ISIS UNVEILED

ヴェイルを剥いだイシス

 


高等魔術・魔女術大系
黄金の暁会全魔術システム − 第一巻


 

第五版への序論



「<死に行く世界>の継承者よ、我ら何時を、<生ける美>へと呼び戻す。<荒涼たる闇>に彷徨える者よ、我ら汝を、<高貴なる光>へと呼び戻す。汝は長きに亙りて<暗闇>に住まいせり。−−−<夜>を捨て、<陽>を求めよ」
 <初参入者 [ニオファイト]>の<位階>の儀式において、魔術結社ゴールデン・ドーン The Hermetic Order of the Golden Dawn (翻訳者注−以下、本書の中ではGDと略称する)の主要な三人の<司官 [オフィサー]>は、この詩的かつ高度に象徴的な言葉をもって、入門者を光の中のみならず、同結社の中にも招き入れるわけである。このことは、『エゴと元型』 Ego and Archetype においてエディンガー Edinger が述べている、エゴ=セルフ軸の円環的発展の解説に類似していなくもないが、彼によれば、恐らくはアニマこそがその軸の橋渡しとなるという。
 この詩句に言う、「夜」とは無意識であり、対する「陽」とは発達した意識をあらわす。エディンガーは、エゴ=セルフ分離とエゴ=セルフ結合が交替するプロセスを、精神が生涯に亙って螺旋型に発展する過程として説明している。人間の精神は通常そのように発展する物であるが、GDシステムは、この魂へと向かう成長を加速する触媒として働くのである。それはあたかも、「温室」や「成長促進照明」が植物の生育と質を加速するのに似ている。このように言えば、何ゆえに自然な成長を「加速する」必要があるのかと問う人もあろう。
 現在の世界の政治状況を鑑みると、我々はもはや、より深い現実においては、分断された国家ではなく、世界的な共同体に居切る者であるという言い方ができる。すなわち現代とは、可能な限り「意識」を重視する事こそが、我らの惑星の存亡に深く関わってくる時代なのである。それに加えて、科学技術の発展に伴い、我々にとって、また意識の下層にある経験、すなわち本能的・超個的で、かつ強固にそこに「根を降ろした」経験との繋がりを確立・維持することがますますその必要性を増して来てもいる。そして、GDの驚くべき象徴・秘蹟・儀式の集積は、その目的の為にこそ極めて有益であると言えるのである。
 ここではっきり述べておきたいが、本書の編纂者であるイスラエル・リガルディ Israel Regardie によれば、GDのシステムは、前世紀末の難解かつ興味深い「オカルト」的奇談の類いなどでは決してない。1930年代の後半に書かれた、本書初版のための最初の序論において、彼は次のように書いている。
 「それゆえにこそ、私はGDの魔術、その技法と秘儀参入の体系は、人類全体にとって至高のものであり、また計り知れない程の重要性を持つものであるというのである。私がそのように考える理由は、GDの体系においてこそ、心理学は論理的な帰結と豊かな実りを得られ、その結果心理学はさらに現代の生活と文化に貢献することになるであろうから、である。何となれば、この儀式的秘儀参入の心理学的=魔術的テクニックは、『アニマ』の問題に解決をもたらすことになるのである。『起つべし! 輝くべし! 汝が為に光は来れり!』」。
 そしてリガルディは、このような立場を、1985年のその死まで、一途に守り抜いたのであった。
 「オカルト」あるいは「魔術」という言葉には、歴史的に培われたネガティヴかつ忌まわしい含意がある。ここで我々がなすべき第一のことは、そういった含意から離れて、その言葉を十分に理解する途を考えることである。これらの言葉から連想される「黒」魔術、あるいは悪魔崇拝という用語は、決まってヒステリー、自己中心的演出、メディアによる捏造、あるいは精神病の産物であった。
 「黒い魔術」というものを、体系的な儀礼の実践を通じて真に究めるには(言い換えれば、シャドウの元型を理解するには)、並大抵ではない知識、修行、訓練のみならず、一人よがりの素人が忌み嫌うような膨大で地味で厳しい作業が必要なのである。
 我々全員にとって、自分自身の「暗い」面を統合することは、生涯に亙る必要不可欠なプロセスである。だが、それはより完全なる自己に向かうプロセスでもあるのだ。エンディガーが述べているように、「これらの、黙殺されたシャドウの全ての面は『王』と同一視される。すなわち心理学的に言えば、シャドウの受容及び下位の人間への共感は、自己を受容することにほかならないのである。」
 大衆は自分たちのシャドウを、さまざまなことに投影する。それはセイラムの魔女の焚刑から、ロック・ミュージックの詩の検閲に反対する集団的抗議行動にまで及ぶが、それらはあくまでも投影であって統合ではないのである。「オカルト」という言葉の真の意味は、五感の認識範囲を越えて「隠された」ものに対する研究である。その伝で行けば、電気というものもある意味では「オカルト」的な力であると解釈する事ができる筈である。
 事実、神秘主義の傾向があった原始時代の人間にとっては、(それが電光として顕現した場合には)それは通常の出来事を越えた現象であったが故に、まさに電気は「オカルト」的な力に他ならなかったのである。だが現代では、電気はもはや「魔術的な」力ではない。なざならば現代人はそれを、理解し飼い馴らすことに成功したからである。それと、同様にこの世にはいまだ人間によって発見も定義もされていない、電気や恐らくは核さえも越える他の力が存在する。そしてクロウリー Crowley が述べたように、「魔術」とは、意識を通じて随意に変化を生ぜしめる技術なのである。錬金術師は科学者の先祖であり、占星術師は天文学者の先祖である。そして<魔術師>とは、可視と不可視の宇宙の、無限の可能性を含む内なるフロンティアへの扉なのである。その宇宙とは、精神の「内側に」含まれ、微睡んではいるが、必ず現実化するものに他ならないのである。
 GDの体系の構造、機能、基本概念に関する解説は多数あるが、ここに収録された本書オリジナル版へのリガルディの序文こそがその中でも白眉と言えるものである。この詳細かつ明晰な文章は十分吟味の上、再読、三読していただきたい。GDの体系とは、あくまでも集合的無意識を発見し、それと対話し、そして交渉さえもしてしまうための「体系」であり、宗教でも哲学でも、いわんやカルト等ではない。志願者に<初参入者>の責務を授ける時、<司祭 [ハイエロファント]>は次のように確認する。「これなる責務が内には、汝が公民たる道徳的宗教的義務に反するものなからん」。さらに、<司祭>は志願者に、あらゆる宗教への尊敬心を持つことを命じる。何故なら、神のきらめきは、如何なる宗教の内にも、秘められているからである。
 <初参入者>の位階と<小達人 [アデプタス・マイナー]>の儀礼の両者の鍵となるテーマは、<光>への参入である。この光はまたLVXとも呼ばれる。リガルディによる、本書の第II巻への女文中の、キーワード(INRI)についての素晴らしい分析と、それに続くゲマトリア的照応とその推論は、この<光>に関する研究と瞑想を続ける事で理解が深まるであろう。だが、この<光>は、単に恩寵・霊性・あるいは治癒など(無論<光>はそれら全てもたらすが)を意味する形而上学的・哲学思弁的なものにとどまるものではない。この点にこそ、GDの全体系の真の「秘密」がある。それどころか、それは人間の自我からは独立してはいるものの、人間が、≪随意の変化≫を起こそうとする意識の使用によって生み出すことのできる、≪現実に存在する力≫にほかならないのである!
 いわゆる「新しい」物理学は、この力の多様な理論的モデルに接近しつつある。その中の白眉とも言えるのは、フレッド・アラン・ウルフ Fred Alan Wolf の、『スター・ウェイヴ』 Star Wave などの書物の中で展開された素晴らしい論述である。それは、GD思想の基礎となり、しかも実際に「有効」である<光>に対する、典型的なレゾン・デートルを提示しているのだ!
 今を去る50年前、既にリガルディが(先に引用したごとく)感じ取っていた直感の飛躍−−−すなわち心理学の「論理的な結論と成果」はGDやLVXそれ自体について言及こそしていないが、心理学理論の古典物理学的モデルに対する警鐘を鳴らしてしまったのだ。一方、驚くべき事に、GDの体系の深遠なるシンボリズムと秘儀参入のテクニックの中には、長い年月に亙って、量子論的モデルがそれと判らぬ形で包含されて来たのである! ウルフは次のように述べている、「私の夢は、量子物理学が科学と神秘主義の橋渡しとなることである。そのようにして理論・実験の双方の物理学を、人間の行動についての新しい視点に導くものが量子物理学であるべきである。B.F.スキナー Skinner は、人間の行動を科学的に取り扱おうとした点では正しかったのだが、惜しむらくは彼は行動主義者たちにとってのニュートンであるに過ぎなかった。我々は今や、人間に関する量子論的モデルの発展の為に、行動主義者にとってのアインシュタインとボーアを捜さなくてはならないのである。」
 LVXは、多くの方法で発生せしめられる.例えば儀式魔術、<中央の柱>のテクニック、<中央の柱>の<振動法>、<灯台による開場>の儀礼における連続的使用法を発表した。が、私に言わせれば、この特殊な儀式に関しては、個人的な作業を通じてであっても、また参入者のグループ内においてであっても、第二段の参入者による手ほどきを受け、その制限範囲内で、完全かつ適当であると感じられるようになるまでは、初学者は手をつけないでいることをお勧めするものである(この序文の後のほうで、私は事故人が安全かつ確実にこの<作業>全体にアプローチを図るための指示を書くつもりである)。
 この<光>そのものは道徳や良心を知らず、全も悪もない(それは例えて言えば火と同じようなものである。それはあなたの好きな料理を作ってくれる一方、あなたの手を火傷もさせる!)。だがこれは、通常の火ではなく「聖なる、形無き火」であり、訓練された≪意識≫的なイメージ創造のスクリーンを通じて外部の環境の中に顕現するものなのである(クロウリーは、集中力によってイメージを創造するという意識の使い方に習熟することを非常に重んじた)。
 と同時に、それはまた我々の人格の自動的な≪無意識≫的コンプレックスを通じて顕現するものでもあるのだ。そして、それゆえにこそリガルディは、儀礼的作業によってひとたび無意識が活性化されたあとは、ある種の心理療法的作業が必要であると主張したのである。なぜなら、意識を用いたイメージ構築のコントロールの方法や、これが個人の生活に及ぼす影響に関する知識を初参入者が持っているということはありえそうもないことであり、ましてや弟子がそれを実行するなどということはさらにありえない事であったからである。また、初参入者にとっては、同じく「眠れる犬」(ブラヴァツキー Blavatsky の用語)、すなわち人格の無意識のコンプレックスの存在と、こうした自分自身の未知の部分が我々の人生に及ぼす影響を知っている事もありえないと思われたのである。
 以上の事柄は、そもそも「秘儀参入」とは何かという議論に繋がって行くであろう。initiation という詞そのものは「始まり」を意味しており、もしそれが効果的に行われるならば、志願者に全く新たな世界への扉、経験の層をもたらすものである。
 とは言え、秘儀への参入それ自体が、直ちに「幸福」や「願望実現」をもたらすというものではない。それは今後長く続くことになる、困難で孤独な作業のスタート地点であるに過ぎないのである。ひとたび象徴が志願者の精神の領域内で活性化されれば、ある一つの<位階>から次の<位階>へと、その作業は続くことになる。
 そしてその<位階>をひとつ上がるのに、数ヶ月から数年もの年月を要することも珍しい事ではないのだ。確かに、個人の<内部>の領域において、一つの儀礼の<位階>を完了することは、素晴らしいことである。それは新しい認識、意思の自由の拡大、意識的イメージ構築力の増進、より大いな力の獲得などを個人にもたらす。ただし、ほとんどの人にとってそれを達成する事は困難かつ苦痛に満ちたものである。他人に対する「参入力」を持つ人にとって、力と伝統の「継承」は、多年に亙り大きな問題であり続けた。結局のところ、真の「参入力」を備えた者とは、単に問題となる<位階>の作業のみならず、他人に伝授する<結社>の秘儀の全てを掌に入れた者のことである。
 参入させる者の感覚の領域の中に、その結社のシンボルの全体像が入っていない限り、志願者の内に活性化される事柄は殆ど無く、儀礼は浅薄な芝居に堕すことであろう。ユング Jung がマイケル・フォーダム Michael Fordham の書物の前文で述べているごとく、「転移の治療は、治療行為をする者の真の正体を、無慈悲な光の中に啓示する。すなわち分析家自身が、いかに自分自身の精神的な問題と取り組んできたかが暴露されるのである」。分析家が、自分自身で苦しみ、立ち向かったことのない領域においては、患者を指導することなどできないことと同様に、参入力というものは、その者が「手で作られたのではない聖堂」を、自分自身の魂 [サイキ] の内部にどの程度作り上げているかにかかっているのである。




 秘儀参入に導かれた運命

 1960年代の後半に、私の運命の大筋は決定した。その後の私の人生は、魔術的秘儀参入、GDの体系、<西洋の秘教伝承>などの探究に捧げられることになったのである。−−−かなり後になって、私はそれらを、私と無意識との「ダンス」として理解するに至るのであるが。1969年の前半、私はサンフランシスコにおいて、短期間のユング派の分析を受けることに夢中になっていた。同年の後半、強力かつ奇妙なシンクロニシティによって、私はポール・フォスター・ケイス Paul Foster Case によって創立された<至聖所の建設者 [ビルダーズ・オブ・ジ・アディタム]>と呼ばれるロスアンジェルスの組織の事を聞かされた(後に知ったことだが、ケイスは1900年代の初めに、さるGD系の<聖堂 [テンプル]>に参加していた)。
 これらの繋がりが熟し、私がケイスの優れた照応のレッスンに自分から踏み込んでいくようになったのは、それからまる一年の後であった。彼の作業によって、私は、タロット・カバラ・儀礼の基本などのエキサイティングで豊かな世界に対して目が開いたのである。これらのレッスンのお蔭で、私は強力な魔術的基盤を築くことができ、それはその後も私の魔術師としての経歴の中で重要な役割を果たしている。
 レッスンを初めて一年が経過したある日、私は突然、意識が大きく変化するような深遠な感覚を得た。それは頻繁に起こる神秘体験として、また私の周囲や心の中で起こる生活体験に関わるヌミノシティの「感情」として現れた。それはほとんど毎日のように起こり、心の奥底にまで浸透したようである。
 この年の前半の日記を見ると、人生の喜びと「甘み」、それに他者に対するトランスパーソナルな新しい信頼を得られるようになったことに対するほとんど子供のような感動が、表面的にはナイーヴに見える言葉で綴られている。この状態は、リガルディがその著書『目と三角形』 The Eye and the Triangle (翻訳者注−−『三角形の中の目』 The Eye in the Triangle の誤りか?)の中で言及していた「目覚め」の状態と似ていなくもない。それは突発暦に起こるので、主体的な作業や、意識的な希望・意図等によって予定することはできない。私のそれまでの人生経験の方法は過去のものとなった。私は本当に新しく好奇心の強い<宇宙の子供>となっていたのである。私はまるで暖かく豊かな乳房を吸うことを楽しむ幼児のように、、少なくとも一年の間、殆ど毎日のように次々と起こるこの種の経験を楽しんだ。だが、<子供>というものは、いずれはより大きな意識と<光>へと成長するようにできている。
 その人生がどれほど喜ばしく、輝かしく、陽気なものであろうとも、責任、苦行、艱難と別離の苦しみは不可避的にやって来るものなのである。ひとたび神々との霊的な接触を果たし、安全な子宮からの誕生、および授乳の時期を越えてさらなる意識への挑戦と内なる成長を望むならば避けられない必然であるのだ。




 本書に目を通し一瞬の恐怖を覚える

 1971年の秋、私は「偶然」、書店でルロウリン Llewellyn から出版されていたリガルディの『ゴールデン・ドーン』 The Golden Dawn (本書)の当時の版を発見した。私は畏怖・混乱・崇敬の入り混じった気持ちでこれらの本を丹念に見た(翻訳者注−−筆者が手にした当時の本書は、1970年発行の第三版、すなわち上下二巻本の体裁であったものと思われる)。内容は難解・深遠であり、目を通す内に、私は一瞬の恐怖を覚えた(ウサギ穴に落ち込むアリスのように、である!!)。と同時に、この書物は今の自分の人生観を完全に破壊するだろうと予感したのを覚えている。私の中の「理性的な」面は、今や音を立てて崩れ去ろうとしていた! 思わす私はこの書物を書店の書棚に置き去りにしたのである!
 続く数週間、リガルディの著作は、さまざまな「偶然」を通じてより強烈に私の目に飛び込んで来るようになった。十月初旬、私が何も言わないのに、見知らぬ人が自発的にリガルディの電話番号を教えてくれ、彼とコンタクトをとるように言ってくれた。私はその年の十月九日に初めてリガルディと会った。
 当時の日記を見ると、単に「<秘儀参入>を求める」とあり、続いて「薔薇の甘さは如何ばかりか」とある。その時の私は事実上、これらのシンプルな言葉の真の力強さも、その意味も知らなかった。そしてその言葉から生ずるイメージが本当に私のものとなるには、それから十五年もの歳月を要したのである! 1971年10月20日の夜、私はこの時期で最も強い、そしておそらくは最後の神秘体験を得た。
 タロットの大アルカナの一枚、「隠者」に瞑想していて、私は自分の「意識」が分離するのに気付いた。私はその分離した私の意識が、内なる認識を通して以下のような明瞭な呼びかけをするのを感じた。「来るべし!<我>とともに<頂上>に来るべし。さすれば我ら、他の者らの目覚めの時の来るのを知らざる間に、<曙の光>の中にて喜びを歌わん!」。
 二日後、私はカリフォルニア州ステューディオ・シティのリガルディのオフィスで、彼と対面していた。私は25歳で、GDについての知識は全く持ち合わせていなかった!
 私はそのとき初めて、彼がライヒ派の療法家として活動してきたことを知った。そして彼との最初の出会いは、私の自己紹介と、幾つかの簡単な質問に終始したのである。その質問は、ライヒのテクニックに関するものや、魔術療法に加えてこの種の心理療法を重要と感じた理由に関するものであった。当時の私は余りにも照れ屋であり、魔術の本質についてまじめな質問を試みる事もできず、また明らかに彼が話すのをためらった話題について、わざと水を向けるといったようなこともできなかった。会見の途中で、彼は私にメイベル・コリンズ Mebel Collins の『径の光』 Light on the Path を朗読してくれた。やや長いが、それはここに引用する価値があると思う。なぜならそれは、学習者に、個人の<高次精神 [ジニアス]>、より詩的に言えば<聖守護天使>に関する最初の暗示を与えてくれるからである。

 来るべき戦に加わるべからず。たとい汝戦うとも、戦死を求め、彼を汝が内に戦わしめるべし。彼の命を受け、従うべし。彼は将にあらず、ただ彼あたかも何地震にしてその言葉は汝が隠れたる欲望の表明なるがごとくに、彼に従うべし。何となれば彼は汝自身なり、しかれども汝自身よりも遥かに賢く、また強し。彼を求めよ、さもなくば戦の熱気と騒ぎの中にて汝彼を逸せん。また汝彼を知らずば、彼汝を知らず。汝が叫び彼が耳に届かば、彼汝が内にて戦い、内なる空虚を満たさん。しかあらば、汝戦に臨みて冷静にして疲れを知らず、戦の外にありてかれを何時が代わりに戦わしめん。さすれば汝が一撃の外ることあらじ。しかれども、汝彼をば求めざれば、汝彼を逸したれば、汝が守りはあらじ。汝が脳は惑い、汝が心は乱れ、戦場が塵の中に、汝、目および五感を失い、敵と友とを見分わくルことだにかなわじ。
 彼は汝自身なり、汝神ならぬ身の、過ちを犯す者なれど、彼は永遠にして確かなる者なり、永遠にして真実なる者なり。彼汝が内に入らば、汝すなわち戦士となり、彼汝を見つることなく、大いなる平安の日に彼汝とひとつとならん。

 その後約二年の間、私はリガルディと共にライヒ派心理療法の道に入った。彼はライヒの心理療法以外にも基本的なブラーナヤーマ・ヨーガの技術やカイロプラクティック療法なども取り入れていた。また時には、私の胸と太陽神経嚢の間にある一つのチャクラを活性化させる作業をすることもあった。
 <生命の木>でいうならば、それは<ティファレト>に相当する位置にある。間もなく私は、ある種の「流れ」というものを感じることができるようになった。この感覚はライヒの書にも説かれており、あるいはこの種の療法を経験した人たちも口を揃えて言うものである。だがこのたった一つのチャクラの活性化は、まさに名状づべからざる経験であった! あるとき私は、自分のからだの中心に、実際に熱を持ち、脈動する球体の存在を感じた。それは電気を帯びたテニスボールのように感じられたのである!
 何年か後になって判ったことだが、こうしたことは、リガルディがライヒ派療法家として熟達していたからだけではなく、長年に亙って<中央の柱>を実践して来たからこそなし得た事柄なのであった。この技術については、彼はしばしばあらゆる魔術作業の「必須条件」として言及している。すなわち、彼はある種の誘導のプロセスによって、深遠なる無意識の貯蔵所からの、力強い治療の創造的なエネルギーの入り口へと私を導く事ができたのである(しかも言葉による暗示を使わずに、である!)。
 ヴィルヘルム・ライヒ Wilhelm Reich はこのエネルギーを「オルゴン Orgone」と呼んだが、彼によれば、それは過去幾万世代とも知れぬ人類が「神」として崇め奉って来たものであるという。ユング派の人ならば、各人の解釈にしたがってそれを<魂>や<自己>、あるいは「意味」などと呼ぶかも知れない。またフロイト派の人はこの現象をリビドーの解放と関連づけるかもしれない。だが<魔術師>は、この経験とエネルギーの流入をLVXと呼び、適切な訓練と検診によって、自分自身の中で≪外部の人間や触媒の助けなしに≫解放する事ができるのである!
 リガルディは、実際にこの種のエネルギーを素早く効果的に発生させる能力を持っていた。だが、1982年に彼が私に打ち明けた所によれば、<中央の柱>のテクニックを一日二回、十分な期間に亙って行えば、同じことは誰にでもできるという。さらにこの毎日の作業に、持続的なリラクゼーションと規則的で長い呼吸の訓練を付け加えて行なえば、だれでもが実際に、自分≪自身≫の「司祭」となり、自分個人の<高次精神>の存在を実感し、それが真摯な努力を目指す純粋な意図をもって自分を導いているのを確信することができるようになるという。




 クロウリーに始めてふれる

 リガルディと共に心理療法を行って数ヶ月が過ぎたある時、彼は突然私にクロウリーの『聖なる書物』 The Holy Books の写しを手渡した。私はその時点では、クロウリーなど殆ど読んだことがなかったが、彼はどこでもよいからページを開くようにと命じた。そうすることで私は自分の「法 [ダルマ]」すなわち運命をより意識的に感じ取ることができるかもしれないと言う。私は<タウの径><土星の径><アストラルの径><無意識の径>という項目を開いた。私の内なる生命との「ダンス」、非理性的で無意識的な生き方は、それ以来、神の祝福を受けるようになったのである!
 リガルディと私の心理療法は1974年に終わったが、次の二年間は、お互いの連絡を欠かすことはなかった。その後私はロスアンジェルスを離れたが、さらに数年間私たちは文通を続けた。この時になっても、彼は私に魔術についての話をすることはなかった。そして1979年、不安と大きな抑圧を経験した私に、ついに彼は魔術の指導を開始したのである。その最初の指示は、一年間、毎日欠かさず<五芒星形の追儺の儀礼>を行い、その間は修行に付いては完全に沈黙すること、であった。流れは変わった。これこそが私の実践魔術への真の入門となったのである!




 錬金術実験室を作ったリガルディ

 1981年、リガルディは、生涯に亙って収集した、約二百に上る魔術道具を私に譲ってくれた。それは現在は銀行の金庫に保管されているが、最終的には英国はロンドンのウォーバーグ研究所のものとなって、将来の研究者の評価と研究の材料とされる予定である。これと期を同じくして、彼はまた別の友人に、自分の実践的な錬金術の道具を寄贈していた。彼はひそかに自宅に隣接するガレージの中に、十年近くも前から錬金術の実験室を作っていたのである! 「賢者の石」に関する彼の若いころの考え方は、錬金術の過程は一種の霊的な変革であるというものであったが、晩年彼は考え方を変え、真に「賢者の石」が実在するという考え方にとりつかれたのであった。
 鋭いナイフで小片を削り取り、毎日少量の白ワインに混ぜて飲むという<石>の話を、彼に聞いたことがある。彼はまた、密かに「賢者の石」を科学的に解明しようとしている何人かの物理学者や数学者の知人を、アメリカ中に持っていた。これは、不可避である死に反抗しようと試みる老人の幻想ではない。比喩的に言えば、これは「飛行機械」の概念を「直感的な絵」で表そうとしたレオナルド・ダ・ヴィンチのようなものだったのである!
 1981年から83年までの間、私はリガルディの下で、アリゾナ州セドナにあった彼の自宅兼個人用の<聖堂>で魔術を学習した。魔術に関する話題を全く避けていた十年前とはうって変わって、何百時間にも及ぶ個人的な指導、啓発的な会話、儀式の実践、魔術的訓練、そして暖かい人間関係の日々が続いたのである! 彼と共に過ごしたこの日々は、私にとってはまさに聖域で過ごす毎日であった。セドナの「赤い石」の光景と、そこでの静かでプリミティヴな生活。それは真に俗塵に汚されていないものを経験し得た期間であり、「魔術的隠遁」というロマンティックな概念の本当の意味での実現であった。




 マジカル・ワークの後継者を探す

 1983年の夏、リガルディと私はフィジー、オーストラリア、ニュージーランドを訪れた。それには詩的な目的と魔術的な目的の両方があった。ニュージーランドにおいてフェルキン Felkin の遺産と再び接触することで、魔術師としての彼の経歴はちょうど一巡したと言えるだろう。そして彼の中では、強力な感情と記憶が沸々と目覚めつつあったのである。魔術の「巨人たち」は全て死に絶えた、彼はかつて私にそのように言ったことがある。ニュージーランドにいる間中、彼は自分が五十年以上に亙って、注意深く守り抜いてきたこの仕事を、誰が受け継いでくれるのかといったことを深く考えつづけていたようである。
 ニュージーランドで、私はマリー・ルノーの小説を買い求め、長く飽き飽きする飛行機の中で読んだ。その時は全く気付かなかったが、その本の題名は、まさに二人の近い未来を予言していたのである。ニュージーランドからの帰国以後、私がリガルディと会うことは永遠になくなってしまった。二年後に、彼は死んだ。小説の題名は『王死すべし』であった。
 リガルディの果たした最大の功績は、魔術というものを、ヴィクトリア朝の魔術師から現代の学究へ手渡す、橋渡しを確立したことである。だが実際問題として、現在もなお活動中のGD流のグループに属さぬ研究者は、このシンボリズムと儀式の膨大で複雑な富の集積に如何に接近し、またそこから如何に利益を得ればよいのか、それこそが決定的な問題である。さらに重要なことは、GDの体系が個人の通常の人生経験の在り方を「変える」ことに成功し得たメカニズムである。
 これを理解するためには、ただ一重にたゆまぬ作業を続ける以外にはない、と私は確信する。クロウリーならば次のように言うであろう、「<作業>せよ。その方法が如何に盲目的で、愚かで、見当はずれであったとしても、それは最終的には大した問題ではない。<作業>すること、それ自体が究極的な美徳なのだ」と。これこそあらゆる魔術作業の基本となるべき必要不可欠な態度である。だがそれは、如何に辛い作業であることか!
 自らの直感に従って<初参入者>の儀式を行うことを決意した二人の女性がいる。儀式において、彼女たちは自ら<初参入者>として振舞いながら、想像力によって司官を作り出していた。二里には、勿論儀式を主催する正式に任命された<司祭>はいなかったし、また当時の二人の儀式における振る舞いの根底にある魔術の法則も知らなかったと思われる。にもかかわらず、その結果、二人はそれぞれに大きな魔術的成長を遂げたのである。そしれ最終的に、二人はさる活動中の<聖堂 [テンプル]>との繋がりができたのであった。
 最後に、私が初学者にとって最適と思われる本書へのアプローチの方法を書いておきたい。まず最初の数週間は、本書に収録されたオリジナル版へのリガルディの序文を読む。これにより読者はGDのみならず、<大いなる作業>そのものの歴史、構造、機能を知ることが出来るはずであるから、特に念を入れて何度も読むようにしていただきたい。読みながら沈思黙考し、瞑想し、またあるいは\関連する多様なイメージや観念を連想することによって、この文章は意識の中に深く根付くようになるであろう。次にお勧めしたいのは、<第一知識講義文書>wぽ読み、そこに登場するヘブライ語のアルファベットとその照応の暗記に取り掛かることである。
 GDの体系においては、ヘブライ語のアルファベットは宗教的な意味合いは全くない。その文字は「包括的」かつ「聖なる」シンボル−−−すなわち内なる世界への強力な扉−−−であって、いかなるドグマともまた外部の一般的な宗教団体とも何の関係もないのである。この文字を記憶する簡便な方法は、「フラッシュカード」を用いることである。我々が皆、小学校や外国語習得のコースで、語彙を増やす為にお世話になった方法と同様にすればよいのである(翻訳者注−−「フラッシュカード」とは、単語や数字などを書いたカードで、瞬間的に見せて素早く読み取る練習に使う)。




 毎日欠かさず魔術日記をつける

 次のステップは、一冊のノートを買って来て、魔術日記をつけることである。これは毎日欠かさず行わねばならない。例え何ひとつ作業を行なっていない日でも、また病気のときでも、ちょっと書き留めるだけでもよいのである。この日記をつけることは煩わしいとか、意味がない、あるいは単に面倒臭いといった言い訳を、何年にも亙ってどれほど聞かされて来たか知れない。だが日記は必要不可欠なものである。それは自分の成長の軌跡を記録するというだけではなく、それは自分の内なる世界、無意識との活発な会話の手段でもあるからだ。日記の付け方は個性の数だけヴァラエティがあっても、よいが日付、時間、魔術作業の記録は欠かしてはならない。魔術作業の記録とは、夢、幻想、肉体の感覚、その日の出来事、シンクロニシティ、占星学上のアスペクトやトランジット、自発的なイメージなど、学習者の選択にしたがって何を書いてもよいのである。
 この段階で、学習者は<五芒星形の追儺の儀礼>を一日二回、一年間続けるべきである。そしてこれは沈黙の誓いと共に行なわれなければならない。沈黙の誓いとは、すなわち自分の個人的な作業を他人に、たとえ同好の士であっても吹聴してはならないということである。これの目的は、「思考」を用いることによって、言い換えればある特定の象徴体系に「注意」を払うことによって、その体系を「視覚の領域」すなわちオーラの中に「構築」することであって、ちょうど彫刻家が粘土を用いて創造するのと同様の事である。
 フランスのオカルティストであるエリファス・レヴィ Eliphas Levi (本名ルイ・アルフォンス・コンスタン Luis Alphonse Constant)の用語に言う<星幽光 [アルトラル・ライト]>は、≪焦点を合わせた≫≪集中した≫思考によって鍛えることができるのである! かくしてオーラの中に創造されたシンボルは、治療、霊感、防御、そしれ感情的・心理的悪感化からの保護への扉となる。我々の内のどれほど多くの者が、周りにいる気分の落ち込んだ人間や、ネガティヴな環境に悪影響を受けた人々によって力を奪い取られていることであろうか。
 <五芒星形の追儺の儀礼>の具体的なやり方は、<第一知識講義文書>を参照していただきたい。<追儺の五芒星形>を描く時は、右手を真っすぐ前に伸ばし、ちょうど腰の左側から始めて、大きな逆向きのVを描いて腰の右側にもって来る。次に左の肩の外側まで持ち上げ、そのまま右肩に持って来るのである。短剣は上げたまま、各五芒星形を繋ぐ円を描く。
 この軌跡は、ガスの炎にも似た、金色に彩られた青い炎でイメージする。四人の大天使はそびえ立つような人物としてイメージするとよい。彼らは<東>からは新鮮な<風>を、<西>からは清い<水>を、<南>からは浄化の<火>を、そして<北>からは維持するものとしての<地>をもたらす。この儀礼には何らかの特定の効果、変化、力を期待してはならない。ただ一年の間、それが人格と生活にどのように影響を及ぼすかを注意深く、忍耐強く観察することである。理想低には、この儀式は他人の目の届かない同一の場所で行うべきであり、可能ならば日常的な邪魔の入らない場所がよい。




 学習者が次の段階でやるべきこと

 ここまで来たら、次に学習者は少なくとも一ヶ月以上かけて、<初参入者の儀礼>をゆっくりと、注意深く。観想的に読む(翻訳者注−−この儀礼は、この日本語版では第二巻に収録の予定である)。その間、依然として<五芒星形の追儺の儀礼>と、先に述べた記憶の作業は忍耐強く続けなくてはならない。入門者を<光>へと導く原動力も、もた将来の実践的な魔術の原理も、すべてはこの<五芒星形の追儺の儀礼>の中に含まれている。この儀礼の重要性はいくら強調しても足りることはないだろう。その内容、司官の降るまいと性格、また多くの言葉によって形成されるある種の魔術的な「文法」など、何を取っても極めて重要である。文体は時に極めて婉曲なものともなるが、これはただその内容さえ理解すればよいという儀礼ではなく、その内容を言葉によって合理的に理解する事なしに「経験」すべき儀礼でもあるのである! この文体はこれを容易にするものである。この一ヶ月が終わる頃、学習者は<第一知識講義文書>に挿入された<初参入者>の瞑想も行いたいと思うかもしれない。リガルディは各<知識講義文書>の終わりに挿入されたこの単純な瞑想に特に興味を持っていた様子はないが、私はそれらは非常に価値があるものであると思う。
 そのようにして<初参入者の儀礼>を終えた後は、各元素位階の儀礼と、<外陣>の<知識講義文書>に移ってもよい。元素位階の儀礼は、その表面性、すなわちヴィクトリア時代のオカルト的「決まり文句」が取り入れられているということで、さまざまな支部から批判を受けて来た。これは全くもって不当なことである!
 このような主張をする者は、完全な<聖堂>で繰り返しこれらの儀礼を行なうことで、その価値、刺激的な可能性、いつまでも続く新鮮さなどを味わった経験がないということを自ら暴露しているのである。読者はこれらの儀礼と<外陣>の<知識講義文書>については、少なくとも半年をかけてゆっくりと辛抱強く学習していただきたい。そのようにすれば実際に非常に強固な基盤ができあがるであろう!
 そしてこの点にまで至れば、<第三の書>に記された<内陣>の儀礼の研究と、<第四><第五><第六の書>の資料は理解がたやすくなり、読者の精神の中の肥沃な内なる「土壌」は強力な生命を育む種をまく準備は整うのである。ここまで来れば、文章「Z」に常に注目し始めるとよいだろう。そして、そこに含まれた可能性と霊感の豊かな富の全てを理解するには、一生をかけても足りないという事を理解すべきである。
 最後に、我々はリガルディの助言に立ち戻る。すなわち、エノキアン魔術の体系にだけは、本書に収録されたそれ以外の全ての照応を記憶し、全てのテクニックを理解し、全ての儀礼を体験した後でなければ、絶対に手を出してはならない




 自らの聖守護天使の導きに注意を払う

 以上の支持派、学習者が一人で作業する事を念頭に置いたものだが、実際に一人で作業することは極めて効果的である。自らの<聖守護天使>、すなわち個人的な<高次精神>の認識と、そこから得られる霊感と指導に注意を払う事で、一歩ずつそれに近づいて行く。「正しき」人々や状況は、準備さえ整えば、自動的に手に入るものである。オカルトの金言ではよく言われるが「生徒の準備が整えば、教師は現れる」のである。
 したがって、この修行において最も重要なのは、第一にリラックスすること、第二に、自分は一人で修行していても、常に内部から導かれているのだという事を知ることである! だが、最終的には学習者は何らかのグループと接触することになろう。その時認識しておかなくてはならないのは、以下の事柄である。すなわち、≪あらゆる≫グループというものは、たとえその内部では否定されている場合であっても、何らかのヒエラルキーすなわち「序列」をもつものであるということだ。リガルディは、GDの体系は特に、メンバー各人の暗い面、未知なる面を活性化させるのに有効であると感じていた。それは恐らくその通りであるのかもしれない。
 だが私の観察によれば、ひとりGDのみならず、≪あらゆる≫グループというものは(如何に良心的かつ合目的な集団であったにもせよ)、あらゆる種類の投影、および最終的には≪権力≫の問題に直面することになるのである! 私が教えを受けた中で、最も才能があって創造的だったある教授から数年前に聞いた話であるが、心理学研究の次の大きなフロンティア(現在では性役割の研究がそれに当たるだろう)は、権力だというのだ!
 グループに参加することで、その階層構造の中で自動的に親や兄弟の投影が増幅されると、各人の生まれ持ったさまさまな問題だけが表面化してくるようになる。このような問題において学習者を守るものは「意識」だけであるが、それを働かせるのは容易ではないのである! リガルディはこのような葛藤を克服する唯一の方法は、各人が魔術作業と共に心理療法を受けることであるという。この問題に関する彼の一歩も譲らぬ主張は、真剣に考えねばならぬ事柄であろう。




 クロウリーの絶好から七年目に立ち直る

 あるとき、ためらいがちな霧雨の中を、アリゾナ州フラグスタッフから車で帰宅途中、リガルディは私に、彼がクロウリーとの絶交から立ち直るのに約七年の歳月を要したと打ち明けたことがあった。その時彼に休息と治療の場所を提供したのは、あのダイアン・フォーチュン Dion Fortune であった。
 イングランドのグラストンベリー均衡の彼女の故郷で、若かりし日のリガルディは自分を癒し、人生を深く考えることとなったのである。フォーチュンは、フロイト派が「分析」と呼ぶ、この「新顔の」自己探求に魅惑され、「素人分析家」(当時はそう呼ばれていた)の道に踏み込んだのであった。なぜ彼女がこのように呼ばれたかと言うと、彼女は第二次世界大戦後のある時期に米国で選定された訓練、教育、あるいは免許などの制限に縛られることなく、ただ自分自身を分析することに長けたよき指導者の下で個人的に学習したからである。彼女はそのときリガルディに重要な影響を及ぼしたと私は思う。すなわち彼女は彼が経験していた混沌と自暴自棄に、思っても見なかった解決を与え、また魔術と神秘主義に興味を持っていた彼の人生の方向をより深く理解するのを助けたのである。
 リガルディは、ロンドンでユング派の分析を、そして後にニューヨークでライヒ派の心理療法を経験した。彼はユングの理論的概念には深い尊敬を抱いていたが、その自由連想法や夢分析、あるいは転移の言語分析などの技術よりも、ライヒ派の技術の方が遥かに効果的であると感じていた。その両者はそれぞれ一長一短はあるが、私に言わせれば、療法家と患者が「合う」かどうかということの方が、指導の内容よりもより顕著な問題なのである。魔術の作業と共に心理療法にも手を染める学習者は、ロバート・ラングス Robert Langs の『サイコセラピー基本教科書』 Psychotherphy, A Basic Text の初版を。参考にすべきである。その際、ラングスが「枠組み」(ユング派の言葉いうなら、「テメノス(聖域)」)は、普遍的かつ基本的なものであり、療法家が如何にそれをうまく維持するかによって、治療の結果と効果は左右される。
 1938年の『中央の柱』 The Middle Pillar の初版の中で、リガルディは次のように述べている。「これらの観念を本書で示したのは、<魔術>と<心理学>の体系的統合を本書の中で提供するためにではない。この努力が、魔術や神秘主義の技術を知る幾人かの心理学者を刺激し、この責務を果たさせる事を願ってのことなのである。この二つの離れぬように結び合わせる事に成功する者が誰であれ、人類はその者に永遠に感謝を捧げるであろう」。
 すなわち本書は、その内容を開拓すれば革新的な研究の触媒となる示唆や新しい概念が満載されているが故に、療法家にとっては計り知れぬ価値があるのである。ユングの『転移の心理学』 The Psychology of the Transference には、薔薇十字思想と錬金術に関するGD流の概念が頻出する。同署の中でユングが「薔薇」について語る時、その薔薇を<内陣>における<薔薇十字>のことと解釈すれば、連想と洞察は深く豊かになるであろう。
 そうすることでそれは難解な錬金術的言説ではなく、さまざまな実際的な目的のための強力な原動力となるのである。それに加えて、エディンガーの『エゴと元型』の中で語られる「キリストの血」あるいは四大というテーマも、ヘブライ文字「シン」に関するGDの尊敬すべき観念や、<初参入者の広間>における祭壇の上の四大の意味などと共に理解すれば、その意味は大いに拡充されるのである。
 GDの<思潮>は、リガルディの五十年以上に及ぶ忍耐強い活動が再燃させた輝かしい炎と共に生きている。その年月の間には、多くの嵐が来襲し、小さな灯火となったその炎を吹き消しにかかったことも数知れずあったが、今や本書を学ぶ者は、その<思潮>を、個人的な内なる作業によって発見するのである。それをもたらすものはいかなる外部の組織でも、金で買った秘儀参入でも、商業主義的な<位階>の達成でもない。ポール・フォスター・ケイスが『真の不可視なる薔薇十字段』 The true and Invisible Rosucrician Order に述べているがごとく、「真の<薔薇十字団>は確かに存在する。順当に、また真に準備の整った者は、時が至れば、疑いなくそれと接触を持つことであろう... 私は薔薇十字団を詐称する者を非難はしない。彼らは自らを非難するのである」。
 ルロウリン出版社とかーる・L・ウュシュケ Carl L. Weschke は、この重要な著作の最初のペーパーバック版を世に堕したという特別の栄誉を受けるべきである。参照と将来の研究の溜めに維持されてきた元来のページは、同社が高度な水準と完全なる品質でもって長期にわたって本書に関わってきた事を示す事例のたったひとつに過ぎない。1980年以来、私は多くの人々によって、人生を導かれて来た。その中の幾人かにここで謝辞を捧げたい。この版の編集者であるアヌパッサ−ナ Anupassana 、ジョージ・ヴィルソン George Wilson 、ハル・サンド Hal Sundt は、この重大かつ増補を施した並ぶものなき版に多大なる時間と責任を割いてくださった。アダム・フォレスト Adam Forrest は和が忠実なるGDの仲間兼案内人であり、シック・シセロ Chic Cicero はGDのシンボリズムを活性化してくれた。私はまた始めての<光>をくれたスティーヴン・ヘラー Stephan Hoeller に、啓発的な話と観念を与えてくれたドン・クレイグ Don Kraig に、オズ Oz に、そして私を少しは女らしくさせてくれたニューメキシコの親しい友人たちにも感謝を捧げたい。最後に、リチャード・オーガー博士 Richard Auger, Ph. D にも心からの感謝を。彼は私自身の危険な「夜の航海」に忍耐強く参加してくれたのである。
 リガルディがオリジナル版への序文を書き終えたとき、彼は自分の仕事は終わったと書いた。だが私の仕事は... そしてあなたの仕事は、<ルビーの薔薇>と<金の十字架>、それに<真の賢者の石>を捜し求める全てのフラターおよびソロール、我々すべての<作業>は、まさに今、始まったばかりなのだ!

    クリス・モナスター Cris Monnastre
    コーパス・クリスティ
    ロサンジェルス、1986年




 


苦情、要望は laziel@geocities.co.jp

back to DAATH