アイランドに戻る第2飛行甲板に戻る









 

戦闘の事後処理終了後、アキトはブリッジに呼ばれた。

同じように召集されたナデシコのメインスタッフが興味深げに見ている。

「では、改めて自己紹介してもらいましょう」

プロスペクターに促されて口を開くアキト。

「…テンカワ・アキト。2…19歳だ」

特に話す事も無いのでそれで済ませるアキト。

(だいたいなんで俺だけ自己紹介をしなくちゃならんのだ?)

もの足りなさげな一同を見回すアキト。

「ではテンカワさんにはパイロット兼コックということで…」

プロスペクターの言葉に耳を止めるアキト。

「コック兼パイロット予備、の間違いじゃないのか?」

「さて?」

プロスペクターはシラを切る。アキトとしてはパイロットをやること自体は目的にかなっているので構わないのだが、それでもついこだわってしまう。

「たしかコックで契約…」

「しつもーん」

そう言って手を挙げたのは一人自分の席に座っているミナトだった。他の面々は下りてきているが現在は手動で航行中のためミナトは席を離れることが出来ない。

「はいミナトさん」

なにはともあれ、これ幸いと応えるプロスペクター。

「えーとテンカワ君だっけ?なんでバイザーなんかしてるの?それにその暑苦しい格好」

アキトの黒装束を指差しミナトが言った。

無論、宇宙航行を行う艦である以上、艦内の気密性は完璧。気温も適温に保たれている。その中で防寒用のマントなど不要だし、そもそも…浮いている。

「習慣だ。少し前まで…ある種の病気にかかっていたんでな。その関係で顔も隠している。他に持ち合わせも無いしな」

少し考えて適当な言い訳を言うアキト。実際、他に着替えがないのも確かだ。そもそもアキトの荷物は今身に着けている物だけしかない。

「じゃ、今はもういいんですね?」

メグミがそう言うとプロスペクターも促す。

「そうですね制服等はすぐに支給致します。テンカワさん?」

「…わかった」

渋々、バイザーをとるアキト。

感情を感じないというよりかはどこか厳しさを感じる顔がさらされる。

「…へぇ」

「わあやっぱり…」

なにやら感想をもらしているミナトとメグミ。

「そうだミスター、給料はコック分だけで構わないから一つ頼みがある」

ふと思い付いたアキトが言った。

「なんでしょう?」

「部屋は個室にしてくれ。少々寝相が悪いし寝言もうるさい。同室の人間には迷惑だろう」

「ふむふむ」

「少しだが護身術も嗜んでいる。寝ぼけて間接技をかけたらまずいだろう」

もっとも実際の所は人に見られずにボソンジャンプできる場所を確保したいだけなのだが。

「ではこうしましょう。士官用の個室が余っていますからそこに入っていただきます。その代わりに給料は正規パイロットの額のみ、と」

「…相変わらず食えない人だ」

苦笑するアキト。

「さて、なんのことですかな?」

こちらは眼鏡を光らせて答えるプロスペクター。

「わかった、パイロットの件は了承しよう。ただし、あくまで本業はコックだ」

「よろしいでしょう。契約成立ですな」

パンパンと手をたたくプロスペクター。

「はい、それではみなさん仕事に戻って下さい。テンカワさんは、えーとそうですね…ルリさん?申し訳ないですがテンカワさんの案内をお願いできますか?部屋はこちらです」

端末に入ったデータを確認するルリ。

「わかりました」

「ではテンカワさん、後ほど食堂に顔を出して下さい。シェフには話を通しておきます」

 

 

「すまないな」

「いえ、お構いなく」

無言で歩くアキトとルリ。廊下に足音だけが響いている。

(…そういえばユリカが何も言ってこなかったな?まぁ助かるけど…)

なにかひっかかるものを感じるが面倒はないに超した事はない。

「テンカワさん」

考え事をしている所にいきなり呼びかけられたアキトはとっさに取り繕うのを忘れた。

「なんだいルリちゃん?」

暖かな心がこもった声が見上げた優しい笑顔から響いた。

(…これはなに?)

思わず固まってしまったルリは自問する。

(…これはなに?胸が暖かい)

「どうした?」

冷静な感情のこもらない声に引き戻される。

(…これがテンカワさん。さっきのもテンカワさん)

「あのどっちが…」

「?」

「あ、いえ。…お部屋、ここです」

「ああ、すまない。助かった、それじゃ」

アキトは扉を開けると中に入っていった。

プシュー。

閉じた扉の前でルリは立ちすくむ。

(…私は何を聞こうとしたの?)

「どうしたのルリちゃん?」

「え?」

背後からの声に振り返るとユリカが立っていた。

 

 

(やれやれ)

さっきのはまずかったと反省するアキト。今、同じ艦にいるルリとアキトが別れを告げたルリは別人だ。そう頭でわかっていてもなかなか割り切れない。

(なによりも俺はどうしたいんだ?ユリカとルリちゃんに)

ユリカとの短い会話を思い出す。あの時の自分は間違いなく未来のあのユリカのつもりで話しかけていた。

(…何もかも忘れてやり直すか、それとも二人を避けるか…)

未だアキトの方針は決まっていなかった。このままではずっと中途半端なままだろう。

「とりあえずは仕事するか」

とりあえず問題を棚に上げると部屋を見回した。当然の事ながら部屋には何もない。

かつてのアキトと違って持ち込んだ荷物もない。

とりあえず制服に着替えようとして、イエローとレッドの二種類の制服がおかれているのに気付く。いうまでもなくイエローはコック(その他生活班)用として、レッドはパイロット用の制服、である。整備員用はブルー。つくづくカラフルだ。

「かなわないなプロスさんには…」

そう呟きながらイエローの制服を手に取るとマントを脱ぎ捨てた。

今はまだ、闇の王子の出番はない。

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

第2話 『大切な人はどこにいますか?』

 

 

 

 

「へぇなかなかいい手つきだね」

チャーハンを作っているアキトの手並みを見ていたホウメイが言った。

「味の方はどうです?」

アキトに言われて一口味見するホウメイ。

「こいつは!?」

(まだ練りが足りないが、あたいの基準でも十分に一人前だ。しかもどうだい、こりゃあたしの味にそっくりじゃないか?)

思わずうなるホウメイ。

「ホウメイさんにはまだまだ遠く及びませんけど」

「そりゃ謙遜だよテンカワ、上等だ。いや、飛び入りのコック見習いって聞いてたけどとんでもない、こりゃ大助かりだ」

「ありがとうございます」

(どうやら腕はそんなには落ちてないらしいな)

ホウメイが本気で言っているのはわかっている。

「得意な料理はなんだい?まかせるよ」

「はぁラーメンと…」

「アキトーっ!!」

大音量がアキトの声を遮った。

「あん?」

ホウメイが振り返るとルリを連れたユリカがテーブルに座って手を振っていた。

「おや艦長じゃないかい?」

「…あいつは」

アキトは頭を抱えた。

 

 

ホウメイに一言ことわるとアキトはユリカに詰め寄った。

「あのなユリカ!俺は仕事中なんだぞ!」

既にアキトの脳裏から先刻の悩みは消えていた。ほとんど条件反射でユリカに怒鳴っている。げに習慣とは恐ろしい物だ。

「わかってるよ?私はただルリちゃんと一緒に食事に来ただけよ」

ユリカに平然とした顔で言われて視線をずらすアキト。

「…ほんとうルリちゃん?」

「ええ、本当です」

ルリの様子はいつもと変わりない。おそらく本当なのだろう。

「じゃ、しょうがない」

アキトは気分を切り替えるとルリに微笑む。

「ルリちゃん、なに食べる?」

「え?」

アキトはルリの戸惑いに気づいた様子はない。

「ぶーぶーアキトってばルリちゃんばっかりかまってる!」

「あのな…」

お前はいくつだ、と突っ込みたいアキト。

「えへへアキト」

「なんだよ、変な奴だな」

「着替えてからアキト優しい」

「へ?」

「なんだか黒づくめのアキトってしゃべり方とか違ってて、アキトじゃない感じがするのよね。ね、ルリちゃん」

「私は…」

戸惑うルリ。

今日会ったばかりの人。ウィンドウ越しに感じたのは感情の無い冷静な…そう自分のように。なのに今この人は自分をルリちゃんと気さくに呼んでくれる。そして不思議な事に自分もそれが嫌じゃない。すごく自然に…

「ルリちゃんを困らせるな」

その一言で我に返る。

「プンプン。ま、いいや。ルリちゃん一緒でいい?」

「はぁおまかせします」

「じゃ、アキト注文しま〜す」

「へいへい」

「テンカワ特製ラーメン二人前、大至急ね(はぁと)」

ユリカは罪のない笑顔を浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

「……………ユリカ?」

硬直したアキトを無視してユリカはルリに嬉しそうに話し掛ける。

「アキトのラーメンってとってもおいしいのよ。ルリちゃんもすぐに気に入るよ」

「そうなんですか。でも、テンカワさんの様子が変ですよ?どうかしたんでしょうか?」

横目でアキトの様子を観察するルリ。

(なんだか汗もかいていますけど大丈夫なんでしょうか?)

「………」

顔色も青くなってきたアキトをよそにユリカは上機嫌で続ける。

「気にしない気にしない。それよりルリちゃん、アキトのことはアキトさんって呼んでもいいよ。他の人は駄目だけどルリちゃんだけ特別大サービス」

「そう言われましても…」

「ユリカ!!」

「わ、驚いた」

両手を広げておどけるユリカ。

「おま、おま、お前な!!」

「ほらほらルリちゃんが驚いてるよ。それに早く仕事に戻らないとホウメイさんに怒られるよ」

鉄面皮ならぬ鋼鉄の笑顔を浮かべるユリカ。こうなったら何を言っても無駄だ。

(ったく、こいつは…)

「………ふぅ」

自制心をフル動員して気を落ち着けるアキト。

そこでやっと不思議そうな顔で自分を見ているルリの視線に気付く。とりあえず迂闊なことは喋れない。だがどうしても確認しておかなければならないことがある。

「…ユリカ。お前はあの、その、つまり、えー…とにかくあのユリカなのか?」

ユリカはそれに答えずただ、

「また3人で屋台引こうねアキト」

そう言って微笑んだ。

(やれやれ)

アキトは天井を仰ぐと大きく息を吐き出した。

(結局、俺はどこまでもこいつに振り回される運命にあるのかね)

おもむろにユリカの前に置いてあったお冷やを手に取ると一気に飲み干した。

「ふぅ………ラーメンはまた今度だ」

「えー!?」

「当然だ。スープも何も仕込んでないのにできるか」

「じゃあじゃあチャーハン!」

「…しょうがないな。おとなしく座って待ってろ。…あ、ごめんねルリちゃん驚かせて。すぐにできるから待っててね」

「あ、はい」

「アキトお腹空いてるから大急ぎね〜」

「るせぇっ!」

アキトは厨房に戻っていくとなにやらホウメイと話している。ルリの視線がずっとそこに注がれているのを見たユリカは笑みを浮かべた。

「どうしたのルリちゃん?」

ぼーっとしているルリに話しかけるユリカ。

「…自分でもよくわかりません」

「そ」

ユリカはそれ以上詮索しない。ただこういっただけだ。

「今度はラーメンを食べようねルリちゃん」

 

 

「はぁ」

ため息をつくアキト。だが手はしっかりとした手つきでチャーハンを作っている。

(…ま、化かし合いじゃユリカにはかなわないよ)

自然に自分の顔がほころぶのにアキトは気がついていなかった。

 

 

「ねぇねぇ艦長とアキトさんってどういう関係だと思う?」

「とりあえずかなり親しいのは間違いないわね」

「ひょっとして恋人?」

「でもそうなら他の女の子を連れてきたりしないんじゃない?」

「でもでも格好いいよねアキトさん」

「「「「うんうん」」」」

うなずき合う5人にホウメイが怒鳴った。

「あんたたち仕事しなよ!」

「「「「「はーい」」」」」

 

 

 

 

「おいしいルリちゃん?」

大盛りのチャーハンをみるみるたいらげていたユリカがふと顔を上げると聞いた。

「はい」

「ありがとう」

肘を突いて見守っていたアキトが言った。

「お世辞じゃないですよ」

「わかってるよ」

そう付け加えたルリに微笑むアキト。

ちなみにアキトが食堂に来た時にはお昼時はとうに終わっていたので手が空いている。

 

 

とりあえずお皿が空になったところでアキトが口を開く。

「それで、どういうことなんだよユリカ?」

「えーと、長くなるから、落ち着いてから話すね」

「落ち着いてって、いつ?」

「うーんと、宇宙に出て火星につくまで暇でしょ?」

「あぁ、そうだったな」

「そのときに」

「何のお話ですか?」

こちらも食べ終わったルリが口を挟む。

「え?」

「あ、えーとこれまでどうしてたかって話だよ」

「会うの数年ぶりだからね」

「あ、そうなんですか?」

「でもやっぱりなんだか落ち着くね」

「…そうだな。もう二度と無理だと思ってたよ」

「………」

うつむくユリカ。アキトはユリカの頭に手を伸ばすとユリカの髪をくしゃくしゃと掻き乱した。

「泣くな」

「だって…」

「どうぞ」

ルリが差し出すハンカチを受け取るユリカ。

「ごめんねルリちゃん」

「いえ、おかまいなく。私、少女ですから、大人のことはわかりません」

すましているつもりでも落ち着かないルリ。

知ってか知らずか微笑むユリカ。

「ふふ。ねぇルリちゃん?」

「なんでしょう?」

「ルリちゃんさえよければ時々三人で食事しない?」

「…別にかまいませんけど」

よくわからないのでとりあえずそう答えるルリ。

「やった!ルリちゃん大好き!」

「………」

ユリカに抱きつかれて赤面するルリ。

「おいユリカ。ルリちゃんが困ってるぞ」

「あ、いえ私…」

「えへへ、アキトうらやましいでしょ?」

「…おまえ」

アキトの額に青筋が浮かぶ。

「おーいテンカワ。そろそろ戻っておくれよ」

「うーす…それじゃまたねルリちゃん」

「あ、はい」

「アキト、私には?」

「さっさと仕事に戻れ!」

 

 

翌日、再び食堂。

3人はまたもテーブルに会していた。どうやらアキトの忙しい時間帯を把握した上で食事に来ているらしい。

「説明?」

ほうじ茶を飲んでいたアキトが聞き返す。

「うん。例の話」

「………」

カチャカチャという音に声が混じる。

「あ、あああれか。ということは…」

「あ、そうだね。どうするアキト?」

「………」

「そうだな…十人やそこらなら簡単だけど」

「えーアキトすごいんだ!」

「………」

「たいしたことは…じゃなくて、さっさと食え!」

怒鳴るアキト。

「ぶールリちゃんアキトがいじめるぅ」

「お前は子供か!?」

まがりなりにも戦艦であるナデシコ。戦闘中ではないとはいえ艦長が食堂でだらだらと時間を潰していてもいいとはいえない。

先に食べ終わったルリは駄々をこねるユリカを両肘をついてのんびりと眺めていた。

「ほんとばかばっか」

 

 

 

『艦長のミスマル・ユリカです。これから重大な発表があります。みなさんそのままでお聞き下さい。…プロスさんお願いします』

ウィンドウの中ではプロスペクターが火星に向かう件について説明している。

「へぇ火星にねぇ」

妙にのんびりしたホウメイの声に顔を上げるアキト。火星に行くという事に対してホウメイは特に何の感慨もないらしい。軍艦に乗る事に慣れている為かそれとも。

「…そろそろか」

ジャガイモの皮むきをしていた手を止めるアキト。

「ホウメイさん」

「なんだい?」

「ちょっと野暮用で部屋に戻りたいんすけどいいっすか?」

「しょうがないね。早く戻ってきておくれよ」

「はい」

(…ご心配なくホウメイさん。すぐに戻ってきますよ)

 

 

「本艦はこれよりスキャパレリプロジェクトの一環として火星に向かいます」

「火星〜?」

「そうです火星です。かつて木星蜥蜴が侵攻してきた際、連合軍は火星から撤退しました。ですが火星に残された人たちは?」

「…死んじゃったんじゃないですか?」

「わかりません。本艦はそれを確認しに行くわけです」

「火星ねぇ」

 

 

「そうはさせないわよ」

「ムネタケ!?」

「ふふ。提督、この艦をいただくわ」

自信満々で宣言するムネタケ。背後に数人の武装した兵士が配置につく。

「血迷ったかムネタケ!?」

「その人数で何ができる?」

特に身構えるでもなくムネタケの背後に視線を向けているゴート。

「おあいにく様、出航前に潜入した私の部下がとっくに…」

「とっくに眠っている」

「はいぃぃーーーっ!?」

いきなり背後から聞こえた声に飛び上がるムネタケと手下達。

「アキト(はぁと)!」

嬌声をあげるユリカ。

黒いマントに身を包みバイザーをつけたアキトが立っていた。

 

 

「やっぱりアキトは私の王子様だね!ところでなんで着替えてるのアキト?」

『うんうん』

ユリカの素朴な疑問にうなずく一同。

「…後で話す」

アキトとしては自分なりに覚悟を決めるための戦装束ととらえている。

これに身を包めば目的のためにあくまで非情に徹することができる。

 

『例えヨロイをまとおうと、心の弱さは守れないのだ!』

 

北辰の言葉がよみがえる。

(…だとしても、俺にはその鎧がまだ必要なんだよ)

まぁ理由はそれだけではないのだが…

「ちょっと聞いてんの!?」

「?」

どうやらさっきからわめいていたらしいムネタケの声に気付くアキト。

(相も変わらずやかましい奴だ)

「あたしの部下を眠らせたなんてはったりはやめなさい!」

「はったりかどうかはすぐわかる。…セイヤさん?」

スパナを構えたウリバタケのウィンドウがともる。

「おうテンカワ。こっちは異常ないぜ」

ウリバタケの背後にはがんじがらめにしばられた男達が転がっていて、整備員達が取り巻いている。うなずくと別のウィンドウを呼び出すアキト。

「ホウメイさん?」

「「「「「いじょうありませーん!!」」」」」

ウィンドウいっぱいにホウメイガールズの顔が表示される。

「………」

しばし、無言になるアキト。

五人の顔が別々の方向に消えると、まとめて縛られた男達のそばにフライパンをもって立つホウメイが映る。

「まだお昼の仕込みが終わってないんだからね。早いとこ片づけなよ」

そう言ってホウメイは豪快に笑った。

ついと顔だけムネタケに向けるアキト。

「他も見るか?」

「ぐぐぐ!ならここを制圧するまでよ!あんたたち!」

ムネタケの号令一下、兵士達がライフルを構え直す。だがそれよりも早くアキトのマントが翻った。

「ぐぇ!」「がっ!」「ごほっ!」「ぎぇぇぇーっ!」

ガッ、ドサッ、バサッ、ゴン

ゴートの足下に男達が次々と積み重なる。手早く、いや足早くライフルを蹴飛ばすゴート。

「…さぁどうする?」

ライフルを一丁拾い上げるとゴートが言った。

「こ、これで勝ったと思ったら大間違いよ!あたしには強力な援軍が…」

ふっと鼻で笑うアキト。

「動いていないならまだしも、正常な状態のナデシコにとって連合軍の戦艦など何隻いても同じ事だ」

「ど、どうして!?」

それまで事態の推移を見守っていたユリカが口を開く。

「ミナトさん、進路速度そのままでディストーションフィールドを展開して下さい。ルリちゃん、付近を探索して下さい。おそらく海中に連合軍の艦隊がいるはずです」

「りょーかい」

「了解しました。………発見。連合軍と思われる艦艇6隻及び休止中のチューリップを海中に確認」

「………チューリップの動向に注意して下さい」

少し間を置いて答えるユリカ。

「連合軍はどうします?」

「うーん。放っといていいよ」

「なんですって!?」

「了解」

「ちょっとぉ!?…がっ!!」

わめいていたムネタケが前のめりに倒れる。

「…しばらく黙ってろ」

 

 

しばられたムネタケ達が運び出されるとユリカが口を開いた。

「プロスさん」

「はいなんでしょう艦長?」

「この先はネルガルと軍の話し合いになるでしょう。交渉はおまかせします」

「わかりました。…ところでテンカワさん?」

「…なんだ?」

来たな、と思いつつ答えるアキト。

「お見事な手並みでした」

「特別手当てでも出るのか?」

「考慮しておきましょう。時にあなたの“護身術”はかなりのもののようですな」

「“護身術”というのは身を守る為の技術だからな。“格闘技”や“武術”と違って敗北する事は許されない」

「なるほど…」

他の人間を置き去りにして、なにやら渋い空間を作る二人。

「連合軍の艦隊に動きが有ります」

そう報告すると付近の平面図を出すルリ。

ナデシコの周囲のマーカーがナデシコに向かって接近してくる

「害虫の駆除も終わったし俺は失礼する」

「どちらへ?」

「…本業だ。俺はコックだからな」

そう言ってアキトは口の端に笑みを浮かべた。

 

 

アキトが出ていったブリッジ。

「…普段のテンカワさんもいいけど、あの格好している時のテンカワさんも格好いいですね」

「そうね。普段はどっちかというと母性本能くすぐられる感じだけど、さっきのはなんかちょークールって感じ」

「あーっ駄目ですよメグミちゃんミナトさん!アキトは私の王子様なんだから!!」

「えー」

「駄目よ艦長。こういうのは自由にやらないと」

「駄目ったら駄目ぇ!!」

駄々をこねる子供並に叫ぶユリカ。

「…連合軍艦隊浮上してきます」

どこか冷たい声で報告するルリ。

「あ、ルリちゃんなにか怒ってる?」

「いえ、別に」

「ごめんね。アキトは私とルリちゃん二人の王子様よね」

「…馬鹿」

「「お、お」」

ずずい、とルリの方によるミナトとメグミ。

「艦長!」

フクベの声に席に戻る二人。

「はい提督なにか?」

対照的に何事も無かったかのように答えるユリカ。

「ミスマル提督が待ちくたびれている様だが…」

「へ?」

なにやらいじけているコウイチロウがウインドウに映っていた。

 

 

「じゃあひとまずお話だけでもお伺いしましょうか」

「そうですね。聞くだけは聞きましょう」

「ちょっとユリカ、プロスペクターさん…」

気苦労のたえないジュン。

とはいえ、ナデシコ側は艦内を不法に制圧しようとした兵士をとらえた後なので立場が強い。

毅然とした態度を崩さないコウイチロウの姿勢は大した物だがそれはそれ。

「早く本職に戻りたい…」

ぼやくアキト。エステに乗るために既にパイロットスーツに着替えている。だが、どうも服を着替えたせいか今までの反動か通常の服を着ていると情けない台詞ばかりが口をつく。

「つくづく変な奴だな、あいつは」

指示を出しながらウリバタケが呟いた。

小一時間ほど前のアキトはまさに別人だった。銃を構えた兵士達の中に飛び込むとあっという間に全員をのしてしまった。その後、ウリバタケ達に指示を与えるとすぐに次の場所へと向かっていった。余計な事は一切言わない。無駄な動きもしない。威圧感さえ感じた。

だが、今のアキトは、

「俺はコックなんですけど〜」

などとぼやきながら渋々とした顔でエステに乗り込むとウリバタケ達の指示に唯々諾々と従っている。どちらかというとたよりなさを感じた。

(ホントに同一人物か?双子の兄弟とか言うなよ)

そう思っているのはおそらくウリバタケだけではあるまい。

ちなみに現在ナデシコは停船して海面に着水している。エンジンを停止して停船しているだけなのでマスターキーを抜いた訳ではない。

「なんだかな〜」

よっこいしょと捕虜を詰め込んだコンテナを持ち上げるアキトのエステバリス。

(…まあガイが足を折ってる以上仕方ないけどさ)

無論、それにとどまらずこの後起こるであろうチューリップの攻撃への対処とガイが射殺されるという事態を防ぐ目的もある。

「では行きますよ」

プロスペクター操縦のヘリがナデシコを離れるとその横にアキトの空戦フレームが並ぶ。護衛ということで一機程度なら構わないだろうとコウイチロウの船に着艦を許可されている。その一機が容易に自分の艦隊を殲滅できることをコウイチロウは知らない。まだまだ情報が足りないということだ。

「しかし、腕だけは確かなようだな」

手が空いたウリバタケが呟く。エステバリスの動きにはまったく無駄がなかった。その点においてのみあの二人は同一人物なんだと納得できた。

 

 

 

例によって交渉するプロスペクターやジュンとは別室でコウイチロウと対面するユリカ。

テーブルにはずらりとケーキが並んでいる。

しかし、本当にそれでいいのかあんた達?

「さぁたーんとお食べなさい」

「はいお父様………あ」

最初の一口を食べかけて途中でフォークを止めるユリカ。

「どうしたユリカ?」

「あのお父様、このケーキ持って帰ってもいいですか?」

「別に構わないが…どうしてかね」

「食べさせてあげたい女の子がいるんです」

ユリカはひどく真剣な顔付きで言った。ナデシコをどうするかなどよりも遥かに重要な問題らしい。

「………」

コウイチロウは目を細めると一人の部下を呼んでケーキの詰め合わせを用意するように指示する。

「ありがとうお父様」

「なに」

安心したユリカは今度こそわき目もふらずケーキを食べ始めた。

 

(そういや前はこの頃にゲキガンガーを上映したんだよな。今度はどうなるんだろう)

エステバリスのコックピットでぼーっと考えているアキト。

後で聞いた話によると結局ガイは自室でゲキガンガーを見ていたらしい。

 

 

「ところでお父様」

そうユリカが言ったのは空のお皿が10枚ほど積み重なった時だった。

「なんだいユリカ?」

「私に同行したエステバリスのパイロットさんなんですけど…」

ナプキンで口元を拭くユリカ。その瞳の色が変わってきているのにコウイチロウはまだ気付いていない。

「エステバリス?…ああ、あのロボットだな」

「ええ。そのパイロットの人の名前がテンカワ・アキトって言うんです。ご存じですよね?」

「テンカワ、テンカワ、はて?」

「火星にいた頃お隣にいたテンカワご夫妻の息子さんです」

「ああ…なるほど。しかし、ユリカ子供の頃の事なのによく覚えていたね」

「ええ。でもアキトのご両親は私たちが火星を離れた日にお亡くなりになったそうですけど…」

少し沈んだ顔になるユリカ。

(アキトのご両親てことは私の両親だもんね)

…そういうことらしい。

「…知っていたのか?」

コウイチロウの声に驚きの色が混じる。

「お父様のお心遣いはわかります。でも私ももう子供じゃありません」

「…そうか」

「この戦争が終わったらアキトと結婚します」

「うむ………ぬぅわぁにぃぃぃぃーっ!!!!!!!」

「赤ちゃんもたくさん生みますから楽しみにして下さいね」

「ユゥリカァァァァーーーーーーーッ!!!!!!!」

「落ち着いて下さいお父様」

「これが落ち着いてなどいられるかーっ!?」

「お取り込み中失礼します」

ドアが開くとプロスペクターが顔を見せる。

「あ、プロスさん。終わりました?」

「ええ。…結論を申し上げます。ナデシコはあくまでネルガルの所有物でありその行動にいかなる制約も受ける必要はありません」

「ユリカァァァァァァァッ!!」

「…どうやら聞こえていないようですね」

少し残念そうな顔で呟くプロスペクター。

「ユリカ、おじさん…じゃなかったミスマル提督と何かあったの?」

いつにも増して激しいコウイチロウの取り乱し様がさすがに気になったのかジュンも尋ねる。

「ううん。別に何にも」

ふるふると首をふるユリカ。

ブーブーブー

「あ、警報鳴ってますよお父様」

「ユリ………何事だ!?」

突然、真顔に戻るコウイチロウ。すぐさまブリッジに連絡を取る。

親馬鹿であっても優秀な軍人であることに変わりはないらしい。

 

 

「何事だ!?」

「チューリップが急に活動を開始しました!」

「まだ生きていたのか」

「護衛艦パンジー、クロッカスより救援要請!」

スクリーンの中でパンジーとクロッカスがチューリップに飲み込まれていく。

「各艦戦闘態勢!! さぁ、ユリカ今こそ…ってユリカ?」

ユリカ達の姿がないのに気付くコウイチロウ。

「あれユリカ?」

言われて辺りを見回すジュン。

「提督!」

コウイチロウの部下がスクリーンを指さした。スクリーン上にはユリカとプロスペクターの乗るヘリが映っている。

「どこへ行くユリカ!?」

「え?ナデシコへ帰るんですけど」

「なにぃ!?」

「ユリカ!ミスマル提督にナデシコを引き渡すんじゃなかったの!?」

「え?でもプロスペクターさんが引き渡さないって言ってたでしょ?」

「ユリカ!?」

「それに私はナデシコの艦長です。たとえどんなことがあろうと自分の艦を見捨てるような事はいたしません。それはお父様が教えて下さったことです」

「…ユリカ」

「じゃ、お願いします」

「はい」

ゆっくりと離陸するヘリ。

「アキトーっ!」

ユリカは眼下のエステバリスに呼びかけた。

『わかってる。早いとこ頼む』

「りょうかいっ!!」

そう答えるとヘリは速度を増してナデシコの方角へと飛び立った。

 

ユリカのウィンドウが消えると、スクリーンの中のアキトはコウイチロウに向き直った。

「…テンカワ君か?」

『…お久しぶりです、おと…おじさん。生前は父と母がお世話になりました』

「…君は」

『…では』

アキトの顔が消える。

他のスクリーンではちょうどアキトのエステバリスが飛び立つ所を映していた。

 

 

いつもより人影が少ないブリッジにユリカのウィンドウが現れた。

『ルリちゃん現状は?』

「今のところ異常はありません。ナデシコが相転移エンジンを停止しているため、敵の注意は連合軍の方に向いているみたいですね」

そうルリが報告するとユリカは少し考え込む。

『…ヘリの到着を待って相転移エンジン始動、ディストーションフィールド展開。ミナトさん、連合軍とチューリップの間にナデシコを割り込ませるような進路を設定して下さい。ゴートさん現状でミサイルの発射は可能ですか?』

「問題ない」

『ではチューリップの前面に…あ、いえ今のは撤回します。エンジン始動後、グラビティブラストエネルギーチャージ、以上です』

 

 

「よろしいんですか艦長?」

通信が終わるとプロスペクターが聞いた。

「信じてますから!」

にっこり笑って答えたユリカにプロスペクターも笑みを返した。

 

 

「それにしても遅いな…」

ナデシコではない、チューリップの触手とエステの反応速度だ。

アキトにしてみればチューリップの触手など止まって見える。また、現状では最新鋭とはいえ量産初期のエステバリスではアキトの反応に完璧に追随することは不可能だ。

(しかし陸戦フレームだけじゃなく空戦フレームでもこれじゃ、0G戦フレームも期待薄だな)

「もっとも…それをどうにかするのがパイロットの腕か…」

『テンカワさん』

「なんだいルリちゃん」

くるっとエステバリスを一回転させながら答えるアキト。直前までエステのいた空間を触手が薙ぎ払う。

横目で別のウィンドウを確認すると、ナデシコがこちらに進路を取っているのが見えた。

『グラビティブラスト発射します。射線はこれです。退避して下さい』

「了解」

ウィンドウに表示されたグラビティブラストの射線を一瞥するとアキトは急上昇をかけた。

 

 

「テンカワ機の退避を確認」

「グラビティブラストてぇーっ!!」

ユリカの号令と共にナデシコから放たれた重力波が触手を消し飛ばし、チューリップの横腹を直撃する。

海上に破片をまき散らし盛大に火花をあげるチューリップ。あちこちで小さな爆発が起こっている。

「チューリップの反応はどうですか?」

「エネルギー値急速に低下。完全に機能を停止したのかどうかは判断できませんが、少なくともしばらくは動く心配はなさそうですね」

「是が非でもチューリップを破壊しなければならない理由はないな」

ルリの報告に続けてフクベが言った。ユリカもうなずく。

「おっしゃるとおりです。アキトが帰投次第、現海域を離脱しましょう」

 

 

 

「ナデシコが移動を開始しました」

「追撃しますか?」

「…現有戦力ではナデシコの拿捕は無理だ。任務遂行は不可能と判断する」

「提督」

「我が艦隊はこれより基地へ帰還する」

「はっ」

慌ただしくなった艦橋を出るコウイチロウ。

どこかしら沈んだ雰囲気を漂わせている。

(さすがの提督も参ったんだな)

乗組員達はそう考えていたが実際はやや異なっていた。

「提督」

「アオイ君か」

「………」

「部屋を用意させる。君も少し休みたまえ」

「ですが!…いえ、わかりました」

うなだれるジュンをその場に残しコウイチロウは歩み去る。

廊下にはただコウイチロウの足音だけが響いていた。

我知らず口を開く。

「………親はなくとも子は育つ、か。テンカワ夫妻、私は…」

 

 

つづく

 



艦長からの謝辞

はい、艦長です。
神崎悠さんから引き続いて第一話です!

いわば劇場版のアキトとTV版のアキトが同時に存在しているようなモノでしょうか。
ある時はクールに。
ある時はとぼけて(笑)

ってことはフェロモン指数も二乗か?(爆)

さて、神崎さんは3作目ですので大尉さんに昇進です。

続きがとっとと読みたいんだったらメールだ!


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