「だからさ、休んじゃいなって」
 問題ないんだからさと、キールの目の前で、少女が笑った。書類に走らせていたペンも、すっかりとその動きを止めている。
「・・・勝手に執務室に入り込んで、あまつさえすすめてもいない椅子に腰掛け、一体俺になんの恨みがあるんでしょうね。皇太子妃殿下は」
「お茶くらい出して欲しいかなぁって」
「さっさと出ていけ!この穀潰しが」
「あ、ひどーい。そいう事言うんだ、次席魔導士さまったら。不敬なんじゃないの〜仮にもあたし、妃殿下なんだしさぁ」
「敬ってるうちに出ていかないような奴に、下げる頭なんざ持ち合わせてないものでね」
「だってさぁ、全然人の話聞かないんだもん。キール」
 国を滅ぼすとまで言われた、異世界人で市政の人物で、超問題魔導士だった少女で、現在皇太子妃のメイ・フジワラは、ぶぅぶぅとキールに向かって文句を垂れ流し続けた。
「言う相手が違うだろうが」
 散々言われっぱなしにしておいてから、キールはぼそりと呟いた。
「だから、休めって言ってんでしょー大丈夫よ、このメイ様にまかせておきなさいってv」
「・・・それが心配なんじゃないか」
 見せつけるように、キールは大仰なため息をついた。ついでに頭もかかえてみる。
「なによ、ムカつく。人が親切で言ってやってんのに」
「いらぬ世話なんだよ、まったく」
「へー、じゃぁまたキールは、新婚家庭の大事な記念日をすっぽかす気なわけだ。可哀相な、ディアーナ」
   芽衣は、爆弾を無造作に放り投げた。
 キールの表情が、凍り付く。
「ディアーナの誕生日は、なんだかんだ言っても、元お姫様だから二人だけのものじゃなかったし、しかも二人だけで祝おうと思ってたら、キールはなかなか帰らない・・・しかも今度は大事な旦那様のお誕生日に、肝心要の旦那様がお仕事で、また帰らないかもしれないと。あ〜あ、本当に可哀相なディアーナ」
 立て板に水。一気にまくしたてると、芽衣はやっと部屋を出ていこうとしたのか、椅子から立ち上がった。口の悪いと有名な魔導士が、ぐぅの音も出ないでうつむいているのを満足そうに眺めてから、足音も高らかに退室した。
(・・・だから、俺のせいじゃないだろう!)
 やり場のない怒りに、キールは書類を握り潰しそうになって、慌てて思いとどまった。
 せっかくのぼりつめた地位だったが、どうも上司たちはこれ幸いと、仕事を押し付けてきているようにしか、キールには思えない。
「今更どうこうできる量じゃないか・・・」
 軽く息を吐き出して、キールは止まっていたペンを再び動かしはじめた。


 花がほころぶようなというのは、こういう笑顔の事なのだろうなと、とてもではないが他人が聞いたら「ごちそうさま」としか言えないような事を、キールは思わず考えていた。
「まぁ、本当ですの?キール」
 白い肌が、わずかに上気していっそう少女を美しくさせている。
「ええ、今日は休みをいただきました」
 ほとんど無理矢理にとは付け加えずに、キールは軽く笑ってみせた。
 キールに対してではなく、友人のディアーナに対して、多大な助力を惜しまないであろう妃殿下が、今ごろどんな騒ぎを起こしているのかは、あえて考えないようにして、とりあえず、この最上の笑顔が見られたことだけキールは感謝した。
 どうせ山積みの仕事は、明日も山積みなのだから。
「今日は、一日キールと一緒にいられるのね。それじゃ、ケーキを焼いて・・・あ、ケーキはダメでしたわね。それともどこかに出かけましょうか・・・でも、明日からまたお仕事なのに、遠出は出来ないですものね・・・」
 一緒にいられるようになってからの方が、明らかに一緒にいられる時間が少ないせいか、ディアーナはあれもこれもと思い付くらしい。
 その様子に苦笑しながら、キールはディアーナへ呼びかけた。
「姫・・・?」
「姫、じゃありませんわ!」
「すいませんね、くせでして。・・・ディアーナ、今日は俺の誕生日なんですから、俺に決めさせてもらえませんか?」
「あら、そうですわ!私ったら・・・キールは、何をしたいんですの」
「聞きたいですか?じゃぁ・・・こちらへ」





 どんな贈物よりも、あなたの声が聞きたい。
    そう、どんな物も本当は必要でさえない・・・



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