夢No.20

フレイム&レイン


   しとしとと雨が降っている。
  寒い秋の日。
  僕は学校帰りだけれど、傘がない。
  傘がないなら仕方ない、濡れて帰ろう。
  雨やどりするでもなく、駆け足になるでもなく、
  僕はただ、雨の中を普通に歩いて帰る。

  信号待ちをしていると、右の頬に熱を感じる。
  首を回して右を見ると、そこには人型をした炎がいる。
  それとも、これは、炎型をした人だろうか?
  ともかく、そこには燃えて揺らめく炎が立っていた。

  傘をさしていたその焔が、僕の方にそれを差し伸べている。
  僕に傘を貸してくれようとしているらしい。
  でも、その傘を僕に貸してしまったら、キミが雨に濡れてしまうよ。

  無言で傘を差し伸べ続ける焔。

  傘からはみ出した部分に当たる雨が、シュン、シュゥンッ、と蒸発する音が、
  雨音と交じってシンフォニーを奏でる。
  それを聞きながら僕は、焔がさっきより弱まっているような気がしている。

  怖くなった僕は、信号が変わると共に、後ろを振り返らず、逃げ出す。



   あるトラウマの記録。

   詳しくは良く覚えていないが、僕が中学生の時だ。
   近所のおばさんが、ガソリンをかぶって焼身自殺した。

   その前日は雨の日で、学校帰りの僕は、傘を持っていなかった。
   止むまで待つのも嫌だし、今更走って帰るのもなんだし、
   僕は雨に打たれながら、それでも前を向いて、
   ゆっくりと歩いて家路についていた。
   雨なんかでは俯かない。風邪ひく時はツイていないだけさ。

   信号待ちをしていた僕。
   と、そこへ差し伸べられる傘。
   「濡れちゃうと風邪ひくわよ」
   という声と笑顔。
   いつもは挨拶程度しかしない近所のおばさん。
   明るくて、いつも僕の顔をみかけると挨拶してくる人だ。
   コンニチワ
   コンニチハ
   本当はしたくもない挨拶。お定まりの社交辞令。

   ヤメテクレ
   心の中で思う。
   僕は雨の中で傘を差し伸べられている、哀れな濡れた子供。
   惨めさと気恥ずかしさで頭が混乱する。
   ヤメテクレ、ボクハヌレタクテヌレテイルンダ、カサナンテイラナイ。
   信号が変わると共に、逃げるように駆け出す。後ろは振り返らない。


   数日後、訃報を知る。
   その時に思ったのは、それが一部自分の所為じゃないのか、ということだ。

   報われない想い、受け入れられない気持ち、拒絶される恐怖。
   それらは僕がもっとも恐れるもの。
   だが、いくら僕でも、自分が傘から逃げたことが、
   おばさんの死の原因だと思うほど馬鹿じゃあない。
   そう、おばさんの自殺にも、原因は色々あったろう。噂も色々流れた。
   しかし、僕が拒絶した「小さな親切」というものが、
   直接の原因ではなくとも、そのダメ押しだったとしたら?

   それが受け入れられていたら、或いは結末は変わっていたかもしれない。
   あの時、僕が素直に傘に入れて貰い、二言三言、言葉を交わしていれば・・・
   素直にその親切を受け入れることができ、
   「ありがとう」とただ一言、それが言えていれば・・・
   もしかして、幾分かはそのおばさんの心の重みも・・・
   ほんの少し、それは全体の何百分の1、何千分の1だけかもしれないけれど、
   その心の重荷を軽くしてあげられたのではないだろうか?

   しかし、実際には、
   思い詰めて、張り詰めた、行き場のない心から出た、
   ちょっとした優しささえ、僕は踏みにじった。
   ささいな自分のプライドを守る為に。

   そう、僕は自分が最も嫌う拒絶を、他人には平気で行うような人間だ。

   そしてそのことを、この夢を見るまで忘れていた。


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