「おら、さっさと起きろよ!」
「ん?んー…もーちょっと…」
「…起きろってんだろ!」
がすっ!
盛大な音の割には、恐らく痛みを伴わないだろう鉄拳制裁に、いつまでもシーツの海に沈んでいたかった榛名は、もそもそと仕方なく、渋々起き出した。
その様子を、加具山が苛苛して見ている。ひっぱり起こしたいところを、色々な事情を鑑みて、必死で堪えているのだが、まどろみを享受したかった方には、全く気づいた様子もない。
「…もうちょっと、余韻とか…なんかこう…」
ぶつぶつと呟きながら、隙あらば枕を抱きかかえようとしている榛名から、枕を奪い取ってカバーを剥ぎ取り、景気良くというよりも半ば八つ当たり気味の勢いで、加具山はベッドカバーも外していく。
床の上にぺたりと座りこんでいる榛名の上に、遠慮なくばさばさと放り投げて、新しいシーツやカバーにかけ替えると、加具山は気合を入れるようにして、必要以上にきびきびと洗濯物の山を無理に一まとめにして、玄関脇の風呂場へと向かった。
洗濯物を洗濯機に放り込むと、そのままシャワーを浴びるべく、風呂場に入ってしまう。
さっさとしないと、ぐずった子供が思い立ってやってくる恐れがある。
ざぁざぁと、軽快に湯を浴びて、ようやく重く湿ったため息を吐き出す。
ほんの少し、湯の量と少なくすると、なにやらまだ大きな図体の子供がぐずる声が聞こえてくる。どうやら、シャワー中を襲うというところまで、頭が回っていないらしい。
「さっさとシャワーでも浴びてこいよ」
一人でこざっぱりとした加具山の台詞に、榛名が上目遣いで見上げる。
普段では考えられない構図にも、加具山は単に「ああ、見下ろすってこんな感じなのか」と思っただけだが。
「せっかくの休みなのに…」
「そのせっかくの休みを、本気でだらだらする気なのか?」
「だらだらじゃないっすよ。一日中加具山さんと、一緒にいるんですから」
言い合っていても、いつもの押し問答にしからならない。
だから加具山は、まだぐずっている榛名の横を素通りして、朝食の準備にとりかかった。まだ、朝食と言ってもいい時間に起きられたのは幸いだろうか。
またもや、背後で榛名の愚痴が始まった。
愛している。
愛している
愛している…
情事の最中も、待ち合わせ直後も、倦怠感の伴う痴話喧嘩でも。
絶えず繰り返される、愛の言葉。
相槌さえ打たずに聞き流し、加具山は朝食の支度を、決まった手順でこなしていく。何も考えずに。
皿に盛り付ける順番も、テーブルの上に並べる順番も。
全て、いつも通りに。
「…加具山さん。もしかして、これで帰る気でいませんか」
「帰るけど」
「えー!」
「もう有給ねぇし。平日休むの大変なんだよ。今日は午後から出社」
「だって!」
「…洗濯終わったら、ちゃんと畳んでおけよ。俺も、乾燥機付きの買おうかな。便利だし」
「加具山さん!」
「お前だって休みの日に、高校時代の先輩と会ってばっかりって訳にもいかないだろう?」
「加具山さんは、恋人」
「…なんでもいいけど。お前、いいかげんその食べ方汚いの、どうにかしろよ。いつまでも、子供じゃあるまいし」
完全にずれている会話を打ち切って、加具山は食べ終わった食器を片付ける。
そうして、飼い犬が強請るような視線を向ける榛名に背を向けた。
榛名も榛名で、いつもの会話であるためか、それ以上本気で引き止めるつもりまないらしい。
ずるずると床を這うようにして、玄関まで行くと、加具山の背にじゃれ付く。
「なぁ、榛名」
「なんですか?」
「…なんだっけ?」
「なんだ、そりゃ…」
「まぁ、いいや。思い出したら話すよ」
「出かけないって話なら、すぐに思い出してくれてもいいのになぁ」
「それはない。…じゃあな」
「いってらっしゃーい。…って、なんか新婚さんみてぇ。今度、逆でやってくださいね!」
「はいはい」
振りほどかなくても、榛名は加具山の背から離れる。
加具山は、振り向かないで玄関のドアを開ける。
がちゃりと閉まるドアの音は、どうして大きく響くように聞えてしまうんだろう。
ようするに、私はエチをさせると暗くて重い話ばっかりということです。
加具山さんが言いかけた話は。
きっと。
「俺、来年の春ぐらいに結婚するから」
読みようによっては、カグハルみたい(笑)