夢No.28
絶対安全剃刀
薄暗い部屋。片隅にほのかな明かり。
光源はつけっぱなしのTV画面。
流れているのは、TVショッピング風の深夜番組。
妙に爽やかな、明らかにそれとわかる作り笑いの女性が、
にっこり笑いながら、通りの良い声でハキハキと喋る。
「さて、本日のご紹介は・・・これ!」
モニターは司会の女性が指す方向を映し出す。
テーブル上には、なにやら細長いものが数本置いてある。
・・・プラスティックの長い柄の先には金属の銀色の刃の輝き。
どうやらそれは剃刀らしいことがわかる。
柄は数種類の色違いで、カラフルにディスプレイされている。
「実はこれ、ただの剃刀じゃあないんです!」
どこからか現れた男性司会者が、声を張って喋り出す。
「これがその今日ご紹介する画期的な新商品、
その名も『絶対安全剃刀』
わたくし、自信を持って皆様にお薦めいたします」
「絶対安全カミソリですか?
普通のカミソリとどう違うんでしょう?」
女性司会者は、その剃刀をひとつ手に取ると、
それを目の高さに掲げて、表に裏に返しつつ、大げさに首をかしげる。
「実はこの剃刀、絶対に切れないんです!」
自信ありげに言い放つ男性司会者。
え〜っ!?
画面には映っていない観覧客らしき集団のわざとらしい感嘆の声。
「ええ〜っ!? 切れないカミソリ?
カミソリなのに、切れないんですか!?」
目をくりくりと丸くして、驚きを強調する女性司会者の問い。
すかさず男性司会者が答える。
「そうなんです。だから、絶対安全剃刀なんです!
ほら、ここに紙がありますね。試しにこれを切ってみて下さい」
さっそくその剃刀を手にとって、テーブルの上の紙を切ろうとする女性、
しかしいくら剃刀を強くあてて引いても、テーブルの上の紙は切れない。
「まぁ、ホントに切れません。
こんっなに強く刃を当ててるのに(実践している様子が映る)
すっと引いても、ホラ、紙は全然切れていないんです!」
と、画面に向かって、紙をひらひらとかざしてみせる。
うわぁー。
またも観覧客らしき集団のわざとらしい感嘆の声。
「どうです、切れないでしょう?
だから、絶対安全剃刀なんです。
紙だけじゃなく、このように布だって、ビニールだって、
(次々と違う素材に剃刀を当てては引いてゆく)
ほら、切れません。これも切れませんね。まさに絶対安全です!」
わああ。観客のどよめき。
そこで、女性司会者が小首をかしげながらひと言。
「あら、でもこのカミソリ、それじゃなにに使うのかしら?」
それを聞き、待っていましたとばかりに男性司会者は息を巻く。
「はい、いいところに気が付きましたね!
絶対に安全なこの剃刀、あなたなら、どうします?」
「うーん。絶対に切れないカミソリ、ですよね・・・?
切れないカミソリに使い道なんてあるのかしら?」
「よ〜く考えてみて下さい。
切れないからこそ、切りたいモノ、・・・ないですか?」
「あ!」
片手にカミソリ、もう片手を大きく開いた口に当てる女性司会者。
「そうです、さあ、それを試してみて下さい!
絶対に切れないことは、さきほどの実験で保証ずみです!」
男性司会者の勇ましい声に後押しされ、
女性司会者はおずおずと、
その手にもった剃刀をもう片方の手首に近づけ・・・
くっと押し当てざま素早くその刃を引ききった。
「そうです! 絶対に切れないからこそ素晴らしい、
それこそが、この
(そこで間を溜めるように一息つくと、次のセリフにはSEがかかる)
絶対安全剃刀リストカッター
なのです!」
パチパチパチパチ。客席から一斉に起こる拍手。
自信満々な男性司会者を映していたカメラが、その斜め下を映し出す。
そこには、ぺたんと膝を付いて床に座り込み、
壁にもたれてぐったりしている女性司会者が映っている。
一方の手にはまだ剃刀を持ったままで、
他方の手首には傷跡ひとつついていない。
それでも放心した様子の女性司会者。
目は虚ろで、半開きの口の片側からは涎さえ垂れているのが見て取れる。
カメラはまた男性司会者に戻る。
「剃刀を手にして、誰もが一度は思うこととは、なんでしょう?
そう、そうです、リストカットです。
もし剃刀の鋭利な刃で、手首をバッサリと切ってしまえたら・・・
(右手の人差し指と中指の2本を立て、それで左手首をかき切る仕草)
ヒュウ♪(尖らせた唇から、短い口笛)
(そしてそのまま、その2本の指でモニターのこちら側を指さし)
大いなる解放が貴方を待っていることでしょう。
・・・・・・
しかし! 死という解放を得る代償として生を手放すというのは、
我々には、少々リスクが高すぎますね。それに死はとてもおっかない」
片方の眉だけを器用に上げ、人なつこい笑みを浮かべて戯ける司会者。
「そこで開発されたのが、
この『絶対安全剃刀リストカッター』なんです。
詳しい製法は申し上げられませんがこのリストカッター、
刃には特殊な金属を特殊加工したものを用いてありまして、
その金属で手首を刺激することにより、脳神経A10を活性化させ、
脳内麻薬を分泌させることに成功しているんです!
ひとことに脳内麻薬といいましても、
これまでに約20種類が発見されているんですねえ、
その中でも一番強力な脳内麻薬であり、
その作用はモルヒネの6.5倍というのが、β-エンドルフィン。
そのβ-エンドルフィンを分泌させることに成功しているんです!
このβ-エンドルフィンが抑制神経であるギャバ神経を抑制するので、
さらにA10が活性化した際分泌するドーパミンの快感・鎮痛作用を、
妨げることなくそのまま強力に味わうことを可能としているのです!」
なにやら専門的な話を、流暢にまくし立てた司会者は、
そこでひと息つくと、自分の斜め後ろに座り込んだまま、
虚ろな目で涎を垂れ流している女性司会者を一瞥する。
カメラも同じ動きで、女性司会者を映し出す。
カメラ、女性司会者の手に力無く握られたままのリストカッターに寄る。
「そう、死を迎え入れずとも、これがあなたを解放してくれるのです」
「さて、本日ご紹介のこの『絶対安全剃刀リストカッター』
柄の色は、赤・青・緑・黄色と4種類ご用意させて頂きました。
そして、なんとなんと、只今ダイナミックキャンペーン中につき、
お買いあげの方には、もう一つ同じものをプレゼント!
お好きな色2本や、違う色の組み合わせもご自由に選んで頂けます。
で、お値段なんと驚愕の・・・・・・・・・」
薄暗い部屋。片隅にほのかな明かり。
光源はつけっぱなしのTV画面。
ぼんやりと光って画面いっぱいに映っている数字は、
値段の表示なのだろうか、注文先の電話番号なのだろうか。
司会の男性の声だけがかすかになにごとか喋っているのが聞こえている。
薄暗い部屋。
TVとは対極の部屋の隅に、うずくまっている影がある。
だらりと下げられた手の片方に、力無くリストカッター。
うなだれた顔の、うつろに開かれた両の目に意識の光はなく、
ただ、TVモニターが発する光だけをかすかに映り込ませて明滅する。
TV画面。
妙に爽やかな、明らかにそれとわかる作り笑いの男性が、
にっこり笑いながら、通りの良い声でハキハキと喋る。
「なお、ご使用の際は商品の使用上の注意を良く読んでお使い下さい」
突然プツリと切れるTV。
ブラックアウト。
TVショッピングのパロディであり、セルフパロディな夢。
死にたいけど、死ぬのは怖いし。・・・って死にたくねぇよ。
自殺代用品「絶対安全剃刀リストカッター」
あったら欲しいかな。でも、これってただのクスリじゃんな(苦笑)
切れないから「絶対安全」だっていう定義は好きかも。
切れないから血も出ないし、死なないんだぜ。やっほう。
壊れるかもしれないけど、それは望んだことだし。
でも、本当に絶対切れない剃刀(副作用ナシ)があったとしたら、
宣伝なんぞしていなくても、俺は買うんじゃなかろうか。
一日一回、自分の手首掻き切るフリでもするのは、気が休まりそうだ。
もどる