待つのは、嫌いじゃありませんわ。
だって、たくさん待ちましたもの。ずっとずっと待ちましたもの。ほんの少しくらい待つのなんて、全然問題ないですわ。
だから私、おとなしく待ってますのよ。
そりゃぁ、ちょっとくらい文句も言ってしまうかもしれませんけれど、でもそれくらいは許してくださるでしょう?
だって、こんなに待ってるんですもの。
その姿は、珍しい事だったろう。
目前を走り去ったキールに、芽衣は我が目を疑った。ちなみにここは王宮の廊下で、先だってちょっと駆け足だった芽衣が、こっぴどく叱られた場所だ。
「ぬ〜・・・これは、ただごとじゃぁないわねぇ〜あのキールが、血相かえて走ってたもん」
そして、はたと気づいた。
「あ、そうか。なるほどね〜キールも大変だ〜ね〜シスコン兄貴がいるとさ〜」
うんうんと、訳知り顔で頷くと、芽衣はふぅとため息をついた。
「しょうがないなー殿下も。こんな日くらい、別に意地悪しなくてもいいのに。・・・後でディアーナに言っちゃおうかなぁ。その方がおもしろいかなぁ・・・どーしようかなぁ」
悪巧みににやにやとしながら、芽衣はセイリオスの執務室へ向かう為に、浮かれ気味に歩き出した。
「キールが仕事してたって事は、殿下もまだ仕事中だしね〜顔でも拝みにいきましょうかね〜」
そうして、元異世界の女子高校生で、現クライン王国の皇太子妃様は、侍女たちの目を逃れる為と暇つぶしの為に、旦那さまの仕事部屋へと遊びに行く事にしたのだった。
(新鮮なネタは、新鮮なうちにってねv)
諸般の事情で、王宮からさほど遠くない場所に、その屋敷は建っていた。市政の出身の妃殿下いわく、「馬鹿でっかい家〜」
広さと本人の意志は、比例しない。
それどころか、反比例していたかもしれない。
でも、望んだ身分とは釣合いが取れているので、ここで文句をいうのは、いささか罰当たりという物だろう。
だからと言って、全速力でここまで走ってきたキールにとってはどうでもいい事で、現在進行形で駆けている本人は、叫べる物なら叫びたかったかもしれない。
(なんでこんなに遠いんだ!)
いっそ、馬車で帰ってくればいいのだが、冷静さのかけらもないキールが、そんな事に思い至るはずもなく、不必要なまでに広い玄関にたどり着いた時には、息も絶え絶えだった。
一泊おいて、キールは考えた。
・・・少しは考える力も残っていたようだ。
(もう寝ているだろうか・・・)
結局夕飯時にも帰って来られなかったので、そういう事もありえるかと思ったが、はたと思いあたって、またもや駆け出した。
「まさかとは思うが・・・」
朝出かけに、彼女が微笑んでいたのを思い出す。
庭の花が綺麗に咲いたからと、普段気のも止めていないだろうから、そこで待っていると言っていた事を。
軽く息を乱しながら、バルコニーに続く部屋までやって来たキールは、そこに探していた人物を見つけて、胸をなで下ろした。
開け放たれた窓から、夜風がそよそよと吹き込んで、肌寒ささえ感じられた。そっとキールが近づくが、人影はぴくりともせず、椅子に座っていた。
「姫・・・」
待ちくたびれたのだろう、ディアーナはそれ程大きくもない卓につっぷして眠ってしまっていた。テーブルの上には、すっかり冷えた料理と、ささやかなサイズのケーキ。お茶を入れるはずで用意されたポットは、言い訳もできない程冷めていた。
じくりと胸が痛んだが、ぼうっとそこに立っているわけんもいかず、キールはディアーナの肩に手を伸ばした。
(冷たい・・・)
「姫・・・姫、起きてください・・・姫・・・・・・ディアーナ・・・」
軽く揺すると、ディアーナは身じろぎした。
「ん・・・?キー・・・ル・・・?」
暫くぼうっとしていたが、目の焦点が定まった途端、ディアーナは花がほころぶような笑顔をキールに向けた。
「おかえりなさい、キール!」
椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、キールの手をとる。その姿に、キールは思わず目をそむけた。
「どうかしたんですの?キール」
「・・・すいません」
「なんで、キールが謝るんですの?」
「約束していたのに・・・」
ぽんと手を打って、ディアーナはそうでした!と声をあげた。
「そうでしたわ!もう、キールが遅いから、お茶も冷めてしまいましたわ。今いれなおしますから、ちょっと待っててくださいな」
駆け出す寸前のディアーナを、キールは引き留めて、腕の中に閉じ込めた。
「すいません。謝っても、仕方ないのかもしれないですが・・・」
「大丈夫ですわ。お茶くらい、何度だっていれなおします」
「いえ・・・お茶じゃなくて・・・」
「だって、キール帰ってきてくれたでしょう?だから私、怒ってなんかいませんわ」
「姫・・・」
キールの腕の中で、ディアーナは歌うように囁く。
「だって私、いっぱい待ちましたもの。このくらい、待ったうちには、入りませんわよ」
「ありがどう・・・ございます・・・」
「まぁ、キールったら。お礼を言うのは、私の方ですのに。今日のうちにあなたに会えたのだから。それに、まだ肝心の言葉を聞いてませんわ」
腕の中でくるりと向きを替えると、ディアーナはキールの目を見上げるようにして覗きこんだ。深い紫の瞳が、わくわくと輝いている。
「・・・わすれてました」
「そうですわ、忘れてます」
「誕生日、おめでとうございます。・・・ディアーナ」
「ふふ。合格ですわ、キール。だから、遅かったのもプレゼントが無いのも、不問にしてさしあげます」
「・・・いたみいります。でも、別にプレゼント用意してない訳じゃなかったんですよ。いくら俺でも、そこまで甲斐性なしじゃないですから。すいませんが、一日遅れでも許していただけますか?」
「あら、冗談でしたのに」
「だから、ちゃんと本当に用意してたんですって。・・・取りにいくヒマがなかったんです」
誰のせいかは、あえてキールは言わなかった。が数日後、キール以外の口から洩れるので、あまり関係なかったかもしれない。
「ふふ、嬉しいですわ。ありがとうキール」
そのディアーナの言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
キールは、お約束を守ってくださいましたもの。
私は、待ってますわ。
きっと守ってくださいますもの。
★BACK★
このページは
です
無料ホームページをどうぞ