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クロウリーの絶好から七年目に立ち直る
あるとき、ためらいがちな霧雨の中を、アリゾナ州フラグスタッフから車で帰宅途中、リガルディは私に、彼がクロウリーとの絶交から立ち直るのに約七年の歳月を要したと打ち明けたことがあった。その時彼に休息と治療の場所を提供したのは、あのダイアン・フォーチュン Dion Fortune であった。
イングランドのグラストンベリー均衡の彼女の故郷で、若かりし日のリガルディは自分を癒し、人生を深く考えることとなったのである。フォーチュンは、フロイト派が「分析」と呼ぶ、この「新顔の」自己探求に魅惑され、「素人分析家」(当時はそう呼ばれていた)の道に踏み込んだのであった。なぜ彼女がこのように呼ばれたかと言うと、彼女は第二次世界大戦後のある時期に米国で選定された訓練、教育、あるいは免許などの制限に縛られることなく、ただ自分自身を分析することに長けたよき指導者の下で個人的に学習したからである。彼女はそのときリガルディに重要な影響を及ぼしたと私は思う。すなわち彼女は彼が経験していた混沌と自暴自棄に、思っても見なかった解決を与え、また魔術と神秘主義に興味を持っていた彼の人生の方向をより深く理解するのを助けたのである。
リガルディは、ロンドンでユング派の分析を、そして後にニューヨークでライヒ派の心理療法を経験した。彼はユングの理論的概念には深い尊敬を抱いていたが、その自由連想法や夢分析、あるいは転移の言語分析などの技術よりも、ライヒ派の技術の方が遥かに効果的であると感じていた。その両者はそれぞれ一長一短はあるが、私に言わせれば、療法家と患者が「合う」かどうかということの方が、指導の内容よりもより顕著な問題なのである。魔術の作業と共に心理療法にも手を染める学習者は、ロバート・ラングス Robert Langs の『サイコセラピー基本教科書』 Psychotherphy, A Basic Text の初版を。参考にすべきである。その際、ラングスが「枠組み」(ユング派の言葉いうなら、「テメノス(聖域)」)は、普遍的かつ基本的なものであり、療法家が如何にそれをうまく維持するかによって、治療の結果と効果は左右される。
1938年の『中央の柱』 The Middle Pillar の初版の中で、リガルディは次のように述べている。「これらの観念を本書で示したのは、<魔術>と<心理学>の体系的統合を本書の中で提供するためにではない。この努力が、魔術や神秘主義の技術を知る幾人かの心理学者を刺激し、この責務を果たさせる事を願ってのことなのである。この二つの離れぬように結び合わせる事に成功する者が誰であれ、人類はその者に永遠に感謝を捧げるであろう」。
すなわち本書は、その内容を開拓すれば革新的な研究の触媒となる示唆や新しい概念が満載されているが故に、療法家にとっては計り知れぬ価値があるのである。ユングの『転移の心理学』 The Psychology of the Transference には、薔薇十字思想と錬金術に関するGD流の概念が頻出する。同署の中でユングが「薔薇」について語る時、その薔薇を<内陣>における<薔薇十字>のことと解釈すれば、連想と洞察は深く豊かになるであろう。
そうすることでそれは難解な錬金術的言説ではなく、さまざまな実際的な目的のための強力な原動力となるのである。それに加えて、エディンガーの『エゴと元型』の中で語られる「キリストの血」あるいは四大というテーマも、ヘブライ文字「シン」に関するGDの尊敬すべき観念や、<初参入者の広間>における祭壇の上の四大の意味などと共に理解すれば、その意味は大いに拡充されるのである。
GDの<思潮>は、リガルディの五十年以上に及ぶ忍耐強い活動が再燃させた輝かしい炎と共に生きている。その年月の間には、多くの嵐が来襲し、小さな灯火となったその炎を吹き消しにかかったことも数知れずあったが、今や本書を学ぶ者は、その<思潮>を、個人的な内なる作業によって発見するのである。それをもたらすものはいかなる外部の組織でも、金で買った秘儀参入でも、商業主義的な<位階>の達成でもない。ポール・フォスター・ケイスが『真の不可視なる薔薇十字段』 The true and Invisible Rosucrician Order に述べているがごとく、「真の<薔薇十字団>は確かに存在する。順当に、また真に準備の整った者は、時が至れば、疑いなくそれと接触を持つことであろう... 私は薔薇十字団を詐称する者を非難はしない。彼らは自らを非難するのである」。
ルロウリン出版社とかーる・L・ウュシュケ Carl L. Weschke は、この重要な著作の最初のペーパーバック版を世に堕したという特別の栄誉を受けるべきである。参照と将来の研究の溜めに維持されてきた元来のページは、同社が高度な水準と完全なる品質でもって長期にわたって本書に関わってきた事を示す事例のたったひとつに過ぎない。1980年以来、私は多くの人々によって、人生を導かれて来た。その中の幾人かにここで謝辞を捧げたい。この版の編集者であるアヌパッサ−ナ Anupassana 、ジョージ・ヴィルソン George Wilson 、ハル・サンド Hal Sundt は、この重大かつ増補を施した並ぶものなき版に多大なる時間と責任を割いてくださった。アダム・フォレスト Adam Forrest は和が忠実なるGDの仲間兼案内人であり、シック・シセロ Chic Cicero はGDのシンボリズムを活性化してくれた。私はまた始めての<光>をくれたスティーヴン・ヘラー Stephan Hoeller に、啓発的な話と観念を与えてくれたドン・クレイグ Don Kraig に、オズ Oz に、そして私を少しは女らしくさせてくれたニューメキシコの親しい友人たちにも感謝を捧げたい。最後に、リチャード・オーガー博士 Richard Auger, Ph. D にも心からの感謝を。彼は私自身の危険な「夜の航海」に忍耐強く参加してくれたのである。
リガルディがオリジナル版への序文を書き終えたとき、彼は自分の仕事は終わったと書いた。だが私の仕事は... そしてあなたの仕事は、<ルビーの薔薇>と<金の十字架>、それに<真の賢者の石>を捜し求める全てのフラターおよびソロール、我々すべての<作業>は、まさに今、始まったばかりなのだ!
クリス・モナスター Cris Monnastre
コーパス・クリスティ
ロサンジェルス、1986年
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