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第2章「キルギスタン 動乱極まる(1)」 ============================================================= 「……では、君は今回のレ軍侵攻には背後に何かしらのの思惑が存在した、というのだね?」 「はい。民間人達を襲撃した部隊は装備等からレ軍の特殊部隊ではないと私は判断します。」 椅子に座り淡々とクエイドに質問する男。 男の疑念と不信感に満ちた態度にクエイドは毅然とした態度で答えた。 男は机の上で手を組むとため息を一つつく。 「……同時に派遣された情報収集部隊も死体で発見された。今、ギルド情報部が捜査中だがおそらく君のいう部隊の犯行だろう。」 「……では私達の部隊と民間人の遺体の確保も?」 クエイドの質問に男は大きくため息をつくと首を横に振った。 「遺体の一部しか確保出来なかった。モンスターに遺体を食い散らかされていたからな。遺体の部分が民間人のものかギルド派遣員のものかすら現時点では判断出来ない。……しかも、君の言う戦闘員の遺体は発見出来なかった。」 クエイドは沈黙した。男はクエイドの様子を見ながら重い口を開いた。 「……ビッグス派遣員との連絡では君たちがルビア村に到着したのが07:35。ルビア村を出たのが08:15となっている。その後、君の話では10:00頃に襲撃された派遣員達と合流とある。しかし、君がここに報告に来たのはだいたい18:00だ。その間、君は何をしていたんだ?」 「……私を疑っているんですか?」 「そういう訳ではない。だが、君からの報告がもう少し早ければ手の打ちようもあった。」 「……最初に報告した通り、ガーランドと名乗る人物と交戦後意識を失い、気が付いたら首都郊外にいました。」 ……自分でもどうかと思う報告ではあった。しかし、事実は事実である。クエイドはあるがまま報告した。 「……その『魔王』と名乗った青年……彼が部隊を抹殺したのは間違いないのか?」 「はい。それは間違いありません。」 「……わかった。現状ではそのガーランドとカイラスという人物が鍵を握ると言う事か……しかし、そのガーランドという者の死体も存在しなかった。カイラスという人物についても捜査中だがな……実在すればいいのだがな。」 男の言葉にクエイドは沈黙した。あからさまに信用されていない事を肌で実感した。 「……レ軍の侵攻状態は?」 「11:00にネルドガルド軍が後退後、レ軍はバルロッサ市へ侵攻し、14:15から都市戦に突入した。その後、ネルドガルド軍の反撃もあり膠着状態が続いたが、18:15にトリニティ平和維持軍によるレ軍掃討作戦が開始された。おそらく、レ軍による侵攻は失敗に終わるだろう。」 「……そうですか。あと、唯一助かった民間人については?」 唯一助かった民間人……サリーナだ。 サリーナはギルド本部に到着後、念のためにギルド本部内の医務室に行っている。 「それについてはギルド本部に回答を求めている。追って連絡するだろう。それまでその民間人を保護したまえ。」 「了解。」 クエイドはそう答えて敬礼すると執務室から出る。 (……本当にやっかいな任務についたもんだな。) クエイドはため息をつくと医務室に向かって歩き始めた。 ギルド・ネルドガルド支部 ネルドガルド首都ゲールホルツにあり、ネルドガルド国内のギルドの事業を一手に請け負う場所である。部署としては執行部、情報部、派遣部、医療部と様々な役割を担う部署が存在している。 「失礼します。」 クエイドはそういうと医務室の扉を開けた。 中には中年の白衣をまとった女性が一人とサリーナがいた。 「あ!クエイド!!」 サリーナは笑って答えた。……どうやら、あの惨劇の後遺症はないようだった。 「来たね。大丈夫、外傷もないし。脳波にも以上はなかったよ。もう帰ってもいいだろう。」 中年の女性は人のよさそうに笑う。 「わかりました。……ご苦労をおかけしました。」 クエイドはそう答えると軽く頭を下げる。 「気にしないでよ!それが私の仕事なんだからね!!」 豪快に笑う人だ、クエイドは本当にそう感じていた。 クエイドがサリーナと医務室を出ようとした時、「待ちなさい。」と声がかかる。 「何か?」 「あんたは大丈夫なのかい?少し顔色が悪いが……」 「俺は大丈夫です。」 クエイドはそう答えるが女性は立ち上がるとクエイドの肩に手を乗せる。 「いいから。あんたにはちょっと話もあるしね。」 クエイドはその女性の瞳と含んだ言葉に何かを感じてそれを受けることにした。 サリーナには受け付けの所で待ってもらう事にしてクエイドはその女性と二人で医務室に残った。 「…話っていうのは何ですか?」 女性は白衣からタバコを取り出すとそれに火をつける。煙をはいてからゆっくりと話し始めた。 「……あのサリーナって子、あの子の親戚とかはいないのかい?」 クエイドは彼女が何を言おうとしているのか推し量ろうとしているがまるでわからなかった。 「……よくは知らないけど……」 「話によれば父親や友達が無残に殺されたそうじゃないか。……彼女の様子見て、どう思った?」 「……思ったより心の傷は浅かったみたいだな……笑っていたし。」 「そう思うかい……?」 女性は吐いた煙が渦をまいて虚空に消えた。 「……違うのか?」 「あの娘……なんか無理して笑ってるように見えるんだよね。今回の件からそうなのかどうなのかは分からないけどね。」 クエイドは何も言えなかった。クエイドは少しもその事について疑っていなかった。強い娘だと思っていた。 「……それであんた、もう他人って訳にはいかないだろ?あの娘の唯一の知り合いなんだからね。あの娘の事、頼んだよ。」 そう言われるとクエイドは頷いて部屋を退室した。 (……自分の心も救えない俺にサリーナを救えるのか?) クエイドは足早に廊下を歩きながらそう、一人でごちた。 だが……言われてみれば彼女の瞳はいつも優しさに満ちていた。 どんな時も優しい……確かに言われてみればおかしな事だった。 まるで、誰にも嫌われないようにしているような。 「クエイド!!」 サリーナはクエイドを見つけると明るい笑顔を振り撒いて駆け寄ってきた。 「遅かったね。体、どこか悪かったの?」 心配そうに覗き込むサリーナの瞳…… 「大丈夫。それよりもサリーナをどうするかで本部からの通達がまだないんだ。それまで俺がサリーナを保護する事になった。」 「ふ〜ん。……で、これからどうするの?」 サリーナはさして緊張感のない口調で尋ねてきた。 (………やっぱり、これがこの少女の『地』だよ。) 内心、それほど心配する事もないと自分を納得させる。 クエイドはそうだな、と思案するとお腹がかなりすいてる事を思い出した。 思い出す……おかしな表現だとは思ったが色々な事が起こりすぎてそれ所ではなかったというのが本音だったのだ。 「腹減ってないか?外に飯でも食べに行こう。」 サリーナは笑顔で頷く。 「じゃ、着替えてくるから待っててくれ。」 クエイドはそう言うと再び、サリーナの前から消えた。 夜の街は街灯やイルミネーションでとても綺麗だった。 星空は見えないけれど街の明かりは空の星よりも遥かに明るく瞬いていた。 空元気も元気のうちだ…… 誰が言った言葉かは忘れてしまったけど本当にその通りだとサリーナは考えていた。無理にでも笑っていれば少しは元気になれた。 それにしても…… サリーナはクエイドに悟られないようにチラリと覗き見る。 戦闘服から普段着に着替えたクエイドがそこにいた。 黒いサマーセーターにジーンズという服装だが戦闘服の彼よりもずっと似合っている感じだった。 「……ここでいいか?」 クエイドが案内したのはファミレスの大手チェーン店だった。値段が安い割には味も悪くないと評判の店だった。クエイドとしては空腹を満たせれば味はそんなに気にしないので、そういう意味でファミレスというのは無難な選択だった。 「うん。」 サリーナは迷うことなく頷く。サリーナとしては村を出ること事態そんなにある事ではなく、どれもそれなりに物珍しかった。 中に入るとテーブル席に案内される。 適当に注文をするとウェイトレスはペコリと頭を下げてまた別の場所へ注文を取りに行った。 「クエイド、よくこういう所来るの?」 「……俺だって食わなきゃ死ぬからな。ま、そんな毎回ってわけじゃないけど。」 クエイドは置かれた水に口をつける。カラカラだった喉を水が潤していくのが心地いい。 「……ふ〜ん。でも、何かみんなそわそわしてるね。」 サリーナの言うとおり、どこかレストランの中にいる人々はそわそわしていてど こか落ち着きがなかった。ウェイトレスや、厨房の調理人すら何か不安や焦りを滲ませた表情をしている。しかも、夕食時だという客もまばらだった。 「仕方ないさ。首都に迫ってくるわけじゃないけどレ軍がネルドガルドに対して侵攻してきたんだから。首都には戒厳令がしかれているらしいしな。」 戒厳令と言っても首都にすぐ迫ってくるわけではないし、距離的にもかなり離れているので軍隊の部隊が展開しているというわけではない。陸軍の大部分はバルロッサの防衛に回っているのだろう。それにトリニティ平和維持軍がレ軍の掃討作戦を展開したとなれば事態の打破は時間の問題だろう。 クエイドは手持ち無沙汰で再び水に手が伸びる。そして、一呼吸おいてから話を切り出した。 「……サリーナ、その……大丈夫か?」 どう切り出していいものかクエイドは悩んだ末にこの言葉を選んだ。 まったくありきたりな、悩んだにしては悩まなくても出そうな簡単な言葉だった。 (……俺にこういう事をしろってこと自体無理な話なんだ。) 自分自身の事すら満足に制御出来ていない。 そんな自分に他人の面倒をみる余裕などクエイドにはないと考えていた。 それでも……目の前で変わり果てた肉親や友人を見てしまったサリーナの心情について想いが及ばないわけでもなかった。 ああいった惨劇を見た人の心は大きな心の傷を受ける…… クエイドもギルドの任務を通じてそういった心の傷を受けた人々を何人も見てきた。 だから、ほっておくこともクエイドには出来なかったのだ。 サリーナは黙っていたがすぐに『笑って』答えた。 「大丈夫だよ。」 ……どうしてだろう? 最初に会った頃と変わらない笑顔……しかし、今はどこか悲しかった。 「……その『笑顔』はお前の本心か?」 クエイドの口をついて出た言葉にサリーナは押し黙ってしまった。 しかし、何よりもその言葉に驚いたのはクエイド自身だった。 ……どうして俺はこんな事を言った? 本人が大丈夫と言っているのならそれでいいじゃないか。 どうして相手に深入りするような事を言う? 2人の間に重い空気が流れる。 それを救うようにウェイトレスが注文を持ってきた…… クエイドとサリーナは両者とも押し黙ったまま食事を済ませるとレストランを後にした。 重い空気が流れる街にはよく似合う、そんな皮肉が似合うぐらいクエイドとサリーナは一言も交わさずに歩いていた。 「……どうしてそう思ったの?」 サリーナの声にクエイドは立ち止まる。振り返ったサリーナの表情はどこか苦しそうで痛々しかった。 「……分からない。ただ……そう思っただけだ。 クエイドは自分の率直な考えを答えた。どんな言葉を言っても表せない。だから、心に最初に浮かんだ言葉でサリーナに伝えた。 「……本当は『笑顔』でいられるわけないよね……」 サリーナの瞳から大粒の涙が零れる。 「父さんが、友達があんな事になって……笑ってるなんて本当は間違ってるって分かってる。でも……私にはそれしか出来ないの!!そうやって生きてきたんだから!!」 サリーナは思わず叫んでいた。それは心を今まで縛ってきたものに対する反発が具現化したものだったかもしれない。 温暖な気候のネルドガルドだったが、その夜は妙に肌寒かった。それが気候のせいなのかどうかはわからない。おそらくは別の理由なのだろう…… クエイド達は近くにあった公園に入る。 夜なのでこの時間になるともう遊んでいる子供もおらず、2人だけで話すには都合のいい場所だった。 サリーナはブランコに腰を下ろして話始めた。 「……私、ずっと笑ってたでしょ?」 「……そうだな。」 確かにそうだった。初めて会った時からサリーナは笑っていた。 本当によく笑っていた。それは偽りの笑顔ではなく、心からの笑顔のように。 そして、その笑顔は彼女にとてもよく合っていた。 「……私ね。嫌われるのが怖いんだ。誰にも嫌われたくないんだ。」 「……?誰だって嫌われるのは嫌なものだろう?」 「うん……。そうだよね。でも、私の場合、それを考えるだけでも怖かったんだ。誰か一人にでも嫌われるのが怖かった。だから、誰にでも好かれるようにいつも笑ってた。『笑顔』の仮面で自分の本当の自分を隠してるの。」 「……どうして?」 聞くつもりなんてなかった。 聞いても自分にはどうしてようもない事だろう。本心ではそう思っていた。 だけど、聞いてしまった。自分の中の何かが自分を突き動かす。 それは『あいつ』の仕業なのか……それとも…… 「私ね、『虐待』されてたんだ。……義理の母親に。」 クエイドは言葉を失った。虐待とか、そういう人の『負』の部分にはサリーナは全く関係がない人間だと思い込んでいた。 「虐待されてた理由は今もよく分からない。けど、いつも殴られてた。だから、私は『いい子』になろうとしてた。『いい子』になれば許してもらえると信じてた。愛されるって思ってた。」 サリーナは心に溜まっていたモノを吐き出すように話し続けた。 そしてクエイドは、黙ってそれを聞いていた。 「……でも、無駄だった。そのうちその義理の母親がいなくなればいいと思い始めたの。……消えてしまえばいいって。そ……そうしたら……」 サリーナは泣き出して言葉がつまる。 おそらくは今まで誰にも言わなかったのだろう。 「……モンスターに殺されたの。私の望み通り消えたの!慰めるみんなの瞳が、友達の、父さんの目が私を責めてるような気がした!お前のせいだ。最低の人間だって!!」 「……サリーナ。」 クエイドの手がサリーナの肩に触れる。 何故自分がそんな事をするのかわからない。 だけど、もうそんな事はどうでも良かった。 どうしようもないほど救われない俺でも、誰かを傷つける事しか出来ない俺だけど、この少女を救えるかもしれない。 「それから私はいつも無理してでも明るく振舞ったの。誰にも嫌われないように。こんな『私』の本当の姿を見たらみんな軽蔑するから……だから!」 「サリーナ。思っただけじゃ人なんて殺せないんだ。あんたのせいじゃない。」 サリーナは激しく首を横に振ってブランコから立ち上がりクエイドにしがみついて訴えた。 「わかってる!わかってるけどそう思った『私』がいるの!最低な『私』がいるんだよ、私の中に!!」 ……もう一人の『自分』…… それは、クエイドにとっても他人事ではなかった。 自分を最も恐れさせる存在……『あいつ』…… 自分ではどうしようもない存在…… 自分ひとりの力では解決出来ない。でも、もしかしたら誰かが助けてくれるかもしれない。 彼女は自分を選んだ。 今彼女を見捨てれば彼女はもう一人の『自分』に囚われる。……俺のように。 「……大切な人を失った悲しみと自分を責める気持ちを一緒にしちゃダメだ。……今は何も考えるな。今は悲しめよ。理由なんて考えるな。泣きたいだけなけばいい。」 ……俺の言葉じゃない。 いつだったか……そう、俺がギルドに入った頃、自分のミスで仲間が死んだ時に『彼女』に言われた言葉だ。 でも、その言葉で自分は救われた。また、派遣員を続けられた。 その言葉を聞いたサリーナは嗚咽を漏らしながら泣き出した。そして、クエイドにしがみついて本当に小さな子供のように泣き出した。 クエイドはそっと彼女の肩を抱きしめた。 『あの時』、『彼女』が自分にそうしてくれたように。 サリーナはひとしきり泣いたあとクエイドに笑顔を向けた。 「ありがとう。」 「やっと、心から笑えたか?」 クエイドの問いにサリーナは頷いた。そして苦笑しながら呟いた。 「変だよね。クエイドは私の事『嫌い』なのに私、クエイドに頼ってばっかりで……」 そう言えば……確かそんな事を口走ってしまったような…… 「それは……」 クエイドが弁解しようとするとサリーナがそれを遮って言葉を続けた。 「いいの。クエイドが私の事を『嫌い』って言ってくれたから私は自分の『仮面』をはずす事が出来たの。だから……『ありがとう』。」 サリーナは本当に心の底から笑って言った。 その笑顔は……今まで見たサリーナのどんな笑顔よりも彼女の魅力を引き出していた。 その笑顔に心の中の何かが揺れた…… それを隠すように皮肉っぽくクエイドは笑った。 「やっぱりあんたは何でも良いほうに良いほうに解釈するんだな。」 クエイドの言葉にサリーナは一瞬キョトンとするが途端に大笑いし始めた。 多分、久しぶりに笑ったのだろう……心から…… そして、クエイドもつられて笑っている自分に気付く。 この少女は……『あいつ』もつれてくるけど…… クエイド達はゲールホルツで宿泊している宿に行くとサリーナの部屋をとり、それぞれ自分の部屋に戻った。 クエイドはベッドに転がり込むように入るとそのまま眠ってしまった。 『あいつ』の声だ。クエイドが瞳をあけると暗闇に浮かぶもう一人の自分の姿があった。 ギルドの戦闘服に身を包み、血だらけでたたずむ俺の姿。 「『モノ』になれば辛くも悲しくもなく任務を遂行出来ると思ってた。だけど、俺は殺すことを喜んでいた。」 「『モノ』になって人を喜んで殺すようになるぐらいなら俺は今の不安定なまま、辛いままで生きていったほうがマシだ。」 クエイドは苦々しく答えた。 辛い決断だった。人間の『負』の感情の吹き溜まりの場所であるギルドの任務……そこで何の支えも望みもなく生きていく事は想像を絶するほど苦しいことだった。 『あいつ』は冷笑を浮かべながら背を向けると闇の中へと消えていった。 焦燥感と苛立ち…… 『あいつ』に会うとクエイドはそれらの感情に心の全てを支配される…… 「……お前が『俺』だなんて認めない。絶対に……」 決意と共にクエイド自身も闇へと消えていった。 機械的な音が睡眠を邪魔する。 音から携帯電話の着信音だということがわかる。 普段は寝覚めのいいクエイドだったが、『あいつ』がいなくなってからの安眠をむさぼりたくてなかなかその電話に出ようと思えなかった。 しかし、いつまでも鳴り止まない電話に徐々に苛立ちを感じ始め、めんどくさそうに伸ばした手が携帯電話を掴む。 「……もしもし。」 寝起きだと悟られないように声を整えて応対する。 「……クエイド派遣員か。君が保護している民間人の処分について本部から連絡が来た。至急、ネルドガルド支部へ来てくれ。」 「……了解。」 クエイドは携帯を切るとベッドから起きる。 乗り気にはあまりなれなかったが仕方がない。 クエイドは手荷物からギルドからの支給の背広に着替える。 戦闘をその主な任務とするクエイドだが、一応はギルドという『会社』に勤める『社員』である。緊急の報告任務の場合はともかくギルドの本部もしくは支部を尋ねる場合は背広にネクタイという正装が義務付けられている。 手馴れた手つきでネクタイを結ぶ。もう何度となく結んでいるので鏡を見る必要もない。 ……おそらくはサリーナを連邦へ連れて行くことになるだろう。 そしてそれに同伴するのも恐らくは自分。 クエイドは手荷物をまとめる。 前回使用した戦闘服は支部の方にクリーニングを頼んである。しばらくすれば連邦の自宅のアパートに届くだろう。 必要なもの……愛用の短剣、Aクラス派遣員免許、着替え、財布、拳銃。 それらを確認してかばんに詰め込む。 あまり使用しないがクエイドは拳銃も所持している。短剣に比べ携帯に便利なのと、任務時に戦闘服を着用しているとは限らない。正装、もしくは私服で短剣の所持は目立ちすぎる。そういう時のために一応は拳銃も持っている。 しかし、好みではないとは言え、クエイドの銃の腕は悪くはない。 いや、どちらかと言えばかなりいいほうである。しかし、拳銃では相手を高い確率で殺傷してしまう。それに比べ、短剣のほうが相手の力量に合わせ相手を無力化する事が可能だ。その点が短剣を好んで使っている理由である。 もう一つの理由は短剣のほうが己の全ての戦闘技術を駆使出来るからである。例えば……そう、あのガーランドのような奴を相手にする場合、拳銃では恐らく殺されていたのは自分だろう。 ……ガーランド…… 『あいつ』と同じ独特の嫌な雰囲気を持っている男……自身を『魔王』と名乗る鬼神の如き強さを誇っていた。 クエイドは自分の手を見つめる。あいつを殺した時の感触が鮮明に蘇る。そして、あの時の自身の冷笑も。 クエイドはかぶりを振る。 思い出したくはなかった。無理やり心の底へ記憶を押しやる。 「……サリーナを起こして早くギルドへ行かなきゃな。」 クエイドはそうごちると鞄を持って部屋を後にした。 クエイドはサリーナを起こした後、宿を出る。 サリーナはいつもと雰囲気の違うクエイドに最初戸惑った。 スーツに身を包んだクエイドはとても殺伐とした仕事をしている人間とは思えなかった。身のこなしにも何故か気品のようなものが感じられた。 それに…… (なんで男のくせにこんなに色気があるんだろう?) クエイド自身は全然気付いていないけど、通る女の子の多くが振り返ってクエイドの事を見ている。 確かにサリーナの目から見てもクエイドはかっこいいと思う。 サラサラの金髪、切れながの蒼い瞳、女の子よりも綺麗な顔立ち、長身でスラリとしたスタイル、落ちついた少し低い声……本当に挙げたら切りがないほどだ。 「……何?」 クエイドは訝しそうな顔でサリーナを見る。サリーナはクエイドから目線をそらすと苦笑混じりに「なんでもないよ。」と答える。 クエイドは訝しがり、小首をかしげるが構わず歩調を変えずに歩き続ける。 クエイドは外見については本当の『完璧』に近いものがあった。 でも、その反面精神的にはいつもどこか儚げで、それでいて屈強な時もあり、ひどくアンバラスだった。 それが彼を惹きつける魅力にもなれば人を遠ざける根拠にもなる。 サリーナの碧の瞳はクエイドを映し出す。 この綺麗な『器』の中に何が収められているのか……? 私にクエイドの事を全て理解出来る日は来るのだろうか……? だから、サリーナはクエイドをいつまでも見つめ続けていた。 ギルド本部に入ると、クエイドとサリーナの2人は作戦会議室へと通される。 「……何か、緊張するね。」 サリーナは不安交じりに呟く。 「心配ない。……悪いようにしないよ。」 サリーナは笑って答える。 「私、クエイドの事は信用してるよ。だって、私のために一生懸命色々助けてくれたこと、分かってるから。」 笑顔を向けられる……その行為そのものにクエイドは戸惑いを覚えてしまう。 いつも向けられていたものとはあまりにも違って……自分の中のドス黒いものが洗い流されるような気分になってくる。 「……待たせたな。」 一人の中年の男が部屋に入ってくる。そして、席につくように促す。 クエイドとサリーナはそれに従って席に座る。男も席に座ると話し始める。 「……本部からの通達を伝える。この後、10:00よりゲールホルツ国際空港より専用飛空挺で連邦へ向かう。民間人については本部が保護して然るべき対応を取るとの事だ。彼女の護衛についてだが、事が事なだけに正規の任務とすることが出来ない。そのため極秘裏にこの任務を行う必要がある。そこで……クエイド・ラグナイト派遣員。」 「はい。」 「君は唯一のこの一連の当事者だ。彼女の護衛には君が適任だと我々は判断したのだが。」 「……依存ありません。」 「そうか。では早速任務についてくれ。詳しい事は飛空挺内で確認してくれ。」 「了解。」 男は立ち上がると部屋から出て行く。 「……さ、行くか。」 クエイドが声をかけるとサリーナはさびしそうな表情をする。 「……この任務が終わればお別れなんだね。」 ……別れ…… 分かっていたことなのに、いつもの事なのに、何故かクエイドの心のどこかが痛んだ。 「……仕方ないさ。」 そう。仕方がない事なのだ。 自分を納得させるようにクエイドは静かに呟いた。 「さびしがっててもどうしようもないよね?まだクエイドと一緒なんだから。」 サリーナは笑っていたが、その表情はどこか悲しげだった。 クエイド達はその後、ギルド所有の輸送車で空港まで行く。 ゲールホルツ国際空港。ネルドガルド国内最大級の空港で、連邦、帝国、ガイリアを始め、多数の国家との国際便が行き交う。 中型のグレーの飛空挺の前に佇むクエイドとサリーナ。 「……すごい。私、そういえば飛空挺に乗るのもネルドガルドから出るのも初めて……。」 サリーナの瞳は子供のようにキラキラと輝いていた。 本当にどこか子供っぽい少女である。 「……任務は聞いている。そう長い旅にはならないだろう。数時間の付き合いだがよろしく頼む。」 機長だろう、その男に握手を求められクエイドはその手を握り返す。 「こちらこそ、よろしくお願いします。」 そして、クエイドとサリーナは飛空挺の中へと入っていく。 中は以外に広く、窓からは外の景色もよく見える。 「早く席についてシートベルトをしめろよ。」 クエイドに促されるように席につくとシートベルトをしめる。クエイドもサリーナの隣の座席に座ると同じようにシートベルトをしめる。 そして、徐々に飛空挺が加速していきそれに伴う重力がクエイドとサリーナを座席へと押し付ける。サリーナは始めての体験にわくわくしながその経過を楽しんでいた。 飛空挺は急速に高度を上げるとあっという間にはるか上空を飛行していた。 「すごいよ、クエイド!街があんなに小さい!!」 サリーナは本当に子供のようにはしゃいでいた。 そんな様子を見ながらクエイドはサリーナに気付かれないようにため息をついた。 (本当にこれじゃ『保護者』だな。) だが、そう一人ごちていたクエイド自身もそんなに悪い気はしなかった。 この任務は本当に何の心配もなく無事遂行出来るだろう。クエイドはそう漠然と確信していたからだ。 たまにはこういう風にのんびりくつろぐのも悪くない。そんな風にさえ考えていた。 しかし、心のどこかはこのまま無事に事が運ばないのではという疑念もあった。 (……心配性すぎるっていうのも問題だな。) 一体どこに不安を感じる必要がある? クエイドは不安を否定し、心の隅へおいやるとはしゃぐサリーナを横目に再び眠りについた。 どれくらい飛行していただろうか。 最初ははしゃいでいたサリーナも朝が早かったせいかいつのまにクエイドと同様に眠りに落ちていた。 1、2時間ほど何の問題もなく飛行していた飛空挺に突如、クエイドの思っていた不安が明確な形で 具現化する。 「?!何だ、未確認の飛行物体が接近してくる?!」 最初に異変に気付いたのは副機長だった。レーダーに2機の飛行物体が映し出されそれが本機を追尾してくる。 「飛空挺……?いや、この大きさだとガンシップか?」 そして突如、無線に声が流れる。 「我々はキルギスタン空軍第2戦術攻撃航空団である。貴機は『領空侵犯』を犯している。繰り返す。貴機は『領空侵犯』を犯している。我々の指示に従い着陸せよ。」 無機質な声が無線を通じて同じ言葉を繰り返す。 『領空侵犯』 機内は一瞬にして緊張感に包まれる。 そして、クエイド達は歴史に名を残す事件に直面することになる。 ほぼ同時刻……キルギスタン軍はトリニティ平和維持軍の駐留基地を強襲し、同時に首都を制圧する。 この時、クエイドとサリーナは自分たちが置かれている立場など知る由もなく眠りに落ちていた。 (Continue) ちょこっと秘話============================================================= |