約束をした。
 守りたいと思った。
 悲しませないと誓ったから。



 それでも・・・
 それでも生きていて欲しいと願うのは・・・
 僕の我侭だったろうか?





 ああ、この人はこんな風に泣くのだと、アメルは大樹の根元で泣きじゃくるトリスを見つめていた。こんなに大声でしゃくりあげるように泣く姿を見るのは初めてで、どうやってもその涙を止めるのは、容易ではないと思われた。
 いくらなんでも、この場所で夜を明かす訳にもいかなかったのだが、トリスが離れようとしなかったので、アメルとバルレルが一緒に残る事にしたのだ。他にも残りたがる仲間もいたのだが、本当なら一人にさせてあげたいくらいだったので、アメルはやんわりと断っていた。
 今は多分、言葉も届かない。
 バルレルも、じっと黙っている。いつもの様に冷やかす事もちゃちゃを入れる事もしない。ただ、トリスの様子を見つめ、時折大樹へと視線を移していた。
 もしも、と思う。
 もしも彼がいたのなら、彼女の悲しみも癒される方法があるのかもしれないのに。
 そう思って、アメルはそっと目を伏せた。
(あたしの・・・あたしの天使の力が、もっと強かったら・・・)
 こんなに悲しませる事はなかったかもしれない。
 彼の気持ちを無駄にするなと言ったはずなのに、アメルがじくりと胸が痛んだ。
 愛しい人に生きていて欲しいと願う気持ちは、その願いは、とても良く理解できた。きっと誰だって、同じ気持ちになれる。
 けれど・・・
 その我侭は、きっと相手を傷つける。




 気づくいた時には、彼女はよく昼寝をしていた。
 そういえば、初めて会った時も、昼寝をしていたのだったと、アメルは思い出しながら笑った。
 あまりに気持ち良さそうだったので、可哀相だったが風邪をひいては困るだろうと、起こすために近づこうとした。
 が、同じように少女のもとに、近づく人物がいるのに気づいて、アメルは立ち止まった。
「・・・まったく、またこんな所で」
 呆れたような声音で、その人は少女の傍らにかがみ込んだ。アメルには気づいていない。
(ネスティさんにまかせておけば、安心ね)
 そっと立ち去ろうとして、アメルはふと足を止めた。
 ネスティがそんな風に笑うのを、アメルは初めて見たのだ。きっと他の仲間たちだって、見た事はないのではないかと思う。
 優しく、少女の髪を撫でている。
 なんとなく嬉しい気持ちになって、アメルはその場を離れた。





   ずっとあんな風に、見守っていたに違いない。




 一晩泣きあかしたトリスは、大樹にしがみつくようにして眠っている。時折苦しそうに、小さく呟いているのは、彼の名前だった。
「・・・ったく、バカな野郎だぜ」
「バルレル・・・くん」
「こいつの事、バカバカ言てた割には、てめぇが一番バカだったんじゃねぇかよ」
 吐き捨てるように言っても、バルレルはその場を離れようとはしなかった。不満そうに、大樹を睨みつけている。
「・・・戻ってきたら、そう言ってあげましょう?」
 アメルの言葉に、バルレルは一瞬怪訝な顔をしてから、はっとしたようだ。
「戻ってくるわ・・・だって約束したって言っていたもの」
 トリスが、泣きながら何度も言っていた約束・・・
「彼は、きっと守ると思うの・・・」
 アメルは、にっこりと微笑んだ。同じ笑顔を、彼女にも向けてあげるために。





「しばらくの間、このやんちゃ娘を世話を頼むよ」


 約束したから。
 しばらくの間だけ、彼女の側にいます。
 だから、必ず・・・





 悲しませたいと思ったことなんて、一度もない。
 嘘をつきたくなくて、傷つけたけれど。
 ずっと守っていきたかった。
 もう小さくもなく、どこまでも自分の翼で行ける君は、僕の側にはいてくれないかもしれないけれど。
 でも、こんな形で縛りつけるつもりじゃなかった。
 戻りたい・・・
 会いたいんだ、君に。




 君の声が聞きたい。


 君の笑顔が見たい。


 君をこの手に抱き締めたいんだ・・・



「ネス・・・会いたいよぉ」
 月の下で、トリスは名を呼ぶ。
 聖なる大樹と呼ばれる木の護人として、聖地の森でアメルやバルレルと暮らしはじめて、もうすぐ季節が2つも巡ろうとしている。
 あの日、ずっと泣いていたトリスの涙を止めたのは、アメルの言葉だった。
「早く、戻ってきてよぉ・・・ネスぅ・・・」
 きっとネスティは、あなたの元に戻るからと。慰めだけの言葉ではなく、心から信じている言葉で。
「眠ってるなら、早く起きて。いつもあたしの事叱ってたくせに、どうして自分は寝坊してるのよ」
 アメルやバルレルとの暮らしや、時折訪ねて来てくれる仲間たちのおかげで、トリスにも笑顔が戻っていた。
 けれど、それでも時折寂しさにかられて、そっと家を抜け出して、大樹の元へやってきていた。
 おそらく二人も気づいてはいるのだろう。それでも、トリスを咎める事は出来なかったから、気づかないふりを続けていた。
「いつもみたいにバカって言って・・・お願いだから・・・」
 子供がごねているのと同じような事を言っているのは、トリスにもわかっていた。それでも、甘えたくて仕方がなかった。
「会えたら、今度はちゃんと言うんだから・・・だから早く戻ってきてね」





 君の声が聞こえたんだ。
 何度も名前を呼んでいて・・・
 泣いているのもわかったのに、体は動かなくて。
 また一人で泣いているのだろうか?
 それとももう、僕などいなくても平気だろうか?




 それでも、会いたいよ・・・

 まだ君が、僕の名を呼んでくれるのなら。

 約束をしたのだから・・・




 そう、約束したんだ。










 空は青く澄んでいる。










「好き!大好きだよ・・・っ!」






「だからずっと・・・一緒にいてね」








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