目の前でプンプンと怒っている、茶色の髪と深いブルーの瞳を持つ弟分の声を聞きながら、オスカーはその日、溜まりに溜まった仕事を片づけていた。
遊び呆けて今まで手をつけなかった訳ではない。考えるところがあって、いや、正確には悩み事があって、なかなか仕事が手につかなかったのだ。しかし、だらだらと引き延ばしてきた期限も、もう限界。昨夜、守護聖のまとめ役であるジュリアスより、速急な書類の提出を言い渡されたのだ。
そして今、その仕事を嫌々片づけているところに悩みの根元が現れて、小五月蝿く付き纏い、盛んに邪魔しようとしている・・・。
「ちょっと、聞いてるんですか?オスカー様!」
『ああ』とか『うう』とか、生半可な返事しかしないオスカーに、いい加減イライラしていたランディは、バン、と机を叩いた。
そこでようやく顔をあげたオスカーはしかし、チラとランディの顔を一瞥しただけで、再び書類に顔を戻してしまった。
「・・・わかりました。オスカー様がその気なら、いいです。もう。」
「分からん坊やだな」
乱暴に音をたて、背を向けかけたランディに溜息をつきながら、やっとオスカーがまともに口を開いた。
「一体全体、この俺にどうして欲しいと言うんだ?ん?」
険しい表情を向けられ、一瞬怯みながらもランディは、ようやっとオスカーの気をとらえたチャンスを逃がすまいと、反撃を開始する。
「で、ですから、さっきから言ってるじゃないですか。アンジェリークと・・・」
「アンジェリークと個人的に親しくして、デートの一つでもしてやれと言うのか?」
「・・・ちゃんと聞こえてたんですか!それなら・・・」
「あのな、坊や」
ランディの言葉を皆まで聞かず、オスカーは重い腰を上げた。立ち上がった時のオスカーと自分の身長差は約15cm。その迫力の違いは否めない。ランディは思わず後ずさった。
「俺は今、重要な書類と向かい合っている。分かるか?」
「・・・・・」
絶句するランディ。
「お前が、重要な話があるって言うから、俺はわざわざ執務中だというのに、お前を通した。」
「重要な・・・」
「事なのか?それが?坊やは本当にそう思うのか?女王候補の1人が、個人的に俺と親しくなりたいという伝言を伝える事がか?それとも、俺の暇な時間を聞き出して、彼女とのデートを設定する事がか?」
いつになく厳しいオスカーの表情に、ランディは唇を噛みしめて俯いた。
「俺にとっては。」
「今でなきゃならん、という訳ではないだろう?」
「だって・・・!」
ランディが必死の形相でオスカーを見上げた。
「俺だって、ずっと我慢してきました。執務中にはこういう話はしちゃいけないって、だけど、なんか俺、最近オスカー様と執務以外で会う事が、なかなかできないから・・・!彼女には何度も何度も、同じ事、頼まれるし・・・」
そこで再び俯くと、小声でボソッと呟いた。
「・・・それに、俺にしてやれるのって、これくらいだから・・・」
ひとつ溜息をつくとオスカーは、お手上げ、と言った風に片手をひらひら振ってみせた。
「全く、坊やには脱帽するぜ。それで、くやしくないのか?男として。」
皮肉めいた言葉の含みに気づき、ムッとした表情を向けながらも、オスカーと目を合わせた途端にランディは、少しはにかんでみせた。
「彼女が喜んでくれれば、それでいいんです。」
一瞬絶句したオスカーは椅子に座り直し、そして、呆れたように言い放った。
「本当に立派だぜ、お前は。もう何も言えんよ。」
それから書類に向かい直ったオスカーは、もう二度と顔を上げようとはしなかった。