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「夢は建設的なものだ。

建設的。

嫌な言葉だがね。

未来だの夢だのという言葉を安易に持ち出す人間を私は信じない。

そうした人々は、

夢と自分の幼児的な願望の違いが判っていない。

そして夢ではなく、

願望を未来に押しつける。

ただその瞬間が訪れていないというだけで、だ」

 

南郷一之(地球連邦宇宙軍少佐)

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

異話 The Prince Of Darkness

第一〇章【蒼き星を背に】


 

 

 地球衛星軌道上。

 其処を、一隻の中型航宙船が推進材を使用することなく、静かに進んでいる。

 不思議な事ではない。

 軍用艦や急ぎの輸送船では無い場合、推進材の節約のため、この様な惰性で進む事の方が一般であった。

 尤も、この船が推進材を利用した高速移動を選択しない理由は、その様なものでは無かったが。

 推進材を使用せず、連邦航宙法にて定められた航行灯を使用しない船。

 その船の名は【四不象】。

 中華人民宇宙軍の誇る最新鋭穏行艦であり、現在は中華人民義勇軍に“強奪”された艦。

 そして、ハワイ泊地に集結中であったアメリカ合衆国宇宙軍主力を、超至近距離から放った第一級NN弾頭誘導弾によって壊滅せしめた穏行戦闘艦であった。

 

 

 橙色の非常灯が支配する艦内。

 既に第一種戦闘配置が発令されており、誰一人として自らの持ち場を離れようとはしていなかった。

「目標との距離、三二〇〇〇」

「探索機能。発動準備、問題なし」

「遠距離通信機、問題なし」

 粛々と進められる戦闘準備。

 戦闘開始まで、まだ半日以上もあったが、既に艦内の緊張感は極めて高い水準に達していた。

 

沈黙

 

 既に言葉は無い。

 帰る場所もない。

 分厚い対爆装甲に包まれた、中華人民軍統合作戦本部との通信は既に途絶えて久しかった。

 中華人民国上空を通過する際に、地上からの民間放送を受信する事は出来なかった。

 ユーラシア大陸の左側は、衛星軌道上から見ても赤茶けている様がハッキリと見えていた。

 有り体に言って、祖国は滅びていた。

 故に彼らは祖国より最後に与えられた最後の使命を果たす為、動いていた。

 そんな男達の操る【四不象】。

 その進む先には第七宇宙港があった。

 通称【トラック泊地】の名で知られたそれは、連合宇宙軍管理下の軍事施設であった。

 

 

 

 

 

 

 大量の艟艨

 連合宇宙軍第四艦隊の根拠地へと指定されているトラック泊地は今、凄まじいまでの艦艇を整備し、戦闘準備を整えさせていっていた。

 本来、第四艦隊は老朽艦等による新兵訓練航行や新鋭艦艇の慣熟訓練、或いは【ナデシコb】に代表される実験艦艇が便宜上所属する艦隊である為、それら艦艇の戦闘準備を整える事は大事であった。

 大小併せて三〇隻近い艦船の整備と、改装。

 中規模な密閉式の空間船渠では手が足らずドック艦と呼ばれる艦船整備支援艦が軍属のみならず民間からも動員され、艦艇の戦闘準備が進められていた。

 そんな民間から動員されたドック艦の一隻。

 黒い抗塵塗装で塗り上げられた、クルップOTTO社所属のドック艦【シャルンホストV】。

 その空間船渠を構成する主要骨格の内側に納められた、白い船体。

 優美さよりも、無骨さを強く感じさせる船。

 当然ながらも戦船(いくさぶね)

 名は【ナデシコc】。

 【ナデシコb】や、様々な艦艇によって実証された“ネオジェネシスプラン”関連の技術と、【ワンマンオペレーションプラン】技術の統合的な融合を目指した最新鋭艦。

 そして連合宇宙軍にあって、【ナデシコ】の名を冠された三代目の艦にして、建造をネルガル以外の航空宇宙企業が建造した戦艦であった。

 基礎設計は連合宇宙軍艦政本部並びに、ネルガル重工。

 そして実際の建造はクルップOTTOが担当すると云う、些か変則的な形で建造された艦であった。

 グラビティブラストを装備し、艦籍簿上では“戦艦”に分類されている本艦であったがその実はオモイカネ系電算機を二基搭載し、対艦戦闘能力よりも電子戦闘能力を重視した能力を与えられた電子戦闘艦と評すべき戦艦であった。

 そして今、【シャルンホストV】の脇に【ナデシコb】が泊められていた。

 その目的は【ナデシコc】搭載するオモイカネ系電算機【ニケイア】に対し、【オモイカネ】が蓄積した戦闘等の各種情報の移植を行う事であった。

 本来ならば【オモイカネ】本体の【ナデシコc】への移植が計画されていたが、この移植計画に関しては【ナデシコc】の建造計画時に立てられたものであり、戦局、風雲急を告げている現在、連合宇宙軍には就役済みの戦艦ならびに就役寸前の戦艦を二隻も基礎部分までも解体する様な大規模且つ長期間にわたる工事を行う余裕は無かった。

 二隻の【ナデシコ】の間に張られた数本の通信ケーブル。

 無論、【オモイカネ】の情報を有線で送る為である。

 これは、【オモイカネ】の戦闘情報が極めて重要度の高いものであるが故であった。

 

「データブロック、第32区画まで転送完了」

 ウィンドウボールの中、淡々と呟くルリ。

 現在、殆どの一般オペレーターが出払っている【ナデシコb】の主艦橋に、その声が小さく響いている。

『了解!現在【ニケイア】、ブロック24まで処理完了。32ブロック完了まであと74秒です!』

 歯切れ良く、元気のあるハーリーの言葉。

 小さなウィンドウから覗く【ナデシコc】の主艦橋は、【ナデシコb】乗組員や様々な工員等が忙しく場所であった。

 その対比に少しだけルリの心が動いた。

「………」

 その感情を何と表すれば良いのであろうか。

 寒さ。

 或いは寂しさ。

 どうにも評しようの無い感触。

 手元に展開しているウィンドウの一つに主艦橋の環境状況、特に温度を表示させる。

 常温。

 【オモイカネ】によって管理されているエアコンは、主艦橋の環境を人に最も都合の良い状態に保っていた。

  ならば何故………

 言い知れぬ何か。

 それは、不安にもにた感覚。

『どうしました、艦長?』

 怪訝な声を出すハーリー。

「…いえ、何でもありませんよ……何でも………」

 一瞬の躊躇。

 そして小さく答えるルリ。

『大丈夫ですか?何か顔色が悪いみたいですけど?』

「大丈夫ですよ、ハーリー君。それより【ニケイア】の調整は進んでいますか?」

『はい、明後日の乗りかえまでには完全に仕上げておきます!』

「無理はせず慎重に、ですよハーリー君。最初が一番大事なのですから」

『はい!頑張ります!!』

 敬愛するルリの一言に、俄然やる気を見せるハーリー。

 対するルリは少しだけ物思いに耽っていた。

 “明後日の乗りかえ”と云うハーリーの言葉。

 そう、乗りかえるのだ。

 【ナデシコb】から【ナデシコc】へと。

 長い年月を連れ添ってきた大切な友達である【オモイカネ】を離れ、ハーリーの専属電算機となる【ニケイア】が管理する船へと移るのだ。

 戦闘データの移植によって【ニケイア】は【オモイカネ】の全ての経験を知っている。

 だが強い自我を形成するオモイカネ系電算機では、経験が同じであっても基礎となる個性が異なっていた場合、全く異なる反応を返す事が幾度かの情報移植によって証明されていると云う。

 同じ系列基であっても、【オモイカネ】と【ニケイア】は全くの別物なのである。

 戦乱が一段落した後には、当初の予定道理に【オモイカネ】を【ナデシコc】の船体に搭載する事が予定されている。

 だがそれには一つだけ問題があった。

 【ナデシコb】が大過無く、戦乱を乗り越えられれば良いだろう。

 だが、ルリ等が下船した後の【ナデシコb】は、隔壁閉鎖や各ブロックへの不燃ガスの注入と云った抗沈処置を施された上で、【ナデシコc】の直衛艦−盾として運用される予定となっているのだ。

 万が一にも無傷で戦局を潜り抜けられる筈は無かった。

 もし大破したならば。

 或いは、【オモイカネ】の配されている電算機ブロックが被弾したのならば。

 オモイカネ系電算機は、従来型の電算機とは比較にならない程に値の張る代物であり、そうであるが故に電算機ブロックには、極めて厳重な防御能力が与えられるように設計されている。

 だがそれでも戦艦の搭載する主砲の直撃に耐えられる程のものではない。

 故にルリには、今度の下船が【オモイカネ】との別れになるかもしれないと思えていたのだった。

 事によれば、永く連れ添った相方との別れになるやもしれぬのだ。

 ハーリーや他の乗組員達は単純に、新鋭艦に移れる事に喜んでいたが、ルリには【ナデシコc】への乗り換えがとうてい喜べる事ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒の宇宙を駆け抜ける、幾条もの光芒。

 舞うが如く、或いは踊るかの如く

 まるで、黒い星空を切り取るかの様に。

 第7宇宙港を統括する管制コロニーの外壁部に設けられた展望室からは、まるで、闇夜に妖精が舞っているかの様に見えていた。

「頼もしいねぇ」

 珈琲の入った紙コップを片手に、暢気さを強く感じさせる声で呟いたのは、カンダ・シロー。

 元【シラヒメ・ステーション】主任管制官であり、現第七宇宙港主任補佐管制官であった。

 “黒い亡霊”の手によって【シラヒメ・ステーション】が落ちた日、カンダの素早い判断−【シラヒメ・ステーション】が自壊を開始するよりも早く、総員の脱出を指示していた事によって【シラヒメ・ステーション】に駐在していた職員の約四割が無事、待避に成功していたのだった。

「暢気っすね、カンダさん」

「おう、休憩時間は真面目に休養をとらねぇとな」

 同じ第七宇宙港の管制官であり、【シラヒメ・ステーション】以来の部下が呆れた様に言う。

 常日頃、若さより幼さを感じさせている顔色は優れない。

「疲れてんな?」

「そりゃぁそうっすよ。ハワイ泊地がああなって以来、どうにも………」

 ニュースで見たハワイ泊地の惨状。

 【第一次汎太陽系戦争】、それも手荒い被害を受けた戦争前半の時期から従軍していたカンダにとっては、ある意味、見慣れた光景であったが、まだ年若いこの管制官にとってそれは、凄まじい心理的衝撃を与える映像であった。

 映像−歴史上の出来事ではなく、もしかしたら自分の身の上にも降りかかるかもしれない現実。

 その余りにも強い存在感に、一種、圧倒されていたのだった。

「馬鹿野郎、兵隊は休むのも仕事だぞ。そんな事でどうする」

「……俺も兵隊なんですよね」

 若者が身に纏った真新しい連合宇宙軍の制服。

 その襟元に付けられた、真新しい少尉の階級章に手を伸ばすカンダ。

「そう。兵隊、“醜の御盾”だ。セトグチ・タカユキ予備役中尉」

 

金属音

 

 磨き上げられた、傷一つない階級章が硬い音を上げた。

「………」

 

沈黙

 

 セトグチは、積極的では無い理由で黙り込んでいた。

「悩んでるのか?」

「………その、正直……少しだけ………悩んでます」

「そうか………」

 戦争の時代を学生として乗り切り、そして平和な時間に大人へと育ったセトグチにとって、死が直ぐ側に感じられる、そして自分自身も他人を傷つけねばならない今の自分の立場は素直に受け入れられるものでは無かった。

 予備役士官としての階級を持ってはいたが、それも就職に有利なようにと、大学の選択科目として宇宙軍短期現役将校課程−予備役将校課程を受講したからに過ぎなかった。

 セトグチは予備役士官としての自分を、平和な時代の、一種の冒険としてしか捉えていなかったのだった。

「………」

 俯いたままのセトグチ。

「まっ……悩むのは悪い事じゃねぇさ」

 カンダは、宇宙へと刻み込まれていく光芒を向いたまま口を開いた。

「だがよ、実戦では迷うなよ。じゃねぇと死ぬぞ」

 強い苦みを感じさせる口調。

 目元が細められていた。

 

擦過音

 

 擦られた燧火の上げる炎が、淡い照明しか行われていない展望室に浮かび上がった。

 

吐息

 

「お前さんがどれ程悩んでたって、相手は容赦してくれねぇからな」

 マホルカのきつい香りの煙と共に、何かを吐き出すかのようにカンダは言い放っていた。

 

電子音

 

 セトグチが口を開こうとした時、カンダのコミュニケが予めセットして置いた時刻を伝える。

「行こうか。仕事の時間だ」

「はい」

 紙コップに残っていた珈琲を慌てて飲み干し、屑籠へと放り込んだセトグチ。

 ふと、もう一度、展望室から外を眺めた。

「どうした?」

「はい、連中は悩まないのかなって………」

 その視線の先には、先ほどから実戦さながらの戦闘機動訓練を行っている機動兵器部隊があった。

「確か統合軍機動兵器学校の教導部隊の…【ライオンズ・シックルス】航空中隊だっけかな。大戦を戦い抜いた熟練揃いだ」

「……だから迷わない、ですか?」

「さぁな。人それぞれさ」

「カンダさんは…」

「………忘れたよ。何分、古い話だからな」

 カンダは視線を外へと向ける事無く、素っ気なく、だが少しだけの逡巡を感じさせる声で言うと、傍らの席に掛けて置いた上着を掴んで歩き始めたのだった。

 

 

 

 天空を駆ける機動兵器の群。

 実際、彼らは迷っては居なかった。

“見敵必戦”

 それが士官学校で最初に覚えた、そして実戦に於いてたたき込まれた言葉であった。

 小刻みに、激しい機動を行っている機動兵器群。

 一見しただけでは、無軌道な機動を繰り返している様に見えるが、良く良く観察すれば、それが二つのグループに大別される事を、そして個々の機体がグループ毎に確実に支援し合っているのだった。

「おらぁっ、何やってやがる!」

 二つの機動兵器中隊の一つ。

 戦時特別法の発動によって統合軍より連合宇宙軍へと出向し、連合宇宙軍所属の試験戦艦【ナデシコb】へと配属された、公式資料上では第二〇一独立航空中隊と記されている部隊。

 そして一般には、【ライオンズシックルス】航空中隊として呼ばれている部隊であった。

 今、その隊長機である、通信設備等が増設された【エグゼバイト】のコックピット内で、その隊長たるリョーコの怒声が響いていた。

 駆け抜ける、幾多の光芒。

 訓練用の、橙色の模擬ビーム弾の雨をかい潜って行くエグゼバイト。

 訓練と実戦によって培った経験が、殆ど無意識レベルで機体を操作させる。

「ちっくしょー、手慣れてやがんあぁ連中!」

 叩きつけるような操作。

 

閃光

 

 釣り鐘のような脚にスリットが入り、其処に納められた化学反応式の推進ユニットが盛大に光をまき散らす。

 リョーコ機に遅れることなくリョーコ指揮下の第一小隊機、アマミヤ機とアレクセイ機、それにとルイ機が相互の支援可能な編隊を組んで突進する。

 相手に運動性能を悟られぬ様、一瞬だけ加速。

 目標は相手航空中隊の指揮官機。

 14機(含む指揮官機)の指揮統制を行っている機体であり、部隊の要となる機体であった。

 戦力のほぼ拮抗している状況下では、指揮官の有無が戦局を分ける。

 その判断故、リョーコは残る2個小隊を先任である第2小隊々長であるディーター・ローレンツ中尉に任せ、自らは直率の第一小隊でもって、相手の指揮官の編隊−2機へと殴りかかったのだった。

「おっしゃぁ!」

 途切れる射撃。

 高機動で相手の射界を脱した第一小隊は、そのまま相手の懐に潜り込む。

「撃ちまくれぇっ!!」

 

斉射

 

 通常の相手であれば命中、戦闘の趨勢を変える攻撃となったであろうが、相手も尋常では無かった。

 素早い判断で自分等の危険を察するや、エグゼバイトを遥かに上回る推進力をもって脇目も振らずに脱する。

「ちっ、流石だよ!」

 リョーコは罵るように賞賛していた。

 

 

 【ライオンズシックルス】航空中隊と対峙しするは、重装型のステルンクーゲルを駆る【アマリリス】配備の機動兵器部隊、【サウス・ボア】航空中隊であった。

 手荒く、そして的確な機動をもってステルンクーゲルの主兵装である汎用レールガンの射程内へと飛び込んできた【ライオンズシックルス】航空中隊のエグゼバイトの姿に、自機に回避行動を取らせながら、【サウス・ボア】航空中隊の指揮官ガルン・ストラ大尉は、全くの賞賛を込めて呟く。

「噂に違わん連中だな」

 その彫りの深い、普段には若さとは不相応の落ち着きと厳格さを感じさせる顔には、驚くべき事に笑みに近いものがあった。

「中隊(【サウス・ボア】航空中隊)がこれ程に掻き回されるとはな」

 両航空中隊の兵力は【ライオンズシックルス】側が一個小隊が抜けている分、【サウス・ボア】航空中隊が優位に立っており、本来であれば一個小隊が余裕を持って他の小隊を支援する事が可能な状況。

 だが、【ライオンズシックルス】航空中隊はその寡兵でもって【サウス・ボア】航空中隊を良く抑えているのであった。

 

射撃

 

 エグゼバイトの主兵装、大口径ラピッドライフルが容赦なくその背に向けて吼える。

 無論、弾丸は訓練用の弾である。

 的確に、その弾丸の事如くを機体のディストーションフィールドが弾ける様な軌道でもって駆け抜けて行く2機のステルンクーゲル。

『ガルン、そう気楽には言わんでくれ』

 そう言って苦情を呈するのはガルンの副官、甘みの強い、柔和さを感じさせる顔をしたヨハル・ロウ中尉であった。

『彼我兵力2対1だ』

 ガルンとは対照的な雰囲気のヨハル。

 だが彼とて木連時代から勇名を馳せてきた歴戦のパイロットではあり、この程度の攻撃では落とされぬ自信はあったが、用心するに越したことは無いとの思いから、ガルンを窘めたのであった。

「まぁな」

 

振動

 

 着弾の衝撃に機体が揺れる。

「連中、どうやら全力を出すみたいだな………」

 機体後方の監視カメラには、自らの機体を縁取るように推進材を撒き散らして突進してくるリョーコらエグゼバイト4機の姿があった。

「追われるのは性にあわんな」

『やるか?』

 獣の笑みを浮かべるヨハル。

「ああ。貴様には中隊(【サウス・ボア】航空中隊)を任せる」

『直率は?』

「………第2小隊でいい」

『キサナか、判った』

 付き合いの長さから短い言葉だけでも意志を疎通させあい、そして【サウス・ボア】航空中隊は反撃に転じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 壁に展開された映像。

 場所はG号第3ドック上部に設けられた貴賓席。

 其処には、【イワト】の地へと遺跡が納められる様が映し出されていた。

「木連内部では、統合軍の討伐艦隊(第一連合艦隊)が失敗して以来、〈火星の後継者〉へと付く事を主張する一派が発言力を強めている」

 落ち着いた声で、淡々と漏らすのは、白を基調とした木連の誇る優人部隊の制服を身に纏った長髪の男であった。

 名はツキオミ・ゲンイチロウ。

 クサカベに代表される旧木連首脳部を打倒した、通称“熱血クーデター”を主導した人物であった。

「無論、現政権は必死になって事態の統制を図ってはいるが、未だに木連軍内のクサカベの人望は高く、混乱の収まる様子は無い」

 その声に応じるように映像が切り替わり、画面には大勢の男達の前でクサカベと一人の男性が握手する様が映し出される。

「この男の名はイダ・キシミ中佐。木連強硬派でも最右翼の人間であり、先のクーデターでは先陣を切った男でもある」

「融和をアピールする気?」

 エリナ・キンジョウ・ウォンが口を挟む。

「恐らくは。イダは理想家の傾向が強い。和解後に訪れた木連の状況−不況を強く憂いていたとの事だ」

 画面では、イダと呼ばれた男がクサカベの手を握りながら涙を流して頭を下げていた。

「見ての通り、一本気でもある」

「良いプロパガンダね………クサカベの人徳を広めるには」

 酷薄なる雰囲気を纏わせて呟くエリナ。

 彼女自身、ネルガルグループの情報戦略を統括する事から、クサカベのこの種の行動が極めて有効である事を理解していた。

「これで熱血クーデター参加者も、多くがクサカベ側に立って参加する事になる………正しく茶番だな」

 それまで口を開かなかったテンカワ・アキトが小さく漏らす。

「確かに。そして単純ですらある。だが民衆は単純な正義を好む。実際、木連内ではクサカベの指導者復帰を願う声が日増しに強くなっているとの事だ」

 どうやら過去のことは忘れたらしい。そうツキオミは小さく呟いていた。

 顔は苦みによって陰が作られていた。

「戦に於いては猛勇果敢であり、部下や敵にすらも徳を惜しむ事の無い人徳家。上手く木連の好む軍人像を演じているわね」

「そうだな“英雄”とでも言うべき……な」

「そして情報戦としては完璧ですよ。無論、木連が全力をもって〈火星の後継者〉側へと参加する事はないでしょうが、動く事は出来ないでしょうな」

 音もなく耐爆装甲扉が開き、一人の小柄な男性−プロスペクターが現れる。

「木連側の情報が判ったのか、プロスペクター」

「ええツキオミさん。貴方の育てた情報網は十分に機能していましたよ」

「状況は?」

「民意が、ですね。今回の事変で木連が一つの集団として動くことは無いとの事です」

 言い切ったプロスペクター。

 その手が自らのコミュニケを軽く叩き、貴賓室へと集っているアキトらの前に木連の詳細を提したウィンドウを展開した。

 唸り声が室内に広がった。

 ウィンドウには、木連の民意調査や株式の現状が表示されており、それは一言で云って“混沌”と評すべき状態であった。

 其処へ、ツキオミが木連時代に作り上げた情報網からプロスペクターが収集した情報による解析が加えられる。

「これ程に酷いとは………」

 一同の中でも最も経済と云うものに通じているエリナが眉をひそめた。

「ええ。休戦後、地球との貿易で保ってきた木連の経済は今回の混乱で手酷い被害を受けています。

この経済の混乱に、今の様なプロパガンダ映像や、先のクーデター騒動にて参加し損ねた潜在的なクサカベ派による政界工作によって木連の政界は混乱状態に陥っていまして、現政権は行動しきれずにいます。

そして肝心の民衆に至っては現状への不満の裏返しですね。行動を起こす者こそ少ないものの、大半の人々はクサカベの提唱するボゾンジャンプ技術による“新秩序”に期待している様子です」

 一息に言い放った言葉。

 それは、戦争は為政者が起こすのではなく、大衆が求めるが故に発生すると云うプロスペクターの認識が故であった。

 眼鏡が映像を反射し、その瞳は見えない。

「地球と違って……か?」

「ええ。地球の方は中国が焼き払われて以来、表向き、海洋州共同体のイニシアティブ−対〈火星の後継者〉全面対決に対する反対意見は出ていません」

 どれ程の為政者であろうとも自らの故郷、政治基盤が傷つく事は好まぬ。

 それが言葉の綾では無く、確実に滅びるとなれば尚更であった。

 ユーラシア大陸東部最大の国家が陥った惨状は、あらゆる理屈を吹き飛ばす衝撃を持っていた。

 それはたった一つの数字で表される。

 生存者2000万人。

 これは、全土を総計した数値である。

 動乱発生以前、総人口は18億を超えていたにも関わらずである。

 無論、人権擁護を主題とするNGOの多くが海洋州共同体の行った“蛮行”を批判する運動を展開していたが、市民運動と世論は海洋州共同体がハワイ泊地並びに箱根、カンサスに関する情報を全面公開すると同時に、その判断を是認するものとなっていた。

「朝鮮や印度も大人しくなっていますし、まぁ地球に関しては問題は無いと見て良いでしょう」

「それだけが唯一の………」

 

電子音

 

 その時であった。

 エリナの持つコミュニケが着信音を告げたのは。

「誰?」

 新しく展開される通信ウィンド。

 その中でG号第3ドックの情報管制を一手に引き受けているラピス・ラズリがエリナの問いに小さく頷く。

「第一秘匿回線デノ緊急通信。今繋ギマス」

 第一秘匿回線。

 それはネルガル・グループを総括する会長アカツキ・ナガレと、その極僅かな側近にだけ配られた秘匿回線からの通信でであった。

「会長からかしら」

 現在この回線へのアクセス権を持っているのはエリナら8名だけである事から、相手が誰であるのかを推測する事は容易であったが、それ故に何故、所用で日本国の首都【第三新東京市】を訪れているアカツキが緊急通信を送ってくるのかが、エリナには想像出来なかった。

『よう諸君、暗い場所でご苦労様』

 洒落て軽く右手を動かしながらウィンドウ内へと現れた、タキシード姿のアカツキ。

「ええ…?」

 その姿にエリナは違和感を覚えた。

 常に余裕と人を小馬鹿にしたような笑みを張り付けているアカツキの顔。

 だが今は、どことなく緊張に近いものが浮かんでいる様に感じられたのだった。

「どうしました会長?首相との会談は上手く行きまして」

『ああ、全く問題は無いよ。所で居るかい、アキト君は?』

「何が起こった?」

 ただ一言、言い放つアキト。

 政治工作で動いている筈のアカツキが、秘匿回線を用いて通信を送ってきたのだ。

 尋常な事態である筈は無かった。

 対するアカツキの言葉も又、一言であった。

『非常事態だ』

 心なしか、その頬が緩んでいる。

 目を細め、ウィンドウを見るアキト。

『襲撃だ。〈火星の後継者〉による、トラック泊地への。【ナデシコb】が居る』

「………何故?」

 トラック泊地。

 連合宇宙軍第4艦隊の根拠地として大規模な守備部隊が展開しており、ハワイ泊地襲撃からこっち、濃密な周辺警戒体勢を展開する様になっているのだ。

 ちょっとした程度の襲撃部隊では、トラック泊地の管制エリアに進入する事すらも不可能な筈であった。

『ああ。並の規模ならね』

 奥歯にモノが挟まった様なアカツキの言い方。

 否、言い難そうな表情。

『ウチの佐世保研究所でも探知した。ボゾンジャンプだ。一個機動部隊、二〇隻近い艦艇が強襲を掛けてきている様子だ』

「ユリカが落ちたか………」

 何かを言おうとして、何も言わず口を閉じるアキト。

 一瞬だけ瞳を閉じ、そして見開く。

「で、どうすればいい?」

 サングラス越しに見えるその瞳には、最早、感情の色は無い。

『出来れば支援に回ってくれ。今、ルリちゃんの所が危ない』

「ルリちゃん……まさか!?」

「【ナデシコc】ね………狙いは」

 連合宇宙軍が中心となり、艦艇設計と遺跡文明技術に長じたネルガルと、宇宙空間での電子戦闘技術に長けたクルップOTTOが協力して計画建造された電子戦艦。

 それが【ナデシコc】であった。

「その有効支配半径に入った電算機であれば、その尽くを傅かせる。或いは一艦で惑星一つをも制圧する事すらも可能な、電算機達の支配者………豊富な電子戦経験と技術を持つ“電子の妖精”ホシノ・ルリによって動かされる【ナデシコc】は事実上、無敵ね」

 ネルガル重工宇宙開発部々長も務めるエリナは、それ故に、空想的とすら嘲られる【ナデシコc】の能力を正確に把握していた。

『おそらくはその通りだね。連中がどうやって“C号艦(ナデシコc)”の事を察知したかまでは判らないけどねぇ』

 エリナ等と話した事から落ち着いたのか、アカツキは画面の奥で椅子に座り直していた。

「………守備部隊はどうなっている?サレナ(ブラックサレナ)は一連のコロニー襲撃である程度の情報が把握されている。出ていけば厄介な事になる可能性が高いぞ」

 アキトの声に応じて、幾つかのウィンドウが開く。

 ラピスが、話の流れから調査したトラック泊地に関する情報であった。

『すまないねラピス君。また今度、美味しいケーキでも持ってくるからね。』

『…ウン……』

 重要度の低い施設や基地を一時的に閉鎖、或いは放棄する事によって連合宇宙軍はかなりの兵力をトラック泊地へと集める事に成功していた。

 その他にも、近隣宙域にて訓練中であった【統合自衛隊(JSDF)】第一航空艦隊(第三艦隊)指揮下の第四分遣艦隊(第34分遣艦隊)を日本国政府との合意の上で、戦時特別法の下に徴発−動員し、守備戦力として配していた。

『まぁ駐留部隊の詳細は見ての通りだ。連合宇宙軍だって莫迦じゃぁ無い。それなりの対策はとってある。だが対ボゾンジャンプ戦術としては守備範囲が広すぎた。連中、絶対防衛線の直ぐ外側に艦隊を放り込んできたのだ。分散した戦力を纏め直すには時間が無い』

「良いんだな?」

 念の押すように問いかけたアキト。

 対するアカツキの答えは明瞭であった。

『お願いするよ。何、ブラックサレナの詳細が知られたのなら、代わりを作れば良いからねぇ。“C号艦(ナデシコc)”とルリちゃんの方が大事さ』

 放胆なアカツキの言葉に、プロスペクターは一瞬だけ、それも小さく眉を動かした。

 言い換えるならば、並のエステバリスの一〇機分と、値段が張るブラックサレナを壊しても構わないとアカツキは言っているのだ。

 無論、工作費に関して吝嗇であるよりは良いだろう。

 ましてや、危険に身をさらす者達に言える事では無い。

 だがネルガルグループの裏経理を担当している身としては、出来るだけ無駄な出費は控えて欲しいと、この世ならざるモノに祈らずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 

「第13レーダー衛星被弾。観測制度、12,9%低下。バックアップ衛星射出まで41!」

「敵、DE(簡易護衛艦)3番艦、艦隊より脱落」

「第5甲板、被弾!敵弾、第3装甲まで貫通。第8応急班、作業開始します」

 

喧噪

 

「連中も気合いが入っているな」

 様々な報告や指示が交差する中、艦隊司令席に座った壮年の男性が呟いた言葉は、意外なほど聞き取りやすかった。

 少なくとも日本国統合自衛隊所属の航空巡航艦【穂高】の3C(中央戦闘指揮所 Central Combatdirection Center)に詰めている情報管制官達にとっては、周囲がどれ程にうるさかろうとも。

「はい。少なからぬ艦が脱落していますが、未だ陣形が崩れる様子はありません」

 司令席の後方を定位置としていた参謀長が、打てば響くといった具合に答える。

 二人の視線の先には、三次元立体投影された敵の姿があった。

 三隻の嚮導駆逐艦に先導された五隻の大型巡航艦と二隻の戦闘空母。

 その周辺を固める五隻の簡易護衛(フリゲート)艦。

 それがトラック泊地の絶対防衛線の直ぐ外側へとボゾンジャンプによって現れた、〈火星の後継者〉軍による特別攻撃部隊であった。

 雨霰と降り注ぐ誘導弾やレーザー光をものともせず、少なからぬ被害に物ともせずに堅く陣形を組んだまま、トラック泊地へと迫りゆく。

 対する【穂高】は、同型艦の【高千穂】や、六隻の艦隊駆逐艦を引き連れ、単縦陣を保って追撃していた。

 距離は、【高千穂】級にとっての最大砲戦距離。

 当然ながらも射程外である艦隊駆逐艦隊は、敵機動兵器部隊からの護衛を担っていた。

「トラック泊地守備部隊の集結具合はどうか?」

「集結率32%……厄介ですね。今のままでは連中の泊地突入を阻止しえません」

「敵艦隊の速度が速すぎる………か?」

「はい。情けない話ですが」

「ステルス艦による浸透奇襲に対する対策−部隊の広域展開が仇となったな」

 苦々しげに呟く司令官。

 本来、トラック泊地には【穂高】ら第3艦隊第4分遣艦隊も含めて大規模な守備部隊が駐留しているのだが、現在、その殆どは穏行艦対策として哨戒域拡大の為に、戦隊程度の部隊単位で広域に分散配置されていたのだった。

 それ故の苦境であった。

 

打音

 

 手袋に包まれた手が、司令官卓の一角を軽く弾いた。

 参謀長だけが、その行動の意味を知っていた。

「このまま敵が隊列を維持したまま泊地突入ともなれば洒落にならんな」

 突入を図っている〈火星の後継者〉軍の部隊には、戦艦等の重戦闘艦は参加していない。

 対して、トラック泊地内には2隻の新鋭戦艦と5隻の旧式。そして試験戦艦らが戦闘態勢を整えつつあった。

 殆どの艦が十分な戦闘体勢下に無いとは云え、一つの戦力集団−艦隊として正面から〈火星の後継者〉部隊と交戦したならば互するどころか、圧倒的とも評すべき戦力差であった。

 否。

 それだけではなく現在集結中の哨戒部隊も含めるならば、戦力比を“絶望的”と呼ばれうる所まで引き上がる事だろう。

 だが現時点で〈火星の後継者〉部隊がトラック泊地を強襲した場合、トラック泊地に停泊中の艦艇群は十分な抵抗を行うことも叶わず、壊滅的被害を被る事となる事が予想されていた。

 兵力の差ではなく、艦隊、即ち組織戦闘能力を維持しているか否かと云う事が、それ程の差異をもたらすのであった。

「はい。トラック泊地内は手ひどい事に成ると重います………」

 決断を促す様に告げる参謀長。

「だな………」

 顎を撫でる司令官。

 その時であった。

 司令官と士官学校時代の同期であった【高千穂】の艦長から電信が入ったのは。

「“我ラハ戦艦ニアラズ”…だと?」

「はい」

 小紙片に記載された短文。

 その意味を図りかね、奇妙な顔を見せる参謀長。

  戦艦ニアラズ?………確かに本艦は戦艦では無いが………

 先の【第一次汎太陽系戦争】終結後に行われた各州軍の大規模な軍備再編計画。

 それは、地球連合の支援によって肥大化した各州(国)軍を、最大で戦時の約3割にまで削減する計画であり、日本国統合自衛隊は【999】計画−9隻の戦艦と9隻の空母を中核とした航宙戦力と、9個師団を根幹とした陸上戦力への再編整備計画を実施していた。

 陸上戦力の内訳は日本列島へと配置される7個地域守備師団と、機動運用される2個師団。

 これに対して航宙戦力は、18隻の大型戦闘艦を中核とした2個機動部隊と1個降下艦隊。それに航宙護衛総隊へと再編成される事となっていた。

 そして【穂高】−【高千穂】級航空巡航艦。

 戦時に比べ戦時急造護衛艦等の退役によって極めて勢力の減衰する事となる航宙護衛総隊で運用される事を念頭に置いて設計された艦、それが【穂高】であった。

 並の、通商破壊戦に投入される程度の巡航艦や駆逐艦を単艦で撃破出来る攻撃力と防御力。

 或いは、小規模な艦隊(戦隊)程度であれば正面から攻撃出来るだけの規模も機動兵器部隊の搭載運用能力。

 簡単に言えば、【高千穂】級は大型巡航艦(巡航戦艦)並の戦闘力と軽空母並の艦載機運用能力を兼ね備えた戦闘艦であったのだ。

 設計、建造は北崎重工。

 特に航宙護衛総隊での運用を考えられた艦であった。

「どう云う意味だ?」

 その意味を図りかね、眉をひそめる参謀長。

 対して、【高千穂】艦長と同じ趣味−20世紀の末の日本で流行した、特殊な状況を舞台として仮想した小説を好んでいた第34分遣艦隊司令官はその電文の意味を正しく理解し、とても楽しげに口元を歪めていた。

「フン、“貴艦ノ武運ヲ祈ル”だな………行こうか、艦長。艦を敵隊列への突入進路を。隊列を引っかき回してやれ。子細は任す。全艦へ、突撃信号を打信。“我ニ続ケ”だ」

「了解!」

 打てば響くと、司令官の命令に答える【穂高】艦長。

 彼は僚艦【高千穂】艦長と、分遣艦隊司令との短文のやり取りを理解できなかったが、その意味を誤解する事は無かった。

 距離を取っての、安全ではあるが消極的な撃ち合いでは無く、肉薄しての打撃戦。

 望むところであった。

 交戦によって得られた情報によって〈火星の後継者〉が、ボゾンジャンプ投入してきた形式不明の大型巡航艦−恐らくはボゾンジャンプ対応の新造艦が装備する兵装の威力は、距離を詰めた場合、【穂高】の重防御区画すらも貫通、破壊出来る事が判明していた。

 中破以上、大破するやもしれない。

 或いは最悪、撃沈されてしまうかもしれない。

 だが、それが任務であるのならば、些かの躊躇いも無かった。

 きびきびとした動作で命令を発し、艦を操る【穂高】艦長。

 その指示に素早く従い、距離を取っての同航から軸先を変じ〈火星の後継者〉部隊へと突撃を開始した【穂高】。

 続く【高千穂】や、6隻の艦隊駆逐艦にも些かの乱れは無い。

 第34分遣艦隊は一丸となって突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

「退艦、ですか?」

 ルリの言葉をタカスギ・サブロウタが聞いたのは、【ナデシコb】の無人艦化に伴って搭載される事となった木連系無人機動兵器群の収容設備を増設する為の改装工事、その工員達の退艦指揮をとっている途中であった。

 場所は【ナデシコb】第2(下部)船体に設置された機動兵器格納庫、機動兵器指揮所。

『はい。残っていた機関部整備員も退艦しますので一緒に退艦。【ナデシコc】に移譲し、艦長代行として【ナデシコc】の指揮を執って下さい。電子戦闘に関してはハーリー君に一任してありますので、問題は在りません』

 ウィンドウ越しに淡々とした口調で述べるルリ。

 その身を包むウィンドウボールからルリが、ブリッジに残っている事が判った。

 今でも大量に情報を処理しているのだろう。

 多数のウィンドウが放つ光が、薄暗いブリッジにルリを浮き上がらせていた。

「そら判りましたけどね艦長。貴方はどうする気なんですか。俺が艦長代行をしてハーリーが補佐するよりも、艦長が【ナデシコc】の指揮を…………いや、そもそも艦長はどうされるおつもりなんですか」

 喋っている途中、サブロウタの頭脳はルリの位置と命令の内容から、一つの憶測を連想していた。

「まさか!?」

『【ナデシコb】に残ります』

 予想道理の返答。

「そいつは笑えない冗談ですよ、艦長」

 眉をひそめて言うサブロウタ。

 ルリの真意が読めなかった。

「何の為に…」

『念のために言っておきますけど、別に自殺願望と云う訳じゃありませんよ』

 

 

『それで、タカスギさんは艦長を見捨てて来たんですか!!』

 【ナデシコc】ブリッジの中央部に設けられた主電算機接合席にて、同艦の主電算機【ニケイア】の調整を行っていた筈のハーリーが、ウィンドウの奥で吼えるように叫んでいた。

 コミュニケが起動したのは【ナデシコc】への乗艦時に行ったIDチェック終了後直ぐ。

 恐らくは、IDによる乗艦人員管理を行っていた【ニケイア】からルリが、【ナデシコb】からの移乗者の中に居ないと知らされて、慌ててコミュニケを立ち上げたのであろう。

『なんでですか!』

「まだ【オモイカネ】による自動化戦闘航行制御は完全じゃねぇ。だから、【ナデシコc】を護るためにも自分は【ナデシコb】に残るのだとさ………」

 激昂するハーリーと比して、サブロウタは表情を消したまま淡々と呟く。

「OK、最終安全確認。連絡橋、分離実行」

 

振動

 

 サブロウタの入力に従って、【ナデシコb】と【ナデシコc】とを結んでいた連絡橋が爆破分離される。

『何て事をするんですか!艦長を助けに行け無いじゃないですか!!!』

 ハーリーの精神が高りを示すように、ウィンドウの画面が極めて巨大化する。

「デッドウェイトの連絡橋を抱えたままじゃぁ機動力が落ちすぎる。それに、縛られたままじゃぁbもcも自在に動けない………」

『自在にって……艦長はどうなってもいいんですか!!!サブロウタさんの人でなし!!!!』

「莫迦野郎、それが艦長の意志だ!」

 それまでの溜めていたものを吐き出すように、サブロウタは吼えた。

 拳骨を横薙に一閃。

 壁を殴りつけていた。

「年に似合わず頑固だろ、ウチの艦長わよ………」

 俯き、力無く呟くサブロウタ。

『だったら引きずってでも!』

「場所が悪すぎだ。艦下側の機動兵器指揮所から艦橋までどれでけ離れてると思ってやがる。例え行こうとしても【オモイカネ】に隔壁閉鎖されて一区画も進めやしねぇんだよ」

『艦長ぅ!』

 目尻に涙を溜め、今にも泣き出しそうなハーリー。

 サブロウタの目にはハーリーが、まるで飼い主に見放された子犬の様に見えていた。

「泣くなハーリー!」

 短く、叩きつける様に叫ぶサブロウタ。

 その言葉の激しさに、全てを忘れてハーリーはサブロウタを見る。

 その表情は正しく子供であった。

 一瞬、サブロウタの心中に全てを呪うような感情が吹き荒れる。

  コドモ、こども、子供!くそったれ、俺達は護るべき子供すらも戦争に巻き込んでいる!

 本来、ハーリーの年齢で在ればジュニアスクールで下らない事に熱中している筈。

 だが大人達の都合が、ハーリーから全てを奪い取った。

 その代わりに与えるものは、過酷すぎる現実。

 

戦争

 

  くそったれ!くそったれ!!くそったれ!!!

  大体、艦長だってまだハイスクール程度の年齢じゃないか!

 

呪詛

 

 躯の内側にて吹き荒れるあらゆるものへの呪い。

 だが、職務を疎かにする訳にはいかなかった。

 何故ならば、それこそがハーリーが、そして艦長であるルリが生き残る為の最善の選択肢であるのだから。

 そう、少なくとも今は。

「艦長はみんなの生存率を少しでも高める為に【ナデシコb】へ残ったんだ」

 ルリは言った。

 “不自然である”と。

 トラック泊地の最終防衛ラインの直ぐ外側へとボゾンジャンプを果たした〈火星の後継者〉部隊。

 組織的ボゾンジャンプ攻撃による統合軍第一連合艦隊壊滅以降は、ボゾンジャンプ奇襲に対する備えも厳重に行われる様になっており、容易に“最終防衛ラインの直ぐ外”等と云う場所にジャンプアウト出来ない様になっているのだ。

 具体的に言うならば、ジャンプアウトポイントへの状況観測の阻止である。

 チューリップを介さない単独ボゾンジャンプにとって、一番重要な事はジャンパーの資質である。

 では同じ資質を持ったジャンパー同士の場合に重要となるのは何か。

 それがジャンプアウトするポイントの情報なのである。

 個人、或いは小規模な体積のもので在ればジャンプアウトポイントの情報−特にその精度は、さしたる問題にはならないものの、大規模な部隊、或いは大型戦艦等の大質量ともなった場合、ジャンプアウトポイントの情報精度が極めて重要になってくる。

 即ちジャンパーの、ジャンプアウトポイントへのイメージ能力の不足をジャンプアウトポイントの情報精度が補うのだ。

 この事を逆手に取り、連合宇宙軍ではジャンプアウトポイント−特に泊地周辺の空間情報への遠距離観測阻害システムを構築したのだ。

 泊地周辺への大規模なボゾンアウトなど出来よう筈も無かった。

『ですが、現実に敵はジャンプアウトしてきました………』

「そうさ。即ちジャンプアウトポイント観測艦−恐らくはステルス艦がトラック泊地内に侵入している恐れがある」

『それが何なんですか!艦長が【ナデシコb】に残る理由とどう関係があるんですか!?大体ジャンプしてきた艦隊の迎撃も成功しつつあるのに………』

 事実だった。

 近代宇宙戦術では非常識と評しうる第34分遣艦隊による肉薄突撃は、〈火星の後継者〉艦隊の隊列を混乱させる事に成功し、トラック泊地駐留艦隊集結に必要な時間を稼ぎだしていた。

 無論、その代償は少ないものではない。

 撃沈された艦こそ艦隊駆逐艦の【樺】一隻に収まっていたが、残る全ての艦が中破以上の損害を被っていた。

 否、【穂高】らに比べると防御力の著しく劣る艦隊駆逐艦の大半は、この戦いを生き抜けたとしても、廃艦にするほか無い程の被害を被っていた。

「其処で問題となってくるものがある。ステルス艦だ」

『どう云う意味ですか?』

「ハワイ泊地がどうなったか……知っているだろ?」

『ステルス艦による奇襲………それも第一級NN弾頭による………』

 自らの想像に、顔面蒼白となるハーリー。

「まぁ、そうとばかりは限らないけどな。まぁそう云う事だハーリー」

 サブロウタの言葉に意気消沈したハーリー。

 その余りの沈みッぷりに、サブロウタは慌てて言葉を紡ぐ。

「じゃぁ問題だハーリー。我らが艦長は自らのやるべき事をする為にあの艦に残った。無論、その目的は【ナデシコc】を護るため。ならばお前さんが為すべき事も判るな?」

『………はい!』

 

思考

 

 否、考え込むまでも無い。

 【ナデシコc】が護って貰わなく良くすれば良いのだ。

『頑張ります!!』

 威勢の良い返事と共に消えるウィンドウ。

 ハーリーは【ニケイア】を、そして【ナデシコc】を戦闘配置に持っていくための調整を始めたのだった。

「………気の短い奴だ」

 サブロウタは少しだけ、羨ましげな雰囲気を漂わせて呟くと、直ぐさまにブリッジへと向けて走り出していた。

 

 

二〇〇〇 12/2 三一型

 


 

【ケイ氏の独り言】

 

 山場などと抜かした割には、地味ザマス。

 まぁ其処はソレ、次回にご期待と云う事で・・・・駄目ッスか?

 目指せ年内で頑張り増すんで、宜しくお見捨ての無いように。

 では。

 

 


艦長の独り言。

はい、艦長です。


さて。
これからが山場ってトコでしょうか(笑)
期待してまっせ。


さあメールを!
ここ!



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