1.コンピュータの誕生
人間が計算を始めた時期は、古代までさかのぼることになります。捕った獲物の数を数えるために石ころを並べるとか、袋に入れるとかしていたでしょう。
そして石ころの数から発展した形が古代メソポタミアの楔形文字です。これは60進法が用いられました。そして人間は一対一対応の方式から発展した計算の方法を工夫します。最初は指です。手には指が10本しかありませんが非常に便利な計算の道具になることは言うまでもありません。この指のことをディジット(digit)といいその後アラビア数字の0から9までもそう呼ぶようになり、この言葉が転じて今日のディジタルコンピュータの語源でもあるのです。指では桁上げが不向きなためにこれらの不便さを解消するために石ころが使われていました。
また、貨幣を利用するような頃から、基本的な演算を行うようになりました。
そして、時代は進み、文明の進展に伴い、計算の対象になる分野は日常生活だけではなく、土木や建築、天文や設計、経済予測や世論調査など広範囲に及びました。
このような時代の進化とともに、計算もより高度に専門的になってきました。このような状況になると、人間が手計算で随時計算していくのは、困難になってきました。そこで、計算のための道具を用いることが考案されました。
道具としては、紀元前に中国で発明された、そろばんがあげられます。数字の表示と記憶をそろばんの玉の位置によって扱うことができるディジタルによる計算を実現した最初の道具であるといえます。一方、アナログによる計算を実現したものに、イギリスで考案された計算尺があげられます。
いずれも、人間が計算する手順を支援するための補助的な役割を持った道具であり、計算具といった要素が強いです。つまり、計算操作の主体は、計算具ではなく人間そのものであったのです。
これに対して、計算操作の主体を人間ではなく器械にまかせ、自律的に計算をつかさどる「計算器」が生み出されました。
その最初の物は、1642年にパスカルによって考案された、歯車式の加算器です。歯車の回転運動を利用して、9の次に0がきたとき、同時に桁上げ機構が働いて、一つ上の桁の歯車が一歩進められる仕組みであります。
その後、1671年にライプニッツが加算の繰り返しにより、乗除算を自動的に行うことのできる計算器が作られました。
1834年には、バベッジが解析機関と呼ばれる計算器を考案し、その後に登場するディジタルコンピュータの基本的機能が、これに含まれていました。数万個の歯車を組み合わせ、それらを蒸気機関により稼動させるという方式を採用しましたが、機構の複雑さから実用には至りませんでした。
それまでの計算器が、いずれも計算の駆動部分に歯車を用いていたことに対して、その後、電気を利用するという電気式計算器が登場しました。1886年にホレリスが、統計計算専用の計算器を発明した。外部から穿孔(せんこう)したカードを読み込み、電気信号に変換して計算処理を行うという機構をもったものでありました。1944年には、エイケンとIBMの共同開発により、MARK−Tとよばれる電気式計算器が登場しました。歯車の部分をリレーに替え、電気式に制御することによって、計算速度はいままでよりも高速化されることとなりました。
以上までは、主に計算器とよばれていて、コンピュータ以前という位置づけにあります。現在のコンピュータは、電子計算機とよばれていることから、計算をつかさどる駆動機構は歯車式でも電気式でもなく、電子式です。この後、電子式による計算機が出現したのです。
1946年に世界ではじめての電子式の計算機が登場しました。
米国ペンシルバニア大学で開発されたENIACです。もともとは大砲の弾道弾計算のために考案された計算機です。膨大な数の真空管を用いていて、電気式よりも数段高速の計算速度を実現しました。ただし、計算のための動作手順は、配線を組み合わせるという方式を採用していたため、計算を進めるために配線を変えるといったやっかいな作業を行う必要がありました。
それに対して、1949年には英国ケンブリッジ大学で、世界初のプログラム内蔵方式を採用したEDSACが開発されました。プログラム内蔵方式とは、計算のための一連の動作手順をプログラムとしてあらかじめ作成して、それをコンピュータの記憶装置に格納しておくという方式です。これによって、そのプログラムを指定するだけで計算が行われるとともに、繰り返しできるようになりました。つまり、計算の自動化が実現したことになるわけであります。
こうして、現在のコンピュータの原型が登場してきたのです。
2.コンピュータの各世代
(ただ今、作成中)
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