聖騎士エイリスの憂鬱な日々2〜魔力人形の昔話<前編>〜

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 エイリス・ジェスティライン。
 聖装備を手に入れた冒険者時代を経て、来るべきローナメント王国との相対に備えて行われたレイメルド王国軍特設勇者隊の隊員選別大会に出場。大会のトーナメント戦で優勝し、勇者隊隊長に任命される。以後、指揮官として幾多の戦闘に参加、華々しい武勲を上げる。ローナメント王国との一大決戦であったベレニーナ平原の戦闘の後、任務行動中に所属不明の部隊の襲撃に遭い隊は壊滅。遺体は発見されなかったものの、隊が全滅し見分けのつかない状態の遺体も数多くあり、レイメルド王国内務省付属調査団は死亡したと判断。

 レイメルド王国の資料室にあるエイリス・ジェスティラインの資料(概要)より



「隊長、朝だぞ。」
「・・・・・あと少しでいいから寝かせろ。」
「あと五分で延滞料金なんだが。」
「・・・・・・・・お前、私に何か恨みでもあるのか?」
「目覚めのキス、いる?」
 渋々といった表情で彼女はベットから起き上がった。五分で荷物を整えると(といっても服を着替えて荷物を持っただけだが)、主人の悔しそうな表情を背に宿屋を出た。
「隊長は朝が早いと思ってたんだけどな。」
「お前が昨日酒など勧めなければ早かったはずだ。」
「ま,あれだけ飲めば当然か。」
「途中から全く記憶がない。」
「隊長の酒癖は非常によろしかったようで,感心ましたよ。」
「・・・・・ひっかかる言い方だな。」
「今度はもう少し愛らしく酔ってくれることを祈る。」

 雲一つない晴天の下で、荷物を背負った二人はいつもより多い人込みの中を歩き続けている。
「仕事は?」
「聞くだけ野暮だな、隊長。」
「はぁ」
 仕事がなく、懐が日に日に身軽になっていく様を実感していくしかないというのは彼女にとって屈辱であった。しかし、それももういい加減慣れようとしている。
 彼女の相棒の方はといえば、仕事が無いのも一向に堪えた様子がなく昔と全く変わっていない。
(堕落しているという自覚が無いのだろう、多分。)
 彼女はふと、勇者隊選別大会で初めてこの相棒に会ったときのことを思い出し、苦笑すると共に納得してしまった。ぼろを纏い、髪と髭は伸び放題でどんな顔なのか判別がつかなかった。それでも奇妙な印象を彼女に与え、次に会うときまで記憶に留まっていた。
 初めてその顔を見たときから随分たった今、彼女の隣にいるのは初めに冒険者をやっていたときの若い相棒志願者でもなく勇者隊の小隊長でもなく副官でもなく、この男だ。
「人の縁とは奇妙なものだ。」
「?なんのことだ?」
 つい口に出てしまったらしく、クルストが怪訝な表情をしている。
「いや、なんでもない。」
 空を見上げながら相棒を黙らせると、彼女は奇妙な気分になった。
(空だけ見ていると、今が勇者隊隊長の時なのか冒険者時代の時なのか,それとも仕事を探している現在なのか判別がつかないな。)
 彼女は空を見上げるのを止めた。このまま底抜けに青い空を見続けていると、昔を思う郷愁で涙が出そうになったからである。
(我ながら脆弱なことだ。)
 その感覚は、戦士としての彼女は不満だったが彼女自身としてはそう悪くないと思っていた。
「あの、ジェスティライン様ではありませんか?」
 横手からの声に思わず顔を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
 控えめな色の長い金髪に、見目整った容姿。少し幼く見えるがまず美人といってよいように彼女には思えたが、今はあまり関係がなかった。関係があるのは、その顔に見覚えがあったということだ。
「!!・・・レクセルの妹君・・・」
 それを聞いて、女性は顔を輝かせた。
「やっぱりジェスティライン様!!生きていらしたんですね!」
 その表情の奥にある期待を予想して、彼女は内心で怯みを覚えた。



 その女性―――勇者隊隊員のレクセルの妹アンジェラ―――は、彼女とその相棒を自分の経営する宿酒場に連れて行った。エルメール亭というその宿酒場は街の中央道から少し離れた場所に立っている小さめの店だった。二階建てで壁は一面白く塗装され,清潔感を出している。屋根が平坦になっているのが他の家屋と比べると珍しい。
 死んだ隊員の身内と立て込んだ話をするのはエイリスにとって内心辞退したかったが、是非と勧められては断ることもできない。また、アンジェラの様子に社交辞令以上のものを感じたのも気になった。
「今日は休業中なので遠慮せずにどうぞ。」
 鍵を開けながらそう言うと、窓から外を見れる席に二人を座らせてアンジェラはお茶を煎れにいった。
 これまで一言も口を利かなかったクルストがぼそりと呟く。
「罠・・・・・の可能性は低いか。」
「低いだろうな,というよりあり得ない。外聞上、王国の奴等は私の抹殺に成功している。今更改めて殺したところで王国の品位が下がるだけのことだ。」
「幸運にも,宰相はいなくなったしな。」
「お前な・・・本人を襲った奴の言う台詞ではないぞ,それは。」
「正当防衛と世界のためだ。しかし,個人的には生きていて欲しいけどな。」
「美人だったからか?」
「美人だったからだ。」
 その答えを聞いて、椅子にもたれ掛かっていたエイリスは心底呆れた様子で,テーブルに肘をつきその上に顎を乗せる。
「隊長も多少は変わったよなぁ。そんな格好しているのを見るとしみじみ思うぜ。」
「?・・どう変わった?」
「そうだな,変に力を入れなくなった。人間,力んでばかりじゃ疲れるからその方がいい。愛嬌もあるしな。」
「・・・・・」
 二人とも特徴的な低い声で話している。宿酒場とはいえ休業中なので声が高くならないように気をつける必要があるのだ。アンジェラは奥のカウンターで紅茶を煎れているが、距離があるため二人の会話の内容まではとても耳に入らない。
「警戒することはなさそうだな。俺には、彼女は何か頼み事があるような気がする。」
「頼み事・・・ねぇ。」
「金の無心だったりしてな。」
 クルストの冗談は神経のうそ寒い部分を刺激したようで二人とも思わず押し黙ってしまった。
「店がどんなに赤字でも、私達よりは持つものを持っていると思うぞ。」
 ぼそりと呟いたエイリスだったが、言った当人の意思に反してこのセリフには返答があった。
「まあ。本人のいない所でそんな話をなさらないでください。あいにく、この店はこれでも繁盛しているんですよ。」
 驚いて振り向くと、アンジェラは二人のテーブルにカップを置いた。上品な陶磁器のカップに、綺麗な色合いの紅茶が注がれる。細くゆっくりとたなびく湯気が落ち着いた香りを控えめに振りまき、鼻腔をくすぐった。
「いい香りだな。」
「それはもう。これが商売ですから。」
 ”全滅したと言われた隊の隊長が生きているのならば兄も無事なのではないか”そう質問されることは百も承知でエイリスはアンジェラについていったのだが、アンジェラが兄のことを話す様子はなかった。
 しばらく紅茶の香りを楽しんでいたクルストが唐突に口を開く。
「なあ、アンジェラさん。俺は貴方が俺達に何か頼みごとをしたいんじゃないかと思っているんだが、俺の勘違いだったのか?」
 無遠慮に核心を突いたクルストのセリフに、エイリスは思わず非難の目を向けた。が、アンジェラのほうは苦笑しただけで口を開いた。
「ええ、その通りです。あと私のことはアンジェラで結構です。」
「聞かせてくれるか。」
「ええ。」
 アンジェラの語ったところによると、店の看板商品である紅茶の葉を取りに行く洞窟に最近魔獣が出るそうだ。その洞窟に紅茶の葉があることを知っているのは彼女だけなので被害も出ていないし知られてもいないが、このまま住み付かれては紅茶が作れない。退治してもらえないだろうかということであった。
「紅茶・・・ねぇ。しかし、紅茶が出せなくても店は続けられるんじゃないのか?」
「この店が他の店と比べて勝っているのは紅茶の味だったんです。今店にある葉を使い切ってしまえばあっという間にこの店は廃れてしまいます。」
 一旦言葉を切ると、彼女は言い難そうに微妙に視線を彷徨わせながら呟いた。
「それに・・・・・・あそこには店の財産の半分をしまっているので、取りにいけないとなると大変困るんです。」
「洞窟を金庫にしてたってことか。なるほど魔獣が出てきたら確かに困るよな。」
「勿論お礼はさせていただきます。お願いできないでしょうか?」
 両手を胸の前で合わせる格好で迫られて、エイリスは言葉に詰まってしまった。
(こんな美人に迫られては、先にあいつが了承してしまいそうだな。)
 横目で相棒を見ると、一見何も考えていないような顔でアンジェラを眺めている。しかし、彼女が知る限りこの男は何かをするまでは大抵がこの格好で、迷っている素振りを見せたためしがない。
「おい、クル」
「分かりました、任せてください。」
 彼女の相棒はにこやかに宣言した。



 その洞窟は,街からそう離れていない丘の麓にあった。丘の上は草原が広がっていて子供達の格好の遊び場になっているほどで,街の人が作った手作りの遊具なども置いてあった。二人が驚いたことには,洞窟の入り口が上から下に向けて開いているのであった。丘の傾斜が急な一面に突き出している大きな岩の下に回ってみると,そこから上に向かって穴が開いており,その穴は丘の中に向かって曲がっている。
 入り口を眺めたエイリスは呟いた。洞窟内探索と言うことで,鎧は胸当てのみ着用し籠手と剣をつけただけで,盾も持たない軽装である。
「珍しい洞窟だな。ここから見たのではどのくらい広いのかは全く分からない。」
「巨大な鼻の穴みたいだな。アンジェラはよくこんな場所に入る気になったもんだ。」
 デリカシーのない感想に,半眼で相棒を睨み付けるエイリスだったが,睨まれた方は全く気にした様子もない。こちらは彼女よりも更に軽装で,胸当てさえつけていない。オールサイズのたっぷりとした旅人用のローブを羽織って,腰に剣を差したのみである。乾いた色の服に漆黒の鞘がいかにもアンバランスであった。
「いつまでもここにいても仕方がない。行くぞ。」
 エイリスが登りにくい入り口に,手足を突っ張るようにして入っていく。しばらく眺めていたクルストも,間を見計らってよじ登る。
 横穴なるとすぐに穴の大きさは広くなり,天井までは2メートル強の高さで悠々と歩いていける。エイリスは火を灯したランプを手に持って,特に周りを気にした風もなく歩いていく。ランプの光は強く,洞窟はかなり先まで見渡しがきく。魔獣がいれば見落とすはずもなかった。
「中は結構広いな。この調子で丘全体に洞窟が広がっているのなら今日中に見て回れるかどうかは分からない。」
 エイリスの隣で呑気に歩くクルストが呟いた。
「ここの空気は,面白いな。」
「?何がだ?」
「空気に魔力素が色濃く漂っている,しかもそれが洞窟の奥に向かって僅かだが流れができている。」
 虚空を見つめるクルストの瞳が薄ぼんやりと光を放っている。暗い洞窟の中でその情景はひどく幻想的で,多少不気味であった。
「・・・・・前から聞いてみたかったのだがな,お前のその目はどうなっているんだ?魔力素が見えるというのは以前聞いたが,詳しく話してくれないか?」
 瞳の光を消して,彼女の相棒は顔を向けた。
「俺に興味が出てきたのか?隊長。」
「能力がな。」
「身も蓋もない言い方だ。」
「・・・話す気はあるのか?ないのか?」
 ぶっきらぼうに言い放つエイリスの口調に,彼女の相棒は多少口調を変えた。
「この目に関しては,完全に俺のプライバシーの問題だ。おいそれと言いふらす気にはなれない。」
「私は言いふらす気はないし,ここには私とお前しかいない。それでも不満か?」
「・・・・昔の恋人に貰ったのさ。ただそれだけだ。それ以上は言えない。」
 意外な答えに誤魔化されたと思ったが,クルストの口調が落ち着いているというより沈んでいるのに気が付いて,エイリスは何か悪いことをしたような気分になった。
「・・・ランプオイルの残りはあと二時間分くらいだ。もう少しして何も見つからなかったら今日は帰ろう。」
 心持ち口調を押さえてエイリスは相棒に言った。



「いたか。バッドタイミング,というやつだな。」
 ランプオイルが残り一時間と少しになって,そろそろ帰ろうと思っていた矢先だった。全長2メートルはあろうかという灰色の巨大な狼が,こちらを睨み付けてうなり声をあげている。その場所はドーム型に広がっている場所で幅が六、七メートル高さが三メートルほどもあり,戦闘に支障はなかった。
「明かりを確保するためには手早く倒す方が賢いやり方だな。行くぞ。」
 エイリスが剣を鞘から抜く。暗い洞窟内に純白の光の粉が一瞬飛び散ったようだった。彼女が冒険者時代の最後に見つけだした聖剣と呼ばれる伝説の武器の一つである。銘は伝わっておらず,ただ聖剣と呼ばれるその剣は光と正義の象徴で,過去にはこの剣一本のみで王国を建てたという逸話も伝わっている。逸話が真実なのか創作なのかは定かではないが,歴史上の幾つかの王国の建国王の中にはこの聖剣を腰に差していたという記述のある文献が残されている。
 硬度と切れ味の割には非常に軽く,練習用の木剣程の重さしかない。そして何より,エイリスの手にまるで彼女のために作られたかのように馴染んでいる。
「適当に援護してくれ。」
 闇の中のため全く目立たない黒い剣を手にしている相棒に向かって短く呟くと,エイリスは剣を構えた。
「てやぁぁああぁ!!」
 彼女が真っ正面から飛び込むのと同時にクルストは斜めに走り込み,魔獣の横に回り込む。魔獣は狼特有の素早い動きで体半分(それでも一メートルだが)後ろに下がり,エイリスの体が伸びきる瞬間を狙って飛びかかろうと四肢に力を入れ,その筋肉が盛り上がる様がはっきりと見えた。
 エイリスは魔獣が後ろへ飛ぶのを見てそのまま虚空に剣を突き出す愚をさけ,剣を構え直した。それでも姿勢のバランスが僅かに崩れ,そこに魔獣が飛びかかった。しかし,魔獣の牙はエイリスの喉笛に食い込む前に,彼女が構える聖剣によって弾かれる。ごりっという鈍い音がして,狼の顔の左右にあった特に巨大な牙の一本が聖剣によって切り落とされた。
 そこに横から飛び込んだクルストの剣が魔獣の心臓の辺りに突き立てられる。クルストは剣を刺したままねじり,魔獣の傷口を広げる。闇の中で魔獣の血が吹き出る。魔獣の後ろ足が力をなくしてその体を支えきれなくなり,座り込むような姿勢になった。
「やったのか?」
「あぶないっ!!」
 エイリスがこちらに顔を向けた時,魔獣の前足が恐ろしい速さで振るわれ,彼女の体は爪に弾き飛ばされた。吹っ飛んだエイリスは洞窟の壁に強かに背中を打ちつけた。右腕の二の腕の部分が焼けるように痛む。
(痛っ!油断した!!)
 魔獣の死を確認した彼女の相棒が駆け寄ってくる。
「大丈夫か?傷はどこだ?」
「右腕・・だ。どうも大丈夫じゃなさそうだ。」
 クルストは顔をしかめた。腕の傷は深く,僅かに白い骨が見えている。
「少し我慢してくれ,隊長。」
 エイリスの肩口から先の衣服を切り取り傷口と腕を露出させ,少量だけ持ってきていた酒を口に含み傷口に吹き付け,切り取った布を巻いていく。その間も傷口からは血が滲み,布は赤く染まった。エイリスの体の下には,傷口からの血でできた血溜まりができている。
「くぅっ!」
 押し殺したうめき声が口から漏れ,エイリスはそのまま意識を失った。
 クルストが考え込んだ時間はわずかだった。ランプを吹き消し,エイリスの体を背負って洞窟の奥へ走り出す。
(今から洞窟の入り口に戻ったのでは間に合わないし,たとえ間に合ったとしてもあの傷では右腕を切り落とすことになる。この洞窟は奥へ行くほど魔力素が濃くなっている。もしかすると奥に古代文明遺産があるかもしれない。)
 クルストの目は光を発し,魔力素の強くなる方向を定めて走り続ける。アンジェラが取りに来る紅茶の葉は先程の場所にあり,アンジェラはそれ以上深く踏み込んだことがないようだったため,彼女が知らない場所があっても不思議ではない。
「頑張れよ,隊長。」
 内心,柄でもないと思いながらもクルストは背中の相棒に言った。
 エイリスの意識は戻っていない。

続く