目の前を行く見慣れた背中を追って、どこまでも続く真っ暗な道をランディは走っていた。
手をのばせばすぐに届きそうな位置にいるというのに、触れようとする度にスルリと彼は逃れて行く。
まって、俺を置いていかないで。
もはや、ランディの声も彼には届かない。
お願い、行かないで・・・行かないで。

オスカー様っ!!

自分の声で目が覚めた。涙が頬を伝っており、ランディはベッドに身体を起こすとバツが悪そうに頭をかいた。
もう何度、この夢を見ただろう。
彼が聖地を去ってから、早半年が過ぎようとしているというのに。
ランディが誰より尊敬していた、情熱的な深紅の髪を持つ炎の守護聖は、彼の持つサクリアの衰えと共にこの聖地から姿を消した。
その時に彼は、ランディの心の中の、何か大切な物を同時に持ち去った。
それは恐らく、ちっぽけな物だったに違いない。とランディは思った。
ランディという人間を構成している、幾つものパーツの中のたったひとつ。
小さくて、だが、とても重要な部品。
それは、『感情』という名の小さなネジだった。

自分の名を呼びながら駆けてくる金色の髪の少年に、ランディは控えめな微笑みを投げかけた。
「やあ、マルセル。」
「ランディ、遅いよぉ!」
マルセルがプーッと頬を膨らまし、ランディは目を細めた。
自分よりも幾分か身長が小さく線の細かった少女のような少年は、立派な青年に変わっていたがそれでもまだ、子供のようにふくれてみせるクセだけは抜けてはいなかった。
「アレンとトミーがすっかり待ちわびちゃって、大変なんだから。」
「ごめん、マルセル。俺何か、約束してたっけ?」
マルセルが、信じられない!と言った面もちでランディを見た。
「忘れちゃったの!?今日はみんなで、ブーゲンビリアの丘に行く約束をしてたじゃない!」
「・・・ああ。」
そういえば、とランディは思った。
先日彼らがそんな話をしているのを、偶然その場にいたランディもぼんやりと聞いていたのだった。その時になにか同意を求められ、ああとかううとか、気の乗らない返事を返したような気がする。
「ごめん、忘れてたよ。」
悪びれる様子もなく、しれっと答えるランディに、マルセルは深く溜息をついた。
「・・・とにかく行こうよ。彼らが待ってるから。」
気の乗らないながらもランディは、黙ってマルセルの後に続いた。
オスカーがいなくなってからというもの彼は、万事がこんな調子だった。何をするにも無気力で、執務をさぼって湖で過ごしたり大事な用を忘れていたり。
実際誰の目から見ても、オスカーが聖地を去る際に彼の何か大事な心の部品を持ち去ったのは明らかに思えた。
最初は口うるさくそんなランディの行動を諌めていたジュリアスも、最近では何も言わなくなった。
諦めたのか、それとも彼の心情を汲んだのか。
それは当の光の守護聖以外知る由もないが、いずれにしてもジュリアスは、黙ってランディの行動を見守るだけとなった。

マルセルとランディが少年達の待つ部屋に到着すると、彼らは目を輝かせて立ち上がった。
「マルセル様!ランディ様、いらっしゃったんですね!」
トミーがにっこりと微笑んだ。
彼の微笑みはティムカのそれと幾分似ている、と、ランディは初めて出会った日に思った。
ティムカ。懐かしい名前だった。
栗色の髪の女王が誕生した女王試験で、ランディ達は彼と知り合った。
恐らく彼の名は、その星の優秀な歴代の王として、歴史に刻まれているのだろう。
地の守護聖の後継者であるトミーは、薄い水色の髪にハシバミ色の瞳を持った、はしこそうな少年だった。
知恵を司るその力のせいだろうか、15歳という年齢よりも随分と大人びて、利発そうに見えた。
そんなトミーの背後から、おずおずと小さな少年が顔をのぞかせた。
「そんな所に隠れてないで、出ておいで、アレン。」
もじもじしていたアレンはやがて、マルセルの優しい微笑みに引き寄せられるようにトミーの背中から姿を現した。
「さあ、ランディに挨拶をするんだよ。できるよね、アレン?」
そう言ったマルセルを、救いを求めるように見上げてからアレンは、やがて決心したように口を開いた。
「こ、こんにちは、ランディ様。」
ランディは無表情に幼い少年を見おろした。以前の彼なら、暖かい笑顔でその少年に答える事ができただろう。だが、今のランディにはそんな簡単な礼式も思い出せなかった。
・・・この、怯えきった小さな少年が、あのオスカー様の後任だって?
オスカーには、彼自身が司る力と同じ、自信に満ち溢れた強さがあった。
この少年の、彼との共通はたったひとつ。
燃えるような赤い髪。
それだけだ。
萎縮したようにアレンが、再びトミーの背後に隠れた。
「ランディ!」
マルセルの厳しい声に、ランディはハッと我に返った。
「ごめんな、遅くなって。」
「いいえ、お気になさらないでください。僕たちここで、昨日のおさらいをしていたんです。ねえ、アレン?」
「・・・うん。」
上目遣いでランディの機嫌を伺いながら、アレンが小さく頷いた。
まだ7歳であるという幼いアレンは、聖地の何もかもに、多少の畏怖感を持っているようだった。事、ランディに対しては。
恐らくこの少年は、敏感に察知していたに違いない。自分自身に向けられる、多少の敵意、憎悪を。
ランディは小さなアレンから目をそらした。
自分は決して、この少年の事が嫌いではない・・・と思う。
だが、理屈では解っていたが、心の隅に納得できない自分が潜んでいた。それはひょっとすると、オスカーが抜き取った心の部品が埋まっていた場所なのかもしれない。小さく空いたその穴から、心がこぼれ落ちてしまったのかもしれない。
ゼフェルの前の、鋼の守護聖も。
ランディは考えた。
彼は、自分の事を憎んでいた。理不尽に自分に辛く当たる彼の心情を、ランディはどうしても理解する事ができなかった。
そうして彼を、少し憎んだ。
前任の風の守護聖が任務を退いたのは、決して自分のせいではない。
彼が退き、その結果、自分が選ばれたのだ。
アレンも、自分を憎むだろうか?
ふと思い、ランディは微かな、或いは自分でも気づかないくらいの自嘲の笑みを漏らした。
構うもんか。
もう何も怖い事などない。
辛い思いを味わう事もない。
オスカー様を失う事になった今、もう二度と。



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