■NO.07130「訪れる転機」
 GM:星空めてお 担当マスター:竹本柑太

 このリアクションは選択肢130を選んだすべて
の方に送られています。
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《あらすじ》
 南極海域へ進む海上都市船ヴァンターベッケンの
上で、宇宙へ出ることを希望する人々を送り出すタ
イミングを待っていたグローリアス1世とフェデレ
ーションメンバーたち。
 そして、グワイヒアが地球軌道上に最接近したそ
の日、ついに往還機打ち上げを決定する。その打ち
上げを阻止すべく宇宙開発機構軍側の攻撃が始まり、
滑走路を使用不可状態にされてしまうのだが、王立
航空宇宙史公園にあった精密なレプリカを飛ばすこ
とや、甲板の一部を変形させて隠し滑走路を出現さ
せることで、人々を無事宇宙へ送り出したのだった。


 海上都市船ヴァンダーベッケン。
 今や、その人口は通常時の3分の1にも満たない
状態である。しかし、その残っている人々の大半は
プレステル公国国王グローリアス・ビクトリアヌス
1世のシンパ、もしくはこの都市に強い愛着を持っ
ている人々である。そのため、本国のように不満を
洩らす者たちが台頭し、暴動を起こしてしまうよう
な者はいない。もし、そうであるのならば、すでに
下船しているはずだからだ。
     @     @     @
 王立総合研究所。
 この施設の最下層にはプロジェクト・ザムザとい
う、エングラムによる肉体干渉がどの程度まで出来
るのかを見極めることが目的のチームの研究室があ
る。今、この研究室にいるプロジェクトメンバーた
ちは、それぞれ所有しているホビットを手にして、
一心に画面を見つめていた。なぜならば、実験に必
要なナノマシンの入っているポッドが、木星のプロ
ジェクトチーム・ウロボロスの手によってマスドラ
イバーで発射され、地球へ向かいつつあるからであ
る。
 そんな状況の中、今岡形はソフィア・ヴァイゼシ
ュタインに声を掛けられる。
「形姉ちゃん。頼んだ通り、ナノマシンに余分があ
ったら、少し分けてね」
 ソフィアの目指すものとザムザの目的は微妙に方
向性が異なるのだが、エングラムによる肉体干渉と
いう点では重なる部分があるため、プロジェクトリ
ーダーの形はソフィアを拒絶していなかった。
 しかし、形はどの程度の数のナノマシンを貸し出
して貰えるのかを聞いてはいない。はっきりいって
1体でも分けてもらえさえすれば、ありがたいこと
なのである。ともかく空約束にならなければいいが、
と形は少し危惧していた。だから、「余ったらね」
としかソフィアには言えていない。忙しくて当ても
ないのに休日、子どもと遊ぶ約束をする心境ってこ
んなのだろうなあ、と形は思った。
 メンバーの期待が高まりつつある中、張・麗は言
う。
「もう、地球大気圏まではあと少しですし、ナノマ
シンは問題なく私たちに届きそうですね」
 実はひとりだけホビットで機構軍名簿のページを
眺めていたニイヤ・ドッペルゲンガーは、麗の会話
を耳にして、目線はホビットへ向けたままでこう言
う。
「でもですねえ、ホビット程度のもので位置を確認
出来ているってことは、我々だけでなく、機構軍側
にも丸わかりのバレバレってことなのではないでし
ょうかねえ?」
「…………」
 ニイヤの指摘によって気まずい沈黙が漂う。形は
そんな雰囲気を払拭しようとこう言う。
「だ、大丈夫よう! もうちょっとで大気圏に突入
するんだから、物事はポジティブに考えましょうよ。
―――さ、さあて、そろそろ航空要員の人に頼んで
回収してもらわなくっちゃねえ」
 だが、動揺しているのは周囲に丸判りである。
「ああん、もう……」
 突然、レモンが悩ましげな声を洩らした。
「ど、どうしたの?」
「ポッドを示す光点が〜、消滅しちゃいました〜」
 誰もどうしてなのかは訊ねようとはしない。ポッ
ドは機構軍にどうにかされたに決まっているからで
ある。
 形はとりあえず周囲を見回した後、ソフィアの顔
を見て頭を下げる。
「あー、えーっと、ごめんねー」
 謝り方にいまひとつ真剣みが出てきていないのは、
ソフィアよりも形たちの方がダメージはでかいから
である。その辺を承知しているソフィアも感情をあ
らわには出来ない。せいぜい出来て苦笑い程度のも
のだった。
 こうして、プロジェクト・ザムザは、当初の実験
を大きく変更せざるを得ない状況となった。
     @     @     @
 王立総合研究所上層部、旧セブン・デイズ・シス
テム実験室。
 ハーベイ・フォーンセットたちは、この植物の幻
影が全体の1/4を占めている部屋へエングラムイ
ンターフェースやその他の器材を持ち込み、常設機
材の再設定を行っていた。それで何をするつもりな
のかというと、セブン・デイズ・システム事故の検
証を行なおうとしている。
 この検証にメインとなる人間は、ハーベイと羊・
さより菜・リンネルシュタイン、ルーファ・ブルー、
そして先日飛び立ってしまった撮影隊と同行せずに
この船に残った月代沙綾華。後は胎児の行方や幻影
を気にしている者たち。そして、セブン・デイズ・
システムの主任である。
 ハーベイたちが何をするのかをよく知らない者た
ちに対し、そのハーベイは説明を始める。
「検証と言っても、そんなに難しいことをするわけ
じゃないぞ。セブン・デイズ・システムと同様のや
り方で、ランバージャックを、そして消えた胎児を
見つけてくる。それだけだ」
 そう力強く言うハーベイの白衣の袖をさより菜が
引く。そして、自分の感情が込められている短冊を
差し出す。
『お義父さん 名称不明が ないじゃない
    私が行くわ インターフェイスの中へ』
「むう、確かに名称不明技能を持っていないと危険
だな。さより菜、お前に任せよう。主任、インター
フェイスの設定のし直しをしていただけねばならな
いかな」
「わかった。少し時間をもらおう」
 主任がエングラムインターフェイスの設定を行な
っている間、この場にいる者たちは、ただ暇になっ
ていた。
 この暇を持て余すロバート・アイルオットは、幻
影に関連した調査のため、この実験室にいるカナ・
デキルにあることを頼んだ。カナは幻影のリョコウ
バトマーサを連れている。
「そのマーサって鳩、調べさせてくれないか?」
「アタシに言われてもねえ。この子は好きでアタシ
の周りにいるんだから」
「じゃあ、好きにするぞ」
 ロバートはエングラムを変形させてアナ・ビジョ
ンでマーサを含めた実験室全体を見る。しかし、幻
影らしきものは一切見えなくなってしまっている。
 その様子を見ていて察知した紅流星がこう言う。
「こうしてアナ・ビジョンを通して幻影を見まして
も、電磁波では認識出来ませんから何も見えないん
ですよ」
「なるほど。……あ、でも、エングラムを直接触さ
せると、全く理解は出来ないけれども、複数の色の
イメージが連続かつ高速で感じられる」
 ロバートはいつのまにかアナ・ビジョンの使用を
止めて、マーサに直接エングラムで触れていた。
「で、名称不明で見ればもう少し具体的なイメージ
で色が見れるんだな」
 こう言ったのはコンラート・モルツだ。彼はプロ
ジェクト・小清水のために名称不能を転写したばか
りなのだが、モルツはその名称不明について、同じ
技能を持っているカナにこのことを確認しておきた
かったのだ。
 しかし、カナは首を傾げている。
「技能によって情報にフィルターをかけられた状態
になるのかしら? でも、活性率を上げた状態で見
たらどうなるのかは判らないけれどね。もしかする
と意識して情報を区別できるようになるのかもしれ
ないわね」
「むー、試してみないと判らないということか」
 エングラムを見つめながらしみじみとそう語るコ
ンラート。そして、はっとするカナ。
「ああ、話がずれてる。マーサにしても植物の幻影
にしても、エングラムを意識して接触させれば質量
を感じてしまうってことは、この幻影はエングラム
と同質、そうでなければとても近い性質を持つ存在
なんじゃあないのかしら?」
 カナの仮設に触発されてルーファは自分の考えを
言ってみる。
「船内に出現している植物の幻影は、現存種の姿も
みられますが、その大半を占めているのは絶滅種の
ものばかりです。これらの幻影を構成する情報がど
こから来ているのか。クリエイターたちの持つ記憶
から? エングラムの中? それとも、私たちの周
囲を構成する空間や物質には、私たちが知らないだ
けで、滅びた者たちの想いが刻まれているのかもし
れませんね」
「あー、主任。彼女らは絶滅種に興味を抱いていた
のか?」
 ルーファ・ブルーの考えをより確かなものにして
やろうという、ハーベイの持つ、ある種の親心のよ
うなものだ。
 主任は顔を向けずにこう返事をする。
「いいや。私の知る限りそれはなかったか」
「だとすればルーファの言った通り、どこかに蓄積
されている情報が再生されているのかもしれんな」
 それから少しして、主任の作業が終わりを見たと
き、ジェイソン・タカムラが彼に声をかける。
「主任、ひとつお伺いしてもよろしいかな」
 ジェイソンが主任に訊ねたのは、胎児をあのまま
成長させた場合、どんな姿になるのかということだ
った。その姿を記録しておきさえすれば、幻影とし
て成長した胎児が現われた場合、確認出来るからで
ある。
 その話を黙って聞いていた今岡形はこう思う。
(酷なことを訊いてるわね。主任は胎児を作り上げ
た女性クリエイターの父親なんだから、つまりそれ
は彼にとってこの世にいない孫の成長した姿を想像
してみろってことになるのに。何とかしてあげたい
なあ。母親失格の私だけれど)
 そんな形の想いは間違っていなかったようだ。し
かし、それ以上に主任は弱い人間ではないらしく、
すでに胎児の加齢シミュレートを試していたらしい。
ある意味、ポジティブなようだ。そのシミュレート
データはすぐにVRモニターへ映し出された。両ク
リエイターたちの特徴が微妙に組み合わさっている。
表情に笑みを浮かばせている辺りが、何となく悲し
い。
「多少の誤差は生じると思うが、多分、こうなるは
ずだ。ただし、あの胎児に知性が存在していたのか
どうかは判らない。何しろ確認する前に消えてしま
ったのだからな」
「なるほど……」と、ジェイソン。
 更に主任は説明を続けようとする。
「しかし、私は胎児が成長した姿で船内に出現する
とはどうしても思えない。なぜなら―――」
 その時、ここでルーファが叫ぶ。
「心搏数が高まっています。危険です! 実験の停
止をっ!」
「主任、時間同調を頼む!」
 自分の娘同然であるさより菜と、自分たちの考え
に同調してくれている沙綾華を、決してクリエイタ
ーたちのようにはするものかと考えていたハーベイ
は、迷わずインターフェイス内における2人の精神
を拾い上げた。
 精神をあるべき場所へ戻した沙綾華とさより菜は、
共に疲労困憊状態に陥っていた。それでも沙綾華は
周囲の人間に状況を説明する。
「ハァ、ハァ……アカン、全然や。ウチと羊さんと
中で一生懸命呼び掛けたつもりやったんや。でも、
ランバージャックは、何の相手にもしてくれへんか
った。それ以前に、こん中では叫ぶどころか動くこ
とすらできへんかったんやけどね」
「噂のエングラム兵器とかがあれば、ランバージャ
ックの気はひけたかもしれないわね」
 それは今岡形の何気ない一言だった。
 だがしかし、月面での惨事を知り、武器という存
在をひどく嫌悪している三神住梨緒を怒らせるには
十分な一言だった。
「馬鹿なことを言っちゃあいけないわッ! そんな
ものを持ち込んだりしたら、大事故が起こりかねな
いんですよ!」
 突然、感情を剥出しにした梨緒を見て、形は多少
面食らう。
「それは意志の疎通を明確化して、ここに迷惑がか
からないようお願いすればいいんじゃ―――」
 形が言い終える前に梨緒は怒鳴る。
「そんな都合をランバージャックが聞いてくれるな
んて本気で思っているんですか! 今岡さんはアレ
を過大評価し過ぎなんですッ!」
 事実、呼び掛けた位では相手にされないし、たと
え何らかの手段で気を引けたとしても、事故が起こ
らないとはまったく限らないのだ。ともかく、この
現状では、ここヴァンダーベッケンからランバージ
ャックの興味を引くのは無理なのだ。
 何も言えなくなってしまう形。
 重い空気の漂う中、さより菜が急に何かを思い出
したのか、沙綾華の体を突いた。
『沙綾華さん 思い出してね ほらあれよ』
 そして、さより菜の言わんとすることに気付いた
沙綾華。
「そうや! ウチらが見たもんはきっちり伝わって
るんか? 一瞬だけ、なんかを見たんや。ようは思
い出せへんけれど、そっちの機械には何か出てるは
ずや」
 沙綾華の言う通りだった。何か絵のようなものが
インターフェイスを通じ、器材として使っていたV
Rモニターに出てきていた。それらは情報量が圧倒
的に足りない為、2次元でしか表現出来ていない。
つまり、VRモニター上に絵描かれた数枚の絵が浮
かんでいる。
 モニターに出てきているのは―――真っ白な絵、
胎児の姿、背後が透けて見えるおそらくは同じ胎児
の姿、具体的な形容のしようがない黒くて大きなも
の、再び真っ白な絵、銀髪の少年、完全に目線が外
れている同じ少年の姿―――以上、7枚の絵だ。
 これらの絵を一まとめにして判る出来事こそが、
おそらくは彼女たちの動悸を早めた要因となったの
だろう。
 ハーベイはひと仕事終えた2人にねぎらいの声を
掛け、そして主任に訊ねる。
「ところで、さっきは何を言いかけていたんだ?」
 主任はあくまで仮説という前提で、言いかけてい
たことの続きを話し始める。
「これ以上、新たな幻影は出てこないと言いたかっ
た。私は一連の幻影を、クリエイターたちがエング
ラムインターフェイスを通じて呼び出したものだと
考えている。クリエイターたちのエングラムはすで
に消えてしまっている。後は、すべてを吐き出して
消え行くのだと思う」
「なるほど」
 主任はここで話題を変える。
「ところで、沙綾華君たちが見たという少年の姿の
件だが」
「うむ。似ているな、というより似すぎだ。主任が
提示した胎児を成長させた姿にな」
 この情報から出る推測はそれほど多くはない。
「つまり、ランバージャックは胎児を何らかの形で
活用している。そういうことになるな」
 この直後、月面上で発生した大惨事の報せが主に
ホビットを通じて知れ渡ることになるのだった。
     @     @     @
 セブン・デイズ・システムのデータを直接継承し
ているプロジェクト・アガスティアはある種の行き
詰まりを見せていた。素材は揃っているのに理論付
けがうまく行かず、目的であるタイムトレースムー
ビーの作成に至れずにいる。
 江陽隆旭は手にしているカードを切りながら、テ
ーブルの対面にいるプロジェクトリーダーのバレン
シア・フォレスターに訊ねてみる。
「もう何度も言ってますけれど、アガスティアとセ
ブン・デイズ・システムの接点というのは何なんで
しょうねえ?」
 これまでそのことを考え続けていたバレンシアは、
いい機会だと思い、隆旭からカードの束を取り上げ、
十分に切った後、テーブルに置く。
「このカードの山の1枚目を確実に言い当てるには
どうしたらいい? みんなも参加して」
 同じテーブルにいた大虎斑源八は速答する。
「直感で言い当てる。確率は1/53だな」
 源八はこのプロジェクトにおいて特に直感を重視
している男だ。
 しかしバレンシアは首を振る。
「確率が悪すぎるわよ、そんなの。直感じゃあない
わね。なぜなら、それを直感と言うにはあまりにも
根拠が弱いから。直感というものは一見、オカルテ
ィックな部分から来ていると思われてるけれど、実
は経験による脳内情報の検索と収拾によるものじゃ
ないかと思うの。まあ、空間内情報の吸収と選別と
いう見方をすれば、間違っているともあながち言え
ないけれどね」
「アナ・ビジョンで見るん?」と、小石川虎美。
「あ、それ俺も考えてた」
 と、虎美の考えに同意する虎美のネイバーである
閂貞瑠だ。
「間違いじゃあないけど、それはナシ」
 あっさり否定するバレンシア。
 隆旭は少し躊躇しながらこう言う。
「そのカードが何であるかを知っていることですか
ね?」
 うなずくバレンシア。
「正解。では、確実に知るにはどうしたらいい? 
それを考えてみることが今回の宿題ね。私も考えて
みるわ」
 カードの予測という小さな規模の予測の理論付け
を行なうことで、タイムトレースムービの理論付け
が出来るかもしれない。そう、考えなければやって
られないバレンシアだった。
     @     @     @
 その頃、プロジェクト・ザムザはリーダーが不在
で必要器材が足りないにもかかわらず、実験は続け
られている。ミスト・ルシオーネは、レモン・ライ
ムと共にセブン・デイズ・システムを発展させたホ
ログラム作成機構SDSを利用した実験を行なおう
としていた。
 手術台以外何もない部屋に独りでいるミストは、
その手術台に横たわると、外でモニターしているレ
モンに合図を送る。
「Dr.ライム。そろそろ装置の方を作動させてみ
ます。モニターお願いします」
『いいわよ〜。じゃあミストちゃん、辛くなったら
すぐレモンに言うのよ〜、緊急停止かけてあげるか
らね〜』
 12歳という年齢の割りには子ども扱いされるの
が嫌いなミストではあるのだが、さすがにあらゆる
人間を子ども扱いしているレモンに対しては諦めて
いるらしく、何の反発もしようとはしていない。そ
ういった意味ではいいコンビなのだろう。
『じゃあ〜、実験開始していいわよ〜』
 レモンの声が途絶えた瞬間、ミストはエングラム
に意識を集中させて脳内物質のバランスをコントロ
ールするよう努める。
 既にSDSは作動している。操作しているのは、
サイバーアクセス技能を使っているミスト自身だ。
手術台の下から強い風を感じたミストは目を開ける。
周囲の壁が高速で動き、見えていた天井は遠く離れ
て見えなくなっている。どうやらミストは手術台ご
と落下しているらしい。そして、体に衝撃が走り、
視界が激しくぶれる。そこは延々と広がる極寒の世
界で、ミストの体はひどく冷えてしまう……。
「Dr.ライム、実験を中止します!」
 ミストの視界は元の状態に戻った。
『ミストちゃんどうしたの〜、恐かったの〜?』
「違います!」
 ちょっとプライドを傷つけられたミストは否定す
る。そして、実験の主旨を改めてレモンに説明して
おく。
「これまで確認されたエングラム技能の中には、極
限状況からの回避や必要にから来る強い願望から発
現したものがあるんです。私は、そうした状況を人
工的に作り上げることで、自分たちの意図に沿った
技能を作り出そうとしているんですよね」
『そうだったわよねえ〜』
「でも、駄目なんです。確かにSDSで作り上げた
幻影は凄いんですけれど、今一つ乗り切れなくて、
極限状況だなんて思えません。要するに、自分の体
を自分でくすぐってみても大してくすぐったくはな
らない、ということなんです」
『だったら〜、レモンちゃんが〜、そっちへ行くけ
ど〜、SDSはミストちゃんがやってねえ〜』
 こうして純粋な被験者となったレモン。
 ミストは早速SDSを起動させ、実験を開始する。
手術台の上のレモンは始めキャーキャーと叫んでい
たが、1分もしない内に黙ってしまう。
「気絶してしまったのでしょうか?」
 そう思って、ミストがレモンの体の状態を示すモ
ニターを見ると、体温がひどく低下していることに
気付いた。慌ててSDSを停止して実験室に入るミ
スト。手術台の上のレモンはかなりゆっくりではあ
るが、呼吸はしているようだ。
 死んでいないと安堵したミストは、再びレモンの
体調を示すモニターを眺める。体温が常温まで下が
り、呼吸回数が極端に落ちていることを除けば、異
常はないようだ。
「もしかしたら、新技能なのかも?」
 そう考えたミストは仲間たちを呼び、レモンの意
識を改めてチェックする。その結果、冬眠状態にあ
るということが判った。SDSによって作り出され
た極寒の世界からの逃避が、直接の引き金となり、
人工冬眠の技能が発現したようだ。この能力はミス
ト自身にも発現していることが判明。
 なお、冬眠状態に入っているレモンは、この後半
月ほど目を醒ますことはなかった。
     @     @     @
 消灯時間後の薄暗い廊下を進む影ひとつ。
「絶対、逃げ切ったる! いつまでもこんなところ
で寝てられへん」
 ルクオン・ダルダラットである。
 彼は先日の機構軍の非致死性ガスを吸い込んでぶ
っ倒れたルクオンは、王立総合病院に担ぎ込まれて
しまっていた。おかげで今頃は宇宙へ出ているはず
なのに、往還機に乗り損ねて病院のベッドの上で過
ごす日々だった。そんな訳で、ルクオンは病院から
脱走すべく、抜き足刺し足で廊下を進んでいるのだ
が、消灯時間はとうに過ぎているにもかかわらず、
複数の声と大きく明かりの漏れている部屋があった。
ルクオンは人の性として、その部屋を覗いてみると、
そこには広い病室の中央で、特殊な装置につながれ
てベッドに眠る2人の男女と、その周囲には7名の
男女が立っていた。
「見たような顔がいるわ。ああ、クリエイターとか
いう技能持ちの病室か、ここは」
 ―――ガッシッ!
 その時、突然背後から羽交い締めにされてしまっ
たルクオン。
「ハァイ、ダルダラットさ〜ん。こんな時間に何を
してたのかしらあ?」
「げっ、見つかったッ!」
 あきらめて廊下を引きずられているルクオンは、
看護婦に訊ねる。
「なあ、看護婦ハン。あそこにいた連中って、何し
てんの?」
「あの人たち、植物状態になってる患者さんの意識
回復のために色々と手を尽くしてくれているの。で
もね、エングラム発現者のエングラムが消えちゃっ
ているのよ。意識の回復は絶対に無理とは言わない、
というか言えないけれど、でもやっぱりねえ」
 色々と言いにくいこともあるんだなあ、と思うル
クオンだった。
     @     @     @
 地球軌道上、往還機発着ステーション。
 久方ぶりにヴァンダーベッケンへ向けて往還機が
出るらしい。これには月面の大惨事が影響している
とのことだ。
 これまでここで足止めされていたユリウス・フォ
ン・シュテルナーは迷っていた。シャトルに乗り込
んで地球へ行くかどうかを。
 足止めされていたユリウスは、地球の幾つかの有
力国に対し、ホビットを使いウェブ上で交渉を試み
ていた。もちろん駄目もとで。
 しかし、期待に反して回答はあった。だが、それ
はとても見苦しく、大抵の回答はこんな感じのもの
ばかりだった。
『君の申し出だが、我々独自で選定した人員を優先
して乗せてもらえるようにしてもらえないだろうか。
そうしてさえくれれば、君がこれから他国にこの交
渉を申し出る場合、話が通り易いよう我々が手筈し
ようじゃないか』と、こんな具合だ。
 自国、いや、それよりも自分とその周囲の者たち
のみの利益しか考えていない。それも自分たちの半
分程度年齢しかない若造に、威厳を保っているよう
にみせながら媚びているのである。メイフラワーの
乗員選定というカードの有効性は知っていたつもり
だが、これほど効果があるとは考えてもみなかった
のである。
 また、浅石喜四郎もウェブ上で国連所属のいくつ
かの国々に対し、フェデレーションの各プロジェク
トが示す、太陽の超新星化の阻止的行動や地球への
歩み寄りを説明し、このままの状態が続けば、太陽
系は合衆国に支配されてしまうという危険性を説い
た。こうして動揺を与えることで、国連としてのま
とまりを崩そうとしたのだが、それに同調する国は
なかった。
 考えられる原因は主に2つ。地球に根付いている
人々のフロンティア精神の欠如と、国家という実体
のないフェデレーションが支配している太陽系より
も、合衆国が支配した太陽系の方が官僚や政治屋に
とってまだ組しやすい世界だと考えているからであ
るようだった。
 一方、アルベルト・フォン・マイヤーは、まだ地
球に残っている科学者の中で、オベリスク計画に協
力してくれそうな人物をウェブで当たっていた。だ
が、その返答はいずれも芳しいものではなかった。
その心意気のある科学者たちは何らかの形で既に宇
宙へ出ている。出ていない者は出られない事情があ
るか、空へ昇る度胸がないかである。
 事実、アルベルトが接触したある科学者のひとり
は、「機構軍から狙われることがない状況を作り上
げてくれるのならば出てもいい」と真顔で言い放っ
ていた。
     @     @     @
 空港内にある入国管理局の一室に、フェデレーシ
ョンメンバーが数名集まっていた。誰かが召集した
わけではない、それぞれが同じ危機感と必要性を持
って入国管理局を訪れた結果、ひとつの機能となっ
ていた。その目的の機能とは、機構軍側のスパイの
いぶり出しと、入国の阻止である。
 先日、難民を宇宙へ送り出した往還機サンタマリ
ア・レプリカに同乗していたアルバは、同行してい
たイナ・マスタと狩野叶を新たに連れて、ヴァンダ
ーベッケンに戻ってきていた。地球へ帰還する際、
いろいろ大変だったらしいが、それはまた別の話で
ある。ともかく、そのアルバが状況説明を始める。
「これから数時間後、往還機が空港に到着します。
先日の往還機打ち上げ以来、久々の往還機着船です。
これはツィオルコスキー・ドームの一件により、機
構軍側に隙ができたためだそうですが、今一つ信じ
がたいものがあります―――」
 テーブルに両足を乗せて椅子にもたれていたアシ
ュフォード・龍は、聞いていてまどろっこしく感じ
たので、自らまとめてやる。悪気はない。
「要するにだあ、なんかウソくせえってんだろう?
で、アンタは俺らに何させてえんだ? 入国者のチ
ェックか? それとも荷物か?」
「両方よ。あとは今から転送するものを見て、不審
人物をチェックして下さいね」
 アルバは直ぐにそれぞれのホビットへ手配書を転
送する。
「ところで、これの信憑性は?」
 エルウィン・コンラッドが訊ねると、祀里花が代
わりに答える。
「同一の情報が別ルートでわたしのところにも届い
ていますから、信憑性は高いと思います。ただし、
どこからの情報なのかは明かせませんが」
 エルウィンに一応の納得をしてもらったところで、
アルバがまとめに入る。
「わざわざこんな時期にここへ降りてくる人間は、
何らかの訳がなければわざわざ降りてきたりはしな
いでしょう。ともかく、入国管理を徹底するという
ことで行きましょう。特に荷物に関してもアナ・ビ
ジョンでチェックしないといけませんね」
 吉沢涼子には気になることがひとつあった。
「ところで、SDSとかいう防衛機構は信頼できる
の? 出来る出来ないは置いといて、そもそもあれ
って、武器なんじゃあないの?」
 涼子の問いに、スカートの丈が短くひらひらして
いるテーマパークの制服のような衣装を身につけた
女性、アリステア・アルが立ち上がって丁寧に説明
を始める。
「目盛りを強にしたら死にそうなものではあります
ね。ですが、そうはしていませんから兵器ではない
ように思います。そもそもグローリアス陛下の非武
装というものは、殺したり傷つけたりしなければ容
認されるような部分があるようですから、殺傷機能
が存在したとしても、使用されることはないでしょ
う、きっと」
 アシュフォードは、このアリステアの説明を少し
だけ補足する。
「でも、とてつもない弱点があるんだよなあ、この
SDSってヤツはよう。敵が間抜け野郎ばっかだと
いいんだけどな。ところでよう、アンタ誰だっけ?
 顔と名前がちっとも一致しねえんだけど」
 アシュフォードにそう言われ、憤慨するアリステ
ア。
「ちょ、ちょっと、待っていなさい!」
 部屋の隅で皆に背を向けて化粧直しをするアリス
テア。
 数分後、アシュフォードたちは、振り返ったアリ
ステアの顔を見る。格好こそそのままだが、首から
上が男性のものになっている。
 そして、アシュフォードはようやく気づいた。
「―――はうっ! アンタ、いつかのロケット打ち
上げを手伝ってくれた、いろんな意味でクドいオッ
サンじゃあねえか!」
 男性メイクをしているアリステアの顔をまじまじ
と見たアシュフォードは恐る恐るこう訊ねる。
「………で、どっちが本物のアンタなんだ?」
     @     @     @
 ヴァンダーベッケンの空港には、久方ぶりに往還
機が着艦した。これまで基本的には空港が使用不能
であったこともあるが、それよりも宇宙開発機構軍
の妨害がはげしくて、大気圏上の宇宙港から発進す
ることも出来なかったのである。今
 しかし今回、なぜかヴァンダーベッケンに往還機
が着艦した。そのおかげでフェデレーションメンバ
ーも無事、大気圏を抜けることが出来た。ウーノ・
ラングレーもそんなフェデレーションメンバーのひ
とりだ。
『―――リオデジャネイロで発生した暴動は、発生
から5日経った今日も続いています。当初、太陽の
超新星化によるやり場のない不安と、フェデレーシ
ョンに対する不満から発生したと思われるこの暴動
は、今や目的を持たない暴徒と化しているようです。
こうした暴徒に対し、同市市長は冷静になるよう呼
び掛け続けているのですが、効果の程は見られない
ようです。次に、月面のツィオルコフスキー・ドー
ムで発生した大惨事による混乱は―――』
 ウーノは耳からワイヤレスホンを外し、ホビット
を切った。入国審査の待ち時間のあいだ、情報収拾
を兼ねた暇つぶしとしてニュースチャネルを眺めて
いたのだが、気が滅入って嫌になった。そして、辺
りを見回すと、自分と同じようにホビットを持って
嫌な顔をしている男、DJミランを見つけた。おそ
らくは彼もウーノと同じチャンネルを見ていたのだ
ろう。ウーノは暇つぶしをかねて、声をかけてみる
ことにした。
「妙に厳重ですけれど、何かあるのでしょうか? 
ご存じありませんか?」
「さすがに知らないねえ。やっぱり機構軍側の潜入
に過敏になっているんじゃねえのかな?」
「そうですよね、すみません」
「いやあ、謝られても困るんだけどねえ。そのうち
俺やあんたに番が回って来て審査も終われば、そん
なこと気にもならなくなる」
 こうミランが苦笑いしながら言ったその時、入国
審査を行なっている部屋への入口となっている全て
のゲートに、閉鎖を表示するランプが灯る。そして、
入国管理局から、数名の男女が飛び出してくるのを
見た。しかも、ウーノたちがいる並びの方へ。

 キョウカ・ライスシャワーとエルウィン・コンラ
ッド、そしてアシュフォード・龍は、数名の管理局
員たちと共に入国管理局から飛び出した。
「向こうにいるのを感じます。誰のことなのかは判
らないので手配書とよく見比べて」
「分かってる。だが間違いなくいるぞ。人にあんな
悪趣味なものを見せてくれたヤツが!」
 キョウカとエルウィンに続いて、アシュフォード
が言う。
「アンタ、プリズナーの実物見たんだってなあ、標
本に偽装したヤツ。同情するぜ。相当、胸クソワリ
ィだろう?」
「そうだな。だが、同情するならプリズナーの素材
の方にしてやってくれないか。私はこれからその憂
を晴らす予定だからな」
 そしてキョウコは黙って指を差す。その先には妙
に目立つメイド服を着た女性がいた。
「女性だったのか、うーむ」
 女性と知って、躊躇してしまうエルウィン。
 その時、メイド服の傍らにいた女性が両手で拳銃
を握り、そして銃口を適当に向けて構えた。
「チッ、クソがッ! 無差別攻撃かます気か?」
 アシュフォードは舌打ちをした。
「エリスお嬢様、早々と見つかってしまったようで
すねえ」
 メイド服の女性、滅日流石がやや他人ごとのよう
にそう言うと、銃を構えているエリス・メイフィー
ルドは答える。
「こうなったら作戦も何も関係ネェわ、適当に暴れ
てトンズラさせてもらう! それにしてもコイツわ
あ……一緒に殺してやろうか!」
「ああ、殺人鬼ですわ……恐い恐い」
 エリスの傍で一般市民のふりをしている風鈴麗も
機構軍側の人間だ。
「とりあえず後で殺す!」
 そう決めたエリスは、眼前の敵であるアシュフォ
ードたちを射殺するべく、引き金に掛けた指に力を
込める。
 だが、その瞬間にエリスの手にしていた銃はいず
れも宙を舞う。そして、衝撃が彼女の両手を痛めて、
膝を着かせる。
 エリスの代わりに流石が振り返ると、ウーノが自
分たちの方へ銃口を向けていた。
「よくも、お嬢様をお〜ッ!」
 流石が後先も考えずウーノに襲いかかろうとした
その時、背後から突き押されて床に倒れこんだ。
「よし、取り押さえるんだ!」
 こうしてエリスと流石は、入国管理局員らによっ
て取り押さえられてしまう。
 一方、鈴麗はこの後、機構軍に現状報告をした後、
シレっとした顔で入国審査を受ける。だが、特殊な
エングラムパターンや手配書によって機構軍の人間
であることが看破される。そして、エリスたちと同
様に入国管理局で拘束されるのであった。
     @     @     @
 合衆国船籍可変式空潜水母艦サルガッソ。
 今回のヴァンダーベッケン制圧作戦、通称ジハー
ドの拠点と選ばれたのは潜行能力を持つ母艦である。
母艦としての乗員数や収容機艇数は少ないが、潜行
能力によって隠密性を高められている航空機&潜水
艇の母艦である。
 現在、サルガッソはヴァンダーベッケンを追走す
る形で、希望岬沖を潜行中である。
 プリズナーを持ち込むべく、宇宙港経由でヴァン
ダーベッケンへ向かっていた先行部隊の風鈴麗から、
作戦の失敗が報告された。
 その報告を聴いていたデーモン・ラウルの秘書の
ひとり吉岡桂子はこんなことを言う。
「あらまあ。そりゃあ、あんなもの持ち込んだ時点
でばれるに決まっていますわよね」
 パンデモニアムのリーダー奥津城鋭次は、無表情
で桂子に告げる。
「部外者は黙っていて欲しいね」
「ごめんなさいね。悪気はないの」
 そう言った桂子の顔は、ちっとも悪いと思ってい
ないようだ。鋭次はそんなことも気にせず、部下た
ちと共同で動いているサドフォースのメンバーにこ
う伝える。
「作戦決行時間を大幅に早めよう。今、この瞬間か
らだ」
 それを聞いたサドフォースのメンバーである増田
直樹は、指揮官である佐渡島に成り代わって詫びを
入れる。ちなみに、佐渡島はラウルに同行している
ため、増田がサドフォースの統括者だ。
「すまないな。下準備が何も出来ていない状態にな
ってしまった。うちの部下は見殺しにして、予定通
りに始めてもらっても構わないぞ」
 鋭次は首を振る。
「問題ない、問題ないよ。本当に問題なのは、これ
だけの戦力を与えられながら、非武装だと公言して
いる船を落とせないことの方だ。それに、そろそろ
だろう? 例の発表は。確実に混乱するさ、そりゃ
あ確実にね」
「それはそうだな。うん、時機としては悪くない。
そのタイミングで行こう」
 増田が納得したのを見て、鋭次は隅に立っている
男ジュダス・ベトライアーに気を配る。
「ジュダス様、これでよろしいですよね?」
 無言でうなずくジュダス。彼こそが本来ラウルか
らこの作戦の命令を受けた責任者である。いろいろ
あって鋭次に指揮権を与えているらしい。
 指揮官同士の話はあっさりと着いているが、その
下の者たちの間ではいろいろと疑問があった。特に
ヴァンダーベッケンに備わっている防衛装置は、彼
らを不安にさせる。
「あの船には怪しげな防衛装置がついているんです
けど、どうするおつもりなんですか?」
 こう他人ごとののように言うのはミラー・マフィ
ンだ。例によって機構軍の戦いぶりをフィルムに収
めるため、サルガッソへ移って来たのである。
 それを聞いた兵士の大半は動揺するが、一部の者
たちは全く動じていない。その中で長身の女性イン
フルエンザは、ミラーにこう言い放つ。
「そんなものはすべて幻覚ですのよ! ちぃとも問
題ありませんわねえ」
「ですがねえ、このビデオカメラにしっかりと写っ
たのですよ」
「関係ありませんわねぇ。幻覚かどうかはアナ・ビ
ジョンで確認すればよろしいのですもの! それで
本物だったら退却すればいいんですしぃ」
「ああ、なるほど」納得するミラー。
「そういうことですから、アナ・ビジョンを持たな
い方たちは、持っている方から転写すればよろしい
のですわ」
 インフルエンザの提案通り、アナ・ビジョンを持
たない者たちに能力を持つ者が転写をさせてやって
いる。その中で……
「……移してもいいぞ、クズども」
 そう言って、エングラムの輝く舌をベロリと出す
BANVI。躊躇というか引いている兵士たち。そ
れが目的の悪戯である。
 だが、それを見逃すインフルエンザではなかった。
「ふふふ、面白いですわねえ。BANVIちゃあん?
 そーゆーエロエロっぽいことは、わたくしの見て
いないところでやっていただきたいわねえ」
 と、微笑みながらBANVIの背中にドカッっと
蹴りをぶっ込むインフルエンザ。
「……洒落の通じねえ、女。やだやだ」
 体が頑丈なBANVIは、インフルエンザの蹴り
など全く堪えていないようだった。
 そして、動くタイミングをウェブニュースを視な
がら待っていた鋭次はサルガッソの船長に指令を出
す。
「艦長、浮上だ。浮上するんだ。非武装主義者にサ
ルガッソの勇姿を見せてやれ!」
 そう言って無表情のまま、カラカラと笑う鋭次だ
った。
     @     @     @
 ヴァンダーベッケンの船尾後方に突如として現わ
れたサルガッソは、船長を始めとする乗員たちを驚
かせていた。だが、それよりも船長たちを驚かせて
いたのはこの臨時ニュースだった。
『―――今日の午後、プレステル公国議会に提出さ
れた内閣不信任決議ですが、当初否決されるとみら
れていたこの決議、意外にも賛成多数によって可決。
さらに新首相選出に続いて、立憲君主制廃止案の決
議と国連再加入決議が行なわれ、微妙な得票数では
ありましたが、過半数を越えて可決されました。こ
の政変が国民の大半を占める国王擁護派の怒りを買
い、公国各地は大規模デモや暴動が発生しているよ
うです―――』
「おい、お前。これは何を意味するんだ!」
 まめにブリッジを覗いて操舵を学んでいたホーリ
ック・アリストは、船長に両肩を掴まれて訊ねられ
る。
「そ、それはつまり、陛下は帰るべき国を失ったと
いうことです。今から本国へ向かっても援助は期待
出来ないということに……」
「なんだとおおおお!!」
 船長はホーリックの肩をガクガクと揺すりながら
激昂する。
「ややめめててくくだだささああいいい……」
「船長やめてあげないか。彼女の声が宇宙人になっ
ているよ」
 その声を聞いて我に返る船長。そこにはグローリ
アスの姿があった。グローリアスは当然このニュー
スを知っているらしく、少し顔色は悪くなっている
のだが、笑みだけは絶やしていないようだった。
「陛下のお怒りは私の怒りです」
「だから私は怒っていないって、船長」
「……いいえ、これは機構軍側の政治介入に違いあ
りませんぞっ!」
 グローリアスは船長を宥めるように言う。
「違うよ、船長。これは私が国をほったらかしにし
ていた当然の報いなんだ。私はあと60日とちょっ
とで太陽が超新星化するというのに、何ら手を打て
てはいない。それに、国のことを考える議員たちが
国連に再加入するため、ああ出ても仕方のないこと
なんだよ。王子のことを考えると心苦しくはなるけ
れど」
「しかし、陛下……」
 あくまで笑みを絶やさないグローリアスを見て、
ようやく船長は平静さを取り戻す。
 ここで、ホーリックがレーダー士が叫んでいるこ
とを船長に伝える。
「あの、船長」
「なんだ?」
「船尾後方に空潜母艦と潜水母艦、そして巡洋艦数
隻が現われたそうです」

 海上に出たサルガッソは船体上部を開いた後、甲
板を扇状に可変させることにより、潜水艦モードか
ら空母モードへと移行した。機構軍側の中心となっ
ているパンデモニアムとサドフォースが率いる兵士
たちは甲板から出撃する特殊空挺部隊と水中突撃艇
数艇に乗る者たちと別れて出撃した。
 だが、それ以外の機構軍側の動きは鈍い。ヴァン
ダーベッケンはエングラム兵器を持っているという
誤認が未だに強く根付いており、出撃を手控えてい
るのである。
 しかし、そんな状況とは関係なくパンデモニアム
とサドフォースが率いる兵士たちは、どんどんヴァ
ンダーベッケンに迫っていた。

 これまで船体の破損箇所の修繕を続けていた水中
作業員たちは、機構軍出現の報せを聞き、直ぐに船
内に戻った。前回の戦闘の経験上、水中作業艇では
戦えないのだ。
 しかし、その中で水中作業艇でなんとかしてやろ
うとしている者たちがいた。甲斐武人とリーゼ・ジ
グルト・ラングナール、そして清水沢音たちだ。
 武人たちは先日の攻撃で空港を駄目にされた凝固
剤の成分を分析改良し、ごく簡単な仕組みながら水
中からでも撃ち込める凝固剤弾を作り上げていた。
 甲板からワイヤーで釣り下げられている水中作業
艇に乗る武人たちは、水中突撃艇が迫ったところを
見極めて海面に接近すると、突撃艇のスクリュー部
分目掛けて凝固剤弾を撃ち込んだ。みごと目的の場
所へ命中した凝固剤弾は、砲弾から凝固剤が飛び出
し、スクリューを覆ってそのまま固まることで突撃
艇の動きを止める。しかし、動きを止めるまでには
何発も凝固剤弾を重ね撃ちしなければならず、結局
は完全に艇の動きを止めることが出来たのはわずか
1艇だけであった。
「シーラカンスは来てくれなかったのかしら?」
 沢音はそう嘆くが、実は来ていた。しかし、アナ・
ビジョンで害がないことを看破されてしまったため、
機構軍への影響は出ていなかった。
「駄目よ、甲斐。1艇ぐらい動きを封じたって駄目。
次々と何艇も迫って来る!」
「クソッ、やっぱりアタイらだけじゃあ太刀打ち出
来ない!」
 リーゼたちはワイヤーを操作して手早く甲板部へ
と戻るしかなかった。

 ロケットベルトが標準装備の特殊空挺装備を身に
つけてヴァンダーベッケンへの進攻を狙う機構軍の
兵士たちは、ヴェルネー・フォルパルト提案による
水素ガスが満載されている阻害気球により、甲板部
分への着地は出来ず、接近信管の気球の爆破に邪魔
されたり、追い回されたりした結果、部隊のほとん
どは分断され、都市部分への着地を余儀なくされて
いた。
 そして、都市部分に着地した兵士たちを待ってい
たのは、SDSで作り上げられた怪異現象と怪物だ
った。
「ちっ、アンタと同行の憂き目かよ……」
「それはお互い様ですわよ」
 何とか着地したBANVIの近くにいた味方は、
凄く不本意そうな顔をしているインフルエンザ。そ
して、彼らの目の前に現われている怪物は、一つ目
の巨大タコのような怪物だった。
 しかし、2人は怯える様子を少しも見せない。
 すでにインフルエンザはアナ・ビジョンで目視し
ているらしく、余裕の笑みを浮かべている。
「なるほど、街のあちこちにVR映像投影装置が仕
込まれているのね」
 一方のBANVIは、タコの動きに微妙な違和感
を感じ、少し白けていた。
 アナ・ビジョンを解除したインフルエンザは、ま
じまじとタコを見る。
「なるほど、これがAIゴーグルで見破れないとい
うことは、映像に量子論的な揺らぎまでを再現して
いるということなのでしょうねえ」
 そう言ってインフルエンザたちは、元々の目的で
ある王立総合研究所をめざす。
 実はBANVIたちは運が良かった。この巨大タ
コはリンドウが無理を言って作り上げたもので、も
ともとSDSに生命体の自然な活動の再現は難しい。
見破られても仕方ないものだった。
 しかし、怪異系の幻影では、何人かの兵士がショ
ック状態に陥っているのである。

 リョコウバト・マーサを連れたカナ・デキルは、
比較的幻影の植物が茂っている動力部で困惑してい
た。そんなカナを仲間のファミール・グランフォー
ドと天ヶ瀬匠生が探しに来る。
「何してるのよ、カナ。もうみんな避難しているわ
よ」
「そうだぜ、何か問題でもあるのかい?」
 匠生の言葉にうなずくカナ。
「マーサの様子が変なのよ。何だか落ち着きがない
の」
 今来たばかりの2人が見てもマーサはおかしい。
カナに張りついていたかと思うとすぐ離れて、彼女
の頭の上をぐるぐると回り、また張りつく。
「と、とりあえず避難してみたらどうかな?」
「そうしたいのは山々なんだけれど、一緒について
きてくれないのよね。だから困ってるの」
 その時である。動力部で茂っていた植物の幻影が
消えて行くのだ。それも、砂浜で波が一気に引いて
行くように。
 呆気に取られている3人。そして、マーサはカナ
の腕に乗り、口惜しそうにカナの顔をじっくり見つ
めると、天井目掛けて舞い上がる。3人はマーサが
天井に衝突するのではないかと心配するが、マーサ
は天井を通過したのか消滅したのかよく判らない状
態だ。確実にいえるのはとにかく視界から消えてし
まったということだった。

 幻影の消失の報せは、すでにヴァンダーベッケン
に到達している兵士によって機構軍側全体に伝わっ
た。これまでシーラカンスの幻影をエングラム兵器
と勝手に恐れ、出撃に躊躇していた残りの機構軍勢
力も、ヴァンダーベッケンを攻め始めることとなっ
た。

 その頃、水中突撃艇で突入を果たした隊長のジュ
ダス・ベトライアー率いるパンデモニアムの兵士た
ちは、突然周囲が凍り付くという怪異系の幻影に翻
弄されていた。
 アナ・ビジョンで見ることで幻影ならば見えなく
なるということが判るのだが、実際に温度が急激に
下がっているために、技能を使用する前の時点で怯
えきってしまうのだ。
「アナ・ビジョンを使え、アナ・ビジョンを!」
 全軍の指揮官である鋭次がそう言っても、兵士た
ちは落ち着かない。しかし、吐く息が白いというこ
とも鋭次は気になった。
 そんな中、ジュダスは怪異空間のを突き進み、投
影式VRモニターと何か別の装置を銃で次々と撃ち
壊していった。
「ジュダス様、一体なにを破壊したのです?」
「空調、そしてスピーカーだ。精密な幻影に沿った
温度や音響を組み上げることで、この幻影は精神に
影響を及ぼす。そんな防衛装置だ、これは」
 そう言うと、ジュダスは通路を前に進んで行く。
鋭次と恐慌状態を脱した兵士たちは彼の後を続いて
行く。この後も彼らを怪異系の幻影が襲うのだが、
完全に仕組みがばれている幻影など、誰も恐れはし
なくなった。

 プロジェクト・ザムザ研究室。
 船内の様子を見にいっていた警備担当の志木琴菜
と張・麗は、これからについてのある結論を出す。
「バイオハザードモードを強引に起動させて、全隔
壁を閉鎖するしかないわね」
 もともとバイオハザードの危険性も考慮されてこ
の研究室を与えられたザムザだが、まさかこういう
形で役に立つとは思ってもみなかった。
「研究漬けの日々を過ごすことになりますけれど、
機構軍にデータを奪われるよりはマシですものね」
「さてと、外部から開けられないよう色々と仕組ん
でおきましょうか……」

 プロジェクト・アガスティア実験室。
 比較的浅い階層にあるこの実験室は、パデモニア
ムのメンバーによってあっさりと制圧されてしまう。
しかし、一般市民や研究者に危害を加えてはならな
いという命令が出ているらしく、メンバーは無傷。
特に拘束もされないという緩い扱いだった。
「理論付けが出来ていない現状に、アタシは強く感
謝するわ。提供するべき成果が何もないものね。そ
れにしても―――」バレンシアはたまたま実験室に
残っていたメンバーの顔を見渡す。「―――妙に、
研究者の扱いがいいのはどうしてかしらねえ? と
もかく、タイムトレースムービーさえ完成していれ
ば、予測できていたでしょーに」

 徐々に、そして確実にヴァンダーベッケン内に侵
食する機構軍の兵士たち。
 その頃、グローリアスは船長や近衛兵らの監視下
の元、SDSの有効性について訊ねにきていた者た
ちと共にブリッジにいた。
「―――敵軍を構成する組織はサドフォースとパン
デモニアム。……そう! いつか謁見で姿を見せな
かったあの女が言っていた組織なんです!」
 ジォビネッタ・デ・ヴィオネットが現状報告をし
ていると、その姿を見せない“あの女”の声がする。
「陛下、ご無事でしたか」
 声のした方を向くと、ジォビネッタとほぼ同じ背
の高さの女性が立っていた。
「……君は?」
 女性が答える前に、ジォビネッタが鋭い声を発す
る。
「その声、覚えているわ。貴様か、例のパンデモニ
アムのスパイは!」
「違います。確かに私はパンデモニアムのメンバー
神代絵理子ですが、スパイだなんて私は陛下に協力
いただこうと……」
「黙れッ!」普段は冷静なジォビネッタだが、妙に
感情的になっている。「―――これが貴様の言って
いたことの本当の狙いか? 何が機構軍内の反ラウ
ル組織だ、笑わせてくれる、全く」
 どうしていいか困惑しているグローリアスに対し、
船長はある提案をする。
「陛下、この船はもう機構軍に制圧されてしまうで
しょう。この老体は船と命運を供にする義務があり
ます。せめて陛下はお逃げ下さい。陛下と陛下に付
き従って下さる方々のために、水中翼船が用意して
あります」
「それは知らなかった」
 船長は軽くウインクをして、グローリアスにこう
告げる。
「私にだって、秘密のひとつぐらいはあるんです。
さあ、私の椅子を回して下さい。水中翼船までの隠
し通路への入口が、あの壁から出てきますから」
「そうですよ、陛下。陛下は脱出すべきです!」
 と、大谷和美もグローリアスの脱出を促す。
「……分かった。ただし、君たちの身は守らせても
らうよ。後で、そのVRホログラム投影装置に立つ
んだ。隠しブロックへの道が開く」
 そして、グローリアスはデータカードをコンピュ
ーターのスロットに挿すと、こう命じる。
「コンピューター、これからの10分間は私以外の
命令は全て拒絶せよ。―――命令する、居住区にお
ける生活や医療活動に影響するシステムを除く全シ
ステムを、10分後に凍結せよ。凍結後、解除コー
ドの入力がない限り、外部からの入力は全て拒絶す
ること。なお、現時点で使用しているデータカード
も破棄。解除コードを最優先とする。以上」
『実行します―――』
 コンピューターの声がブリッジに響く。ヴァンダ
ーベッケンが正常であるのは、グローリアスからだ
けの命令をきく、残り10分だけである。それ以降
は、ヴァンダーベッケンの売りである往還機の発着
機能どころか、船の運航も満足に出来なくなる。巨
大な浮き島だ。機構軍側もこれでは、船を制圧する
意味はなくなってしまう。
「ラウル君にこの程度の意地悪をしても、神はお許
ししてくれるだろう、きっと―――」
 その時、増田率いるサドフォースがブリッジに突
入し、ひとりの兵士が思わず銃を乱射する。
「まだ早いッ! 早すぎるッ!! 緊張の連続のあま
りに自分を見失ったのか、この馬鹿者め。駆け引き
というものを知れ!」
 銃を撃った兵士を蹴り倒す増田。
 ブリッジにいた者たちの大半は、機構軍の方に気
は向いていた。だが、数発放たれた射線上、そこに
はグローリアスの姿があった。そのことに気づいた
のは、グローリアスが苦悶の声を洩らしてからだ。
「くっ……」
 声に気づいて体を向けた者たちは、右肩を数発撃
たれたグローリアスの姿を目にした。
 グローリアスは自分が撃たれたことより、自分の
盾となってジォビネッタが倒れたことに衝撃を感じ
ていた。グローリアスは痛みにうめきながらも、意
識を失ったジォビネッタに肩を貸した。
 近衛兵はすぐさまスタン・グレネードで応戦し、
ひるんだサドフォースはブリッジから後退した。
 一瞬の隙をついて、グローリアスは命令を出した。
「コンピューター、ブリッジの隔壁を閉じよ!」
『実行します―――』
 一方、船長はどこかへ指示を出していた。
「航空要員、誰か残っているか!? これから陛下が
水中翼船で船外に出る。援護の後、同行してやくれ」
『了解!』ヴェルネー・フォルパルトの声だ。
 ジォビネッタのもう一方の肩を支えようとする絵
理子。だが、ジォビネッタは激しく拒絶する。
「……陛下がいかに信じていようとも、アタシは貴
様を絶対に信じない!」
「違う、私は……」
「何が違う。陛下が逃げねばならないのは、貴様、
貴様の組織がやったことだわ。陛下の理念は貴様に
よって踏み潰されたようなものだわ! 違うのッ!
ゴボッ……」
「ジォビネッタ、もうしゃべらないで。出血がひど
いわ!」
 絵理子の代わりに和美がジォビネッタに肩を貸し、
医師である祀里花が止血を行なっている。そして、
絵理子は言葉を失い、当のジォビネッタは大量の出
血により意識を失っていた。
 こうして、サドフォースが隔壁を打ち破るまでに、
クローリアスたちは水中翼船へ、そして船長たちク
ルーは機構軍から身を隠すための部屋として用意さ
れた隠しブリッジへと姿を消した。
 その後、水中翼船に乗り込んだグローリアスたち
は、ヴァンダーベッケンから脱出。ヴェルネー・フ
ォルパルトが操縦する高出力マイクロウェーブを搭
載したV−TOL機が、無数の敵航空機を海へ沈め
たおかげで機構軍の包囲網を脱することが出来た。
 だが、グローリアスはその光景の中に、自分が脱
出することで失われてゆく命があったという事実を
目のあたりにさせられた。
     @     @     @
 ヴァンダーベッケンはパンデモニアム&サドフォ
ースによってほぼ制圧された。完全でないのは、グ
ローリアスによるシステムの凍結、そしてフェデレ
ーションメンバーの大半が船内に身を潜めてしまっ
ているためだ。しかしそれでも制圧は果たせた。デ
ーモン・ラウルに伝えねばならない。
 この役目を、なぜかサドフォースの指揮官の増田
直樹がやることになった。
「ヴァンダーベッケン制圧完了しました。しかし、
グローリアスによって―――」
 現状全てを包み隠さず報告する増田。やはり完全
な制圧とは言えず、増田は、ラウルから叱咤される
ことを覚悟していた。
 だが、意外にもラウルの反応はひどくない。
『グローリアスヤツのしでかしそうな抵抗だ、気に
するな。それより増田、貴様にとって良い知らせが
ある』
「はっ」
『佐渡島を解任し、機構軍から追放した。今この瞬
間から貴様がサドフォース指揮官だ。喜んでいいぞ。
笑え』
「はははは……」力なく笑う増田。
『理由は簡単だ。佐渡島は任務を放棄した。敵前逃
亡といえる。これが重大な反逆行為になるというこ
とは、そこで身を危険にさらしていた貴様らならば
理解できるな? つまりそういうことだ』
「はい……」
 正直、喜べない。だが、ラウルの命令は絶対だ。
そんな増田の心境とはおかまいなく、ラウルからの
新たな指令が与えられる。
『―――サド・フォースはヴァンダーベッケンの制
圧維持。……これは簡単だな。そして、パンデモニ
アムは逃亡したグローリアスの身柄の確保だ。面倒
だが、凍結を解除しなくてはあんな船、何の役にも
立たない。以上だ』
 こうしてラウルへの通信は一方的に切られること
で終わりを迎えた。増田の昇進は喜ばしいものであ
るはずなのに、誰一人として喜ぶことは出来なかっ
た。
     @     @     @
 水中翼船の船室にて、グローリアスは祀里花から
傷の治療を受ける。その表情は完全に打ち沈み、時
折里花に魅せる笑みも力ないものだった。
 治療も進み、包帯を肩に巻く頃になると鎮痛剤が
効いてきたのか、グローリアスのやや混乱の続く思
考が断片的ながら里花の心に届いてしまった。
 いまグローリアスの胸中を占めるのは、彼の盾と
なって血にまみれたジォビネッタの姿だった。それ
につれ幾度も彼女が王にかけあい、武力を持つこと
を説いた光景もつむぎだされていく。そしてまた、
血に濡れたジォビネッタへと集束していく。
 やがて、その姿に、はっきりとかぶさっていくイ
メージがある。転がる短剣と、身重の女性だ。
 王の心を貫く強い意思の光を、黒雲のように後悔
が沸き立ち、厚くとりまいていく。
(―――よ、やはり僕は間違っていたのか? 人は
人を守るために、暴力を持たなければならないのか
―――)
 いつのまにか知らず哀れみの表情を作ってしまっ
ていた里花。
 そして、その表情に気づくグローリアス。
「そうか、君は、僕の―――どうもみっともないと
ころを見せてしまったようだね」
 そう言って、笑みを作ってみせるグローリアス。
その後、グローリアスは、感情の漏洩を懸命に押し
止めるのだった。
            (TO BE CONTINUED !!)
───────────────────────
《お知らせ》
●制圧される以前よりヴァンダーベッケン船内にい
たPCは、次回リプライでの行動開始場所「ヴァン
ダーベッケン」、もしくは脱出した「水中翼船」ど
ちらかの場所を明記してくださるようお願いします。
基本的にはどちらを選んでも構いません。ただし、
明らかに無理があるとこちらが判断した場合は、そ
の限りではありません。

■重要遭遇者一覧

《07130》地球:ヴァンダーベッケン
○新エングラム技能「スピナー」発現者/レモン・
ライム(00949-02)/RA.07130
○新エングラム技能「スピナー」発現者/ミスト・
ルシオーネ(01267-01)/RA.07130

■関連RA
《07140》L4:機構軍水星制圧艦隊
○水星駐留部隊責任者/ベルガモット・フランキン
センス(06208-01)/RA.07140

《07141》L4:ロス・アラモス
○機構軍情報室長補佐/黒埼一(00762-02)/RA.071
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