夢No.31
鴉
明け方、街を歩いていると、
ゴミを漁っていた鴉が一羽、
私を見つめ「くだらない」と鳴いた。
それが、私のことを指したのか、
ただ、鴉自身の心境だったのか、
問い質そうとしたのだが、
彼はそれを待たずに飛び去った。
後に一枚の大きな羽根を残して。
私はそれを拾い、持ち帰ると、
書斎に引き篭もって机に向かい、
その根本をナイフで削り、羽根ペンを作った。
ひとしきり咳き込むと、少し血を吐く。
鴉のように黒い血。
それをインク代わりに羽根ペンの先に浸し、
近くにある原稿用紙を無造作に引き寄せ、
くだらない
と、大きく書きなぐってみる。
その字を、しばらく見つめていると、
その文字が微かに動いたような気がしたのだ。
いや、気のせいではない、インクが滲んでいたのだ。
滲みだした字は、じわりと黒い領域を拡げ、
もはや滲むとはいえない程の勢いで、
すぅっと原稿用紙全面を覆ったかと思うと…
「カア」
ひと声高く鳴く声がし、
目にもとまらぬ速さで、紙から黒い塊が飛び立った。
咄嗟に身をかわしたのだが、耳たぶが熱い。
切れたそこから血が垂れるのが感じられた。
飛び立った塊を目で追うと、
ばさりと羽ばたき、本棚の上に止まった鴉が、こちらを見下している。
どこまでも底がないような黒瞳。
ちらりと机に目を落とすと、
真っ白な原稿用紙には、耳からの血が数滴跡を残しているだけだ。
血のように赤く、雪のように白く、黒檀のように黒く、か。
…いや、血の時点で黒い、か。
とりとめのない考えを引き離し、本棚を見上げる。
やはり、そこには鴉がいる。
血のように黒く、夜のように黒く、闇のように黒い。
「くだらない」
やはり鴉はかすれた声でそう鳴くと、
そのまま、こちらをじっと見つめていた。
カラス、烏、鴉、
枯らす、涸らす、狩らす、嗄らす…
ああ、夜の硝子の瞳。
光る闇。
そうか、闇でも光れるものなのだな。
「君は不気味だ。だが、素敵でもある」
その瞳を見つめたまま、呟いてみる。
吸い込まれそうな瞳、というよりは、
落ち込んで呑まれていくような…
「くだらない」
一声啼くと、私は本棚から飛び立ち、
窓を突き破ると、外の闇へとその身を躍らせた。
と、そこまで書いた時、インクが切れた。
鴉の羽根ペンの鋭い切尖は微かに震えると、
突如として、飢えた別の生き物のように牙を剥き、
ペンを持つ右手の制止を振り切り、左手首へと突き刺ささる。
そのまま、ぞろりと脈へと潜り込むと、
うねうねと血管を駆け抜け、まっすぐ心臓へと突き刺ささる。
破れた心臓から、一羽の鴉がゆっくりと這い出し、飛び去ると、
闇が音もなく、世界を包み込んだ。
くだらない。
「k、k」
鴉が僕を呼んでいる。
鴉が何故、ネット上のHNで僕を呼ぶのか?
訝しく思ったが、あまりにしつこく呼ぶので
「なにか用でもあるのか?」と尋ねてみると、
「書け」
一声鳴いて、その鴉は飛び去った。
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