どこで聞いて、仕入れたか。
何をどんなふうに、吹き込まれたか。


その浮かれた顔をやや見上げて、秋丸は盛大なため息をこれみよがしについた。


練習後のミーティング。
以前は、三年だけで近所のファミレスで行われるという、やる気を疑われてもしかたのない状況だったそれは、現在ではより特殊な場合をのぞいては、部室なり、グラウンドでなり行われていた。


いつもなら、よほどのことがない限り。
この場で、榛名が発言することはない。
同意を求められた場合か、決められたことに対しての反論か。
どちらにしろ、自分からはめったなことでは提案はしないのだ。


だから、そのとき。
やや頬を紅潮させながら、小学生の発表のように手を上げた榛名に対して、ほぼ全員が少し驚いていた。
若干名。
ろくでもないことを言うに違いないと、視線を逸らせたが。


「…なんだ、榛名」


目を合わせたくなかった筆頭、主将の大河が無視するわけにもいかずに、発言を促す。
常にない勢いで、榛名は口を開いた。


「名前呼びにしませんか」


主語述語が抜けているのは、いつもの事だが、その場にいた全員の頭上に疑問符が浮かんでいた。
とりあえず、そこにいたる理由を聞かねばならないので、引き続き大河が忍耐と心で呟きながら、榛名に尋ねた。


「部員同士がってことか?」
「そうっすよ。だって、練習中に声かけるときとか、いちいち下に先輩とかつけんのて面倒くせぇし。試合のときだって、そうでしょ。やっぱ、声かけって大事じゃないっすか」


言っていることは、正しいと思われた。
いくら体育会系で、上下関係にややうるさめとはいえ(武蔵野は元来それほどうるさくもなかったが、榛名が入部した時点でさらに曖昧になっていた)練習時はともかく、試合をしている最中にまで、そんな事に気を使ってはいられない。
そしてなにより、そうすることによって部員同士に一体感ももたらされる。雰囲気も良くなるだろう。
けれど。
おそらく。
どこで、見聞きしたのかわからないが。
そのもっともな意見の大部分が、下心だということは、部員の大多数が理解してしまった。
ちらちらと視線を感じてか、加具山は訝しげな顔をした。


「…まぁ、お前の意見はもっともだとは思うけど」


さて、どうしたものかと大河が口ごもる。
このまま多数決で、さっさと決めてしまうか。
もう少し、話し合ってみるべきか。


「却下」
「は?」


驚いて、横を見ると。
影の実力者、笑顔の魔人。
宮下鈴音が、にこにこと笑っていた。


大河は、ああと天上を仰いだし。
榛名は、おろおろしながらも涼音に詰め寄った。


「えー!どうしてっすか。別に…」
「却下」
「だから、どうし…」
「大河の名前呼んでいいの、あたしだけだから」
「「「へ?」」」


にっこり笑顔で、言い切った涼音に、その場の誰もが凍りついた。


「名前で、呼んでるんすか」


付き合っているのだから、そういうことはあるだろう。
誰もが、無言で榛名に突っ込む。
いや、その前にバラされた大河を、誰かフォローしてやれよ。
聞かなかったことにしてやろうぜ。
そうだなそうしよう。
ついでに、付き合いの長い三年は主将を気遣った。


「…なんて、呼んでんすか」


大物だよ、お前は。
誰もがそう思った。
が、ひょっとしたら誰よりも榛名が動揺していたのかもしれないと、以前に決定的な証拠で振られた二年生に同情のまなざしも送られる。


「ひ・み・つ」


ウインクが。
必殺技をお見舞いされて、どう見てもそうは見えない、意外と純情青年だった榛名は、もう言葉も出なかった。
可哀想に。


「だいたいさ。榛名のそれ、下心透けてるし。動機不純でしょ。そんなことしなくても、呼んでもらえるように頑張りなさい」


それが出来たらやってると思いますよーと、榛名と付き合いの長い秋丸は、そっと涙を拭う。
哀れ榛名。
顔面蒼白。
コールドゲームでも、そんな顔はしないのではなかろうかという表情だ。


あるいは、珍品として拝むもよし。


結局は、榛名の提案はマネージャーの一言によって、最初から存在さえしなかった扱いを受けた。
だから無理だと思ったんだと、最初から忠告さえしなかった秋丸は、半ば他人事だ。凍りついて動かないエース候補のアフターケアのことなど、考えてもいないらしい。


そこに。
せっかくの提案を蹴り飛ばされて可哀想だと思ったのか。
加具山が、榛名に声をかけた。


「…元希」
「…!え、加具山さ…」
「も榛名も、どっちも三文字だし。あんまかわんねぇな」


一刀両断。


さすがの秋丸も、武士の情けで、これだけは言っておかねばと思ったか。


「先輩、それフォローになってないですから」


折角の親切だったのに、見当違いだと指摘されて。もっぱらカワイイ系とウワサの高いエースは、ちょっと首を傾げた。
恐らく、加具山には一生理解できない問題だったかもしれない。




「…後輩にもう一人、榛名ってやつがいれば、名前で呼んでもらえるんじゃ…」
「その計画は、結構遠大すぎるからやめとけば。しかも、来年先輩卒業してんじゃん」








榛名が、さらに頭のゆるい子に…
チェンジアップというより、フォークすっぽ抜け、捕手後逸。その隙に、一点追加みたいな。
ハルカグというより。
ひたすら、榛名→加具山でした。
さりげなく、主将とマネが見せつけまくり。
秋丸は、さらに酷い度アップ。


きっと、卒業したら。
呼んでもらえるに違いないですよ。
飲み屋で会ったときとか。
アルコール入って陽気になったときだけ(笑)