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第2章 「キルギスタン 動乱極まる(3)」 ============================================================= 夜の砂漠に月夜の光が輝く。砂漠を疾走する戦車隊とARMS、装甲車……首都から30km離れた砂漠で前線を展開するトリニティ平和維持軍。 首都の包囲を完全にするために戦車、ARMS、装甲車が広範囲に展開していくさまはまさに圧巻だった。 全ては平和維持軍による首都奪還作戦『デザートストーム』への布石だった。 最初にCITの情報収集の元、政府要人、トリニティ中央政府関係者をトリニティ平和維持軍の特殊部隊がその身柄を確保。その報告の後、ロンダルギア大陸東部に広がるガレリオン洋に展開している平和維持軍第3艦隊、及びキルギスタン国境付近に展開する第2空中艦隊、第3空中艦隊からSLCMによるミサイル攻撃で首都を防衛する対空レーダー、対空ミサイル基地を無力化する。その後、戦術爆撃飛空挺による首都の空爆。そして、統制の失ったクーデター軍に対して、現在展開している戦車、ARMS、装甲車、戦闘ヘリ、歩兵による地上部隊が首都を南部と東部から侵攻し、一気に首都を奪還する。 南部から東部へと展開する連邦より派遣された陸軍第一機甲師団第1戦車大隊第02戦車中隊が待機地点へと進行していた。 砂漠を疾走する戦車…… それほど困難な任務とは思えなかった。 連邦からの派遣もあり後方支援がその主任務となるだけに危険も極めて低いと言えた。 しかし…… 「前方12時より機影を発見!!ARMSが5,6……7機!!」 兵士の報告に一瞬で戦車内が緊迫する。 「戦車中隊、広がれ!!固まっていると一気に殲滅されるぞ!!」 戦車がすぐに広がろうとするがそれを阻止するかのようにARMSから発射されたミサイルがARMSのキャタピラに命中し、その足を殺ぐ。 戦車から一斉に120mm砲が火を噴く。爆音と共に火炎と砂塵が巻き上がる。 しかし、戦車の120mm砲では機動性の高いARMSを捕らえる事は難しい。 接近したARMSの一機が戦車に飛び乗り、マシンガンを乱射する。 上方の装甲の薄い戦車や装甲車には堪らない。 至近距離からのマシンガンの銃弾の嵐が戦車の装甲を貫く。内部で操縦する兵士たちに装甲を貫いた弾丸の雨が降り注ぎ、たちまち操縦室は血の海になる。 しばらくマシンガンを乱射するとその戦車から飛び降りる。 戦車中隊は後方に下がりながら120mm砲を撃ちまくるがARMSはそれを難なくかわし続けると戦車に対してミサイル攻撃を繰り返す。 TV誘導によるミサイルを戦車の機動力で避ける事は難しく、ほとんどの戦車がなす術もなく破壊されていく。 接近されてしまうと戦車はもろい。戦車の主砲である120mm砲は威力は凄まじいが、接近されると照準が狭いため、機動性の高いARMSを捕らえる事が非常に困難になる。 しかも、側面、前面に装甲を厚くしている点重量もかさみ、機動性を犠牲にしている。 ARMSによる波状攻撃に戦車中隊はまるで打つ手がなかった。 ARMSの登場により戦車はその役目を失い、装甲車など共に後方支援を要にする事が多くなってしまった。 ARMSと戦車が正面から戦っても結果は見えているのだ。 「こちらガイリア陸軍第1機甲師団第1戦車大隊第02戦車中隊!!現在、我々はクーデター軍のARMSに攻撃を受けている!!至急救援を頼む!!」 中隊長の鬼気迫る声だがジャミングにより凄まじい砂嵐のような音を発するだけ一向に連絡は取れなかった。 「くそッ!!」 「中隊長!!ARMS部隊が撤退していきます!!」 「何?!」 兵士の報告通り、ARMS部隊は戦車中隊の6割を破壊した所で撤退を開始していった。 「た……助かったのか?」 中隊長の言葉が荒廃した戦車中隊の残骸の中で淋しそうに木霊した…… 数時間後、国境付近の捕虜救出司令部はクーデター軍による襲撃の被害状況を知ることになる。クーデター軍のARMS部隊によって、南部から東部へ展開中だった戦車部隊を中心とする平和維持軍は相当の打撃を受けていた。 このクーデター軍による奇襲で部隊の平和維持軍の展開は大幅に遅れる事になる。 明朝計画していた首都奪還作戦は翌日に持ち越される事になる…… その間に『GEES』とクーデター軍による首都防衛部隊の展開が行われるとは知らずに。 そして、クーデター軍により改修され、利用されているトリニティ平和維持軍の空防軍基地にARMS−N&BD01『ジハード』を輸送した『特務遂行群』が降り立つ…… 「クーデター軍のARMSによる奇襲は成功したようだな。」 フレデリックは髪を掻き揚げながら笑みをこぼす。 「……砂漠での戦闘ではARMSの特性を十分には発揮できんのではないかと心配しておったが、いらぬ心配じゃったの。」 ブラフォードは軽快に笑う。 「ARMSの性能の差も大きいでしょうね。流石はジェネシス社製の最新機種『ピースメーカー』。 アーレンの言葉にフレデリックは自重ぎみに微笑む。 「これで帝国軍の部隊の展開への時間稼ぎが出来た。」 ルースはモニターに映し出される帝国の展開状況を見ながら呟く。 「今回の目的はあくまで『ジハード』の都市戦のデータを取ることだ。用が済めば……」 フレデリックの紳士的な微笑を見て、ブラフォードは老獪と呼べる冷たい視線を見せる。 「クーデターは失敗に終わるじゃろう。」 「マッカージェの始末はどうします?」 アーレンはモニターに映るクーデター軍の革命声明文を読み上げるマッカージェ大佐の姿を冷たい目で見る。 「……『シークレットフォース・ディアボロス』を向かわせる。彼には死んでもらうよ。」 フレデリックは冷たい笑みを浮かべながら呟いた……。 クエイドは起きるとTVの方へ視線を向けた。 変わらずTVには静止画像しか流れていなかった。 クーデター軍にTV局を占拠されているのであろう。多くのTVが機能停止、もしくは静止画像を流し続けるというのが現状のようだった。 「……情報が何も入ってこないのは痛いな……」 クエイドは苦々しく呟く。 はっきり言って有事下の国の状況は皮肉にも当事者が一番知ることが出来ない。 おそらく諸外国の方がより多くの情報を掴んでいる事だろう。 大国のマスメディアの情報収集能力は下手な諜報機関よりも優れている。 クエイドは口元を覆い、ため息をつく。 一番情報が欲しい人に情報が届かない。その現実に歯がゆさを覚える。 街に出ればそれでも情報の集め方はあるが、ここに軟禁されている状況ではそれも難しい。昨夜、兵士の目を盗み、この屋敷をくまなく調べてみたがどこも兵士が厳重に守っていて外へ出る事は難しいようだった。 トリニティによる首都奪還が始まる時期についても知っておきたかった。首都の空爆ともなれば高い確率でこの辺りにも戦禍がこうむることになる。 そうなればサリーナの安全を守る事は非常に難しくなる。最悪の場合…… 「……何とか街に出て、情報を集めるしかないか……」 クエイドはため息をつく。 サリーナは鏡の前で何度も自分の顔を見た。 目の周りが赤く腫れぼったくなっている気がして何度も自分の顔を見る。 (……大丈夫かな……クエイド、こういうのだけは妙に鋭いから……) サリーナはため息を一つつくとしょうがないと決心して、寝室から出た。 部屋の中にあった着替えを適当に選んだがまずまず言ったところだろう。 埃っぽいブラウスや、ジーンズよりもよっぽどマシと言えた。白いTシャツに黒のスカート。スカートをはくのは随分久しぶりのような気がする。 砂漠が近くにあるため、街の中といえども砂が服についてしまう。 ほとんど外に出ていなかったサリーナの服でさえそうなのだから、この街に住んでいる人はさぞかし大変だろう。 軽い足取りで皆がいる客間に向かう。 クエイドに会ってもいつも通り気楽に振舞おうと何回も練習してみたりした。 客間の前に立つと大きく深呼吸して、扉を開ける。 中には機長と副機長はいたが、クエイドの姿は見えなかった。 (……まだ起きてないのかな?) 内心少しほっとする。 「おはようございます。」 サリーナはぺこりと頭を下げると機長と副機長も笑って「おはよう」と返してきた。 「あの……クエイドは?」 サリーナが恐る恐る尋ねると機長と副機長が顔を見合わせる。 「いや……まだ見かけてないけど?寝てるんじゃないのかな、まだ。」 「そうですか。」 サリーナは笑顔で返すとソファーに座り一息つく。 「あ、クエイドさん。」 その瞬間、サリーナは心臓が飛び出る程急激に脈を早める。完全に油断している所を不意打ちされた。 「おはよう。」 クエイドはめんどくさそうにそう答えるとサリーナの隣りに座る。 「おはよ。」 「お、おはよう……」 クエイドの言葉にサリーナははにかんで答えた。 「早くここから脱出しないとな……いつトリニティが首都を奪還するために攻めてくるかわからない。」 クエイドはあえて声を押さえてサリーナだけに聞こえるように話した。 大丈夫とは思うが盗聴がしかけられている可能性は否定できない。用心に越したことはない。 それならばこんな部屋で話さなくてもと思うかもしれないが、クーデター軍の支配下にあるこの屋敷ではどこも同じだった。だから、あえてクエイドは人の出入りの激しいこの部屋で話を切り出した。 「……そうだね。」 「俺、今日一日ここを脱出して街に出てみようと思うんだ。情報を集めないといけないから。」 「……そうだね。」 「……サリーナ?」 「ん?」 サリーナが振り向くと怪訝そうな表情のクエイドがそこにいた。 「……お前、具合でも悪いのか?目も何となく腫れぼったいし……。」 クエイドが心配そうな表情でサリーナの額に手を伸ばす。 「だ、大丈夫!」 サリーナはその手から避けるように俯いて答えた。 クエイドはそんなサリーナの様子を訝しがった。どこか笑顔も引きつっていて無理に笑っているように感じる。 (………避けられている?) こういう時のクエイドは鋭い。 過去の経験から人の『負』の感情に対する反応が鋭敏になってしまっているのである。 望む、望まざるに関係なく…… 「ちょっと来い……」 クエイドはサリーナの腕を掴むと無理やり部屋の外へと連れ出す。 「ちょっ!クエイド、痛い!」 サリーナは腕を振り解こうとするがクエイドの腕力には到底かなわなかった。 サリーナを廊下まで連れ出すとクエイドはサリーナの腕を離した。 「……何で俺を避けるんだ?」 クエイドの言葉にサリーナの心が震える…… 「……避けてなんてないよ?」 口元が引きつったように不器用に笑った。心の軋みが表情にも表れ始める。 彼の瞳を見れなかった。彼の瞳が自分の中の汚い心を映し出すようで。 彼の瞳の中に映る私に『私』を見てしまうようで。 「……じゃ、何でそんな笑いかたをするんだ?……心から笑えるようになるんじゃなかったのか?」 クエイドの言葉を聞いた瞬間、目の前に『私』の姿と冷笑を浮かべる夢の中のクエイドが映し出される。どうしようもない残酷な気持ちがサリーナの心を黒く塗りつぶしてゆく。 「……クエイドには関係ないよ。クエイド、私の事、憎いんでしょ?嫌いなんでしょ?」 その言葉を聞いてクエイドは何も言えなかった。 自身が言った言葉だった。その言葉を今はひどく後悔している。 何故俺はあんな事を言ってしまったんだろう…… あの言葉を消し去りたかった。 しかし、一度伝えてしまった言葉はもう戻らない。 クエイドは下を俯いて、サリーナの横を通り過ぎていった。 サリーナの横を通った時、クエイドの呟きがサリーナの耳に入った。 「本当に嫌いだったら、俺はここにいないよ。」 クエイドの言葉にはっとしてサリーナは振り返るがそこにはクエイドはもういなかった。 どうして私達は傷つけあってしまうのだろう? 分かり合えるはずなのに……唯一、お互いを理解し合えるのに…… 私達はこの時、まだもう一人の『自分』達に振り回されて、お互いの気持ちを出せずにいた。 クエイドは耳の奥から聞こえてくる雑音に自分の心が冷め始めてきている事を切実に感じる。しかし、その雑音はクエイドの神経を鋭敏に研ぎ澄ませていく。 迷いや不安、そういったものを心の外へ追いやる……戦闘ではないというのに妙に神経が鋭敏になり心が冷徹になっていく。 また心を閉ざして『モノ』になろうとする『俺』が呟く…… 冷淡な『俺』の声……『あいつ』じゃない、『俺』自身の声…… 『俺』自身の声にクエイドの開きかけていた心の扉が音を立てて閉まり始める。 確かに多くの人を殺し続けてきた。多くの血を流し、多くの血にまみれ、目の前には幾つもの死体が血を流して倒れている。 その絶望の光景の中で『俺』が優しく耳打ちする。 クエイドは瞳を閉じる。『俺』の声がより鮮明に響く…… そして、力一杯左手を横に殴りつける。 痛烈な痛みと共に全ての光景が消える。左手から血が流れていく感覚が走る。しかし、その痛みはクエイドに現実を教えてくれる。 瞳を開けるとそこには現実の光景が広がっていた。 見慣れた廊下……ここは……そう、キルギスタンにある屋敷だ…… 当たり前の現実を一つ一つ確かめていく。 これは『俺』自身が見せる幻にしか過ぎない。こいつは『あいつ』じゃない。 『あいつ』に感じる嫌悪感と憎悪、それらとは比べ物にならなかった。 クエイドは壁にもたれかかると左手を見ながら呟く。 「……サリーナが俺を理解してくれるなんて思ってないさ……」 誰も聞いていない。その事実がクエイドの中に芽生えさせた感情を吐露させていく。 「でも……いいだろ?例え俺が救われなくても、俺は彼女の側にいれば償い方が分かるような気がするんだ。俺は……『心』を取り戻せる気がするんだ。そうすれば……『人』として生きていけると思うんだ。」 クエイドは『笑った』。 冷笑でも、苦笑でも、悲しい微笑みでもない。まだ不器用だけど『自分らしく』笑ってみた。 いつかこの笑顔を人に見せられる日が来るだろうか? サリーナに見せる事が出来るだろうか? その時、彼女は何と言うだろう? どんな表情をするだろう? 『戦場』という極限状況の中で望む、望まざるに関係なく人を殺し続けていた。 その一番の対処法は『モノ』になる事だと信じてきた。 でも……『モノ』になりかけていた俺の前に彼女は現われた。 彼女は、少しずつ俺の中の『モノ』という氷になっていた何かを開放していく。 それは、時に自分を傷つけ、彼女を傷つける。 『あいつ』という恐怖をも心の奥底から引きずり出してくる。 それでも……手に入れたばかりの心のカケラを手放そうとは思えなかった。 そのカケラが……彼女を大切に想うそのカケラが…… 瞳から涙が流れ落ちる。その一滴は廊下に落ちるが、絶え間なくその涙の雫は廊下を濡らしていく。 もう泣かないと決めていたのに…… 枯れ果てたと思っていた涙は絶え間なくサリーナの頬を濡らした。 サリーナはクエイドの独白を聞いていた。 壁を激しく叩く音を聞いてしまって、つい足がそこへ向いた。 初めて、クエイドの心に触れた気がした。 その心に触れて、忘れ去ろうとしていた『想い』がどうしようもないくらいに湧き上がってきた。 救われるなんて思ってない。 クエイドは私に救いを求めていない。 ……違う。『誰にも』救いを求めていない。 自分の犯した罪、人を殺してしまった罪、それを十分過ぎるほど理解している。だからこそ、どんなに辛くてもその償いの仕方を探そうとしている。 『モノ』になる事で『逃げる』のではなく、『人』になる事で『向き合おう』としている。 それに比べて私は? いつも誰かに頼ってしまっていた。 救いを求め続けていた。 義理の母からの虐待の時も、モンスターに襲われた時も、『私』と直面した時も。 父さんに。 母さんに。 友達に。 誰かに。 そして……クエイドに。 一度も自分の力で解決しようとしなかった。 苦しみと悲しみが降り注ぐ『境遇』とそれを救ってくれない『周り』のせいにして、自分では何もしようとしなかった。 そう……私は『私』の言うとおり、クエイドに『癒し』を求めていた…… でも…… サリーナの視線がクエイドを捕らえる。 クエイドは『笑っていた』。冷笑でもないし、苦笑でもない。ぎこちなくて……作ったような笑顔だったけど、とても優しい笑顔だった。 ……今なら分かる。 クエイドの事が好きなのだと。 『私』がどんな言葉を使ってきても言うことが出来る。 綺麗な顔が好き。 儚い、脆く壊れそうな繊細な心が好き。 身振り、手振りが好き。 洗練された、鍛えられた体が好き。 クエイドを構成する全ての要素が大好き。 かっこ良くて、綺麗だから好きなんじゃない。 壊れそうで、儚くて、守ってあげたくなるから好きなんじゃない。 人を殺してしまって、クエイド自身が忌み嫌う、血塗られた手も…… 時々、酷く怖い顔になるクエイドの表情も…… クエイド自身が忌み嫌うクエイドの一つ一つの要素が彼を形作っていると思うと、全てを受け入れる事が出来る。 人に頼ってばかりだったけど、そんな私でもクエイドを支える事が出来ると信じたい。 こんなに弱くて、力がなくて、何の力にもなれないかもしれない私だけど、クエイドの手を取って支えあうことがきっと出来る。 私は始めて『恋』をしたんだと思う…… まだ、それを伝えられる程強くないけど……でも、私が今よりも強くなったとき、その想いを伝えよう。クエイドがその想いを受け止めてくれるくらいに。 クエイドは自室に戻ると昨夜遅くまでかかって書き上げたこの屋敷の見取り図を広げる。 昼間や、夜遅くに兵士の目を盗んで書き上げたものだ。時間がなかっただけに十分とは言えなかったが、それでも現状で可能な限り精密に書き込んだ。 (……何とかなるだろう。) クエイドはそれを折りたたんでズボンのポケットに入れる。 装備と呼べるものは皆無だ。頼れるのは魔法と己の戦闘術のみである。 しかも、ただ単に脱出するのではない。 最終的にはサリーナ達を救出に来なければならない。 望むなら、自分が脱出した事も分からず再び戻ってきたい。 (……そのためにはサリーナの強力が必要だな。) どう考えてもここにいるメンバーの中で一番信頼出来るのはサリーナだ。 彼女の強力がなければどうしようもない。 何度考えても最終的にはそこにいきついてしまう。 クエイドはため息を一つつく。 最近、妙にため息が多いと内心苦笑をこぼす。 サリーナとの関係が悪化したのはあまりにも痛かった。 兵士に気付かれないように行動を実行するにはサリーナとの密な連携が必須になってくる。 今の状況でそれを望むのは難しかった。 それでも、手はそれ以外にない。 クエイドは意を決するとサリーナを探しに部屋を出た。 クエイドは廊下を歩きながら何とサリーナに声をかけようか考えに考えていた。 しかし、どんなに考えてもこれという結論にたどり着かない。 こういう時、自分の人生経験のなさが恨めしく思えてくる。 必然的に歩みも遅くなってしまう。しかし、決められた道で大抵の場所に兵士が配置されているので時間はそうはかからない。 まさにクエイドにはあっという間という感じで客室の扉の前に着いてしまう。 どんな言葉をかければいいかも分からず、クエイドが戸惑っているとクエイドの肩を叩く手がある。 「こんな所で何してるの?早く中に入れば?」 あまりに聞きなれていた声で、あまりにいつもと同じだったのでクエイドは瞬時に振り向いてしまった。 サリーナがいつものように笑っている。 本当に花を振り撒くように笑っている、いつものサリーナだ。 「……サリーナ?」 「ん?」 サリーナの様子を伺うように表情の一つ一つを見るが、どこにもさっきまでの自分に対しての『拒否』を見て取ることが出来なかった。 「どうしたの、クエイド?」 サリーナは本当に不思議そうにクエイドの顔を覗き込んでいる。 「……なんでもない。ちょっとサリーナに頼みたいことがあったんだ。」 サリーナがいつもの調子に戻ったのならそれに越した事はなかった。いらない詮索をしない方がいいとクエイドは思って用件を伝える事にする。 「何?さっき言ってたここから脱出するって話?」 サリーナがあまりにも無用心に核心に触れるのでクエイドは慌てて周りを見回した。幸いにも回りに兵士の姿はなくこの話が聞かれるという心配はないようだった。 「……サリーナ、そういう話は中に入ってからにしよう。」 「……ごめん。」 サリーナは舌を少し出してはにかむ。 そんな様子を見ているとクエイドはさっきまで悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。 こんな時、自分の感情を素直に表せない自分を恨めしく思う。 (……でも……) クエイドは無理にでも笑ってみせる。 それは本当に作ったようなぎこちない微笑みだったけど、サリーナも笑ってくれた。 なんだか……たったそれだけの事なのに心が軽くなる。救われる。癒される。 彼女から大切な事をひとつずつ教わっていく…… それを忘れないように心に深く刻み込む。 刻み込まれた想いは新しい心のカケラを作り出し、また新しいカケラを生んでいく。 その過程がクエイドにはかけがえのない大切な事のように思えてならなかった。 クエイドとサリーナは客間に入ると定位置になっているソファーに腰をかけた。 「俺はこれからここを脱出する。それで……サリーナに協力して欲しいんだ。」 「何?私は何をすればいいの?」 サリーナの瞳が子供のように輝く。事の重大性よりも興味心が勝った。まるで、イタズラをする子供のように心がわくわくと躍るようだった。 「俺はこれから病気で倒れる。多分、個室に移されると思うから、サリーナは俺の看病をしているフリをして欲しいんだ。その方が兵士の目を欺ける。」 「それは良いけど……クエイドはどうやって脱出するの?」 「大丈夫。何とかなると思うから……とにかく、出来る限り時間を稼いでくれ。必ず、迎えに来るから。」 クエイドの言葉にサリーナは頷く。何よりもクエイドを助ける事が出来るのが嬉しかった。『強く』なるための……クエイドに頼られるための第一歩のような気がした。 2人は顔を見合わせると早速、『芝居』に取り掛かった。 『芝居』はクエイド達の思惑通りに進んだ。突然倒れこむようにもたれかかるクエイド。それを心配するサリーナ。2人の様子をおかしく思った機長と副機長が兵士達を呼んでくる。兵士達はクエイドを個室へと運ぶ。それを心配するサリーナの姿。サリーナは心配してクエイドの側に付き添う。兵士達が部屋を出て行く。 兵士達がいなくなったのをクエイドは感じ取って瞳を開ける。 目の前に今にも噴出しそうにクスクス笑っているサリーナの顔が映る。 その顔を見た途端クエイドも笑い出しそうになった。それを堪えるので必死だった。 クエイドは起き上がるとサリーナの肩をポンと叩く。 「後は頼むな。」 「うん。分かってる。」 サリーナは微笑んで答える。クエイドは自身に満ちた笑みを浮かべると扉に近寄る。扉の外には人の気配が一つ感じられる。 クエイドは『構成』を編み上げるとそれを詠唱にのせ、現実世界に変換させる。 「『睡眠呪』。」 開放された魔法は扉越しにも影響を及ぼし、椅子に座っていた兵士を甘い夢へと誘う。 クエイドはそっと扉を開けると寝息を立てて眠っている兵士が見える。クエイドは再び、扉を閉ざして再び構成を編み上げる。『詠唱』は声にのって空気に『構成』を広がらせる。 「『幻夢装』。」 クエイドが魔法を開放させると、淡い光がクエイドを包み込み、一瞬でクエイドの服装が兵士のものになる。 「……すごい。」 サリーナが感嘆の声を挙げる。それほどまでに完成された見事な魔法だった。一つの欠落もない『構成』。それを現実に変換する完璧な『詠唱』だった。 攻撃用の魔法よりもこういった魔法の方が成功させるのが困難だった。 イメージを正確に掴むのが難しく、それに少しでも『構成』に欠落があるだけでも役に立たないからだった。 「……そういう風に見えるだけだよ。実際は今まで着ていた服だ。……じゃ、行ってくる。」 クエイドは敬礼のようなしぐさをすると扉を開ける。 「行ってらっしゃい。」 サリーナの声を背後で聞きながら、クエイドは廊下に出る。 扉の前にいる兵士はすやすやと気持ちよさそうに寝ている。クエイドはそれを確認すると廊下を歩き出す。 見取り図は一応頭の中に全て入っているが万が一を考えて所持している。 数度、兵士が横を通るが何の問題もなく過ぎ去っていく。 そのまま何の問題もなく、外に出ることが出来た。 クエイドは屋敷から少し遠ざかると魔法を解く。 服装は兵士のものから、自分の着ていた私服へと変化する。 クエイドはギルド・キルギスタン支部を目指して歩く。 所々に兵士や、戦車、装甲車、ARMSが駐留している。どう見ても旧式の仕様でとても最新の装備をそろえているトリニティ平和維持軍の部隊には敵いそうに思えなかった。 『革命』……そう唱えている者達の影で血を流すのは一番力のない人達だ。 その人達は『革命』を望んでいるのか? クエイドは不条理な現実にかぶりを振る。 ……よそう、こんな事を考えるのは。所詮、俺は『異邦人』に過ぎない。ここに暮らす人々の本当の苦しみ、本当の痛みなんてこれっぽっちも分かりはしない。 俺にこの『革命』を止める事が出来るって言うのか? 俺にトリニティの侵攻を食い止める事が出来るって言うのか? 俺は……自分の周りにいる人間くらいしか守れないんだ。 その難しさをクエイドは知っている。 極限状況下でそれを行うには『力』がいる。そして、それを実行出来る『意思』の強さも。 クエイドの力でも自分の周り、最低限の人しか守れない。 その対象は……サリーナだ。 クエイドは自分の手を見る。 血に汚れた……人を殺し続けてきた自分の手。 俺が守らなければならなかったのは最終的には『俺自身』だけだった。 でも……今の俺はきっと自分よりも彼女を守るだろう。 人を殺し続けてきた自分の血塗られた腕も、彼女のためと考えると少しだけ救われる。 罪への痛みは消えたりはしない。だけど、『前』を向くことが出来る。 クエイドの足取りが止まる。周りを探してみるが『あいつ』の姿は見えない。 (……どこだ?) 焦りが心の中に湧き上がる。姿は見えないのに、『あいつ』の声は嫌でも心の奥底まで響く。 「俺は自分のしてきた事をサリーナのせいになんてしていない!」 クエイドは叫ぶ。どこかで見ている『あいつ』に向けて精一杯の声を張り上げた。 あいつの言葉はクエイドの心を大きく揺るがす。 クエイドの頬に雫が垂れる。 クエイドはそれを掌で拭うとそれを凝視する。 ……血だ。 クエイドは上を仰ぐと空から血と共に人が落ちてくる。 その死体はクエイドの目の前に落ちると血を辺りにぶちまける。 血しぶきはクエイドを血で汚す……手に、服に、頬に、……前身に血を浴びてクエイドは立ち尽くしてその『死体』を凝視していた。 頭の中の何かが狂いそうだった。 血を被ったことに戸惑っているんじゃない。 目の前の光景を脳が拒否をする。信じるんじゃない。見るんじゃない。脳は俺にそう命令している。しかし、瞳はその『死体』をはずそうとしない。 その『死体』は……サリーナだった。 コンクリートに体を叩きつけ、骨はばらばらだろう。路上を血の海で満たし、サリーナの碧の瞳が血で濡れる…… 足や、手はあり得ない方向に折れ曲がっている。唇は紫色になり、鮮やかな血を流している。胸には刺されたような傷があり、絶え間なく傷から血が溢れ出している。 空から……笑い声が聞こえた。冷笑……嘲笑う声…… 俺は無意識に空を見上げる。蒼い何の感情も含まないガラス玉のような瞳が『あいつ』を捉える。 灰色のビル群……そして、灰色の空…… そのビルの屋上に『あいつ』は笑いながら立っていた。手にはサリーナの血で汚れた短剣。ギルドの戦闘服にも、サリーナの血が至る所に付着していた。 『あいつ』はビルの上から飛び降りると音も立てずにクエイドの目の前に着地する。 『あいつ』の言葉が俺の中の大切なものを粉々にしていく。目の前の信じられない光景が自分の想いを血で塗りつぶしていく。 オレを見ろ 彼女の血をまとったオレを どうだ?彼女の『全て』を自分の物にする感想は? 『あいつ』は微笑を浮かべながら自らの服に模様のようについている血を愛しそうに優しく撫でる。そして、手に着いた血を冷笑と共に舐める。 クエイドも嫌でも自分についたサリーナの血を意識する。 『あいつ』は俺の近くによると耳打ちして優しく呟く。何度も俺にそうしているように。俺の心は大きく揺れる。 ふいに俺の肩に手が触れる。 俺は自分を取り戻したように後ろを振り返る。 一人のみすぼらしい格好の中年の男性が心配そうに声をかける。 「大丈夫か?酷く顔色が悪いぞ。こんな状況だけど生きる事をあきらめちゃだめだぞ。あんたはまだ若いんだから。」 男の言葉はそんな感じだっただろうか…… クエイドは再び、前を向くとそこにサリーナの死体などどこにもなかった。 自らの服を何度も見てみるがどこにも血のりはついていない。 人々が虚ろな表情と重い足取りで歩いている…… 兵士達が談笑し、装甲車や、戦車、ARMSが我が物顔で鎮座している。 そう……今のキルギスタンの姿だ。 「……俺、どうしてた?」 消え入りそうな小さな声しか出なかった。 男はうめく様に低いしわがれた声で答える。 「ああ……突然、膝をついて倒れたんだよ。病気か、あんた?」 それを聞けば十分だった。 あの『光景』は『現実』じゃない。『あいつ』が見せた『幻影』だ。 クエイドは自分が膝をついていることに気付くと、立ち上がりよろよろとした足取りで歩き出した。止める男の声を意思の端で聞きながら俺は歩き続けた。 どうしようもない程吐き気が込み上げてくる。 たまらず道の端によると胃の中の内容物を全て吐き出してしまう。けだるい体を支える事が出来ず壁にもたれ掛かる。 今も鮮明に思い出す事が出来る。 青白い、血で染め上げられた、変わり果てたサリーナの姿と、冷笑を浮かべるサリーナの血で塗れた『あいつ』の姿を…… まるで、『俺』がサリーナを殺したように手に人を殺した感触が蘇る。 堪らなく彼女に会いたかった。 彼女の微笑が見たかった。 彼女の声が聞きたかった。 彼女を抱きしめたかった。 そうしないと、この『現実』さえも『あいつ』の作り出した『幻』のような気がしてならなかった。自分が怖くて、信じられなくて、どうしようもない焦燥感にかられる。 何が『試練』だ? こんなのは『試練』なんかじゃない。ただの『生き地獄』だ。 『愛』が何かだと? そんな事、俺に分かるはずがないじゃないか…… だけど……『殺す』事が『愛』だとは信じたくはなかった。 『あいつ』がどんな『答え』を望んでいようがそれだけは嫌だった。 クエイドは『決意』と共に立ち上がる。よろよろした足取りだが自分の足で立ち上がる。 俺は……二度と人を殺さない。 誰も殺さなければ、『サリーナも殺さない』。 そうすれば『俺』は『あいつ』にはならない。 あの『光景』が『現実』に起きないように。 俺は……もう、『誰も』殺さない。 そして、俺がサリーナを守ってみせる…… 彼女に危険を及ぼす全ての存在から……そして……『あいつ』から。 クエイドは砂塵の舞う、首都ギロックを重い足取りで歩き始める。 この『誓い』以後、クエイドは人を殺さなくなる。 そして、この『誓い』を破る時、『物語』は大きく動き出す。 一機のステルス型飛空艇が砂漠に着陸する。 中から現われたのはガーランドとラズウェル。 「ここでお前の興味のあるARMSの実戦テストが行われる。」 ガーランドは頭を押さえ、俯く。 「……どうした?」 「……『星』の『悲鳴』が聞こえるんですよ。この砂漠は自然が作り出したものじゃない。貴方たち人間が作り出したものですから。」 確かにこの砂漠は人の作り出したものと言えた。 ロンダルギア南部に広がる砂漠は惑星規模の温暖化により砂漠の広域化が深刻だった。南部を占めていた砂漠は徐々に広がり、無理な伐採により森林を失ったキルギスタンをも飲み込むほど拡大していた。 ガーランドの言葉にラズウェルは笑い出す。 「まるで、お前は人間じゃないようなセリフだな。」 「俺は『魔王』ですよ。」 ラズウェルの言葉にガーランドは優しく微笑む。 ラズウェルは笑いを零すと手で砂を掴む。それが手から零れ落ちると風にのって流れていく。 「……今回の事に我々『ニルヴァーナ機関』は表立って協力出来ない。お前をここまで運ぶだけだ。あのARMSへの興味は尽きないが、陸軍情報部、国家公安調査庁、CITが動いている中では表立って行動できない。」 「それで構いません。あのARMSをこの目でみたいだけですから。『N&BD』……本当に『NOVA』を積んでいるとしてもそれを『利用』出来るとは限りません。この目で見極めないと。」 ガーランドは微笑むと黒いコートを翻して砂漠を歩き始める。 彼の足跡は砂漠を吹く風が最初から何もなかったかのように掻き消していく。 クエイドはギルド・キルギスタン支部へ入ると武器庫へと歩いていた。 やはり想像通りキルギスタン支部はその機能を停止していた。おそらく国外退去しているのだろう。ギルド情報部の情報収集能力はかなりレベルが高い。しかも、戦闘など危険業務に就いているだけに危機管理意識も徹底している。おそらく、職員に危険が及ぶ以前に国外に脱出した事だろう。もちろん現地で職務につく職員は家族等がいるから国外に退去していない可能性も否定出来ないが…… 倉庫の前に行くと扉ごと鍵が破壊されていた。 クーデター下で危機的状況に陥った人々は自衛の手段を求める。そこで目を付けたのがギルドだ。無人のギルド・キルギスタン支部に入り、武器を入手しようとしたのだ。 カードキーでロックしてあるが、おそらく爆発物か何かで扉ごと破ったのだろう。中を調べてみるが大概の武器は残っていなかった。 (……駄目か。) クエイドは諦めて今度はギルドの戦闘服を探す。 格闘術、接近戦闘術を得意とするクエイドには銃器は大して必要ではなかった。それよりも戦闘服などのサバイバル道具のほうが重要だった。 クエイドは中から自分のサイズに合うギルドの都市戦用戦闘服を見つけると早速着替え始める。 都市戦用戦闘服は白、茶、黒を基調とした都市迷彩色のハイネックのアンダーシャツに茶色のベストという仕様だった。内容は他の戦闘服と変わらずアンダーシャツには対刃処理、ベストには防弾・対衝撃処理が施されている。そして、ギルドの黒いコートを見つけるとそれを戦闘服の上に羽織る。このコートはギルドの戦闘服、短剣、銃器といった装備を人目から隠すためのものである。しかし、コートの内側にはナイフを装備させるための処置や、アンダーシャツと同じような対刃処置も施されている。あとブーツもギルドの戦闘用ブーツに履き替え2,3本の携帯用ナイフや、その他の必要だろう道具を更衣室で見つけてきた鞄の中に入れる。 (……こんなものだろう。) クエイドはそう考えると鞄を担いで武器庫を後にした。 「あとは情報収集だけだな。」 クエイドは一人ごちると無人のギルド・キルギスタン支部を後にする。 クエイドには最初から情報収集のあてがあった。 ギルド情報部…… 大国の諜報機関並の情報収集能力はギルドに勤める職員だけの力によるものではない。 『IIA』・『国家公安調査庁』と同様、ギルド情報部にも『カード』と呼ばれる非正規職員とも呼べる情報提供者が各地に配置されている。 各地を任務で赴いていたクエイドも何人もの『カード』と知り合う事になった。 キルギスタンにも数度赴いた事があり、そこに今、知り合いの『カード』がいた。 裏道に入り、迷路のような雑踏の中を進んでいく。そして、一軒の酒場の前でクエイドは立ち止まった。 『キングスナイト』 そう書いてある酒場の扉を開けると薄暗い店内の中で掃除をしている中年の男性がいた。 「……酒場は夜になってからだぞ。最も、こんな状況なら酒も飲みたくなるがな。」 男はクエイドの顔も見ずにぶっきらぼうに答えた。 「……俺が欲しいのは酒じゃない。『情報』だ、『K』・カーター。」 クエイドの言葉に驚くように振り返る。 「……クエイド?……お前、クエイドか?!」 「俺の顔を忘れたのか?おっさん。」 クエイドはサリーナ以外の人では珍しく温和な表情をする。 「はは!久しぶりだな、オイ!1年ぶりくらいか?」 カーターはクエイドの肩を思い切り叩くと豪快に笑った。 クエイドも痛みで顔をしかめながら、苦笑いを浮かべる。 「……そうか。このクーデターに巻き込まれるとはお前ついてねぇな。」 クエイドとカーターはカウンター席に座りながら、話をつまみに酒を飲み交わしていた。 「……おっさん。詳しい情報が知りたいんだ。あんたの情報網ならつかんでいるんだろ?トリニティの首都奪還作戦について。」 「……相変わらずカンの鋭い奴だ。」 カーターは苦笑しながら酒を飲む。そして、途端にその瞳の輝きは温和なものから鋭い獣のようなものになる。 「……本当だったらもう始まってんだよ。今日の明朝にはトリニティの首都奪還作戦『デザートストーム』は開始する予定だった。だが、クーデター軍の奇襲で戦車部隊を中心に展開が遅れたんだ。……だが、大規模な部隊だ。そんなもん、多少の時間稼ぎくらいにしかならん。……おそらく、今日の深夜、もしくは明日の明朝にはガレリオン洋に展開する第3艦隊と国境付近に展開している第2、第3空中艦隊からSLCMによる第一波が来るだろうよ。」 個人でここまでの情報を掴んでいる者はそうはいないだろう。 クエイドは心の内ではこの男の情報収集能力の高さに舌を巻いた。 「……じゃ、明日には首都は廃墟って事か……。」 「……おそらくな。だがな、事はそう簡単にはいかないかも知れんぞ。」 「……どういうことだ?」 カーターはしばし沈黙を守り、酒を飲む。クエイドは催促する事無くカーターの言葉を待った。彼がこういう態度を取るときは重大な事を伝えようとしている時だという事をクエイドは知っている。 「……クーデター軍に最新鋭の兵器を渡している奴がいるようだ。おそらくトリニティのお偉方もそれを感じ始めてるんじゃないか?……何か、きな臭いものを感じるんだよ。この国そのものからな。」 「……帝国……か?」 クエイドは一番妥当と思える答えをカーターに提示した。しかし、カーターはその答えに対して唸りながら悩む。 「……確かに帝国と考えれば妥当だがな。先日のレ軍の侵攻には間違いなく帝国が絡んでいた。しかし、今回は話が別だ。クーデター軍と帝国との裏が取れねぇんだよ。」 やはり……クエイドは思いがけず飛び出したレ軍侵攻の裏の真実を確かめる事が出来た。しかし、今の問題はキルギスタンだ。クエイドはレ軍侵攻の事はひとまず思考のすみへと追いやる。 「……ありがとう、助かった。俺は首都を脱出する。ひとまず連邦に戻ると思うから気が向いたら来てくれよ。」 「ああ。俺もすぐに首都を脱出するさ。何なら一緒に行くか?」 カーターの誘いはありがたかったがクエイドは首を振る。 「悪いけど、連れがいるんだ。そいつと一緒に行かないと……」 クエイドは立ち上がると扉の方へと歩いていく。 「……変わったな、お前。いや、戻った……と言った方が適切かな?おやっさんが亡くなってからのお前はまるで……」 「……『人形』か?」 クエイドは振り返って自嘲ぎみに微笑む。 「ま、無理もないがな。おやっさんの事と言い、『ソフィア』……いや、『アザゼル』の事もあったからな。」 クエイドはそれには何も答えずに扉の前に進む。 そして、振り向きもせずに手を振ると扉を開けて外に出た。 もう外は夕暮れ時だった。 灰色のビル群を紅に染め上げる西日…… (もうこんな時間か……) クエイドは舌打ちする。 もう時間はあまり残されていなかった。 クエイドはサリーナの待つ屋敷に向かって駆け出した。 サリーナはクエイドのいないベッドの前で椅子に腰掛けて物思いにふけっていた。 兵士が何度かドアから様子を垣間見ていたのに気付いていたが、何とか誤魔化すことが出来ているようだ。 サリーナは窓から紅の街を眺める。 (……クエイド、今ごろどうしているかな。) 考えることと言えばクエイドの事がほとんどだった。 彼の強さは知っている。自分が心配する事など一つもないことも分かっていたが、それでも彼の事が気になって仕方がなかった。 急に恥ずかしくなって、はにかむように笑う。 クエイドへの想いを再認識すると途端に彼の事を思い出す。 知り合ってからずっと一緒で…… 知り合った頃は彼の事をこんなに好きになるなんて思いもしなかった。 どうしようもないほどクエイドへの想いにかられてしまう。 ほんの少しの間しか一緒にいないのに。 こんなに人の事を好きになるなんて想像もしていなかった。 サリーナは『私』の声に思わず、振り向く。 そこには一人佇む『私』の姿があった。 でも……その姿はいつもと少し違い、どこか……淋しそうだった。 その事実に私は一瞬戸惑った。 いつものように『私』の言葉が私の心を揺るがす ……でも。 「クエイドは……私を『幸せ』にしてくれてるよ?私に色んな事を教えてくれてる。」 そう……クエイドは大事な事をいつも私に伝えてくれる。 言葉少なだけど……その少ない言葉の中から大切な事をサリーナは教わっている。救われている。癒されている。 「あなたが言うように私はクエイドに『癒し』を求めてた。心のどこかでクエイドに『救い』を求めてた……だけど、それだけじゃダメだよね?」 私は微かに微笑んで呟く。 自分の気持ちを一つずつ自分でも確かめるように『私』に告げていく。 「……未来?」 『私』の言葉は本当に悲しそうだった。 いつもと全く印象の違う『私』の姿にそれが『私』であるという事すら私は疑った。 「彼……?クエイドの事を言っているの?」 『私』の頬を一筋の涙が流れる。 その涙を見て、私は『私』の想いについて考えてしまう。 『私』も……クエイドの事が好きなのではないか? でも、だとしたら何故クエイドを敵視するような事を言うのだろう? しかしそれよりも今はクエイドが星を滅ぼす鍵という言葉が気になった。 「どうして?どうして、クエイドが星を滅ぼす鍵なの?」 『私』は何も言わずにただただ止め処なく涙を溢れさせていた。 その瞳はサリーナを向けられているようで、遥か彼方……そう、まるで『未来』を見ているようだった。 そして、その姿はゆっくりと透けていった。 「待って!!どうしてクエイドが星を滅ぼす鍵なの?!どうやったらクエイドを救えるの!?」 私の言葉に答えずに『私』は私に訴えるように呟く。 消え入りそうで、酷く悲しくて、『絶望』を含んでいる それだけ伝えると『私』は消えた…… 『私』が私に何を伝えたかったのか…… どうしてクエイドに私を幸せに出来ないと『私』は言ったのか…… 何故、クエイドが星を滅ぼす鍵をにぎっているのか…… 何一つ分からなかった。 ただ……『怖かった』。 私の『想い』……? クエイドを好きになってはいけないの? 私が彼を好きになると……どうなるの? でも、怖いけどそれよりも遥かに怖かったのが自分の想いを消す事のほうだった。 未来がもう決まっているなんて、サリーナには信じることが出来なかった。 でも……彼女の言葉で一つだけ気になる事があった。それだけが……サリーナを酷く不安にさせた。 サリーナとクエイドが一緒に生きること…… 2人が出会い、そして、互いに惹かれ合う事…… その事こそが『星』の『終末』への『引き金』となっている事を2人は知る由もなかった。 そして、その『引き金』を引く時……2人は…… 夜のとばりが落ち、砂漠の街は闇に支配される。 そして、それを待っていたかのように破壊の魔手は首都を襲う。 夜を切り裂き、光弾が街を襲う。 爆炎と轟音が巻き上がり、夜の街を炎で照らし出す。 22:00 トリニティ平和維持軍による首都奪還作戦『デザートストーム』が開始される。 (Continue) ちょこっと秘話============================================================= |