「機動戦艦ナデシコ 〜異話 The Prince Of Darkness」
第五章「深淵」
『地球統合平和維持軍 未確認敵性機動兵器S−339−01 仮名称【ブラックゴースト】』
全高8m。他、一切の性能諸元及び素性が不明。
〈火星の後継者〉事件の前半部において“鍵”と呼ばれ得る機動兵器。
射撃戦を主戦法とする、この時代のものとしては珍しい中遠距離戦用の準人型の機動兵器である。
全高8mと、同時代の一般的機動兵器より一回りは巨大な機体に、完全充足状態の一個機動兵器師団と伍するだけの火力と防御力を詰込み、尚且つ、対艦用重装機動兵器並の質量を持つであろう機体に、機動能力を優先して設計された索敵型機動兵器を上回る程の機動性能を与える推進及び慣性制御システムを持つという、正に“化け物”としか評しようのない機体であった。
実際、〈火星の後継者〉を自称した秘密結社の陰謀が、一般の眼に曝される事となった【シラヒメ・ステーション】爆破事件でデビューした本機は、幾多の戦場にて同時代のあらゆる機動兵器を凌駕する性能をみせ、〈火星の後継者〉軍蜂起後に発生したトラック泊地攻防戦(連合宇宙軍第四艦隊が根拠地とするトラック泊地へ、〈火星の後継者〉軍が隠密艦と跳躍艦とで編成された艦隊で殴込みをかけた戦い)にて宇宙軍側にたって戦闘参加し、撃破される−正確には大気圏に墜落中に圧壊−までの三ヵ月という短い時間で各種機動兵器427、戦艦3、空母1、巡洋艦9、各種護衛艦15という赫奕たる戦果を上げていた。
だが真に機動兵器史に残る本機の特徴として上げられるものは、本機がこの時代の機動兵器としては群を抜いた電子戦闘能力を持っているという事と、機動兵器としては史上初めて(大戦時、木蓮軍には巨大人型兵器【マジン】シリーズがあったが、これは火力と防御力とを優先させる代償として低い機動性能しか持てなかった、いわゆる移動トーチカ的運用しか出来ない為、現在では【跳躍兵器】として別枠に分類されている)単独ボゾンジャンプを可能とする点にあった。
この二つの特徴故に、専門家の多くは本機を後のSMW−戦略級機動兵器の先駆けとなった存在として評価していた。
なお本機には追加装甲/装備を纏い、機動性能向上を果した“鳥”と仮称さらる航空機形態もあった。
〈【よく判る第二世代機動兵器辞典(第三版)】より抜粋〉
−
四機の【エステバリス・カスタム】が急速に接近してくる。
ラピスが奪取した情報が、その機影に重ねられて表示される。
様々な機体性能。
センサーの効果半径。
火器の携帯弾数と、射程。
そしてパイロット名。
「リョーコちゃん…………」
凍てついた唇より、その名が漏れる。
暖かな追憶の一片。
だが……………………俺は引けない。引かない!
噛み締められた歯。
アームバーのIFS受信機が操縦者の強まる意志を受け、輝きを強めた。
−
ディスプレイに表示されている情報が、敵機が自分等に向かって突進して来ている事を示していた。
刻々と削られていく彼我距離値が、敵機の恐ろしいまでの加速力を示していた。
「ほーお真っ向勝負に出やがったか…………イイ度胸だ」
まさに舌なめずりといった按配で呟くリョーコ。
『“手出しすんな”は無しでっせ隊長』
『そのとうり』
『アタシ等もアイツで遊ばさせてもらいますよ』
ウィンドウに展開された男どもの言葉。
個々の機体はペア(因みにリョーコはアマミヤ。ジルはバイアン)を組んで散開していた。
何も言わずとも、情況に的確に対応していく、そんな部下達にリョーコは凄味の乗った笑みを浮かべて言い放つ。
「へっ、ついてこれたらなっ!」
一騎当千の荒くれぞろいの男どもを束ね“姉御”と呼ばれた指揮官。これこそがスバル・リョーコであった。
リョーコ機の背部に取り付けられた六枚の重力波受信ウィングが開ききり、爆発的な加速を開始していた。
そして乱舞が始まる。
ブラックサレナの目的は【アマテラス・セントラル・ステーション】への再接触、そして内部への侵入。
複雑な回避運動や欺瞞機動を行なっていても、その基本においては全速をもっての突進を行なっていた。
相対するリョーコたち【ライオンズ・シックルス】は歴戦のパイロット。その事に気付かぬ筈は無し。
故に漆黒と緋の戦いは、宇宙空間での機動兵器同士の戦いとしては奇しく、幾度もの近距離格闘戦が発生していた。
−
「おっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リョーコが自らを鼓舞するように奇声を上げ、【エステバリス・カスタム】を駆る。
右腕に保持された、エステバリス系機動兵器の標準的兵装である二〇oラピットライフルを的確な照準で連射するも、強靭な【ブラックサレナ】のディストーションフィールドに阻まれ、中遠距離からの射撃では何等の被害を与えられない。
逆に、【ブラックサレナ】の放つブラスター弾は易々とディストーションフィールドを突き破って、確実に【エステバリス・カスタム】を行動不能に陥れていっていた。
既にジル達の機体は各部に被弾し、脱落していた。
「ちぃっ!」
幾発もの命中弾が出ているも、尽く弾かれ、その進路は些かも揺るぐ事は無かった。
本来、【エステバリス・カスタム】の装備の中には、艦載用の高出力ディストーションフィールドをも打ち破れる貫通力を持った六二o長砲身リニアレールキャノン等もあったが、【トリカブト】の艦上で機動力優先の兵装に換装していた為、今回は携帯していなかったのだ。
攻撃力軽視、機動力優先の兵装である為に、何とか加速能力に劣る【エステバリスカスタム】が【ブラックサレナ】に追従できているのだが、同時にその火力の低さ故にダメージを与える事は難しく、撃破は難事という、リョーコにすれば何とも言い難い情況であった。
「ちっくしょうめ!?」
内心の鬱積を叩きつけるような、だが同時に細心の注意を払うことを忘れない、まるで機体を掻回すかの様な激しい機動。
火線に対して十分な余裕をもって行なわれた筈の回避であったが、ディストーションフィールドに接触したブラスターの火球が【エステバリスカスタム】を揺さ振る。
断続的に発生している機能限界を超えた慣性に、慣性中和機は中和しきれずに、嫌な軋み音を上げ続けていた。
それでも忙しく機体を操作するリョーコ。
ようやくの事で漆黒の機体を近距離用HMM(高機動誘導弾)の有効射程内に捉えるや、ミサイルポットに収められた全七発を思い切り良く一斉に放った。
射耗後、空になったミサイルポッドを起爆ボルトによって肩部より分離破棄し、更に身軽くなった【エステバリスカスタム】はHMMを追うように、そしてHMMを盾とするように加速を再開していた。
大量に積み込まれた機動用推進剤の関係上、通常型のミサイルに比して射程ではかなり劣るHMMであったが、高い精度のセンサーと追尾性能を持つ事で定評のある新中洲重工製のソレは、凄まじい速度でもって【ブラックサレナ】を狙う。
一発でも命中すれば、並みの機動兵器ならば継戦能力を喪失させる事が可能なHMMであったが、ECMによってその近接信管の有効半径を削った【ブラックサレナ】は、迫りくるHMMの近距離レーダーの隙間を恐るべき速さで抜け出ていた。
近接信管が作動する事も出来ない程の速力。
そして、残されたHMMは推進剤が切れると同時に安全機構の時限式自爆装置が働いて火球と化す。
「へっ…………バケモンだぜ全く……………………よ」
随分と乱れた息の下で悪態をつくリョーコ。
リョーコの正面、コクピットのメインモニターに映し出された赤白い火球に照らされて迫る【ブラックサレナ】は、恐ろしい程に美しく、そして凶悪な何かを伴っていた。
その背中の走る翼状のバインダーが、推進剤の奔流による光芒を放つ。
目的は此方。
「正面!…………上等だぁっ!!」
望遠モニターに映し出された、腕代わりのブラスターを突き出して突進してくる【ブラックサレナ】の姿に、吐き捨てるように吠えたリョーコ。
『血の気は多いが、戦闘は好きじゃ無い』そう公言してやまないリョーコとしては否定したいかもしれないが、その相貌には、これまでに無い強敵を前に対峙したことによる、最上の笑みにも見紛うものが浮かび上がっていた。
瞬間的かつ反射的な回避運動によって、小型戦闘艇程度ならば一撃で作戦行動能力を奪いうえ破壊力を持った【ブラックサレナ】の主兵装である大口径ブラスターの火球が機体の直ぐ脇の虚空を焦がす。
戦闘を開始して一五二秒。
リョーコ機は、幾条もの火線が機体を擦り表面を焦がしていたが、未だ致命的な損傷は受けていなかった。
対する【ブラックサレナ】も、攻撃を受けたのが如何に威力の低い二〇oラピッドライフルであったとはいえ近距離で幾発も受けた為に、漆黒の装甲に少なからぬ数の線条痕を残していた。
その二機が火線を撒き散らし、微細な回避運動をとりながらも正面から突進しあっていた。
決着を着けんと激突する黒と緋、二機の機動兵器。
交差する軌道。
残されたのは、頭部と背中にある重力波ユニット一基を粉砕された【エステバリスカスタム】。
征くは、左側の可動バインダーを中程から喪い、左肩部を中心に激しい弾痕を残した【ブラックサレナ】であった。
−
「リョーコさんが抜かれましたか…………」
『艦長、出撃は?』
「そうですね…………命令。本艦より発進後、敵機に撃破されたリョーコさん達の救助を行なって下さい。別命あるまで敵機への攻撃は禁止します。復唱」
『了解。タカスギ大尉は【ナデシコb】を出撃後、【ライオンズ・シックルス】の救助を行います。敵機との交戦は別命あるまで禁止』
敵機−【ブラックサレナ】との交戦を禁じられた事に、やや意外さを感じはしたが、部下として配属されてからの経験からルリの事を“崇拝している”と表現してもよいるサブロウタは、その事を口にすることなく命令を復唱すると、【エステバリス・Typ−S】の発艦作業を開始する。
各種計器類の最終的な確認をすると、解放されていたコクピットハッチの直ぐ前で待機していたカタパルト士官に左手の親指を突き立てて見せ、続いて軽く崩れた敬礼を送ると、コクピットハッチを閉じる。
既に他のカタパルト使用に関する情況は確認済みであった為、カタパルト士官はコクピットハッチが完全に閉じた事を示すハッチ脇の青色安全確認灯を確認すると、機体を蹴ってカタパルト管制室に躯を流しながら右腕を大きくふりまわす。
カタパルト士官が、安全な艦内々壁に設置された梯子に取付く事を確認して点灯される発艦用カウントダウンランプ。
三つの緑色灯が消え、赤色等が点灯した瞬間、【エステバリス・Typ−S】の群青色の機体はリニアカタパルトによって漆黒の宇宙空間へと放り出されていた。
発艦まで掛かった時間は約二二秒。
本来の発艦手順に比べて、殆どの手順が終了済みであったとはいえ驚異的な短時間であり、それは旧木連軍優人部隊にて勇名を馳せたタカスギ・サブロウタの持つ誇るべき技量と、ルリが【ナデシコb】乗組員を実戦に即する形で鍛え上げた成果であった。
『さぁ〜て一丁やるかぁ!?』
もっとも、軟派な態度と軽口とを好む現在のサブロウタからは、その頃の固いノリを想像する事は殆ど出来ないが。
−
その時、数多くの管制士官の一人、【アマテラス・セントラル・ステーション】における第一層第五域の貨物搬入システム群を司っていたカガミという元木連軍出身が茫然とした声を洩らしていた。
『じゅっ第一三番ゲート開きます!敵のハッキングです!!』
シンジョウはその声を、まるで真実を取り繕った皮膜が剥がれ落ちる音であるかのように感じていた。
「……………………一三番?何だそれは。儂は知らんぞ??」
「それがあるんですよ准将」
「んっどういう事だ?」
「茶番は終り。ということです」
怪訝な顔で見つめてくるアズマを無視し、シンジョウはトリプルC正面の大画面に第一三番【遺蹟搬入用】ゲートと注釈付表示されたゲートの様子を見入っていた。
画面の中では、アコーディオン式の大型ハッチが口を開いていっていた。
「おいシンジョウくん!?」
戦闘によって生じた、様々な宇宙塵の漂うハッチを潜り征く機動兵器“ブラックゴースト”。
高い解析度を持ったレンズに映し出されたその漆黒の装甲には、幾多の痕が残されているのが見て取れた。
幾多の艨艟の壁を割り進み、雲霞のような機動兵器の群れを突き破り、嵐の如き対空砲火を潜り抜けた、傷だらけの敵機動兵器。
それがどのような素性を持った機体であるのか、シンジョウは知らなかった。
だが、その漆黒の機体を駆っているであろう者には心当りがあった。
テンカワ・アキト。
公式の書類には“火星出身の元【ナデシコa】艦載機動兵器第一〇一機動戦闘団所属のA級ジャンパー”とだけ表示されている、そして戸籍上は宇宙往還機の事故によって死亡した事とされている人物。
シンジョウの属する秘密組織が拉致し、その身をもって“非道”という言葉すらも生温い実験を行なった、試験体ナンバー]V。
全てを奪われた男は、復讐者として還ってきたのだった。
「人の執念……………………」
その姿に、感に入ったようにシンジョウは呟いていた。
−
「へっ、何って場所だよ此所は」
事前に渡されていた情報に含まれていない、秘匿ブロックの中でリョーコは、知らず知らずのうちに毒突いていた。
被弾後に行なった損傷確認によって自らの【エステバリス・カスタム】が、殆どの戦闘能力を喪失したものの自航能力を残している事を確認すると、サブロウタによる救助を断ると、半身不随の自機を一三番ゲートへと侵入していたのだ。
本来であれば即座に母艦へと撤退すべき機体状況であったが、リョーコはその選択肢を選ばなかったのだ。
【ブラックサレナ】を追い掛けた理由は幾つかある。
その最大のものは被弾し、自航能力を喪った【ライオンズ・シックルス】隊救援に表れたサブロウタの駆る【エステバリス・Typ−S】とニアミス(最大接近時で二〇〇m)した際に、攻撃意志を表さなかったという事である。
機体の両腕に武器を携帯せず、肩部に設置された近距離誘導弾ラックのハッチを閉じていたとはいえ、戦闘が終了した直後の接近である。
その立場に自分があったならば、如何に火器管制レーダーを浴びせられていなかったとしても、即座にFCSを起動し、その相手に照準を合わせていただろう。
それが通常の反応であった。
だが、敵機動兵器はサブロウタ機が敵対行動に含まれそうな事を一切していなかった為か、自らもFCS連動レーダーの照準を行なうこと無く通過したのだ。
それだけでは無い。
【アマテラス・セントラル・ステーション】へと突進する最中、軌道が交差し、自らに無防備な船腹をさらしていた【ナデシコb】に対しても(【ナデシコb】が近接防御システムを起動させなかった為)FCS管制用のレーダー照射を行なわなかったのだ。
お互いに火器管制レーダーをお互いに照準させる事無く接近する二つの存在。
緊張した一瞬。そして何事も無いかのように【ナデシコb】と【ブラックサレナ】は軌道を交差させていた。
其処には、“邪魔する者は叩き潰す。だが、邪魔せぬ者には攻撃を行なわず”という、襲撃機のパイロットが持つなにがしらの、行動規範−或いは理念とも呼ばれ得るものが明瞭に見て取れていた。
そう。リョーコはそんな敵機のパイロットに、一種、信頼と呼ばれるものを抱いたが故に、そして、それ程のパイロットが死に物狂いで求めるものを知りたいが為に、その背を追う事を決めたのだった。
何とも軍人らしくない、同時に何よりも自分というものを大切にする者たちが集まっていた【ナデシコ】という名の機動戦艦の旧乗組員として、或いは木連と地球との和平を願って尽力した者の一人に相応しい判断であった。
なお全くの余談ではあるが、この時のリョーコ機体が撮影した“何事もなくニアミスするコロニー連続爆破機と宇宙軍所属の戦艦”という映像は、後に『コロニー連続爆破事件の真犯人は宇宙軍である』という推理−実態は誇大妄想に近いものの有力な証拠とされ、【アマテラス・セントラル・ステーション】襲撃事件において最も有名な動画となったという事である。
「やっぱ、トリプルCからの内部誘導も来やがらねぇか……………………」
【アマテラス・セントラル・ステーション】管制域内であり、自動的に施設管制電算機よりの支援を受けられ筈が、
ナビゲートシステムとも情報リンク機能はであるにも関わらず、
『データ未検出』の文字のみが表示されている環境状況ディスプレイを脇目に見ながらリョーコは、愚痴に近いものをこぼしながら半壊した機体を慎重に操っていた。
秘匿ブロック。
公式資料に記載されていないという事は、自分がこの場所を支配する者にとっては友軍と見做されていないという事であり、即ち、それは敵地と意味であった。
もっとも、侵入者迎撃システムの殆どは先行した【ブラックサレナ】によって尽くが破壊されており、リョーコ機が妨害を受ける事は無かったが。
その時、左側の肘掛に存在したコミュニケ受信ランプが自らの存在を主張した。
小さく表示された通信相手の情報。
黒地に白抜きで描かれた文字は『FE−SPACY EBB−NI−02001 NADESIKOb 』。
通常は常時開放回線で使用されているコミュニュケではあったが、機動兵器パイロットの場合、その任務中は様々な理由から回線は音声のみとする事が義務付けられているのだった。
唐突に話し掛けるのではなく、最初に相手に対して通信認可を求めてきたルリの“遠慮深い”と評すべき、或いは【ナデシコa】乗組み時より変わらぬ思慮深いルリの態度に、リョーコは懐かしさと、変わらぬ事への何らかの可笑しさを覚えて小さく苦笑を浮かべると、封鎖していたウィンドウ回線の再接続を行なった。
『大丈夫ですかリョーコさん』
「おお。まっ、どうってこたぁねぇよ」
首を動かし、忙しく周囲を確認しながら応えるリョーコ。
本来、近距離であれば全方位に対する自動警戒が可能なシステムを搭載した【エステバリス・カスタム】であったが、現在、人の頭部形状を模したメインセンサーポッドに被弾、喪失し、対物/動体センサーが機能不全に陥ってしまっている為、パイロットであるリョーコにはその警戒システムの代役として、昔ながらの自らの眼で周囲を把握せねばならない状況にあった。
最も、センサー群と同時に光学探知システムも三割以上が機能停止を起し、視界は極々限られたものとなっていたが。
いや、それ故にリョーコは頻回に首をめぐらせているのだった。
狭所における視野不良。
しかも【ブラックサレナ】に破壊された要撃システムの残骸だけでは無く、敵戦艦が、【アマテラス・セントラル・ステーション】の側面を抉るように放ったグラビティブラストの影響か、様々な宇宙塵やら備品、器材といったものが大量に漂流していた。
もっとも、木連との大戦中後期の殆どを第一線で戦い抜いた熟練のパイロットであるリョーコにとって、この程度は“障害”という言葉の範疇には含まれぬ程度の問題でしか無かったが。
「まっ、何だぁ、その、改めて言うのも何だが、元気かルリ?」
『はい。リョーコさんもお変わり無いようで』
「へっ、オレは躯の頑丈さだけが取り柄みたいなもんだからな」
そんなリョーコ言葉に、何とも言い難いと口篭もったルリ。
そんな一瞬の間を突いて、リョーコはルリに質問−或いは、自身の内心に宿った想像を確認する為の言葉を放っていた。
「ルリ。オメェどうしてあの時、フネ(【ナデシコb】)の近接防御を起動させなかったんだ?」
『……………………』
沈黙。
そして意を決したルリは、逆にリョーコに質問を放っていた。
『じゃぁリョーコさんはどうして、そんな状態の機体でテキの後を追うんですか?』
「テキ……………敵かっ……………………なぁルリ」
『はい』
「オマエはアレが敵だと思うか?」
『……………………』
しばしの沈黙。
リョーコ機がまた一つ、破壊された隔壁を潜り抜けた。
「アマテラス内を乱舞してるウィンドウ…………OTIKAの文字………………アキト………………テンカワ?……………………………」
ウィンドウ越しにもルリの躯が僅かに震えたのがリョーコには判った。
言葉を発せずとも、それが明瞭な答えとなっていた。
やや強ばっている、妖精ともうたわれた秀麗にして無垢を感じさせる貌。
だが今のリョーコにはそれが、内側に湛えた膨大な何かに必死に堪えている様に見えていた。
「………その反応からすりゃあ判るよ…………………オメェも想っているんだろ?…………………………アレのパイロットがテンカワ・アキトなんじゃ無いかってさ」
さらりとルリが言いづらかった事を口の端に上げるリョーコ。
『…………どうして…………………どうしてそんなにハッキリと言えるんですか…………』
「コレ(エステバリス)に乗った事の無ぇオメェにゃぁ判りづらいかもしれねぇが……………………まあ判りやすくいやぁ“癖”って奴かな。そう射撃する時のな…………」
少しだけ遠くを見つめるリョーコ。
その瞳に何が映されているのか、ルリに知る術は無い。
故にリョーコの言葉を待った。
「何度もアイツに助けられたし、オレもアイツを助けた。だから躯が覚えてるのさ。アイツはアキトだってな…………」
そう諳じるように呟いた後、リョーコは自分が言った言葉に赤面し、“何だが妙な表現だが誤解すんなよ”といって笑う。
ルリもそれにつられて少しだけ、ほんの少しだけ笑った。
「だからよルリ。オレはアイツが何がしたいのか知りたいのさ。オメェもだろ?」
『はい。私も……………………私もアキトさんが何を考え、何の為に動いているのかが知りたいです』
しっかりとした、強い意志の輝きを宿した金色の瞳。
それを確認したリョーコは自機の動きを速めた。
−
立体表示されている【アマテラス・セントラル・ステーション】第一層第五域の透過図に、“ブラックゴースト”と仮名されている敵機動兵器が秘匿研究ブロックである【D−51】へと迫る様が映し出されていた。
「敵、第五隔壁突破!」
「隔壁閉鎖まだか!?」
「駄目です!中枢電算機の制圧率22・41%まで低下!!制御権を奪回できません!!!」
「要撃システムはどうした!」
「命令…………拒否!?……………………要撃システムを司る第一一補助支援電算機が制圧されました」
「早いな…………物理的に侵入路(回線)を遮断できんのか?」
「…ええ……やっています…………いますけど……………畜生、駄目です!……………………アマテラスの各種通信回線の殆どから侵入されています!………………………………クソッタレ!なんてパワーだ!?補助用の電算機じゃ演算速度が追いつかねぇ!!」
トリプルC中央発令フロアの下、第二管制フロアにて悲鳴の様な怒声を飛びかわせてる電算機管制員達。
そんな騒ぎを無視して、シンジョウは未だ生き残っている監視カメラから送られてくる“ブラックゴースト”の傷だらけの姿をじっと見ていた。
「時は満ちたか……………………」
駒の殆どは揃っていた。
蜂起後に展開する予定の全ての作戦準備も、ほぼ整っている。
後はアマテラス潜伏部隊の指揮官たるシンジョウの決断、いや言葉一つだった。
気が付けば、手隙のトリプルC詰めの士官たちの殆どがシンジョウを見上げていた。
一つ頷くシンジョウそして気合いを込めて宣言する。
『プラン“乙”発動!総員は所員はすみやかに所定の手順に従った行動せよ!!』
後ろ手に手錠をかけられたアズマが吠えていた。
「離せ、離さんか!儂は逃げはせん!」
「准将お静かに!」
両腕を抱えられているという屈辱的状況に、身を捩らせるアズマであったが、両脇を固める屈強な二人に取り押さえられ、如何にもがこうともその軛を脱する事はかなわずにいた。
やがて諦めたのか、アズマは忌ま忌ましげに舌打ちを一つ鳴らすと、暴れるのを止め、数分前までは忠勇な副官と信じていたシンジョウを睨みつけた。
「シンジョウ中佐。君は何を企んでいる!君等はいったい!?」
人を殺しかねない程に強烈に睨んでくるアズマの視線を、逸らす事無く正面から受け止めるシンジョウ。
暫しの間。そして口を開く。
「地球の敵。木連の敵。宇宙のあらゆる腐敗の敵」
「?」
「我らが名は〈火星の後継者〉!」
そこにはやる気の無い副官シンジョウ中佐の姿は無かった。
爛々と眼を輝かせ、総身より激しき覇気を放っている、〈火星の後継者〉の一員としてのシンジョウの姿があった。
−
あらゆる公式資料に一切記載されていない秘匿研究ブロック【D−51】。
その秘密のエリアへの最後の隔壁の前に降り立った【ブラックサレナ】。
漆黒の機体の背部に装備された、尾にも似たウェイトカウンターとしての機能も持つアンカークローが隔壁制御パネルへと伸びる。
その鋭利な爪先が割れ、微細な接続端末コードがパネルと接触した。
『パスワードを入力してね』
電子合成された案内音声が能天気な声を投げ掛けてくる。
「ラピス。パスワードの解析を」
(了解)
閉回線の物理的にも独立した施錠保安システムである為、如何なオモイカネ系大型電算機の最新型であるミネルヴァと数少ない貴重なIFS強化体質オペレーターであるラピスの組合せであっても、回線端末への直接的な接触が必要だったのだ。
(開始シタ…………ぷろてくと第三マデ解除。アト二ツ)
「焦るなラピス。確実に頼む」
(ハイ……………………あきと、後ニ…………)
「ああ。判っている…………」
(…………イイノ?)
「………………………………」
ラピスの、心底から自分の事を案じてくれている言葉に、アキトの唇が自嘲の笑みを刻んだ。
その瞬間、【ブラックサレナ】の後方の壁面にて小爆発が発生し、そこに出来た破孔より深紅の【エステバリス・カスタム】が姿を見せた。
そして【ブラックサレナ】に向けて打ち込まれ−或いは照射されてくるレーザー通信。 【エステバリス・カスタム】の左胸部に取り付けられたレーザー通信、発/受光部が瞬き、それを受け取った【ブラックサレナ】の電算機が圧縮されて送られて来た通信内容を自動的も解凍表示させていた。
一番最初に画面に現れたのはリョーコであった。
『この娘が、この娘がアンタに話をしたいんだそうだ』
緊張からか、やや堅い表情でそうまくしたてて、直ぐ様切り替わるリョーコとルリ。
通常使用されているコミュニュケを利用したウィンドウ通信システムに比べ、一方的に光(レーザー)を極短く点滅させる事によってデーターをやり取りするレーザー通信は、安価な受光装置さえあれば簡易であり電波障害などに強い反面、受け手の様子が確認出来ないという欠点があり、その欠点が今回も出ていた。
リョーコ以上に緊張した面持ちのルリが、聴いていて欲しい。そして相手がアキトであって欲しいとの願いをこめて口を開く。
『初めまして。私は連合宇宙軍所属【ナデシコb】艦長ホシノ・ルリ少佐です。コミュニュケ回線が封鎖されていましたのでこんな強引な手段を使ってしまいました。すいません………………………………あの、アナタは誰です?アナタは…………』
それは一種、奇襲にもにた衝撃をアキトに与えていた。
「ルリちゃん………………………………」
口元が少しだけ優しげに緩む。
だが、現状は控えめに言っても劣悪であり、気を緩められる状況には無かった。
そして何よりも、アキトにはルリの為に自分はかつての義娘と決別すべきとの決意があった。
故にアキトは笑みを一瞬で消す。
「ラピス、解析終了はまだか?」
(アト…………アト一〇秒)
「頼む…………」
そう言うと、指先をレーザー通信の制御パネルに伸ばす。
『時間が無い。付いてくるのは勝手だ……………………』
(アキト解析終了。げーとろっく解除)
接続端末コードが制御パネルを叩く。
その文字は『SNOW WHITE』。
轟音を響かせ、重厚な厚みを持ち赤黒い塗装の施された、まるで戦艦一隻分にも相当しそうな程に巨大な装甲隔壁がゆっくりと開いていく。
『来るか?…………護っていたものの正体を見る為に』
『なっ…………!?』
言い捨てて、再び前進を開始する【ブラックサレナ】。
その身が通路の暗やみに没そうとした時、我に返ったリョーコは慌ててスロットルを握り直し、自らの機体を進めさせる。
暫し無言。
何処か遠くで鳴っている非常サイレンと、二機より噴射されている推進剤だけが、その通路を支配していた。
自然、息を殺して進むリョーコ。
やがて、僅かばかりの赤身がかった非常灯だけが照らしている、黒々とした通路の先に在るモノが、リョーコ機に僅かばかり残ったセンサーの探知圏内に入る。
『?…………』
ソレは何処か見覚えがあるものであった。
次第に輪郭が見えて来るソレ。
ソレは何か戦艦の様な形をしていた。
生き残っていた僅かな対物センサーが、ソレの全体像をワイヤーフレーム画像で表示されていった。
『『!』』
所々に防塵シートが掛けられ、装甲板をはぎ取られて構造材を剥出しにされていたが、ソレは確かに戦艦であった。
『ぁっ、あぁぁっ!おいルリ、見えているか!おいルリ!』
かつてリョーコやルリが搭乗し、地球と木連との不毛な戦争を終わらせる為に奮迅した戦艦。
『リョーコさん落ち着いて…………落ち着いてリョーコさん』
激昂するリョーコを諌めるルリの言葉も、ルリの受けた心理的衝撃によって感情が一切削ぎ落とされたものとなっていた。
【NI−ES−N001 ナデシコ】
或いは【FE−SPACY BB−N001 NADESIKO】の名で呼ばれていた、太陽系最強ともうたわれた機動戦艦。
そして、全ての問題を消し去る為、乗組員たちの手によって【火星の遺蹟】の主演算ユニットを積み込み、深宇宙へと永劫の旅へと旅だたさせた筈のフネ。
『どうしてだよ!』
『リョーコさん落ち着いて下さい』
激情に駆られて機体を【ナデシコa】に突進させるリョーコ。
その内側に宿っていたのは、自分でも判らぬ苛立ち、そして何よりも悲しさだった。
『リョーコさん』
『何でだよ、何故だよ。どううしてなんだよぉ…ぉぃ………』
段々と言葉と小さくなり、やがて囁くように声を洩らすリョーコ。
居住ブロックが切り離され、相転移炉や【Y−ユニット】も取り外され解体されつつある【ナデシコa】の上に【エステバリス・カスタム】がゆっくりと接着した。
『…………これが【ヒサゴプラン】の正体だ』
リョーコと同様に、いやそれ以上に沈痛な表情で唇を噛み締め【ナデシコa】を眺めるルリ。
そんなリョーコ機の後方に、全周警戒をしつつ接着する【ブラックサレナ】。
「……………………遅かったか…………」
落胆の色を滲ませて呟くアキト。
【D−51】は照明が落とされており、明らかに器材等の搬出が行なわれた後に見えていた。
「ラピス撤収準備を…………完了次第、ポイント72−2へと撤退しろ」
(了解…………デモあきとノ撤退支援ハイイノ?)
「何とかする。此所まで連中の深部に来たんだ北辰どもにも挨拶程度はしておきたい。コッチは気にするな」
(判ッタ。デモ無理ハシナイデあきと)
心配するラピスを安心させる様にか、珍しく軽口を叩くアキト。
だがその相貌に走る輝跡が、アキトの本音を表していた。
殆ど無警戒に【ナデシコa】の艦上に立っているリョーコ機を囮にするかのように、生き残っていたセンサー群を総動員して周囲を警戒しているアキト。
『何でこんなモンがこんな場所にあるんだよ!…………これじゃぁアイツらが、アキトとユリカの奴が浮かばれねぇよ……………………』
『…………リョーコさん』
『革新的であり、同時に危険な技術でもあるボゾンジャンプの安全の為の独占と、そのボゾンジャンプに支えられた人類の新たなる秩序の構築。それが連中のうたい文句だ』
暗い、冥府より響いてくるが如きアキトの言葉。
『それでですか…………あのデータは……………………』
『見たのか』
『はい…………』
それは、ハーリーに命じて一部のハッキングしたデータを解凍した時に見付けたものだった。
只、ファイル名には“実験結果”とだけ素っ気なく表示されたファイル。
サイズが小さかった為、ルリは何とはなく内容を表示したのだった。
一覧表として顔写真と名、性別、年令のみが表示された左側の被験者録と、それに付随する各種実験内容の概略。そして成功と失敗。被験者の生と死のみで画面右側に表示された実験結果。
それは、単なる情報としてのみ処理された、三〇〇名近いA級ジャンパーを対象になされた数々の生体実験の結果報告書であった。
或いは、存在の痕跡か…………。
『誰なんだよ…………その“連中”ってのはよぉ!』
憤怒。
正にその言葉こそ相応しい表情を見せるリョーコ。
…………チャリン
…………チャリン
…………チャリン
その言葉に被さるように鈴の音が鳴った。
『?』
「一夜にて、天つ國まで伸びゆくは、瓢の如き宇宙の螺旋…………」
『なっ誰だ!?』
『リョーコちゃん左!』
『くっ!』
突如として顕れた影。そして攻撃。
『ちぃっ!』
警戒は怠っていない筈であった。
自らの機体が損傷している事も十二分に自覚しているつもりだった。
だが、それでも【ナデシコa】に意識が集まりすぎていたリョーコは、その一撃を避けきれなかった。
両足の無い、まるで猿の如き機動兵器が両手で保持した錫杖の如き武器を突き刺さんと突進しかけてくる。
咄嗟に機体を相対させ、左腕でアサルトピットを護るが、その代償として肘から先の左腕が吹き飛ばされていた。
『このぉっ!?』
激震がリョーコを揺さ振る。
だが襲撃はこれだけでは無かった。
「「「滅!」」」
画面一杯に広がった、錫杖を振りかぶった三体の敵機動兵器。
『くっ!』
投じられた三本の錫杖。
最後の意地か、リョーコは自らに迫ったソレを眼を瞑る事無く見つめていた。
鋭く尖った矛先。
だがそれはリョーコ機の前に迅雷の勢いで現れた影によって、一本たりともその深紅の機体突き刺さる事は無かった。
−
〈火星の後継者〉を名乗る叛乱軍の決起文−或いは宣告とも呼べるものを延々と放送しているウィンドウ。
だが【ナデシコb】の艦内でそのようなモノを聴いている閑人は殆ど居なかった。
第一種戦闘配置であり、戦闘要員が部署に待機しているのが最大の理由であったが、もう一つ【ナデシコb】の基本的な乗組員の数の少なさというものがあった。
例えば、ほぼ同じ大きさを持った【ライラック】(改【リアトリス】級一二番艦であり、現在の連合宇宙軍月方面第二艦隊旗艦任務艦。本級は大戦以前に初期設計の行なわれた、いわゆる前ナ級戦艦ではあったが、その基本設計の優秀さと積載許容量の大きさから相転移機関等の新機軸技術の導入にも良く耐え、現在でも有力な大型戦闘艦として宇宙軍と統合軍の艦隊戦力の中核を担っている)と【ナデシコb】とを比較した場合、【ナデシコb】の定員数が一七四名であるのに対し改【リアトリス】級は七九二名と成っていた。
それは、【ネルガル】が【ナデシコb】の省力化に、かなりに気を配った設計を行なった成果であった。
木連との交流によって自然と発生した技術の爆発的進歩。
だがそれ以上に、この定員数の少なさは【ナデシコb】が本格的な戦闘を考慮されていない、実験艦としての性格を強く持っている事が上げられる。
艦番にもE−Examination(試験)の文字がある事からも判る通り、【ナデシコb】は元々が“ネオジェネシスプラン”において採用される予定の様々な技術の運用実証と試験とを主任務とする試験戦艦であり、その為、元々配属されている人員定数は通常型戦艦に比べてかなり少ないものとなっていたのだ。
その数少ない乗組員は、現在、艦内に収容した避難民への食料や毛布とったものの手配や、回収した負傷兵への応急手当て−流石に、アズマもルリの【ナデシコb】を応急の病院船とし、負傷兵を受け入れるという提案を蹴るほどに浅慮な判断は行なわなかった。因みに、この【ナデシコb】の応急病院船に伴い、現在その船腹と艦僑部上部の光学迷彩用可変色装甲部に白地に赤い十字のマークが映し出されていた−等の仕事が重なっている為に、凄まじく忙しい状態にあった。
雑然として、艦内を右往左往する乗組員たち。
ブリッジすらも、その喧騒から無縁ではいられなかった。
【アマテラス・セントラル・ステーション】の中央電算機より奪取した極秘文書(但し、表向きには〈火星の後継者〉より奪取したものとして記録している)の類別などに忙殺されているのだった。
それは【ナデシコb】副長補佐勤務者にして、【オモイカネ】の第二位調整オペレーターたるハーリーも一緒だった。
展開したウィンドウボールの中、ハーリーは自分専用に与えられていた第三世代型オモイカネ系電算機【ラジェンドラ】を駆使して、並みのオペレーターの一〇〇人分にも匹敵する量のデーターを処理していた。
「艦長。第四データブロックの調整終わりました。全ての終了まで後一四一秒です…………艦長、艦長?大丈夫ですか艦長!」
誇らしげな、いや、嬉しくてたまらないとった表情でルリに報告するハーリー。
無論、ハーリーはデーターの調整が終了した事が嬉しいのでは無く、それを素早く済ませた事をルリが讃めてくれるのでは、と期待して嬉しげな表情を見せていたのだ。
だが、そんなハーリーの瞳に映るルリは、何処かしら脱力した様な、或いは張り詰めたものが全て失せてしまった様に見えていた。
「……………………何でもありません。大丈夫ですよハーリー君。それにご苦労さま」
「あっ、いえ、その、全然苦労なんかじゃないですよ艦長!」
ルリの浮かべた笑みに顔を真っ赤に染めて喜ぶハーリー。
それ故にハーリーはルリが笑みを見せる前、ウィンドウを凝視していた時の表情に気付けなかった。
「…………はい。それよりハーリー君、【ナデシコb】のトラック泊地への長距離航海の航路計算を行なっていた下さい。多分、〈火星の後継者〉を名乗った人たちはココを爆破するでしょうから」
「ココ?【アマテラス・セントラル・ステーション】をですか!?でもどうして??」
「詳しい話はまた後で。ハーリー君…………」
そのルリの言葉が終わらぬうちに、ウィンドウの〈火星の後継者〉の放送がルリの言葉を裏付けるように宣告する。
『…………占拠そうそうで悪いのだが我々は【アマテラス・セントラル・ステーション】を爆破する…………』
「だそうです。今のアマテラス重力/引力情報が使える内に脱出します。急いで下さいねハーリー君」
「はっハイ!!」
『聞いていましたねサブロウタさん。貴方は【ライオンズシックルス】の回収作業を中断してアマテラス内に孤立しているリョーコさんの救出に向かって下さい』
何処か、それまでとは違った緊張感を漂わせながら、ルリはサブロウタにも命令を発する。
『いいんスか艦長?』
『回収作業は、艦載する小型作業艇でも可能です。それより…………』
『そうっス。オレ等の事は構わんでいいから隊長ん方を頼んますタカスギ大尉!』
ルリとサブロウタの回線に割り込んでくるのは 機体の被害が比較的軽度であり、身体に怪我のなかった為、【ナデシコb】艦内への収容が三機中一番最後とされたアマミヤであった。
最も、軽度とはいってもアマミヤ機は背面の重力波ユニットが粉砕され内蔵電源で僅かばかりの生命維持システムが起動しているだけであり、酸素の残量に至っては最低保有限度量表示の赤線を割りこんでいるという有様であった。
有り体に言えば“持って五分”という状態であった。
普通の機動兵器乗りであれば脂汗を流し、神だの悪魔だのへと祈りでも捧げたくなるような状況であたが、アマミヤは微苦笑を浮かべていた。
明らかなやせ我慢。
だがルリとサブロウタは、あえてアマミヤのやせ我慢に付き合う事にしていた。
『…………という事で宜しくサブロウタさん…………回収班は【ライオンズシックルス】の皆さんの回収をお願いします』
『わっかりました艦長。でもいいんスかソレで。アッチの黒い方は…………』
ウィンドウに映っている【D−51】ブロックでの戦いは明らかに、統合軍が“ブラックゴースト”と呼んでいる黒い機体側が劣勢だった。
【アマテラス・セントラル・ステーション】を防備していた統合軍を蹴散らした“敵”ではあったが、サブロウタにはその行動の裏には義、或いは信念と呼ばれるものが存在しているように見えた。
戦っている相手は〈火星の後継者〉を称する賊軍。
俄に判断の出来るものでは無かったが、サブロウタには黒い機体を支援すべきではないのかという思いが芽生えていたのだった。
『………………………………構いません。リョーコさんを連れての脱出を優先させて下さい』
返答の遅さ、或いは沈黙の長さがルリの苦悩を現していた。
『了解!』
気合いの乗った主人の言葉に付き従い、外装部が連続した小爆発を起こしている【アマテラス・セントラル・ステーション】へと突進する【エステバリス・Typ−S】の群青色の機体。
「大丈夫ですよね…………」
祈るように呟くハーリー。だがルリはその声を聴いていなかった。
殆ど囁くようなルリの言葉。
「“リョーコちゃん”…………か…………」
其処には祈るようなものが含まれていた。
或いは自分を納得させる為の言葉か。
「……………………あのヒト。あのヒトならそれで十分だろうから」
怪訝な顔をするハーリー。僅かに聞いたその独り言の意味を理解しえなかったから。
しかし、それも当然の事だろう。
機動第二〇一【ライオンズ・シックルス】中隊(独立)隊長スバル・リョーコ大尉。
統合軍機動兵器部隊の誇る、最凶の女性パイロットとの呼び声も高いウルトラエース。 “深紅のエース”や“烈火の姉御”。或いは“癇癪玉の女王”といった様々な二つ名を持ち、多くの人々から親しみをこめた呼ばれ方をする彼女であったが、ルリの、いや【ナデシコa】乗組員の知るかぎり“リョーコちゃん”と彼女の事を呼ぶのは只一人だけであった。
テンカワ・アキト。
義父。
大切なヒト。
私を電子の人形からヒトへと変えたヒト。
私の……………………。
足元より伝わる振動。
始動した核パルスエンジン。
サブロウタ機を回収するまでは本格的な加速は行なわないとはいえ、少しずつ動きだした【ナデシコb】。
ブリッジからは火に包まれゆく【アマテラス・セントラル・ステーション】がはっきりと見えていた。
「ディストーションフィールド、レベルVで展開。総員、対空監視宜しく。帰還コースは【R−22−3−N−39】を使用します。目的地は月衛星軌道、ブラウン/クロサキステーションです」
矢継ぎ早に指令を下したルリ。
ルリ指揮下、有能な【ナデシコb】乗組員は発せられた命令に従って的確に、自らの職責を果さんと行動を行なっていく。
そんな激しい時間の中で生まれた、極僅かな間。
再び、もう艦後方にしか見えない【アマテラス・セントラル・ステーション】の姿をウィンドウで望むルリ。
「…………アキトさん……………無事でいて下さい………」
本当に囁くように発せられた言葉。
第一級戦闘配置の発令に伴って照明の落とされたブリッジの薄明りに溶け込むようなただ一筋だけ流れた誰知る事無き涙痕が、堅くIFSコントロールボールを握る手が、そして食いしばられた唇がルリの心を映していた。
胸がキリキリと痛んだ。
張り裂けんばかりに痛かった。
だが、ルリには果さねばならぬ事があった。
【ナデシコb】艦長としての責務。
「アキトさん…………」
故にルリは最後にもう一度だけその名を呟くと、【ナデシコb】とその乗組員一六六名他、収容した避難と負傷兵合わせて三三四名を地球圏へと安全に帰還の為に意識を集中させていった。
極僅かな、邂逅とは呼びへぬ時間。
そして再びの別離。
漆黒の王子と電子の妖精の道は、今だ交じりえぬ場所にあった。
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【ケイ氏の独り言】
まず最初に謝ります。
平身低頭です。
すいません皆さん、初っ端から濃いものをかましてしまいまして。
ラブラブなものやヒーロー、ダークヒーローなお話を求めている皆さん、すいません。 感の鋭い方、貴方の想像どうりです。
ケイ氏は、キャラよりもメカに愛情を注いでいる困ったちゃんです(威張り)。
フェチでは無く、オタクでも無くマニア。
そうメカマニアなのです(ぱんぱかぱ〜ん)!
スタジオぬえ万歳!
BGM代わりにはマクロス劇場版とマクロスプラスを流してキーを打ってます(笑)。
乱れ飛ぶミサイル、被弾し崩壊する敵機。
もっとも、そ〜ゆ〜オツムでんなモンばっか書いてるから、今だ異話の感想が一通も来ないんだという自覚は在ります(無理遣りに言わせた友人の感想は、只一言“濃い”−核爆笑−)。
まぁ何にせよ艦長に見捨てられるまで(笑)書いて行く予定なので宜しくお願いします。
艦長の独り言。
はい、艦長です。
まずは冒頭の”よくわかる第二世代〜”で笑った私は何者でしょう?(笑)
何はともあれドンパチ。
血湧き、肉踊るドンパチ。
やはり漢(おとこ(笑))ならドンパチ(謎)
ドンパチのない人生なぞ!
ミルクのないミルクティー!
エビのないエビフライ定食!
肉のないビーフカレー!
・・・・ちょっと錯乱しました(爆)
さあ、ドンパチ絶好調な(?)ケイ氏さんにメールを!
メールはここ!
アイランドに戻る/第2飛行甲板に戻る