<アスファルトの上に暮らす僕たちの昼と夜>
第3話 「曇った青」
雨の日は嫌いだ、あの娘の肩を濡らすから。彼女の姿を、
僕は毎日この電柱のすばに立って見ている。大好きなあの
娘の姿を・・・。
初めてあの娘を見かけたのは、ちょうど僕が高校に入って
一ヶ月ぐらい経ったときだった。
「ねえ、ちょっと大丈夫?」
目のまわりを腫らして血を流し、校舎裏の壁にもたれている
僕に声をかけてくれた。
「え・・え?・・あ・・・ああ・・・・大丈夫・・・。」
「大丈夫って、血が出てるよー、一体どうしたの?」
「あ・・・そ・・・その、転んだ・・・。」
「嘘!・・・いじめられたの?」
一瞬ドキッとして何も答えられなかった。恐る恐彼女に目を
やると、僕は再び鼓動が高鳴った。さらさらの短い髪にふっく
らとした唇、すっと伸びた鼻先、僕好みだ。それになんと言っ
ても、あの透き通った目に僕は引かれた。
「何?」
「え?・・・い、いや・・・。」
見透かされたような恥ずかしさのあまり、僕は慌てて、
「そ、そこの体育倉庫に・・・何か・・・と、取りに来たんだろ・・、
は、早く行ったほうがいいよ。」
彼女の体操服姿を見て、とっさに失礼なことを言った。
「何無理してんのよ!先生に言ったほうがいいよ!でないと・・。
ほら、とりあえずこれ・・・。」
彼女はかわいい絵柄のバンソウコウをくれた。
「じゃあ、行くからね・・・。」
僕がありがとうを言う間もなく去っていった。今時、僕みたいな
人間を心配してくれる人がいること自体びっくりした。それと同時
に、あの娘がとてもいとおしく感じた。その気持ちで頭の中がいっ
ぱいに浸るまで、さほど時間はかからなかった。

「オレ、ポカリ。」
「オレは・・・ウーロン茶。」
「ファンタオレンジ。」
「何にしよっかな・・・、ん〜100%ジュースなら何でもいいや。」
「わかったか?」
リーダー的な一人がまとめる。
「あ・・・あの、その・・・お金は?」
僕は恐る恐る尋ねる。
「は?バカかテメー。」
「う・・うあ・・その・・・僕のお昼のお金なくなっちゃう・・・。」
「知らねーよそんなの。」
「・・・わ・・・わかったよ・・・。」
しぶしぶ僕はみんなのジュースを買いに行く。その途中、
あの娘と廊下ですれ違う。彼女は友達と仲良く楽しそうに話
をしていた。僕のことは気にも止めない。
(いいんだ・・・僕を見てくれなくても・・・。)
自己満足だけど仕方なかった・・・。僕に声をかけ資格な
んてない。そう、こんな臆病な僕には・・・。
(見ているだけでいい・・・。何もいい思いがないより・・・。
この気持ちだけあればいい。)
半袖の白いシャツに肌寒さを感じる、そんな日だった。
どれくらい月日が経ったのか。毎日が苦痛で仕方なかった
ので、一日をどう過ごすか、いや、どう生きるかを考えることに
必死だった。日ごとにひどくなるイジメに対して、そろそろ限界
がきていた。僕学校が頼りにならないことを知っていたし、家
族なんかはもってのほかであった。となると道はひとつだった。
せめて最後にもう一度あの娘と話をしてみたい・・・。ずっとそう
思っていた。そんなある日、彼女の後をつけて機会を探ってい
た。
(彼女、なんだか派手になっていくなぁ・・・出会った当初はもっ
と素朴な感じだったのに。)
そうしてるうちに、彼女は友人と別れて一人になった。僕は
チャンスとばかりに彼女に近づいた。そして、大きく息を吸い込
み、思い切って話し掛けた。
「あ・・あ、あの・・・。」
「え?」
彼女は振り返り、僕の顔を怪訝そうに見た。
「なに?」
「あ・・いやあの・・・その・・・前に一度怪我をしてて・・・その
・・・僕に声をかけてくれて・・・それで・・・そのとき・・・ありがとう
言いたくて・・・あの・・・こ、このバンソーコー、ずっと・・・持って
たんです・・・う・・・うれしくて・・・。」
彼女は眉間にしわを寄せて、まるで変なものでも見るかのような
顔をしていた。そのうち表情が素にもどり、こう言った。
「ずっと後をつけてきたわけ?気持ちわる。」
そうつきはなすと、前を向いて早足で歩き出した。
(いいんだ・・・僕がすべて悪いんだ、イジメられてることも、君に
そんな風に言われるのも・・・。ただ・・・ただ君に、あの時君が
やさしくしてくれたから・・・、一言ありがとうを言いたかったんだ。
それだけなんだ・・・。本当は、本当はもっと・・・・君と・・・・・。)
見上げた秋の空は薄曇っていた。僕はしばらくそこに立って空
を見上げていた。やがてポツリポツリと降ってきた雨に、僕は”さよ
なら”を伝えたかったことを思いだし、もうどうにもできないことと、悲
しくてやりきれない思いに、ただ涙を流しつづけた。

僕はこれからもあの娘を見続けるだろう。ここを通って学校へ通う姿
を、日々綺麗になっていくあの娘の姿を。いつまでもずっと・・・・。
なぜなら、僕の時間はもう永遠になったのだから・・・。
<第3話 完>
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