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人は言います、人は変わる、と。

でも、人は言います、人は変わらない、と。

死んだはずのあの人と再会したとき、

あの人は変わっていました、私も変わっていました。

でも、あの人は変わっていませんでした、私も変わっていませんでした。

だから私は思います。

人は変わる、でも変わらない、のだと。

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

くしゃみと同時にルリは目を醒ました。

(居眠りしてしまいました…)

身体を起こすと上半身に掛かっていた毛布が膝に落ちた。

視線を転じると、三郎太とハーリーがルリの方を見ていた。

他の乗員は気を利かせたのか気づかなかった振りをしてくれている。

ルリはかすかに頬を染めてうつむいた。

 

 

<ナデシコCブリッジ>

 

「もしかして風邪っすか艦長?今年のはタチ悪いらしいですから気をつけて下さいよ」

「あ、えと、お、おはようございます」

それぞれの挨拶を送る三郎太とハーリー。

勤務中に居眠りしてしまったルリとしては返す言葉もないが、礼を言うのは忘れない。

「…毛布、ありがとうございます三郎太さん」

「あ、俺じゃなくてハーリーです」

「そうだったんですか…ありがとうハーリー君」

ハーリーの方を向いて礼を言うルリ。

「あ、いえ、そんな、とんでもない!」

顔を赤くしてギクシャクと答えるハーリー。

ルリが寝ているのに最初に気づいたのも三郎太なら毛布をかけるようにハーリーに指示を出したのも三郎太なのでハーリーとしては対応に困る。

「さぁ仕事仕事!」

そう言いながら展開したウィンドウの陰に隠れるハーリー。

そんなハーリーを横目で楽しそうに見ながら三郎太は席を立つ。

毛布を畳んでいるルリのそばへやってくるとルリと視線が合うように身体を曲げて覗き込んだ。

「…本当の所、大丈夫ですか?」

普段見せない真面目な目で聞いた。

「ええ、誰か噂してるんです、きっと」

素直に答えるルリ。

今回は本当なので嘘をつく必要もないのだが、今の様に時折三郎太は真剣な顔をする時がある。そう言うときルリはどうしても嘘がつけない。自分を心配してくれているとわかってしまうからだ。

「それならいいんですけどね」

おとなしく引き下がる三郎太。すでに表情はいつものものに戻っている。

ナデシコCの定期テストが行われていた。

「まあ、訓練ですね。素直に訓練といえばいいんですけど…既に実戦で戦果を挙げているナデシコCですが、あくまで実験艦という名目がないといろいろと面倒があるみたいです。お役所仕事は大変ですね。ま、私も軍人なんですけど。そんなわけで、ナデシコCは一旦ナデシコBと同じ実験艦として艦籍登録をしなおしました。したがって実験艦である以上、たまには実験も行わないといけないんです。そこでたまに訓練を行ってそれを実験扱いにしているというわけです」

「艦長、誰に説明してるんですか?」

カメラ目線のルリの背後に三郎太が顔を出した。

「あ、気にしないで下さい」

「はぁ」

頭をかく三郎太。

一足先に自分の準備を終えて、他のクルーの準備を待っていたルリだが、疲れがたまっていたのかつい眠ってしまったのだろう。

(…実際の所は心労だろうな)

そう三郎太は推測していた。

ナデシコCはもちろんルリの処遇もいまだ決まらないままだ。

現在は、ナデシコCはネルガル所属のままで、クルーは宇宙軍の軍人である旧ナデシコB要員という、ある意味旧ナデシコAと同じような状況のままである。ルリ自身確固とした希望がないこともあり、ルリの身柄は(同時にナデシコCの所有権ということにもなるので)あちこちの勢力の駆け引きの的となっていた。

(ま、一番の原因は別だろうがね…)

「艦長、夢でも見ましたか?」

「夢、ですか?いえ、覚えていませんけど」

首をかしげるルリ。

「どうしてですか?」

「いえ、特に何もないならいいんです」

頬に一筋、涙が流れた跡があるのは見なかったことにしようと決める三郎太。しっかりした男でもついていれば自分などがあれこれ心配する必要ないのだが。

(ハーリーじゃ後10年かかってもどうだか…ま、いいんだけどね)

「よーし!それじゃ定期テストいくぞ!全員、スタンバイだ!」

気持ちを切り替えた三郎太が一声叫ぶと乗組員たちの前のウィンドウが一斉に動き出した。

「じゃ、俺も」

ルリに一声かけると三郎太は自分の席に足を向けた。

「三郎太さん」

「はい?」

ルリに呼ばれて足を止める三郎太。

「…ありがとうございます」

かすかに笑顔を浮かべてルリが言った。何に対する礼なのか、その文脈からはわからない。だが…

「………どういたしまして」

そう答えると三郎太は自分の席に飛び込んだ。

(これだから、この人の副長をやめられないんだろうなぁ)

ルリがどこに所属しようがついていくことを遥か昔に決定済みの男は笑みを浮かべると自分のコンソールに向かった。

 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

第14話『変わらないものはありますか?』

 

 
 
 
 
 
 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>






「暇そうね」

「あ、イネスさん」

イネスの声に指揮卓に突っ伏していた顔を上げるユリカ。

「そーなんです。もう暇で暇で居眠りしちゃいそうです」

そう言いながらユリカは欠伸をしてみせた。

「接続の進み具合はどうですか?」

「事前に準備もしていたし、滞りなく進行しているわ」

現在ナデシコは破壊されたシャクヤクに連結される予定だったYユニットとの接続作業中である。シャクヤクそのものはスクラップと化しているが、Yユニットは“たまたま”離れた場所で“たまたま”非常に頑丈な格納ブロックに収容されていたので無傷である。それというのも“たまたま”Yユニットをシャクヤク以外の艦にもドッキングできるように改修作業をしていたためである。
 

「いやー運がよかったねぇ」

「いや、まったくです。損失は少ないに越した事はありませんからねぇ」

とある一流会社の会長と部下の会話である。

「………」ピクピクピク

尚、こめかみの血管を震わせているのは会長秘書の女性である。
 

とはいえ、ドックは使用不能になり、また、引き続き敵の攻撃も予想されるため、一旦ナデシコにYユニットを仮接続した後、コスモスに移動して正式な接続作業を行っている。

「ま、落ち込んでいても仕事はきっちりこなすというのはさすがというべきかしらね」

閑散としたブリッジを見下ろしてイネスが言った。

そこには二人の少女が座っているだけだ。

医務室のあるブロックはカウンセリングの順番を待つ乗組員で溢れ返っている。その悉くが担当の仕事に支障を来たさない様にした上でのことである。

ちなみにイネスはそうなる前に他の医療班員と交代してブリッジに逃げてきた。アカツキに『カウンセリングぐらいはするわ』と言っていた記憶はごみ箱にでも捨ててしまったようだ。

「そうですね…なんて、他人事みたいに言う時が来るなんてあの時は思いもしませんでしたけど」

「ユリカさんでも悩んだの?」

笑みを浮かべつつ尋ねるイネス。

「イネスさんってばひどーい。これでも私、二十歳のぴちぴちの女の子だったんですから…って今もそうでした」

ぺしっと自分でつっこみを入れるユリカ。

「それじゃあもっとぴちぴちの女の子たちの意見を聞いてみたら?」

「それはいい考えですね………ルリちゃん、ラピス」

ユリカは身を乗り出すと二人に声をかけた。

「なんでしょうか?」

「なに?」

「二人はどう思う?どうするべきだと思う?」

それはあまりにも漠然とした質問だった。

「「………」」

これで答えろという方が無茶であるが、何か通じるものはあったらしい。ルリとラピスは同時に口を開いた。

「私、少女ですから難しい事はわかりま…」

「ワタシ、コドモだからむずかしいコトはわかんな…」

「だめ」

ユリカは一言で二人の反論を封じた。

「「………」」

「だめ。二人とも考えて。どれくらい時間がかかってもいいから、結論が出なくてもいいから、ちゃんと考えて。ユリカからのお願い」

「「………」」

ユリカの瞳を見つめる二人。真剣である。こういう時には素直に従うべきと二人は知っていた。

「わかりました」

「わかった」

「ん」

うなずくユリカ。

「じゃ、ちょっとの間オモイカネに頼んでみんなでお昼を食べに行きましょう。今なら意外と空いているかも」

 

 
 
 

<厨房>






トントントントン

ジャージャージャー!

厨房からは食欲を誘ういい匂いが漂ってくる。

「おや、いい匂いだな。ユキナ、今日は………」

扉を開けて中に入った白鳥九十九はそのまま固まった。

「どうした九十九?何かあった………」

九十九の背中越しに厨房を除いた朱鷺羽要は絶句した。

「あ、お兄ちゃん、要、お帰り〜」

椅子に座って料理の本を読んでいた白鳥九十九の妹こと白鳥ユキナが顔を上げる。つまり、料理を作っているのはユキナではない。

「元一朗…」

「…なんだその格好は?」

「しばし待て」

二人を待たせておいて刻んだねぎを手早く鍋に投じる元一朗。そう、優人部隊にこの人ありと言われる月臣元一朗である。長い髪をしばり、三角巾とエプロンをつけ、フライパンと箸を持っていようと、その人物が月臣元一朗であることに変わりは無い。

カチ。

フライパン側のコンロを止めると月臣は二人に向き直った。

「?…どうした二人とも?そんな所で何をしている?」

「「それはこっちの台詞だ!」」

 

 
 
 

<木連市民艦れいげつ艦内白鳥家>

 

九十九以下、優人部隊の地球への初遠征作戦に参加した面々は、報告を兼ねて一旦木星艦隊に帰還し、小休暇を与えられていた。とはいえ、もとより鍛えられている優人部隊のこと、特に悪影響も無く数日と立たずに再び前線部隊に復帰することになっていた。また、これを機に優人部隊に所属する他の部隊も積極的に攻勢に加わることとなっていた。ま、それはさておき。

「…なんでも元一朗の部屋じゃろくなものが揃ってないから、あたし達の分も一緒に作る代わりに台所をかしてくれって頼まれたの」

そして日頃、大の男二人の面倒を見ているユキナとしては特に断る理由はなかった。

話題の主はそ知らぬ顔で料理を盛り付けている。

「しかし…」

「なぁ…」

ドン!ドン!

なにか言いたげな男たちの前に大盛りの皿が置かれていく。

「炒飯と八宝菜だ。スープもすぐに出来上がる。冷めないうちにとっとと食え」

「「………」」

「わーおいしそう!じゃ、いっただきまーす!」

遠慮せず箸を伸ばすユキナ。

「もぐもぐ………うん、おいしい!元一朗、料理できたんだ!」

「たいした事はない」

スープの入ったお碗を並べた元一郎はそう言うと自分も箸を伸ばした。

「…ふむ、少し薄かったな。精進が足らぬか」

「そんなことないよ

「「………」」

「どうした食わんのか?」

一向に箸を動かそうとしない二人に元一朗は問う。

「「………」」

パク、パク。

「「………」」

しばし固まる二人。

「どうだ?」

「「………………うまいな?」」
 
 
 
 
 

「どういう風の吹きまわしだ元一朗」

食後の茶を飲みつつ尋ねる九十九。無言だが要も同じことを聞きたがっている様だ。

「…艦長たる者あらゆる技に通じてなければならぬ。たとえ料理といえども同じこと…それだけだ」

「「………」」

重々しく応える元一朗に言葉を失う二人。まるで戦場を前にした気迫が…

「そんな所で格好つけても仕方ないと思うよ〜」カチャカチャ

流しで後片付けをしているユキナが言った。

「「「………」」」

しばし視線をかわす3人。湯飲みから立ち上る湯気がそこへ割り込む。

『『『ズズズズズズ』』』

お茶を飲む音だけが響いた。

「あ、飲み終わったらさっさと持ってきてね」

「「「おかわり」」」ドン!

 

 
 
 



<宇宙軍参謀本部>






『閣下、失礼致します』

女性士官のウィンドウが現れた。

部屋の主が顔を上げるとキノコに似た髪と口髭が僅かに揺れる。

「はいはい、なんですかな?」

手にしていたファイルを下ろすと男は向き直った。

『外線が入っています。ネルガル重工所属の戦艦ナデシコ、ムネタケ提督です』

「おや、珍しい。サダアキですか?」

『閣下の御家族でいらっしゃいましたか?』

「ええ、息子ですよ」

『では、おつなぎしてよろしいですね』

「ありがとう、お願いしますよ」

そう言ってムネタケ・ヨシサダは笑顔で礼を言った。

すぐにウィンドウが切り替わる。

ヨシサダは眼鏡を取ると口を開いた。

「久しぶりですね。どうしましたサダアキ?」

彼と同じ顔の人物がウィンドウの向こうから自分を見つめていた。
 
 
 
 
 
 

 

<再び白鳥家>

 

「…ねぇ元一朗」

「ん?なんだユキナ」

かたやジャガイモの皮むき、かたやニンジンの皮むきをしている元一朗とユキナ。ついでだからと今晩の夕食を作っているところである。

「本当にどうしちゃったの?お兄ちゃんたちまだ頭抱えてるよ」

「ん…ああ」

「…そういう歯切れの悪い所が一番元一朗らしくないよ」

「む」

「…出撃したから?」

手を止めて元一朗の顔を見上げるユキナ。その声に含まれた感情に同じく手を止める元一朗。

「やっぱり怖かった、とか?」

おそるおそる聞いてみるユキナ。普段の元一朗ならここで怒るに違いない。だが、予想に反して元一朗の声は低い。

「…怖い、というのとは違うな。そんなことなら最初からに一艦の艦長など勤まらない。それに出撃したからというのも違うな。むしろ、もっと…なんと言い表すべきか…」

そこでふと視線をユキナの顔に転じる。

不安げな、心配げな顔だ。

それは九十九を、要を、そして元一朗を案じている顔だ。

「ユキナ」

「なに?」

「九十九が好きか?」

「な、なによ、いきなり!?」

「いいから」

「う…そ、そりゃ大好きだけど」

照れつつも素直に答えるユキナ。

「…そうか」

目を細めると元一朗はユキナの頭に手を伸ばした。

「元一朗?」

元一朗はただユキナの頭を撫でている。とても優しく。

「今日の元一朗…なんだか優しいね」

「…変か?」

「うん…変」

「そうか」

元一朗は顔をほころばせる。

そんな優しい笑顔をユキナはここ数年見た覚えがない。

「やっぱり…すっごく変だよ、元一朗」

「そうだな。俺はちょっとおかしくなっているのかもな」

「…でも…あたしそういう元一朗の方が好きだよ」

「…そうか、ありがとうユキナ」

「…うん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

「………で、兄としての感想は?」

「いや、まあ、その、なんだ…まぁ元一朗なら」

「…なんだそれは?」

春の様な空気に包まれて料理をしている二人のいる台所から遠ざかりつつ話す九十九と要。

「俺はてっきり要の方かと思っていたんだがな…」

「だから何の話だ?」

「まぁどちらであってもユキナを任せるには十分な…」

「…九十九、人の話を聞いているか?」

 
 
 
 
 
 

 

<数日前、ナデシコ提督室>






 

「これが戦争にいたる経緯だ」

そう言って黒装束の男は何の感慨もないという口調で話を終えた。

男はムネタケの部屋に入ってくると何の前触れも無く真相を話した。木星蜥蜴と呼ばれるものの正体を。軍が政府が何をしたのかを。

「そんな…そんなことでたらめよ!!」

すっかり酔いの覚めてしまった顔で叫ぶムネタケ。

「…誰でもいいから上に聞いてみろ。『木星蜥蜴は地球人ですか?』とな」

「そんなこと聞けるわけないでしょ!」

そう言ってムネタケは頭を抱えた。

与えられた情報を、自分の未来を、自分の心を、何もかもが消化できない…できるはずがない!

「優人部隊が前線に現れた以上、いずれわかることだ」

相変わらず無表情・無感動に答えるアキト。

「こんな…こんなこと知ったら…言えない…とてもみんなには言えないわ!」

「黙っていてもどうなるものでもないと思うが?」

「黙らっしゃい!!」

「話ついでにもう1つ」

「何よ!?まだ何かあるっていうの!?」

「たいした事じゃない、今回の戦争の目的とでも言った所だ」

「木連が復讐に来たのを地球側が迎撃しているだけでしょ!?」

「それは一面の見方に過ぎない…たとえば、なぜネルガルはナデシコを作ったか」

「今までの軍の兵器では太刀打ちできなかったからでしょう!?」

「それならナデシコを軍に売りつければいい。それが本来の商売の仕方だろう?」

「で、でも!」

「なにも人を集めて独自に運用する必要などどこにもない、違うか?」

「ネルガルが独自に…」

考え込むムネタケ。アキトは無言でそれを見守る。

不意に閃いたムネタケは顔を上げた。

「………つまり、何か、あるいはどこか、手に入れたいものがあるってこと?」

「………」

アキトは僅かに笑みを浮かべた。

「何がおかしいの!?」

「あんたは口先とおべっかだけで出世したことになっているが実際の所はどうなのかな?」

「馬鹿にしてるの!?」

「少なくともあんたの父親はあまり敵には回したくないと思っているんだが?」

「!?」

「さて、続きを話そうか。こっちは俺の親父の話だ……」

 
 
 

 

 

<約半日後、ムネタケの執務室>







「そうですか」

話を聞き終えるとヨシサダは両手を組みなおした。ウィンドウの向こうには肩を落として意気消沈している息子の姿がうつっている。

「いつかはわかることだと思っていましたが、あなたも知ってしまいましたか」

「パパ?」

「私も知っていましたよ。もっとも私は自分で調べましたがね」

「………」

(さてさて、盗聴の危険があることぐらいは承知しているはずですね。それを忘れてしまうほど落ち込んだのか、そんなことを気にしていられない状況なのか、あるいは…)

頭を回転させながら質問を変えるヨシサダ。

「ナデシコの乗組員は?」

「別ルートで情報を手に入れたらしい艦長がばらしちゃったわ」

(なるほど、ではサダアキの責任は追及できませんね。うやむやの内にサダアキのせいにされないよう手を打つべきでしょうか?いや…)

もう、自分の手が必要な子供ではない。親として自分ができることは、もうほんの少ししか残っていない。

(では、そうしましょうか…)

「それであなたはどうしたいのですかサダアキ?」

「え?」

「私と話してどのような選択肢をとるのですか?」

「それは…」

途方にくれた顔をしているサダアキは言葉を探している。ヨシサダは再び笑みを浮かべる。

「それにしても…」

「?」

「いえ、あなたももう大人になってしまったんですねぇ。そんなに悩むなんて…この前まで子供だと思っていたのに」

「もういい歳よ、パパ」

弱弱しい顔で笑みを浮かべるサダアキ。

「ははは、その口調の内は孫の顔は見れそうにないですね」

 
 
 





<優人部隊戦艦ゆめみづき艦内格納庫>






「どうだ?」

なじみの整備員を捕まえると要は聞いた。

「これは兵器の設計思想から違いますね。なにせ動力炉がありませんから」

要が持ち帰ったエステバリスを前に話す二人。

「どういうことだ?」

「こいつを見てください」

アサルトビットの背中部分を指差す。

「たぶん動力炉につながるだろうと思われる回路の配線はありますが、全部この背中の機構部分につながっています。たぶん、こいつにどうにかして母艦から動力を供給してるんでしょうね」

「単独運用は前提とされていないということか」

「ええ、まぁ電池みたいな奴がありますから短時間は動けるでしょうが、基本的には母艦の近くにいることが前提です。本当に艦載機ですよ。これは」

「…俺達の動力炉を積めないか?」

「こいつを使う気ですか!?」

「デンジンではこいつらの機動性にはついていけなかった。元一朗のマジンや九十九のテツジンもだ。攻守の力そのものは劣っているとは思えないが、その点においては太刀打ちできん」

「確かにこいつなら基本の機動性は同等でしょう。ジンと違ってあちこちに小型の噴射口もあります。でも、こいつはどうみても陸戦専用ですよ?」

脚部のキャタピラを示す整備員。だが、要は引き下がらない。

「気密性は確認済みだ。足はこの際つぶして推進器に変えてしまえばいい。それでなんとかならないか?」

「はぁ、でも動力炉となると…ジンの相転移炉はとても積めませんよ?」

「…虫型戦闘機の動力炉をかき集めたらどうだ?」

「よく、そんな無茶なことを思いつきますね」

帽子を取って頭をかく整備員。

「…そりゃ、動くかもしれませんけど、動力炉は乾電池じゃないんですよ、つなぎゃいいってもんじゃ…」

「今戦うためには必要だ。少なくとも優人部隊が出揃うまではな」

「…操縦系はどうします?それらしいのはありますが、わけのわからない操作系ですよ。もちろん音声じゃ動きません」

すっと右手を上げる要。

「中尉?」

「どういうわけかこいつで動くらしい。医療部から俺の身体の分析情報をもらってくれ」

右手の甲にIFSのナノマシンの紋様が浮かび上がる。

「…頼む」
 
 
 
 
 
 

 

<ナデシコ艦内通廊>






食堂に向かっていた四人の前から一人の男が歩いてくる。

「え?」

「?」

ルリとラピスは最初それが誰だかわからなかった。視覚情報は認識できているのだが、雰囲気が二人の記憶しているものとまったく別だったのだ。

「あら?おはよう艦長、博士。それからおちびちゃんたち」

にこやかに笑顔を浮かべるとその人物は遅めの挨拶をした。

「おはようございます!」

「おはようございます提督」

まったく気にしていないのか顔に出さないのか自然に返すユリカとイネス。

「あ、おはようございます」

「…おはよう」

挨拶を返したものの違和感は抜けない。

「休憩?」

「ええ、すこし早めに昼食をと、思って。あ、すみません。今、ブリッジ留守にしちゃってます」

「それならあたしが詰めておくから構わないわ」

「え、よろしいんですか?」

「ふふ、ちょっとさぼっちゃったもの。あたしも少しは働かないとね」

「ありがとうございます。それじゃ」

「ええ、ゆっくりいってらっしゃい」

軽く手を振ってそう言うとブリッジへ向かう背中を見送る四人。

「…提督?」

「…なの?」

首をかしげるルリとラピス。

「なにかあったかしら?」

笑みを浮かべてユリカに問うイネス。

「たぶん、あったんじゃないでしょうか」

同じく笑みで答えるユリカ。

 
 
 

ハッチをくぐって中に入ったムネタケは無人のブリッジを見渡した。

ここで自分は何をなせるのか?それともここの外にこそそれはあるのか?

それはまだ見極めることはできない。簡単に見極められるものでもないのだろう。

「あの男は、それにどのくらいかかったのかしらね?」

一人ごちるとムネタケは背筋を伸ばす。

「…まずはできることから始めましょうか」
 
 
 
 
 

 

<連合宇宙軍司令部>






「ミスマル提督」

廊下で声をかけられてコウイチロウは足を止めた。

「おや、ムネタケさん」

「いやどうもしばらくです」

そう言ってムネタケ・ヨシサダが歩いてきた。

「お久しぶりです、どうですか戦況は?」

「いやいや、特にお話するほどの事はないですな。そちらに入っている情報程度ですよ」

そう言って近くの自動販売機が並んだ休憩所の方へと誘うヨシサダ。

「そうですか」

「もっとも横須賀、そして月面で現れた新しいタイプの敵、あれ次第で戦況が動くかも知れませんな。そう、あのナデシコが動かすやも」

笑みを浮かべながら話すヨシサダの目が一瞬鋭い光を放つ。

「…ナデシコからはまだ詳しい報告は?」

同じく普段は決して見せない光を目に点しつつコウイチロウが問い返した。

「どうもどこかが手を回しているようですな」

「…ほぅ」

「それはそうと確かナデシコは提督のお嬢さんが艦長をなさっておいででしたな」

ヨシサダはそう言って話題を変えた。同時にコウイチロウも表情を崩して笑みを浮かべた。

「はは、まだ半人前ですが」

「いやいやお嬢さんは立派に艦長の任を果たしておられると思いますぞ」

「そうですか?いやー実は私もそうではないかと!なんといってもユリカはこの私の自慢の娘でしてな。まぁ親バカを承知でいいますが、天は二物を与えると申しますか。我が娘ながらこれまた美人でして。あれの母親も美人でしたが…」

「ほっほっほ、相変わらずですな」

「いや、お恥ずかしい」

「いえいえ、子供はいつまでたっても可愛いものです。もっともいつの間にか大人になっていたりするものですが」

「そういえば、たしかムネタケさんの…」

「ええ、こちらこそお恥ずかしいと申し上げるところです」

「いえ…軍内ではいろいろ言われておりますが、彼もまたあのフクベさんが部下として任命した男です」

「…ありがたいことです」
 
 
 
 
 

 

<ゆめみずき艦内武道場>






「要?」

声をかけられて要は顔を上げた。

かれこれ数時間、要は誰もいない武道場で瞑想していた。

「元一朗…」

元一朗は笑みを浮かべると中に入ってきた。

「お前も来ていたのか」

「…すこしヤボ用があってな」

「ああ、鹵獲した機体の件なら聞いている。まあ、思う様にやってみろ」

「…なにかあったか元一朗?」

どこか柔らかな空気をまとっている元一朗を見て要は問うた。

『悪逆非道な地球人の機体に乗るなど言語道断!』などといいそうなものだが。

「さあな」

「ふむ、ところでそういうお前はなぜわざわざゆめみずきに?」

「慣れた場所の方が落ち着く。それにれいげつだとどこの武道場に行っても稽古をつけろという奴が多くてな」

「九十九はどうしている?」

「先日、ゲキガンガーの幻の映像を入手しただろう?あれをあちこちに配布しているところだ」

「なるほどな、それでは当分九十九は身動き取れまい」

「………」

「どうかしたか?」

不意に黙り込んだ元一朗を見て怪訝そうに声をかける要。

「いや、なんでもない」

そう答えながらも元一朗は考えていた。

(…だが、それにしては広まる速度に…いや、そもそもなぜ上層部から正式に…)

ダイゴウジ・ガイという名の同志(これがふさわしい表現だと九十九は言い張っている)から入手したゲキガンガー映像。無論、九十九は帰還次第、各方面にコピー映像を配布する段取りを始めた。だが、その映像の拡大はなぜか元一郎が予測る速度よりも低調であった。

(…あの男は何と言っていたか)

「…せっかくだ、久しぶりに稽古をつけてもらおうか」

要は立ち上がると構えをとった。その声に元一郎も思考を打ち切った。

「やれやれ、まぁいいが」

それを見て元一朗は自然体で要の前に進んだ。

一瞬の後、気配のみが別人のものに変わる。

「く」

気圧されて一歩引く要。

「…雑念があるな。それでは全力を発揮できんぞ?」

「雑念など!」

言い返した要の脳裏に先日の記憶が蘇った。
 
 
 
 
 

『あなたは誰ですか?』

それは敵艦の艦長。女とは思えぬ気迫を放つ人物から発せられた。
 
 

『アキト?』

要は問い返した。

『そうです。テンカワ・アキト』

一語一語区切るように女艦長が言った。
 
 

引っ掛かっているのはこれだった。

女艦長と『テンカワ・アキト』という名前。それが自分にとってどんな意味があるのか。

落ち着いてみると気になって仕方がなかった。それゆえ、先ほどから瞑想していたのであるが、余計気になるだけで何ら解決の糸口は見つからない。
 
 
 
 

一方の元一朗も別のことを思い返していた。
 

『馬鹿な!そのような戯言、俺が信用するとでも思ったか!?』

男の話を聞いた元一朗は激昂して叫んだ。

なら、確かめてみるか?』

そう言うと男は小川のせせらぎに足を踏み入れ自然体で元一朗に向き直った。同時に元一朗に匹敵する気迫が放たれる。

『それは…まさか!?』

男は元一朗の疑問を肯定した。

『木連式柔…

それは木連の選ばれた者のみが極めし武術の名。

俺の言葉が真か偽りか、技を交わせばお前ならわかるはず。だが、普段のお前ならいざ知らず、俺の話からわずかなりとも真実の欠片を読み取り雑念の入った今のお前に果たして俺が倒せるかな?』

『く!』

『…行くぞ』

 

元一朗は、雑念を払うと再度要の顔を見つめた。

「…行くぞ」

 
 
 
 

 

<ナデシコ格納庫>






『よいしょっ』

ズズーン。

イツキ機が最後のコンテナを下ろした。

「おーしご苦労さん!」

作業を監督していたウリバタケが叫んだ。同時に整備班員達がわらわらとコンテナにとりついていく。

「ふぅ」

エステバリスを定位置に固定してアサルトビットを出るとイツキは背を伸ばした。

「すまねぇな。手伝わしちまってよ」

声の方向へ向き直るとウリバタケがジュースを放った。危なげなく受け取ると、一礼してからイツキは口をつけ、一息つくと返事を返した。

「いいえ、お構いなく。戦闘がなくたってパイロットも働かないと」

そういってにっこり笑う。

「そういってもらうと助かるよ」

ウリバタケに頼まれてコスモスからの物資運搬の手伝いを行った所である。当然ながらコスモスの要員も十分にいるのだが、勝手を知らない連中がナデシコ内を歩き回る事をウリバタケ達はよしとしない。とはいえ、アキトは食堂、アカツキはどこかへ雲隠れ、他の面子にはそもそも頼むだけ無駄。かくしてイツキにお鉢が回ってきたのだが、軍隊生活に慣れているせいか、有り余る自由時間を持て余し気味のイツキとしてはむしろ歓迎していた。
 
 
 
 
 

 

<昨日、昼下がり ナデシコ食堂>







「はぁ、軍人根性をなんとかして抜かないとこちらのペースを乱してしまいますね…」

隅で一人ため息をついているイツキ。時間を持て余してしまっているのである。
 

とにかく出撃がなければすることがないというのが、まったく軍隊時代と違っていた。とにかく前線勤務だったので年中出撃か、でなければ待機である。

ナデシコでも作戦行動中はブリッジなり格納庫で待機となるが現在の様にドック等に停泊中の場合や敵の勢力範囲外を航行中はまったく必要がなかった。およそ防衛能力には不足していないナデシコの場合、奇襲されたその時点に部屋で寝ていても対応可能なのである。

それでなければ訓練なり機体の調整なりとやるべきことはあるはずだが、訓練は自主的なものであり(つまりしなくてもいい)、一応、毎日でなくてもそこそこの頻度で行われはするのだが、現在はアキトはコックに専念、アカツキが雲隠れしているということもあり、行われていない。機体の調整こそ時間がかかりそうなものだが、軍にいた頃とは比べ物にならない程優秀なナデシコの整備班の場合、

「イツキちゃん、ちょっと座って」

と言われた時にはごくごく僅かな微調整しか必要としないほど自分に合わせて調整されており、言われるままに簡単なテストを短時間行っただけで、いつでも万全な態勢で出撃可能となってしまう。

仕方がないので部屋で過ごそうと思ってもこれといってすることもない。同室の人間でもいればいいのかも知れないが、先任の三人娘は、

「別に不自由してねぇし、引っ越す方が面倒くせぇ」

「え?別にイツキちゃん一人部屋でいいじゃん」

「イツキは部屋にいつ来る(いつきたる)〜」ポロン

という始末で三人部屋から変わろうとせず、結果としてイツキは一人部屋であった。まぁ、実際三人部屋でも軍とは待遇が段違いだし、ガイもアカツキも一人部屋なので気にするようなことでもないのだが。
 

「別にいいと思うよ〜」

「きゃっ!」

突如隣から聞こえた声に飛び上がるイツキ。

「あ、驚かせちゃった?」

にこやかに手を振る私服姿のユリカ。

「か、艦長!」

立ち上がろうとするイツキを手で制するユリカ。

「ま、とにかく気にしない気にしない。イツキさんはイツキさんのペースでやればいいよ」

「私のペース…でよろしいのですか?」

「そ。イツキさんにとって一番自然なペースでね」

「はぁ…」

(肩の力をぬけということでしょうか?そんなことはわかっているつもりなのですが…)

「このナデシコで守って欲しいことがあるとすればそれは一つだけ」

イツキの考えを知ってか知らずかユリカは優しい目をしてイツキを諭した。

「たとえどんな時でも自分らしく行動すること。覚えておいてね」

 
 
 



<再び格納庫>






かくてイツキは自分らしく行動することとした。

手伝いもその一環だが、まずは訓練だ。せっかく時間があるのだから、可能な限り訓練をしよう。

(せめて足手まといにならない程度には)

ぐっと拳を握るイツキ。

現段階ではナデシコのパイロット陣より少し落ちるとはいえ、イツキの技量で足手まといになることはまずないのだが、これもまたイツキのイツキらしさというところだろう。

「いいえ、それじゃ私はこれで………あれ?」

挨拶して立ち去ろうとしたイツキは視界に入ったものにふと目をとめた。

「どうした?」

「あの…あのピンクのエステバリスってテンカワさんのですか?」

そう言って、カラーリング以外は自分の機体と同じ0G戦フレームを指差す。

「ん?ああ、そうだが?」

「でもアサルトビットが入っていますよ。色も頭部形状も前と同じみたいですし」

イツキの指差す0G戦フレームには九十九達が脱走した時に陸戦フレームごと拿捕されたはずのアキト用のアサルトビットが入っていた。

「確か同じタイプの予備は無いとかって言ってらっしゃいませんでした?」

(あ、そういえば…)

ふと思い出すイツキ。

アサルトビットが奪われたのでアキトは新しいアサルトビットを調整する必要があった。一方、イツキのアサルトビットは量産型だがナデシコのメンバーが使っているものより後期に生産されたのでその分だけ改良型である。そこでイツキは自分より技量の優れたアキトに自分の使っているアサルトビットを使っては、と提案したのだが、アキトとウリバタケに「厚意だけもらっておく」と謝辞されていた。

「あの…」

「だから、あれは予備じゃねぇってことだな」

イツキの考えを見透かしたように、また、どこか嬉しそうにウリバタケは言った。

 

 

 

 

<某日ナデシコ通信室、同時に聴取会会場>

 

「ほう、これはおもしろいことをおっしゃられますね」

ムネタケは薄い笑みを浮かべるとそう言った。

「何?」

強い口調でムネタケの責任を追及していた声が途切れ、場の雰囲気が変わる。

ずらりとならぶ高官達の顔が怪訝そうな表情を浮かべる。ウィンドウ越しとはいえ何かが違っていることを感じた。

「ナデシコの乗組員が木連の人間に対する情報を得てしまったのは私の責任である、そうおっしゃられるのですか?」

「そ…」

「いや、実に興味深い御意見です」

肯定しようとした上官の言葉を遮って本格的に笑みを浮かべるムネタケ。

「私は、綿密な報告を適時提出していました。こちらがその記録です」

ムネタケのウィンドウの隣に小さなウィンドウが生じ、同時に他の参加者のもとにも現れた。

「であるにも関わらずそれに関する命令・指示・情報は何一つありませんでした」

静かに語るムネタケ。

「私がナデシコの提督すなわち現場の指揮官として敵の情報収集、しいては敵の尋問を行うのは当然のことです。ナデシコのクルーがネルガル経由で情報を収集するというなら私はそれを止めるどころかむしろ推奨すべきでしょう。敵の情報を入手して軍に報告するのは私の義務ですから。たとえ、どんな情報といえどもね。その過程でナデシコのクルーに敵の情報が伝わるのはごくごく自然なことです」

「だが!」

反論しようとした上官を遮ってムネタケは続ける。

「そもそも私は敵の情報を知りませんでした。情報があることすら知らされていませんでした。それを秘匿すべきという軍の方針があったとしてもそれを知らされていないのであればどうしようもありません。みなさんが同じ立場ならやはり最善の処置として私と同じ行動に至ったと私は予測するのですがいかがでしょうか?」

「そんなこと…」

「とはいえ、問題は問題です。情報を秘匿すべきという方針があるにも関わらず秘匿できなかったのであれば、誰かが責任を取らねばならないでしょう」

「だから貴様…」

「で、あるならば、私が情報の秘匿処置を講ずることができることを知っており、またその必要があることを知っていながら私にその指示を出さなかった人物が責任をとるべきでしょう」

ムネタケは顔を上げると自分の上司を見て皮肉な笑みを浮かべた。

「如何でしょうか?」

(いったい、これはどういうことなのか?)

ムネタケの上司は途方に暮れていた。

情報の漏洩、その責任をムネタケに押し付けてムネタケを処罰すればそれでいい。そのはずであり、そのために開いた聴取会ではなかったか?だが、始まってみれば、そのムネタケは責任を弾劾される側から弾劾を行う側に変わっている。

そして何よりムネタケの言葉には説得力があった。ムネタケの処罰を前提にこの聴取会はしっかり記録されている。記録を見ればムネタケの主張の方が正しいと思う人間が大半だろう。無理に押し切ってしまえば、やれないことはないかもしれないが、ムネタケをスケープゴートにするという前提を知らないまま集められた何割かの人間はムネタケの主張にうなずいている。このままではよりにもよって自分が責任を取らされてしまう。

(冗談ではない!)

彼は高圧的な態度で押し切ることにした。そうすればムネタケのことだ。尻尾を巻いて引き下がるに違いない。彼はムネタケ・サダアキという人物をそう理解していた。

「ムネタケ!!」

「閣下、軍人として恥ずかしくない行動をお取り頂きたい!」

返ってきたのは予想もしない反撃であった。

「!」

ムネタケは静かな迫力をもって、彼の上官を制した。

そこにいるのはおべっか使いだけで出世したと言われる男とは既に別の何かであった。

「私の報告は以上です…他に何かご質問は?」

 

 
 
 



<アキトの部屋 夜半>






「………」

ラピスはベッドで目を閉じていた。

アキトはまだ帰ってこない。だが、アキトが決めた就寝時間は守らなくてはいけない。だから、眠らないで眠っていた。

(どうおもう…どうするべき?)

漠然と考えては見たもののどうなるものでもなかった。そもそも何について考えるのがいいのかはっきりとわかってはいなかった。

「…わからない」

ラピスは起き上がると枕を抱えたままドアに向かう。

隣の部屋にはユリカがいるはずだ。

 

 

 
 
 

<ナデシコ食堂 夜半>






「本当にいいんですかい?」

半信半疑の顔のウリバタケ。

「ええ、明日からしばらく禁酒しようと思ってね。あると飲んじゃうでしょ?構わないから出撃のない内にみんなでやってちょうだい」

鷹揚に手を振るムネタケ。

「そうですか、じゃ、遠慮なく…よーしいくぞ野郎ども!」

『おーっ!!』

大量の酒瓶をかかえ喜色満面な顔をしたウリバタケと乗組員達が大挙して出て行った。Yユニット関係の調整作業は終了したと聞いている。今夜は格納庫辺りで宴会だろう。

「いいんすか?」

グラスと氷を持ってきたアキトが言った。

「あんなにたくさん。結構するんじゃないかと思うけど?」

「いいのよ」

そう言うとムネタケは最後に一つ残った小さなウィスキーのボトルを開けた。そこでグラスが一つなのに気づく。

「ちょっとグラスが一つしかないわよ?」

「え?」

「あんたも付き合いなさい」

「え!?」

「あ・ん・た・も、付き合いなさい」

ムネタケはくり返した。

「えーと、俺まだ仕事あるんすけど…」

「これは命令よ。あたしはこのナデシコの提督なの。一番偉いの。わかる?」

そう言ってムネタケは笑みを浮かべた。

それを見てアキトはホウメイの方を伺った。

「あたしにも一杯くれたら勘弁してあげるよ」

鍋を見ていたホウメイが言った。

「あ、はい、それじゃ」

いそいそとグラスを用意するアキト。

「それにしても、どういう心境の変化かねぇ」

およそ友好とは縁がなかったはずの二人がテーブルにつくのを見ながらホウメイは笑みを浮かべた。

 
 
 




<ルリの部屋 深夜>






「………」

ルリはベッドで天井を見上げていた。

長い間、照明の消えた天井をただ見つめていた。

(私はどう思う…どうするべき?)

ただ漠然と考えるだけではどうしようもないことはわかっていた。そもそも考える対象が漠然としすぎていた。でも、考えていた。

「………ばか」

 
 
 




<再びナデシコ食堂>






無言でグラスを傾ける二人の男。

「………」

「………」

特に会話は無いが特に険悪な雰囲気でもない。

「…ねぇ」

「…はい?」

「…艦長は…あの子は…どうして笑っていられるの?」

手を止めるとムネタケはそう問いかけた。

「…笑っていられるようにがんばっている。ただ、それだけですよ」

「…え?」

「…別にあいつが特別だってことじゃなくて…ただ…がんばっているだけです」

「………」

「…俺は無理だから…無理だったから…笑えそうにない時は笑わなくてもいい格好をすることにしてます」

そう言うとアキトは一気にグラスを飲み干した。

「…そう」

ムネタケは笑みを浮かべると瞳を閉じた。
 

 

 
 
 




<翌朝>






「…コスモスより分離確認連絡。幸運を祈る、とのことです」

相転移エンジン出力アイドリング、Yユニット込みでまるごといつでもオッケーよ」

「艦内各部正常、異常ありません」

『たいへんよくできました』ピコン

ウィンドウが灯ると一旦、全員が手を止めた。
 

ドック部分を変形しながらコスモスが離れていくのと前後して、地球の陰から太陽の光が現れた。

艦内時間からしても朝日と言うにふさわしい陽光がYユニットを装備した新しいナデシコの艦体をくっきりと照らして出していく。
 
 

「………」

視線を転じると眼下では四人のオペレーターが命令を待っていた。その前方には待機中のパイロット達が座っている。左手にジュンが、背後にプロスペクターとゴートが、そして右手にムネタケが立っていた。

ユリカの視線に気づいたムネタケが軽くうなずく。

ユリカは白い手袋をはめた手で頭の艦長帽を整える。そして息を吸い込むと命令を発した。

「それでは行きましょうみなさん………ナデシコ、発進!!」

 
 
 
 

つづく

 
 
 
 
 


艦長からの謝辞

はい、艦長です。
神崎悠さんから続きが届きました。


キノコさんがいいひとや。

うちなんか典型的なヒールだもんなぁ(笑)

こーゆーのも珍しい。



続きがとっとと読みたいんだったらメールだ!


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