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名誉心と義務感は、

それがどれほど素晴らしく思えても、

所詮は狂気の一種でしかない

 

──アンドルー・ヴァイアラス

 

 

 


 

機動戦艦ナデシコ

異話 The Prince Of Darkness

 

第一一章【灼熱】

 


 

 

 【ユーチャリス】艦下部の一画。

 機動兵器格納区画ではない、狭い場所に佇んでいる【ブラックサレナ】。

『システム、オールグリーン! OKアキト。【ブラックサレナ】、異常なし。万全だ』

 ウィンドウ越しにウリバタケが、握り拳に親指を突き上げて見せた。

「了解、此方でも確認した」

 慣性中和機構や衝撃緩衝固定ユニットによって、大人一人分と云う狭い空間しかない【ブラックサレナ】のコクピットに置かれた様々なディスプレイに表示された情報も、機体が十分な状態に在ることを示していた。

『…よし。相互データリンク、異常なし。2番、3番のリンクケーブルをパージ、ケーブルを回収する』

 

微動

 

 その言葉と共に、【ユーチャリス】と繋がっていたケーブルが分離、回収される。

「パージ確認。機体状況、変化なし」

 ディスプレィの機体状態表示ランプが3系統の有線リンク中、2つが途絶状態に陥った事を表示し、幾つかのウィンドウにて[ERROR]の赤文字が表示される。

「所で兵装はどうなった?」

 リンク途絶後の再チェックを実施しながら、無表示となっている【ブラックサレナ】の主兵装についてウリバタケに尋ねる。

『その質問を待ってたぜ、アキト!』

 待ってましたとばかりに相好を崩したウリバタケの顔が、画面一杯に広がる。

『ブラスターの新造は間に合わなかったが、その代わりと言っちゃぁ何だがどえれぇモンを用意しておいたぜ!』

 ディスプレイの表示が一つ切り替わり、【ブラックサレナ】の新装備が表示される。

「これは?」

 長大な、対比として表示されている【ブラックサレナ】の全高よりも長い砲身を持った砲。

『【リニアキャノン】──主機関の換装で余った相転移炉を仕込んでんだ。威力は戦艦クラスの主砲よりもデカイぜ!』

 鼻息荒く言い切るウリバタケ。

『ああ。携帯弾数も腐るほどにある。世に二つとねぇ──ってか、まぁ二つも作れネェ代物ダゼ?』

 幾つかの、【リニア・レールガン】に関する情報が表示される。

 10mを超える砲身、その後部には主機関の換装で【ブラックサレナ】より下ろされた相転移炉が装備されていた。

 砲口径は可変式であり、対機動兵器用の二〇o弾と対艦用の一五五o弾が使用可能。

 その速射性は、本来が機動兵器用にデチューンされた相転移炉を流用している事もあって二〇oモードに限って言えば連続射撃に制限は無い。

 現時点をもって言えば、最強の機動兵器兵装と呼ばれうる兵器。

 それがこの【リニア・レールガン】であった。

「確かにこれは凄いな」

『だろ? コスト無視の採算度外視の、経理担当のエリナ女史激怒の逸品だ』

 その様を想像して、小さく口元を歪めたアキト。

「そいつは凄いな」

『どっちがだ?』

 対してウリバタケは、大きく口を開けて笑っていた。

「さぁな」

 誤魔化す様に肩を竦めたアキト。

 その時、丁度エリナがウィンドウを開いた。

『聞こえてるアキト君──?』

 口元の影から、珍しくアキトが笑っている事に気付いたエリナであったが、状況故、その事に触れる事無く実務を進める。

『トラック泊地の情報は秘匿回線12−cで送るわ。ラピスのサポートもね。………………無事に帰って来なさいよ』

 小さく、だが強い想いを込めた最後の言葉。

 

沈黙

 

 一瞬の逡巡。

 そして一言だけ、言葉にする。

「努力する」

『……信じているわ』

 一つ一つ、確実に戦闘態勢を整えていくアキト。

 ほぼ全ての計器を確認し終えた時、唐突にウィンドウが開かれた。

『あきと、【ユーチャリス】側ノ準備完了』

 【ユーチャリス】の艦中央部に設けられた【ミネルバ】とのリンクシートからの通信であった。

 ラピスは、その金色の瞳を閉じ、【ミネルバ】と高密度リンクを果たしながら言葉を紡ぐ。

『しすてむおーるぐりーん。何時デモ行ケマス』

 それまで灯されていなかった幾つものディスプレイが、情報を表示していく。

「了解、ラピス。始めてくれ」

『ハイ……【ミネルバ】単独ぼぞんじゃんぷさぽーと、すたーと。対ぼーす粒子観測撹乱しすてむノ起動、問題ナシ』

 その言葉と共にアキトは意識をトラック泊地、ジャンプアウトポイントのイメージを開始する。

『第一ケーブル、パージ』

 

圧搾空気音

 

 【ブラックサレナ】を縛り付けるもの、その全てが解き放たれる。

 光が、漆黒の機体にまとわり始める。

 

静寂

 

 痛いほどの静寂の中、ただ光が渦巻いていく。

 光によって全てが束縛されたが如き時間。

 それをうち破る言葉は、ただ一つ。

「……ジャンプ」

 

閃光

 

 そして漆黒の戦鬼は、戦場へと跳ぶ。

 

 

 

 

 

 

 幾条もの光芒、そして閃光が支配する空間。

 〈火星の後継者〉軍が放出した、大戦時以来お馴染みとなった木星製無人機動兵器と、連合宇宙軍に属する様々な機動兵器群の交戦は、一言で言って混沌であった。

 否、連合宇宙軍の側が翻弄されていると評しても強ち間違ってはいなかった。

 特異な光景と言えよう。

 大戦終結後の交流によって木連と地球──連合宇宙軍側との技術格差が殆ど無い現在、完全自律型で、その運用に於いて些か融通の効かない無人機に比べ、柔軟性に遥かに優れる有人機が遅れをとる事などあり得ない筈であった。

 

閃光

 

 大量の無人機動兵器が一斉に放った尋常ではない量の短射程小型誘導弾によって、一機の【エステバリス】が爆散する。

『ケンッ!?糞、此奴ら!』

 爆散した【エステバリス】の僚機も又、飽和攻撃的に放たれた誘導弾の網に落ちようとしていた。

 慣性中和器の中和限界ギリギリで機体を激しく操るパイロット。

『こなくそ!!』

 意味を持たない罵声と共に、発光する右手のIFS。

 脚部に設けられた小穴から幾つもの高熱源欺瞞弾──フレアが放射される。

 そして、誘導弾に対しフレアで機体を隠すように更に激しく機動させるパイロット。

 実戦経験者なのであろう。

 それはかなり手慣れた操作であり、実際、【エステバリス】を狙う半数近い誘導弾はそれで騙されていた。

 だが残る誘導弾に搭載された小型電算機は、違う事無く機体に追従していた。

『くっ!』

 更に激しい回避運動。

 推進器のノズル周りが発熱で赤色化し、機体の慣性中和器が悲鳴を上げる。

 幾つもの誘導弾が、推進材切れで追尾不能となる。

 だが、それが限界だった。

 パイロットの行った回避行動を潜り抜けた多数の誘導弾が、【エステバリス】のディストーションフィールドを貫き、その華奢なフレームを直撃する。

 

閃光

 

 連続した光が、機体を押し包む。

 

 同様の光景が何処其処で展開されていた。

 無人機側も技術交流によって機体能力が向上していると云う事も在ったが、それ以上に守勢と攻勢と云う立場の違いや、投入されている総数の12倍近い差異が、この結果──機動兵器同士の戦いに於いては連合宇宙軍側が劣勢と云う状況を生み出していた。

 

 

「くそっ、馬鹿みたいに湧いて来やがる!」

 深紅の機体の中、罵り声を漏らすスバル・リョーコ。

「あ〜もう。鬱陶しいったらありゃしねぇ」

 だがその目は常に周囲に配されていた。

 リョーコは、殆ど本能のレベルで機体を駆り、戦場を駆け抜けていた。

 右上方。

 一瞬だけ、機体の下腹部を曝すような動きを見せた無人機。

 

振動

 

 右腕に装備した二〇oラピッドライフル弾が、三点バーストモードで放たれる。

 

閃光

 

 構造上で最も弱い部位を打ち抜かれ、更には搭載していた誘導弾等までが誘爆したのか、巨大な火球と化す無人機。

 薄暗いコクピット。

 閃光の照り返しだけがリョーコの顔を浮かび上がらせる。

「キリがねぇ」

『スね』

 僚機と云う事から常時、相互解放されている回線越しにアマミヤ・カンジが同意する。

『よっと……大戦以来、絶好のスコア(個人撃墜数)稼ぎ何ですがね、どうにも相手が純粋な無人機ってのが……』

 一瞬の間。

 

空電音

 

 ウィンドウの映像がほんの数秒乱れ、元に戻る。

『27機目…手軽過ぎてどうにも、ですね』

「贅沢ぬかすな」

 苦笑気味の笑みを浮かべるリョーコ。

 実のところリョーコは【ナデシコa】乗艦以来、1000を数えた辺りで無人機の撃墜数を数えるのを止めていたのだった。

「で。中隊(【ライオンズ・シックルス】航空中隊)の状態はどうなっている」

『全機、状況異常なしっスね。連中、好き放題に暴れとります』

 その言葉と共に新しいウィンドが展開し、各機の情報が掲示される。

 【ライオンズ・シックルス】航空中隊の各機は、この乱戦状態にあっても全機が二機編隊、或いは飛行小隊を維持したままで戦い続けていた。

「そいつは俺達もだな」

『確かに!』

 会話を交わしながらも一瞬たりとも同じ位置に留まる事無く、当たるを幸い薙払い、雲霞の如く押し寄せてくる無人機の群を蹴散らしていく。

 因みに、アマミヤの乗る【エグゼバイト】は、リョーコ機の左極後方。

 更にその後ろに、アレクセイ・V・チョムスキィとルイ・ディボアの二機編隊が続いていた。

 

閃光

 

 有効射程内へと捉えた無人機が、塵と化す。

「きりがネェなっ!」

 

電子音

 

 丁度リョーコが罵り声を漏らしたとき、母艦である【ナデシコb】との直通回線が着信を伝える。

「おう!【ライオンズシックルス】。リョーコだ。どうした!?」

 開かれるウィンドウ。

 其処に映るのはリョーコら【ライオンズシックルス】航空中隊と同時に【ナデシコb】へと配属された、やや年かさの女性航空管制オペレーターでは無く、【ナデシコb】艦長であるホシノ・ルリであった。

「おう、どうしたルリ?」

 意外そうな声を漏らすリョーコ。

 【ナデシコc】への乗り換え作業で忙しい筈の【ナデシコb】からの通信。

 それも、専任のオペレーターでは無くルリ直々にである。

 リョーコの知るホシノ・ルリと云う人物は極めて無駄を省く性格であり、であるならばこの通信が無意味なものである筈が無かった。

 そのルリの要求は単純明快であり、誤解の余地の無いものであった。

『退いて下さい、リョーコさん』

 

 

 

 

 

 

 虚空へと打ち上げられゆく砲火。

 〈火星の後継者〉軍の特別攻撃部隊は日本国統合自衛隊第34分遣艦隊の活躍によって突入力を喪失していたが、その大量の艦載機部隊──無人機は未だトラック泊地に駐留する大半の艦艇にとって脅威であった。

 五月雨式に襲来する敵無人機群に対し連合宇宙軍トラック泊地駐留部隊は、薄い膜のような防衛戦を張って対応しているのだった。

 戦艦や巡航艦、果ては防御力の乏しい護衛艦までもが、艦の位置を固定させて防空射撃網を構成していた。

 

 

「状況はどうだ?」

 張りのある、若々しい声で問うたのはアララギ・カネツグ大佐。

 ホシノ・ルリ非公認のファンクラブ組織である【ホシノ・ルリファン倶楽部】の主催者にして、【改リアトリス】級戦艦である【ライラック】を中核とする、連合宇宙軍月方面軍から抽出され第4艦隊に参加した第33任務部隊の部隊司令官であった。

 今回の〈火星の後継者〉事件にて非常に厳しい立場に立たされる事と成った木連系の連合宇宙軍々人であったが、アララギ自身はさして迷い無く行動している。

 何故ならアララギは木連軍人時代からクサカベ等の“熱血思想”に賛同せぬ、非(反)主流派に属していた筋金入りであり、その木連現役時代には軍人としての範を脱し政治的な行動を好んでいたクサカベ派木連軍人を公然と批判していた人物であった。

 故にその指揮は極めて苛烈であり、同胞であったと云う事への酌量は存在していなかった。

 因みにアララギは、現時点で第4艦隊臨時指揮権を得ている。

 これは、第4艦隊の旗艦であった【リヴァダビア】がこの乱戦で通信マストに被弾し、艦隊指揮能力を喪失した結果であった。

「手荒いですね。司令の判断で艦隊を散した結果、1エリアでの敵機動兵器阻止率は低下しています」

 レーダーでの情報を処理し、表示させているウィンドウを眺めていた参謀長が口を開く。

 その口調に些かの険しさが宿っているのは、この作戦行動に関して司令官であるアララギが参謀長を含む正規の指揮系統外からの意見を採用したからであった。

「だがトータルでのライン突破数は低下している。流石は“電子の妖精”だ」

 言い切るアララギ。

 ルリからの具申、それは途切れる事無く出現する敵無人機動兵器に不審を抱いたルリが、この宙域を精密探査出来る様々な機器にて敵空母を観測した結果、判明した事を纏めたものであった。

 第一に、現在展開している無人機の数は、外観から推測する敵空母の搭載能力(容量)を遥かに上回る──容量を最大限に見積もった数値の10倍近い量に達していた。

 無論これは整備を考えない、無人機を完全使い捨て式に使用し、更には運用母艦が徹底的な省力化、それこそ【ワンマンオペレーションプラン(一人一艦計画)】に匹敵するものを実施し、その上で居住性等を完全に無視する設計の艦であると仮定した場合の数値であり、これ以上の量を搭載するには、それこそ亜空間利用でも出来ねば達成出来ない筈であった。

 そして第二の情報。

 此方の方が重要度が高い。

 即ち、複数の観測機器が、微弱ながらも断続的なボース粒子の発生を観測しているのだ。

 ルリは上記、二つの情報から敵空母をCHULIP(Cellular Hangover from Unkown Labyrinthine Intelligence of Prehistorical age)を内蔵する、一種のゲートシップであると判断したのだった。

「ですが広く艦隊を展開した為、我々の正面を浸透突破する機も少なく無いですが………」

「小集団での突入部隊など、揉み潰せばいいだけだ。違うか、航空参謀?」

「はい。邀撃の機動兵器隊は十分に機能しています」

 近くの座席にて、状況を整理していた航空参謀が卓の一部を弾く。

 

電子音

 

 新しく展開されるウィンド。

 其処には、艦隊と機動兵器による二重の防壁によって駆逐されていく敵無人機動兵器の姿があった。

「はい。ですがそれでも1割近い機体が防衛ラインを突破しています……が」

 全面降伏を避ける為だけの反論。

 その事は参謀長自身も自覚しているらしく、最後に肩を竦めてみせていた。

「その程度は、トラックコロニーの管制下にある部隊だけで十分だ。だな?」

 被害が出ていない訳ではなく、否、少なからぬ艦に、被害が出ている。

 だがそれも小破程度であり、コロニー管制下の部隊まで含めて3重に張らされた防御網は確実に機能していた。

 尤も、供給限度の見えない空母──ゲートシップを相手の持久戦は、どれ程に効果的に行っても限界が来る。

 故にルリはもう一つ、提案を行っていた。

 そして現状は、ルリの提示した案に従って推移していた。

「全く凄いものだ。ホシノ・ルリ少佐は」

 感に堪えぬと繰り返すアララギ。

 その瞳に迷いは無い。

 尤も、参謀長からすれば狂信者の瞳にも感じられていたが。

 

 

 

 

 

 

騒音

 

 充填された空気が、様々な音が伝えている。

 場所は、第7宇宙港管制コロニー【トラック】、第1機動兵器整備区。

 戦闘中であり、殆どの機体が出払っていたが、大は重機、或いは機動兵器の駆動音と機関音。

 小は工具の上げる音が満ちていた。

 その発生源は、広大な整備区画の一角。

 両足の代わりに、釣り鐘のような大型推進器を一対装備した異形の巨人──【エグゼバイト】と、その【エグゼバイト】以上に人型を離れた機動兵器。

 対艦攻撃を主任務とする強襲機動兵器【ワルキューレ】の後継として連合宇宙軍が計画/設計された多目的強襲機動兵器【スパルタニアン】であった。

 木連との交易によって得られた技術をふんだんに投入された本機は、【ワルキューレ】と同様に対艦対地攻撃は元より対空戦闘も主眼として設計された、正しく万能機であった。

 

“航宙攻撃機の歴史を変える機体”

 

 それが計画参加者の合い言葉であった。

 そして実際、【スパルタニアン】はその謳い文句に恥じぬ性能を発揮する機体として完成したのだった。

 だが現実として連合宇宙軍主力攻撃機の座は、改装された【ワルキューレ】並びに重装化改造された【ステルンクーゲル】が担っていた。

が、その高性能故に機体は大型化し、膨大な兵装を制御する為の火器管制士官を必要とする機体となっていた。

 理由は単純。

 機体価格が余りにも高額であったからである。

 【ワルキューレ】最終生産機の約2倍と云う値段に、大幅な予算の削減を受けていた連合中軍が悲鳴を上げたのだ。

 最終的に【スパルタニアン】が量産されたのは2個航空隊分、並びにその予備機として62機。

 この第1機動兵器整備区にて対艦兵装を装備していっているのは、その貴重な62機の一部。

 連合宇宙軍特別戦術航空団隷下の第2013【ホワイトライトニング】航空中隊(独立)であった。

 この【ホワイトライトニング】航空中隊と【ライオンズシックルス】航空中隊の2個航空中隊の26機が今、整備兵が慌ただしく対艦兵装の取り付けを行っているのだった。

 忙しく動き回る整備班員。

『おらぁ、トロトロやってんじゃねぇぞ!?』

 整備班長らしき恰幅の良い人物が、拡声器にてがなり立てていた。

 そんな騒音から隔壁一枚隔てられたブリーフィングルームにて【ホワイトライトニング】航空中隊と【ライオンズシックルス】航空中隊の面々は、今回の対艦攻撃に関する詳細を詰めていた。

「って訳でだ。今までの説明で詳細は判ってると思うんで、オレの言いてぇ事は一つだ」

 対艦攻撃に関する手順や現時点までに判明している目標の防空能力と云った細かい説明を、副官のアマミヤや、或いは【ホワイトライトニング】航空中隊々長に任せきったリョーコは一番最後に訓辞を飛ばす。

「今回の目標は敵の空母だ。そしてこの戦いの趨勢は俺達の攻撃に全てが掛かってる」

 36名のパイロットは全員が直立不動、背筋を伸ばしてその言葉を聞いていた。

 凄みの効いた口調と共に、ゆっくりと首を巡らすリョーコ。

「いいかテメェ等、ゼッテェ失敗すんじゃねぇぞ!」

 そして、地獄の鬼もかくやと云う表情で微笑んでいた。

「応っ!!」

 揃って放たれた返答にリョーコは満足げに頷いていた。

「いい返事だ」

 それは【ホワイトライトニング】航空中隊のパイロット達に、スバル・リョーコと云う人物に関する噂を補強させる情景であった。

 

 

 巨大、巨躯でありながらも、同時に精悍さを感じさせる【エグゼバイト】。

 従来の人型機動兵器には感じられない、ある種の猛々しさを持った機体であった。

 リョーコ等【ライオンズシックルス】航空中隊第1小隊に属する4機は、その左側──左腕を中心とした部位に、巨大な【エグゼバイト】の二倍近い大きさの誘導弾、連合宇宙軍技術開発本部の生み出した最新鋭の大型対艦誘導弾を装備していた。

「兎に角、ブツがデカイっすから注意してください。それに出力も。くっつけたままで下手に振り回すと機体までが巻き込まれますから」

 リョーコは、【エグゼバイト】のコクピットにて装備された対艦大型誘導弾の説明を受けていた。

 規格外の、【スパルタニアン】の様な大型攻撃機によって運用される為に開発された対艦大型誘導弾を装備した【エグゼバイト】の機体バランスは最悪の一言に尽きていた。

 単純な航路計算で済む直線機動こそ問題なくこなせる状態ではあったが、柔軟な機動を行うには殆ど不可能。

 そう、並のパイロットであったならば。

「ハンッ! その程度なら腕でカヴァーするさ」

 何の気負いも無く言い切るリョーコ。

 いや、リョーコだけでは無かった。

 【ライオンズシックルス】航空中隊に属する面々、その尽くの顔には何の不安も浮かんではいなかった。

『まぁウチ等みたいなのはあの大戦の時に無茶はやり尽くしてますからね。まっ、今更、この程度の無茶は………』

 ウィンドウの向こうでアマミヤが笑っていた。

「だな」

 腹心の反応に、楽しげに同意するリョーコ。

 それこそが、ルリがこの【ライオンズシックルス】航空中隊を対ゲートシップ攻撃部隊に指名した理由であった。

 現在、トラック泊地近域でこの大型対艦誘導弾を搭載できる部隊は限られていた。

 否、正確に言うならば、肉薄対艦攻撃を主任務とする【スパルタニアン】装備の【ホワイトライトニング】航空中隊だけが問題なくこなせる任務であった。

 FCS(火器管制制御体系)系に問題がある訳ではない。

 完全自己誘導方式であるこの高価な大型対艦誘導弾は、射程距離内で放ちさえすれば全てを誘導弾搭載の電算機が処理する構造となっており、極論すれば作業用の艀や硬式宇宙服の航宙作業用機動モジュールですらも運用出来るのだ。

 では問題は何か。

 それは先程のリョーコと整備兵との会話で言われている通り、大型対艦誘導弾の大きさにあるのだ。

 全長15m。

 その腹に書き込まれた【XASM−H−141】の文字が示すとおり、未だ増加試作段階の、下手な機体やパイロットでは扱いきれない巨大誘導弾であった。

 だが、統合軍機動学校第一〇一機動教導団機動第二〇一航空中隊(独立)【ライオンズシックルス】は違う。

 先の大戦時、様々な戦局や状況を戦い抜いてきた熟練のパイロットだけで編成されている為“造作もなく”とは言えないまでも、全員が問題なくこなされだけの技量を有しているのだった。

「了解した。直線は大丈夫なんだな?」

「はい。補助推進器も付いてますんで、速力は常態の六割り増しにはなりますよ」

「上等! 戦艦をケツから喰い付こうかってんだ。それ位の速力がなきゃぁ──何!?」

 前触れの如き小さな振動。

 

轟音

 

 そして唐突に襲い来る激震。

 常時人工重力下にある事から床などに置かれたまま、固定されていなかった様々な機器が跳ねる。

「うわっ!?」

 コクピットハッチの縁に設置されていた取っ手に、必死にしがみつきながら整備士が悲鳴を上げる。

 足場であったクレーン車が激しく揺れ、殆ど空中にぶら下がっている状態。

 だがリョーコには整備士を救う事は出来ない。

 自身も激震によってコクピットから跳ね出されない様に、コンソロールアームにしがみついている事しか出来なかった。

 

絞音

 

 【エグゼバイト】を床へと固定していた固定索が悲鳴を上げる。

 機体への補給や応急修理を行っていた者達は、様々な機具の下敷きにならぬ様に逃げまどっていた。

 悲鳴と、何らかの破壊音とが混然となって響いている。

 長いようでいて短い時間。

 そして突然、振動が途切れる。

 

無音

 

 激震が再び襲ってくる気配は無い。

「終わったのか?」

 探る様な、或いは祈るようなリョーコの呟き。

 だが、その声に応える様に照明が瞬き、赤い非常灯へと切り替わった。

「被弾か!?」

 気付けば振動──微震が再び始まっている。

 慌てて機体の発進シーエンクスを開始するリョーコ。

 その脳裏には、先の第一次〈火星の後継者〉会戦にて沈んだ【アルミランテ・セルヴェラ】の姿が浮かんでいた。

 

振動

 

 かき鳴らされる警報。

 

爆発

 

 飛び散る船殻。

 そして、虚空へと吹き飛ばされる露天甲板員。

  俺らは疫病神かよっ!

「毎度毎度ったくよぉ! テメェ等、無事か?」

 【ライオンズシックルス】中隊系の解放回線へと、内心に沸き上がった苛立ちを吐き出す様にリョーコが怒鳴った時、第1機動兵器整備区の照明が回復する。

「?」

 険しい視線で周囲を見渡すが、リョーコの見る範囲では大規模な損害があった様には見えない。

  何だ、一体?

 部下達からの返信を聞きながら、リョーコは眉を潜める。

 非常警報が鳴らされない様子からして、コロニーが被弾した訳では無い様であった。

 だが、一時的とは云え電源系がダウンしたのだ。

 尋常な事態である筈が無かった。

「出撃準備急げ! モタモタしてんじゃねぇぞ!!」

 部下や、整備士に発破を掛けるリョーコ。

 兎も角、この様な何もできない場所で死ぬことだけは御免だった。

 その怒鳴り声に自分の職責を取り戻したか、呆けた様にしていた整備士達が再び機体へと取り付く。

 

電子音

 

「あん?」

 甲高い、人の神経に触る音。

 それは【トラック】コロニーの統合管制所との直通通信機であった。

「こちらRS(ライオンズシックルス)リーダーだ。どうした?」

『──ああ。細かいデータは…………おっと、すまん。こちら統合管制所、カンダだ』

 ウィンドウには、一見しただけで熟練──実戦経験者と判る雰囲気を纏った男か映し出されていた。

『緊急事態だ。手順、状況が変化した』

 その背には、何か忙しく動いている管制官達の姿があった。

「一体何がだ?」

『NN兵器だ。防衛ラインの内懐に入り込んだステルス艦が使いやがった』

 ウィンドウが分割され、片方にNN兵器によって防衛戦が崩壊する様が単純な図式かされたものが表示される。

『兎に角。当初予定されていた敵艦隊の指定宙域への誘い込みは失敗──不能だ』

「だな。で、俺等はどうすりゃぁいい? 強襲か?」

 打てば響くと云った具合に返すリョーコ。

 その表情に動揺や虚勢は無い。

『ハン、ジュク(熟練)は話が早くて助かるね』

「俺等をそこら辺のヒヨッコ共と一緒にすんなって」

『いや全く』

 口元を小さく歪めるカンダと、太々しく笑うリョーコ。

 それだけで二人は、お互いが何であるかを理解しあっていた。

『大変なんだゼ。連中、泡くっちまって状況の詳細説明を求めるし、混乱して指定宙域にはたどり着けねぇし』

 肩を竦め、砕けた口調で告げるカンダ。

 その、年齢を感じさせない軽妙な動作にリョーコは苦笑を漏らしながら質問を飛ばす。

「苦労は察するよ。で、俺等はどうすりゃぁいい?」

『ああ。任務の変更は無し。悪いが、護衛は付けられない──強襲だ』

「だろうな」

 NN兵器によってトラック泊地守備部隊が壊滅的打撃を受けた結果、随所で敵無人機部隊の泊地内侵入を許す事態となってしまっており、リョーコ等の護衛に回すだけの部隊が不足しているのである。

 その程度の事は、NN兵器を敵が使用したと云う時点でリョーコにも判っていた。

「護衛無しの対艦攻撃ミッションか。まっ、大戦中は何時もの事だったな」

『お前さん等の任務の重要度は高いってのに……スマン』

「いいさ。自前の連中で何とかするからよ」

 リョーコは軽く手を振って応え、後は些かの儀礼的なやり取りで通信は終わった。

「………ハン。強襲か、久方ぶりだな」

 漏らされた一言には、隠しようのない獰猛さが含まれていた。

 

 

 

 

 

 

「──防衛ラインは事実上消滅。敵の無人機部隊が此処まで到着するのは時間の問題」

 ウィンドウボールの中でルリは、淡々と呟きながら情報管制を行っていた。

「対して、【ナデシコc】は未だ動けず…」

 照明の落とされた【ナデシコb】のブリッジで、IFSの全力起動によって淡く輝いているルリの髪が神秘的に舞っていた。

「【オモイカネ】、艦艇の退避状況はどうですか?」

 【オモイカネ】から【ミネルバ】へと渡された膨大な量の戦闘経験情報の再構築を支援し、その上で臨時に指揮権を与えられた戦闘力のない中小艦艇の退避指揮をとらねばならないのであった。

 否、それだけでは無い。

 未だ居場所を特定しきれない敵穏行艦の位置測定をNN兵器の爆発スペクトル解析から行い、又、ルリ指揮下の部隊──H戦隊の直衛に回された機動兵器部隊の管制も行わなければならないのだ。

 忙しいどころの騒ぎでは無かった。

 尤も、ルリはその何れもを淡々と、少しだけ厄介な仕事で在るかのように落ち着いて、そして無表情にこなしていた。

〈艦艇の28%は退避完了〉

「未だに、ですか……」

 少しだけ不満げに漏らしたルリ。

 そんなルリを慰めるように【オモイカネ】が応える。

〈残念ながら〉

 語調に、少しだけ肩を竦める様な雰囲気があったが、慰める様な言葉では無かった。

 それはルリは会話時に於けるAI(人工人格)による賞賛を好まない事が理由であった。

 何故なら電算機が構成するAIは、センサーによって相手の心理状況を察知し、その気分に従った応答をする能力があるのだ。

 ルリにはそれが、自画自賛の一変種であると感じられていた。

 例えそれが“大切な友達”言える程の相手、【オモイカネ】のものであってでも。

 否、大切な友達であるからこそ、自分に阿って欲しく無かったのかもしれない。

「仕方ありませんね」

 手元のウィンドウに目を遣るルリ。

 其処には【オモイカネ】が編集した、最新のトラック泊地宙域の戦況があった。

「頼りは【ナデシコb】だけですね」

 自らの案によって好転しかかった状況は、察知しきれなかったステルス艦による攻撃によって完全に敵の手に落ちていた。

 薄いながらも広域に防衛線を構築していた第4艦隊は、それが結果としてNN兵器による被害を抑える結果となっていたが、それでも集団としての組織力を喪失し、敵艦隊の阻止線としての機能を果たし得ずにいた。

 混乱の収拾と指揮系統の再構築。

 アララギは歴戦の指揮官であり、この劣悪な状況下でも十分にその能力を発揮できるであろう。

 だが、時間が足りないのだ。

 戦況表示ウィンドウからは、既に泊地内へと侵入した敵無人機によって少なからぬ被害が発生している事を、そしてそれが短時間のうちに甚大、或いは壊滅的と云う表現が相応しい規模へと拡大するであろう様が見て取れていた。

 第4巻隊主力が混乱から立ち直る頃には、彼らが護るべき相手が存在していない確率が高かった。

 

打音

 

 指先で小さくコンソロールアームを弾くルリ。

「第4艦隊の全てはリョーコさん達に掛かっていますね」

 

 

二〇〇〇 3/10 三一型

 


 

【ケイ氏の独り言】

 

 気が付けば、三回分の量を作ってます(藁

 月に一個ずつ出せばいいのに、一気にやろうとするから無理が出る(爆)

 好みの問題ってのも在りますが、それ以上に一〇章の末に「次回は派手に」………なんて書いたものだから、派手じゃないとと考えて、派手にならない一一章分を送れず、派手な所(旧一二章)が出来てから──と思っていたら、まとまり無く巨大化して、書くのが遅くなり………

 もう、駄目ジャン!


艦長の独り言。

はい、艦長です。
更新遅れてごめんなさい。


艦長的コメントは13話の終わりで♪


さあメールを!
ここ!



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