「リュミエール様ー!」
背後から聞き慣れた、はずんだ声が聞こえた。振り向くとそこには、予想通りの満面の笑顔。
「おや、ランディ。今日も元気ですね・・・。」
走り寄ってきたランディがゼイゼイと肩で息をしながら、大きく空を仰いだ。その瞬間一陣の風が巻き起こり、あたかもランディの行動によって風が起こったかのような錯覚を与えた。
「そんなに走って・・・どうかなさったのですか?」
ヘヘ、と、ランディが笑う。
「リュミエール様のお姿が見えたから。うーん、そうですね、何も用がないと言えばないんですけど・・・」
ランディが照れたように、頭を掻く。
「あっ、そうだ。後でまた、ハープを聞きに行ってもよろしいですか?マルセルとゼフェルも一緒に!」
「ええ、構いませんよ。」
やりィ、と、再びランディが笑う。
その笑顔をリュミエールは、目を細め、少し眩しそうに見つめた。
「それじゃ、リュミエール様。オレ、失礼します!また後で!」
「ええ、ランディ。お待ちしていますよ。」
その柔らかな微笑みをランディは、少し照れくさそうに見つめた。
ピョコン、と頭を下げ、少し走ってからランディは、思いついたように振り返り、叫んだ。
「リュミエール様!お身体にだけは気をつけてくださいねー!」
そうしてまた、背を向けて駆けていく。彼はアッという間に、リュミエールの視界からその姿を消した。
リュミエールの顔に、知らず、笑みがこぼれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リュミエールはランディを、羨ましいと思う。
いつも元気で、健康そうで、爽やかなランディ。彼の笑顔の前では、皆、引き込まれるように笑顔になってしまう。あの明るさを、強さを、リュミエールは羨ましいと思う。
ランディもまた、リュミエールを羨ましく思う。
いつも穏やかで、聡明で、繊細なリュミエール。彼の微笑みの前では、皆、穏やかで優しい気持ちになれる。あの優しさを、しなやかさを、ランディもまた羨ましいと思う。
リュミエールは知っていた。ランディのあの、強さ、明るさは、持って生まれた風のサクリアの為だけではない、彼の生い立ちからも成り立っている事を。
ランディも知っていた。リュミエールのあの、繊細さ、しなやかさは、持って生まれた水のサクリアの為だけではない、彼の体質も影響している事を。
だから、互いにそれ自身になりたいとは思わなかった。
同じ笑顔だが、違う笑顔。
自分は自分で、彼は彼である。自分が自分で、彼が彼であるからこそ、世界は成り立っている。守護聖は成り立っている。
その事を、互いによく、理解し合っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
最近、どうも身体の調子がおかしかった。
聖地には病気などない。女王陛下の力により、頑健に保護されているからだ。だが最近、リュミエールは気分が優れない事が多かった。
幼い頃より病弱で、あまり激しい運動や長期間の外出などは、医者により規制されていた。病気のないとされる聖地にきてまで気分が優れなく、もしここにいなければ、もしや・・・と思う事も多々あった。
だが、そのような自分の運命を恨んだ事など一度もない。他人を羨望した事もなかった。丈夫な身体の代わりに神は、彼に人一倍秀でた音楽の才能と、美術の才能、そして、優しさを司る、水のサクリアを与えてくださったからだ。
あの、風の守護聖に会うまでは・・・。
司る力が勇気ではなく、元気なのではないか、と、あのジュリアスでさえもが頭を抱える事がある程、彼はいつでも元気だった。
だがリュミエールは一度も、そんな彼を疎ましく思った事はなかった。正確には、彼を見る度に沸き上がってくる感情はいつも、羨望のそれだった。
気分の優れないまま、ソファにぐったりと横たわったリュミエールは、自分の白く、透き通るように細い指先を見つめた。
自分のこの青白い肌に比べ、小麦色で、健康そうに日焼けしたランディの肌。私の肌もあんな色だったら・・・どんなにいいか・・・
そこまで考えてふと、リュミエールは首を振り、苦笑した。
「私は・・・守護聖になって、この聖地に来て、少々欲張りになっていたようですね・・・。」
ここへ来て、随分と長い間歩いていられるようになった。外出もできるようになった。多少なら、駆けられるようになった。
人の欲望というものは、果てしのないものだ。一つ、願いが叶うと、次はもっと大きな願いが湧いてくる。
もう少しで、あの風の守護聖が、ここへやってくる・・・。
独りごちるとリュミエールは、ソッと目を閉じた。