■No.09160「それは深く、とても暗い」
GM:星空めてお 担当マスター:桜井光

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《あらすじ》
 リヴァイアサンに対する作戦がアカデミーで進め
られる中、ハンプティ・ダンプティ基地では着々と
シルマリル外殻の修復や反物質の採掘・移送が行わ
れていた。
 クローンの少女たちは暴走することもなく、基地
メンバーと親しくなり、人間らしさを増していく。
だが、彼女らの寿命を伸ばそうという試みは芳しい
成果を上げていなかった。そんな中、ナノマシーン
の研究から、リヴァイアサンを利用して少女たちの
寿命を伸ばせるかもしれない、との可能性が浮かび
上がる。
 やがて、シルマリルにリヴァイアサンの一部が取
り付いてしまう。新しく発現したエングラム技能で
制御しているものの、いつ浸食が開始されてもおか
しくない。火星からビアンキ代表の要請を受けたハ
ンプティ・ダンプティ基地は、リヴァイアサンとい
う危険を孕んだまま、水星へ向けて航行を開始した。


 機構軍艦隊。
 シルマリル出発の報に接し、艦隊は針路を変更し
た。目的地は水星圏。加速を続ける艦隊には、シル
マリル降下部隊を擁する大型艦や中型艦を多数見る
ことができる。
 その内の一隻の大型艦。内部、ブリッジへと続く
廊下───
「山下」
 自分の名を呼ばれ、山下博士は立ち止まった。振
り返ると、そこには村中真洋の黒い瞳があった。
「シルマリル攻略へ向かうそうだな。部隊長だそう
じゃないか。例の新型……遠隔操作クローン共を連
れて行くんだろう」常に嫌味を言っているような村
中の口調は、耳にさわる。
「そうですが」
「むこうの偽善者どもの毒気に当てられないよう、
せいぜい気を付けろよ。知ってるか? 馬鹿は感染
するんだって」
「ご忠告痛み入ります」慇懃に山下は応えた。
 村中の言葉は、クローン兵士に対して特別な思い
入れを持つ自分への遠回りな中傷だ。この期に及ん
でそんなものを真に受ける気は、山下にはなかった。
「まあ、クローン共の性能が確かなら、今回の攻略
は比較的容易に済むはずだがな。注意するに越した
ことはない。気を抜かないことだ」
 今回のシルマリル攻略作戦において強化防護装甲
の降下兵の他、山下の遠隔操作クローン兵がβ基地
を、そして耐放射線能力を強化したクローン兵がα
基地へ投入されることになっている。元ハンプティ
基地隊員であるシャロン・サタナキアが基地のデー
タを提供したことで、今回の攻略には具体的な作戦
が立てられていた。前回の襲撃とは違い、成果が上
げられることはほぼ確実とされている。
「ええ、気を付けます」
 もう一度慇懃に言って、山下はその場を去った。
「フン」小さくなっていく山下の足音を背中に受け
ながら、村中は小さく呟く。「せいぜい、日和って
いるがいいさ───」

  同艦内、隔壁で外部と遮断された一室。扉には
『ドック』とだけ記され、その真上にはバイオハザ
ードマークが張り付けられている。
 部屋の中は、酷く無機的だった。ライトの落とさ
れた部屋にあるのは、パイプベッドがひとつだけ。
あとは壁面に設置された大きな鏡だけだ。
 パイプベッドに座った影が、手元の通信機を覗き
込んでいる。
 影は少年だった。体格からは、十代の半ばから後
半であると伺える。だが彼の実年齢は13歳。常人
用ナノマシーンを投与されたことで、実年齢よりも
大きく成長していたのだ。
「マクラクラン中尉……いつになったら、外に出ら
れるの」
『もう少しですよ。好きなだけ、殺させてあげまし
ょう。ですがその時が来るのはあともう少しです。
今は、ナノマシーンを制御できるよう練習しておき
なさい』
「うん……」
 少年は───真・造酒原は、少年のあどけなさ、
そして可愛らしさが残る顔で頷いた。髪が長いので、
少女に見間違えないこともない。
『それではまた。その時になったらこちらから連絡
しますよ、ヴァールハイト君』
「……違うよ」通信機に向かって、真は面白そうに
口元を歪める。「あいつはいない。僕はあいつとは
違う。僕は、リューグナーだ」
 真は、リューグナーの人格へと転じていたその少
年は、相手の返事を待たないまま通信を切った。
     @     @     @
  宇宙空間を行く、二つの巨大な建造物。
 移動を開始したハンプティ・ダンプティ基地は、
竜宮神夜らによって急きょ作成された反物質ナノマ
シーンを活用して切り出した反物質燃料を地球のプ
ロジェクトへと逐次移送しつつ、火星への軌道を航
行している。竜宮はまず反電子などを作成すること
で反物質ナノマシーンを作り出そうとしていたが、
微細作業の積み重ねが必要なため、その方法では時
間が掛かってしまう。また反電子や反陽子を用いて
一からナノマシンを作る案もあったが、粒子加速器
の設備はハンプティ基地になく、やはりアヴァター
ラで作成する時間的余裕もない。よって、結果とし
てシルマリル外殻内のプラズマ内に浮遊する分子単
位の反物質をレーザーなどでコントロールし、超微
細作業によって単一のナノマシンを作り、増殖させ
ると言う方法を取っていた。リヴァイアサンを見て
分かるようにナノマシンの増殖力は驚異的だ。数日
の内に、反物質ナノマシーンが小爆発を抑制し、反
物質の切り出し作業は最大限の速度で再開されたの
である。
  ポッドへ収められた反物質燃料は、フェデレーシ
ョン物資輸送班の有するアタランテ改級『ブラーク』
シリーズが地球へと輸送している。β基地のドッキ
ングポートには、常に出発を待つブラークの姿が確
認できた。
  α、βの両基地は非常に近い距離で航行しており
、β基地からは、遅れて走るα基地の姿を視認する
ことができる。そしてそのα基地の姿は、既に異形
の姿へと転じつつあった。
 異形の主は、リヴァイアサン。

「あの様子で、果たして無事といえるのかの」
 と、瀬田は誰に言うでもなく呟いた。中央ブリッ
ジ───メカニックのジョージ・ライオネルの提案
から、ブリッジは中央、サブ1、サブ2の三種類が
用意されていた───のモニターのひとつには、常
にα基地の姿が映し出されている。α基地の姿は、
以前のものとは大きくかけ離れた姿をしていた。
 リヴァイアサンだ。取り付いたリヴァイアサンは、
普段使われないα基地制御室へ常駐してコンタクト
制御を試みるメンバーの意志に反して、着々と増殖
を、浸食を続けていた。メンバーの努力によって、
そのスピードは非常にゆっくりになっており暴走も
行われていないが、現状から言うと制御は「ぎりぎ
り」のラインだ。メンバーの働きゆえか切り出し作
業に障害は出ていないが、あまり気分のいい状態で
はない。
 ダイヤモンド外殻や、餌として提供した資材を取
り込み、リヴァイアサンはゆっくりと「船体」を形
成しつつある。そのイメージは、寸胴な肉食魚とい
うものだ。内部にシルマリル第二、第三外殻をその
まま有しているため、球形のフォルムはなんとか維
持されているが。
「エレス・アクベ隊から通信です」管制官の任に就
いているアンナ・シャルンホルストが、瀬田へ告げ
る。SGチーム『エレス・アクベ』隊は、アタラン
テ改四隻によって針路を先行していた。「オロメ、
並びにツインズの走査情報からは、現在針路上に敵
影は確認されていません」
「うむ。針路を待ち伏せされることはまずないじゃ
ろう。だが、気を抜くなとエレス・アクベの連中に
は言っておけ」
 言って、瀬田はシートへと腰を下ろす。
 移動開始から現在に至るまで、航行に問題はない。
機構軍は確かに全艦隊が動いたらしく、水星への針
路を待ち伏せる船団もいなかった。
「このまま、無事に水星まで辿り着けるといいです
が」
 アンナは不安げに漏らす。
 それは無理だ、と瀬田は冷たく応えた。機構軍は
既に針路を変え、水星圏へと加速を開始している。
結局、戦闘開始の時期が、多少ずれただけに過ぎな
い。だが───
 だが、その多少の時間のズレが、すべてを左右す
るのだ。瀬田はアンナの目前にあるモニターを覗く。
機構艦隊が水星圏へ到着する予想時期が計算されて
いる。それによれば、ハンプティ基地が水星軌道へ
の遷移軌道に乗っているさなかに、機構軍は攻撃を
開始してくるはずだ。
「アンナ。SG艦隊が水星圏へ到着するのは、機構
からどのくらい遅れる」
「約二日ほど後と思われます。時間単位の詳しい計
算は今はまだ」
「二日か」つまり、戦闘は少なくとも二日、保ちこ
たえなくてはならないのだ。
「二日か」
 もう一度、瀬田は呟く。その口調にいつもの明る
い調子が含まれていないことに、コンソール操作補
助をするアヤナ・マツナガは気付いていた。彼女は
通常の、瀬田の秘書としての業務の他、現在はブリ
ッジの補助メンバーとしても働いている。
(リーダー……)小さく、唇を噛む。
 アヤナは、瀬田に尋ねたいことがあった。だが、
基地の航行開始から、事務室での執務をアヤナに任
せている以上、二人だけになる機会もない。
 もう一度、アヤナは唇を噛んだ。
     @     @     @
  居住区───
  タウたちクローンの情操教育を目的とした『家』
には、常駐のメンバーつまり『家族』が増えていた。
今までは母役であるフィリア・セラフィールドだけ
が『家族』だったが、一人の人間だけに慣れさせる
のも問題であるとの意見、並びに『家族』を増やす
ことで将来的には自律的に多数の人間と交流をおこ
なえるようになれば良いとの意見があったからだ。
 父役としてのマドラス・シノ、そして姉役のハル
カ・P・ウェイランドが新たな常駐メンバーだ。
「またまけてる」
「まどらす、よわい」
「よわい、よわい」
 リビング。クローンたちのはしゃぐ声が響く。
 肩を落として座り込んでいるマドラスの後ろ姿に
は、随分と悲壮感が漂っていた。ハルカがフィリア
と顔を見合わせて、苦笑する。
 マドラスの手元には、トランプのカードが一枚。
ジョーカーだ。
「まどらす、また、ばばひいた」
「まどらす、なさけない」
 アルファの言葉がマドラスにトドメを刺す。皆で
トランプをしていたのだが、クローンたちは、特に
アルファとミューは結束して必ずマドラスを負けに
持っていくのだ。ひとりブルーな雰囲気を醸し出す
マドラスのまわりを、アルファやミューがはしゃい
で騒ぐ。
 その様子を眺めながら、フィリアは腰に手を当て
てやれやれと息を吐いた。
「もう、あんまりマドラスさんを悪く言っちゃだめ
でしょ」
「でも、ほんとによわい」
「そうだけどね。ダメよ、ひとの悪口は」
 微笑んで、表情でアルファ達を諫めるフィリア。
彼女の心中には、微笑む自分とは別に、恐怖するも
う一人のフィリアがいる。
(この暖かなぬくもりも、あともう少しで光に消え
るかも分からない───)
 日めくりのカレンダーを毎日見るごとに、フィリ
アの内心は恐怖に震えていく。
 着実に、ゆっくりと近付いていくのだ。約束の日、
太陽超新星化。
 9月14日が。
     @     @     @
「お疲れさまです。はい、タオルどうぞ」
 とのリージュ・クロウウェルの言葉の通り、スク
ゥード・ソウンはげっそりと疲れた表情を浮かべて
いた。少し、頬もこけている。
「そんなに疲れた顔してるかな、俺」受け取ったタ
オルで汗を拭いつつ、電源の消えているコンピュー
タディスプレイの黒い画面に顔を映す。「……して
るみたいだな」
「ちゃんと寝てるんですか」
「いや、あまり寝ていない。理論が一通りできてい
る筈なのに治療技能発生の兆しがないって事はさ、
別の方法も考えなきゃならないだろ」
「それで───過度の疲労を自分にかけて、極限状
態に持ち込む気ですか」
 咎めるようにリージュが眉をしかめる。研究メン
バーの健康管理を引き受けているリージュには、ス
クゥードの採っている方法には賛同しかねる。
「怒るなって」
「僕だけじゃなくて、フィリアさんも怒ります。ツ
ェータだって」
「……ともかく」ツェータの名を出され、言葉に詰
まる。ここのところ、忙しさから全くツェータとは
顔を合わせていないのだ。「極限状態っていうのに
は程遠いさ。俺だって、そういう方法には大反対だ。
だが、多少は消耗していないと新技能は生まれない
かな、と最近は思い始めた。理論構築の時間を伸ば
して、睡眠時間をなくしてるだけだが」
 理論が進まない以上他にやれることがない、と力
無く続ける。
 スクゥードらクローンたちの延命を目的としたW
G『バルツィバル』のメンバーは、様々な分野から
の研究を試みていた。治療用エングラムやナノマシ
ン制御エングラムの開発、またリヴァイアサンへの
接触による医療用ナノマシンの作成も試みられてい
た───
「危機的状況って言うのはさ」
 培養槽の影からクリフォード・ラムズが声を上げ
る。その隣には微細研究用の機器がある。この部屋
は、ナノマシン制御エングラム開発班のラボなのだ。
「危機的状況って言うのはさ、何をさして言うんだ
ろうな。太陽がでかくなって皆死ぬ、それだけじゃ
エングラムは何も与えてくれないのか」
「それとは根ざしているものが違うよ」スクゥード
は己の頬を叩く。「俺たちは、その先を考えてるん
だから。シルマリリオンがよしんば成功したとして
も、ツェータ達に与えられる未来は短かすぎる。そ
れをなんとかしようっていうんだから」
「そうかな」
「そうさ。ところで、そっちの進み具合はどうなん
だ」
 その問いに答えたのは、クリフォードではなく祀
白馬だった。端麗な顔立ちが、陰気に言葉を述べる。
「よろしくないですね。サイバーアクセスによって
多量のナノマシンをひとつの機械として認識するこ
と自体は可能でしたが、ナノマシンの利点である万
能さを再現することはできないのです。単一の状況
以外には対応できなくなってしまう。これは、クロ
ーンたちのナノマシンにしろリヴァイアサンにしろ、
同じ事です」
「そう、か……」
 スクゥードは落胆の色を隠せない。細胞死を抑制
しようとすること自体、神の領域に踏み込むことで
あるとは認識していた。だが、それでもスクゥード
は戦うつもりでいた。イカロスは太陽と戦おうとし
ているのだから、己も神と戦うだけの心づもりはあ
った。
 しかし……
「水星圏到達までは、まだまだ間があります。暗い
顔しないで、皆さんがんばってくださいよ。彼女た
ちにとっては、皆さんの研究成果が希望になるんで
すから」
 リージュの言葉に、スクゥードは精一杯強気な表
情で頷いた。だが、止められない。研究を続ける毎
に、心の中の希望が別のものへ塗り替えられていく
のを、止められない。
 頬をもう一度叩き、スクゥードは小さく呟く。
「希望、か」
     @     @     @
 一方、サイバネティクス・ラボでは、数名のメン
バーが研究を続けていた。シアン・K・カリウムや
佐藤裕一ら医療要員を中心としたWG『プロテウス』
の面々だ。シアンはダミーシステムの実験に続き、
タウ達姉妹の部分クローンを使用してリヴァイアサ
ンSRSの投与実験を行っていた。クローンたちの
延命にリヴァイアサンが有効かも知れないという仮
説を受けて行われている実験だ。
 以前の実験と違うところは、被験体がタウ達のも
のであることと、投与するナノマシーンがリヴァイ
アサンであるということ。
 リヴァイアサンを用いるという事で、暴走の危険
を考慮していつでも基地からの切り離しが行える居
住区の隅のブロックにラボは設置されている。サイ
バネティクス・ラボに微細ラボを併設した形だ。
「こっち? そうね、悪くはないわ」
 シアンはコントロールルームのコンピューターで
誰かと通信中だ。「今のところ、なかなかいい反応
を返してくれているわ。……ええ。で、そちらは?
 ───そう……気を落とさずにね。ナノ・アジャ
スト班にはデータを渡しておくから。お互い、がん
ばりましょう。え、皆で昼食? ああ、また川島ク
ンががんばったのね。ええ、わかったわ。Bブロッ
クね。それじゃ」
 通信を切って、シアンはラボへと戻る。
「今の、誰?」ミント・エレクトリアがエングラム
を励起させたままシアンへ尋ねる。ミントはリヴァ
イアサンが暴走しないよう、エングラム技能で命令
を送っている。
 このリヴァイアサン制御は24時間常に誰かが行
っているのだが、ミントは自分の受け持ち時間が来
ると「なんでアタシがやんなきゃいけないわけー?」
と常にブツブツ文句を言っている。α基地からリヴ
ァイアサンを採取してきたのが自分なのだから、も
うリヴァイアサンは沢山だということらしい。だが、
逆を返すとリヴァイアサンに関してはわずかでもミ
ントの方が経験があるという事になる。それを言う
と、ミントは本気で嫌がるのだが。ともかく、ミン
トは自機の整備の空き時間を使って、文句を言いつ
つも『プロテウス』に協力していた。
「スクゥードからよ。タウ達がサンドイッチを作っ
てきてくれたから、昼食を一緒に取らないかって。
でね……向こうの研究、うまくいってないみたい。
随分疲れた顔だったわ」
「あまり、無理をしないといいですが」
 培養槽のチェックをする倉橋慶彦は言う。
「慶彦ぉ、キミが言う?」シアンはいたずらっぽく
笑った。倉橋は少し傷ついたような表情をして、右
腕を押さえた。「やだ、そんなカオしないで。冗談、
冗談よ」
「すいません」
 以前の騒ぎで倉橋の右腕は切断処理を余儀なくさ
れ、現在は本人の希望でサイバネ義腕が取り付けら
れている。本来なら重大な問題行動とされる所だっ
たが、シアンがフォローしたために数日の謹慎で処
分は済んでいた。
「シアンさん、サンプルBのチェック終了。どれも
順調ですよ。暴走の兆候も、異常も今のところあり
ません」
 言ったのは、医師であり神父でもある佐藤裕一だ。
片手にホビットを開いている。
「ザムザには、私がデータを送信しておきます」
「ありがと。でも裕一、そろそろ休んだらどう? 
データは私が送っておくから。そっちの実験だって
あるんでしょう」
 佐藤の提唱していた実験は、シアンとは別の方法
を採るものだ。
「いえ」裕一は肩をすくめる。「シアンさんの実験
でこれだけ結果が出ている以上、時間の押し迫った
中で違うベクトルの実験を行っても仕方がありませ
んから。こちらに協力させていただきますよ」
(そうだよ。そうだよね───)
 ミントは二人の会話を聞きながら、ぼんやりと考
える。ドックで機体をいじっている時も、ここにい
る時も、常に身を苛む意識がある。
『押し迫っている』
 時間が、ないのだ。すべてにおいて。
     @     @     @
「時間がない。それが、問題なんだ……」
 秀真國晶は、研究室の隅に置いたソファに腰を下
ろした。ネイバーであるララミー・パーキンスは、
それとほぼ同時に溜息を付いた。
 彼らは『バルツィバル』のメンバーとして、エン
グラム技能『スレッド』を用いてクローン姉妹の内
臓老化をくい止めようと働いていた。エングラム発
現の可能性に関しては、物理的に13神経を再生す
ることが不可能な以上、『スレッド』には荷がかち
過ぎることが既に分かっている。
 技能の実用の前の第一段階として、データ収集を
行った。地球のプロジェクト『ザムザ』と連絡を取
りデータを集め、ウェスリー・ハインがL4コロニ
ーから持ち帰ったデータを解析した。
 ウェスリー・ハインのデータからはクローンの性
能などの基本データの他、延命措置に対するデータ
も見つかった。その延命処置とは───
「どうすればいいと思う、ララミー」
「ウェスリーのデータからすりゃ、ごくオーソッド
ックス且つ成果の確実なスタイルとしての延命措置
は、代謝の抑制なんだろ」
「だが、処置を行えば、一日のほとんどべてはベッ
ドの中なんだ」
「それじゃ意味がない。半死人じゃ、意味がないだ
ろうな」
「分かっているさ。だからこれはダメだ。だから、
スレッドを、やろうとした……」
 だが、スレッドは寿命に対して有効ではなかった
のだ。『ザムザ』の研究データから、活性率を一定
以上にまで高めてスレッドを用いれば、遺伝情報か
らの肉体の補修が可能だ。つまり、ナノマシーンと
AIを取り除き、彼女たちを普通の人間の少女にす
ることができる。
「だがスレッドは有効じゃない。普通の女の子にし
てやっても、寿命は変わらない。後からダメージを
受けた訳じゃなく、そう言う風に作られたんだから
な」
  ララミーの言う言葉は、すべて秀真には分かって
いる。その感情も。お互い一緒に働いたからではな
く、ネイバーだからだ。
 今行われている会話は、二人で独り言を言ってい
るようなものだ。
「だが普通の子にしてあげるのは、悪い事じゃない。
むしろ、普通のままで生かしてやりたい」
「ではその、短い寿命の中で教育をさせるのか? 
今までと違う体機能を与えられたら、それに慣れる
まではまともな生活はおくれない。リハビリで、只
でさえ短い10年を減らすのか?」
「時間が、ないのか。ララミー……どうすればいい」
  頭を抱え、呻く。
「太陽が爆発すれば、それを考える時間も無いかも
分からん。それが問題なんだろう」
 また、話は振り出しへ戻った。
 ララミーの言葉の後、秀真は深く溜息をついた。
     @     @     @
 そして数日が過ぎた。
 αとβの両基地はグワイヒアと合流するために調
整、計算した結果、加速を停止させていた。火星沖
でグワイヒアと合流し、ほぼ同時に火星軌道エレベ
ーター外軸のステーションから射出されたコンテナ
群を受け取り、リヴァイアサン用の資材他、補給物
資を確保する。機構軍の待ち伏せは、予想通り起こ
っていない。
 β基地中央ブリッジ───
 瀬田はシートに座し、ホビットで減速時期の計算
式を睨み付けていた。計算からすれば、機構軍との
衝突は水星=バルカン間に両基地の位置を固定する
前に起こるだろう。
 息を吐き、瀬田は顔を上げた。
「そういえば……公星はどうした」自称瀬田の弟子
である公星・J・ガリアンは、サブ通信士としてブ
リッジのメンバーになっていた。「おらんようだが」
「休憩に入りましたよ。公星さん、リーダーに直接
仰ってましたけど……お聞きになっていなかったん
ですか?」コンピューター・オペレーターの煌・テ
ィフェレトが不思議そうに応える。
「うむ。そうだったか。男の話は脳のフラッシュメ
モリに入れとるからな」
 言いながら、瀬田は思い出す。確かに休憩の許可
は出した。それと、公星とが結びつかなかったのだ。
いつもの、少し間の抜けた感じが、彼から感じられ
なかったからだろうか。
 つまり、公星の様子がいつもと違ったのだ。彼は
何かを悩んでいる。
「この土壇場で悩むか……」呟きかけ、瀬田は首を
振って言い変える。「いや。この状況ゆえか」
     @     @     @
 『家』では、玉響彰子と篠宮美沙季が、姉妹に対
してエングラム接触を試みていた。以前と同じよう
に、エングラムをミューやツェータの左手に重ね、
意志を送り続ける。
「どう、感じは?」
 フィリアの言葉に、彰子は肩をすくめる。篠宮も
頷き、
「はっきりとはしませんけど、なんとなく感情の流
れ感じるような気も……たまに……」
 と自身無さそうに応える。
「随分不明確なんです。こちらの気のせいかも知れ
ません」彰子は眉根を寄せた。
 フィリアも表情を暗くする。皆、気持ちが焦って
いた。今日が駄目なら明日、と思うのが辛くなって
いるのだ。
「ねえ、フィリアさん。今からお風呂に行きますけ
ど、みんなで行きません? 彰子さんと美沙季さん
も一緒に」
 暗くなりかけた空気を察して、ハルカが極力明る
い調子で声をかける。同時に、アルファが騒ぎ出し
た。シャワー以外の水が苦手らしいアルファは、
『フロ』の言葉に反応したのだ。
「みゅー、いく!」
「つぇーたも、いく」
  ミューとツェータが嬉しそうな声を出す。三人
で顔を見合わせて、フィリア達はなんとか笑うことができた。
     @     @     @
 『プロテウス』での実験は成功を掲げられるほど
に成果を上げていた。クローンに対するリヴァイア
サンSRSの投与は、延命に関して有効との結果が
出たのだ。
 だが、いざ投与実験となるともっと時間が欲しい。
扱う物がリヴァイアサンなだけに、慎重を期さなけ
れば、姉妹どころか基地全体が危機に晒される。
 時間。時間が欲しい。
「太陽超新星化はともかく、それが防がれると仮定
すればいいわけでしょう?」培養槽を眺めながら、
倉橋が言う。「その上で、投与実験へのデータを集
めていればいい」
「確かに、仮定すれば実質10年近い猶予があるわ
けですから、ほぼ確実にリヴァイアサン投与は可能
になりますが……」
 佐藤神父は言葉を濁す。
「だったら、第一段階の成功程度で、研究を中断し
ている暇はないでしょう」
「こちらの気持ちの問題ですよ。太陽系消滅の危機
に、研究を続けていられるだけの意志力があるかどうか」
「それは、おかしいです。理論的でない」
「確かに」佐藤は腕を組む「ですが、理屈だけでは
人は動けないんです。実際、戦闘中やシルマリリオ
ンの作戦中に研究を続けられますか」
 言って、佐藤はコントロールルームの窓を眺める。
そちらの部屋には、実験成功の報告を聞いたフィリ
アとハルカ、そしてタウが見学に訪れていた。

 興味津々と言った感じで、タウはディスプレイに
映ったグラフの数々を覗いている。その後ろでは、
シアンがフィリア達と話していた。
「じゃあ実験は成功したのね。よかった」
 フィリアは心底安心した声を出す。
「ええ。結論からいえば、そうね。でも投与実験ま
でには完全に暴走の危険が無くなるまで、研究を続
けないとならないのだけど」
「それでも、もうこれで大丈夫なんでしょう?」と
は、ハルカ。
「そうね。長くても四、五年の内には投与にまでこ
じつけられると思う。この子達のAIにコントロー
ルパターンを打ち込む作業も必要だし」   
 言って、シアンはタウを見た。タウもまた、ディ
スプレイから顔を上げてシアンを見ている。
「あれが、たうたちを、たすける?」
 タウはディスプレイのひとつに映ったシルマリル
=リヴァイアサンを指さした。シルマリルはもうほ
ぼ完全に、リヴァイアサンに呑み込まれる形となっ
ていた。完全な船体が形成されており、巨大な牙持
つ口を閉じた肉食魚のように見える。
「いいえ」シアンは首を振り、続ける。「助けられ
るのとは違うわ。いい? あれを、あなたたちが制
御するの。支配するのよ」
「しはい」
 タウはリヴァイアサンを見る。中心に球形のシル
マリル第三外殻が埋まっているのが、所々空いた孔
から確認できる。
 黙って、タウはディスプレイを見つめ続けた。
「どうしたの、タウ」
「これ、うごかない」ハルカの言葉に、振り向かず
に応える。
「動かないよ、制御メンバーががんばってるからね」
 動かない。ディスプレイの中のリヴァイアサンは、
シルマリルに取り付いた時の激しい動きを微塵も感
じさせないほど、静かに宇宙を進んでいた。
     @     @     @
 そして約束の日から数え、四日前。
 決戦の第一日目。
 9月10日。
 ハンプティ基地は減速を完了させ、太陽を周回す
る楕円軌道へ乗っていた。水星とバルカン基地の間
へ位置を固定する予定だ。つまり現在の楕円軌道と
は、水星=バルカン間へと位置を固定するための遷
移軌道ということになる。
 α、βの両基地は、引き続きごく近い距離で併走
していた。α基地の制御室では、引き続きリヴァイ
アサンの制御が行われている。
 そして、β基地中央ブリッジ───
「グワイヒアから内火艇到着。保安メンバーの増員
です」
 公星が告げる。グワイヒアはハンプティ両基地と
同じ軌道を、少し遅れて回っている。視認できるほ
ど、近い距離だ。
「うむ。内火挺パイロットにはご苦労と伝えてやっ
てくれ。保安の増員はエングラムチェック後、配置
につかせろ」
「了解」応えたのはアンナ管制官だ。
「保安の作業及び配置は、できるだけ急げ。それと、
配置は二重三重、なんでもいいから厳重にしておけ。
火星の二の舞はごめんじゃ」瀬田は低い声で命令を
下す。
 火星がテロリストに襲撃され、シミズ・シティが
壊滅したとのニュースは、すでに基地に届いていた。
テロの情報は事前にキャッチされていたが、火星に
は対抗できるだけの力が残っていなかったのだ。
  オペレーターの煌はコンソールをしつつ、モニ
ターのひとつに目をやった。
 グワイヒア。
  モニターに映った三つのバルジを持つその船を、
三又の矛のようだと煌は思う。
「ティフェレト、航路のシュミレーションを出して
くれ」
「はい」
 煌はコンソールを叩く。
 モニターにシミュレーション画面が浮かぶ。α、
β両基地の航路を表す破線が、ゆるやかにカーブし
た軌道を描いて、バルカンに達した。
「バルカン基地と水星の、丁度中心へ向かいます」
煌が告げる。「到達は46時間後」
「やり直しはきかないのう。ミスをすれば、水星を
遥かに通り過ぎてしまう」
「リーダー。機構軍のデータを重ねて表示します」
 アンナが続ける。機構軍艦隊を表すドットが画面
の下半分を埋めた。
 ブリッジの誰かが呻いた。
 機構軍艦艇は圧倒的な数を有していた。
「交戦可能な距離まで接近するのが、約5時間後で
す」
「こちらと同じ軌道に乗ってくるな」操舵士のアー
ク・フォーチュンが呟く。アークはリヴァイアサン
制御班から抜け、操舵士として基地の軌道調整の任
に就いていた。「こちらを制圧する気なら、同じ軌
道以外の針路は無理だ」
「グワイヒアと護衛、直衛艦隊だけではやはり抜か
れるか」
 との瀬田の問いにアヤナが頷く。
「はい。別艦隊が交差軌道に乗って機構軍をすれ違
いざまに攻撃する予定ですが、接触はごく短い時間
です。こうなると援軍が頼りですが……小惑星帯S
Gの到着は、38時間後の予定です。シャドウファ
クシ到着はそれより若干、遅れる模様です」
「二日か」もう一度言う。「……基地内防衛チーム
の作業を急がせろ。四時間で終わらせるように。な
お白兵戦に備え、基地内すべての武器使用を許可す
る。ニードルガンもあるだけ携帯させろ」
「了解」
「白兵戦か」アークが呟く。誰かが、何人死ぬのだ
ろうと呟いた。
     @     @     @
 5時間後───
 機構軍艦隊、水星圏到達。
 ほぼ同時に、バルカン基地からの船も含めたシル
マリル直衛艦隊及びグワイヒア護衛艦隊が展開、配
置が開始され、シルマリルと同じ軌道を周回する。
  シルマリル攻防戦、戦闘開始。
『本作戦に参加するすべての方へ。───あなたの
エングラムを感じてください。そこに連なる人たち
を確かめてください。もし、あなたがエングラムを
持たなくても、あなたの周りには誰かがいて、とも
に生きています。我々は独りじゃありません』
 グワイヒアからの通信が、フェデレーション全船
に届いた。β基地ブリッジにも届いている。
『この戦いを勝ち抜くのは最低条件です』通信は続
ける。『すべての人類のための戦いが、すぐ後に控
えています。バルカンでまた会いましょう』
 まずは、交差艦隊が戦闘の口火を切った。
 レーダー上ですら非常に早く表示されるスピード
で、機構艦隊と交差する。交差した瞬間に、レーダ
ー上にあった交差艦隊のドットが急激に減った。
 煌が小さく悲鳴を上げる。
「火力が違いすぎます。緒戦は完全にこちらの敗北
です」アンナが短く告げる。
「くそッ……」
 瀬田は罵りの言葉を上げた。アンナの補助でコン
ソールについているアヤナが、驚いて振り返る。
 瀬田は拳を握りしめていた。
「敵、第一波来ます」
 煌の声と共に、レーダー上に展開した機構の艦が
いくつも加速する。射線にシルマリルがある以上、
向こうも手が出せない。グワイヒアが次々と撃墜し
ていく。
「撃墜された戦闘艇母艦より、小型戦闘艇が来ます。
総数……31、いえ、40? もの凄い加速でこち
らへ向かってます。グワイヒアが攻撃していますが」
「HDシリーズと同系だ。抜けるな、これは」
 煌に続き、アークが呟く。
 通信士がグワイヒアからの通信を伝える。グワイ
ヒア後尾からの攻撃は誤射の可能性から行えない。
つまり、グワイヒアの攻撃エリアを抜けたものは、
こちらで処理しなくてはならないという事だ。
「シルマリル護衛艦隊へ通信」瀬田が声を上げる。
「了解。繋げます……どうぞ」
「敵は小型艇を大量に投入。ハンプティ・ダンプテ
ィ両基地へ揚陸を試みると予想される」声を荒げる。
「いいか! 一機も逃さず、撃ち落とせ」
 β基地の全砲座へも迎撃を伝える。
  と、突然。
『β基地内へ連絡! 第二ブリッジから立蔵ちなみ
様だ!』
 幼い少女の声がスピーカーを通じてブリッジに響
いた。いや、恐らく基地全域へ届いているだろう。
「……何じゃ」
「言ってましたよ師匠、第二ブリッジからだって」
通信のコンソールを操作する公星に、瀬田は目顔で
黙れと促す。
「第二ブリッジは、無人の筈ですが」アンナが首を
傾げる。
「それでもSGはいるだろう。きっと、SGの連中
とグルになってるんだよ」
 テロか、と誰かが息を呑む。
「違うって。目的はテロじゃなくて激励だろ」
  アークの言葉に覆い被さるように、スピーカー
が音声を放つ。『敵さんが来るぞ! みんな、気を
抜くなよ! シルマリルもタウたちも大事な娘だ。
みんな守ってやれよ!』
 その言葉と同時に、緊急ブザーが鳴り響き始める。
敵降下部隊が直衛艦隊を抜け、揚陸してきたのだ。
     @     @     @
  小型艇は次々と侵入し、兵士を降下させる。ドッ
キングポートやアームへ突っ込みゲートを砕いて基
地内へ侵入する艇もあり、以前のカイパーベルトの
攻防を思い出させた。
『既にα基地の各施設を隔壁で遮断した。放射線用
の隔壁は厚いから、α基地はそれとリヴァイアサン
操作でなんとかなると思う。β基地の緊急隔壁も現
在展開、封鎖中だが、こちらはせいぜい防火壁程度
だ、あてに出来ないだろう。各員の健闘を祈る』
 保安チームのコムニーのそれぞれに、佐倉圭一の
言葉が届く。だがその通信は、ポートへ降り立った
山下博士にも届いていた。シャロンのもたらした情
報には、基地内通信の周波数も含まれていたのだ。
 耐衝撃用の重厚なスーツを脱ぎ捨て、山下は側に
控える兵士に命令する。
「いいですか、アルテミス4」アルテミス・ドール。
それが兵士の名だ。「これよりアルテミス1から3
と合流します。インビジビリティポイントはK−2。
いいですね」
「了解シタ」
 頷く兵士の顔は、タウ達とそっくりのものであっ
た。クローン兵士。山下の開発した遠隔操作クロー
ン兵だ。山下と兵士の周りに倒れる数人のSGは、
この兵士が倒したものだ。
 山下は腰のベルトに付けた遠隔操作装置のエング
ラム=インターフェイスに、励起させたエングラム
を触れ合わせる。
「ナンバー1から3へ。ポイントK−2へ集結後、
ルートBで作戦を展開します。目的地は生命維持区
画」
「山下部隊長」
 声をかけたのは、山下の副官である男だ。
 シオン・マクラクラン中尉。自分と同じく全身黒
の軽量防弾スーツを身につけている。彼は山下の部
下と共に、β基地制圧のためにクローン小隊を率い
ている。「私の第二班はルートCにて、第三ブリッ
ジを確保します。三班および八班は全滅したため作
戦停止。四班、七班は指揮機がグワイヒアに落とさ
れましたので、五班と六班へ戦力を分割させ、両班
は指揮官と共に動力区画へ向かわせます。なおすべ
て、各ポイントよりインビジビリティルートに入り
ます」
「了解。任せます」山下は軍人ではない。具体的な
作戦は、このマクラクラン任せだ。
「では、作戦開始。閣下に栄光あれ」
「栄光あれ」
 多機能バイザーを装着し、山下は作戦を開始した。
     @     @     @
 真・造酒原は眠っていた。
 耐衝撃カプセルの中で、眠っていた。意識はある。
だが、肉体は眠っていた。それを起こそうとするも
のがある。素直に、真はその声に応じた。
「おはようございます、リューグナー君」
「……おはよう、マクラクラン中尉」
 にこやかに笑みを浮かべるマクラクランの顔が、
そこにはあった。真はその唇に軽くキスをする。未
だ調整中だった自分を研究室から連れだしてくれた
この男を、真は気に入っていた。
「パーティの始まりです。さあ、殺しましょう。も
う、殺していいんですよ。あなたの好きなだけ、殺
して殺して殺し抜いて下さい」
「ふうん」
 にっこりと、無邪気に真は微笑んだ。
「だれを、何人、殺せばいい? そういうのはない
の?」
「ふむ。強いて言うなら───」
 少し逡巡してマクラクランは笑って答えた。
 全員。基地にいる人間全てを殺してください、と。
     @     @     @
 白兵戦が基地内各部で開始された。
 カイパーベルトのようにはいかなかった。基地内
のSGは次々と殺されていく。非常にバランスの取
れた連携で行動する兵士達に対し、以前のような通
常戦力では歯が立たなかったのだ。採掘員や研究員
から緊急の保安要員として働いている者が多数を占
めるブロックに多くが現れた、という理由も大きい
だろう。
 だが、急にクローン兵士達は姿を消した。基地内
部で保安メンバーの惨殺死体だけを残し、総勢四チ
ームのクローン達は忽然と消えたのだ。
 そして、さらなる脅威が基地を襲う。クローン達
に続き、パワードスーツを装備した降下兵が揚陸を
開始したのだ。正面から撃ち合いをすれば、結果は
明らかだ。消えたクローン兵への恐怖に加え、基地
内は一層の緊張に包まれた。
     @     @     @
 緊急医療室は喧噪に溢れていた。
 クローン兵との戦闘で負傷した保安メンバーが、
次々と運び込まれくる。激痛に叫ぶ者、死に恐怖し
嘔吐する者など、様々な嘆きの声が医療スタッフの
怒声に混じる。
 負傷者の誰かが苦しみながら、殺してやると虚空
に向かって呪詛を吐いた。
「泣き言を言うな! 死ぬまでは、泣き言は言わな
いで下さい」スタッフリーダーであるエル・グリフ
ィスが一喝する。「死んだら、好きなだけ人を呪い
なさい。けれど、生きている内は許しません」
 言いつつ、エルは患者の腹部を切開する。目元を
歪める。小さな傷はともかく、アキレス腱や肩の筋
が切られていること以外は直径3センチ程の穴が腹
部に空いていただけなのに、何かが内部で暴れたよ
うな状態で内臓は粉々になっていた。この状態では
手の施しようがない。培養治療も間に合わない。
 心臓と肺が無事なのでまだ息はあるが、いずれ確
実に死ぬ。クローンと交戦して運び込まれた者ほと
んどが、このように奇異な致命傷を受けていた。つ
まり、今、ここに運ばれている者は、ほぼ死ぬ運命
にある。
「ドクター……」
 これ以上の負傷者の収容は無理だと、数名の医療
メンバーがエルにぼやく。治療中だと言って答えな
いエルに代わり、医師のフィリス・祀が告げる。
「隣室に医療スペースを拡大します。手の空いてい
る方は、手伝って下さい」
 手が空くわけがないと、誰かが言う。
「なら!」エルが叫ぶ。メスについた血が、顔に散
る。「無駄口の前に、手を急がせればいいでしょう」
     @     @     @
「第三配備チーム、抜けられました。全滅の模様で
す。もう、こちらに来ます!」グワイヒアからの保
安増員、みたらいだいすけが叫ぶ。彼のアナ・ビジ
ョンには五体の、つまりパワードスーツ兵の小隊が
進んでくる様子が視えていた。
「数、四体……一小隊まるまる、無傷なようです
……どうして」
「泣き言はやめましょう」とは、同じくグワイヒア
の藤島一郎。「各員、遮蔽を取って射撃。作戦が通
用すれば、勝機はある。いいですね」
 藤島の言葉に、配置に付いたSGメンバー達が頷
く。皆、構えているのはレティセントではない。更
に火力の強い、一般ならば携帯許可されないレーザ
ーライフルだ。
 パワードスーツ兵は、動きに余裕を見せつつ現れ
た。実際は脚部のサスペンションのせいでかなりの
速度が出ているのだろうが、鈍重なイメージを与え
るスーツでは、やはりもたついた動きに見える。
「攻撃!」
 各員が一斉に射撃を開始した。藤島とみたらいは、
ピンポイントで装甲兵の脚部ジョイントを狙う。だ
が、砕くどころか、勢いを緩めることすらできない
対レーザー塗装が蒸散する程度だ。実体弾も、金属
盾はおろかスーツそのものを抜けられない。
 藤島は急激な疲労を感じた。恐らく、敵はEBV
を装備しているのだ。敵は発現者ではないのだろう。
 パワードスーツ兵は、嘲るように進んでくる。そ
の手には高周波斧。斧は、血に濡れている。
 そして、
「今です! トラップ!」
 みたらいの指示と同時に、重い音がしてパワード
スーツ達の真横の壁面が開いた。円形のパネルのよ
うなものが、無数に並んでいる。パワードスーツ兵
は全員がそのパネルの『射線』に入っていた。
 衝撃音。
 盾を向けるよりも早く、敵は全員、幾つもの穴を
体の真横に開いて絶命した。円形パネルの正体は、
ニードルガン。つまりこの壁は、無数の二ードルガ
ンを設置したニードルウォールだ。
「うまくいった……アナ・ビジョン能力者がいない
のが、せめてもの救いでしたね」
「EBVを使ってるみたいだから。発現者は基本的
にいないでしょう」
「ともかく、急いで罠を戻さないと」
 このように大胆かつ火力を重視した罠は、基地内
には少ない。つまり、限られた要所にしか設置でき
ていないのだ。その要所に兵が現れたと言うことは、
至るまでの途中に配備したメンバーは全滅したと言
うことになる。
 もしくは……?
「それにしても、計算より到達するのが早いですね」
 みたらいが疑問を口にする。確かに、いかにパワ
ードスーツでも時間的に難しいスピードの筈だ。
「ブリッジの計算は、どういうルートを取ると考え
ているんですか?」藤島は考える。
「侵入可能区域からの、重要施設へのルートですが」
「そう、ですよね……」
 藤島は腕を組んだ。何か、腑に落ちないのだ。
     @     @     @
(腑に落ちねえな)
 金属製のグローブをはめた手で、青海崎恭一郎は
パワードスーツに殴りかかった。顔面のバイザーを
直撃するが相手は微動だにしない。痺れた手でもう
一度殴りつつ、青海崎は考えていた。
(腑に落ちねえ)EBVの不快感に耐えつつひとり
ごちる。(早すぎる。ここへ来るには、少なくとも
二回はSGチームに会うはずだ。難なく蹴散らした
としても、早すぎるぜ……)
 パンチを放つ。相変わらず相手は突っ立ったまま
だ。少し離れた所でこちらを見るもう一体のパワー
ドスーツ兵が、面白そうに手を叩いている。相手は
こちらをなぶり殺し、楽しむつもりなのだ。
(クソッたれめ)
 青海崎は再び殴りかかった。何度も何度も、バイ
ザーを殴りつける。
「畜生、本当に効かないらしいな」
 数秒後、最後の一撃を放ち、荒い息で青海崎は膝
を突いた。パワードスーツはパンチしかしてこない
青海崎に飽きたようで、彼の右腕を強引に掴むとひ
ねり上げた。
 がきゅ。嫌な音。脱臼ではない。関節ごと、肩の
骨が砕けた。獣のように叫び、青海崎は床を転げ回
った。そこへ、パワードスーツの右手が向けられる。
手首の装甲がスライドし、ニードルガンの銃口が覗
く。同時に、パワードスーツはぐらりと揺らいで倒
れた。バイザーをレーザーが貫いたのだ。
 遙か後方の壁の穴からレーザーライフルの銃口と
スコープだけ出している梨音・ミッターマイヤーと
アシーン・ウォーラーステイン───二人は青海崎
と同じWG『モレド』のメンバーだ───へ、青海
崎は左手でサインを送った。
『ふう。うまくいったわね』
『ありがと。恭一郎のヤスリグローブのおかげで、
対レーザー塗装、すっかりこそぎ落ちてたよ』
 コムニーから梨音とアシーンの声が返る。元々二
人は光学拳銃やレティセントを装備するつもりだっ
たが、瀬田がこれを使えと直接、地球製の軍事用レ
ーザーライフルを手渡したのだ。
 青海崎は倒れたまま、手の中のスイッチを押した。
残りのパワードスーツ兵の目前の防火隔壁が、自由
落下で床に落ちる。直撃を喰らいぶち倒れ、そいつ
は頭部だけを青海崎の側に覗かせた。防火隔壁は丁
度、パワードスーツの頭部をがっちりと押さえ込む
ような形で歪んだ。
「なあ、どうしてバイザーを狙ったか分かるか」
 青海崎は死んだパワードスーツ兵のバイザーの穴
から手を突っ込み、頭部のジョイントを外した。焼
け焦げた人間の頭部が、異臭を放つ。更に襟の奥に
手をやり、青海崎はパワードスーツの左手首から先
を取り外した。
「それはな」手首の装甲がスライドし、隔壁突破用
のマイクロミサイルが現れる。「火力を確保して、
こういうことをするためだ」
 マイクロミサイルが発射され、直撃を受けたパワ
ードスーツの頭部は隔壁の一部ごと消し飛んだ。
     @     @     @
  β基地中央ブリッジへパワードスーツ兵が現れた
のは、クローン襲来から二時間後。パワードスーツ
兵が揚陸して一時間の後だった。
 ブリッジ守備SGがレーザーとニードルガンの雨
を放つ。高周波斧とニードルガンの報復でSGは半
数がやられたが、パワードスーツ兵も四体の内の三
体が破壊された。残りの一体が、斧を振りかぶって
瀬田へ迫る。
「師匠ッ」
 公星が身を投げ出し、パワードスーツの前に立ち
はだかる。間合いを狂わされた兵は、思わず斧を突
き出す。
 高周波の刃が公星を灼き切るよりも先に、斧の柄
を掴んだ手がある。公星は目を見開いた。それは自
分の背後にいた筈の瀬田だった。
「馬鹿者が」
 その言葉は、機構の兵へ向けられたのか。それと
も、公星へか。
 アークが横から体当たりした隙をついて、瀬田は
合気を行う。バランスを崩したパワードスーツの自
重と慣性を利用して投げ飛ばし、床へ叩き落とした。
 仰向けになった敵のバイザーに、アヤナがニード
ルガンを撃ち込む。ぽっかりと空いた黒い穴から、
ごぼごぼと血が溢れた。
 公星は瀬田を見た。息ひとつ乱していない。自分
は、恐怖で震えている。自分が師とする男を見て、
公星は胸が痛むのを感じた。遠い。遠く感じたのだ。
(僕では、辿り着けない……?)
 わき上がった想いを取り払おうと、頭を振った。
頭を打ったのかとアヤナが声をかけたが、公星は何
も応えられなかった。
 瀬田は、シートに座らないまま命令を下した。
「……中央ブリッジ封鎖。第二ブリッジへ機能移行
開始。SGは息のある者の手当をして、医療室運べ」
「り、了解」
 がちがちと歯の根を鳴らしながら、煌がコンソー
ルを操作する。パネルを叩く度に、隣で死んでいる
通信士の頭部から流れた血液が指につく。その通信
士の死体はすぐにSGが取り除いた。
「どうして、ここまで到達できるんだ。かなりやら
れているみたいだけど、基地内SGは全滅している
訳じゃない筈だ」とは、アーク。パニック状態で過
呼吸になりかけた煌の背中を叩きつつ、呻く。
「最短の道のりを通っているんでしょう。侵入可能
な区域から、重要区画への最短ルート」
 アヤナが応える。
「まず、それがおかしい。どうして迷いもせずに最
短ルートを来ることができる?」
「スパイが基地のデータを漏洩させた可能性はあり
ます」
「ああ。だが、もうひとつあるぜ。そのルートには
幾重にもチームが待機している。そこを通りながら、
どうして短時間でここまで到達できるんだ」
「見えないルートです」
 思い出したように、アンナが呟く。「基地の全図
が分かっているとしたら、見えないルート、見えな
い最短距離を通れば……」
『C班より、ブリッジへ。青海崎だ。敵装備から隔
壁突破用と思われる火器が、ごっそり減ってる。封
鎖区域を突破しただけにしちゃ、使いすぎだ。これ
はどういうことだ?』
 不意に、通信機に青海崎の通信が飛び込んだ。ア
ヤナははっとしてコンソールを叩く。
「……そうか───見えない、いえ、見させない最
短距離!」一呼吸の後、彼女は報告した。「保安シ
ステムに強制的なアクセスを確認。一部監視カメラ
の映像にダミーが流されています」
「どういうことだ?」アークが首を傾げる。
「……ダミーを流したポイントから壁や隔壁を破壊
して、目標地点までほぼ真っ直ぐ来ておったと。お
のれ、餓鬼共が」
 瀬田が鋭く虚空をねめつける。
「はい」アンナは頷く。脳をフル回転させ、状況を
整理、思考を続ける。「ですがこのルートは恐らく、
防衛力を強化兵に集中させようという罠です。本命
は、新型と思しきクローン兵のはず。真の見えない
ルートを通ってポイントを確保するのが、彼らの狙
い」
「じゃあ、ここは。ブリッジはどうなる? 重要な
ポイントだろうに、パワードスーツが来たぜ」
「相手が基地のデータを持っているなら、ブリッジ
の運用法も心得ているのかもしれません。ここのメ
ンバーは、邪魔なだけなのかも。そうと仮定すれば、
サブブリッジもありますし、ここの人間を全滅させ
ても問題ありません」
 アンナはそう言って、辺りを見る。ブリッジメン
バーは、半数が死亡しているだろう。SGたちが集
中して守備していた、瀬田の周りにいる自分たちだ
けが、無傷で済んでいる。急に死を間近に感じ、ア
ヤナは胸を押さえた。
「狙いは動力区画と生命維持施設か。確保すれば、
基地すべてを遠慮なく制圧できる」瀬田が呻く。
「各重要区画へ……クローンが、いやクローンだけ
が通れる真の見えないルート……つまり細い」
 アークは息を呑んだ。
「エアーダクト、か?」
     @     @     @
 ブリッジは新たに作戦を立て、防衛力を大きく二
つに分けた。奪った装備も含め、極力大きな火力を
装備して予想ルートに控える対パワードスーツ班。
そして、白兵格闘の可能性を考慮して重要区画付近
に配置された対クローン班だ。
 佐倉圭一もSG班を率いて動力区画制御室付近の
エアーダクトをチェック中、現れた敵との白兵戦を
開始していた。
 射撃用の遮蔽に隠れ、佐倉は愛用のレティセント
を撃つ。当たらない。クローン兵の動きは早い。何
より、完全な連携行動によって、視覚を惑わされて
しまう。まるで、前世紀に流行したというニンジャ
映画のようだ。
「ネット展開!」
  スタングレネードを投げつけた後、ロケット弾を
次々と撃ち込む。高電圧で相手を無力化するネット
が広がるが、事前に行動を察知したかのように、ク
ローン兵は回避を行っていた。
「ちっ」佐倉は舌打ちし、考える。
(見事な連携行動だ……だが、これは指揮のある動
きだ。機動性はタウ達と変わりなく見える。知能は
低いはずだ。指揮官が、必ずどこか近くに……)
 そこまで考え、はっと目を見開く。
 アナ・ビジョンの展開とエアーダクトの確認を指
示する。従い、SGの一人がエングラムを拡げた。
「生体反応を確認」
 エングラムを展開させたSGがダクトの一部に磁
気ライフル弾を撃ち込む。遅れて、佐倉もフルオー
トでレティセントを撃ち放った。ダクトが歪み、破
壊され、血塗れになった全身黒づくめでバイザーを
装備した男が床にどさりと落ちた。
 同時に、クローン兵がぴたりと動きを止める。
「指揮官死亡カクニン。三班クローン、部隊長ニ指
揮権移動」無機的に、クローンたちが呟く。「指揮
権行使マデハ、自律行動ヲオコナウ」
 佐倉は指揮官が死亡したことでクローン達が行動
停止することを望んだが、そうはならなかった。彼
女たちは再び動き始める。だが、その動きの速度は
ぐんと落ちている。
 佐倉の撃ったライフル弾が、行動の遅れたクロー
ン兵を貫いた。腹に当たったが、致命傷は外してい
る。タウ達と同じ顔をした彼女たちを殺す気には、
やはりなれなかった。
「前よりは動きが鈍い。一気に落とすぞ! できる
限り殺すな、取り押さえるんだ」
 佐倉の言葉と同時に、傷を受けたクローンが叫ん
だ。涙を流し、後頭部を両手で押さえる。
 次の瞬間、
 少女は爆発した。佐倉の視界を光が埋めた。
     @     @     @
「おおッ」
 坂吹の視界を白い光が一瞬だけ埋める。光の正体
は、敵の刀が放つ反射光だ。
 背後に飛び退いて一撃を避けつつ、右足でブレー
キをかける。同時にそのブレーキを踏み込みの基点
として、坂吹は前方に飛び込んだ。二歩で5メート
ルを飛び、二尺七寸の和式鍛造ブレードを敵に叩き
込む。
「フェデレーションにも、多少は骨のある人間がい
るようです。まさか、剣戟が行えるなんて」楽しそ
うな笑い声。「思ってもみなかった!」黒いスーツ
に身を包んだ男が、刀の棟で坂吹の斬撃を受け流す。
この男がクローン部隊の最高指揮官、山下博士であ
ることを坂吹は知らない。
「その割には、刀を装備済みとは用意がいいじゃな
いか。機構にも、酔狂な人間がいたもんだ」
 切っ先を向けて牽制しつつ間合いを広げ、坂吹は
汗を拭った。
 グワイヒアから来た保安要員、坂吹今日至とショ
ーン・メイナードは生命維持施設の正面でクローン
兵と戦闘を開始していた。ショーンは坂吹たちの前
方、曲がり角の先でクローン兵相手にゴムスタンの
ライフルで応戦している。
「酔狂、大いに結構。死者を出さないようスタン弾
を使う君の優しい相棒にも、その言葉をかけてやっ
たらどうです?」
「弾を避けてるだけでショーンをろくに傷つけない、
お優しいクローン嬢たちにもな。どういうつもりな
のか、分からないが……君、なかなか気に入ったぜ。
レゾナンス兵じゃないな?」にやりと笑う。「いざ
勝負!」
 語尾は母国語だ。
 右脇の下段に構えを取り、刀身を体の背後に隠し
て坂吹は間合いを詰めた。上段の右袈裟から振り下
ろす山下の刀に、斬り上げる形で剣を打つ。
 瞬間、励起された坂吹のエングラムが山下の正面
いっぱいに拡がった。
《めくらましとは、甘い!》山下の嘲笑がエングラ
ムから広がる。
《違うッ》意志と共に、坂吹は真直にブレードを斬
り上げた。山下の刀が手から弾かれ、弧を描き落下
した。刃が床に突き立つ。
「……剣士なら、アナ・ビジョンを持っておくこと
だ。相手が振りかぶったとき、構え方と筋肉の熱の
加減を比較すれば隙が分かる」
「くっ」
 山下は痺れた手で銃を抜こうとする。だが、それ
より早くショーンの叫びが響いた。

「ダメだ、撃つな! 撃たないでっ」
 ショーンは援護に来た三名のSGに向かって叫ん
でいた。SG達が持っているのは強力なレーザーラ
イフルだ。味方も敵も、ショーンは死んで欲しくな
かった。制止しようと、両手を広げる。
「誰だって生きたいんだ! やめてよ、どうして殺
すことばかり考えるのさ……」
 涙がこぼれた。
 目の前にいる銃を構えた人間達が、命の重さをを
軽んじている事実がとてつもなく悲しかった。
「キミ、射界に入るな!」
「いやだっ」
 言葉と同時に、背中に灼熱を感じた。クローン兵
が、長く伸びた鋭い爪で背中を薙いだのだ。だがシ
ョーンは知っていた。この四体のクローン達は、決
して致命傷を狙ってこないことを。この程度の傷な
ら、もう無数に受けている。
 だがSGにそんなことは分からない。ボロボロに
されたショーンが、とうとう最後の一撃を受けたよ
うにしか見えない。
 SG達はレーザーを撃った。
 俊敏に動き回るクローン達。だが、その三人は緊
急に召集された採掘員などではなく、常に訓練を行
っている熟練のSGだった。数秒の後、一人のレー
ザーが、攻撃に移ろうとはしないクローンのうち一
体の胸を撃ち抜く。
 ショーンは何かを叫んだ。クローンに駆け寄り、
抱きかかえる。
「どうして───」ひくついたような呼吸を繰り返
す少女の頭を、ショーンは抱きしめた。
 SGたちに向かって、残り三体のクローンが走る。
ショーンはやめろと言った。クローン達はSGたち
に爪を振るい、たちまちの内に行動不能にした。
 だが、殺してはいなかったのだ。

『……こちら佐倉。くう、足がやられてやがる』そ
れは、佐倉圭一からの通信だった。『全チームに連
絡。クローン兵たちは、傷を受けると……自動爆発、
する』
 注意されたし、と続いて通信は途切れた。その通
信はコムニーを、通信機を通じ、坂吹と山下にも届
いていた。坂吹は急ぎショーンの元へ走った。そし
て見る。ショーンは床に膝を突き、倒れたクローン
を抱いている。
「ショーン!」頭を押さえて苦しみだしたクローン
を弾き飛ばし、ショーンを抱えて坂吹は床に伏せた。
 爆発。
 ショーンが何かを言うよりも早く、クローンは爆
発した。爆風が坂吹の背中を撫でた。背骨が折れる、
耐え難い音がした。

「アルテミス3が自爆!? ……そうか、村中の仕
業ですか……ッ」
 山下はクローン達に爆弾を仕掛けたのが、同じ機
構の人間である村中真洋の仕業だと直感で判断した。
情報の流出阻止、それを村中は日頃から唱えていた。
 だが、情報流出の阻止のためにしては、爆発が大
きすぎるのだが───山下は気付いていなかった。
「すまないアルテミス3、僕の責任です」呻く。山
下はクローン達を物ではなく、人として認識してい
た。耐えられない。自分の娘とも言うべきクローン
達に命を失わせる気など、山下は持っていなかった
のだ。この作戦も、山下にとってはクローン兵の
『実用実験』に過ぎない。
 だから。だからフェデレーションの人間も無力化
しただけで『殺していない』と言うのに。ラウル大
統領の命令など、端から頭にはなかった。
 山下は歯ぎしりし、遠隔操作装置のコマンドを操
作した。全基地内のクローン兵へ撤収命令を送る。
「閣下には悪いが、これが僕のやり方だ」
 β基地中央ブリッジへ、山下は通信回線を開いた。
     @     @     @
「リーダー。クローン兵を乗せたラウル級、軌道を
離れました」
 瀬田は頷く。山下の撤退提案を受け入れた結果、
捕虜にするよりも危険が少ないと考え、瀬田はクロ
ーン部隊にラウル級を与えて基地から追い払ったの
だ。最大の脅威と見られていたクローン兵が撤退し
たことで、基地内は多少の落ち着きを取り戻した。
「パワードスーツの方はどうなっておる」
「火器トラップが功を奏しています。確保したスー
ツを火力として使用していますし、せん滅は時間の
問題でしょう」アヤナが答える。
「基地内の態勢を立て直すぞ。使用可能な機構のパ
ワードスーツは、こちらの防衛に使用させるんじゃ。
侵攻ルートももう一度計算し、配置に伝えろ。突入
揚陸はまだ続く」
「了解」
「ブリッジも、さっさと移動させないとな」
 と、アークが言った。
     @     @     @
「何!?」
 と、医療室で事務を行う綾女・ルーティンは運ば
れてきたショーンに問い直した。
「クローン達は相手の無力化しか行っていなかった
の?」
 クローン兵と対峙して生き残ったのは、ショーン
を含めごく僅かな人間だけだ。その様子を聞くのは、
綾女はこれが初めてだった。異性は苦手だったが、
貴重な情報のためには苦手な意識くらいは我慢でき
る。
「うん。それに、あの子達は……殺意は、持って、
なかった」苦しい息でショーンは答える。爆発の際
に坂吹が庇ってくれたため重傷は免れたが、衝撃を
受けて身体中に打撲を負っているのだ。「……今日
ちゃんは、傷、だいじょうぶなのかい」
「ええ、きっと大丈夫よ。ドクターたち、がんばっ
てるもの」坂吹は爆風の衝撃で背骨と脊髄にダメー
ジを受けていた。集中治療室で手術を行っている。
「それにしても……」
 綾女は考える。
 クローンとの交戦で死亡したと思われる人間は、
殆どが確かに不可解な傷を受けていた。
「まだ他に、何かいるの……?」
 心の奥が冷たくなる。不安と悪寒だ。それとも、
嫌な予感?
     @     @     @
  警戒態勢が一旦ゆるやかになったことで、『家
』の防衛についていたメンバー───その殆どは姉
妹の延命研究を目的とするWG『バルツィバル』の
メンバーだ───も多少の余裕を見せていた。だが、
それはすぐに緊張に変わった。
 『家』に現れた、小柄な襲撃者によって。
「へえ、こんなに大勢に守られているなんて」
 そう言って、真・造酒原は微笑みながら『家』へ
入った。扉からではなく、エアーダクトからだ。
 天井から降りざまに、鞭へと変化した腕でクリフ
ォード・ラムズとララミー・パーキンスを昏倒させ、
真は言い放った。
「なんて愛されてるんだろうね、君達は。クローン
のくせに、人間じゃないくせに。僕はとても――」
銃を構える酒神了やマドラス・シノを触手で牽制し、
続ける。「とても、イラつくぜ。死にな」
 酒神達が引き金を引くよりも先に、タウ達が動い
た。獣人化し、真に飛びかかる。
「キシャーッ!」
「はン。クローンごときに、負けないよ」
 数ヶ月のブランクは、長い。戦闘訓練はおろか獣
人化も行っていなかったタウ達は、真の触手の直撃
を簡単に喰らい、吹き飛ぶ。アルファへの一撃を庇
ったリージュ・クロウウェルは、血を吐いて倒れた。
「りーじゅ!」アルファが叫ぶ。
「あはははははははは」
 真は酒神たちの後ろにいるフィリアやハルカに触
手を伸ばした。だが、ミューとアルファが傷つきな
がらも咄嗟にカバーする。
  酒神がピースクリエイターを撃つ。殆ど当たら
ないが、それでも二発が真の脚を貫く。続いて撃っ
たスクゥード・ソウンの一発が、肩を撃ち抜いた。
「くそう」
 頭に血が昇った真は、触手を腕に戻してスクゥー
ドへ躍りかかった。真は瞬時に右手を鋭い刃へと変
化させ、腹部を狙う。刃は腹部の中で刃を左右に開
き、草刈り機の如く高速で回転して内臓をぐずぐず
に潰す筈だった。今まで殺した、この基地の人間た
ちのように。
 そうだ───クローン兵との戦いで無力化された
人間を殺していたのは、真だったのだ。
 だが、掴まれた。必殺の一撃は防がれた。途中で、
ツェータによって右腕を掴まれていたのだ。
「!」
 その隙を逃さず、ハルカが背中に拳を叩き付ける。
真は急速に手足が、体が痺れていくのを感じた。動
けない。ナノマシンの操作もできない。
「モルフェウスか……」スクゥードが額の汗を拭う。
「どけ、ハルカ、ツェータ!」
 酒神がツェータを押しのけ、ブリッツの銃口を真
のこめかみに押し当てる。頭蓋骨とレーザー口のこ
すれる嫌な音が響く。
「ぅあ」
 神経を麻痺させているにも関わらず、真は銃口か
ら逃れようと体を震わせた。だが、震えただけだ。
「酒神さん!」非難の声はフィリア・セラフィール
ドだ。「殺しては、ダメです」
 フィリアは真の行った殺戮を知らない。だが、知
ったとしてもきっと、彼女は止めただろう。
 モルフェウスの影響なのか、それとも死の恐怖ゆ
えか震えを止めない真を、フィリアはそっと抱きし
めた。
「あなたもよ。人を傷付けてはダメ」優しく微笑み、
続ける。「愛は、妬んでも得られないのよ」
 モルフェウスが効いているなら、真に意識はない
はずだ。だが、
 その頬には涙が流れた。
 フィリアの腕は暖かかった。これまで自分を抱い
た誰の腕よりも、暖かかったのだ。
     @     @     @
 動力機関室───
 佐倉圭一は一人の男と対峙していた。相手はフェ
デレーションの制服を着た、黒髪の男だった。
「どうして分かりました?」
 黒髪の男、基地メンバーに変装した機構軍将校シ
オン・マクラクランの言葉に、佐倉は苦しそうに口
元を歪めた。
 マクラクランは言葉を続ける。
「三重の囮を使ったというのに、どうして分かった
んです?」
「……あんたが機構の人間なのは、その認証プレー
トで分かった。それは、俺の隣室の男のプレートだ。
で、どうしてここを狙うかは───」激痛で言葉を
詰まらせる。クローン自爆の衝撃で左足を負傷した
佐倉は、床に腰を落としてレティセントを構えてい
た。
「……医療室からの通信、ミトって子の言葉。あと
は勘で分かった。クローン達が自爆するのは、理に
適ってないからな。制圧が目的なら、自爆なんかさ
せない筈だ。機関部にダメージがいったらここの反
物質機関が対消滅を起こして、シルマリルごと爆発
だ」
「そうです。そして、シルマリルもまた対消滅する」
 明るく笑うマクラクランを、佐倉は睨んだ。ミト
・T・アストラビウムがアームのそばで言っていた
言葉を思い出す。ラウルはシルマリルを傷付けてす
べてを滅ぼすつもりではないか。その時はまさかと
思ったが、今はそうは思わない。ここにその尖兵が
いるからだ。背中に冷たいものを感じながら、佐倉
は口を開く。
「まさか───まさか本当に、太陽系ごと吹っ飛ば
すつもりか。だから、クローン兵に爆弾を仕込んだ
り、ブリッジを皆殺しにしようとしたり……?」
「ええ」マクラクランの視線が佐倉を射る。「太陽
系の破壊。それは、ラウル閣下の真の意志です」
 狂っている、と佐倉は思った。
 言いたいことは山ほどある。この、デーモン・ラ
ウルに完全に感化された男に対して、ラウル本人に
言ってやりたいことをぶつけたい。だが、耐える。
そんなことをしても、相手はきっと悦ぶだけだ。
「本当に……医療室への進路にここがあってよかっ
たぜ。医療室が反対側だったら、ここで一人、待機
しようって気にはならなかった。……ともかく、動
くんじゃないぞ。すぐに保安要員たちが来る」
  その言葉にマクラクランは従わなかった。スタ
ングレネードで佐倉を無力化し、制御室へ向かう。
笑い声だけが、グレネードで痺れる佐倉の鼓膜に大
きく響いた。
 だが、佐倉の通信を受けて駆けつけた青海崎ら
『モレド』のメンバーによって、シオン・マクラク
ランは射殺された。
「閣下に栄光あれ」
 と死の間際に彼が呟いたのを、ブリッツを撃った
アシーン・ウォーラースティーンは聞いた。
     @     @     @
 翌日。9月11日───
 第二ブリッジは中央ブリッジへと名称を変更され、
またメンバーも移動していた。メンバーは皆、憔悴
している。長い、長すぎる二日間は彼らを体力的に
も精神的にも疲弊させていた。
 数度の基地揚陸をβ基地は許していた。
「敵、今のところ揚陸の動きはありません」
 言ったのは、煌の席に座ったアヤナだ。煌は完全
に体調を崩し、医務室で診察を受けている。
「煌、大丈夫かな」アークが心配そうに呟く。
「ともかく、クローン兵があれ以来揚陸に参加して
いなくてよかったですね」アンナが言う。
 無力化しか狙わないという明かな余裕を見せてい
たクローン兵が、完全に制圧を目的にして再び投入
されることを、基地は恐れていた。
「恐らく、開発後教育できたのが、あれだけだった
んでしょうが」
「うむ」瀬田が頷く。「恐らく、クローン兵を含め、
揚陸自体も勢いは弱まるじゃろう。グワイヒアを抜
けるだけの推進剤がないはずじゃからのう。あとは、
SG待ちだの」
 瀬田の語尾が普段のものに近くなっているのを聞
いて、アヤナが少しだけ微笑む。
「だが、勢いが弱まるのは、防衛戦力のはっきりし
たβ基地に対してのみじゃ。ろくに人員の置けんα
基地には、まだ来るはず」
「ビンゴです、師匠」公星が報告する。「敵群、グ
ワイヒアを抜けました」
「ルート計算では、α基地へ取り付くようです」
 アンナが続く。瀬田は公星へ告げた。
「リヴァイアサン制御班に通信。R・コンタクト技
能を用いてリヴァイアサンを使用、敵を撃退せよ」
     @     @     @
  β基地内───
  酒神了はタウを連れ、『家』へ戻ろうと居住区
の廊下を歩いていた。医療室で治療を受けているア
ルファ達やリージュ・クロウウェルへの見舞いを終
え、帰るところだ。
 酒神は脚を少し引きずっていた。三度目の揚陸部
隊のパワードスーツ兵と戦闘したときに、グレネー
ドの破片で脚を負傷したのだ。
「りょう、あれ」
 タウが窓を指さす。窓からはシルマリル=リヴァ
イアサンの様子が見えた。
     @     @     @
『完全にコンタクトを拒否されました! もうこれ
以上は保ちません、離脱してβ基地へ入ります』
 リヴァイアサン制御班メンバー、琴葉野綾が悲鳴
に近い声で告げた。続いて聞こえる誰かの叫びが、
ブリッジに伝わる。
「どうしたの? 状況を説明して」アンナも声を大
きくする。
『揚陸部隊をブロックごと切り離させた途端、リヴ
ァイアサンがコンタクトを遮断したんだ。敵を撃退
して、こちらが気を抜いた隙をつかれた。こいつは
俺たちを取り込む気だ』同じくメンバーの手新田洋
航の声が響く。『後は綾さんの言ったとおりだ! 
もう保たん、離脱する!』
     @     @     @
 その後、ブリッジはリヴァイアサン内にある筈の
α基地航行システムにアクセスを試みるが、失敗し
てしまう。リヴァイアサンは己に干渉しようとする
β基地に対し、ECMをかけて通信障害を引き起こ
す。通信不能。つまり、直衛艦隊やグワイヒアにリ
ヴァイアサンの暴走を伝えられない───
 だが、そんなことは酒神には分からなかった。
「制御班の、リヴァイアサンの防衛使用が成功した
のか……?」窓から見えるリヴァイアサンは、少し
ずつ体をくねらせている。
 コムニーからブリッジに繋ごうとしても、雑音が
多くて何も分からない。ふと、酒神はエングラムに
違和感を感じた。だが、特には気にしない。
「タウ、とにかく一度帰ろう」
 酒神はタウへ振り返った。そして息を呑む。タウ
の、少女の表情の微妙な変化に気付いたのだ。
 タウは小さく口を開いた。
「ぱらんてぃあ」
「?」
「ぼうそう……ちょくえいかんたい、あぶない」
「直衛艦隊? どうしたんだタウ、一体」
「ここも、あぶない」タウは酒口を見上げた。
「……たう、とめる。しはい」
 しはい。支配?
  酒神は頭を殴りつけられたようなショックを受
けた。タウがどうしてその言葉を言ったのかは、分
からない。だがその意味には気付いた。『プロテウス』
の研究の結果は、酒神も聞いていたのだ。
 何も言わず、ただ酒神はタウを抱きしめた。
《好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ》
《行かせたくない死なせたくない失いたくない》
 エングラムから溢れ出す想い。
「タウ」酒神は静かに言う。「生き延びろよ。行っ
て欲しくない。だが、どうしても行くなら……たと
え全てを滅ぼしても、絶対に生きてくれ」
 言い終えると、酒神はキスをした、長いキス。唇
を離すと、タウは笑みを浮かべた。
 これ以上くらい優しげな、微笑み。
「りょう、すき」
 それは酒神の言葉に対する応えではない。生きて
帰るとは言わなかった。
 タウは微笑みだけを残し、走り去った。
     @     @     @
 β基地中央ブリッジ───
 メインモニター。
 α基地つまりリヴァイアサンから、敵機が撤退し
ていく。リヴァイアサンはゆっくりと回頭した。口
を、魚であれば口のある部分を大きく開いた。その
内側に光がゆらめく。シルマリルだ。シルマリルが
反応し、ダイヤモンド外殻の内部で発光しているの
だ!
「撃つ気か」
「予想射線検出……射線には、直衛艦3隻と……グ
ワイヒア!?」アンナが叫ぶ。
「パランティアメンバー、その3隻へ情報を送って
くれ。急げ!」
「やってます!」瀬田に応え、モニカ・シュナイダ
ーが叫ぶ。モニカ達『パランティア』のメンバーは、
臨時の通信班となっていた。つい先程も、妨害され
た通信に代わって情報を送るため、開発した技能を
用い、エングラム網を通じて直衛艦隊へリヴァイア
サンの暴走を伝えていた。そして今、射線上の3隻
へ情報を送る。
 だが、遅かった。
 リヴァイアサンの口から超々口径のレーザーが放
たれる。直衛艦のエルマー級3隻は、あっけなく三
つの光球と化す。
 だが、グワイヒアは緊急回避を行っていた。回頭
した時点で行動していたため、かすっただけで済ん
だのだ。滑るように移動したグワイヒアの反射鏡の
一部が、かじり取られたクッキーのように蒸発した。
 レーザーはそのまま機構軍艦隊に達した。直撃を
受けた大型艦、中型艦の数隻が消滅する。
「リヴァイアサンはグワイヒアを狙っているのか」
 瀬田が呆然と言う。
 リヴァイアサンは電磁砲らしき兵器で敵船を吹き
飛ばし、触手を伸ばして直衛艦を叩き落としている。
触手は、グワイヒアにも届きそうな勢いだ。
「……グワイヒアへ通信を繋いで下さい」そう言っ
てブリッジへ現れたのは、グワイヒアの通信士であ
り、リヴァイアサン対策を志願して基地へ移動した
シェーン・メオラである。α基地のリヴァイアサン
制御班と共に脱出し、β基地へ戻ってきたのだ。
「リヴァイアサンを刺激しないよう、わたしが頼ん
でみます」
「公星、通信機能は」
「リヴァイアサンはレーザー射出のためにECM機
能を一旦停止したようです。今なら繋げます。でも
少ししか保たないでしょうから、急いで」
 公星はマイクをシェーンに渡した。シェーンはグ
ワイヒアに呼びかける。
『なんだよ、シェーンじゃねえか』
 応えたのはグワイヒアのレイ通信士だ。
「攻撃は控えてください。あの子の興奮が静まるま
で、もう少し時間を……」
 通信の結果、グワイヒアはハンプティ基地から、
つまりリヴァイアサンから離れ、触手の届かない位
置まで移動した。直後、リヴァイアサンは小型戦闘
艇サイズの『子供』を周辺に撒いた。『子供』はα
基地レーザー砲のひとつひとつに航行能力を宿した
ものだ。レーザーを放ち、直衛艦を破壊していく。

 もう一度、アンナがα基地航行システムへアクセ
スを試みる。モニターにα基地ステーションのフェ
イドラの映像が浮かんだ。
『NO』と、複数の声が入り交じったような、あか
らさまな機械音声がフェイドラから発せられる。
 リヴァイアサンの返答だ。
『ヒトハコロス。フヨウ。ワタシヲシバルモノハ、
スベカラクハカイスル』
「何を言いおるか、胡麻粒の塊の分際が」瀬田は言
葉を吐き捨てた。
 リヴァイアサンは再び回頭する。そして、口を開
いた。モニターには、巨大なレーザー口を向けたリ
ヴァイアサンが真正面から映し出されていた。
『ハカイスル』
 BREAK。
 消滅の宣告だ。
 瀬田は立ち上がって叫んだ。
「β基地全砲座に連絡! リヴァイアサンの顔を背
けさせろ」
「了解」回線を開こうとして、公星はヘッドホンを
押さえた。「───整備ドック、ジョージ・ライオ
ネルから通信です。HD1A一号機に乗って……タ
ウさんが発進したそうです」
「何!?」
「ライオネル整備士の話では、彼女はリヴァイアサ
ンを止めると言っていたと……」公星は言葉を途切
れさせた。モニターを見たのだ。
 口を開いたリヴァイアサンに向かって、タウの乗
ったライオネル級A型が直進していく。
「まさか」融合する気か、と誰かが言った。
 ブリッジが騒然となりかける。だが、『パランテ
ィア』リーダーのハンナ・祀がそれを止めた。ハン
ナは目を反らさず、じっとモニターを見つめていた。
「目を反らしてはいけないわ」
「母さん……」
 ハンナの実娘であるニーファン・祀は母を見つめ
、瀬田へ振り返った。いつかのように、瀬田はただ
黙ってモニターを見ていた。
 やがて、タウ機は触手をすべてくぐり抜けてリヴ
ァイアサンへ到達した。リヴァイアサンの胴が大き
く開く。突出した有機物の塊が、タウ機を呑み込む。
 そして、リヴァイアサンは大きく開いた口を閉じ
た。レーザーは放たれない。
  そして、
 声。基地の者が皆、どこかで聞いたことのある声。
 それが響いた。

『大丈夫です。もう、大丈夫』

 ブリッジに通信が入ったのだ。それは驚くべき事
にタウの声だった。だが、以前のようにつたない言
葉ではなく、落ち着いた知性的な口調になっている。
「フェイドラに似てる……」
 自分のフェイドラを立ち上げて通信機能を修復し
ていた立蔵ちなみが、ぽつりと漏らす。
 リヴァイアサンは戦闘機ごとタウを取り込んだ結
果、逆に支配されたのだった。シアン医師の言った
通り、タウはSRSを制御し、支配したのだ。
『わたしはリヴァイアサンを支配下に置きました。
でも、今は維持で精一杯。機構軍に対して強力な攻
撃行動を行うには、もっと支配が進まないと───』
「いや」瀬田が遮る。「鎮静させてくれただけで十
分じゃ、ありがとう。皆に代わって礼を言おう」
『いえ、わたしは』
 タウは瀬田の言葉を遮った。
 当然のことをしただけです、と、タウの声は柔ら
かく告げた。
     @     @     @
 ドッキングポートへと続く廊下。
 ガラスに額を押しつけ、酒神は少女の名を呼ぶ。
俯いていて、表情はよく分からない。ともかく、酒
神の声は震えていた。
 窓から見えるシルマリル=リヴァイアサンの腹部
一面に、タウの、白く透き通った巨大な上半身が浮
かび上がっていた。
 タウの貌は、酒神に見せた優しい微笑みを浮かべ
ていた。
     @     @     @
 リヴァイアサンがタウと融合した直後から戦況は
一変し、戦闘はフェデレーションの有利に進んだ。
小惑星帯SGの参戦、機構軍反物質船ブリシンガメ
ンの離反、それらが功を奏した。やがてデーモン・
ラウル大統領が暗殺されたことで機構艦隊の士気は
崩壊し、全ての機構所属艦は降伏および逃走した。
 シルマリル攻防戦は、フェデレーションの勝利と
いう結果で終結したのだ。
     @     @     @
 そして9月12日。
 戦闘終了の直後にβ基地とタウ=リヴァイアサン
はは水星とバルカンの間の定位置に収まった。水星
の重力に逆らい、推力を噴かし続けて強引に位置を
固定している。
 『シルマリリオン』への反物質使用は、戦闘終盤
に情報世界より帰還して太陽と水星の間に現れたセ
レス基地とシルマリルを反応させることで行う。そ
れが、『シルマリリオン』リーダーのアネット・バ
コの提案から決定していた。
 タウ=リヴァイアサンは、対消滅の防護膜として、
太陽へと落ちていくセレス基地と融合する予定にな
っている。
「そんな、それじゃあタウは」消滅してしまう、と
フィリアは瀬田へ抗議の声を上げた。ブリッジへ呼
ばれたフィリアは、今、瀬田から決定の話を聞いた
のだ。
『いいの、フィリアお母さん。わたしが自分で決め
たことだから』通信機から、フィリアへとタウが声
をかける。『必要なエネルギーを発生させるにも、
防護膜を張らないといけないの……ペルセウスミラ
ーがエネルギーを取り込む前に、水星圏ごと対消滅
で消し飛んでしまう可能性があるから』
 今後のフェデレーションに最低限必要な反物質の
切り分け、またそれを確保するための小外殻を作成
するのにナノマシンを多量に使用したのが、タウ=
リヴァイアサンのすべてを防護膜に使用する大きな
理由だ。対消滅の防護膜を作成するには、残りすべ
てのナノマシンに宿るタウの意識を、リヴァイアサ
ンの増殖プログラムと相殺しなくてはならない。
「ステーションのシステムを取り込んだんです。フ
ェイドラが組み込まれているようなものですから、
恐らく、彼女の計算に間違いはありません」
 公星が、言いづらそうに告げた。瀬田が黙って頷く。
「そんな……」
 フィリアは泣いた。家族を失うのは何よりも、何
よりも辛い。
『泣かないで、お母さん。プロテウスとカルヴァン
クルスに基づいて医療用に特化したわたしの一部を、
β基地へ提供したから。多少の調整は必要だけど
───それを用いれば、アルファ達は長く長く生き
ていけるの。だからどうか、泣かないで』
「どうして」フィリアの隣で泣いていたハルカが、
小さく言う。「そんなに優しいの」
『家族だもの。当然でしょう?』
「タウ───」
     @     @     @
 別れを惜しむ時間は、あまりにも短かった。
 フィリア達との会話から三十分後。
 計算よりも二日早く、太陽が膨張を開始したのだ。
イカロスから反物質対消滅を求める通信が届くより
も先に、膨張を察知したタウ=リヴァイアサンはセ
レスへと宇宙を泳いだ。
 β基地の全てのモニターには、その様子が映し出
されていた。
『バルツィバル』のメンバーも、『プロテウス』の
メンバーも。採掘の人間も整備の人間もパイロット
達も。負傷した者も医療メンバーも、基地の皆がモ
ニターを見ていた。
 酒神は自室で。ただ黙って、見つめていた。
 やがてタウ=リヴァイアサンは太陽へ落ちていく
セレス基地と融合した。リヴァイアサンの胴に所々
空いた穴から対消滅の光が覗く。リヴァイアサンの
船体を魚だと例えるなら、その背にあたる部分から
タウの上半身が現れる。
 衛星カメラ、つまりモニターの向こうにいるハン
プティ基地の人間達へと振り返り、
『さよなら』
 振り返り、口を動かす。
 ほぼ同時に、タウとセレス基地は太陽の光に消え
た。
     @     @     @
 やがて、視覚的に確認できるほどに太陽は膨張し
ていく。
  光が急激に強くなっていく。光学装置が破壊さ
れてしまうため、基地外部や衛星からのカメラはカ
ットされ、ブリッジのモニターには太陽の質量を表
す赤いドットの塊が表示された。
 急造されていた『シルマリリオン』補助ルームで
は、地恩・エミール・まどかや健二まどか達が、β
基地の動力をエネルギー源として銀の靴2の技能を
使ってイカロスへ精神を飛ばし、ペルセウスミラー
展開やネイバーリンクによる活性率増加を行ってい
る。
 やがて、一定まで膨張すると、モニター上の太陽
は急速に小さくなっていく。ペルセウスミラーが超
新星化を食い止めたのだ。
 元の大きさに戻っていく太陽。
 ブリッジは、いや、基地すべては歓声に包まれる。
 だが、彼らはすぐに知ることになる。ネイバーリ
ンクを通じ、そしてモニター上のイカロスを表す光
点を通じて。太陽の膨張に呑まれてイカロスが全滅
したこと、さらにこの太陽の安定状態は三週間足ら
ずしか続かないことを、知ることになるのだ。
 そして同時に、
 ネイバーリンクは圧倒的な意志を伝えた。
     @     @     @
 悲鳴が人間のものだと認識できたのは始めだけだ
った。エミールはエングラムから、イカロス乗員で
ある己のネイバー征矢司や有希・マクラレンを通じ
て流れ込むコギトンの奔流に耐えきれず、悲鳴を上
げてのたうちまわった。
 取り押さえようと動いたルーベック・キューブは
触れたエングラムから同じ量の悪意を浴びた。80
億の黒い意志。涙を流し、白目をむいてルーベック
は昏倒した。
 コギトンとして降り注ぐのは、人類の想いだ。
 敢えて人々が今まで目を背けていた、漆黒の想い。
憎悪。恐怖。拒絶。転嫁。殺意。嫉妬。打算。諦念。
依存。嘲笑。傲慢。疑心。
  それらのもたらすものは、
 絶望。
     @     @     @
 大きすぎる絶望。
 それだけが残った。
 希望は、少女と共に忽然と姿を消したのだ。
        TO BE CONTINUED
────────────────────────
《お知らせ》
●ハンプティ・ダンプティβ基地およびバルカン基
地は太陽膨張の影響を免れました。
●ハンプティ・ダンプティα基地、つまりシルマリ
ルは消滅しました。しかしフェデレーションにとっ
て必要最低限な反物質は残っています。当面の反物
質船航行には支障ありません。
●反物質を包む外殻はタウ=リヴァイアサンの一部
ですが、リヴァイアサンの増殖プログラム押さえ込
むために、タウの意識は相殺され消失しています。
只の外殻です。SRSとしての機能を用いることも、
タウを再生することもできません。
●クローン少女、タウは死亡しました。
●真・造酒原(0603-01)は拘束されましたが、次
回の選択肢に制限はありません。脱走は可能です。
●リアクション内で負傷、個人所有機体の損傷が描
写されている場合でも、次回リプライに於ける行動
を妨げる影響は残っていません。

■重要遭遇者一覧《09160》
○悪の機構軍将校を撃破/佐倉圭一(00156-01)/RA.09160
○誰も、死なせたくない!/ショーン・メイナード(06223-01)
/RA.09160
○基地を襲撃して大量虐殺!/真造酒原(00603-01)/RA.09160
○ブリッジの管制は大変です/アンナ・シャルンホルスト(00466-02)
/RA.09160

■関連リアクション及び住所リスト一覧
《09161》シルマリル:技能開発&基地防衛
○新技能パランティア開発/ハンナ・祀(00149-01)/RA.09161
○整備班主任/ジョージ・ライオネル(00426-01)/RA.09161
○ラウルの意図を看破・実は基地内保安に貢献
/ミト・T・アストラビウム(06291-01)/RA.09161

《09100》水星:バルカン
〇バルカン護衛作戦「トリニティ・アロー」班長
/クイナ・アッキペテル(02023-01)/RA.09100
〇水星SG責任者/ジャネット・ハミルトン(06022-01)/RA.8100

《09101》水星:イカロス
○「シルマリリオン」計画リーダー/アネット・バコ(00829-03)
/RA.09101
〇「ノア」計画リーダー/ケリー・バークレイ(00341-01)/RA.09101

《09140》火星→水星:グワイヒア
○テロリストの発見に尽力/レアンダー・マクウィルクス(06682-01)
/RA.09140
○WGスティル隊員/佳凛・ヴェールデン(00195-01)/RA.09140
○ネイバーリンクで情報世界からの帰還に助力
/リンダ・イフェア(06273-01)/RA.09140

《09141》火星→水星:シャドウファクシ
○WG希望の影鷹リーダー/愛美・ユニシオール(06038-01)
/RA.09141
○テロリストの行動を警告/ミランシャ・グライフ(00748-01)
/RA.09141
○シャドウファクシ機関長/レイ・ファルザング(03394-01)
/RA.09141

《09150》後行トロヤ群→水星:小惑星帯SG
○急造宇宙要塞総司令官/浅野・天馬(01543-01)/RA.09150
○主席戦略担当/ラピッド・リバー(00626-01)/RA.09150

《09151》後行トロヤ群→水星:ゼーゼマン艦隊
○狗の犬(ゼーゼマンの犬)/黒瀬怜人(0189-01)/RA.09151
○リヴァイアサンGetだぜ/明輝・フォン・デュレクスラー(03029-01)
/RA.09151

《09170》水星:ラウル艦隊
○機構軍独立第二遊撃軍パンデモニアム指揮官
/ジュダス=ベトライアー(00377-01)/RA.09170
○ラウルを情報世界に送る/中山りり奈(01632-01)/RA.09170
○ラウルを仕留めた!/新堂賢一(03473-01)/RA.09170

《09200》木星:リヴァイアサンによる太陽系脱出作戦
○ユリウス艦長/将斗神楽(3403-01)/RA.09200
○ピーシィフィム/ヒィン・リュイユェ(0938-01)/RA.09200
○人体実験/五月鹿子(1225-01)/RA.09200

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