暑い空気の中,たまに吹く涼しい風が気持ちよかった。

 背中に草の感触を受けながら,僕は寝転んで涼んでいた。村外れにある草原の丘が僕の気に入っている場所だった。暑さが耐え難くなった今日この頃,僕は暇さえあればここに来て涼んでいる。

 不意に,近くで草をかき分ける音が聞こえた。

「見つけた。」

 見慣れた幼なじみの顔が,草の上から顔を除かせていた。

「まぁた仕事サボって涼んでたのね。」

「・・・そういうシェリルはどうなのさ?」

「私はきちんと仕事を済ませてきたわよ。」

 僕の質問に即座に答えているが,別に詰問口調ではない。言っても無駄だというのはもうすでに分かり切っているのだろう。シェリルは隣まで近づくと腰を下ろした。

「いい身分よね,仕事もせずに昼間っから涼んでるなんて。全知なるラーナの罰が当たるわよ。」

 寝ている僕の横で,空を見上げながらシェリルがぼやいた。

「穀潰しと言われてもいいならシェリルもしてみたら?」

 僕のいる村は,山間で農業と林業を生活の糧にしている。故に人手は幾らあっても多すぎることはなく,成人前の僕らの年代も大人に混じって仕事を手伝っていた。どうもこの村は一生懸命な性格の者が多いらしく,一人を除いて全員が真面目な労働者だった。

 僕は仕事をしていない。シェリルを除く同年代の子供には文句を言われっぱなしだし,大人には年中白い目で見られている。それでも僕は農作業を手伝う気にはどうしてもなれなかった。そんな僕を,村の人たちは名前で呼ばず”穀潰し”と呼んでいた。

「同じ村に二人もそんな名前の人はいらないと思うわ。」

 空を見ていたシェリルは,こちらを向いて笑った。綺麗な長い銀色の髪がきらきらと輝いているように見えた。

「いつもこんな所にいたらシェリルの評判が落ちるよ。」

 シェリルは村の若い娘では一番の器量好しだった。珍しい銀髪に整った容姿,誰にでも人当たりがよく,村の殆どの人間から好かれているようだった。

「別に構わないわよ。私は評判を良くするために生きてるわけじゃないもの。私のことは私とラーナが知っていれば十分よ。それとも,貴方も知りたい?」

 一向に気にした様子もなく,シェリルは笑みを浮かべたままだった。

 最近は起きてぼーっとしてはいつもシェリルと話している。何故かよく僕の側にいるシェリルは,実に楽しそうに会話をする。何となく,僕もつられて取り留めのないことを話したりしていた。村の殆どの若い男達から求愛を受けているという噂のシェリルは,何の遠慮もなく話ができる相手が欲しいのだろうと僕は思っている。

「ねぇ,何で仕事しないの?」

 唐突に,彼女が聞いてきた。この手の質問は僕が”穀潰し”になってからは数えるのも面倒なくらいの回数聞かれた覚えがある。そして,僕の答えもいつも一緒だった。

「農作業をしたくないから。」

「じゃあ何ならするの?」

 更に聞かれる。今日は簡単には引き下がるつもりはないらしい。

「さあ?僕には得意な事なんてないから何をやっても満足にできないと思うよ。」

「三年前の村の剣術試合で優勝したじゃない。」

「まぐれだよ。あの時以外は全部一回戦負けだ。」

 あの時は村の腕自慢の一人が,優勝したいが為に他の選手の食事に一服盛っていた。優勝に何か賭けていたらしく,どうしても勝ちたかったようだ。大会そのものは,選手の殆どが腹痛に苦しんでいる間に不戦勝が続き,食事に混ぜ物をしていた本人と,何故か体を壊さなかった僕との決勝戦になった。僕は元々剣術試合には参加しないつもりだったのだが,人に頼まれて結果的に参加することになったのだ。勝負は,有頂天になっていた相手の隙を突いて僕はあっさりと勝ちを取ってしまった。相手は油断しきっていたことを今でも後悔しているようだ。

「・・まだ言いたいことはあるけど、あなたがそう言うなら何も言わない事にする。」

 それっきり,二人とも何も言わなくなる。

 僕は,何となく空を眺めた。真っ青な空に巨大な雲がゆったりと流れている。たまに吹いてくる風は,やはり涼しかった。



 何となく村の方が騒がしくなってきたようだ。ざわざわと騒ぐ声がここにまで聞こえてくる。祭りがあるという話しも聞かないし,何か事故でもあったのだろうか。

「何かあったのかしら?」

 シェリルは不安そうに村の方を眺めている。

「行ってみよう。」

 一言つぶやくと,僕は村の方へ向かって歩き始めた。シェリルも後ろからついてくる。草原の丘から降り,村に近づくにつれて僕は見慣れない人間が大勢村にいることに気が付いた。山賊かもしれないと思い,足が止まりそうになるがすぐに勘違いだと分かった。見慣れない者達は皆同じ服装をして,同じ剣を持っていた。

 村に来たのは山賊ではなく軍隊だった。





「ケレスティン王国軍将軍カレナードという者です。戦況の推移により,この村を中心とした森が次の戦闘地点になる可能性が非常に高くなりました。国法に基づき、この村を軍事拠点として利用させていただきます。」

 三十代後半位だろう,一見人受けの良さそうな風貌をしたこの将軍が村に来て開口一番に言った台詞がこれだった。

 村は,どんなに控えめに言っても混乱した。財産を隠す者,村が戦場になるのだと考え絶望する者,そして軍隊を追い出すべきだと主張する者。

「この村は俺達が必死で築き上げてきたものだ!!軍隊だろうが何だろうが俺達の村に我が物顔でいられてたまるか!!国に税金を治めている俺達にこれ以上国に奉仕しろというのか!!国が一体俺達に何をしてくれたっていうんだ!?従う必要など無い!!」

 そう声を張り上げたのはジェストレード=ラーン,通称ジェスであった。体力があり,頭の冴えもなかなかのもので働き者,村での評価はまさに僕とは正反対だった。

 ジェスがこの声を挙げるに至っては幾つか経緯があった。まず,やってきた軍が敗軍だった事。兵士の半分が何らかの傷を負っていた上に,カレナード将軍自身も肯定した。村の人間にして見れば,敵の軍勢がこの兵士達を狩るためにこの村を攻める事は考えるだけでぞっとしたに違いない。もう一つは,入ってきた兵士達が想像以上に礼儀正しかった事だ。腕力と権力に物を言わせて威張り散らす輩が圧倒的に多いだろう軍においてはこれは珍しいだろう。非常に統制の取れた優れた部隊なのだろう。だが,ジェスを始めとする村の若い人間はそれを見てつけ上がったように見える。反撃されないと知った村人達はこれ見よがしに軍隊に対する誹謗・中傷を繰り返した。カレナード将軍の部隊は淡々とテントを張り,仲間の介抱を続けた。カレナード将軍自体は沈黙を保ったままだった。

 理屈から言えば,村人には軍隊の行動に対して何ら抵抗する術を持っていない。ここの兵士達は,それを何よりも理解しているようだった。自分達の権限は非常のための,そして国の後ろ盾を備えた非常に強い権限であることをよく分かっているのだ。だから,兵士達は村人の悪口雑言に耐えていた。軍隊という暴力集団の中にあって,易々とできることではない。僕はカレナード将軍を密かに尊敬した。



「貴方は何もしないの?」

 振り向くと,そこにはしばらく顔を見なかったシェリルが立っていた。軍隊が来て数日,僕は相変わらず丘の草原で涼んでいた。ジェス一党の運動も今のところ苦情の域を越えていない。軍隊は相変わらず静かに介護と訓練を繰り返していた。

「ここしばらく顔を見なかったけど,何してた?」

 僕の問いにシェリルは少し悩むそぶりを見せた。

「・・・・まあ貴方には言ってもいいかな?」

 そう言ってシェリルが語った所によると,この数日兵士の介抱をして回っていたという。僕は驚いてシェリルの顔を見つめた。ジェス一党の運動は一見一部の意見に思えるが,実は村全体の意志でもあった。表だって加わりはしないものの,内心では早く帰れと思っている者が殆どのはずだ。その中にあって兵士の介護をして回ることは,村八分にされる危険を冒すことなのである。現に,ジェス本人からも幾度もやめるように言われたそうだ。彼女が村八分にされていないのは今までの評判のおかげのようにも思える。それだけ村人の悪感情をそそる事なのだ。もっとも,ジェス自身がシェリルに求愛した人間の一人なのでそうそう悪い扱いはしないだろうが・・・。

「介護については,村に来たときにカレナード将軍が村長に頼んでいたことらしいの。でも村長は何も言わず,何もしなかったわ。村の人の中で自発的に手伝いを申し出る人も居そうにないし,見るに見かねちゃったって訳。」

 いかにも”仕方ないわね”という顔をしているが,満更嫌でもなさそうだ。もともと彼女は世話焼きだったから,怪我で苦しんでいる人を放っておけなかったらしい。

「何というか,凄いね。」

 シェリルは少し気恥ずかしそうな表情をした。

「見ていられなかっただけよ。」

 シェリルは腰を下ろした。すぐ間近にシェリルの顔を見て,僕ははじめて彼女が疲れている様子なのに気が付いた。手伝いとはいえ,負傷した兵士は一人や二人ではないのだ。僕の顔を見て,シェリルは表情を和らげた。

「少し疲れてるのよ。村じゃ落ち着いて休めないから,ここでしばらく骨休めよ。」

 シェリルは草むらに寝転がって四肢を伸ばす。

「思ったより寝心地いいわね,ここ。」

「毎日僕が寝てるところだもの。」

「しばらく借りるわ。」

 何分も経たない内に,シェリルの寝息が聞こえてきた。余程疲れていたのだろう。

 シェリルは何のためにここまで働いているのだろう。村での仕事ぶりを見ているときもそう思ったが,今回の事で更に不思議に感じられる。もっとも,幾ら考えようとも僕には分かりそうにない。”穀潰し”と呼ばれる僕には・・・・・・。

 シェリルの寝顔を見て,僕は兵士達のキャンプに行ってみる事を決意していた。



<1*Jess>

 この俺,ジェストレード=ラーンには大嫌いなものが二つある。それは”軍隊”と”働かない奴”だ。

 軍隊は俺達が苦労して作り上げたものを壊し,奪う。その価値も分かっていない品を破壊衝動の赴くままに壊し,金目のものを手当たり次第に奪い,一般人には暴力を振るう。それでいて当然のような顔をしているのだから,俺でなくとも嫌いになるだろう。

 もう一つについては,これは理屈よりも感情で嫌っている。”働かない奴”の見本がこの村にいて,俺がそいつのことを嫌っているからだ。

 あいつは昔から努力というものをしない奴だった。いつも,努力している俺をどこか冷ややかな目で見ていた。努力なんてしても無駄さ,と言われているような気がして,自分がひどく滑稽な道化に見えてくるのだ。俺はそれが気にくわなかった。

 あいつのものぐさは,成長しても一向に変わらなかった。いつの間にか,あいつを名で呼ぶ者はいなくなり,いつからか俺が言い始めた”穀潰し”というのがまるで本当の名のように村人達に呼ばれ始めた。別に悪いとも思わなかった。

 俺はあいつとは逆に,昔から才能の上の努力で物事を成し遂げてきたし,それを村の皆に認められてもいた。何かを成功させるには努力が必要不可欠なのだ。それをしない人間はいつか後悔する事になる。現に,あいつは何をやっても俺にはかなわなかったのだ。例外は一度だけあったが。

 その例外とは,三年前の毎年恒例の剣術試合だ。毎年村の若い腕自慢が集まって試合をするこの行事には,あいつは一回戦負けをするのが常だった。

 あの試合の前の日,俺を含めた優勝候補五人が集まり”優勝者の特権”について話し合った。ルール上では別にそんなものはありはしなかったのだが,血の気の多くなり始めた時期だった俺達は,村で一番の器量好しのシェリルへの権利を賭けることを決めたのである。
 今にして思えば,馬鹿なことだった。だが,自分達の決定に調子に乗った俺達はそのままシェリルの家に向かい,ほとんど脅しめいた形でシェリルの両親にそれを承諾させたのだ。シェリルはその時家にいなかった。

 「誰にも言うなよ」。この言葉を皮切りに話は広がり,結局試合当日には参加者のほとんどの者が,シェリルが優勝商品になるものだと信じていた。

 俺は焦っていた。剣術試合では毎年優勝していて筆頭候補だった俺だが,一月ほど前から調子が出ず,一週間前には他の優勝候補と手合わせして負けてしまっていたのだ。

 優勝したらシェリルは俺のものだが,優勝できなければその権利は優勝者のものだ。俺はどうしても優勝したかった。俺は焦りと緊張感で判断力を失い,試合前に参加者に振る舞われる料理に一服盛った。

 参加者は揃って腹痛を起こした。残った参加者は十名に満たず,その中の優勝候補は俺だけだった。俺は優勝を確信した。

 トーナメントであっさりと決勝戦まで勝ち進み,しかも相手はあの”穀潰し”だった。何故あいつが決勝戦まで残れたのか不思議だったが,トーナメント表には不戦勝ばかりが目立ち,それで納得してしまった。

 俺は負けた。

 油断しなかったとは言わない。相手を見て,優勝後の事を考え,控えめに言っても勝利は確信していた。だが,あいつは強かった。何故今まで一回戦敗退だったのか不思議なくらい強かった。勝負がつくまでは一瞬で,しかも油断していたが,それでも相手が強いということは十分に分かった。

 思い知らされた。

 努力しない者が努力した者に勝つことができる。

 その事実は俺を傷つけるのに十分な衝撃を持っていた。以来,俺はますますあいつが嫌いになった。

 あいつはシェリルの優勝者権利の事を知らない数少ない人間の一人だったらしい。優勝した後もあいつの生活は変わらず,毎日どこかへふらりと昼寝に行っていた。



 この村に軍隊が駐留してしばらく経った。俺は持ち前の組織的な人脈を使って,積極的な軍隊排除運動を行っていた。軍からの反応はほとんどなく,その分俺達の声は大きくなっていった。

 軍隊が俺達に何をしてくれたというのだ。権力という王族達の玩具を守るために存在する暴力集団ではないか。彼らは言う。「お前達を守るために戦っているんだ。協力するのは当然だろう」確かに軍人が戦わなければ,国は侵略され王族や貴族は処刑されるだろう。だが,俺達のような田舎者にとっては税金を集める者が変わるだけで生活に大して違いはない。彼らの主張は我々には関係のない類の物なのだ。俺は軍隊というものに対して抱えていた不満をここぞとばかりに爆発させた。

 ある日,俺は仕事から村に帰って来て,シェリルが兵士達の手当てをしていることを知った。村人が傷ついた兵士を見ても,誰も手を貸そうとしなかった事にやりきれなくなったらしい。俺は家に帰る途中のシェリルを呼び止め,やめるよう言った。

「シェリル,あんな奴らの手当てなんてする必要はない。あいつらは暴力で相手をねじ伏せるのが仕事なんだぜ。手当てをして,居心地が良いなんて思われたらずっと居座られるかもしれない。ああいう手合いはさっさと出ていってもらった方がいいんだ。」

「ジェス。あの人達は怪我をしているのよ。怪我で苦しんでいるのを見たまま放っておけないわ。大体,あの人達は貴方が思っているほど悪質な人たちじゃあないのよ。」

「人の態度なんてすぐに変わる。君の身に危険が及ぶかもしれないんだぞ。」

「・・・・・・危険は及ばないようにするわ。何より,自分が手当てをしたら助かるとわかっている命を前に何もしないなんて嫌なのよ。」

 更に二、三言葉を交わしたが,シェリルが手当てをやめる気はないようだった。危険を及ばないようにする為に,自分以外の人間にも手当てを手伝ってもらうつもりだと彼女は言っていた。誰も手伝う者なんていない。そう言った俺に,シェリルは穀潰しの名前を出した。

「働くのが大嫌いなあいつがそんなことを承知するとは思えないね。」

 すると彼女はこちらをきっと睨んだ。

「誰のお陰で村の人が軍隊に非協力的になっていると思っているの。村の人達が皆で手伝えば手当てもずっとはかどるでしょう。自分が軍隊を嫌いだからって,他の人まで巻き込まないで欲しいわ。」

 シェリルと別れて,俺は苛立ちが音もなく募るのを感じていた。

 何故、彼女は俺の言うことを分かってくれないんだ。

 あいつらはろくでもない奴らなんだ,手当てをする必要なんてない!!

 何故,奴を頼るんだ。

 何故、俺を頼らない。

 彼女はきっと気が立っているんだ。

 自分が安全な所にいて他人の不幸を黙ってみていることに耐えられない性分だから尚更なのだろう。だが,俺から見ればそれは本当に危険な場所に立って恐怖に襲われたことがない者だけが持てる傲慢な感情に思えた。

 そうだ。彼女も自分の危険を多少なりとも肌で感じたらこんな馬鹿なことをやめるに違いない。そうなるに決まっている。

 確か,彼女の家の鍵は他の家の物よりも幾分頑丈にできていたような気がする。

 あれがあるからいけないのだ。あれが全てとは言わないが、一部を担っているのは確かなはずだ。あんなものは無くしてしまうべきだ。

 自分の足元の一部でも崩れるのを感じたなら、シェリルはきっと兵士達のテントに近寄ったりしなくなるだろう。あいつを無闇に頼りにばかりしなくなるだろう。

 そのくらいのことは彼女のためにしてあげるべきだ。





 兵士達のテントは村全体を囲むように建てられていた。固まっていた方が何かと有利なような気がするのだが,シェリルに聞くところによるとこれも将軍の命令なのだそうだ。奇襲が行われた場合,まず兵士は村人の盾になり民間人への被害を出さないようにするというわけだ。実際に攻められた場合あまり関係がないような気もするが,考え方の問題なのだろう。

 僕はシェリルとともに,比較的大きめのテントに入った。村には大きめのテントが四つあり,一つが指揮部のテント,残りが怪我人を収容しているらしい。

 僕がキャンプに行くと聞いたシェリルは,別段驚いた様子は見せなかったが,嬉しそうに微笑んで歓迎すると言ってくれた。それだけでも久しぶりに働くと決めてよかったな,といささか妙な心地ながら思っていた。

 テントの中に入ると,血と薬草の臭いが漂ってきた。頭に包帯を巻いて眠っている者,腹部に巻いた包帯から血がにじみ出てそれでも気丈に振る舞っている者,片目と片腕のない者,広めのテントとはいえ二十人近くの怪我人がいるので他のテントに比べて広々しているとはとても言えなかった。

 僕に一言言ったシェリルはそのまま慣れた様子で奥に進み兵士の側に行くと,手際よく包帯を巻き代え,水を持っていき,励ましの言葉を掛けながら急がしそうに働いている。苦しそうにしていた兵士はその姿を見て,世話をしてもらい,和やかな表情になる。シェリルの他にも何人か介護をしている兵士が見えるが,交代で訓練をしながらの作業なのだからさすがに疲れが伺える。他の村人の姿は見えない。どうやら本当に誰も手伝おうとしなかったらしい。

「よぉ若いの。悪いが水を持ってきてくれないか?」

 いつの間にかテントの奥まで歩いていた僕は,足下から掛けられた声にはっとなった。頭に包帯を巻いた髭面の兵士がこちらを見ていた。急いで水を持ってきて手渡す。慌てていたのか,水を飲んだその兵士はごほごほと咳き込んだ。僕は無言でその兵士の背をさする。

「すまないな。怪我のせいでどうにも体力が落ちているんだ。さっきの水のおかげでようやく少し眠れそうだ。」

 そう呟くと,その兵士は眠りはじめた。三十代後半くらいに見えるその髭面の男には右脚が無かった。

 それからは目の回るような忙しさだった。なにせ人手が足りないのだ。休む暇など全く無い。シェリルはよく数日間もこれを続けていられたものだ。薬草を塗り,水を配り,話し相手になる。作業も回数をこなす内に手慣れてきて,話も親身になって聞けるようになってきた。体は疲れを訴えているが,自分を頼っている人がいると思うと体を動かさないわけにはいかなかった。



 右腕を吊っている兵士の包帯を巻き代えている時,後ろから声を掛けられた。

「手伝ってもらってすまない。情けない話だが,村の人に手伝ってもらわないと満足に怪我人の介護もできないんだ。部隊を代表して礼を言う。」

 そのよく通る声で,僕の後ろにいる人物が誰か振り向かずとも知ることができた。

「将軍!!」

 手当てをしていた兵士が驚いて声をあげる。

 後ろにいたのはカレナード将軍だった。

 よほど振り向こうと思ったが,やめた。振り向いたところでどうという事ではないし,何より包帯の巻き換えが中断されてしまう。僕は背を向けたまま返事をした。

「礼ならシェリルに言ってください。僕は彼女に連れられて来たんですから。」

「さっきその娘の所へいくと君と同じ事を言われたぞ。向こうで働いている男に言ってやってくれとな。何でも,無理矢理連れてきたようなものだから不機嫌になっているかもしれないんだそうだ。」

「自分の意志で来たんですよ。無理矢理ではありません。」

「連れてこられたんだろう?娘が気にしても無理はないと思うが。」

 包帯を巻き終えた僕は振り向いた。目の前に僕よりも頭一つ分背の高い居丈夫が立っていた。何となくだが,近くで見ると他とは違う雰囲気が感じられた。それを威厳と表現すべきなのかは分からなかったが,気が引き締まる思いがした。

「将軍は何故訓練している兵士を介護に回さないんですか?そうしたらわざわざ僕たちに頼まなくとも人手は足りるでしょう。」

 将軍は,ゆっくりと諭すように言った。

「今訓練中の兵士を介護に回せば確かに介護の人手はいらなくなる。だが,それでは我々を追撃してきているだろう敵軍を迎え撃つことができない。ほぼ確実に,追撃軍は来ているだろう。兵士がバラバラに介護していては,襲撃されたときに緊急の命令をすばやく伝えられない。何より怪我人の手当をすると戦闘が恐ろしくなってしまうだろう?指揮官としてそんな事態は避けなければいかんのだよ。まあ、それでも後三日も放っておかれたら部隊から人数を割いただろうけどね。ギリギリの選択なんだよ。」

 それを聞いて,僕は納得した。いざというときに動かなければ軍隊として落第点だし,それでは村を守ることもできないのだ。だが,まだ腑に落ちない点はある。

「ではどうして村長に命令されないのですか?将軍にはその権限があるのでしょう?」

 将軍は頭を横に振った。

「村長は私の部下ではない。むしろ守らなければならない民だ。頼む事はできても命令をするわけにはいかない。そんなことをしたら兵士達は上司の悪いまねをするだろう。どんな組織でも,腐っていくのは大抵は上からなのだ。」

 僕は更に二、三質問をして,将軍からはいずれも打てば響くような答えが返ってきた。僕の質問が終わると,てっきり戻るものだと思っていた将軍は逆に質問してきた。

「ときに,君が働くことは珍しいそうじゃないか?”穀潰し”君?」

「農作業が性に合わないだけです。」

「ほう。ならば何なら性に合っているのかな?剣術か?」

「誰から聞いたんです?そんなこと。」

「向こうで働いてくれている銀髪の娘からだよ。三年前,村の剣術大会で優勝したそうじゃないか。軍隊は人材不足でね。腕の立つ者は一人でも欲しい。来る気があるのなら,私は歓迎するぞ。」

「運が良かっただけです。私は今のところ働く気はありませんよ。」

 その言葉を聞いて将軍はあまりいい顔をしなかった。

「いつまでも親のすねを囓るのは,とどのつまり甘えだぞ。」

「それはそうでしょう。何せ僕は”穀潰し”ですから。」

「そう腐るな。独立独歩も悪くはないと言っているだけなのだ。人生の先達からのささやかなアドバイスだよ。」

 そうまとめると,将軍はテントの中から去っていった。介護を続けながら聞くところによると,カレナード将軍はいつもあの調子で兵士に話しかけているそうだ。”命を預けてくれているのだから,せめて納得のいく答えくらい返してやりたい”と言うのが将軍の兵士達に対する思いのようだった。

 しばらくすると,僕の手は必要でなくなった。他の村人が手伝いにやってきたからである。臨時雇いと言うことにして金を払う事で手伝いを承知したらしい。周りが騒がしくなり,僕はテントを離れた。金を貰っては本当に労働になってしまうし,僕はいなくとも手は足りる。見回してみるとシェリルもいなかった。ここにいる理由はない。

 テントの外に出ると,涼しい風が吹き付けてきた。蒸し風呂のようなテントからでると普段の蒸し暑い風も涼しく感じられるものらしい。

 ふと,普通の大きさのテントが騒がしくなってきた。

 敵軍が見えるところまで来たらしい。



<2*Corems>



”お前が決めたのなら,私が口を出す事じゃない。”

 そう言うと,彼女はこちらを向き私の目を見て語り始めた。

”軍隊というのはまあ、ろくでもないところだが,お前はお前だろうからな。内部の色に染まったりはしないと私は信じている。ところで,これは忠告だが,軍人も冒険者もこれからは気を付けなければならないことがある。「見た目に惑わされないこと」だ。目で見ていることというのは勿論一定の信用のおけるものだ。それがなくては冒険者生活などできないからな。だが,最近は何か変化が起きているようなのだ。魔物は強力になり,人間の中にも信じられない奴がいる。ローナメント王国の魔法使い達は別としても,明らかに何か変化が起きている。私からは多くは言えない。ただ,気を付けろよ。そして生き延びろ。”

 ゆっくりと目を明ける。昔の夢を見るのにも慣れたこの頃は、私自身が現状に愛想を尽かしていることもあって現在を生きているという実感が薄くなっていた。

 テントの白い布性の天井が見える。私は体を起こし、周りを見回すが上官の姿はない。(また兵士に交じって酒を飲んでいるんだろうか。)

 私はため息を一つつくと外へ出た。暑い風が吹いてきて思わず顔をしかめる。が、顔をしかめたところでどうにかなるものでもない。

 コレムスというのが私の名だ。王族・貴族は名を幾つか持っていて,それで庶民との違いの一つとしているが,これは余り広がった風習とは言えない。庶民でも幾つも名を付ける者もいて,結局区別が付かないのだ。だが,貴族が名前を一つしか持っていないということはなく,故にこの国では一つしか名を持っていない者は例外なく庶民だった。



 薄暗い周囲を見回し、1つだけ光が灯っている場所を見つけ、足を向けた。

 案の定、私の上官であるアズランド大佐はテントの外で兵士達と宴会をしていた。

 私はもう1度ため息をつき、「大佐!」と声をかけた。

 振り向いた大佐に敬礼し、宴の様子を一瞥する。思ったとおりだった。兵糧から出された酒は残り半分ほどにまで減って、食料の量は帰還する間の分を考えるとここに滞在できるのは長くても一週間という所まで食い散らかされていた。

 思わず恨めしい目で大佐を見る。

「おいおい、なんだその目は。ここまでくれば勝利は間近だと言ったのはお前だろう,コレムス。宴会の一つや二つで目くじらを立てるな。」

「こんなときに宴会など止めてください。今は掃討作戦の為に全軍の気を引き締めなくてはならないのです。これでは逆効果になってしまいます。」

 我が軍が略奪をしてもいいのですか、と言いかけてやめた。信じ難いことに、この人は略奪を全く禁止していない。それどころか自分で参加したいとさえ考えているのだ。山賊ならまだしも、これから国土を広げようとする国のすることではない。民衆の支持を失えば国を支える最も大切な柱が崩れることになる。

 我がレイメルド王国で最大の「略奪軍」から転属してきたこの大佐は、戦争での楽しみは殺戮と略奪だと信じていた。私は参謀職であるこの仕事から,いやこの大佐の下から一刻も早く離れたかったが、転属願は出す度に潰された。

 これ以上食料を無駄にしないよう釘を刺すと、私はテントから離れた。何ともなく森の方へ歩いていく。森は静かだった。濃い霧が包み込むそこは壮大さと湿気を多量に持っているように見える。敵軍はこの霧にまぎれて森に逃げ込んだ。

(それほど弱い軍だとは思わなかったのだがな。)

 思うに、敵軍は新兵が多く、故に守勢に非常に弱いのだろう。我々がかけた奇襲は完全に成功し、最初から最後まで敵軍は逃げるだけだった。そのおかげでこちらには被害らしい被害は出なかったが、激戦の割に敵軍の死者も意外に少なかった。その分負傷者は多いはずだったが。

 この時点で、私が恐れるのは窮鼠が猫を噛むことだけだった。大佐は、森の中心に村があることを知り、略奪の目標ができたと上機嫌だった。

 私はまたため息をついた。

(軍に来たのを後悔し始めたのはいつからだったかな。)

 私は冒険者時代の相棒を思い出していた。もっとも、相棒というよりも主人と従者のような関係だった。見習として彼女の下で行った冒険者としての活動は懐かしさとして私の心の大部分を占めている。

(だが、もう戻れない。)

 その相棒も、ついこの前軍隊に入った。新設された独立隊の指揮官として、急速に周囲の耳目を集めている。彼女の腕なら更に高みを目指すことも可能だろう。

”お前が決めたことだ”

 私が軍に入る時、彼女は賛成も反対もしなかった。

 今ではその事を少し恨めしく思っている。自分勝手な考えだということは十分に分かっていたが・・・・・。





 将軍の部隊は村長の承認を得た後に動き始めた。重傷者の手当は村人に任せ,動ける者は皆動いていた。杭を打ち、柵を張り,森には幾種類もの罠を仕掛ける。重傷者と非戦闘員を抱えている今は,守りを固めることが何より優先するらしい。さっさと逃げた方がいいのではないかと思ったが,どうやら相手の方が足が速いらしい。

「非戦闘員と村を囮に使ったら効果的に打撃を加えられるのだがな。将軍は関係のない者を戦闘に巻き込むことを良しとしない方なのだ。」

 そうぼやいていたのは将軍の副官だ。右腕を骨折した副官を僕が手当したのをきっかけに,多少話すようになった。黒目黒髪の中背の美男で,いつも気苦労を背負っているのが顔に出ている。名前は聞いたのだが忘れてしまった。

 副官の気持ちは僕にも分かった。ジェス一派は未だ苦情を言い続けている。金を貰ってテントで手当をしている村人を非難すらしているそうだ。あれだけ非協力的な態度をとられてなお民間人に対する謝罪的な姿勢を崩そうとしない将軍は,ひどく”人の善い”様に見える。しかも,敵の部隊に追われているのはこちらなのだ。部隊が全滅しては村を守る存在はない。気が立った兵士にとって,村は獲物にしか見えないだろう。将軍の所のような部隊は軍隊全体から見ると少数派に属するらしい。戦争のための軍隊とは暴力集団なのだ。将軍は絶対の勝利の自信でもあるのだろうか?

 僕は丘の草原へ向かって歩いた。他の道や森の中には山のように罠が仕掛けてあるが,草原を決戦場と考えている将軍は,直前まで村と丘との道には罠を仕掛けないつもりらしい。歩くにつれて村の騒がしさが遠ざかり,静けさが辺りを支配する。独りになって歩くと,以前の自分に戻ったような錯覚を覚えた。シェリルが隣に来るようになるまで,僕はいつも独りで歩いていた。軍隊も戦争もなく,シェリルもいない,”穀潰し”と呼ばれはじめた頃の僕。何に対しても無気力な僕。無力な僕。

 あの頃と比べて,僕は少しでも変われただろうか?

 僕は頭を振って自分の考えを振り払った。幾ら考えたところで,現実がただ残るだけなのだ。軍隊はいなくならない。戦争もなくならない。それに,僕はシェリルが側にいないときが辛くなっていた。いつの間にか,僕の心はシェリルを必要とするようになっていたのか?その事に考えが至ったとき,僕は何故か無性に腹立たしくなってきていた。結局,僕もシェリルを村の他の男と同じような目で見ていたのだ。



 丘には先客がいた。鎧を付けず剣を腰に差しただけの将軍は,森の入り口に野営する敵軍を見下ろしながらシェリルと何やら話をしていた。先程考えたことが頭をよぎるが,僕は努めて平静を守ったまま歩いていく。僕はこちらを振り向いた銀髪の幼なじみに声をかけた。

「いい天気だね。」

「ええ。今夜はラーナが笑いそう。」

 平静を保とうとした割には,これ以上無い社交辞令の文句を口にしてしまった。シェリルもお決まりの文句を口にする。ラーナというのは,月の女神の名前だ。月の女神はその数と同様に二人いて,全知の神ラーナと全能の神ターナという。天気の良い夜には月の片方がきらきらと光るときがある。ここではそのことをラーナが笑うと言っていた。

 将軍もこちらを向いた。

「相変わらず気は変わらないかい?穀潰し君。」

「働く気がないんです。軍に入ったところで昼寝しかしませんよ。」

「軍に入ったなら昼寝などさせんさ。」

「なら尚更入りたくありません。村の他の人に声をかけた方が効率がいいんじゃありませんか?」

「君が優勝した年以外の優勝杯はすべてあのジェス君の手の中だそうじゃないか。彼が私の話を聞くとは思えないな。」

「それもそうですね。でも僕でも同じ事ですよ。」

 僕の返事は仁別もない。

「話を変えよう。君はあの軍隊が何時動くと思うかね?」

「今」

「何故?」

「貴方がここにいるから。」

「成る程。しかし,敵軍は私が単独でここに来たことを知らない。彼らには全知の神の加護が薄いようだね。」

「なら三日以内の夜に。」

「応えるのが早いな。君もそう思うか。」

 ラーナが笑うと三日以内に雨が降ると言われ,事実ほとんどの場合うるさいほどの雨が降る。敵は雨音で進軍の音を消して奇襲攻撃をしてくるだろうと思ったのだ。

「それなら,罠でここまでの道を塞ぐのは雨が降ってきてからにしよう。ここは眺めがいいし,君らの特等席のようだしな。」

「僕らに気を使う必要は無いと思いますけど。」

「なに,君の翻意を期待しているだけさ。では私はそろそろ失礼するよ。君らに気を使うわけではないのだが,もうすぐ作戦会議の時間なのでね。」

 後ろ手を振りながら,将軍は早足に丘を降りて行く。後には僕とシェリルが残った。

 二人になって,僕は何を言えばいいか分からず黙ったままだった。シェリルも何か考えているのか黙ったままだったが,しばらくするとぽつりと言った。

「ありがとう。」

「?」

「・・・・・手伝ってくれて。」

「僕がしたいと思ったからしただけだから,別に礼を言われることじゃないよ。」

 何となく口を開いて,仁別のない言葉を交わすだけ。少なくとも,僕にとってシェリルとの会話はそれが全てのはずだった。しかし,今,僕は自分のこのいつも通りの味気ない返事に良い感情は持てなかった。

 森の入り口にいる敵国のテントが長い影を落としはじめた。山の多くないこの地方の常として,丸い夕日は地平線の上に乗っていた。夕日がシェリルの横顔を照らしていた。

「それでも,貴方が手当をしたおかげで助かった人が何人かいるわ。その人達が今生きているのを見ると,私は幸せ。」

 不意に,僕に残っていた冷静な部分がシェリルの様子に何か腑に落ちない点を見つけた。今日のシェリルはどこか落ち着かない。夕日に照らされたシェリルの顔は,その事をも面白がっているようにも見える。

「人の為に働くのって,悪い気分じゃないでしょう?」

「働かないから,穀潰しっていうんだ。自分が生きる為に働きたいとは思わないし,他人の為なら尚更だ。手伝いをしていて悪くないって思ったけど,すぐに飽きてしまうよ,きっと。僕はやっぱり穀潰しだよ。生きるための努力を積極的にする気にはならない。」

 その台詞を聞き終わると,シェリルはこちらをまっすぐ見つめてきた。

「なら私のために働いて。私と貴方のために生きて。」

 無意識のうちにあとずさっていたのだろう。背中に木が当たる感触があった。夕日に映っていなくとも,シェリルの顔は紅みがさしていた。目の前にシェリルの顔があったので,そんな様子も苦労なく分かる。僕の頭の中はこの時点で真っ白になっていた。

 唇に柔らかい感触があった。多分,僕の顔も真っ赤になっていただろう。

 僕はシェリルとキスをした。

 しかしその時,僕の想いとは裏腹に,何故か心の底で落胆の声が聞こえたような気がした。



<3*Len>

 将軍はこの村に来てから,少し様子が妙な感じがしていた。以前から民間人に余計な手間をかけるのを嫌っていたけれど,この村に対するそれはいつもより神経質になっているように感じられていた。敵軍に追われている現在の状態としては,あまり好ましい事ではない。将軍の側に長く勤めていた私としては原因を知っておきたかった。

 私はレン=ヴェラスト=ケレスティン。

 最後の姓は将軍にさえ明かしていない。

 ケレスティン王家の末端の一つに位置する人間,それが私をあらわす一つの名前。

 身分を隠している理由は,実のところそんなに大層なものではない。副官としての権限以上の物は持たずにどこまでやれるか試したいと思っていたし,将軍との間に距離を作らずにおきたかった。それは私の女性としての個人的な想いではあったけれど,捨てるつもりはない。

 当初は何を考えているのか分からなかった将軍の様子は,一つの方向性を持ったようだった。それは”穀潰し”と呼ばれる青年を見てからだ。将軍が彼に告げた言葉は,私が将軍の内心を洞察するのに十分な情報を持っていた。

 ”軍へ入る気はないか”

 私は将軍がスカウトをするのをついぞ見たことがなかった。

 それどころか、軍隊勧誘の張り紙を紙飛行機にして城のバルコニーから飛ばしているような人だ。

 私はこの青年に興味を持った。

 二、三日調べてみたが,将軍の興味を引きそうな事実は見あたらなかった。

 この青年は村人が一丸となって行っている作業や仕事をことごとくサボっている。この村はお世辞にも裕福とは言えない。老人から子供まで村人皆が仕事に精励しているのはまさにその必要があるからなのだ。それをしていない彼は村八分にされている。三年前の剣術大会で優勝したそうだが,これは相手の油断が生んだシロモノらしい。それ以外の時では何かある度に最初に脱落している事実が,この勝利が偶然であることを雄弁に物語っている。

 テントにいるときに村の青年に腕の手当てをしてもらった。その時に青年が”穀潰し”本人であることが知れた。私は直接彼と話がしたくなった。

 中肉中背の,黄緑色の髪に青い瞳を持った青年だった。

「この村の人は軍隊に対して良い感情を持っていないようだけど,君もそうなの?」

 突然,介抱している兵士から聞かれたからなのか,彼は最初戸惑ったようだったが質問には答えてくれた。

「別に好きでも嫌いでもないです。強いて言えば,あまり騒がしくして欲しくはないですけどね。」

「騒がしくしているつもりはないんだけど・・・・・。むしろあの,ジェス君だったか,彼が騒がしくしているように我々には思える。」

「まあ、そうでしょうね。でもジェスだって,貴方達が来なければああもうるさく騒がないんですよ。村で一番の働き者です。」

「関わらないでくれ,ということ?」

「平たくいえばそういうことです。貴方達もそれは分かっているんでしょう?」

「勿論分かっている。でも,だからといって立ち寄らなければ我々は何処にも行く場所がない。そして,そういうものでも国は必要とする。」

 腕の包帯を巻き替え終わった青年は,返事をせずに私の側から離れていった。

 彼は私のことを男だと勘違いしていたようで,結局私の彼に対する印象はそれだけだった。



 更に二、三日経った日,森を見渡せる丘の上で私はシェリルという村の娘と会った。最初に我々の手当てをしてくれた娘だ。その銀髪の娘は誰かを待っているようだったが,私の顔を見ると声をかけてきた。彼女は私の顔を覚えていたようで,親しく話しかけられるとこちらの方が面食らってしまった。

「腕は良くなりましたか?」

「あ、ああ。おかげさまでね。・・・・・穀潰し君を待っているの?」

 すると彼女はこちらを軽く睨んだ。

「それ,その”穀潰し”っていうの。人の名前じゃないと思うんですよ。村の人もそうだけど,彼にはちゃんとした名前があるんですよ。」

「・・・・・謝ろう。済まない。でも私は彼の本名を知らないのだから仕方なくはない?この際,教えてくれると有り難いんだけど。」

「私からは言えません。私が勝手に教えちゃったら彼はきっと怒ります。だから,直接本人に聞いてください。」

 何だか,会話の方向がずれてきたようだ。

「今度会ったらそうしよう。・・・で,やはり彼を待っているの?」

「いつもならここにいるはずなんですけどね。ここの草むらで寝ころんでいるはずなんです。」

「何かあった?」

「・・・・・・キス,したんです。」

 思わず一歩引いてしまった。自慢ではないが,私はこの手の話には疎い。カレナード将軍は筋金入りの鈍感なので私の想いも前進しないし,軍隊には女性がほとんどいない為にこういう話はまったくしないからだ。

 彼女は構わず話を続ける。

「彼,その後何だか逃げるように帰っちゃったし,その後は村で顔を合わせても話しませんし。それで,ここに来てたら落ち着いて話せるかなって思ったんです。」

「えーっと。気恥ずかしいんじゃない?何となく顔を合わせ難い,とか。」

「そうかも知れません。ううん,多分そうです。」

 彼女の様子があまりに淡々としていたので,私はつい聞いてしまった。

「彼の事が好きなの?」

 今度は,淡々とは喋らなかった。少し顔を赤らめて,でもそれを振り払うように微笑んで,自分で確かめるように一言ずつ言った。

「分かりません。・・・・・何でも話せる友人なんです。でも恋人として好きかと聞かれると違うような気がするんです。キスしたのだって,何となくその時の彼が可愛かったから冗談のつもりで私の為に働いてって,言って,そうしたら彼の顔が真っ赤になって,ついそうしたくなったんです,多分。」

 最後はしどろもどろになっていたが,気持ちは十分に分かったような気がする。

「そういうのも,一応”好き”のうちに入るんでしょうか?」

「さ、さあどうかしら?」

 私の顔はひきつっていただろう,多分。

「私にはよく分からないんです。貴女ならこういう話には詳しいかもって思ったんですけど。やっぱりそういうのって他力本願なんですね,きっと。」

 そういう彼女の顔は何だか恥ずかしそうで,嬉しそうだった。

 心の奥の部分で,私はそんな彼女が羨ましくなっていた。

 話が終わると,私は村に帰った。罠はもう仕掛け終わっているようで,兵士達はほとんどが訓練をしていた。

 一体この中の何人が生きて王都に帰れるのだろうか?

 そう考えながらも,私は自分と将軍だけは絶対に死なないようにしようと誓った。利己的な考えではあるけれど,戦闘中は指揮官が第一目標にされることが多いため,結局はそれが軍の勝利にも繋がるのだから・・・・・。



  4・a

 雨は二日目の昼から降り始めた。薄暗くなった雲から一粒,二粒と雨粒が降ってきたと思っていたら瞬く間にうるさいほどの雨になった。ラーナの豪雨が始まったのだ。

 カレナード将軍は村長に一言告げると,道に罠を仕掛けつつ偵察を三倍に増やした。村は全体が円形なので偵察兵は均等に配置され,罠を越えて敵襲がないかどうか目を凝らしていた。丘から最後に見た森の外には,敵軍のテントが無くなっていた。将軍は村人に家から出ないよう伝え,半数の兵を連れて遊軍となった。村には残り半分の兵と副官が残る形となる。僕でなくとも「役目が逆だ」と思っただろうが,将軍が村にいないと知る者は僕と将軍の部下だけだった。将軍の言うことをまともに聞いたのは僕とシェリルだけだったらしい。「ま,生き残るためだ。いざとなったら君にも頼りにしているということだ。」そう言って将軍は村を出た。僕には戦う気などなかった。

 副官の語るところによると,元々将軍はゲリラ戦法が得意で守りが苦手らしい。そもそも前回の戦では始終相手に先手を取られたことが敗因だということだった。副官と残り半数の兵も連れていったなら,村はともかく勝利は確実だろうと副官はぼやいていた。敗軍の上に敵軍の詳しい内情も分からないのにそんなことを言うのだから,将軍のゲリラ戦はそれほど凄いのだろう。今はそれに期待するしかない。今回の事にしても,途中までは守り一辺倒にすることを決意して罠までばらまきながら,守勢に回れば全滅するしかないと副官に言い含められ,作戦の変更に至ったらしい。

 副官は豪雨の中を兵士の激励に回り,雨音で声が聞こえなくなる恐れがあるから各兵士が離れすぎないようにと注意していた。  シェリルは両親と共に家に入っている。将軍の注意を聞かずに家を出ている者は村人では僕だけだった。もっとも,万が一巻き込まれないように,十分に村の内側から兵士を眺めるだけにしていたが。僕の腰には剣が一本差してある。将軍が,戦死した兵の物だからと持たせてくれたのだ。これで,僕は自分の身を守る手段を得たことになる。ただし,兵士と間違われる危険は十分すぎるほどあった。村人の大半はそれを理由に帯剣を断った。その情報源は例によってジェスで,僕は剣を持っていなかったら略奪されるだけだと言ってみたが全く聞く耳持たぬようで,村人で剣を持っているのも僕一人だった。

 シェリルとはあれ以来話していない。村で顔を会わせてもいつものように微笑んでくるが,僕はどうしたらいいのか全く分からずに戸惑っていた。自分でどうしたいのかさえ分からなかったのだ。



 突然,森の中の離れたところから大声が聞こえた。鬨の声のようだ。

 戦闘が始まった。

 僕は体のそこから沸き出してくる震えを必死に押さえ込んでいた。今すぐ家に駆け込んで部屋の奥で隠れていたい。そう思ったが,理性でそれを押さえなければならなかった。部屋に隠れていても軍が全滅したら殺されるだけだし,何より家に行っても扉を開けてもらえるとは思えないのだ。両親は,穀潰しである僕を快く思っていない。父親は僕が家の外にいると言ったときにむしろほっとした表情を見せた。僕の場所はあそこにはない。

 戦闘をしているのはカレナード将軍の率いる遊軍らしく,村に残った軍はまだ動いていない。副官が僕のように恐怖にとりつかれそうになった兵士を叱咤している光景が,村の中心区域であるここからでも見えた。

 十分ほどすると,森の中の離れた所からした声は聞こえなくなった。戦闘が終わったのだろうか。どちらが生き残ったのだろうか。

「来たぞー!!」

 叫ぶ兵士の声で僕は我に返った。急いで辺りを見回す。

(あそこだ!!)

 村の入り口とちょうど反対側の森から数人の兵士が飛び出してくる。訳の分からない叫び声を上げながら村の周りに配置された兵士に斬りかかっていくが,守る側は一人に数人で対応しあっさりと数人の兵士全員を切り倒していた。

 雨が降っていたことが幸いした。

 流れ出す血が見えなかったから。

 僕は近くの家の壁に張り付いて,息を整えた。

(落ち着け,落ち着くんだ。取り乱したら終わりだ!!)

 いくら豪雨の中とは言っても,叫び声などを上げては目立つことこの上ない。まだ敵がいるかもしれない以上,ここで冷静さを失うわけにはいかなかった。

 村を守っている兵士達と比べたら自分が遥かに安全な場所にいるのだが,その事実は何の慰めにもならなかった。

 絶叫が聞こえた。

 今度は先程の反対側,村の入り口だった。兵士の数は一目には数え切れない。十人以上はいそうだった。村の周りに配置されている兵士はだいたい五メートル毎に三人。後は兵士の円をなぞるように巡回している副官率いる兵士五十人程の兵士。この兵士達は先程の場所,つまり入り口とは反対の場所に行っている。

 斬り倒されたのは,今度は配置された兵士の方だった。

 侵入してきた兵士達は,軍の人間には目もくれずに手近にある家の扉をこじ開けはじめた。十人掛かりで作業に当たっているのだ。扉は別段壊れるでもなくいつもより派手な音を立てて開いた。

 村人のものらしい甲高い悲鳴が上がる。

(略奪!?まだ守りの兵士が残っているのに!?)

 平静を失っているらしい侵入者達は,その家に入ったまま出てこない。その家の中ではガタガタと何かを激しく動かす物音がしてきている。

 副官の率いる兵士がその場に駆けつけ,踏み込むまでその物音は続いていた。

 その家から出てきた副官はすぐに命令を飛ばし,斬り倒された兵士の場所に五人の兵士を新たに配置した。

 この間も,森のあちこちで鬨の声や悲鳴があちこちで上がっており,カレナード将軍のゲリラ戦が行われていることを知らせていた。

 ゲリラ戦と森に張り巡らせた罠のお陰か,兵士が村に入り込んでくる頻度はそこまで高くない。今のところは。配置された兵士に倒されるか,巡回してきた副官の兵士に倒されるかして,村に入ってきた敵兵はことごとく排除されていた。

 僕は,この感覚に少し慣れてきたのか,最初ほど気が動転せずにいられた。無論,見ているだけであり,戦闘に参加する気など髪の毛一本ほどもなかった。

 そう考えた時だった。村の入り口で鬨の声が上がった。兵士が侵入してきたのだ。三十人はいる。すぐ近くにいた副官率いる兵士達は,副官の命令の元に侵入者に剣を振るう。侵入者側も応戦し,乱戦になった。

 左側から鬨の声が上がった。振り向いた僕の目に入ったのは,斬り倒された守備兵と侵入してくる二十人ほどの兵士達だった。副官は未だ入り口で戦っている。侵入者達は手近な家に向かってバラバラに走りはじめた。



<4*Jess>

 けたたましい程の声が耳に響いてくる。俺は思わず耳を塞ぎ,部屋の隅でしゃがみ込んでいた。必死に力を入れようとする手が震えている。俺の震えは恐怖の為ばかりではなかった。俺の手の中にはシェリルの家の鍵があったのだ。

 俺はまた後悔していた。

 何故,あんな馬鹿なことをしてしまったのだろう。言うまでもなく,シェリルの身は非常に危険な状態にある。略奪をするのに一欠片の躊躇いもない連中が村を襲っているのだ,危険でないわけはなかった。しかも,シェリルの家は鍵を掛けることさえできない。それを不可能にしたのは他でもない俺自身なのだ。

 俺は神経をヤスリで削られるような焦燥と恐怖のただ中にあった。

 皮肉なことに,防戦している軍隊だけが俺の心の支えであった。

 口惜しかった。

 俺の嫌いなものは俺より強い。俺の嫌いなものは俺より頼りにされている。

 俺は一体何なのだ?何故こんな所で震えているんだ?



 突然,扉の方でドンドンと激しく扉を叩く音が聞こえた。一人や二人のものではない。明らかに五人以上が集団になって家に押し入ろうとしているのだ。

 俺は心臓が止まるような思いで,耳を塞いだ。これ以上ないくらい縮こまって震えている。俺とあいつらの間には恐らくは頑丈な扉が一枚あるだけで,鍵一個が俺を守っている。扉を叩く音は次第に激しさを増し,俺はますます恐怖に襲われていた。

 こちらの軍隊は何をしているんだ?

 俺達を守るためにいるんだろう,何故俺を助けない?

 不意に,俺の手の中にある鍵の存在に気が付いた。

(これは村で恐らく一番頑丈な鍵だ。俺の家の扉の鍵と合わせて掛ければあいつらが入ってくる確率は下がるのではないだろうか?)

 良い考えに思えた。つい先程までの罪悪感は現実味をなくし,生き残るための行動力が出てきたような気がした。

 俺は全身の力を総動員して,ゆっくりと立ち上がった。これだけで体中の筋肉を使い果たしてしまったようだった。その間も扉を叩く音は止まない。格好も歩き方もいびつになり,転ばなかったのが不思議なくらいだったが,俺は扉の前に辿り着いた。

 音は一層激しく響き,俺の心を再び恐怖が襲う。近くに来ると,連中は罵声も上げていることが分かる。

 俺は震える手で扉の内鍵用のフックに手に持っていた鍵を取り付けた。

(これで大丈夫だ・・・・・・)

 気の抜けた俺は,その場に座り込んでしまった。

 しばらくすると,

 扉の向こうで剣の打ち合う音が聞こえてきた。こちらの軍隊が来たのだろうか。

 金属音に混じり,肉を裂く気味の悪い音が聞こえてくる。顔をしかめるところだが,そんな気力も残っていなかった。金属音が途絶え,静けさが戻ったあとも,俺はただ呆けたような顔でその場に座ったままでいた。



4・b

 その先にあったのはシェリルとその両親の住んでいる家だった。

(略奪をする気だ!!シェリルの家で。)

 僕は剣を持って走り始めた。戦闘開始当初にあった恐怖はどこかに消え去り,シェリルの名前だけが頭の中にあった。

 家の前についた時,家から悲鳴が上がった。侵入者の方が早かったのだ。

 僕は急いで開かれたドアに入っていった。目に入ったのは敵軍兵士の服だった。その兵士は,入ってきたのが味方だと思いこんでいるのか,それとも自分の行っている行為が他の全てに優先しているのか,こちらに背を向けて何やら夢中に剣を動かしていた。兵士が手を動かすたびに聞くに堪え難いグチャリという音が聞こえる。

 僕は剣を握り直し,構えるとそのまま兵士に向けて体当たりし、剣を突き刺した。

 手応えが伝わり,剣は根本まで兵士の背中に埋まった。兵士はかすかなうめき声を上げるとその場に倒れた。

 剣を背中から抜いても血が床を濡らしたりはしなかった。もうすでに床は血の色をしていたのだ。兵士の剣の先には,もはや動かない、体を原型を留めないほど切り刻まれたシェリルの母親の体があった。

 僕は急いでシェリルの部屋へ駆け込んだ。

 そこにも一人の兵士がいた。

 床にシェリルが倒れている。

 頭の中で何かが音を立てて切れるのを感じた。

 無我夢中に剣を振り回し,兵士に向かって走る。そう広くもない部屋の中だ、すぐに至近に辿りつく。兵士は剣を壁に立てかけていた。一瞬萎えかけた殺気は、シェリルの乱れた服と体に残る赤い傷跡を見て数倍以上に膨れ上がった。僕は剣を取ろうと手を伸ばした兵士に斬りかかった。

 兵士が倒れて動かなくなると僕はシェリルの元にしゃがみ込んだ。シェリルの体には大きな刀傷が血の色で作られていた。僅かに胸が上下している。

 僕は包帯を探した。手当たり次第にあるものをひっくり返すと,シェリルが兵士の手当てをするときに持ってきていた鞄に、包帯は一式入っていた。急いで取り出し、傷口を確かめると急いで丁寧に包帯を巻き始める。

(ねぇ,何で仕事しないの?)

(人の為に働くのって,悪い気分じゃないでしょう?)

(なら私のために働いて。私と貴方のために生きて。)

 胸が締め付けられるような気持ちのままに,僕は泣いた。

 僕は部屋にあった包帯で応急処置をした。

(負傷兵士のテントへ連れていけば何とかなるかもしれない。)

 僕はシェリルを抱き上げた。シェリルの体は思ったよりずっと軽かった。



<4*Len>

 私の部隊は,村を守りやすいように配置されていた。副官たる私には直属の部隊は存在しない。将軍が全体の半分の兵士を連れて遊撃隊になったので,残りの半数の兵を私が指揮することになったのだ。守りやすいとは言っても,それはあくまで部隊の人数が揃っていればの事で,先の戦闘で大量に負傷兵を抱えた上,半数はいなくなっているのである。守りの兵としては数が全く足らなかった。だが,生き残る方法もそうそう多いわけではない。どのみち,将軍に守りの指揮をさせると勝てるものも勝てなくなるので遊撃隊の指揮をしてもらうのが最も望ましかった。守備の稚拙さとは裏腹に,将軍は攻撃に関しては尋常ではない力を発揮する。とくに奇襲やゲリラ戦法ではかなうものなどいないだろう。

 私は,将軍を信じてこの村を守ることに奔走するしかない。

「レン副官,もう一隊侵入されました!二十人ほどです!!」

 私は舌打ちをした。

 先程三十人程の集団を打ち倒したばかりなのに,次から次へと出てくる。もう既に私達の手をくぐり抜けて村人の家に押し入った者も一人や二人ではなくなっていた。すぐに駆けつけ,切り捨てたが中にいた村人は殺されていた。それでも村に入った敵兵は今のところ全て打ち倒しているようで,何とか持ちこたえている。

(だが,この調子で次々出てこられたのでは対応しきれない。こちらは動ける者は五十人程なのだから。)

 私は焦りを表情に出さぬよう気を付けて,新たな侵入者の方へと向かっていった。

 侵入者達は意外に近いところにいたようで,走り始めてしばらく経たない内に正面から出くわした。

(まずい!!)

 私が隊の一番先頭に立つ形となったのだ。今の私は右腕を吊っている。左手だけで兵士と渡り合えるかどうか大いに疑問だったのである。

 しかし,敵との距離が近すぎるため,また兵士達の目前でもあり背を向けるのは問題外である。私は腰に手をやって剣を抜くと,手近な敵兵に斬りかかった。

 その敵兵はどうやら戦いに慣れていないらしく,ぎこちなく剣を振り回していた。慎重に間合いを取りながら,二、三合打ち合ってみる。

 伝わってくる感覚は思ったより遥かに重い。右手が仕えないのだから当たり前だが,長々と打ち合っていてはスタミナが切れる。

 私はすばやく飛び退くと,剣を持っている相手の手首を狙って下から斜めに剣を振るった。

 堅い手応えを感じて,敵兵の右手首が落ちる。

 相手は激痛に耐えながら後ろに下がった。替わって,別の一人がこちらに剣を振るってくる。右手を吊っているので勝てると踏んだのだろう。

 自分の剣を右の脇に挟むと,私は先程敵兵の落とした剣から手首を外して相手に向かって投げつけた。驚いた敵兵は慌てて剣で切り払うが,その隙に私は脇から持ち替えた剣を相手の首筋に叩き込んだ。

 二人目が倒れる。

 しかし,息を整える暇もなく三人目がやってくる。

(この分では,この隊を片づけた後は救護テント行きが多いだろうな。)

 私自身も,そう時間の経たない内に傷を負いそうであった。



4・c

 皮肉なことに,負傷兵のテントは侵入者に襲われていなかった。

 倍以上になった負傷兵を見ると、後ろから声がかかった。

「君か。見ての通りだよ、あっという間にこの惨状だ。この軍は守勢にどうしようもなく弱いようだな。」

 振り向くと、右腕を吊った副官がいた。

「シェリルをお願いできますか?」

 副官は僕の腕の中のシェリルを見て驚いたようだったが、承知したとだけ言って軍医を呼んでくれた。

 僕は血の気のないシェリルの顔を見た。上下していた胸の動きは,哀しいほど弱々しくなっていた。

 振り返ると、副官が右手を吊ったままテントを出ようとしている。僕は立ち上がった。腰にはまだ剣が差してある。僕は頭の中が赤い色で満ちるのを感じていた。やることができたのだ。軍医に見てもらうからには借りができたわけだし、僕自身もこのまま済ますつもりはもはやなくなっていた。

「僕も行きます。」

 副官は再び驚いたが、

「そうか・・・・頼む。」

と唸るように言った。

 テントを出ると,敵兵がもう一団侵入してきていることが見て取れた。副官は三十人に減った兵士達を指揮して侵入者の排除にかかる。

 僕は剣を抜くと、副官の兵とは逆方向に走り、守備兵と対峙している敵兵の後ろに回り込む。三人がこちらに気がついた。正面の敵より遥かに組み易いと思ったのか、こちらに走ってくる。

 僕は最もこちらに近づいていた敵兵に剣を構えて突進した。一合たりとも打ち合っている暇はない。すぐにでも打ち倒さなければ人数比は三対一になってしまう。

 思い切り突き出した剣先は,横薙ぎに剣を振るおうと振りかぶった兵士の喉もとに深々と突き刺さった。こちらの足の速さが相手の予想を上回ったのだ。僕の走る速度は普通ではなくなっていた。だが,僕は何故か全く気にしなかった。喉に刺さった剣を抜こうとするが、上手く抜けない。僕は兵士が手に持っていた剣を奪うと二人目の敵兵に向き直った。二人目の敵兵は僕から一歩と離れていない至近にいた。

 その兵士は振りかぶった剣を渾身の力を込めて振り下ろしてくる。僕は咄嗟に後ろに飛び去った。自分で思ったよりも遥かに早いスピードでその場から離れる。絶対の確信をもって振っただろう剣は地面との不本意な激突をした。

 僕は兵士に向かって突っ込むと同時に思い切り右に剣を振りかぶり、横薙ぎに斬りつける。元々重装備とはいえない鎧に隠されている部分は狙わず、首筋に剣を振る。狙いをあやまたず、剣は敵兵の首に斬りつけた。血を吹き出しながら、敵兵は倒れる。

 僕は三人目を探して辺りを見回す。

 僕の足の速さは尋常な物ではなくなっていた。しかし,それを詮索する気も起きず僕はただ敵を探して移動した。

 相手の腕がちぎれて飛ぶのを見ても,自分の体が返り血で濡れるのを感じても,もはや気にも止めなかった。



<4*Corems>

 私は,目の前の出来事に自分の意識を疑った。敵軍は善戦した。村に入るまでに奇襲を何度となく行われ,混乱の内にこちらの兵は三分の一にまで減っていた。そして村にいた敵軍兵士の集団戦法に苦戦してもいた。だが,奇襲を仕掛けた部隊はこちらの兵士の三分の二と引き替えに戦闘持続を諦めざるを得ない状態になったし,村にいた兵士達にしても人数の不足は決定的な物でありとても持ちこたえられるようには見えなかった。

 だが,今我々は窮地に立たされている。

 原因は剣を持った村人風の男ただ一人だった。最初はその存在に気付きもしなかった。どうやら我々の後ろに回り込んでは斬りかかっていたらしく,部隊の後ろから叫び声が聞こえたので振り返ると,六人の兵士が倒れ,男が立っていた。

 何の特徴もない男に見えた。

 私や大佐が何の指示を下すまでもなく五人の兵士がその男に向かっていき,それで切り刻んで終わりになるはずだった。

 だが,一人また一人と倒れていき最後に立っていたのはやはりあの男だった。雨が降っていたので,男がどのようにして兵士を倒したのかはよく分からなかった。大佐は冷静に近くにいた十人の兵士に向かうよう命令した。私と大佐を入れてあと五十人はいるこちらの部隊は,正面の敵軍との戦闘に入った。

 戦闘は,明らかにこちらの有利に進んでいた。我々の部隊が村に入るまでに既に二、三の部隊と戦った敵軍の疲労は酷く,まさに気力だけで戦っているように見えた。

 そして,敵軍の人数が二十人を割ったとき,これで勝負が決まったと思った。こちらは四十人の兵士が残り,今も戦っている。村にはまだ個別に配置された敵兵士が多くいて,その数を合わせるとこちらを越えることを考慮に入れても,各個撃破するのは難しくないものだ。これが双方に残った戦闘可能戦力であることを考えると,互いに信じられないくらいの損害だった。だが,勝てる。

 戦闘の最中ふと後ろを見ると,男はこちらの四十名の兵士を片端から斬り殺しにかかっていた。私は目を疑った。最初は五人。次は十人。男はそれでもなお倒れずに部隊にかかってきている。一体どうやったのか,人間業とは思えなかった。

 その男は,こちらに目を付けると剣を振りかぶった。ここまでは離れすぎていて到底一息では届かない。何故剣を振りかぶったのか分からなかった。

 ”見た目に騙されるな”

 相棒の声が聞こえたような気がして,私は思わず剣を構えた。間合いにはまだ遠すぎる距離である。

 だが,次の瞬間男の顔は目の前にあった。信じられない脚力であった。構えた剣でどうにか攻撃を受け止めると,その男は飛び離れ,別の兵に飛びかかっては驚異的なスピードで倒していった。

 私は背筋が寒くなるのを感じていた。

(人間のできることとは思えない。)

 気が付くと,こちらの兵は二十人程になっていた。敵軍の方を見ると,先程と余り変わらず二十人弱といったところだ。私は焦った。

 ほんの先程まで確実に勝てる戦いだったものが,あっと言う間に互角以下の状況になってしまった。

 私は大佐の姿を探した。落ち着きを失った私には,指揮官の命令が欲しかったのだ。

 だが,私が大佐を見つけて駆け寄ろうとした時,大佐の首が勢いよく跳ね飛んだ。

 あの男だった。

 兵士達は混乱状態になっているようで,私は次々に減っていく味方兵の姿を見ていた。これでは負けは決定的であった。

 私は身を翻し,村の外へ走り出した。

 私は生き残るために逃げ出した。





 気が付くと,戦闘は終わっていた。侵入者は誰一人動いていなかった。

 シェリルは一命を取り留めた。油断できない様子ではあるが,こんな小さな村ではこれほどの怪我を治す医者も病院もなかった。包帯を赤く染めたシェリルは,呼吸こそしっかりしているものの,未だ意識を取り戻さない。原因は,分からない。

 村人は十人程が殺された。十人以外は助かったという思いはなく,村人の軍に対する感情は悪くなるばかりである。ジェスの弁舌は何故かいつも以上に好調のようだ。

 カレナード将軍は兵士をまとめて帰途につこうとしている。敵軍はほぼ一掃したようなので,ようやく落ち着いて帰れるというわけだ。負傷兵を除けば兵の数は全体で四十人に満たず,きわどい勝負であったことが知れる。森中に仕掛けた罠とそれにかかった敵兵を回収してテントも一つ残らず片づいていた。見送りは誰一人としていない。

 僕はといえば,カレナード将軍の一団の中にいた。シェリルを王都の医者に見せることを条件に,僕は軍に入ることになった。あの夜に僕が殺した敵兵の数は三十を越し,将軍はかねてからの要望を持ち上げたというわけだ。

 どのみち選択権は無かった。村人の僕を見る目が変わっていたからだ。カレナード将軍の軍隊と同様の,いやそれ以上の嫌悪と恐怖の眼差しが僕へ向けられた。

 僕はこの特に感慨のない村を捨てた。

 僕とシェリルは僅かにあった馬車に負傷兵と一緒に乗せて貰い,村を離れる。村を囲む森とその中にある丘が遠くなるにつれ,僕のそこでの記憶も薄れていくようだった。

 馬車から首を出していると,馬に乗ったカレナード将軍が隣に来た。

「そう言えば,まだ名前を聞いていなかったと思ってね。穀潰し君。」

「まだ言ってませんね。」

「聞いて良いかな?」

「穀潰しじゃ,駄目でしょうね。」

「もう君は穀潰しにはなれんからな。」

「僕,いや私の名前はセールメイといいます。」

 村と両親と懐かしい丘を捨てた日。私は,穀潰しと言う名前も捨てた。

 夜空に上った二つの月が夜道を照らしていた。



  了





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