■No.05210「たう。おめがすりーおーわんぜろ」
GM:星空めてお 担当マスター:ひのよしゆき

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《前回までのあらすじ》
 定期保守巡回に向かうアタランテ改級宇宙船『オ
ロメ』の前で、ハンプティ・ダンプティαに侵入者
があった。宇宙開発機構軍に属する侵入者の目的は、
ハンプティ・ダンプティ基地に打撃を与え、反物質
の採取を不能にすることにあった。反物質採取の可
否は、始まったばかりの戦争において、戦局に大き
な影響を与える。侵入者は、はなから生存の意図を
持っていなかった。小規模ながら対消滅を引き起こ
さんとする侵入者。
 さいわい、オロメ乗員の犠牲的な活躍により、作
戦は間一髪阻止される。さらに、重度の被爆状況な
がら侵入者一名の生存を確認、これを収容する。驚
くべきことに、侵入者はクローンであり、しかも、
まだうら若い少女であった! オロメ乗員は、機構
軍の非道な行いに憤る。
 同時刻、有人ステーション、ハンプティ・ダンプ
ティβに、カイパーベルトに潜んでいた無人機によ
る攻撃が開始された───


 カイパーベルト。
 太陽系外周、三十〜百天文単位(AU。1AU:
太陽−地球間、約一億五千万キロ。光の速度で八分
あまりの距離)の軌道に散らばる無数の氷の塊。直
径百キロ以上の天体なら約三万。それ以下の小天体
となると十億個をくだらないという。これらのうち
の小天体の軌道が、なんらかの事情で変化し、太陽
に大きく接近するようになったものが、短周期彗星
であるとされている。
 このカイパーベルトに、数年に渡って潜んでいた
攻撃機が、その正体を現し、ベルト内縁部に位置す
るハンプティ・ダンプティβに、攻撃をしかけてき
た。前を塞いでくれ。これ以上進入を許すわけには
いかん!」
『こちらペリカン、アクシア・カークだ。損傷はそ
ちらで修理してくれるんだろうな?』
「心配するな。新品同様にしてやるわい」
 大きく出たものだ。ちらりと見る香淡に、瀬田は、
にっと笑んで見せる。それでも、立ち去る時に、し
っかりタッチしていくことは忘れない。
「リーダー!」
 香淡の黄色い声を背に、瀬田は管制室の入り口に
向かった。ドアを開けると、数人が、武器を手に立
っている。
「敵が進入した。すぐに援護に回ってくれ」
 瀬田は言った。
「しかし、それでは管制室が」
「αを襲った連中の行動から見て、敵の目的は、制
圧よりもステーションの破壊じゃ。おそらく進入し
た連中も自殺部隊じゃろう。ここが狙われる可能性
は少ない」
 破壊が目的ならば、管制室よりも機関部や生命維
持装置を狙った方が効果的だ。
「分かった。詳しい状況を中継してくれ」
 ジャスティン・レイ・ガナーリンが、瀬田の肩ご
しに管制室の中に言った。香淡がうなずき、コンソ
ールに向き直る。
「行くぞ」
 コムニーを確かめて、彼らは通路を駆け出した。
 敵兵は、飛び込んできた宇宙船がまだ止まらない
うちに飛び出してきた。侵入者よりも、むしろ内部
で呼応して動き出す者を警戒していた九龍たちは、
そのために対応が遅れてしまった。敵兵のポートに
続く通路までの進入を許してしまっていた。
「ちくしょう、なんてやつらだい!」
 じりじりと後退しながら、エマリー・チェンは毒
づく。敵兵は、こちらの攻撃を、人間ばなれした動
きで避けている。まるで野獣だ。あの動きを見てい
れば、宇宙船が、無人機と間違えるような動きをし
ていたのも納得が行く。ただの人間とは思えない。
 スタングレネードを投げる。敵兵は、グレネード
が炸裂する前に、信じられない動きで蹴り返してき
た。
「なっ!」
 あわてて飛びのき、頭を抱えて伏せる九龍とエマ
リー。炸裂するスタングレネード。その閃光が収ま
らないうちに、敵兵たちが通路を駆け抜けていく。
「すまん! 取り逃がした。そっちで追ってくれ!」
 九龍はコムニーで管制室に叫んだ。
 4番ホールディングアームに突入した敵は、スク
ゥード・ソウンが迎え撃っていた。
 ドアが開く。しかけておいたスタングレネードが
炸裂する。その閃光の中から、敵兵が飛び出してき
た。とっさに構えたスクゥードの銃を腕で撥ね上げ、
敵兵はスクゥードを押し倒す。宇宙服でいくらか軽
減されているとはいえ、スタングレネードをものと
もしていないようだ。
 敵兵は、簡易宇宙服の上からスクゥードの首を締
め上げてくる。小柄な敵兵の体からは信じられない
力だ。必死に抵抗するが、しだいに意識が遠くなっ
ていく。
『がんばれ! もうすぐ助けが行くから!』
 はげます香淡の声が、耳鳴りのように響く。
 すでに外の戦いは、大勢が決まっていた。外の管
制はさらさに任せ、香淡は若葉と協力して、中の戦
いを追っていた。
 進入した敵は少数だったが、機敏な動きでステー
ションの中を進んでいく。隔壁を閉じてみたが、驚
異的な力でこじ開けているようだった。彼らの動き
は、ますます野獣じみている。
 機関部の前に敵兵が現れる。待ち構えていた天野
魅姫と未樹圭一は、罠を発動させた。轟くスタング
レネードの轟音と閃光。その中から、グレネードが
飛んでくる。とっさに飛びのく魅姫と圭一。グレネ
ードは爆発し、機関部に続くドアを吹き飛ばした。
「まじいぜ」
 思わず独りごちる圭一。あまり強力な武器を使え
ないこちらに対して、敵は、まるで遠慮していない。
破壊目的の自殺部隊なら当然だ。これでは、機関部
の中にしかけた罠まで誘い込むわけにはいかない。
「ちっ」
 魅姫が舌打ちして、圭一に銃を投げ渡した。手製
のトンファーを手に飛び出していく。
「よせ!」
 圭一が叫んだ。敵兵の動きは尋常ではない。
 魅姫は、敵兵の銃撃の中をかまわず駆け抜けて、
敵兵の中に飛び込んでいった。飛びのき、魅姫を挿
む兵士たち。圭一は、やむえず銃を構えたが、動き
を追うのが精一杯で、とても攻撃できない。魅姫も
よく戦っていたが、ほとんど四つ脚になった奇妙な
フォームの敵兵たちの動きは、獲物を襲う狼を思わ
せた。
 空調室の前にも、敵兵は現れた。
 だが、現れると同時に、兵士は、銃撃を受けた。
肩を射抜かれた兵士は、とっさに壁に張りつき、周
囲を見回したが、狙撃者の姿は見えない。戸惑った
様子で、そろそろと動き出す兵士。そこをさらに銃
弾が襲う。
 空調室の中にいたエステーバン・ギイェルモは、
わずかに開けたドアの隙間から銃口とエングラムを
出して、アナ・ビジョンを使って射撃していたのだ。
 敵兵が倒れる。どうやら仕留めたようだ。エステ
ーバンは、慎重に様子をうかがいながら、空調室を
出た。大丈夫、敵兵に意識はないようだ。
 そのころ、機関部には応援が到着していた。その
援護を受けて、傷だらけの魅姫が、機関部の中に転
がり込んでくる。
 敵兵が、グレネードで応援のジャスティンたちを
牽制する。その隙に、ひとりが機関部めがけ突進し
てきた。迎え撃つ魅姫の銃撃を巧みにかいくぐる。
「今だ!」
 圭一は、スイッチを入れた。魅姫が戦っている間
に機関部の入り口にしかけておいた罠が作動し、周
囲のパネルから高圧電流が敵兵を襲う。
「ギャウッ!」
 獣じみた悲鳴をあげて、敵兵はのけぞった。宇宙
服からかすかな煙をあげながら、微小重力化でゆら
りと浮かび上がる。残りの敵兵がそれに気を取られ
る。ジャスティンたちはその隙を見逃さなかった。
 一方、スクゥードも、間一髪助けられていた。香
淡の声に急かされるように到着したリード・アマリ
リスと佐倉圭一は、スクゥードを押さえつけた敵兵
を認めるやいなや、銃を撃った。飛びのこうとする
敵兵の足をスクゥードが掴む。敵兵はもう一方の脚
でスクゥードを蹴り飛ばしたが、その間に掴まれて
いた方の股を銃弾が貫いていた。
 敵兵は、リードと佐倉めがけて飛びかかってくる。
脚を傷つけられてなお、その動きは驚異的だ。佐倉
も、止むを得ず、急所を狙うしかなかった。
「こちら佐倉。こっちは今終わった」
 気まずい思いで、佐倉は報告する。
『ごくろうさま。機関部の方も片づいたそうだよ』
 リードとスクゥードが敵兵を調べている。
「まだ息はあるか?」
 佐倉も兵士の脇に膝をついた。
「分からん」首を振りながらスクゥードが兵士のヘ
ルメットを脱がせる。
 流れ落ちる亜麻色の髪。
 三人は愕然とした。佐倉は顔を覆う。
「なんてこった……。女の子じゃないか」
 彼女の顔が、オロメが連れてくる少女とそっくり
同じであることを、今の彼らは、まだ知るよしもな
かった。
    @     @     @
 戦闘の終わったハンプティ・ダンプティ基地では、
その後始末が行われていた。周囲を漂う破片を掃除
し、ホールディングアームに突っ込んでいる敵機を
除去する。破片の除去には、もともとこの手のこと
をなりわいにしているディン・マクスウェルが活躍
している。ちなみに機構軍機は、最後の一機まで戦
い抜き、全滅していた。
 捕獲した敵機を何隻か曳航して、バンツー級宇宙
船ハルシオン・シルバーが戻ってきた。その後ろに
はα基地から戻ってきた花恋とノーマンのエルマー
級が続いている。やはり敵機を曳航していた。おそ
らくこれらの船にも、クローン兵が搭乗しているは
ずだ。何人かはまだ生きているかもしれない。
 エルフリーデ・ヴェレンが、工作機をタグボート
がわりに、曳航されてきた敵機をポートに運んだ。
 ポートに突入した敵機は、わきに避けてある。す
でにマラキーア・ヒルデスハイムが調査を開始して
いた。
 エルフリーデは、敵機を武装したSPが待ち構え
る中に降ろした。ハルシオン・シルバーのハッチか
ら出てきた青海崎恭一郎とアシーン・ウォーラース
テインも、損傷したゲートの間を抜けて飛んでくる。
アシーンは油断なく拳銃を構えていた。敵機から兵
士が飛び出してこないともかぎらない。安全が確認
されるまで、次の船は待機だ。
 ドッキングポートの前で待つハルシオン・シルバ
ーの後方を、オロメが減速しつつ通り抜けた。損傷
を受けなかったホールディングアームに向かい、ド
ッキングする。
 医療スタッフが急行し、群がる野次馬を遠ざけて、
クローン少女兵を収容した。念のために三人の乗員
も連れて、医療ラボに取って返す。
 オロメの三人は診察室へ、少女兵は処置室へ。ち
なみに、隣接する区画の病室にあてた大部屋には、
生存していた敵機乗員たちが、今は薬で眠らせてあ
る。この段階で、誰もが、αを襲ったクローン少女
と、カイパーベルトに潜伏していた敵機の乗員たち
が同じ顔をしていることに、気がついていた。
 治療のために少女の宇宙服を脱がせる。いあわせ
た医療関係者は、一様に驚愕した。軽度の火傷は、
すでに治癒しはじめていたからだ。驚異的な代謝速
度だ。
 処置を済ませた後、麻酔が効いている間に、少女
をCTやMRIなどで調査する。少女の体を調べる
ことに、過剰な反応を示し異論を挿む声もあった。
だが、医師のシアン・K・カリウムが、少女の体内
に爆発物などがしかけられている可能性を指摘し、
SPのエスター・E・ボールズも調査の必要を訴え
たからだ。これは、病室の少女たちも同様だ。
 そして、αの少女の被爆状況を調べるために、彼
女の血液を検査していたシアンは、さらに新たな事
実を発見する。なるほど、これなら、少女の異常な
代謝速度も説明がつく。
「すぐにほかの女の子たちの血液も検査して」
 シアンは医療スタッフに指示を出した。
    @     @     @
 瀬田の事務室に、セクシーバディな秘書のアヤナ・
マツナガが、報告を持ってきた。
「オロメの三人ですが、さしあたって健康には被害
がないそうです。ただし、年間許容被爆線量から見
て、一年間は船外活動を許可できないと」
「そうか。やつらはくやしがるじゃろうが、止むを
得ないじゃろうな」
 取りまとめた情報をホビットに表示させて、アヤ
ナは順次読み上げていく。α基地の状態。β基地の
受けた人的物的被害。重傷はいるが、さいわい死者
は出ていない。所属船舶、及び、来援してくれた船
舶の修理状況とその費用。そして、機構軍について
の情報など。
「調査の結果、敵宇宙船は、流体コックピットが、
実験段階の冷凍睡眠装置を兼ねていたそうです」
「流体コックピットは、Gに対処するためじゃな。
実験段階というと? やはり」
「はい。カイパーベルト内で、蘇生に失敗したとお
ぼしき機体が複数発見されています。医療班による
と、長期間に渡る冷凍の影響も無視できないとか」
「地球の連中のやることは無茶苦茶じゃな」
 瀬田は沈痛な表情で言った。
「次に、敵兵士のことですが、単なるクローン体で
はなく、いわば“人間兵器”とでもいうべきものの
ようです。脳内にチップが埋め込まれているのが確
認されました」
「チップ?」
「おそらく、脳の働きを補佐するAIではないかと
いうことです。脳波から見て、これがないと身動き
もままならないのではないかというのが、医療班の
意見です。さらに、ナノマシンも確認されています」
 ナノ───ミリの百万分の一サイズの、微小なロ
ボットだ。これが、少女の組織に働きかけ、代謝や
反射の速度、筋力を強化していたのだ。このナノマ
シンが存在するために、被爆が少女にどのような影
響をあたえるのかは、シアンの調査でも判然としな
かった。さらに、クローン体は、第13神経繊維を
切除されており、エングラムは発現しないことも確
認されている。また、SP―――今ではSGという
べきか―――のエスターが、得られたDNAデータ
から、クローンの素体の身元を探ったが、成果は得
られていない。
 アヤナは報告を続ける。
「こちらを襲った彼女たちも、やはりαの子と同一
のクローン体でした。ただし、製造時期にずれがあ
ると見えて、αの子には、改良が施されています」
 AIチップは小型化されているし、ナノマシンの
性能にも差があるようだ。
「それから、あの……」
 アヤナは言いよどんだ。いつも事務的なアヤナに
しては、めずらしく感情を見せている。
「どうした?」
「αで収容した遺体を検死した結果なのですが、ロ
ロで慰み物にされていたふしがあると……」
「そうか」
 瀬田はろこつに不快な顔をする。スケベ大王のく
せに、倫理的なジジイである。
「製造元───という言い方がいいのか分からんが、
調べていた者もいたな。分かったのか?」
 瀬田は話を変えた。
「いえ。体格や骨組織から、1G条件下であろうと
いうことですが……」
「どうせ、こんなことをするのは、ロス・アラモス
あたりじゃろうがなぁ……」
 連中のすることには、つくづく嫌気がさす。瀬田
はそう思った。
    @     @     @
 ナノマシンの性能の差だろう、より重傷だったに
もかかわらず、先に目覚めたのは、αの少女の方だ
った。報告を受けたSPや医師たちは、さっそく彼
女を尋問するため、医療ラボに集まる。
 彼らの前に楊華が立ちふさがった。
「あの子たちを、情報源に利用するなんて、やめて
ください! 命を弾丸がわりにする敵のやり方を、
あなたたちは怒れないわ! 同じことじゃないの!」
 感情的に訴える楊華。
「どうかしてるんじゃないの?」
 その彼女に、冷やかな声が、医療室の中から投げ
かけられた。
「どういうことですか!?」
 カッとなって振り返る華。
「彼女たちを差別視してるのは、貴方たちの方だっ
てこと。捕虜に対して、なんなのよ、これ」
 そう言って声の主、タチアーナ・ポドゴルナヤは、
脇の診察台を振り返る。そこには、見舞いと称して
持ち込まれた花なんぞが、山と積まれている。ちな
みに、辺境の地にあるステーションでは、花は貴重
品だ。
「あたしは、あの子たちを捕虜だとは思ってません」
と華。
「それが差別だっていうのよ」タチアーナはひやや
かに言い返した。
「彼女たちは敵の兵士なのよ。それがクローンだと、
どうして捕虜にしたらいけないの? クローンだか
らやさしくしなくちゃいけないなんて、そっちの方
がどうかしてる」
「そんなことない!」
 華は激しくかぶりを振った。
「いえ、ここは彼女の言うことの方が正しいと思い
ますよ」
 カルテをまとめていた瀬神慎一郎が椅子を回して
振り返り、おだやかに華を諭した。
「私たちは、彼女たちを人間として扱うべきです。
地球が、おそらく、彼女たちに人権を認めず、道具
として扱っていたのならなおさらのこと、私たちは
彼女たちを人間として扱うべきです。だとしたら彼
女たちの立場は、敵に捕らえられた捕虜だというの
が、妥当なのではありませんか? もちろん、捕虜
だからといって虐待や拷問をしてはいけませんが、
正しい手順を踏んだ取り調べは、国際法上も許され
ているはずですよ」
「だけど!」
 感情で突っ走ってしまった人を、論理で諭そうと
しても無理なことだ。むしろ、ますます依怙地にさ
せてしまうばかり。タチアーナは、処置なしだわ、
とためいきをついて首を振る。
 こんなところでごちゃごちゃやっているものだか
ら、病室の方ではすでに間を持て余していた。病室
に並んだベッドにはおんなじ顔がずらりと並んでい
る。仕方がないので、産院よろしく、少女たちの腕
にタグをつけてあった。
「これから、SPの人たちやお医者さんたちがやっ
てきて、あなたたちにいろいろ訊くけど、言いたく
ないことは、無理に言わなくてもいいからね」
 ハルカ・P・ウェイランドは、αの少女にやさし
い口調で話しかける。
 少女は、感情のない目で、ハルカを見ていた。拘
束されていないことを確かめるのか、腕を持ち上げ
る。首を回して、横たわる仲間たちに目を向ける。
「うん、あなたの……姉妹っていったらいいのかな?
 みんな怪我をしてたけど、もう大丈夫だから」
 ハルカは言った。何人かは、意識を取り戻してい
るようだ。
「捕虜……。優先命令違反……。始末スル」
「え?」
 少女は小さくつぶやいた。聞き取れずにハルカは
聞き返したが、少女は応えなかった。
 ハルカは肩を竦めて、戸口のところでSPを待っ
ているリージュ・クロウウェルのところまで行く。
「まだ来ないの?」
「はい、まだもめてるのかな。ちょっと見てきます
ね」
 リージュは病室を出て、SPたちの様子を見に行
った。ハルカは、彼女にかわって戸口のところに立
っていたが、やがて、待ちきれない風情で通路に出
ていった。
 αの少女は、気配をうかがい、ハルカが戻ってこ
ないことを確かめると、むくりと体を起こした。体
の筋肉がぐんともりあがり、腕がひとまわり太くな
ったような感じがする。タグをつけていた紐が、ち
ぎれて飛んだ。爪が、するどく尖って伸びる。
 しばらくしてリージュと一緒に戻ってきたハルカ
は、がたん、という大きな物音が病室で刷るのを聞
いた。ふたりは顔を見合わせて、急いで病室に戻る。
「どうしたの? っ!」
 ふたりは息を呑んだ。
 腕を朱に染めたαの少女が、姉妹に馬乗りになり、
首をしめている。その横のベッドの子は、明らかに
こと切れていた。すでにふたりが犠牲になっている。
「シャーッ!」
 αの少女は、獣染みた声で、ハルカたちを威嚇す
る。彼女が気を取られた隙を突いて、下になってい
た子が、αの少女を撥ね退けた。彼女も、髪を逆立
て、筋肉を肥大させて、αの少女に飛びかかる。
 まるで野獣の争いだった。とても人間同士の戦い
とは思えない。ナノマシンの働きだろう、彼女たち
の容姿すら、獣染みたものに変化している。それは、
“ライカンスロープ”という伝説上の生き物を思わ
せた。
 回復状態だけでなく、基本的な性能が違うのだろ
う、戦いは一方的だった。αの少女が姉妹を捕らえ
る。ごきり、と首をへし折られる音がハルカたちに
も聞こえた。
 αの少女は、息絶えた姉妹の体を投げ捨てて、次
の獲物に向き直る。
「捕虜ニナルコトハ禁ジラレテイル。命令ニ従エ。
抵抗ハ許サレナイ」
 脅えを見せるベッドの少女。死を目の当たりにし
て、初めて恐怖を感じたのだろう。
 ハルカははっと我に返った。
「やめてぇっ!」
 身に覚えた大極拳で少女に飛びかかる。
 αの少女は、無造作な動きで、ハルカの拳を受け
止めた。筋肉の増大だけじゃない。皮膚も硬質化し
ている。ハルカはベッドの少女もろとも、壁に叩き
つけられた。
「障害ハ排除スル」
 αの少女は無機質に宣告する。
 リージュは、男のくせに成す術のない自分が不甲
斐なかった。
「いったい何事?」
 隣接する病室で、重傷者を診ていた堂本柚香とラ
イア・バーナイドが様子を見に来る。
 振り返った少女が、髪を逆立てて威嚇する。柚香
とライアは立ちすくむ。
 時間をかけると、障害が増える。αの少女は、捕
虜になった姉妹の処分を優先した。ハルカを撥ね退
け、抵抗できない姉妹の胸に、鋭利な刃物と化した
腕を突き立てる。
 踵を返し、脇のベッドに飛びかかる少女。柚香と
ライアは、とっさに銃を抜いていた。
     @     @     @
 ハンプティ・ダンプティ基地には、もともと拘禁
室なんてものはない。やむなく、個室に監視カメラ
を持ち込んで、臨時の拘禁室とした。
 取り押さえた少女は、拘束衣を着せて、自由を奪
ってある。またぞろ異を唱える声があるが、止むを
得ない処置だ。
「舌を噛む心配はないのか?」
 自ら尋問の様子を見に来た瀬田は、立ち会うリリ
ー・ヘヴンズフィールドに尋ねる。
「それはないでしょう」リリーは答えた。「自分の
始末は、捕らえられた仲間の処分を終えてからだと
判断しているようですから。むしろ問題は、残りの
子たちの方でしょう。仕方がありませんから、彼女
たちにはギャグボールを使っていますが」
「なるほど」
 どうしてそんなものがここにあるかな、と思いな
がら、瀬田はうなずく。彼は少女に目を戻した。す
でにやけどの痕はほとんど消えている。これもナノ
マシンの働きだろう。
 始めてくれ、と目顔で玉響彰子を促す瀬田。彰子
はうなずき、少女に近づく。
「ではもう一度最初から尋ねます。質問に答えてく
ださい」
「宇宙開発機構軍、しるまりるたすくふぉーす所属。
たう。おめがすりーおーわんぜろ」
 少女───タウは、それだけ言って、口を閉ざし
た。
 瀬田は彰子に目を向ける。彰子は肩を竦めた。
「ずっとこんな調子です。ほかの生き残りも同様で
す。名前は、アルファ、ツェータ、ミュー。コード
ネームですね。認識番号もお聞きになりますか?」
「いや、いい。まあ、セオリーどおりというところ
じゃろうな」
「ええ」
 彰子はうなずいた。普通の兵士でもこれがあたり
まえの反応だ。ましてやタウたちはAIを埋め込ま
れたクローン。捕虜になるより死を選ぶよう命令さ
れていることからしても、たとえ拷問を加えたとこ
ろで、これ以上の情報は得られないだろう。
 瀬田は、あらためてタウを眺めた。
「なぜ“少女”なんじゃろうな?」
「推測でいいですか?」
 それは回答を期待したものではなかったが、リリ
ーが答える。
「ああ」
「女性であるのは、生命力の関係だと思います。こ
れだけ手を加えるとなると、男性では耐えられなか
ったんだと思います。もともと、男よりも女の方が
ストレスに強いですからね。年齢的なものは、おそ
らく、この年頃が、身体機能が一番高まるからでし
ょう。……まあ、ただ単に、彼女たちを作った人の
趣味だったのかもしれませんけど」
「ふむ……。しかし、そそる光景じゃな」
 拘束衣を着せられたタウは、強化合金製の手かせ
足かせでベッドに拘束されている。瀬田は、おもむ
ろに手を伸ばして、タウの胸に触れた。
「なるほど。どうせなら、もっとないすばでぃにし
ておいても、罰は当たらなかったと思うんじゃがな」
「リーダー!」
 いあわせた女性陣は金切り声をあげた。
「なにやってんですか!」
「しかし、当人は気にしとらんみたいじゃぞ。少し
つまらんな」
 タウは、何をされているのか分かっているはずな
のに、無表情だ。
「だからって、そんなことしていいわけがないでし
ょう!」
 土御門霞雅葆が、瀬田に手を伸ばした。
 ひょいっと体をかわして、瀬田は霞雅葆の腕を取
り、投げ飛ばす。だん! と音を立てて床に叩きつ
けられる霞雅葆。この老人、体躯に似合わず合気道
の達人だったのだ。
「いつも言っとるじゃろう、おねぇちゃん。わしに
手を出すんじゃったら、もっと体を鍛えんといかん
ぞ、と」
 霞雅葆を見下ろして、瀬田は、かっかっかっと、
水戸の御老公のように快活に笑った。
    @     @     @
 それからしばらくは、なにごともなく過ぎていっ
た。新たな襲撃もなく、ステーションや船舶の修復
も終わって、ハンプティ・ダンプティ基地は、いつ
ものルーチンワークを取り戻していた。戦況を伝え
る報道も届いてはいたが、太陽系の最果ての地にあ
っては、あまり実感はなかった。
 この間に、タウたちの人権と安全を守るため、フ
ィリア・セラフィールドが、彼女たちにフェデレー
ションへの加入を勧めていたが、当のタウたちは、
いつもと変わらない無表情で沈黙を守ったままで、
なんの回答も得られなかった。
 そして、そんな日々が四週間ほど過ぎたある日、
新たな事態を到来を告げる通信が、ハンプティ・ダ
ンプティ基地に舞い込んできた。
「火星のビアンキ氏から、シルマリルを木製軌道ま
で移動してほしいとの要請です」
 通信文を瀬田に手渡しながら、アヤナが要旨を報
告する。瀬田は、通信文に目を通し、要請を了承し
た。
「よし、分かった。ただちに準備に取りかかろう」
「あの……準備って、シルマリルをどうやって移動
させるおつもりなんですか?」
 困惑した表情で、アヤナが尋ねた。
「おや、話したことはなかったか?」
「はい」
 立ち上がった瀬田を、アヤナは目で追う。
 老人は人指し指を立てて、子供染みた表情でちゃ
めっけたぷりに笑むと、言った。
「実はな、ハンプティ・ダンプティ基地は、自力航
行が可能なんじゃよ。動乱の時には、小惑星帯にあ
ったくらいじゃ。論より証拠。ほれ、ついてきなさ
い」
 アヤナのおしりを、ぽんと叩いて、事務室を出て
いく。
「はい」
 アヤナは平然とうなずいて、後についていく。や
れやれ、と瀬田はためいきをついた。
「おまえさん、ほんにおもしろみのないおなごじゃ
のう」
「そうですか?」とアヤナ。
 管制室に行った瀬田は、管制室スタッフと各班の
チーフを招集した。状況と手順を説明して、ただち
に作業に取りかかる。
 ケーブルに偽装されていた推進機構を展開し、ジ
ェネレーターと公称していた対消滅炉を、航行モー
ドに移行させる。構造材の点検と補強。貨物の固定。
発進準備が整うまで、数日を要する大作業だ。この
間に、歴史上初の重力震が観測されるというビッグ
イベントがあったにもかかわらず、データの記録に
留めて、分析は後回しにされるというほどだった。
 てきぱきと作業が進む中、瀬田は、管制室に詰め
続けで、陣頭指揮を取っていた。
「リーダー」と通信士の香淡が振り返った。「水星
から通信です」
「至急でなければ後にしてくれんか。今は手が放せ
んわい」
「だけど……」
 香淡はヘッドフォンを降ろすと、瀬田に歩み寄っ
て、メモを手渡す。
「太陽が超新星化する? どういうことだ?」
 瀬田は、困惑した面持ちで眉根を寄せた。
「どうします?」と香淡。
「至急、太陽系各所に連絡を取って、確認してくれ」
「分かりました」
「あ、今はこんな時だ。このことは、しばらくほか
の者には伏せておいてくれ。発進準備が整ってから、
皆に発表する。どのみち、こんな最果ての地からで
は、さしあたり、いかんともしがたいからな」
「了解」
 香淡は自分の席に戻る。
「マツナガ」瀬田は、横に控えていたアヤナを振り
返る。「彼女の手が空くまで、通信を手伝ってやっ
てくれんか」
「はい」
 アヤナは空いているコンソールにつく。
 そして、ハンプティ・ダンプティ基地の発進準備
は完了し、エンジンが点火された。軌道をはずれて
動き出すハンプティ・ダンプティα。遅れて後を追
うβ基地。
 同時に、瀬田は、太陽の超新星化に関する情報を
公表した。五百人からのメンバーに動揺が走る。し
かし、それも、現状にあっては一時のことだった。
超新星化まで、まだ四ヵ月ほどあることもあったし、
未だ40AUの彼方にあっては、さしあたりできる
こともない。
 戦争に対するにしても、超新星化の対策にあたる
にしても、今は、木星圏の資源供給ラインに合流す
ることが、先決だと思われた。
    @     @     @
 現在では、α、β双方のブリッジとして機能して
いる管制室。管制スタッフはそのまま移行し、舵取
りが加わったほかには、変化はない。瀬田晶は、さ
しずめ船長さんだ。
「リーダー」
 しかし、慣れ親しんだ呼び方が、そうそう変わる
ものでもない。香淡が、これまでと同じように瀬田
を振り返った。
「哨戒中のD・フェニックスから通信です」
 香淡がスイッチを切り換える。管制室に、通信の
声が響いた。
『こちら、D・フェニックス、鹿山弾正じゃ。ハン
プティ・ダンプティ進路上に、未確認船団が接近し
つつある。警戒されたい』
 転送されたD・フェニックスの走査情報が、モニ
ターに表示された。進路005マーク0、木星方向
より正体不明の船団が、ハンプティ・ダンプティ基
地の進路に立ち塞がるように接近しつつある。
「敵味方シグナル、確認できません」
 若葉が報告する。
「警戒態勢」
 中央の自分の席にどっかと腰を降ろし、瀬田は、
非常事態を宣言した。
              TO BE CONTINUED
―――――――――――――――――――――――
■重要遭遇者一覧《05210》
○新聞記事参照/瀬神慎一郎(01901-01)/RA.05210
○女医さん/シアン・K・カリウム(02015-02)/RA.
05210

■関連リアクション及び住所リスト一覧
《05151》
○プレステル公国王子誘拐部隊責任者/九条雅也(0
1809-02)/RA.05151
○月面都市軍事制圧部隊責任者、サド・フォース代
表/佐渡島・フォン・犯衛門(01827-02)/RA.05151
○フェデレーションストラテゴ抹殺部隊責任者/キ
ャプテン・キャット(00983-01)/RA.05151
○シミズシティ内部制圧部隊責任者/ミュラー・フ
ォルケン(02171-01)/RA.05151

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