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「…なんで泣いてんの、おまえ」
言外に、キモイという言葉を飲み込んでいるのは、周囲に人がいれば全員が思ったことだろう。確かに、180センチを超えた身長の男が、泣きまねなのだとしても、おいおいと泣いていれば、薄気味悪いし鳥肌ものだ。
「だって…」
だって!
お前、英語で言うならティーンエイジャーでハイティーンだろう?
だってって、なんだよ。
どこの女の子だよ。
加具山直人は常識人だったので、後輩の奇行にもあまり酷いことは言わないでおこうと思っていた。たとえ、スパイクで蹴りつけたり蹴りつけたりすることはあったとしても。それはもう、心の底から呆れ果てたりはしていても。
仕方ねぇなぁと、思うようにしていたのだ。
最初に格好悪い所を見せてしまったので、ばつが悪かったというのもあるが。
けれどそれは、出来るだけ係わり合いになりたくないという、非情に消極的な部分の現われであっただけで、加具山自身はやはり後輩は地球外生物なのではないだろうかと思っている。
異文化コミュニケーションなんて、果たして可能なのだろうか。
加具山がどうにかこうにか言葉を飲み込んで、振り下ろそうとしていた鉄拳を震えながら、堪えている最中も、榛名元希という名のひょっとしたら来年はドラフト上位候補かもしれない本格派投手は、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。
鳴らしている。
ふいに上げた顔の目元は、赤らんでいた。
赤らんでいる。
本当に、泣いてやがった。コイツ!
加具山の全身が総毛だった。
もう我慢の限界だ。
というより、よく我慢した。そもそも我慢する必要があったのか。いやないだろう。ないよな?俺はよく頑張ったって、誰か褒めてくれ。そうさ、褒め称えてくれ。
それでも加具山は、あの日以来の忍耐力でその山場も乗り切った。
精神力は上がっている。
甲子園も夢ではないのかもしれない。
そうだ。
あの場所は、実力とそれにも増して精神力が必要だ。
全国的に名を知られていなくても、評価されていなくても、三振の山を築く投手だっている。
ああ、頑張れ俺。 大丈夫、まだ大丈夫!
「…榛名。どうでもいいんだけどさ、なんで俺。浮気した彼氏のごとく、お前に責められないといけないんだろうな?」
「だって、加具山さん。いつも誰か彼かから、プレゼント貰ってるじゃないですか!俺からの愛は、全然受け取ってくれないのに!」
後半、ろくでもないことを言われたような気もするが、加具山はあえて無視した。無視するべきだと思った。
ああ、聞えない。聞えないともさ。
「…ちなみに、それは今日の昼休みの事を言ってるんだろうか?」
「今日だけじゃないっすけど。まぁ、期間を限定すれば、今日の昼休みにも貰ってましたよね」
「お前が三年の時間割を知っているのかどうなのかは知らないけど」
「加具山さんのクラスは暗記済みっすよ」
「…その無駄な時間を、勉強に当てろよ。進級できなくなるから。プロ目指す前に、留年するぞ」
「…加具山さんが、俺の心配をしてくれている…!」
「ともかく、話を戻すが。今日、隣のクラスで調理実習があった。無難なことに、クッキーだったのは昔と違って男子も調理実習はする事になってるからだろう。で、隣のクラスには涼音がいる。当然涼音は大河に渡すし、女子は渡す相手がいればそいつに渡すだろうし、そうでなきゃ自分で食うか家族に食わすかのどれかだろう?けどな、男はそうはいかないよな?相手がいないからって、自分で食うのはあんまり寂しいと思う奴や、家になんか持って帰れるかって奴だっている。そういう奴が、たまたま俺の知り合いにいて、余ったクッキーそれも失敗作に限りなく近いものを持ってきたとしても、別に疑問をさしはさむ余地もないと思うんだが、どうなんだろうな?しかも、言っててなんだが、本当に浮気の言い訳みたいで、さっきから鳥肌が治らないんだ。だから、この話はもう終わりってことにしよう」
近年まれにみる程の量の台詞を、いっぺんに吐き出して加具山はやや酸欠気味だ。
「だけどそれだけじゃないじゃないっすか。加具山さん、今日だけじゃなくて、いつも何かしらもらってますよね」
今日だけじゃなく、いつも見られてるのか?
もはや榛名のストーキングは決定的だ。
加具山は、17年の歳月の中で、ストーキングされたのは初めてだった。いや、初めてなのは問題じゃないだろう。そんなもの、何度もされたくない。
問題なのは、榛名が男で。
なおかつ同じ部活の後輩で。
プロを目指そうかという逸材で。
ひょっとしたら、甲子園の星にでもなろうともいうべき人物だったということだろう。
「クラスの女子から、パンもらったり、おかずもらったり…」
それって、おかしなことなのか?
加具山は女子と話すのが苦痛ではないほうだった。
彼女居ない暦と年齢がイコールではあったけれど、女子と疎遠になったことはほとんどない。
クラスの女子が、あけっぴろげであまり細かいことを言わない子が多いこともあるだろうが、ほとんどが運動部に所属しているか、さばさばとした子ばかりで付き合いやすいのだ。
女子と男子が円滑にコミュニケーションが取れているので、過ごしやすい。
ずっとそうだったので、それが特別なことだなんて思いもしなかったが。
それは、そんなにおかしなことだったのだろうか?
だから、昼食に弁当のおかずがあちこちめぐりめぐったり。足りないかと思って買ったパンがあまったからといって回ってきたりすることなど、加具山にとってさしたる問題ではなかったのだ。
「…榛名。それ、しかも俺だけじゃないし」
「そんなことないっすよ。きっと、加具山さんのクラスは全員、加具山さんを狙ってるんだ!」
「お前、病院行け」
あまりのことに、加具山は付き合いきれないとばかりに言い捨てた。
グラウンドに行こう。
とてもではないが、こんな様子のおかしい人間と二人きりで部室には居られない。
耳をふさいで、部室を出る。
後ろでなにやら榛名が騒いでいたが、加具山は気にせずグラウンドに向かった。
何も聞かなかったことにしよう。
そうだ。それが良いに違いない。
きっと、気の迷いだ。
そうだ。 あんまり友達も居なさそうだし。
もてそうだけど、女子との付き合いは悪そうだから。
うらやましいに違いない。
それだけ。
それだけのはずだ。
「しっかし、女子から貰うのなんて。あいつのほうがよっぽど貰ってそうなのになぁ。ちょっと優しくしてやれば、プレゼントの山だろうに」
加具山は、ちょっとだけ先輩風で優越感に浸りながら、不安を押し隠してグランドの仲間たちに挨拶した。
間違っても、後輩の興味と恋慕が自分に向けられているとは、あえて考えないようにして。
なんか、まだ続きそうな話ですねぇ(笑)
つくづく続き物が好きだな私。
これはきっと、ちゃんとしたホモ話になる予定…
いつもよりは(笑)
そして、いつもより加具山さんが榛名に冷たい(笑)
…ご…ごめ…ん…榛名…