えて、彼を責めた。 彼が何を想い、どんな状況に立たされて人を殺したのか、それすら分からずに彼の『行為』だけを責めた。 守ってもらったのにそれが『人』を『殺す』という事実だけで彼を中傷した。 自分の手さえ汚さなければそれで『安心』している。 ただ、クエイドのほうが力があって、自分には力がなくて…… それだけでクエイドの手は血塗られていて、自分の手は綺麗だと思い込んでいる。 本当は、自分の手だって血まみれなのに…… 自分の中の何かが自分を嘲笑いながらつぶやいた。 その声を聞いた瞬間、身も凍るほど怖かった。そして、同時に自分がどうしようもなく惨めだった。言い訳を考えている自分がいる。それを認められない自分がいる。 途端に寒気がした。両肩をきつく抱きしめるが寒気は一向にひかない。 視線を前に向けるとクエイドの背中が見えた。 そんなに広くない肩幅。大きくはないけどたくましい背中…… その肩に何を背負っているのだろう? 人を殺さなければ自分は生きてはいけない『世界』。 どうして彼はその『世界』にいるのだろう? 自分をボロボロにして、傷ついてなおその『世界』に何故とどまるのだろう? 何も知らない。私はあなたの事を何も知らない。 その事を知って、当たり前のように私は思った。 そう思った時、サリーナの手はクエイドの血まみれの手を掴んでいた。 振り向いたクエイドの蒼い視線と『想い』が交錯する。 森の中を歩きながらクエイドは自分の言った言葉を何度も思い返していた。 (何故俺は、感情をあんなに吐露したんだ?) 疑念は何度も浮かんでは消え、そして現われる。永遠に答えは見つからない、そんな気さえするほど堂々巡りを繰り返していた。 人前で泣いたことなど一体何年ぶりだろうか? ギルドに入り、人を殺すことが日常になってからは『感情』と呼べるものすらとうに消えうせていたと思っていたのに。 赤黒く血で汚れた手…… 一体、何人の人間を殺した? 数え切れないほどの人の命を奪い、返り血で血まみれになりながら、その何倍もの憎しみ、怒り、悲しみを背負って生きていかなければならない。 一体いつまでこんな事が続くのだろうか? ……死ぬまでだろう、とクエイドは思っている。 だからこそ、クエイドは『モノ』になろうとしている。 そんな状況の中で『人』でいられるほどクエイドは強くはなかった。 ……いや、『弱い』のだ。 クエイドは逃げていた。 この過酷な現実から。蔑まれる中傷の言葉や視線から。 そのままの『心』ではそれらに耐えられなかった。 クエイドに残された選択肢はギルドを辞めるか、『モノ』になるかの二つだけだった。 だから、クエイドは後者を選んだ。 前者を選ぶ事はクエイドには出来なかった。 軍隊で培った技術をギルドで活かして多くの人を助けたいと淡い夢を持っていたクエイドにとってギルドからみた日々の日常は軍隊で見た戦場よりも悲惨だった。 いつ誰が誰を殺すのかもわからない日常。当たり前のように誰かが死んでいく。当たり前のように誰かが誰かを殺す。 殺意、憎悪、悲哀、欺瞞、狂気、無関心、偽証、怠慢、自己防衛…… 『日常』は人の圧倒的な負の感情で歪められていた。その大きな口はあらゆる人々を飲み込んでいく…… そんな『現実』を知ってしまったクエイドに『日常』に戻ることなど出来なかった。 脆く、いつ壊れてもおかしくない自分を『モノ』になる事でしか支えられなかった。 そして、クエイド自身も狂気と殺意、憎悪に囚われていく。 殺さなければ殺される。 それは事実でもあり、『偽り』でもあった。 殺さなくても良かったことだってあったはずだった。だが、クエイドは『殺した』。 『殺す』ことに逃げていた。 殺意を撒き散らす相手に対して、殺さずに解決させることが出来なかった。 『殺す』事に対する嫌悪と恐怖よりも、相手の撒き散らす『殺意』の恐怖と嫌悪のほうが勝った。 そんな時、ほんの一瞬だけ『もう一人の俺』が静かに呟く。 ……救いなんてどこにもなかった。 誰も、何も、自分でさえも救えない。 だから『モノ』になるしかなかった。それだけしか…… ふいに自分の左手を掴む手があった。 自分の血まみれの手を掴む手がこの世にあるなんて信じられなかった。 思わず振り向いた先には、サリーナの顔があった。 風が彼女の色素の薄い茶色の髪を揺らす。 そして、サリーナの『碧』の視線と『想い』が交錯する。 穏やかな風が二人の間を吹き抜けていく。 繋がれた手をクエイドは振り解けなかった。それをさせない『何か』があった。 「……俺の血まみれの手なんて掴むな。……あんたまで汚れる。」 「……ごめん。私、クエイドの気持ち、何も分からなかった。汚れてるのはクエイドの手だけじゃないよね。私の手だって汚れてるよね。」 サリーナはそう言うとクエイドに微笑んだ。 ……その笑顔が本当に優しくて、そして、その笑顔を自分に向けているということにクエイドは衝撃を覚えた。 「……サリーナの手が汚れてる……?そんな事ないだろ?あんたは……」 クエイドの言葉を遮ってサリーナは笑顔で答える。 「私、考えたんだ。私だって色んなモノを殺してるのに私の手は汚れていないのかなって。だから、そんな私にクエイドを当然のように非難することなんて出来ないって。」 サリーナはそこまで言ってクエイドの右手を両手で握る。 「私はどうしてクエイドが人を殺さなきゃならないのか知らないから。だから……私はあなたの事が知りたいって思ったの。もし、非難するとしたらあなたを知ってからにするね。」 サリーナは満面の笑顔でそう答えた。 クエイドは驚いて、何も言えなかった。 今まで自分のした事を見た人間は皆、軽蔑の視線で見ていた。そして浴びせる言葉はいつも薄汚いものだった。 自分のしている事をサリーナは認めたわけじゃない。 だけど、その事でクエイドを蔑視したり嫌ったりしなかった。 した事だけでなく、『全て』を見てクエイドという人間を判断しようとしている。 それがクエイドには嬉しくてたまらなかった。でも、そんな喜んでいる自分をサリーナに見せたくなくて、思わず右手で口元を隠した。 「じゃ、早く行こ!」 サリーナは笑って歩き出した。 そんなサリーナの背中を見てクエイドはこの少女ともうすぐ別れることになることを少しだけ……ほんの少しだけ淋しく思った。 (淋しいとか、嬉しいとか、まだ俺にそんな感情が残ってたんだな……) クエイドも歩き出そうした時、背筋に悪寒が走った。 今まで感じたこともないような寒気が体に走る。 クエイドが思わず振り向くとそこには『クエイド』が立っていた。 そう……クエイドとまったく同じもう一人の『クエイド』。 顔も、背丈も、金髪も、蒼い瞳の色も、何もかもクエイドだった。 ただ、『クエイド』は笑っていた。冷徹な冷笑を浮かべて佇んでいた。 そう『クエイド』が呟くと音もなく消え去った…… まるで白昼夢だった。だけど、このどうしようもない恐怖感と焦燥感が、これが現実だという事を思い知らす。 「クエイド〜!!早く〜!!」 サリーナの声に引かれるようにクエイドは歩き出した。振り返ってもそこにもう『もう一人の俺』はいなかった。 ……これが始めての『あいつ』との出会いだった。 突如、幾つもの銃声が起こった。 木々の陰から現われた十数人の黒衣の戦闘部隊から放たれた銃弾はばら撒かれ、悲鳴を響かせて赤い雫を虚空に撒く。 銃弾によってはねて転げる体。幾つもの銃創から溢れ出てくる、おびただしい血液。 悲鳴は大気を揺るがし、銃撃音は空間と肉を裂く。 絶望という傷口から血が流れ、大地を『海』へと変える。 投げられた手榴弾が粉塵と爆炎、そして血しぶきをあげる。 肉片が空を踊り、幾つもの人を構成する部品がばら撒かれる。 手、足、胴体、下半身、頭、指、内臓…… アランは呆然としていた。両手に持つマシンガンは今もけたたましい音をあげて弾を放ち続けている。 だが、心は完全にその現実についていかなかった。 一体、いくつの死体が転がっている? 足元にはあの男の子が冷たい死体となって転がっている。 血と泥と粉塵で汚れた男の子の死体…… その光を失った瞳がアランの瞳を見つめ続けている。 (嫌だ……嫌だ……嫌だ……) 激痛が走った。 わき腹に銃弾が食い込み、体を貫通する。 あまりの痛みに倒れこむ。傷口を触ると両手にべっとりと血がついている。 アランは薄れゆく意識の中で自分の不幸を呪った。 初めての戦場、初めての実戦、そして、それで最後になる自分の人生を呪わずにはいられなかった。 (……死にたくない。死にたくない。死にたく……) 三発の銃声と共にアランの最後の意識さえも奪い去った。今も銃声が鳴り止まず森の中はまさに血の森と化していた。何十人もの死体が血と泥で汚れて地面に倒れている。男、女、大人、子供……全てに無常な死が血とともに訪れていた。 「……ギルド部隊、民間人、共に制圧完了。」 「……了解。我々も撤収準備に取り掛かろう。」 そう機械的にクラークは答えた。 奇襲のせいもあるがギルド派遣員による反撃は思いのほか僅かなものだった。 民間人の魔法による反撃も奇襲作戦が功を奏したのかほぼ皆無だった。 自軍……特務遂行群側の被害状況もまったく無かった。 任務は完全に成功だった。 そんなクラークの前に一人の戦闘服を身にまとった男が現われる。 「……どうした?何か問題でも起こったのか?」 男は冷たい笑みを浮かべると静かに呟いた…… 「……そんなに血を流したいのか?そんなにも『死』を振り撒きたいか?……そんなにも『死』が、『血』が欲しいなら俺が与えてやろう。」 何を言っているのかわからなかった。 極限状態の戦闘で気でもふれたのかと思ったその時…… 『変化』は突如として現われた。 男の胸のあたりから血が噴出した。 そして、その傷から赤黒い『手』が現われた。 その傷は徐々に大きくなりそこから現われた『手』は『腕』へと変わっていった。 引きつった男の笑みを真ん中から裂き、体を真二つにしてそいつは現われた。 「お前の望みを叶えてやる。」 ガーランドは微笑むとその黄金の瞳に狂気の炎が灯る。 その微笑みは一転の曇りもなく、穏やかな微笑みだった。だが、反面その瞳には間違いなく狂気や憎悪が灯っていた。 突如、森が開けて煌く太陽の光が2人の瞳に突き刺さる。 目を細めたその視界にはルビア村の姿が映った。 本当に美しい村だな…… クエイドは心底そう感じた。 人の創造力、造形力の持つ美しさ。自然が長い歳月をかけて作り出す景色の美しさ。 その両者が互いに共鳴しあい、本当に綺麗な町並みを作り出している。 帝国や連邦などの超高層ビル群や、人がわざわざ作り出した自然という名の『模造品』などとは次元が違うほどの美しさがあった。 人が自然を駆逐せず、共存をしている。 それがこの村の美しさを引き出しているのだろう。 「本当に……綺麗な村だ。」 クエイドの呟きを聞いてサリーナは照れながら「何もないだけ」と答えた。 サリーナとしては嬉しかった反面恥ずかしさもあった。 自分の育った村を褒められるというのは悪い気はしない。 だけどそれを素直に受け入れるのも恥ずかしさがあった。 (……でも、意外だな。) サリーナはクエイドに悟られないようにそっと顔を見つめる。 初めてあった時は何事にも無関心で、何が起こっても動じない強い印象を受けた。 でも一緒に行動してみて、彼の持つ不安定で、どうしようもないくらいに追い詰められているような切迫感を見つけた。 そして、今はこの村を見て綺麗と自分の感情を垣間見せている。 自分を『人形』と蔑むクエイド。 でも、サリーナは確信を持って言える。 クエイドはこんな自分にとまどいを覚えずにはいられなかった。 何かがいつもと違う。 この少女と行動をしていると自分の知らない『自分』に出会う。 そういった自分の知らない自分がいるのか。 それとも自分自身が変わっていっているのか。 『あいつ』が言っていた言葉。 またあの寒気がクエイドを襲う。 何故か、『あいつ』に対して異常に恐れる自分自身がいる。 何がそれほどまでに恐れさせるのか。その理由も分からずにクエイドを恐れさせる。 こんな時、どうしたらいいのかもクエイドには分からなかった。 ギルドに入ってから、誰にも頼らず、誰にも心を開いたことのないクエイドには友達と呼べる存在すらなかった。 それでいいとさえ思っていた。 だが、自分ではどうしようもない直面に立たされてクエイドは自分に何もない事を思い知らされる。 そう……『何もなかった。』 クエイドは唇を噛む。 結局この少女と行動を一緒にするのもこれで最後になるのだから…… 一体何を期待していたというのか。そんな自分がどうしようもないくらい惨めだった。 所詮は僅かな『期待』『希望』という糸に踊らされている人形に過ぎないのに。 それを自分の感情と喜んでいた自分の浅はかさ……。 『声』が聞こえる。……自分を形作る『部品』がきしませている。それらの声が嘲笑う。 何もない自分に一体誰が手を差し伸べる? この少女に何を求める? この場限りの関係に何を期待している? お前はそれを望んでいるのか? クエイドは大きく息を吸い込むとそれを吐き出す。自分の中にあるモヤモヤとした疑念や、違和感も一緒に体の外に出すように。 ……選択肢など最初からなかった。 こんな感情が紛らわしかったから、邪魔だったから『モノ』になろうとした。 人形の自分に与えられた唯一の意思。その唯一の意思が決めた事。 ……俺は人形になってやる。 蒼い瞳の僅かに溶け出した部分すらも再び凍てつかせた。 「……早く行くぞ。」 クエイドは冷たく言うと歩き出した。 ガーランドの持つ刀が赤い血を求めて人の肉を裂く。 神速の刃は戦闘服の黒を『赤』へと変えて、己が作り出した血の海をさらに赤く、染め上げる。 ほんの一分にも満たない僅かな時間でその場にいたほぼ全ての特務遂行群の戦闘員を血祭りにあげる。まるで自分たちがたった今行った惨劇を繰り返すかのように。 唯一その惨劇を逃れたのはガーランドの一番近くにいたクラークだった。 ガーランドが現われた時、最初の刀の一閃で右腕が切り落とされた。しかし、それ以上にガーランドは何もしなかった。 失った右腕の傷を押さえるクラーク。傷口からは大量の血が止め処なく溢れ出てくる。 苦痛と恐怖、憎悪、全てが混ざった表情でガーランドを睨み付けていた。 ガーランドはあらかた片付いた事を確認するとクラークに近づく。 「……何故、お前を殺さなかったか分かるか?」 クラークは答えない。その代わり、笑って見せた。痛みで歪んだ笑みは僅かに口元を引きつらせただけかもしれないが。 「……お前にここで死なれては『俺』が困るからだ。」 そう微笑んで呟くと、ガーランドは瞬時に『構成』を編み上げ、『詠唱』も伴わずに魔法を開放する。 クラークの周りに淡い魔方陣が現われ、彼を包み込んだかと思うと、一塊の光の玉と化し、凄まじい速さで上空に上がると遥か彼方へと飛翔していった。 ガーランドはくるりと振り向くと冷笑を浮かべて呟いた。 「いるんだろ、カイラス?」 ガーランドの声が響くと同時に木の陰から一人の老人が現われる。 ローブに身を包んだまるで一昔前の魔導士のような容貌で現われた老人の瞳には強かな光が宿っていた。 「……お前は何をしておる?何故、『魔王』であるお前が人と手を組んでおる?」 ガーランドは笑みをこぼして冷たい視線をカイラスに向ける。 「……今、この世界を席巻しているのは間違いなく『人』だ。おそらく、鍵を握るのもな。」 「だから、行動を共にしているというのか?ニルヴァーナ機関……帝国と?」 ガーランドはまた笑みをこぼす。 まったく、よく知っている。ガーランドは思わず感心せずにはいられなかった。 「よく知っているな?星の情報ネットワーク『レイライン』か?俺が『コンタクト』出来ないように『プロテクト』をかけているのもお前だろ?」 それについてカイラスは何も答えなかった。それが正解だという事を確信してガーランドは言葉を続ける。 「だからこそ俺はニルヴァーナ機関と行動を共にしているんだ。彼らに協力する事は多くのメリットがある。」 「メリットじゃと?」 「……今の帝国の内情は知っているだろう?世界各地で大小様々な紛争が巻き起こっている。その影にいるのは帝国軍だ。そして、その事を帝国中央議会は快く思っていない。」 「……帝国の内乱を狙っておるのか?」 今度はガーランドが答えない。ただ、冷笑を浮かべるのみ…… 「……いや、違うな。帝国の内乱など起こしても『変革』には繋がらん。」 カイラスはそう呟くと、一息ついてその『言葉』を吐いた。 「………『NOVA』じゃな?」 ガーランドは『冷笑』ではなく『微笑み』を浮かべた。それはまさに優しそうな微笑だった。そして、ゆっくりと刀を構える。 「あなたは『NOVA』に関しては俺と意見が違うからな。いや……根本的に違うか。俺は『星』の『望み』を代行する。人以外の『生物』達の望みは……人類の『抹殺』だ。」 カイラスは持っている杖をガーランドに向ける。 「『星』はまだ『答え』を出してはおらん。人と星……。その両者が共存する道があるはずじゃ。そのために文明を滅ぼし、大多数の人を殺すというのならわしも目を瞑ろう。だが、『人類』そのものの『抹殺』となるなら話は別じゃ。」 「『星』の『答え』はもう出ている。これ以上『星』が傷つけばもう二度と再び来るであろう『世界大破壊』に対して打つ手がない。『NOVA』と『人』、両者を利用してその両者を滅ぼしてやるさ。」 そして、『静』から『動』へと状況は動く。 2人の背負う『宿命』とも呼べるものを賭けて互いの技がぶつかる。 クエイドの背中を見つめながらサリーナは思索にふけっていた。 村を出たあと、クエイドに声をかけても彼は振り向きもせずにただ黙々と歩き続けていた。 クエイドの瞳の色は再び厚い氷に閉ざされているかのようだった。 彼が何を思いつめているのか。全く分からない事にサリーナは苛立ちを抑え切れなくなってきていた。 彼が時折見せる弱さ、不安定さ。 そしてそれを必死で押さえ込んでいる彼が痛々しく見えて仕方なかった。 「……どうしてそんなに辛そうにしてるの?」 クエイドは立ち止まり無言で振り向く。 彼の瞳には冷たい光が宿っていた。 「……あんたには関係ないだろ?」 「それは……知り合って間もないけど……そんなに辛そうにしてるとほっておけないじゃない。」 ……いかにもこの少女の好きそうな言葉だった。 そうやって自分の優しさを押し付ける…… 完全な『モノ』になる決心をしたクエイドにはもう、彼女の優しさも届かない。 「……そうやって『優しさ』を押し付けるのはやめてくれ。……どうせ、あんたとはこの場限りの関係だろ?だったら俺なんかに干渉するのはよせ。」 クエイドは『拒絶』した。 それを痛感して、サリーナは何も出来なくなった。 今までは無視をしたり、冷たくあしらったりした事はあったが『拒絶』した事は一度もなかった。クエイドの視線はまるでサリーナを『敵視』しているかのようにも見えた。 この少女に関わるな。 自分の中の経験がそう強い警告を発し続けている。 クエイドが唯一信頼する『経験』。 虚ろな自分自身よりも。ギルドの『仲間』よりも。幾多の場面で自分を救ってきた殺人術よりも。何よりも。 その最も信頼する、そして唯一の拠り所にしている『経験』が彼に警告を告げる。 それが何に対する警告なのか……。 クエイドには分かりすぎるくらい、分かっていた。 ………『あいつ』だ。 あの自分自身と全く同じ姿をしているもう一人の『クエイド』。 『あいつ』はこの少女に関わっていると現われる。 この少女と共にいると感情を吐露してしまう。 心を覆った『殻』の割れ目から『あいつ』は現われる。 その心を揺るがすのはサリーナ。 そう……サリーナが『あいつ』を連れてくる。 だから、クエイドは彼女を『拒絶』した。 その愛らしい少女の碧眼の先に『あいつ』を見出して…… クエイドは再び歩き出した。サリーナをその場に残して。 正直、もう『任務』などどうでもよかった。 一刻も早くこの少女から離れたかった。 だが……自分を支えているものが何とか彼に『任務』をまっとうさせている。 「……早く来い。置いていくぞ。」 クエイドは振り向かずにそう言い放った。 突如、クエイドを無理やり振り向かせる手があった。 サリーナは涙目で訴えるようにクエイドの顔を見つめていた。 「どうして私を避けるの?!私、クエイドに嫌われるような事した?!」 彼女の瞳の奥に『あいつ』が見えたような気がした。 自分を嘲笑う『あいつ』…… 「ほっとけよ!!」 クエイドの手が無理やりサリーナの手をはねのける。 悲しみの色で支配された瞳。 彼女には似合わない……笑っていて、光を放ち続ける瞳のほうが彼女には数倍似合っていた。 クエイドの体中の血管を罪悪感という汚泥がドロドロと循環するような気持ち悪さを感じた。 そして、嘲笑う『あいつ』の声…… 空耳だとわかっていても心がそれを受け付けない。 どうしようもない恐怖感が罪悪感を押し潰す。 「俺は……あんたの全てが嫌いなんだよ。そうやって優しさを押し売りするのも。心配しているような顔をされるのも。あんたのそういったのにイライラするんだよ。俺は……あんたが憎くて憎くてしょうがないんだ。いっそ……!!」 血が引いていくのを感じた。 『あいつ』と『自分』の境界線が全くなかった。『あいつ』は『俺』で、『俺』が『あいつ』。 どうしようもないくらいに自分に嫌悪感が走った。 こんな少女に自分の中にあるドス黒い感情をぶちまけて、その果てに自分の醜悪な姿を見出して後悔する。 (……どうしようもない奴だな……俺は……) サリーナは泣きながら駆け出した。 クエイドは振り向き、手を伸ばそうとするがその手が止まる。 追いかけてどうなる? 彼女を『拒絶』したのは自分自身なのに? ……吐き気がした。こんなどうしようもない自分を消し去りたかった。 体が強張る。心拍数が突然跳ね上がり、まるで自分の体そのものが心臓になったようだ。 恐る恐るゆっくりと顔をあげるとそこに『あいつ』はいた。 笑いながら腕をくみ、木にもたれかかっているもう一人の『俺』。 頭痛がした。中から突き上げるような痛みにクエイドは思わず顔をしかめる。 しかし、ここでこいつに負けるわけにはいかなかった。 精神を集中させてなんとか自分を保ち続ける。 「俺は……『俺』だ。『お前』じゃない。」 あいつの言葉が響くたびに頭痛が激しくなる。吐き気がこみ上げてくる。 思わず片ひざをつく。息が荒くなっていくのが分かる。 「だ……黙れ。」 右手の指が地面に食い込む。小さな石ころが爪 を裂き血がにじむ。しかし、『あいつ』の声は響き続ける。 「誰のせい……くっ!」 痛みによってそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。そんな様子にもう一人の『クエイド』は苦笑しながらゆっくりクエイドに近づく。 そしてクエイドの肩にそっと手を回して耳元で呟く。 「きゃぁぁぁぁ!!!!」 瞬間、女の……いや、サリーナの悲鳴が響いた。 クエイドはそれに気付きながらすぐには動けなかった。 『あいつ』はクエイドからゆっくり離れるとくるりと振り向く。 そして嘲笑うように呟いた。 そして『あいつ』はゆっくりと消えていった。『あいつ』が最後に呟いた言葉にクエイドは吐き気を押さえきれずに胃の中のものを全てぶちまけた。 クエイドはよろけながら立ち上がった。 未だに頭痛は引いてはいないがそれに構っていられるほど余裕はなかった。何が起こったかは分からないがサリーナの身に何かが起こったのは間違いなさそうだった。 クエイドは重い体を引きずるように駆け出した。 まだ体を動かしているほうがマシだった。 最後に『あいつ』が言った言葉……それがクエイドに言い難い恐怖感、嫌悪感、そして危機感を与えた。 サリーナは口元を押さえ、泣きながら全力で森を駆けた。 でもそれは無駄で、嗚咽は収まらず大粒の涙が頬を伝い続けていた。 拒絶された『私』という存在。 ……何よりも『拒絶』されるのが怖かった。 嫌われるのが怖かった。 だから『誰に』対しても『優しく』接した。 頭の中で幼かった頃の『私』が悲鳴をあげる。 「やめて……思い出したくない!!」 サリーナはしゃがみこみ、叫んだ。 サリーナの悲鳴にも『声』は構わず訴え続ける。 封じ込んでいたはずの過去の私が『過去』から『今』に現われる。 「お願い……思い出したくない。……いや……」 サリーナの目の前に泣きながらうずくまる小さな女の子が現われる。 サリーナの顔が途端に青ざめる。見たくない、思い出したくない。それでも瞳はその女の子を凝視した。 「やめて……お願いだから……」 サリーナの心の底からの懇願も無駄に終わり、その声は心にまで強く、深く響いた。 そっと、サリーナを包み込む『腕』があった。サリーナはその感触に恐怖する。 瞳を横に向けると、妖艶な瞳を向けて笑う『私』がいた。 もう一人の『私』の手が私の髪を優しくなでる。 私は恐怖で何も言えなかった。 『私』の唇が優しく私の首筋を伝う。『私』の右手が頬を優しくなでる。 私は恐怖の中で震えながら、そのどうしようもない感覚に身を委ねるしか出来なかった。 『私』の右手が服の中に手をすべりこませる…… 『私』は妖艶に微笑みながら、『私』がする事に敏感に反応する私を楽しんでいる。 そう……『私』の言う通り、私は幸せにはなれなかった。 私は幸せなんだと思い込もうとしてたけど、穏やかに過ぎ去っていく日々は何だか作り物めいていた。 誰でもいい、誰か助けて…… いくつもの知っている顔が現われる。 父さん… 母さん… 友達…… そして、最後にクエイドの顔が現われた。 (……クエイド……助けて……) 声にならない声。それを楽しむように『私』は妖艶に微笑む。 その言葉に抗って、無理やり回された腕を振り解き、サリーナは走り出した。 一刻も早く、『私』から離れたかった。 そして、幻想と現実の地獄は紅い光景となってサリーナの前に突如として現われる。 「あ……あ……」 のどの奥底から声が漏れるだけで言葉にならなかった。 血で紅くなった森と大地……幾つも転げ落ちている、人のカケラ…… 「きゃぁぁぁぁ!!!!」 それは叫び声をあげても仕方がない光景だった。 まさに地獄……戦場よりも悲惨な虐殺現場そのものだったのだから。 クエイドはある事に気付いてから全力で駆けていた。 硝煙の臭いと、血の臭い…… 風が運んできたその匂いに気付いた時、クエイドの意識は戦闘モードに切り替わっていた。 戦闘の時は『あいつ』が入ってくるの余地がないほど戦闘に意識の全てを傾ける。 戦闘に不必要な事は全て思考の外に出すことが出来る。 戦闘に奇妙な安らぎさえ感じていた。 しかし、今のクエイドには焦りも確かに存在した。 サリーナの事が気になっていた。 一体何が起こったのか? ……確かにクエイド『個人』としてはサリーナという存在は厄介なものだった。 あの無垢な瞳はクエイドに動揺を与える。 彼女の優しさはクエイドに自分が人間であるかのような『錯覚』を与える。 そして、その心の動揺から『あいつ』を呼び起こす。 しかし、戦闘に没入しているクエイドには自身の事よりも『任務』が勝る。 彼女の生命の安全、保護が最優先だった。 そして、クエイドもまたその光景に出くわす。 血塗れの森、人間の部品が散乱し、血の海と化している。 しかし、それが逆によりクエイドに『戦場』を実感させ意識はさらに洗練されていく。 冷徹な瞳と思考でくまなくこの現状を調べる。 ……間違いなくルビア村の民間人と、ギルド派遣員達。 見知っている顔が死体となって散乱している事に僅かな焦燥感を与えるがクエイドは構わずその死の転がる森を駆ける。 ……気になる事があった。 ギルド派遣員達と民間人達の中に数人の戦闘員と思われる死体も転がっていた。 民間人とギルド派遣員達は銃弾や手榴弾によると思われる外傷が致命傷となったようだったが、その戦闘員達の傷はあきらかに剣による斬撃によるものだった。 (くそっ!一体何が起こったんでいうだ?!) 得体の知れない何かが間違いなく起こっていた。 「サリーナ!!どこだ!!返事をしろ!!」 クエイドは声を張り上げて叫ぶ。 何が潜んでいるかわからない現状だがサリーナの保護が何よりも優先された。 しかし、サリーナの声は返ってこない。 (くそっ!!) 「サリーナ!!いるんなら返事をしろッー!!」 クエイドは喉がつぶれるほど声を張り上げて叫んだ。 再び『あいつ』が現われる。 また、あのどうしようもない感覚が体を包み込む。 しかし、今は戦闘に全ての意識を集中しているために自分を失うほどのことはない。 「どうして、お前がサリーナの居場所を教える?何故、その場所を知っている?」 『あいつ』はニヤリと笑い髪をかきあげる。そして『あいつ』はクエイドの問いには答えずに別のことをつぶやく。 また、『かえる』か…… クエイドはヘドが出る思いだった。 「……お前の思惑がどうだろうが知ったことか。早くサリーナの居場所を教えろ!」 クエイドの言葉に『あいつ』は笑って、ゆっくりある場所を指した。 クエイドは全力でその場所に向かって走りだした。 『あいつ』は冷たく笑いながら、そして再び消えていく…… 『あいつ』が指し示した方へ走っていくとうずくまって震えているサリーナの姿があった。 「サリーナ!!」 側に行き、声をかけるがサリーナは答えない。 「しっかりしろ!!」 クエイドはそう叫びながらサリーナの肩をつかまえて揺らす。 「みんな……みんな……死んでる。父さんも……友達も……みんな……」 虚ろな瞳で呟くサリーナ。彼女の視線の先には血塗れとなった無残な彼女の父親の亡骸が横たわっている。 そして、突如クエイド達のすぐ近くで爆発が起きる。 何者かが今もなお戦闘を繰り広げている。 おそらくはあの黒服の戦闘員を殺した張本人。 これ以上、ここに留まっているわけにはいかなかった。 「サリーナ、しっかりしろ!」 クエイドは軽く、サリーナの頬をはたく。 「……クエイド?」 クエイドはサリーナを諭すように彼女の肩をつかんでゆっくりと話し始める。 「……いいか?お前がいくら悲しんでも父親も友達も生き返らない。これは現実なんだ。それを否定するな。サリーナが今、しなければいけない事は生き残る事だ。だから、自分で立つんだ。」 そういうとクエイドはサリーナに手を伸ばす。自分からサリーナを起こそうとはしない。彼女が自身の力で立ち上がる事が重要なのだ。 立ち上がる意思は『生きる』意志に結びつく。 サリーナは一つ頷くとクエイドの手をつかんで立ち上がった。 ……強い娘だ。クエイドは本当にそう思った。 そしてクエイド達が駆け出そうとしたその時、クエイド達の近くで爆発が起こる。 そして、クエイド達の近くに一人の泥と傷だらけの老人が吹き飛ばされてくる。 「だ、大丈夫?!」 駆け寄ろうとするサリーナにクエイドは手で制した。 「クエイド?!」 「あいつが味方かどうか分からない。もしかしたら……」 クエイドが何を言いたいか悟ったサリーナだったが目の前で苦しんでいる人を簡単に見過ごす事は彼女には出来なかった。 「ほっとけないよ!」 サリーナはそう言うとクエイドの静止を振り切ってその老人のほうへ駆けていった。 クエイドは舌打ちするとサリーナを仕方なく追って駆け出した。 確かに味方とは言えないが敵とも言えないのも現状だった。民間人を殺したのはおそらく軍隊の特殊部隊。この老人はとてもその特殊部隊には見えなかった。 ならば、その特殊部隊を殺した者かと問われるとそれも一概には言えなかった。何故ならあの老人は剣……おそらくは刀だろう、そのような武器を持っているふうには見えなかった。 「大丈夫?今、回復魔法を……」 老人……カイラスはサリーナの手を制して彼女の手を握る。 「わしはいいから早くこの場を去れ!」 サリーナはそんなカイラスの言葉はお構いなしに『構成』を編み始める。 「お前が戦闘員を殺したのか?」 追いついたクエイドが一応カイラスに聞いてみるがカイラスは首を振る。 「あいつに聞いてみろ。喜んで自分が殺したと話すぞ。」 あいつ? クエイドがそれについて尋ねようとした時、身の毛がよだつ程の感覚に襲われる。 直感がクエイドにかつてない脅威を教えていた。 今までにないほどの凄まじい威圧感。すべてを蹂躙するほどの圧倒的なものだった。 冷や汗が頬を伝う…… 「サリーナ……そいつを頼む」 そうつぶやくとクエイドはその脅威を放つ方へ歩く。 瞬時に魔法を放つ準備を行う。 クエイドの魔法の中で最も強力かつ広範囲に及ぼす魔法。 出し惜しみをしているような相手じゃない。 クエイドは迷わなかった。戦闘時のクエイドの判断はほとんど間違いがなかった。 だから、クエイドはその本能が危険信号を発し続ける相手に対して最大級の攻撃を行う。 『詠唱』をおえるとすぐさまその『脅威』に対して魔法を放つ。 「『爆砕撃』!!」 瞬間、クエイドの目の前に紅蓮の炎が踊り、すさまじい爆音を発して地面が爆ぜる。 クエイドは鋭い視線でその紅蓮の炎の中を見ていた。 低い静かな声は間違いなくその炎の中から響いてきた。 クエイドは僅かに腰を落として、右足をやや後ろにひく。いつもの戦闘態勢をとった。 紅蓮の炎の中から長身の青年が全くの無傷で現われる。 羽織っているその黒いロングコートには僅かな傷すらもなかった。 炎の中で手に持つ長い刀が揺らめく。その刀身が放つ紅い色は炎の揺らめきか、たった今吸った鮮血か…… 「お前、ギルドの派遣員だな?」 その青年……ガーランドは冷たい笑みを浮かべながら刀を構える。 クエイドと同じ……ただ、刀を片手でブラリと携えるだけだがクエイドにはそれが彼の構えだとわかった。 クエイドはすぐさま腰の短剣を引き抜く。 それを待っていたかのようにガーランドは動く。 消えたかのような超高速の動き。 (左?!……いや、右だ!) 瞬時にそう判断するとその斬撃を乾いた金属音を響かせて受け止める。 凄まじい力に震えながらクエイドはガーランドの瞳を睨み付ける。 「……俺はガーランド。お前の名前は?」 余裕のある微笑を浮かべてガーランドは尋ねてくる。 答える義理など何処にもない。だが、クエイドはその黄金の涼しい瞳を弾き返すためにあえてその問いに答えた。 「俺は……クエイド・ラグナイトだ!」 大きく後ろに跳ぶ。ガーランドと一定の間合いを取って再び構える。 「……お前の『心』はどこにある?」 「何?!」 「お前の『望み』は何だ?」 吐き気がする……こいつの言動は『あいつ』に通じるものがある。 それを堪えてクエイドは『構成』を編み上げる。その様子にガーランドは笑みをこぼすと同じく『構成』を編み上げる。 クエイドのほうが『構成』に入るタイミングが早かった。クエイドは自分の魔法のほうが早いと判断して距離をさらにとる。 しかし…… 「な?!」 ガーランドは構成のみで魔法を放った。 凄まじい爆風のような強風がクエイドに放たれる。 クエイドは瞬時に後ろに跳ぶ。暴風に吹き飛ばされて地面を何度も転がる。 体中に痛みが走るがそれに構っている暇はなくすぐに起き上がると接近してきていたガーランドの一撃がクエイドの頭上に振り下ろされる。 それをクエイドは何とか受け止めるが力負けをしてジリジリと刃がクエイドの頭上に迫っくる。 さきほどの魔法の一撃で『構成』は霧散して、『無』へと帰してしまった。 このままではやられる。クエイドが死の触手に囚われようとした時、ガーランドが大きく飛びのくとクエイドとガーランドの間に一筋の閃光が過ぎ去っていく。 その閃光の来た方を見ると老人……カイラスとサリーナが佇んでいた。 「……その女はあの村の生き残りだな、カイラス」 ガーランドの言葉にカイラスは答えない。その代わり、再び魔法の閃光がガーランドに向かって発せられる。 ガーランドは笑みをこぼすと瞬時に魔力障壁を展開させてその光刃を弾く。 「どうして、お前たちは『構成』のみで魔法を使う事が出来るんだ?!」 クエイドの疑問は最もだった。 本来、魔法は『構成』『詠唱』『呪文』という手順を追ってのみ使用が可能になる。しかし、ガーランドも、このカイラスと呼ばれた老人も『詠唱』と『呪文』を省き、『構成』のみで魔法を放っている。通常は考えられない事だった。 ガーランドは冷たい瞳で簡単に答えた。 「俺は……『魔王』だからな。」 魔王? クエイドは意味がわからなかった。それよりも意味を知ろうとも思わなかった。 理由を答える気がないならそれでよかった。 しかし、魔法を『構成』のみで使えるというのはクエイドにとっては厄介この上ない事だった。 だがない物ねだりした事で事態は好転しない。今出来ることでベストを尽くすしかなかった。 『構成』を編み上げるとすぐさま『詠唱』に移る。そして、短剣の柄を握り締めガーランドに迫る。 繰り出された斬撃を難なく流すとガーランドが耳元で囁く。 「……お前には二つの『心』がある?何故だ?」 その瞬間、頭に『あいつ』の顔がちらつく。冷たい笑みで自分を見透かす『あいつ』。 (くっ!) それを振り払うように魔法を開放する。 「『烈光牙』!!」 生まれた閃光の刃はガーランドに迫るがガーランドは刀の一振りでその光を打ち払う。 そして、そのままクエイドに向かって斬撃を放つ。 殺られる。 そう直感した時、ガーランドとクエイドの真ん中で爆発が生じる。クエイドは爆風に吹き飛ばされて転がる。体中のあちこちがすすけて、多少の火傷を負っているが致命傷ではなかった。 「クエイド!!」 サリーナはクエイドの側に駆け寄ると回復魔法の『構成』を編み始める。 「ごめん……今の私なんだ……余計なお世話だったかな?」 サリーナの困ったような表情にクエイドは首を振った。 「いや、助かった。あのままじゃ殺されてた。」 サリーナの魔法の開放と共にクエイドの体中の傷が跡形もなく消え去る。 (……すごいな。) クエイドは本当に心から感嘆した。回復魔法は攻撃魔法に比べて制御が非常に難しい。それを彼女は完全に制御していた。 ガーランドはカイラスと数度斬り結ぶと大きく飛びのく。 「……遊びはそろそろお終いにしよう。」 そう呟くと黒い魔力の塊を二つ召喚するとそれをクエイドとカイラスに向かって放つ。 「くっ?!」 クエイドとカイラスはそれから身をかわそうとするが意思の力で制御されているのか確実にクエイド達を追尾し、最後には2人を捕らえる。 「うわぁぁぁ!!」 凄まじい重力が2人にかかり地面に倒れこんでしまう。 何度起き上がろうとしても凄まじい重力に押しつぶされて身動きがとれなかった。 「クエイド!」 思わず駆け寄るサリーナの腕を締め上げる腕…… 何時の間にかガーランドがサリーナの後ろに回りこみ彼女の腕をきつく締め上げる。 「離して!!」 「あなたには用があるんでね。」 ガーランドは優しく微笑むと刀の柄をサリーナの腹部に当てる。 短い悲鳴を上げてサリーナは気を失う。 「サリーナをどうするつもりだ?」 「彼女には用が残っているのでね。お前たちは自分で決めるんだな。」 ガーランドはそう答えるとクエイド達から距離をとり、『構成』を編み上げ始める。 その『構成』はクエイドの知っているものではなかった。 「その『構成』は?!」 カイラスは何とか動こうとするが重力の塊は一向に力を衰えない。 そして、ガーランドの周りに淡い魔力の光による魔方陣が浮かびあがる。それはガーランドを包み込むように空中に描かれていた。 「……『立体型魔方陣』………」 クエイドはうめくように呟いた。 信じられなかった。 『構成』が『現実』に影響を及ぼす事等あり得ない。 しかも、地面に描かれるのみではなく空間全てを使う『立体型魔方陣』。 立体型魔方陣を利用した魔法アイテムでさえ『人』の力では制御出来るものではなかった。それを『構成』で出現させる……その事実にクエイドは驚愕した。 「『古代魔法』じゃ……開放されたが最後、この辺一体が瓦礫と化すぞ……」 クエイドは何とか起き上がろうとあがくが全くの無駄だった。それはカイラスも同様のようだった。 「……本当に『死にたくない』と願っているならお前たちは死なない。」 ガーランドの吐いた言葉にクエイドは歯軋りした。 今まさに自分で殺そうとしているのに死なないも何もなかった。 (くそっ!!……ダメか……) クエイドが死を覚悟したとき、『あいつ』の声が響いてきた。 「黙れ……今はお前に構ってる暇はないんだッ」 クエイドは吐き出すように呟いた。 姿は見えないがクエイドの頭の中に直接その声は響く。 そして、『あいつ』は笑いながら呟いた。 その瞬間、目の前が真っ暗になった。何が起こったかわからない。 しかし、有り余るほどの力が湧いてきた。 クエイドは軽く右腕を振った。 するといとも容易く今まで自分を縛り付けた重力場は消失する。 クエイドはゆっくりとガーランドを睨み付ける。 もう、魔法も必要ない。 戦闘術も殺人術も必要ない。 ただ、『殺せばいい』。 それを想像するだけで数百、数千通りの光景が映し出される。 そして、クエイドは動いた。 常軌を逸した速さでガーランドに迫る。ガーランドの振るった斬撃をいともたやすくかわすとその右胸に短剣を食い込ませる。 深々と刺さった短剣……。 溢れ出す血液……。 「く……くっくっく……」 その感触を楽しむようにクエイドは『笑った』。 地面に溜まった血溜まりに自らの姿が映し出される。 笑っているクエイド…… クエイド?俺は……笑っている?俺は殺すことが楽しいのか? 『この』クエイドは、『俺』なのか、『あいつ』なのか。 『あの』クエイドは誰だったのか。『あいつ』なのか『俺』なのか。 拠り所にしていた数少ない一角が跡形もなく崩れ去る…… しかし、今俺は『笑っていた』。 その事実に直面した時、自分の中のドス黒いものが吹き出してきて叫んでいる。それは『あいつ』のものか、『俺』自身のものなのか。 主を失い暴走する魔法の中で俺の喉をほとばしった絶叫はその魔力の大暴走によってかきけされた。 俺は……自分が今まで好き好んで人を殺したことなど一度もないと信じてきた。 でも……あの狂気の笑みを見てその自身は崩れ去った。 俺は……『モノ』になりたかった。 だけど、それは人を喜びながら殺すって意味じゃない!! クエイドは気がつくと辺りの様子が一変していた。森の中ではなく、路地の片隅に転がっていた。 辺りをよく見るとサリーナの姿があった。 そっと彼女の頬に触れる…… (……暖かい) 彼女が生きてることに僅かな安堵を感じる。 何故、自分がここにいるのかは分からなかったが助かった命を否定したくはなかった。 どうしようもない自分がまだ『生』にしがみついてることにクエイドは自虐的に苦笑した。 ……笑わずにはいられなかった。 『モノ』にもなれず、『人』にもなれない。 人を殺すことを喜んでいる自分は『モノ』になる資格すらないように思えた。 唯一拠り所にしていた『モノ』への願望。 それを失ったクエイドを支えていけるものはもうあまりにも少なかった。 ……『虚ろ』な自分を留める術を持たないまま、クエイドはサリーナを抱えて黄昏のかかった街を歩き始めた。 その先には夜のような『闇』しかないかのように…… クエイド達がいなくなって数分…… 瓦礫と化した森林に人の気配がなくなるのを待ち、モンスターや獣が集まり始めていた。 血の臭いに引かれ、集まってきた猛獣達は屍を喰らい、その胃を満たす。 一匹の獣がガーランドの死体に近づく。胸の傷から流れ出ていた血を舐める。 ……瞬間、ガーランドの二度と動かないはずの手が動く。獣はそれに驚き、一目さんに逃げていく。 ガーランドはゆっくりと立ち上がるとそばにいくつもある死体のうちの一つに刀を突き立てる。血を両手に塗りたくるとそれを自分の傷口に塗る。 するとたちまち、その傷口は消え服についていた血の染みすらも跡形もなく消し去った。 「……クエイドか。」 ガーランドは冷たい微笑を浮かべた。 彼の持つ長い刀が冷たい青白い月のような冷たい光を放っていた。 (Continue) ちょこっと秘話============================================================= |