Lilith
- リリス -
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いつもの優しいハープの調べも、今日は聞こえない。クラヴィスは気怠そうに窓辺にもたれかかった。立ったままでも床まで届きそうな程長い漆黒の髪がまた、足下にまとわりつくように流れ、まるで主人の心情を察しているかのように見えた。

今日は、リュミエールが所用により聖地を離れている。就寝の前には大抵、リュミエールのハープを聞くのが習慣となっていたが、

久方ぶりの静寂も、悪くはない・・・。

そう想い、クラヴィスは静かに目を閉じた。窓から微々しい夜風が吹き込んできている。

心地のよい風だ・・・。

ふと風の守護聖の顔が目に浮かび、クラヴィスはハッと目を開いた。そして1人、苦笑する。

このように、微かな風なら・・・気持ちの良いものなのだが・・・な。

顔を会わせる度いつでも大輪の笑顔を咲かせている、勇気を司る風の守護聖が、クラヴィスは苦手だった。

何故にああも・・・いつも笑っていられるのか・・・。

実際、彼の泣き顔という物は見た事がなかった。真剣な顔、怒りの表情、そして、笑顔。辛辣な顔という物を、見た事はなかった。

そして、彼はいつでも騒がしかった。彼の周りはいつも、とても賑やかだった。そんな彼を見て、自分とは住む世界が違うのだ・・・。と、クラヴィスはいつも思った。

自分とは違う、光の当たる世界の人間。

彼はジュリアスを尊敬しているようだっだし、ことさら炎の守護聖オスカーには、特別な敬愛の念を抱いているようだった。

おそらく・・・

クラヴィスは、自分でも気づかない程微かな自嘲の笑みを、その口元にこぼした。

あやつも・・・私を軽蔑しているのだろうな・・・。

クラヴィス自身、とりたて風の守護聖に積極的に近づく必要も気もなかったし、ランディとて、ジュリアスやオスカーから、色々聞いていて、特に自分からは近寄らないようにしているに違いない。

何もわざわざ、面倒事に、自分から顔を突っ込む事もあるまい。それは殊勝な心がけだ。そして、私は・・・恐らくあの、騒がしい風の守護聖と、個人的に言葉を交わす事などないのだろう。今までも。そして、これからも・・・。

ガサガサガサーッ

そこまで考えた時、久方の静寂の時は、何か大きな物音により脆くも崩れさった。

「・・・何事・・・だ?」

「庭からのようでございますが・・・。只今確認してまいります故・・・、クラヴィス様はここにてお待ちになってください。」

使用人の1人が、恭しく答えた。

「よい・・・私が行こう・・・」

そう言い玄関へ向かったクラヴィスを、使用人が引き留めた。

「お待ちください。危のうございます・・・。」

「構わぬ・・・」

恐らく守護聖随一・・・広い庭に出て当たりを見回してみる。完全なる暗闇の中に、動く影が見えた。少しも臆する事なく、クラヴィスはゆっくりと影に歩み寄った。

「・・・何者だ・・・」

「クラヴィス様!」

不意に叫ばれたその声から、そこに倒れている思いも掛けない人物の姿を認め、クラヴィスの顔にも一瞬、驚きの表情が現れた。いや、それ以上に相手が、青い瞳をこぼれ落ちるかと思うほど大きく見開き、驚愕の表情でクラヴィスを見上げていた。

「・・・そこで何を・・・している?」

「あのっ、すみません、オレ・・・えっと、これをクラヴィス様に届けようと・・・」

ランディが手に掴んだ何かを差し出した。その手には、女王試験の育成記録がしっかりと握られていた。

「・・・破れているようだが・・・」

「えっ!?あっ、しまった!今、倒れ込んだ時に・・・!すっ、スミマセン!!」

「・・・まあいい。ところで・・・」

その騒がしさに眉間にしわを寄せながら、黙ってそれを受け取り背を向けかけたクラヴィスが、ふと振り向いた。

「そんなところに寝転がって・・・楽しいのか?・・・楽しいのなら、無理に止めはしないが・・・」

「・・・・」

ランディが絶句した。

「・・・そうか、分かった。それでは、好きなだけ寝転がっているがいい・・・。」

再び去りかけたクラヴィスの背中に向かって、ランディが大声で叫んだ。

「楽しくないです!!」

そのセリフにより・・・というよりも、声の大きさに驚いたクラヴィスが、振り返った。

「そうか・・・そうだろうな。では、立ってはどうだ?」

「・・・言われなくたって、そうしますッ!!」

前よりも2割増し大きい声で叫ぶと、ランディは勢いをつけて立ち上がり、そして再び、へたへたとその場に座り込んだ。

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