Temperture

広い聖殿の廊下を、カツカツと金属製のブーツの音を響かせながら、オスカーは早足で歩いていた。

いや、歩いているというよりも最早、半ば駆け足になっている。

『医務室』と書かれたプレートが視界に入ってきたところでオスカーは少し足を緩め、ドアの前でピタリと止まった。

駆けてきたせいで多少乱れた髪を軽く撫でつけ、一つ深呼吸をすると、ノブに手を掛け、一気にドアを開け放つ。

「ランディ!!」

その声に一瞬、部屋の中に静寂が訪れ、中にいる人物全員が一斉にオスカーを振り返った。

「まあ、オスカー、何ですか?騒々しい。」

女王補佐官であるディアが、微笑をたたえたまま、オスカーを宥めた。言葉とは裏腹に、その美しい顔に嫌悪の表情は少しも浮かんではいない。

「いえ、あのう、その・・・」

口ごもりながら、オスカーは部屋を見渡した。緑の守護聖であるカティスに、夢の守護聖オリヴィエ、地の守護聖であるルヴァ。そしてディアの四人に囲まれたベッドの上に、風の守護聖がキョトンとした表情を、その、まだ幼さの残る顔に浮かべ、鎮座していた。その顔を見た途端、安堵のため息がフッとオスカーの口からこぼれ出た。

「・・・お前、無事だったのか」

「まあ、オスカー。心配して来てくださったのですね。」

風の守護聖の代りに、ディアが優しい微笑みを称えたまま答えた。

「いえ、まあ・・・崖から落ちて意識不明の重体と聞けば、誰だって・・・」

あはは、とランディが笑った。

「崖ったって、そんなに高い所じゃないですし、それに俺、丈夫ですから。ちょっとやそっとじゃ怪我なんかしませんよ。」

「ばかやろう!」

オスカーが叫び、ランディが驚いたように目を見開いてオスカーを見つめた。

「・・・心配、しただろうが。」

そのまっすぐな瞳を避けるように目をそらし、ボソッとつぶやいたオスカーを見て、オリヴィエが鼻を鳴らした。

「まぁーったく、アンタってば、すっかりその坊やの保護者気取りなんだから。その割に、心にやましいモノが大アリだから、その子の瞳もまともに見返せないんだよ。」

「やかましい!お前に言われたくない!この、俗物が。」

「あらッ!何よ、心外ねえー。アタシのどこが、俗物な訳?」

「お2人共、やめてくださいよ〜・・・」

ランディが困ったように蚊の鳴いたような声を出し、ルヴァとカティス、それにディアが一斉に笑い出した。

「あ〜、オスカー。ところで、誰がアナタにランディが意識不明の重体だなどと、教えたんですか〜?」

「まったくだ、縁起でもない。・・・まあ、およそ、犯人の見当は、つくが・・・な。」

カティスがルヴァの言葉に続けると、コホン、と、オスカーが咳払いを一つした。

「・・・カティス様の思った通りの人物ですよ。」

「やっぱりな。」ハハ、とカティスが笑った。「しかし、お前らしくもない。あの鋼の守護聖にやり込まれるとはな。」

「あらぁ〜、いつもの事じゃないよ、カティス。この女ったらしも、ここにいる、風の守護聖ちゃんの前じゃあ、形無しなんだから。」

「なるほど、そうだったな。」

オリヴィエの言葉に、ハハ、とカティスが笑うと、オスカーがムキになって反論した。

「なっ、貴様、余計な事を・・・!誰が女ったらしだ!」

「誰って、アンタ以外に誰がいるってのよ?ダメよォ〜、ランディ。こんな大人になっちゃ。ね?」

オリヴィエの言葉に軽く微笑んでみせてから、ランディは顔を曇らせ、唇をかみしめると下を向いた。

「・・・俺、やっぱり嫌われてるんでしょうか・・・。『ジュウタイ』になってればよかったのに、って、思われてるのかな。」

「いや、ランディ、そうじゃなくってな、お前の事が嫌いな訳じゃなくて、俺が反論したのは、女ったらしが・・・」

慌てたように弁解するオスカーの脇腹を、オリヴィエが軽く小突いた。

「ばァか。そうじゃないでしょうが。」そうして、ランディの前にかがみ込むと、ニッと笑顔をみせた。「あのねえ、お子様はそんな事、考えなくて、いーの。」

「おッ、俺、お子様じゃありません!!」

真っ赤になって言い返すランディの頭を、オリヴィエがポンポン、と叩いた。

「はいはい、そういう事にしておきましょうかねぇ。」

「そうですよ〜。」

ルヴァがいつもの調子で、のんびりと付け足した。

「彼も別に、あなたの事が嫌いな訳ではないと思いますよ〜。守護聖の交代は仕方のない事です。誰にでも必ず、訪れる事ですからねえ。前任の風の守護聖の力が衰えたのは、もちろんアナタのせいではないですし、鋼の守護聖と風の守護聖が親友同士だったなんて事を、アナタが何も気にする必要はないんですよ〜。それに・・・」

まだ先を続けようとするルヴァの言葉を、オリヴィエが遮った。

「あ〜、もう!アンタが話すと長くなるのよ!ネームはその辺にしておきなさいな!」

そうしてランディに向き合うと、再び頭を軽く叩いた。

「ま、とにかく、ルヴァの言う通りよ。気にする事ないって。」

「・・・はいっ!」

ランディが満面の笑みを浮かべて、返事をし、オリヴィエも嬉しそうに微笑み返す。

「そうそう、そのカオ。あんたはやっぱり、そーでなくっちゃ、ね。」



「・・・しかし、何とかしなくちゃならんかな・・・」

ルヴァ、ディアの2人と共に医務室を出たところで、カティスが誰にともなく呟いた。

「あ〜、そうですね〜。少し、私たちも考えなくてはなりませんかねえ。最近の彼のランディに対する態度は少々、やはり引っかかる所がありますからね〜。どうしたものでしょうかねえ。はァ・・・。」

「・・・そんなに深刻な事態になっているのですか?」

ディアが珍しく、表情を曇らせて言った。

「ええ〜。彼も少々ムキになっている帰来がありましてねえ。」

「ルヴァが先程おっしゃったように、後任の守護聖の出現により、前任のサクリアが衰える訳ではありませんものね。彼もその事はよく、理解しているでしょうに・・・。」

「頭で理解はしていても」カティスがゆっくりと言った。「どうしようもないのだろうな・・・。あいつにとって、前任の風の守護聖の存在は格別だったからな。」

「ええ、まあ。そうでしたね〜。彼がランディを憎む気持ちも、分からないわけではない・・・ジュリアスとクラヴィスのケースもありますしね。」

そこで一度言葉を切ると、ルヴァは息をついた。

「こればかりは、どうにもならないのかも、しれませんねえ。人の気持ちというものは・・・」

「まあ、あれだな。当面の問題は、ランディとあいつの事よりも・・・」

「はあ。オスカーと彼の問題ですね?」

うむ、とカティスは頷くと、わざと神妙な顔を作ってみせた。

「後輩ができて、かわいくて仕方がないんだろうな、意外と可愛い一面を持ってるじゃないか。あの女泣かせも。」

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