EARTH
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第2章「キルギスタン 動乱極まる(2)」
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「繰り返す。貴機はキルギスタンに対して『領空侵犯』を犯している。我々の指示に従い着陸せよ。」
繰り返しガンシップから同様の通告がなされる。
「こちらギルド・ネルドガルド支部所属専用飛空艇『ナイチンゲール』。本機はトリニティ国際連合の許可の元、正規の航空ルートをとっている。繰り返す、本機はトリニティ国際連合の許可の元、正規の航空ルートをとっている。」
しかし、機長の訴えにもキルギスタン空軍のガンシップの通告はなおも続く。
そして、ついに……
キルギスタン空軍のガンシップの一機から機銃が発射される。弾丸は光弾となり飛空艇の横をかすめて過ぎ去っていく。
「くっ!奴ら撃ってきやがった!!」
機長は毒づくようにはき捨てた。

「……?」
クエイドは起き上がる。
……何かがおかしい。本能と経験がクエイドにシグナルを発する。
しかも、訳もわからず心臓の鼓動が早くなる。
(……何かが起こっている?)
クエイドは自分に迫りつつある危機について敏感だった。
クエイドは立ち上がると飛空艇の操縦席へと足を運ぶ。
部屋に入ると一瞬でその切迫した空気を察する。
「何かあったのか?!」
「ああ、あんたか。キルギスタン空軍が『領空侵犯』だとぬかしてきやがった。」
「『領空侵犯』?!正規の航空ルートを通っているんだろ?!」
「当たり前だ!奴ら、こちらの弁解になんて耳を貸さないで自分達の要求だけを一方的に伝えてきてやがる!」
苛立ちから語調が荒くなるがそれも仕方がなかった。キルギスタン空軍のガンシップは威嚇射撃すら開始している。事態は一刻を争う。
「……振り切れないのか?」
「奴らはガンシップ。こっちは中型の飛空艇だ。小回りも速度も違いすぎる。」
確かに……ガンシップ相手に飛空艇で機動性を競うのは無茶というものだった。
(……まさか……)
クエイドに一抹の不安がよぎる。
サリーナの事が漏れた?
しかし、そこまで考えてクエイドはかぶりを振る。
探しているのがレイキャンベル軍ならともかく何故キルギスタンが?
キルギスタンを裏側で操っている国家がいる?
あの黒衣の特殊部隊の……?
突如、ドンという音と共に機体が揺れる。
「くそ!奴ら、エンジンの一つを破壊しやがった!!」
飛空艇のエンジンはそれ一つでも一応は飛行が可能である。しかし計4つあるエンジンの全てが破壊されれば……
「どうしたの?!」
かなり遅れてサリーナが操縦室に入ってくる。
おそらく今の衝撃で起きたのだろう。
説明がめんどくさく、また事態も一刻も争うのでサリーナの疑問にいちいち答えている暇はない。
窓際によって後ろを見ると確かに2機のガンシップがピッタリと一定の距離でくっついている。……いつでも攻撃できる距離だ。
……躊躇している余裕はないな。
クエイドはそう判断すると機長に言う。
「……奴らの要求に従いましょう。このままじゃやられるだけだ。下に着いてから奴らの狙いを確かめましょう。いきなり殺してくる事はないはずだから……」
いきなり殺してくるはずはない……
内心はそうは思っていなかった。
もし、狙いがサリーナならサリーナの身柄を確保後、クエイドや機長達は殺されるだろう。しかし、このままではクエイドにも手が出せない。地上なら現状よりは打開策があった。
「……わかった。」
「……大丈夫。いざとなればギルド・キルギスタン支部を通じて本部へ連絡を取りますよ。そうすればそう長くないうちに連邦に戻る事も可能ですよ。」
機長の苦々しい口調と不安を感じ取ったクエイドはそれを和らげるために言葉を選んで言う。確かに、誤解から生まれたものなら解決はそうは難しくないだろう。キルギスタンも他国に漏れなくギルドの恩恵を受けている。下手に事を大きくしてギルドを敵に回したくはないだろう。
機長は無線機を手に取ると苦々しい口調で話し始めた。
「……こちら『ナイチンゲール』。貴機の要求に従う。」
「了解。進路をキルギスタン首都ギロックにとれ。」
2機のガンシップに伴われ、飛空艇が大空を旋回する。
サリーナは不安そうに窓の外に視線を向けた。
眼下に雲の裂け目から広大な大地が見えた。さっきまでのわくわくした踊るような弾む心は影を潜め、その広大な大地はまるで迷子になったかのような孤独感をサリーナに与えていた。


「キルギスタンのクーデターにトリニティ中央政府は大慌てだそうだな?」
モニターの前で面白そうに含み笑いをする中年の紳士風の男……ジェネシス社会長フレデリック。
「当然じゃろう。先日のレ軍侵攻が一段落ついたと思った矢先の事じゃからな。」
自慢の長いあごひげをさすりながら人のよさそうな笑みを浮かべて、モニターを見ているのはエデン公社名誉会長ブラフォード。
「しかも今回はトリニティ中央政府関係者の人質というおまけ付きだ。……先ほどトリニティ平和維持軍の派遣が正式に決定した。」
落ち着いた物腰のまだ若い男。モニターを冷たい瞳で見るのはエヴァ・エンタープライゼス社長ルース。
「……計画通りだな。」
フレデリックの言葉にモニターのもう一人の男がかぶりを振る。
「予定外の事もある。連邦がトリニティに対して協力を申し出てきた。戦車中隊一個分と陸軍第一機甲師団所属のGGP−02a『バルバトス』が派遣される。」
そう答えたのは眼鏡をかけたこれも若い男性。知的な雰囲気を持っているのがセンダー社社長アーレン。
「戦車はともかくとしてGGPは問題じゃな……。」
ブラフォードはあごひげをさすりながら軽快に笑う。まるで孫と遊ぶ祖父のように。
「問題ない。修正可能なささいな事にすぎないよ。」
アーレンは鼻で笑い飛ばす。
「帝国の言う通りの性能ならばな……」
フレデリックは手を組んで呟く。
「ARMS−N&BD01の事か?あの性能は凄まじい。3年前のレイキャンベルでの軍事演習では帝国のARMS2個中隊、戦闘ヘリ1個中隊をたった1機で完全に沈黙させ、しかも帝国ご自慢の『特務遂行群』でさえも奴を止められなかった。」
アーレンは眼鏡をあげると鋭い眼光を向ける。
「帝国はそのARMSを『ジハード』と呼んでいるそうだな。……しかし、暴走という可能性も否定できない。」
ルースの言葉にフレデリックは苦笑する。
「確かに性能が良すぎるというのも考え物だな。だが、心配ない。計画を補完するための段取りもすでに済んでいる。そのためのクーデターであり、そのためのキルギスタンだ。」
フレデリックは含み笑いをこぼす。
まるで結果の全てを分かっているかのように。

ジェネシス、エヴァ・エンタープライゼス、エデン、センダー。
軍事産業を始め、様々な産業においてトップに立つ多国籍企業。
そして、それらの企業からなる超巨大コングロマリット『GEES』。そのトップに立つ者達。
帝国と同様、世界各地の紛争を影で操り、そこから出る利益を貪る者たち。
その者達の謀略が蠢くなかクエイド達の乗る飛空挺はキルギスタン首都ギロックへと降り立つ。


キルギスタン人民共和国
国土の大半が森林に覆われているネルドガルド、レイキャンベル等の中央ロンダルギア諸国とは対象的にルドラン連邦に代表される砂漠が大半を占める国家である。
しかし、内情は他の中央ロンダルギア諸国同様、経済の低迷、内情の不安、軍部の暴走などの問題を抱えていた。特に軍部の暴走はトリニティから目を付けられCIT(トリニティ中央情報局)の介入を呼び込む程である。
首都のギロックにも南部に砂漠が広がっている。

一面に広がる森林から一転、一面に広がる砂の海……黄土の大地を眼前にしてサリーナは言い知れぬ不安に心が締め付けられているのを感じていた。
森林が自然の力強さを感じるのに対して、砂漠はまるで星の悲鳴のように感じた。
首都ギロックの郊外に存在するキルギスタン空軍基地に着陸する飛空艇とガンシップ。着陸した飛空艇の機内に続々と自動小銃を携えた戦闘員が入ってくる。
否応なしにクエイド達は連行されてしまう。
クエイド達は相手が武装されていたため、下手な対応がとれずキルギスタン軍の要求に従わざるを得なかった。
しかし、内心クエイドには事態に対する一つの安心があった。
(どうやら今回の事にはサリーナは無関係のようだな)
サリーナの扱いはどう見てもクエイド達と同様のものだった。
もし、レ軍同様サリーナが目的ならどう考えてもサリーナの身柄を確保した後クエイド達は始末するだろうから……
(……え?)
そこでクエイドは突然、湧き上がってきた疑問に戸惑った。
何故、謎の黒衣の部隊はルビア村民間人を虐殺したんだ?
何故、ガーランドはサリーナを確保しようとした?
この当然の事実はクエイドにある考えに行き着かせる。
黒衣の部隊とガーランドは敵対関係もしくはそれに近い関係にある?
ガーランドについてはまだ何もわかっていなかったが黒衣の部隊については手がかりがまったくないわけではない。
装備からおそらく大国の軍隊の特殊部隊だと考えられる。
大国……ドルテカ帝国、ルドラン連邦、ガイリア共和国。
ロンダルギアという観点から考えてガイリアは除外される。ルドラン連邦が裏でレイキャンベルと繋がっているとは考えられない。
おそらくは……帝国。
帝国の持つ特殊部隊……
あまりにも代表的な特殊部隊がクエイドの脳裏によぎる。
『特務遂行群』
世界最強とも言われる特殊部隊。実情は当のクエイドにも分からない。『特務遂行群』に関しては名前以外の事が全て厚いヴェールに覆われているのが実情だ。
クエイド自身、特務遂行群と遭遇した事がない。
……だが、特務遂行群が関わる事になった任務には参加した事がある。
……3年前のレイキャンベルでの極秘演習。
その経験があるからこそ今回のレ軍侵攻の裏に当初から帝国の影を見る事が出来た。
クエイドがふと横を向くと不安を隠せない機長と副機長。だが、それとは対象的に毅然としているサリーナの姿が特に印象的だった。
基地内に連行され、ある一室に通されるとそこには軍服をまとった威風堂々した中年の男が座っていた。
「……君達はトリニティからどういった命令を帯びてキルギスタン領空へやってきた?」
「何だって?」
クエイドは意味がわからずおうむ返しに聞く。
「ギルドを使ってトリニティが諜報活動をしていたのではないのかね?」
この軍人の言葉を聞いてクエイドは誤解だと確信した。
あの時、領空侵犯を理由に飛空艇を拿捕したのはこういった原因だったのだ。
「……俺たちはギルドの任務で連邦へ向かう途中でした。トリニティとは何の関係もありません。ギルド本部に連絡を取ってみてください。誤解であると分かるでしょう。」
「……この状況下でギルドの任務で我々の領空へ侵入するという話のほうが理解出来ないのだがな。」
「状況下?キルギスタンの内情は知っています。しかし、あの航空ルートはトリニティ国際連合の元、キルギスタン政府が了承した正規の航空ルートのはずですが?」
「……君は今のこの国の置かれている状況を知らないのかね?」
「……どういう意味ですか?」
「……つい2時間前、我々キルギスタン軍による革命が起こった。その状況下でキルギスタン領空へ侵入する者などトリニティ平和維持軍の作戦と捕らえても仕方ないだろう?」
「なっ?!」
機長と副機長が驚きの声をあげる。
クエイドも同様に内心苦々しく吐き捨てた。
(無線封鎖が仇になるなんてな……)
レ軍などの動向を危惧したギルド本部は極秘裏に今回の任務を遂行しようとした。そのため、無線の封鎖も指示されていた。それがこんな結末を招くとは誰が予想出来たであろう?
しかし、そうなると事態はさらに混迷を極める事になる。
ギルド・キルギスタン支部も今回の革命……いや、軍事クーデターの影響で国外退去、もしくはその機能を停止しているだろう。
そうなると、クエイド達の国外脱出はさらに困難になる。
「……極秘裏の任務のために無線を封鎖していました。しかし、今回の任務はそちら側には何の関係もありません。」
そこまでクエイドが言うとドアがノックされる。扉を開けて敬礼した兵士は男に耳打ちすると同様の事をして退室していく。
「……君達の飛空艇を調べたが通信装置の類、トリニティとの関係をあらわすものは見つからなかったそうだ。……だが、君達を解放するわけにはいかない。しばらくは軟禁生活を送ってもらう事になる。」
「……わかりました。」
クエイドの言葉を聞いてから男は室内の電話を使う。すぐに兵士が2名、自動小銃を携帯して現われるとクエイド達を連行する。
クエイド達は基地から連れ出されると軍用トラックに乗せられる。トラックは進路を首都ギロックにとっているようだった。「……揺れるね、このトラック。」
「そうか?」
サリーナの問いにクエイドは別にという風に答える。
実際クエイドは全く気にとめていなかった。軍用トラックに乗り慣れているクエイドには舗装されていない道路を走る事などそう珍しい事ではなかったからだ。
「それより大丈夫か?こんな事になって……」
サリーナは首を振るとクエイドを気遣って笑顔で答える。
「クエイドっていつも私の心配してるね。でも大丈夫。慣れてきちゃったかな私も。」
サリーナの笑顔に内心安堵を覚えている自分がいる。
安堵か……
クエイドは内心苦笑を浮かべる。
『モノ』になる道もなくなり何にもすがれないクエイドだが、この少女と言葉を交わすようになって気付いた事もあった。
『モノ』になろうとして封じ込めていた、なくしたと思っていた心も『モノ』への渇望をなくすと同時にクエイドの表面へと徐々に姿を現してきていた。
『あいつ』が言った通りに『かわってきている』。
『あいつ』への嫌悪と恐怖は変わらないがこれが『かわる』という事ならクエイドはそれを受け入れようとさえ思ってきていた。
それほどこれらの感情がクエイドに与える刺激は新鮮であり、心地よいものだった。
だが、恐怖、苦悩といったものも同時にあった。
自分が自分ではなくなっていく感覚……
『あいつ』と『俺』との境界線がなくなっていく……
クエイドは自身の不安を少しでも忘れようと小さな窓へと視線を移す。
窓の外の景色はいつのまにか首都近辺のビル群になっていた。
灰色のビル……道路の所々をウロウロとする徘徊者達。
経済の低迷しているキルギスタンでは失業率も高く、浮浪者の数も少なくない。
そして、それらの風景とともに展開している軍隊の姿も目に付く。
歩兵、戦車、戦闘車両、ARMS……
おそらくは非常事態宣言が出されている事だろう。
都市の、人々が実生活を営んでいるところで軍隊の姿を垣間見るとこの国でクーデターが起きている事を実感させられる。
(……近いうちにトリニティ平和維持軍による武力行使が行われるだろうな。)
キルギスタン国内にもトリニティ平和維持軍の基地がいくつか存在している。
首都をクーデター軍に制圧されている事実を考えるとトリニティの基地も制圧されていると見て間違いないだろう。
そして、それをトリニティ中央政府が見逃すはずがない。
レ軍のネルドガルド侵攻の比ではない。おそらくは平和維持軍による大規模な首都奪還作戦が展開されることになるだろう。……近いうちに。
クエイドの予測は極めて的確だった。


キルギスタンにおいてクーデター発生の一報はすぐにトリニティ中央政府に届いた。
キルギスタン政府要人及び、多数のトリニティ中央政府関係者が捕虜とされた事でトリニティは近隣諸国に駐留する平和維持軍の派遣に躍起になっていた。
キルギスタンに駐留する平和維持軍がクーデター軍によって制圧された事には理由があった。強襲という点も大きいが地理的理由も大きかった。
キルギスタンは経済の低迷もあり、軍隊の規模がトリニティの規定から大きく下回っていた。隣国の内情不安もあり国境付近に部隊を展開していたため、それを補う形で内部をトリニティ平和維持軍の駐留基地が補っていた。
しかし、これが敵対関係になった場合、平和維持軍の駐留基地は四方をキルギスタン軍基地に挟まれる形になり、孤立は避けられない。
これら基地配置が持つ優位性をキルギスタン軍が十分に考えて行ったクーデターであると言えるだろう。
今回の平和維持軍派遣に協力的だったのが連邦だった。
連邦の隣国であるキルギスタンでのクーデター発生は治安上喜ばしいものではなかった。唯でさえ中央ロンダルギア諸国の内情不安は問題になっているのにこれ以上問題を起こしたくないと思っていた矢先のクーデター発生だった。
連邦の協力に呼応する形でガイリアも協力を申し出る形となった。
連邦は陸軍第1機甲師団第1戦車大隊第02戦車中隊と、陸軍第1機甲師団第1機動大隊所属GGP−02a『バルバトス』の派遣を決定する。
それに対してガイリアは陸軍第2機兵師団第2機動大隊第08ARMS中隊の派遣を決定する。
連邦、ガイリアと派遣を決定する中、帝国は軍の派遣を見合わせる。
この事に対してトリテニィ中央政府及び諸外国は猛反発をするが帝国は頑なに派遣を見送る姿勢を示した。
トリニティも大規模な平和維持軍派遣を決定する。
陸防1軍第30機動大隊、第32機動大隊、第33機動大隊、第34機動大隊、第35機動大隊、陸防1軍第14戦車大隊、第15戦車大隊、第17戦車大隊、陸防1軍第33機械化連隊、第34機械化連隊、第35機械化連隊、第36機械化連隊、陸防1軍第19戦闘支援航空中隊、第20戦闘支援航空中隊、第21戦闘支援航空中隊、第22戦闘支援航空中隊、陸防1軍第76歩兵師団、第77歩兵師団、第80歩兵師団、海防1軍第29上陸機動大隊、第30機動大隊、第66機動大隊、海防1軍第25戦闘支援航空中隊、第26戦闘支援航空中隊、海防1軍第3艦隊、空防軍爆撃部第12戦術爆撃航空団、第13戦術爆撃航空団、空防軍戦略部第16戦術攻撃航空団、第17戦術攻撃航空団、空防軍戦略部第2空中艦隊、第3空中艦隊、他多数。
各部隊が駐留する中央ロンダルギア諸国の駐留基地から軍用大型輸送飛空艇による輸送、空中空母型飛空艇による部隊の派遣が慌しかった。海軍基地からの輸送も急ピッチで進められ、輸送船、空母による部隊の派遣が急がれていた。
過去に例がないほど大規模の部隊の派遣だった。
キルギスタン国境付近に捕虜救出作戦本部を作り、派遣されてくる平和維持軍の部隊への対応を万全なものへとしていた。
そして、約2日後、平和維持軍による最初の首都奪還作戦が展開される事になる。


クエイド達が連行されたのは一軒の大きな家だった。おそらくは政府要人の家だったのだろうが今回のクーデターで軍に徴発されたのだろう。
出入り口や、所要の場所には兵士が携帯用の自動小銃を持っているものの家の中ならば比較的に自由に動けた。
どうやらクーデター軍もクエイドをトリニティの諜報員とは考えていないようだった。
クエイドは客間のソファーに座ると一息ついた。
問題は山済みである。
ギルド本部への連絡をどう取るか?
キルギスタンからどう脱出するか?
脱出をする場合、必要だろう装備の調達は?
クエイドはため息をつく。どれもそう簡単には片付かない問題だらけだった。
ネルドガルドから来る際持ってきた銃や短剣などの装備は軍に没収されてしまった。中でも短剣を没収されたのは痛かった。
(……愛用の短剣だったんだけどな。)
クエイドはまたため息を一つついた。あの短剣には何度も危機を救われてきている。その一番の武器をなくす事はクエイドに戦闘にたいする不安を与えるのに十分過ぎるほどだった。
(ま……短剣の方は連邦に戻った後調達すればすむけど……)
魔法技術の施された短剣だがその魔法技術を施したのはクエイド自身である。
『彼女』から教わった技術の一つだった。格闘術、短剣の扱い方、教わったものの多くはクエイドを幾多の戦場で救ってきた。
(……よそう。『彼女』の事を考えるのは。)
クエイドがそう思うと目の前のテーブルに紅茶が出される。
サリーナの置いたものだった。
「……どうしたんだ?これ……」
「そこにあったから入れてきたの。コーヒーのほうがよかった?」
サリーナの視線の先には戸棚があり確かにその中には紅茶やコーヒーと色々とある。
改めて見ると部屋の周りにある調度品の多くが高級品であるということがクエイドにも分かった。絵画に、花瓶と、落ち着いた雰囲気をかもし出しているが気品を感じる事が出来た。廊下の床も大理石で出来ており、壁には著名な作品であろう絵画がそこかしこに飾ってある。
「……軽々しい行動をしていると目を付けられるぞ。」
「大丈夫。兵士の人にもあげたら喜んで受け取ってたから。」
あっけらかんとした彼女の言葉にクエイドは無言で紅茶を飲んだ。紅茶の香りはクエイドの不安や心配を幾分か和らげる効果があったようだ。
サリーナはクエイドの隣に座ると自分の紅茶に一口、口をつけた。
「……おいし。香りもいいし。やっぱりすごい大きな家に住んでる人の飲む紅茶は違うね。」
どこか緊張感のない彼女の言動にクエイドは疑問に思った。
「……心配じゃないのか?」
クエイドの言葉にサリーナの手が止まる。そしてクエイドの瞳を見つめて笑顔で当たり前のように答える。
「うん。クエイドが何とかしてくれると思ってるから。」
その言葉にクエイドは紅茶に伸ばした手を止める。
「……信頼されてるんだな、俺。」
「だって今までどんな危ない場面でもクエイドは何とかしてきたじゃない。だから今回も大丈夫だって感じなんだ。」
サリーナは本当にそう思っているようだった。
確かにそう考えるとキルギスタンの基地内での毅然とした態度も納得いく。
しかし……その彼女の信頼する俺がこんなにも悩んでいるって事、気付いているのか?クエイドは何度目かのため息をついた。
「それに……ちょっと嬉しかったりするんだ。不謹慎だけど。」
嬉しい?
この場面にあまりにも合わない言葉にクエイドは彼女の顔を見つめる。その真意を少しでも探ろうと。
サリーナもクエイドの視線に気付き、クエイドの顔を見つめる。
「だって、当分またクエイドと一緒にいられるんだもん。連邦に行っちゃったらクエイドとお別れでしょ?それ……何か、嫌だから……」
彼女の言葉にクエイドの心が揺れる……
それを隠そうと色々の言葉が浮かんでは消える。
戦闘では最も適切な対応が瞬時に思い浮かび、それを実行できるのに、こういった事にはクエイドはほとんど対処出来なかった。
「……別に、連邦に行ったからってお別れってわけじゃない。俺は連邦での任務を主にしているし……」
自分が何を言ってるのかわからなかった。
口が勝手に言葉を紡ぎ出す。その紡ぎだされた言葉に込められた想いに気付いた時クエイドは驚愕する。
俺は、彼女と別れたくない?
あんなに彼女を嫌っているのに?憎んでいるのに?
……嫌っている?
……憎い?
俺は彼女が本当に憎いのか?本当に嫌っているのか?
『あいつ』を連れてくるのは彼女だぞ?
………だけど………
「クエイド?」
サリーナの声でクエイドは現実に戻ってくる。
目の前にあるのはサリーナの顔だった。
笑顔がよく似合う、碧眼の愛らしい瞳の、彼女の顔だ。
だけど何かが違った。
今までのサリーナとは何かが違った。
それにクエイドは戸惑い、立ち上がる。
そしてクエイドは急いで部屋を出て行く。
その様子にサリーナは不思議そうな表情を浮かべて再び紅茶を飲む。


勢いよく流れる水……
クエイドはその水を何度もすくい顔にかける。
鏡に映る濡れた自分の姿……
今までとは違う風に映ったサリーナの姿にクエイドは今までにないほど驚愕した。自分を見失いそうになるくらいに。
『あいつ』からくる恐怖からでも、嫌悪からでもない。
『俺』自身への戸惑いからだった。
あの時……サリーナを始めて『綺麗』だと思った。
突然。何の脈絡もなく。
愛らしく、表情豊かな顔。
碧のどこまでも深く、慈愛で満ちた大きな瞳。
流れるような、心地よい香りを振り撒く茶色の髪。
理知的な細い眉。
細く、抱きしめたら折れてしまいそうなほど華奢な肩。
柔らかい、暖かな体。
細長い、軽やかな足。
彼女を彩る全ての要素が輝いて見えた。
さっきまでは何も感じなかったのに今は強く……強く彼女の存在感を感じる。
それに戸惑っている自分が『俺』を制御出来なかった。
心臓が爆発しそうなほど高鳴る。
自分のその感情をどう言い表したらいいかすら分からなかった。
こんなにも……

彼女が 愛しい


クエイドは驚くように視線をあげる。鏡に映る『あいつ』の姿……。
微笑んでいる『あいつ』の姿……

ようやく選んだようだな?


「……何の事だ?」
クエイドは苦々しい口調で呟く。視線を外して下を俯く。こいつの表情を見るたびにクエイドには嫌悪感が増大していく。

お前が彼女を選んでくれて助かったよ 3年も待ったかいがあった


「……3年?」
『あいつ』の意味不明な言葉が気に食わなかったが今は『あいつ』の語った『3年』という言葉に引っかかった。
3年……3年前?
最初に思い当たったのは帝国のレイキャンベルでの極秘軍事演習。

おっと失言だったな 今は気にするな


『あいつ』はそう言うと微苦笑を漏らす。
そして微笑むと優しく耳打ちするように呟く。

オレは お前と彼女を『応援』してるんだ ……影ながらな


「黙れ!」
クエイドは流れている水を鏡に映る『あいつ』にぶちまける。
『あいつ』は濡れながら微笑を浮かべて消えていった。
鏡にはもう、息を切らせながら動揺している『俺』の姿しか映らない。
『あいつ』の思惑が何のかなんてもうどうでも良かった。
『あいつ』がサリーナを必要としている事は明白だった。
もし、『あいつ』がサリーナに何かをする気なら……

殺してやるさ 『俺』ごとな




クエイドと機長、副機長は同室の寝室が与えられ、サリーナは個人の寝室が与えられた。疲れも溜まっていたのか、備え付けの寝間着に着替えるとすぐにサリーナは眠り落ちた。

……どれくらい眠っただろうか?
暗闇から突然声が聞こえた気がした……
サリーナが瞳を開けると暗闇に浮かぶ『私』の姿があった。

これで『幸せ』になれると思った?


『私』の言葉に私は震えた。

『彼』に貴方は幸せには出来ないよ?


この『私』は彼……おそらくクエイドを敵視している。
「クエイドはいい人だよ!」
私の言葉に『私』はクスクス含み笑いをこぼす。

『いい人』ね 確かに貴方にとっては『都合のいい人』でしょうね


……何も言えなかった。
危険な時にはいつも助けてくれる。
淋しい時にはいつも側にいてくれる。
……『都合のいい人』……そう言われても仕方がなかった。
でも……でも……
「私はクエイドの事が……!!」

彼の事が好き? でもそれは淋しいだけでしょ?


いつも『私』の言葉には力があった。私を黙らせる力があった。まるで心を見透かして一番痛いところを突くように。

本当に彼の事が好きなの? 彼のどこが好きなの?


彼女の言葉に呼応するように暗闇からクエイドが現われる。
光を跳ね返す黄金の髪。
蒼い氷のような、綺麗な切れ長の瞳。
女の子よりも綺麗な整った顔。
スマートだけど鍛えられていて洗練されている体。
野生の肉食獣のような長い足。
間違いなくサリーナの知っているクエイドの姿だった。
「……クエイド……」
『私』はクエイドの側によると彼に寄り添い、手で優しく彼を撫で回す。

この綺麗な顔?それともこの鍛えられた体?


それとも弱くて儚い守ってあげたくなるようなこの心?


「やめて!!」
サリーナは叫んだ。耐えられなかった。
一番大切に想っている人を凌辱する『私』の姿に。
まるで淫らな獣のような『私』の姿に。
しかし、『私』は私の言葉など無視してクエイドを抱きしめる。
『私』の唇がクエイドの首筋をたどり、その手が彼の背中を、胸を淫らにまさぐる。
黄金色の髪を優しく撫で、『私』の唇が彼の唇に重なる。
「やめてぇぇぇ!!!」
私の叫び声を楽しむようにクエイドを弄びながら『私』は面白そうに笑いながら聞いてくる。

憎しみ 悲しみのやり場を彼に向けているだけ


彼に『癒し』を求めているだけ 好きでもなんでもないんでしょ?


私はうなだれてその場に膝をついて倒れこんだ。
耐えられなかった。見たくなかった。聞きたくなかった。
『私』の姿も。『私』に抱かれるクエイドの姿も。
自分の中のクエイドが犯されていくような気がして……
自分の中の大切な想いが踏みにじられていくような気がして……
『私』はそんなサリーナの様子を見て、クエイドから離れ、彼女の側による。『私』はサリーナを無理やりクエイドの視線へ向ける。
私の瞳がクエイドの瞳に貫かれる。彼の蒼い瞳が私の中の気持ちを全て見透かしそうで視線をそらそうとするが『私』の力の前に何も出来なかった。

彼に聞いてみたら?貴方のことをどう想っているのか


クエイドはゆっくりとサリーナに近づく。
「いや……やめて……クエイド……」
サリーナの震える声にも構わずクエイドはサリーナの前に佇むと膝をつき、サリーナのまじかに顔を寄せる。
クエイドは冷笑を浮かべるとはっきりと言った。

俺はあんたの事が憎くて憎くて仕方ないんだよ


あんたの全てが嫌いなんだ


いっそ……


キ・エ・テ・シ・マ・エ


クエイドはそう言うと冷笑を浮かべながら塵のように崩れながら闇に消えていった。
涙が頬を伝った。
クエイドに一度言われた言葉……それだけにその言葉には重みがあった。
そんな私に『私』が優しく抱きしめる。

分かったでしょ?彼に貴方は救えないよ


だって 彼がそれを望んでいないんだもん


私は『私』のされるがままだった。
『私』は私の事を押し倒して優しく上に覆い被さる。そして、耳打ちするように優しく呟いて私に溶け込むように消えていく。
私は仰向けになって泣いていた。
クエイドの真の気持ちに泣いて……
私の中の想いを踏みにじられたことに泣いて……
そして、不甲斐ない、私の弱い心に泣いた……
忘れ去りたかった……
消えてしまいたかった……


サリーナはベッドから起き上がる。
自分の頬を撫でると自分が泣いていた事が分かった。
そのまま膝を抱えてシーツに顔を埋める。

もう 忘れてしまおう……

『私』の事…… 

そして クエイドへの密かな想いも……


サリーナはそう決意すると泣いた。
もう二度と泣かないようにするために。クエイドへの想いを忘れるために。
その涙の一つ一つがクエイドへの募る想いのカケラだったように涙は零れ落ちていった。
そして、想いの大きさのようにいつまでも涙は瞳から流れ続けた……



(Continue)

ちょこっと秘話

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