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執務室の外から聞こえてくる異様な騒音にルヴァは、手にしていた本から顔を上げた。何事かと訝しげに出口へ近寄りドアを開け、顔を半分だけのぞかせてみる。
「あー、何かありましたかー?」 真っ先に目に入った、走っている見慣れた後ろ姿に声をかけると、銀色の短い髪の−その毛先は明後日の方向を向いて逆立っていた−その少年は振り返りざまに、不機嫌そうに答えた。 「おりゃ、何も知らねーんだよ。ちぇ、機械いじってたのに、何だよ、この騒ぎ。うるせーったら。」 再び走り去ろうとする少年の後を、ルヴァが慌てたように追いかけた。 「ああ、ゼフェル!待ってくださいよー。」 ゼフェルと呼ばれた少年が振り向いた。ルビーのような見事な赤い瞳には、少年らしい無邪気な光が宿っている。 「よーよーよー、オッサン。危ないぜ、オレについてくんのは。後からゆっくり来いよ。な?」 「ゼフェル!廊下を走っては、いけませんよ、ゼフェルーーーー」 ルヴァの言葉をよそに、走り去っていったゼフェルの背中が遠くに消えていき、ルヴァは小さく苦笑した。
「オッサン、ですかー。あー、まいりましたねえ・・・。」 「あ、あのー、アンジェリーク!?」 困惑するルヴァを後目に彼女は、大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙を落としながら顔を上げた。 「ああ、ルヴァ様、どうしましょう、ランディ様が・・・。」 そこで初めて、ルヴァはその場の雰囲気を把握する事になった。 「あー、何があったのですか?アンジェ・・・」 そう言いかけた時、アンジェリークの肩越しにこちらへ歩いてくる、ランディを腕に抱いたオスカーの姿が目に入ったからだ。 「オスカー、一体・・・」 言いかけて、再びルヴァは言葉を飲んだ。腕の中のランディを見おろしているオスカーの表情は嘗て見たことのない程厳しく、胸の辺りが一目見てそれと分かる、真っ赤な血液で染まっていた。その場にいる全ての守護聖達が、息を呑んでオスカーと、抱かれたランディを見つめている。 自分の身体にしがみついて震える女王候補をそっと抱きしめながら、ルヴァは前へ一歩踏み出した。 「ルヴァ・・・。」 オスカーが憔悴しきった表情のまま呟き、その腕の中で微動だにしないランディの髪に、ルヴァはそっと触れた。 「これはひどい・・・一体、何があったのですか?」 額が割れて、とめどもなく鮮血が溢れている。その顔色は蒼白で、微かな荒い息づかいがなければ、まるで生命の活動を行っていないかのように見えた。日頃の、生命感に満ち溢れた彼の笑顔からは想像もつかない、その生気のない表情にルヴァは胸を痛めた。 「ランディ!?」 みなから遅れて駆け寄ってきたマルセルが、悲痛な叫び声を上げた。 「ねえ、しっかりしてよ!ランディ!オスカー様、どういう事なんですか?ランディはどうしたんですか!?」 「マルセル、落ちつけ。」 守護聖のリーダーであるジュリアスがその年少の守護聖を制したが、その手を振り払うとマルセルは、なおも食い下がった。 「オスカー様、説明してください!ねえ、オスカー様!」 「おいマルセル、よせ!」 その剣幕に、珍しくゼフェルが宥めた。代わりにジュリアスがオスカーに問いただす。 「オスカー、何が起こったのか、説明してはくれぬか?」 「剣の・・・」 辛そうに絞り出されるオスカーの声は弱々しく、普段の彼の物言いを知っている者達に、一層の悲壮感を感じさせた。 「剣の稽古をしていました。少し驚かせてやろうと思っただけだったんです。・・・直前で寸止めするつもりでした。それが・・・」 ジュリアスの眉がピクと動いた。 「真剣で手合わせをする時に、故意に相手に剣を向ける事は禁じていたはずだな?」
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