聖騎士エイリスの憂鬱な日々3〜魔力人形の昔話<後編>〜

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「・・今、何と言った?」
 目を丸くするエイリスに向かって,その浮浪者風の男は前言を繰り返した。
「棄権すると言った。俺はこの試合を降りる。」
「勝負しないのか?」
「あんたの正面に立つ気はしないのさ。」
 背を向けるその男に向かってエイリスは更に声を掛ける。
「・・・・それは私が女だからか?それとも私に勝てないと思ったからか?」
「どちらも違うな。あんたは人の上に立つ器量がある。一軍を率いるのに向いている。だから俺はあんたを支持する方に回るだけさ。幸い,二回戦は突破したから俺も晴れて隊員だ。俺は無駄な事をしたくない人間だからな。」
 そう言って再び歩き始める男にエイリスは疑惑の視線を向けた。男の言っている事が本音なのか,戦わずに辞退する建前なのか彼女には計りかねた。
「私とお前,戦えばどっちが勝つと思う?」
「俺・・・・だと思う。」
 エイリスの瞳は相手を軽蔑する色を放った。
(ただの根性無しの言い訳か。)
 男は背を向けたまま続ける。
「あんたは騎士だ。王国の騎士ではないが,自分を騎士たらんとしている。故にどうしても正道を歩く。俺は争うならば勝つためには何でもする性格だ。だから,手段を選ばない俺の方が勝つだろう。それだけのことだ。お互いに正面から戦えば,あんたが勝つだろうがな。」
 男はそのまま試合場を出て,勇者隊の訓練任務に就いた。
 この後,エイリスが彼に対する評価を変えるのは,もうしばらく後のことである。



 クルストはそう時間もかからずに洞窟の奥に辿り着くことができた。果たして,そこには彼の予想通りの物があった。
 古代文明遺跡というのは大陸の至る所で見られる建物で、現在の人間の前に何かが生活をしていた事を証明している。遺跡とは言っても,ボロボロに崩れかけた四角い塔のような建物があったり,逆に今現在でも稼働して使用できる機械・建物の場合もある。クルストは以前,後者を非常に多く見る機会に恵まれた。今は文明それ自体に関する知識も割と大したものだと彼自身は思っていた。
 土がこびり付いてはいるが,何で作ったのか分からないような真っ白な壁が洞窟の突き当たりにその姿をとどめていた。壊れているようにも見えるが,クルストの目にはその扉の向こう側に吸い込まれていく魔力素が映っている。
 クルストは白い壁にポツンとあった白い出っ張ったブロックを手で押した。
 壁のどこからか空気の抜ける音がして,継ぎ目さえ見えなかった白い壁に四角い亀裂が入り,その部分の壁がへこみ右手の壁の中に入り込む。
 白い壁はぽっかりと入り口を開けていた。
「・・・どこかに救命設備があるはずだ。」
 エイリスを背負い直すと,クルストは施設の中に入った。
 施設の中は同じく真っ白な部屋で,何に使うのか想像もつかない物が所狭しと並んでいる。クルストの目は,それらに充満する魔力素の様子からどれもまだ十分使える事を見て取った。
「救命装置は右から二番目のチューブ付きの丸い機械だ。チューブを右手首に巻きスイッチを入れたら魔力素を生命力活性剤に変え,装着者に送り込む。」
 突然,後ろから聞こえた声に振り向くと一人の男が入り口に立っていた。
「早く使ってやった方がいいぞ。そちらの女性はあと五分もすれば手遅れになる。」
 長い黒髪に黒い目,それに大きな黒いマントを羽織っている三十代前くらいの男で,唯一露出している顔は肌の色が真っ白で服装と対照的だ。
「誰だ?あんたは。」
「ここに住んでる者だ。使わないのか?」
 マントから手を出し,機械を指さす。手は白い手袋に包まれていた。
「今一つ信用できない。」
「あと四分で手遅れになる。もう一度言うぞ。使わないのか?」
 しばらく黙っていたが,クルストはエイリスを床に横たえると丸い機械を手に取り,自分の手首にチューブを巻いた。
「自分でまず試してみるか?悪くない判断だ。急げよ。」
 黙ったまま丸い機械の一つしかないスイッチを押してみる。音もなくクルストの体に活力が満ちてきた。同時に部屋の中の魔力素が僅かに薄れる。
 クルストはスイッチを切った。
「どうやら本当のようだ。礼を言う。ありがとう。」
 口を動かしながらエイリスの籠手を外して手首を露出させ,チューブを巻き付ける。
 スイッチを押すと,今度は先程とは比較にならない速さで魔力素が薄れていく。どうやら症状の重さに比例して魔力素を必要とするらしい。それに伴って紙のようだったエイリスの顔色に血色が戻ってくる。
 クルストは大きく息を吐いた。
「容態は落ち着いたようだな。もう五分もしたら意識が戻るだろう。・・・紅茶の一杯でもいかがかな?」
 男の手の上には何処から取り出したのか__おそらく部屋の機械の一つを使ったのだろうが__湯気の立つ紅茶の注がれたカップが,白い皿に乗って置かれていた。
「いただこう。」
 紅茶の口当たりは悪くはなかった。紅茶の中にも魔力素が僅かに含まれているのは古代文明遺産の名残だろうか。
(アンジェラの店の紅茶とどっちが旨いかな。)
 男はそれをただ眺めている。
「あんたは飲まないのか?」
「飲めないのさ。こう見えても私は人間ではないのでね。」
 その言葉が部屋の静寂さを無音にまで高めた。空気が張りつめ,クルストの目が少し細まる。敵意をないことを示すためか、男は両手を顔と同じ高さにまであげて見せた。
「私は君の敵ではないよ。その目はやめて貰いたい。」
 男の言葉、というより寝ているエイリスの呻きがクルストの表情を軟化させた。
「そうだな。おかげで助かったんだった。」
 クルストはそのまま黙って紅茶を飲み,男に話の続きを促す。男は軽く溜息をつくと,前髪を右手を掻き上げクルストを真っ直ぐ見つめる。
「私は,君たちが言ういわゆる古代文明の最後期に作り出された魔力人形だ。名はレイスメランという。」
 レイスメランが右手の指を鳴らすと,壁の一面に初老の男性の姿が映し出された。
「この男が私を作り出した人物だ。元々子供向けのアトラクションに出演する魔力人形を手がけていたのだが,文明崩壊にして自らの人形を全て自我を持つように改造した。」
 男性の映像が消え,同じ場所に今度は何もなくなった大地が映し出された。乾ききってヒビの入った大地に幾つか建物が建っている。砂が舞い上がり,それを機に映像は消え,元の白い壁が見えた。
「私たち魔力人形は枯れきった大地に植物を植え,水をやり,魔力と水と緑の溢れる世界に戻すことに尽力した。あのような死の大地を今の緑の楽園に変えたのは我々、というわけだ。」
「あんた達が自分でそれをやろうと思ったのか?」
 和んだ空気の中でクルストは視線を床に落とし,呟いた。
「いいところをつく。しかしまあ,そんなに難しい問題じゃあない。君達の中にも俗にカリスマと呼ばれる集団の中心人物がいるだろう?それと同じさ。」
「・・・まだ大陸の各地にあんたのような奴が大勢いるのか?」
「いないね。共に惑星の復興に尽くした仲間達ももう残っていないだろうし,私たちは元々少数派だ。多くの魔力人形達は滅亡した文明を前に機能停止を選んだ。私も彼女に会わなければそのまま魔力切れを待っただろう。」
「彼女?」
 レイスメランは初めて明後日を向いて頬を僅かに染めた。
「その・・・・例のカリスマさ。彼女の言葉に説得され,私たちはこの惑星を蘇らせるよう努力することにした。」
 紅茶から僅かに顔を離し,クルストが目を見張った。
(これで人形か・・・人間とまるで変わらない。古代文明ってのはやはり凄いな。)
「ところで,君たちは面白い状況に身を置いて来ているね。特に君だ。古代文明の末裔とあれだけ深く関わっている人間はそうはいないよ。」
 話題と共に顔色は元に戻り,面白がっている様子でレイスメランは言った。対照的にクルストの顔に今度こそ驚愕の表情が広がった。
「・・・・・何故知っている?」



 エイリスは痛みで意識が戻った。
(腕の痛みじゃない。頭の下に何か硬い物があるのだろうか,後頭部にジンジンとした痛みを感じる。腕の痛みは感じない・・・・・!!)
 目を開けて飛び起きようとしたエイリスは途端に腕と背中の痛みに顔をしかめ,再び寝転ぶ。彼女は同時にうめき声も上げ,側にいた二人の人物も気付くに至った。
「意識が戻ったようだな。」
「傷はまだ痛むか?隊長。」
 見知らぬ男の声と聞き慣れた相棒の声が彼女の耳に入ってきた。エイリスはぼんやりと目を開ける。彼女の相棒と,長い黒髪の見慣れない男が彼女の顔をのぞき込んでいた。
「・・・ああ。しかし,体はどうやら大丈夫みたいだな。」
 男___レイスメランは上体を起こしたエイリスにも紅茶を勧め,再び口を開いた。
「何故知っているかということだが,答えは簡単だ。見ていたからだ。」
「見ていた?」
「人工衛星と言ってね,こういう,おっと失礼。」
 そういって指を鳴らし,再び映像を出す。そこには綺麗な円筒形の金属が暗闇の中に浮かんでいる様子が描かれていた。
「こういう道具が大陸の遥か上空に浮かび,誰がどんなことをしたのかが大体分かるようになっているんだよ。私はこの洞窟の中でその情報を受け取り,君やそちらの女性の活躍を知ることができたというわけだ。」
「いつも見られているわけか。それもあの宰相一味の,いや古代文明の物か?」
「その通り。あの小さかった女の子が人間の世界で出世して,あのような事をしているのを見ると時代の流れを感じさせられたよ。」
「宰相の子供時代を知っているのか?」
「ああ。私がまだ子供用アトラクションの魔力人形だったときに,舞台に何度か見に来てくれたよ。私は悪役だったので舞台が終わっても子供は近寄っては来なかったが,あの子は違った。ヒーローに群がる子供達から離れて,私に握手を求めてきてくれた。嬉しかったよ。」
 白い顔の中で異色を放っている目が,懐かしそうに細まった。
「あの頃は良かった,っていうわけか?」
「そのとおり。彼女自身から聞いただろうが,彼女たちの殆どはその気持ちを原動力にしている。あの素晴らしい時代を再現するため,彼らは創造主に対する裏切り者たる君達に敵対している。」
 何も思わない表情,ではない。その顔には苦渋の色が伺えた。
「静かな死の世界を生まれ変わらせたのは,この星にとって悪いことではなかったはずだ。そうは分かっていても,この現状を見ているとやりきれないな。」
「・・・・・そう言われてもな。俺はこれから先,連中に対して手加減するつもりはないぞ。」
「分かっている。君達にとってこれは生存競争なのだろうからな。」
 クルストは肩に柔らかな感触があった。そこでは彼の相棒がもたれ掛かって小さな寝息をたてていた。
「・・・・隊長はこんな油断は滅多にしないんだがな。」
「気が抜けたのだろう。宰相一味と敵対したことで気の休まる日などなくなったのだからな。取りあえず一件落着したと思ったら,身分も何もない浪人になっていた。報われないことだ。」
 クルストはもたれ掛かっているエイリスを払いのけるでも寝かせるでもなく,腕を回して軽く抱き寄せた。
「こうしていると可愛いんだけどな,隊長も。」
「彼女の目がさめていたらただではすまないと思うぞ。」
 魔法人形を名乗った男は,そういって僅かに苦笑した。
「あー・・・レイスメラン。あんたは俺達のやっていたことを大体全て知っていると考えていいんだな?」
「そうだが,それが何か?」
「俺が何故この街にいるかも,分かるか?」
「見当はつく。」
 クルストの前髪が目にかかって,表情が読めなくなる。
「あんたは,俺の手助けをする気はあるか?」
「・・・・君のしようとしている国づくりに参加しろ,というわけかな?」
「絶対に隊長には喋るなよ。」
「・・・まあ,言うなというなら。」
「逃げられてしまうから。・・・・それで?どうだろう。手助けしてくれるか。」
「頼み方の下手な男だな,君は。それでは手伝ってやろうという気になる奴などいないのではないか?」
「ふん。どうせ俺は無愛想だ。・・・しつこいようだが,どうなんだ?」
 レイスメランの顔に意地悪そうな笑みが浮かんだ。
「どうするかなあ。先程はそこの彼女を助けたのに敵意でもって睨まれたことだし。」
「・・・・・・悪かったよ。俺の悪い癖だ。」
「ま、考えてはおこう。」



 体が揺さぶられている感覚で,エイリスは再び目を覚ました。明かりのない真っ暗闇だが,目の前には彼女の相棒の首がぼんやりと見える。どうやら自分を背負って洞窟を出ようとしているらしい。クルストは人一人背負っていても疲れた様子は見せず,ペースも変わらない。
「・・・・また助けられたか。」
「起きたのか,隊長。」
 歩くのは止めず,前を見たままでクルストは返事をした。
「これで・・・何回目だろうな,お前に助けられるのは。」
「さあ,何度目だろうな。」
「こんな油断をするつもりはなかった・・・・。」
「分かってる。」
 エイリスは降りて自分で歩こうと何度となく思ったが,ゆっくりとしか歩くことはできないだろうからクルストの歩みも遅くなる,それでは意味がなかった。
 自分を背負っている相棒の背中の暖かみも心地よく,しばらく離れたくなかった。
「疲れたのかな,こんな生活に。」
「?・・・・落ち着く先を探すか?」
「そんな金はないと思うが。」
「アンジェラの宿に居候,というのはどうだ?」
「死なせてしまった隊員の家族の世話になるのか?」
「レクセルが死んだのは隊長のせいじゃない。宰相のせいだ。それに,世話や迷惑を残らずこの世からなくしたら多分何も残らない。世の中って言うのはそんなもんだ。」
「お前は昔から屁理屈ばかり言う。」
「そうか?」
「他人を説得しようとするときは,な。」
 ほんの少しだけだが風が顔に当たる。洞窟の出口が近いのかもしれない。