はじまりは唐突に


東京郊外
アストラル道場内

「新人女子レスラー求む!!
 格闘技経験不問・やる気のある方ならどなたでも結構。

 アストラル女子プロレス 住所○○〜        」

 「のってるじゃん、のってるじゃん」
 駅の売店で買ってきたスポーツ新聞の一角を見つめながら、新羅ひなのは嬉しそうにその顔へにっこりと笑みを浮かべていたの。

 社長が失踪してから1ヶ月

 それでも、一日も欠かすことなくトレーニングを続けていたひなのは、ここにきて、ついに選手募集の広告をうったのであった。

 もっとも、このこと自体、彼女自身が思いついた事ではなく、たまたまバイト先の土木作業場で一緒になっていたおじさんがプロレス好きだったこともあって、「それなら選手を募集して早く試合できるようにしなきゃならんだろう」の言葉をそのまま行動に移しただけの事なのではあったが・・・。

 「さあ、これで何人来てくれるのかなあ、楽しみじゃん。」
 にぱっと笑みを浮かべたままに、ひなのは先ほどまで取り組んでいたウエートトレの機材の方へと向かって歩を進めていった。

 もっとも、そこには、むき出し状態のブロックが10個ほど、無造作に置かれていただけである。

 そのひとつをむんずと掴みあげると
 「ほうっ!!」
 気合いとともに、ひなのは一気にそのブロックを頭上高くに持ち上げていく。
 「さ、頑張るぞお!!」
 それを交互に、何度も何度も繰り返し持ち上げていたのだった。


東京郊外
さるマンション内の1室


 「アストラル?」
 口に目一杯カレーを頬張ったまま、むぐむぐと口を動かしながら土端みかるはこくんと頷きながら、卓上に置かれているスポーツ新聞の一部を指さしていった。
 「・・・本当だ・・・」
 その先を目で追いながら、早見洋子はフウンといった風に声をあげながら、右手のグラスの水を口に含んでいく。
 「住所からいって、ここの近所みたいだけど、道場なんてあったっけか?」
 怪訝そうな声をあげる洋子に対し、みかるは、口の中のカレーをごくんと飲み込むと、
 「ん〜ん、知んないよ。ちょうど朝のジョギングコースの途中みたいだけど、その辺って小汚い倉庫くらいしかないは ずやん」
  
 ・・・ま、それもそうだよな・・・

 みかるの言葉に小さく頷くと、洋子は再度その視線を新聞へと戻していく。

 ・・・こんなとこに、求人載せるような団体じゃあなあ・・・

 その洋子の視線の先。
 そこには、アストラルの求人と並んで「ホステス募集」「お金貸します」「パチンコ店員募集・住み込み可」などの広告が所狭しと乱立していたのであった。



大阪近郊
とある街金融の事務所

 「父ちゃん、これどないなってん?」
 美鶴姫七美は手に持っていたスポーツ新聞を卓上に叩きつけると、眼前の机にどっかと腰掛けている実の父であり この街金融の社長・美鶴姫権三を睨み付けていった。
 その、あまりの剣幕に、この場に居合わせた他の社員たちは一様に震え上がり、完全にその場に直立してしまう。
 「この住所っていゆうたら、うちの事務所が金踏み倒されてる男のとこやないの?どうしてそこがプロレスの求人なん ぞうてるん、なあ?」
 そのあまりの剣幕に対し、街で幾多の修羅場をくぐってきているさすがの権三も、若干後方に引き気味になってしまっていく。
 「こ、ここはな。うまいこと土地登記を移転されてもうてたんや。せやから、ここの社長気取りやったボンをさがさなどうにもならんのんやがな」
 まあまあと言った風に七美の両肩を叩いていく権三。
 しかし、七美はその権三を冷ややかな視線で見下していく。
 「相手が世間知らずのボンやからゆうて、手抜いてた罰やん。」
 ぐっさああああああ
 「とにかく、ここが、こないな広告うったっちゅうことは、ここにあのボンが帰ってくるやもしれへんゆうことやん。」
 言うが早いか、七美は、先ほどの言葉にショックを受け、完全に固まってしまっている権三の胸ポケットから札の束を引っこ抜くと、そのまま、すたすたと事務所の出入り口へと向かって歩を進めていく。
 「しばらく、張り込むさかいに、あと、あんじょうきばってや。」
 そう、後ろも振り返らずに言い放つと、七美は夜の街へと消えていったのだった。

 「・・・お、親父さん・・・」
 椅子に腰掛けたままの姿勢で固まってしまっている権三に、事務所に居合わせた若い衆の一人が声をかけていく。
 しかし、権三は微動だにせぬまま、その場に固まっていたのだった。

 妻に先立たれて早10年。
 最近ではその忘れ形見である七美がやたらこの事務所を切り盛りしているという実感があったのは事実であった。

 ・・・しかし・・・

 ・・・ここまで言われて、ひとつも言い返せんとは、のお・・・

美鶴姫権三 58才 生まれて初めての完全なる敗北を感じた瞬間であった。