「機動戦艦ナデシコ 〜異話 The Prince Of Darkness」
第七章【銃後の情景】
「艦名についてのあれこれ」
まあ平たく言えば、戦争に敗け込んで戦意が落ちたんで艦名ででも少しは明るくしようという程度の思いつきだったんですよ。
只、あんまり一般の乗組員からの評判は良くなかったですよ。
ええ。
まあ確かに戦艦【オオバコ】なんて名前のフネに乗っていて盛り上がるかといえばねぇ、アナタも判るでしょう(笑)。
でもそれを艦政本部では大真面目にやっちゃっていましたねぇ。
そう。それだけ追い詰められていたって事ですね。
そうそう、【ナデシコ】…………え?今は【ナデシコa】っていうのが正式名称?
B、C、D、といった後継艦が建造されたから?
まぁいいですよ。
その【ナデシコa】の話にも私らは大笑いしましたよ。
艦長…………あれっ最初は民間船籍だから船長かな?
え、法規上は準軍用艦扱いで艦長でいい?
はぁ、連合総会に手を回して…………ネルガルも色々とやっとったんですなぁ。
ああいや失礼。話が逸れましたな。
だからアノ有名なフネの艦長さんは女性でしょ。で、名前は【ナデシコ】。
おまけに船殻は、あの有名な馬型ですからね。
笑いましたよウチ(連合宇宙軍報道第五一分遣隊)の連中と一緒にね。
最も、あのフネはその後の活躍が凄かったですからね。
なんといっても通り名が「泣く子も黙る凶悪戦艦【ナデシコ】」ですから(笑)。
ホント、名は体を表すという言葉を真っ向から否定していたフネでしたね。
でも好きでしたよ、我々もね。
え?何で戦後になって艦の命名基準が旧来に戻ったかって。
さぁ詳しい事は知らんかったけど、何でも、あんまりにも脳天気な名称が多すぎてきたらしいって話ですよ。
いやいや、軍隊がそんなにいい加減な筈は無いって思うかもしれませんけどね、所詮は人間が作っている組織ですから……………………そこら辺はまあ(笑)、ねぇ。
(【連合宇宙軍報道隊よもやま話】より抜粋)
−
宇宙軍本部ビルの一角に設けられた第三情報分析/会議室。
その広めの室内は今、主照明が落とされ、卓上より照り反す間接照明が参加者の姿を暗やみより浮かび上がらせていた。
三〇人程度までならば余裕で列席できる会議室中央の円形卓に座る参加者は男女併せて七名と極少なく、いずれも上層部か、それに近い者だけを集めた極秘会議であった。
無論、議題は〈火星の後継者〉事件である。
専任の情報士官の出席が無かった為、ジュンが〈火星の後継者〉に関して判明したことを記載した報告書を読み上げていた。
「クサカベ・ハルキ、元木連中将。大戦中は実質的に木連のNa1。木連の若手将校達による、通称“熱血クーデター”においては自ら機動兵器を搭乗し出撃、戦闘中に行方不明とされていましたが…………」
ジュンの言葉と共に一同の前に表示されているウィンドウに、クサカベ・ハルキの三面図が表示される。
「生きていましたな」
「いや、元木連組としては誠に申し訳無い」
「まぁまぁアキヤマ君」
何とも恐縮した面持ちで深々と頭を下げる元木蓮軍中佐にして、現連合宇宙軍本部長アキヤマ・ゲンパチロウ少将。
そのアキヤマを軽い調子で諌めたのは連合宇宙軍総長である、ミスマル・コウイチロウ大将であった。
円卓中央に埋め込まれた立体映像投影装置が、〈火星の後継者〉に参加した人間の詳細な情報が記載された小さいウィンドウを開く。その数、約三百。
それでも、〈火星の後継者〉参加者の中では極めて重要度の高いものだけをリストアップしたものであった。
ここからも〈火星の後継者〉という組織の巨大さを理解する事は容易であった。
「ホシノ少佐が持ち帰った情報によれば、クサカベへの賛同者は多数。いずれも軍人、軍属、市民も含めまして、殆どの者が【ヒサゴプラン】企画立案に対し何らかの形で関与しています」
「連合はクサカベ一派の野望に格好の温床を与えてしまったという事ですな」
「残念ながら…………」
「その様だな。では企業側の推進組織である【クリムゾン】グループの方の反応はどうかね、ルリ君」
「現在の処、目立った動きは見られていません。【アマテラス・セントラル・ステーション】にて奪取出来た情報の解析は現在【ナデシコb】内にて実施していますが、残念ながら【クリムゾン】グループが〈火星の後継者〉に対して参加した明瞭な証拠は見つかっていません」
「公式にはそうなんだな?では現実にはどうなのかね」
その言葉に、堅肥りの男が口を開いた。
「云うまでもありませんね総長。連中(クリムゾン)はオーストラリアの本社工場こそ大人しくしちゃあいますが、アステロイドベルトの方に建設された工場衛星は形式不明の機動兵器を大量に生産中との事です」
機密保持の観点からネットワークに接続された情報処理コンピューターを使用せずに作成、印刷されて会議参加者の各人に配られた資料には、【クリムゾン】グループに属する全工場の電力消費状態と、資材の搬入状態の詳細が記載されていた。
「因みにコレは、【アマテラス・セントラル・ステーション】陥落後、但し統合軍が【ステルンクーゲル】の大量発注前の分ですね」
其処には明らかに工場衛星が全力稼働している様が表れていた。
「コバ君、量産されている機動兵器の詳細は解らないかね?」
「少なくとも【ステルンクーゲル】だけでは無いですね。それ以上は幾度か試みてはいるのですが、手にした情報はソレが【ハーピュイ】と【積尸気】という名で呼ばれている事ぐらいです」
「残念ながらアマテラスより奪取した情報にも、その機動兵器に関する詳細は記載されていませんでした」
コバの言葉をルリが補足する。
「詳細は不明、という事ですか」
「はい。念のため統合軍にも調査を入れてみましたが、彼らの新型機動兵器開発計画にはそれらの名は見つかりませんでした。また未確認ですが、【クリムゾン】が【ネルガル】の深宇宙探査計画に対抗してぶち上げた深宇宙長距離探査船団計画【マゼラン】のフネが数隻火星に向ってるとの事が上がっています」
「【マゼラン】プロジェクト、それは調査船かね?」
「はい。一〇〇〇メートルを遥かに上回る船体を持った調査船と、その武装護衛艦です。宇宙保安省に提出された航行計画には、〈火星の後継者〉による戦火を避ける為にアステロイドベルトの工場衛星に退避させるとありました」
「ほう?」
「但し問題は、この船団の航路は火星の近域を航行するという事です」
「?」
「公式には燃料の節約上の問題だそうです」
「何ともまぁ慎ましい話ですな」
ムネタケの言葉に、一同より失笑が漏れる。
もっとも、血圧を上げた者もいたが。
「航行の阻止は出来ないのですか!」
「まぁまぁ落ち着きたまえアオイ中佐。君の気持ちは解るが、現在のところ我々にその権限は認められていないのだ。仕方がありませんよ」
「参謀!」
「アオイ君、今は状況分析と対策を考えるべき時間だ。落ち着きたまえ」
「はっはい」
「では報告の続きを頼む」
「はい。では木連の状況なのですが、残念ながら木連軍側にも不穏な動きが見られています」
旧木連の人脈を使って祖国の内情を探っていたアキヤマが報告する。
その口調には隠し切れぬ苦々しさがあった。
「休戦による経済的な落ち込みが、強硬派に再び活力を与えている模様です」
「何処も同じですな」
ムネタケが肩を竦ませるように言葉を洩らす。
その言葉にコウイチロウは無言でその先を促す。
「地球圏の諸州も、一言で云へば“準戦争状態”です。三国同盟(日米英海洋州共同体)とユ連(ユーラシア諸州連盟)の各州はそれぞれの自州軍に対し第二種動員令を出しています」
「下手な管区軍よりも強力な州軍が動くか…………」
「フン、【G−Thirteen】が割れるか。他の諸州はどうなっとる?」
「まぁ静観といった案配ですな。何処も積極的に動いて利益は得たいが、そのせいで下手に目立って見せしめにされてはたまらん、といった所でしょうな」
「所詮、人間の敵は人間。そういう事ですか」
「そう云えば“木星蜥蜴”の正体も…………失礼、アキヤマ少将」
「いや構わんよアオイ中佐。しかし総長、状況は極めて混沌としていますな」
「ああその通りだよアキヤマ君。そしてその混沌とした状況下で我々に出来ることは極めて限られている」
憮然とした表情を隠す様にコウイチロウは卓上に肘を突き、口の前で両手を組み合わせる。
「ですな。連合の臨時評議会でも我々(宇宙軍)に対して討伐命令は発せられる事は無い模様となっとりますな」
「強大すぎる力は不要…………正に“兎、死して猟犬食され、国建って功臣誅され”ですな」
「我々の夏は終わった。まぁそういう事だな」
−
『我々が生み出した恥辱は自らの手で晴らさねばならない!』
それが、統合軍の保有する各方面艦隊より即時戦闘可能な艦艇を掻き集めて編成された第一連合艦隊司令、サワキ・トシカネ中将の訓辞第一声であった。
戦艦一〇、空母九、重巡航艦八を基幹とし、これに五個護衛駆逐戦隊(一個護衛戦隊 防空巡航艦二、護衛艦八)と、四個航宙雷撃戦隊(一個航宙雷撃戦隊 重装巡航艦一、駆逐艦六)。
長距離輸送艦や艦隊随伴型補修艦を含む補助艦艇を含めれば優に一〇〇隻を超える長駆遠征の為の大艦隊であった。
そして、それらの天空を駆る艨艟たちを束ねし旗艦、その名は【プレジデント・ワシントン】。
全長七〇〇メートルを優に上回る巨大な船殻を持ったこの【プレジデント・ワシントン】と、その左舷の宙域に姿を見せる【フリードリヒ・デァ・グロッセ】という、統合軍の誇る鋼鉄の姉妹は、宇宙軍の保有する準姉妹艦である【ダイナスト・ノブナガ】と【クィーン・エリザベス】と共に「ドミニオン」級と一般には総称されている超大型戦闘艦であり、平時には統合軍を象徴する戦艦であった。
その【プレジデント・ワシントン】の豪奢な内装(但し、その改装経費は全てサワキの私費による)の施された司令官公室にて、サワキは自らの手にした名誉に酔いしれた表情にて第一連合艦隊の全艦へと激を飛ばしていた。
『地球統合平和維持軍は、正義の軍でなければならないのだ!』
それは熱意を含んだ、だが空疎さをもった言葉の羅列であった。
第一連合艦隊に属する九隻の空母の一つ。
航宙用戦闘艦としては珍しい双胴型船殻を持ち、煤一つ付いていない真新しい純白の塗装に身を包んだ【アルミランテ・セルヴェラ】級機動空母のネーム・シップである【アルミランテ・セルヴェラ】の士官室にスバル・リョーコの姿はあった。
「へっ…………馬鹿みてぇだな」
壁ぎわに表示されているウィンドウが流している訓示に、藍色の第一種軍装に身に付けていたリョーコは手元の珈琲カップを、眉を歪めさして旨そうにも思えぬ表情で傾けながら呟いていた。
やや醒めかけたソレは、予想どうり不味かった。
「何がッスか姉御?」
「いや“正義”ってよ………………………………いや、何でもねぇよ。それより部隊の方はどうした?ヤサ(母艦)が替わったんだ。どんな具合だ」
リョーコ同様に第一種軍装に着込んでいた言葉を飲込み、自嘲気味に唇を曲げたリョーコの表情に一瞬気をとられ、慌てて取り繕う様に言葉を紡いでいた。
二人が、殆ど礼装にも近い第一種軍装に袖を通していた理由は、二人がネルガル重工の月面第一工場へと、生産されたばかりの【エステバリス・カスタム】を受領する為に向うからであった。
【アマテラス・セントラル・ステーション】攻防戦にて損耗した機体(二機分の〇G戦フレームが修理不能と判定されていた)の補充だけであれば一人でも十分であったが、リョーコ専用機の方は微細な調整が必要であった為、リョーコ自ら工場へと向う必要がある為であった。
そして今、月方面へと向う高速連絡艇が来るのを待っていたのだった。
「?えっ、いや大丈夫ですよ。ウチ等にしてみりゃあ【トリカブト】も本艦も似たようなもんッスからね」
旧式の軽改装空母と、最新鋭機動空母を同一のものと言うアマミヤ。
だがそれも仕方の無い事であった。
実際、【アルミランテ・セルヴェラ】の艦内々装は殆ど下塗りがなされた程度であり、椅子や卓等といった備品などは何処ぞの倉庫の奥から引っ張りだしてきたらしい、かなりくたびれた雰囲気の漂うものであった。
最新鋭の船体に比しては、何とも奇妙なものではあったが、これも【アルミランテ・セルヴェラ】が、艤装も半ばで月低重力造船ドックから戦列に加えられる事となり、本来積み込まれる予定だったものでは無く、N−37予備艦艇保管所にて旧式保管艦艇から取り外され、管理ステーションの倉庫に保存されていたものを臨時に積み込んだのが理由であった。
艦長や航海長といった艦首脳陣は宇宙軍出身の熟練士官で編成されていたものの、臨時の艦隊編入である為に急いで配置された一般乗組員達は艦に慣れておらず、その練度は十分な水準へと達しいなかった。
故に、戦隊を組む機動空母【アクィラ】と【ジョッフル】、それに第七護衛駆逐戦隊との艦隊運動訓練では随分と危険な場面も幾度か見られていた。
最も、それは【アルミランテ・セルヴェラ】にだけに限ったものでは無かった。
第一連合艦隊の集結宙域であったリンガ泊地では、何処其処で似たような光景が繰り広げられていた。
寄せ集め。
急場乱造。
全体として、その様な印象の免れえない艦。そして艦隊であった。
だがそれも当然であった。
第一連合艦隊とは、地球圏を統括する第一(地球北天方面軍)、第四(地球南天方面軍)、第五(月方面軍)の三個方面軍から掻き集めた兵力を核に、第一(ヒサゴプラン防衛軍)、第二(緊急展開軍)機動軍からも兵員を受け取って編成された部隊であり、“寄せ集め”だの“急場乱造”といった言葉は正鵠を射ていた言葉であったのだ。
本来統合軍は、木連軍と地球連邦軍とを統合再編成して結成された組織である為、圧倒的規模の兵力(現宇宙軍の約一七倍)を誇る組織であり、その最大戦力単位である方面軍ですらも〈火星の後継者〉軍を遥かに上回る戦力を保有していた。
それ程の戦力を持った統合軍が、方面軍を動員するのではなく何故に寄せ集めの討伐艦隊を編成するのか。
それは、統合軍の総兵力中、実にその二割近い兵員が〈火星の後継者〉軍へと艦艇ごと参加しており、又、残り八割中二割の士官の動向に不鮮明な部分が見られているが故の事態であった。
即ち、統合軍を統括する統合軍参謀本部及び各方面軍司令部が、連邦及び州政府からの政治的な要求と自らの不安から、自分たちの手元から纏まった戦力を供出する事を拒否したのである(機動軍は参謀本部直轄の兵力である)。
「でも大丈夫っスかねぇ」
小声で呟くアマミヤ。
「?」
「本艦の乗員ですよ。ちょいと見た感じ、殆ど新兵ばっかしみたいっスよ」
巨艦であるが故、未だ艦内構造を把握しきれず、ウロウロと様々な区画を彷徨った挙句に古兵に怒鳴られている、まだ子どものような顔をした乗組員すらも居た。
大戦中の経験で言わせてもらえれば、こういったフネが一番良く沈んだのだと締め括るアマミヤ。
「………………天にめします何とやらにでも祈るか?フネの事までオレ等が考えていてもしょうがねぇさ。所で【アクィラ】と【ジョッフル】の連中との合同機動訓練はどうだった?」
「装備、士気ともに良好っスよ」
複雑な表情で顎を人差し指で掻くアマミヤ。
「練度は……………………か」
「まぁ正味、素質がありそうなヤツは多いんすけど…………」
「虎の子は何処でも温存」
「ええ。バリッバリの新造鑑が多いのもそんな辺りじゃぁないっすかねぇ」
【統合軍】
そう一言で括られてはいたが、その内実は決して一枚岩という訳では無かった。
基本的に統合軍とは地球連合地上軍と木連軍、そして宇宙軍という雑多な、そしてかつては敵対していた集団の寄り合いである為、当然ながらも旧所属組織間に根を発した様々な摩擦が存在していた。
無論、軍上層部でもそのような状態を座視していた訳では無く、その様々な摩擦、軋轢を解きほぐす為の策が練られてはいたが、〈火星の後継者〉事件はその融和策が効を奏する前に発生したのだった。
お互いを監視するが如き視線を交わし、疑心暗鬼へと陥っていたのだ(なお余談ではあるが、〈火星の後継者〉への参加者は二対八で地球系の士官−特に地上軍出身者−の方が多かった)。
「勝てるのかよこんなんで…………」
敵よりも、まず味方に警戒を払っている自軍の状況にリョーコは情けなさと一抹の不安を抱き、我知らず呟いていた。
「勝てると思うか?」
図らずもリョーコと同様の事を口にしたのは、第一連合艦隊に編入された九隻の空母を統括する第一航空戦隊群司令、シェクリンス・カースン代将。
軍人としては何とも“非常識”と評されても仕方の無い事を口にした場所は、第一航空戦隊群旗艦【フォン・リヒトホーフェン】内の司令官用公室。
相手は、訓練計画を報告に来た【フォン・リヒトフォーフェン】機動兵器戦闘団々長である桜木・S・ルース中佐であった。
「俺も軍人だ。ソレが不可能とは口が裂けても言わんが……………………贅沢を言わせてもらえれば、うん、そうだな、もう少しばかり錬成時間が欲しいってのは在るな」
“刎頚の友”という表現で評しても良い士官学校以来という気安さからか、桜木は司令官公室に備え付けの良くスプリングの効いたソファにややだらしなく身を預けながら応えていた。
「それは遠回しに“難しい”と表現したいという事なのか?」
「政治的な発言ってやつだな」
チン
シェクリンスが私物として持ち込んでいた白磁のティーカップは、桜木の指先によって澄んだ音を上げる。
そんな、気取った様な桜木の姿を、シェクリンスは何とも評しがたいといった視線で眺めた。
「士官学校のキング・オブ・脱走王も世紀の逆玉で牙を抜かれたか?世も末だな。貴様がよりにもよって政治的発言だとは!」
「知らねぇのか?人は日々成長するってんだぜ。ホレ、“男子、三日会わずんば刮目して見よ”っていうだろうが」
「成長………………刮目?………貴様がだと……………フン。それこそ“冗談はよせ”だな。美人のKAを持つと脳味噌に化学反応でも発生するのか?常識外もイイ所だ」
「嫌だねぇ。もてない男の僻みは」
「一寸待て、そいつは悪い冗談だぞルース。私は持てないのではなく…………」
コンコン
とりとめのない話の最中、唐突に司令官用公室の扉がノックされる。
「司令、紅茶のお代わりをお持ちしましたが」
そんな従兵の言葉に慌てて居住まいを正す桜木。
その様を苦笑混じりに眺めながらシェクリンスは、上級士官として最低限守るべきマナーを桜木が取り戻すまでは、従兵への入室許可は与えなかった。
「入っていいぞ」
ワゴンに乗せられて運ばれてきたティポットから漏れだす新しい紅茶の薫りが司令官公室に充満する。
そして、その従兵の退室を気に桜木は話を真剣なものへと切り替えていた。
「正味の話だシェク。機動学校から引っこ抜いて来た【ライオンズ・シックルス】と【イージーライダース】の二個中隊(独立)を中核に、【ムーンシューター】に【ソニックバーズ】。おまけに【スカルズ】といった大戦からコッチ、歴戦の面子を無理遣り掻き集めたお陰でウチ(第一航空戦隊群)の機動部隊の練度は低くは無い。いや、平均値として練度を見りゃあ多分、並みの方面軍よりは遥かに高い。だが……………………」
第一航空戦隊群の保有する機動兵器部隊は、上記の精強で知られた二個中隊、三個大隊の増強を受け取ったお陰で格段に強化はされていたが、それでも全機動兵器部隊の総数に比しては四分の一にも満たない量であり、四分の三大半は、実戦経験の少ないパイロット達であった。
「共同の作戦参加能力か」
「そういうこった。コレばっかりは錬成時間がモノを言う。そしてウチの機動兵器部隊にゃあそれが一番不足している」
そう言って苦笑いを浮かべる桜木。
「敵さんも多分、メイン使って来る機体は【エステバリス】か【ワルキューレ】、或いは【ステルンクーゲル】だろ。そうなりゃあ酷ぇ場合、同士討ちも考えられる」
「私としても上(第一連合艦隊首脳部)に出来るかぎり意見具申をしてはいるが、な」
「…………駄目か」
「ああ。梨の礫だ。上には此方からでは見えない何かが見えているのだ」
肘よりやや上までしかない左腕。
そのなびく左の袖に指を搦めるシェクリンス。
かつての第一次火星攻防戦にて喪われた左腕であれば正解を、この世の真理を知っていたかもしれない。
そんな表情であった。
そして桜木へ視線を移すや表情を一変させたシェクリンスは、全てを嘲笑する様に、唾棄する様に言葉を紡いだ。
「政治。政治。政治。そう全ては政治」
苛立たしさを塗り込み、小さく千切るように吐くシェクリンス。
「見てみろルース。コレが政治というものの集約、そのひとつだ」
「いいのかシェク?そんなモンを俺なんぞに見せちまって。下手すりゃあ軍法裁判もんじゃねぇのか」
「ああ。参本(参謀本部)からの公式機密文書ならばな。だがコレはその類では無い。気にするな」
汚物に触れるかの様にB4サイズの封筒を鍵付きの引き出しより取り出し、机の上に放るシェクリンス。
その封筒には[機密]と赤くスタンプされていた。
中に入っているものはたった三枚のB五紙。
『如何なる被害を払おうとも、早期に〈火星の後継者〉を自称する組織を殲滅すべし』
長々と、様々な修飾がなされてはいたが、そ三枚のB五紙に書き込まれていた事を要約すればその程度の事であった。
発した者は地球連合首相たるヴァンズ・D・ブリュント。
その宛先は対〈火星の後継者〉特別対策軍【第一連合艦隊】首脳部。
一つの事を除いて問題の無い文章であった。
「シェク、コイツは」
「そうだ。正規の命令系統が一切関与していない、首相より直々に送られてきた“私信”だ」
二年前の総選挙時には『【ヒサゴプラン】による太陽系全体の再興と再開発』を公約に掲げ、その際には【ヒサゴプラン】の発起人である【クリムゾン】グループよるり莫大な政治献金を受け取っていたヴァンズにしてみれば、自ら陣頭にたって推進した【ヒサゴプラン】が引き起こしたこの事件によって、なりふりに構ってはいられない立場へとなっていたのだった。
実際、以前より【クリムゾン】グループとの癒着が噂されていた事もあって、市民団体の一部と反【クリムゾン】派の議員からはヴァンズ辞任要求の為の市民運動が始まってもいた。
「だが、民意によって選ばれた政治家に軍人は逆らえない。例え首相の支持率が現実にはどれ程であろうとも。まぁそういう事だ」
それっきり口を閉ざすシェクリンス。
沈黙の支配する司令官公室。
「やれる限りをやるしか無い。そういう事か」
桜木は、その収まりの悪い灰味掛かった茶色の髪を掻き上げながら、誰に言うこともなく呟いていた。
−
「ではその第一波に投入できる戦力は?」
「“義勇軍”として人民宇宙軍の予備役将兵を中心にして、約三〇〇〇名の動員を行います」
「三〇〇〇名!?それでは少なすぎるのではないのかね」
「左様。現行の大型航宙艦は一隻で八〇〇名からの人員を必要としますぞ、それではせいぜいが戦艦三隻と少々の補助艦艇を運用出来る程度ではないのかね?その程度の兵力で君は【ドラゴン・ストライク】計画の第一撃が達成出来ると思っているのかね!」
「確かに、正規の運用を行なおうとすれば何処かしらに無理の生じる人員です。しかし、我々[計画]企画班がこの部隊に委任する任務は奇襲攻撃です」
「…………それが艦艇の正規運用とどう繋がるのかね?」
「それは…………」
−
先程より小一時間程経った後、リョーコとアマミヤは地球連邦宇宙保安省所属の高速哨戒艇【クロイゼルU】に便乗して月へと向っていた。
ほっそりとした船殻の後部に設けられた客員室に腰を下ろしたリョーコは舷窓より宇宙を眺めていた。
何をする訳でも無く只、静かに星々の輝きを眺めていたリョーコ。
その双眸に映る想い。それが何であるのかを知る者は居ない。
そしてリョーコはその想いを他人へと相談しよう、洩らそうとは思うわなかった。
故に静寂は、軽量合金を叩く軽いノック音が発せられるまで延々と続いていた。
コンコンッ
ノックの主は【クロイゼルU】に友人が乗り込んでいたのでと、与えられた客員室を出ていっていたアマミヤであった。
「隊長、お客さんっちゅう事っスよ!」
何を言っているのか、今一つ理解に苦しむ言い方をするアマミヤ。
「あぁ?」
気怠げな声とともに振り返ったリョーコ。
客員室の入り口には、第一種軍装を少々着崩したアマミヤが何とも評しがたい表情を見せて立っており、その脇にはだらしなくよれた背広を着こなしている壮年、或いは初老と見える男が立っていた。
顔に笑みに近いものを張り付けていたその男の外見は、リョーコに故郷で見たある赤いものを連想させていた。
「達磨か?」
思わず口を出たソレの名。
「?」
「あっ、いや何でも無い。それよりアンタは?」
「ああ失礼、私ははこういう者で」
そう言って差し出された名刺には「地球連合情報庁 アリカワ・トモヨシ」とあった。
−
シュッ
軽快な音を立てて磨り合わされた火打ち石が火花を作り、ナフサが燃える。
ウリバタケの薄茶色くオイル灼けをした指に挟まれた、濃い茶色をした細長い煙草がゆるゆると燃え煙を上げていた。
アキトも又、自らの吸い口切り落としの煙草に火を点けていた。
「正直なハナシだ、アキト。アレ(ブラックサレナ)はもう限界だぜ」
「そうか…………」
「そうかってなぁオメェそんな簡単に言うなよ。いいかアキト、アレは前回の一戦で受けたダメージがかなり手酷いんだ。もし今、下手な機動をかましたら空中分解しかねねぇ程に間接部にゃあ過負荷が掛かっちまってるし…………」
「そういった文句は相手に言ってくれ。オレに言われても仕方がないさ…………他のエステバリスをベース機には使えないのか?」
「まぁ短期間じゃ無理だな。今のヤツも【スーパー・ノヴァ】プロジェクトで試作された特注機を更にいじったもんだ。そんなモンが簡単に手配出来るかよ」
苛立たしげにウリバタケは吸いかけの煙草を灰皿へと押し付け、新しい煙草を啣える。
「それにだ、発動機の問題もある。装甲、電子装備の方はどうにでもなるんだが、左翼に組み込んでおいた小型相転移炉が全損でな、色々やってみたがどうにもならねぇ。メインの高位真空空間維持フレームからして歪んじまってる。NK(ネルガル/キタザキ相転移発動機工業)の方に新規分を発注しちゃあいるが、足の付かねぇようにとなるから時間が掛かるしな」
「…………ならば、そうだな現行機の厳重なチェックを頼む。連中は待ってはくれんのだからな」
「時間、時間か問題は。…………………だがよ、なぁアキトぉまだ【ナイチンゲール】を使う気にはならねぇか?アレを使えりゃあ問題なんざぁ…………」
「そしてラピスを乗せろと?欺瞞かもしれんが、俺にはその選択肢を選ぶ事は出来ない」
「それをラピス本人がそれを望んでいたとしても…………か?」
「ああ。例えそうであったとしても、だ」
衒いも無く言い切ったアキト。
「……………………そうか。ならば整備士の端くれとしちゃあ【ブラックサレナ】の整備を万全にするしかねぇか」
「すまんな…………迷惑を掛ける」
「まぁしゃあねぇさ。それをお前が選んだんなら、俺は何も言えねぇよ」
G−Vドックの片隅に設けられた機動兵器整備区管制室にて、紫煙を吐き出しながら静かに言葉を交わす二人。
管制室に設けられた展望窓。
そこより望める広い機動兵器整備区には、中央で全ての増加装甲や装備をはぎ取られ骨格を露呈させた【エステバリス・ブラックサレナ】の姿と、片隅にて灰色の防塵シートを被せられた、【エステバリス・ブラックサレナ】よりも更に一回り巨大な何かの姿があった。
「まぁいいさ」
そう言って灰皿へと煙草を押し付けたウリバタケは、よれた【ナデシコa】整備班長時代より愛用している【ナデシコa】の刺繍が入った整備班用帽を被りなおしながら立ち上がる。
「なんとかしてみるが……………………主機関を融合炉(核融合炉)の内蔵式にでも換装してみるかな…………」
−
第二級戦時態勢の発令に伴って、第四艦隊所属の試験戦艦である【ナデシコb】も【アマテラス・セントラル・ステーション】攻防戦において傷ついた船体を補修すると共に、防空火器群の増設と防御力強化の改装を、ネルガル重工の誇る月面第三造船所【オオガミ−U】にて受けていた。
様々な工具が発する音が、【ナデシコb】の居住船殻のやや右側に設けられた第一艦僑に充満していた。
その中でルリ(反乱の発生により、地球近宙域でも治安の悪化が確実視されていた為、ルリは地球での極秘会議を終え本部ビルを出ると、その足で月との間に定期運行されている高速輸送艇に便乗して、急ぎ【ナデシコb】に帰艦したのだった)は、電算機調整補佐士官であるハーリーと共にウィンドウ・ボールを展開させて【オモイカネ】の戦闘システムを戦時向けに調整していた。
もっとも、調整事態はさして難しくも忙しいものでもなく、ルリによって鍛え上げられていた【オモイカネ】であれば単独でもミスする事無く出来る程度のものであったのだが、ハーリーに対する【オモイカネ】系コンピューターへの習熟訓練の一環としてルリは手動での戦闘システムの調整と再チャックを命じ、自らも監督官として参加していたのだった。
甲高い電子音と共に、ハーリーの座る副長補佐士官用IFSシートのコンソロールの一角にある通信ウィンドウの受信コールランプが点灯していた。
「?」
ハーリーが殆ど反射的に受信釦を押した瞬間、ウィンドウボールの一角に通信ウィンドウが展開する。
「はい此方連合宇宙軍第四艦隊所属試験戦艦【ナデシコb】です…………ああリョーコさん!…はい…お久しぶりです……………はぁ……………………はい。ええいらっしゃいます。今代わります。艦長、通信です!統合軍のスバル・リョーコ大尉からです」
「解りました。今日はリョーコさん。どうされました?…………」
−
月面都市【ヤヨイ】。
その、割合に古風に作られた街並の一角にあるバー【クラヴィウス・ケーニヒ】。
一九五〇年代の独国風の内装が施されたその店に、リョーコはネルガルの月面第一工場を出たその足で訪れていた。
カラリン
入り口の扉に備え付けられていた古風な鐘が、その外観に相応しい音を響かせて来客を店内へと伝える。
ルリは特徴的な玻璃の如き光沢を持った長き銀糸の髪をおろし、簡素なデザインの黒を基調としたスーツを着込んでいた。
「遅くなってすいませんリョーコさん」
「いやコッチこそすまねえなぁ呼び出しちまってよルリ。こんな事言うのも何だが、オメェも忙しかったんじゃねぇのか?」
第一種軍装の上着を脱ぎ、ラフなワイシャツ姿のリョーコは、やや戯けた様に右手を振って応える。
「いえ、統合軍と違って宇宙軍には出動命令は出ていませんから………暇なんです…………」
「……………………そうか。マスター、ハニカムをダブルで二つ」
「奢りですか?」
「ああ。誘ったのはオレからだからな…………」
些かの雑談を肴に、二人は“不凍液”或いは“悪酔い保証付”という物騒な二つ名を持った酒を飲み交わしていた。
現在を過去を。
仕事を私事を。
様々な思いを折り込んだ、強烈な辛さを持った酒が幾度と無く喉を灼いていった。
どれ程のグラスを干しただろうか。
いつしか二人の間に会話は失せ、只、グラスを重ねていく音と、バーテンダーのグラスを磨く小切れのよい音がカウンターを支配していた。
方や、不粋な軍服姿とはいえ妙齢の美女。
方や、味気の無いほどに簡素な服を身に纏った、明らかに未成年と判る美少女。
しかも飲んでいるのはハニカムという、普通の人間ならばグラス一杯飲むどころか、一口飲んだだけでも卒倒確実、或いは最悪、急性アルコール中毒になる程に強烈な代物であり、それを女性が何杯も空けているという様は、通常のバーでは注目を集めてしまう所であったが、この【クラヴィウス・ケーニヒ】には他人の背景を詮索するような不粋な客は居なかった。
故に二人は心行くまでグラスを飲み交わしていた。
「……………………で、今日のはどんな理由があってなのですか?」
その二つ名が十分な効力を発揮したのか、視線を些か眠たげなものとしたルリが、だが一切酒精の影響が出ていない声でリョーコに尋ねていた。
〈火星の後継者〉による叛乱の発生した今、共に忙しく無い訳ではないのだ。
ルリには、リョーコが何の理由もなくこの場に自分を誘ったとは思えなかったのだ。
「へっ、ルリにはかなわねえなぁ…………」
そう呟いてリョーコはグラスに残っていたハニカムの残りと、溶けて小さくなっていた氷塊を一息に口内へと放りこみ、そして氷を噛み砕いた。
「……………………コイツはトリプルAクラスの機密指定されている情報なんだが……………………そうだな、全ては見てからだな」
言葉と共に差し出されたGD(ギガ・ディスク)。
『どうして?』
そうルリが尋ねる事は無かった。
ただ黙って懐にしまっていた。
「実験装備部隊の隊長ともなれば色々とあってな…………」
「そうですか」
「……………………そう、コイツはさ保険なのさ…………掛け捨ての…………な」
そう言ってリョーコは再びハニカムを注文していた。
ルリとリョーコの酒宴の翌日。
地球連合軍参謀本部は、一つの緊急通信を受信していた。
『第三、第八方面軍壊滅ス』
それは火星方面軍(第三)と火星地表軍(第八)の壊滅と〈火星の後継者〉による火星圏の制圧完了を報せる緊急通信であった。
この統合自衛隊第一三分遣艦隊旗艦【葛城】が発したこの一報は、予定されていた衝撃とでもいうべきものを、この事件に関わらざるえない全ての人々に波紋を与えていっていた。
そして、衝撃が生み出した影響で最大のものは統合軍第一連合艦隊に対する出師命令であった。
それは本来の予定より二週間近く早く発せられたものであった。
『総員勇敢なれ!』
勇ましいサワキの言葉と共に、それぞれの艦が抜錨する。
様々な思いと人を乗せた艨艟たちは、遙かなる火星を目指して出陣を開始していった。
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【ケイ氏の独り言】
いえっさー艦長!アンタがボスだぜぇ〜♪
という訳で、艦長殿の認可で(責任転嫁−笑−<書いてるのは私なのにぃ〜)じわりと濃さを増してみました第7話。
どないでしょうか?ときましたケイ氏です。
しかし今回のお話、別名ルリとリョーコの飲酒二部作(笑)と化してましたな。
みゅぅ〜〜〜当人は下戸なのに……………………。
職場の飲みでヘネシー(恐ろしい事にXO。周りは金持ちばかりだ−笑−・・・日当に匹敵する価値が付けられている琥珀色の液体・・・・・・・・・・・俺が飲んじゃってイイノ?)をグラス一杯(ストレート)を飲んだだけで、運転(バイク)が不能な癖にぃぃぃぃぃ。
まぁいいやね。
しかし第一連合艦隊司令サワキ中将・・・・・・・・・御大の著作を知る人ならば、大体、第一連合艦隊の行く末が判るかも(笑)。
では次話にておあいしましょう。
艦長の独り言。
はい、艦長です。
だんだん濃度が増してきましたねぇ(笑)
こういう陰謀がらみのお話は好きです(爆)
根が陰険なのかも。
さあ、敗北必死の(笑)第一連合艦隊には愛の手を!ケイ氏さんにはメールを!(爆)
メールはここ!
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