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かくも凶々しき暴虐のなか、いかなる苦難に見舞われようと、

勇者は退くことを知らず、ただ誓いを果たすのみ

ならばと彼らに問いしものあり、

汝等が忠勇をたれに捧しか?

汝等が武運尽きしとき、それを継ぐ者何処にありしか?

彼らは答えて曰く、

いとはかなき者あらば我らはそれを愛で、

いと哀しき者あらば我らはそれを包む

安んじよ、安んじよ

我らは斃れて後も巳まず、打ちてし後もまた同じ

たとえ骸はさらすとも、

我らが魂魄の失せることはなし

我らは斃れども挫けず

我らは斃れども挫けず

挫けざれば失せることはなし

 

──チャールズ・ボスコウィック

 

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

異話 The Prince Of Darkness

 

第一二章【挫けざる者達】

 


 

 

 

 前方。

 上下方。

 そして左右。

 あらゆる方向より、まるで豪雨の如く降り注ぐ砲火。

 

微震

 

 時折、機体の外殻装甲を叩いてゆく破片。

 10や20ではきかない。

 或いは累計で3桁にも達するかもしれない。

 だが深紅の【エグゼバイト】を先頭に突進する4機の重対艦兵装装備【エグゼバイト】の進路は、些かも揺るぐ事無し。

「!」

 進路を塞ぐように突進を仕掛けてくる一群の無人機。

「甘いってんだよ!」

 スバル・リョーコの叫びと共に手元のIFS受信機が仄かに発光する。

 

振動

 

 機体各部のスラスターが小さく推進材を噴射。

 それも一度では無い。

 数限りない実戦によって培った感覚によって行われた絶妙なタイミングの噴射が、機体を舞うが如く機動させ、傷一つ受けることなく無人機の射界をすり抜けていく。

「はんっ!」

 包囲を諦めたか、距離を詰めずに一斉に誘導弾を発射する無人機の群。

「っ!」

 バイザーの隙間より覗くリョーコの頬が、強く歪む。

 とても楽しげに。

 小刻みに操られる操縦桿。

 大型対艦誘導弾の推進器をも推進の補助に利用している為、正しく悍馬と化している【エグゼバイト】が、曲芸機の如く軽やかに繊細に舞う。

 

微音

 

 慣性制御システムが悲鳴を上げ、リョーコの躰は強くシートへと押し付けられる。

「はっ!」

 吐息を、まるで吐き捨てるかのように行う。

 骨が、間接が、内蔵が、躰すらも悲鳴を上げている高慣性下。

 だがその顔を彩る笑みが消える事は無い。

「おらぁぁぁっ!」

 機体が、捻りを入れて飛ぶ。

 その背を追う、数十条もの近距離誘導弾の光跡。

 リョーコは、高熱源欺瞞弾──フレアの類をまだ使用してはいない。

 もっと都合の良いものが側に存在しているのだ。

 ソレを利用した方が良いと判断してだった。

 降り注ぐ砲火、その密度が増す。

 正面に無人機の群れ。

 それこそがリョーコの狙いであった。

 笑みが更に強さを増す。

 そして一切の躊躇無くその編隊を潜り抜ける様に機体を操り、交差する瞬間、両肩のスリットからフレアを放射する。

 

閃光

 

 誘導弾の近接信管は、無人機をリョーコ機と誤認して粉砕する。

 包囲する様に展開していた無人機は、リョーコ機によって散々に食い散らかされていく。

 否、リョーコ機だけにでは無い。

 続く3機も、重対艦兵装を抱えると云う劣悪な機動状況にある事を些かも感じさせない見事な回避、そして突撃運動を行い突破していっていた。

 だが無論、四機だけで突破出来る訳は無い。

 敵は無人で在ることの利点を生かす様に重包囲を行い、リョーコ機等の進路へと無理矢理に飽和的な数の機体を割り込ませようとしていく。

「ほうっ!?」

 種類の違った笑み。

 統制された、見事な阻止行動。

 コクピット内に展開している三次元表示レーダー画面には凄まじい勢いで十重二十重に包囲網が形成されていく様が写しだされている。

「やるもんだ」

 誉めるように言うリョーコ。

 少なくとも相手は、リョーコ等【ライオンズシックルス】航空中隊の技量を正当に評価している様子だった。

「だが…」

 

閃光

 

 連鎖的に広がる光球。

『そいつは無理ってモンさ!』

 笑う様な声と共に、ディーター・ローレンツ率いる第2小隊が放った大量の広域制圧用小型誘導弾が、その包囲陣を粉砕する。

「俺に遅れんなっ!!」

 その気合いと共に、光の幕を突き抜けて12条の光跡が更なる勢いをもって駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 断続的に打ち上げられる砲火。

 増設されたばかりの対空砲座群が、【オモイカネ】の指示によって組織的、的確に作動し攻撃していたが、それでも敵が多すぎていた。

 幾発もの対艦誘導弾等を受けた船体は傷つき、鮮烈な白と青とを基調とした塗装は所々が黒ずんでいる。

 孤軍奮闘。

 【ナデシコb】の置かれた状況は、控えめに言っても“壊走”であった。

 実際、ルリの指揮するH戦隊とは、戦闘行動が不能と判断され後方(地球)への退避命令が下された艦艇を護衛する為に臨時に結成された部隊であり、その戦力は【ナデシコb】と直衛の機動兵器部隊以外には五隻の防空フリゲート艦が在籍するだけであった。

 

振動

 

 ブリッジの何処かで、固定されていなかった物が落下したと思しき音が響く。

 元々照明が落とされていた艦橋は、被弾による度重なる振動によってケーブルやパネルの隙間、或いは床に積もっていた埃が舞い上がり、更に薄暗くなっている。

 本来ならば空調が清廉な環境を維持する筈であるのだが、ルリは生命維持システム以外の機能を停止──実は【ナデシコb】の空調システムは管理の容易さから一元化されており、ブリッジだけ稼働させる事は出来ない構造となっているが為であった。

 無論、その様な行為で得られる余剰電力は僅かなものではあったが、それでも機関部にも被弾し、出力が低下しつつある【ナデシコb】にとって無意味な行為では無い。

 ルリは幾つものシステムを停止させ──その中には副電算機の【ラジェンドラ】も含まれている。これは【ラジェンドラ】がオモイカネ系電算機とは云え所詮は簡易型であり、その情報処理能力と消費電力を秤に掛けた場合、後者の方がより重要である為、電源を落とされているのだった──その余剰電力をディストーションフィールド並びに【オモイカネ】の機能維持に回しているのだ。

 

 

〈左舷、第五ブロックに被弾。防空能力4.5%低下〉

 淡々とした【オモイカネ】からの報告。

 それが幾度目のものであろうか。

 受け取るホシノ・ルリも最早、さしたる注意を払わない。

 艦機能に重大な被害を受ければ【オモイカネ】が報告するであろうし、軽度であれば【オモイカネ】が独自の判断で修復処置を行うであろうから。

 それは正しく信頼。

 ルリは自らの育て上げた【オモイカネ】に全幅の信頼を寄せており、故にルリ自身は一艦長としてだけでは無い、H戦隊司令官としての視点で状況を操っていた。

 否、その職責は更に大きかった。

 【ナデシコb】は実験戦艦である為に戦艦としては対艦兵装に乏しい艦であったが、その代償として下手な電子戦艦よりも余程強力な電子戦装備を与えられており、

「見事ですね、リョーコさん等は」

 感嘆の意を込めて小さく呟いたルリ。

 その手元にはトラック泊地全域をカヴァーする三次元レーダーをホログラム的に立体投影したウィンドウがあり、現在それは敵空母に向けて突進している【ライオンズシックルス】航空中隊を映し出している。

 ルリは【ライオンズシックルス】航空中隊の置かれた状況を分析し、敵包囲網の的確な突破コースを指示しているのだった。

 

振動

 

 再び被弾する【ナデシコb】。

 船体が悲鳴を上げている。

〈第一(右)機関部、被弾。第三装甲ブロックまで到達。出力12.52%低下〉

 既に【ナデシコb】の状況は甘く見積もっても中破。或いは厳格に判定したのならば大破と判定される程の状況であった。

 退路たる大気圏への突入すらも危ぶまれる様な状態。

 だがルリは構うことなく【ナデシコb】をH戦隊の最後尾に配し、個艦防空任務指揮並びに配下の機動兵器部隊の指揮。そして【ライオンズシックルス】航空中隊への支援オペレートを同時に行っていた。

 次々と処理されていく情報。

 ルリの的確な指揮によってH戦隊の護るべき艦艇の大半が無事、大気圏内へと脱出する事に成功していた。

〈退避率80%を突破〉

 10%刻みに報告を行うように指示してあった【オモイカネ】が報告を行う。

「後は【ナデシコc】だけですね………」

 残る20%。

 その中で最大の艦が【ナデシコc】であった。

 【ナデシコc】と云う容器自体は完全だった。

 だがそれを満たす──制御する中枢電算機【ニケイア】が、【オモイカネ】から受け継いだ戦闘情報と自分の思考ルーチンとの統制に齟齬をきたしているのだった。

 故に現在は、【ニケイア】ではなく乗組員達が【ナデシコc】を操っている。

 だがそれも万全ではない。

 試験艦的な性格が強いこともあって、【ナデシコc】に於いて人間による操作は完全に補助的なものへとなっており、艦の持つ能力を出し切れては居なかったのだ。

「──あと少しは頑張るとしましょう」

 そう独り言つルリ。

 

電子音

 

 その瞬間、ウィンドウがルリの眼前に展開する。

『艦長! またそんな事を言って!! 早く退避して下さい!!!』

 【ナデシコc】にて必死になって【ニケイア】の調整をしている筈のマキビ・ハリ──ハーリーからの通信だった。

「…」

 そのウィンドウの余りの大きさに、ルリも流石に愕いていた。

 尤も、その事をハーリーに悟らせる事無く平静を取り戻す。

「どうしましたハーリー君。何の用ですか。【ニケイア】の調整は終わっていないようですが?」

 言いながら視線をウィンドウボールの一角に表示させているウィンドウに目を走らせる。

 ルリが監視しながら【オモイカネ】に並列して処理させている事の一つに、当然ながらも【ニケイア】の調整補助があった。

 そして当然ながらも【ニケイア】の調整に関しては高い優先度が与えられており、終了した時点で【オモイカネ】から報告が来ない筈は無かい。

 ウィンドウには【オモイカネ】の手によって状況が端的に表されていた。

 曰わく。

〈状況:齟齬〉

 自然、ルリの目つきが少しだけ厳しくなる。

「早く自分の仕事に戻って下さい」

 少しだけ詰るような色を帯びるルリの言葉。

 だがハーリーはその事に気付かずに言葉を連ねる。

『そう云う事を言ってる場合じゃ無いじゃないですか! だって【ナデシコb】は沈みそうなんですよ!! 今、【ナデシコc】をそっち向かわせますんで……』

「駄目です。防空システムの起動していない【ナデシコc】が此方に戻っても足手まといです」

『嫌です! 艦長が死んじゃうじゃないですか!!』

 ウィンドウの中で、まるで駄々っ子の様に叫ぶハーリー。

『死にたいんですか艦長は!?』

「まだ大丈夫です。それよりもハーリー君、早く【ニケイア】のちょう…」

『そんな事はどうだっていいじゃないですか!! 艦長、自分の置かれている状況が判っていないんですか!!!』

 理屈ではなかった。

 只、感情のままに叫んでいた。

『艦長! ねぇ艦長!?』

 

吐息

 

 小さく溜息をつくルリ。

 少しだけ、ハーリーの教官としての立場からの後悔があった。

 それは、ハーリーがまだ幼いと云う理由から責任を持った軍人としてでは無く、IFS強化体質オペレーターとしてだけの訓練を行ってきた事への後悔であった。

  或いは平和ボケをしていたのかもしれませんね……

 自嘲。

 一個人としてならばハーリーの反応は理解出来る。

 一途に我が身を心配してくれているのかと、嬉しくすら思う。

 だがルリは、そしてハーリーは戦場に軍人としてこの場に存在しているのであり、故に職責として果たすべき役割──義務が在るのであった。

『艦長、聞いてるんですか艦長!?』

 最早ルリは、ハーリーの言葉を聞いては居なかった。

 何かを覚悟する様に目を閉じ、そして開くと共に手を一つ振る。

 新しくウィンドウが展開する。

 相手は【ナデシコc】砲術長。

 一応は艦長代行となっているハーリーの補佐を命じられている人物であった。

「宜しいですか砲術長」

 丁重な口調で問うルリ。

 それは中佐と云う階級や【ナデシコb】艦長と云う役職からみて、異常とも云える態度であったが、それは理由があっての事であった。

 確かに幾度かの宇宙海賊征伐やその他の諸任務、或いは演習に於いて高い実績を示し、“電子の妖精”の二つ名を持つルリの人望は厚い。だがそれでも一般の士官──それも佐官としてのルリの経歴は異常なものであり、また年齢も未だ一六歳と若すぎるが故に、一部の士官達は反発にも近い感情を持っていたのだ。

 ルリ自身は、軍人であると云う事に対する執着は無かったが、自分への反発から職務が疎かになることを恐れ、態度を若輩者としての立場からのものとしたのだった。

 尤も、そんなルリの心配もある意味で杞憂であった。

 ルリの下に配属された士官らは、ルリの性格や手腕。それに状況分析能力などを知ると同時に尽くがルリの信奉者へと変じているからである。

 だが、その事を知ってもルリは慎ましい態度を崩さず、更にその事がルリへの評価を高める事となっていた。

『どうしました艦長?』

 突然の通信に手を止め、怪訝そうな声を出す砲術長。

 連合宇宙軍に長らく奉職している、この厳つい顔立ちをした壮年の砲術長すらもルリに心酔していた。

 場所は【ナデシコc】ブリッジ下部、統合射撃指揮所。

 遅々として進まぬ、【ニケイア】による集中防空制御システムの起動に業を煮やし、防空システム自体を【ニケイア】から切り離して手動による防空を開始していたのだった。

 無論【ニケイア】を使用しての防空戦とは比べものにならぬ程に効率は悪いが、それでも手をこまねいている訳にはいかなかったのだ。

「お忙しいでしょうけど、もう一つ仕事を増させて下さい」

『喜んで。でも何がですか?』

「【ナデシコc】を貴方に預けます。命令。現時刻をもってアルトゥール・バルスベイガー大尉は【ナデシコc】の指揮をとれ。任務は艦並びに乗員の地球圏への脱出。復唱は不要です」

 単刀直入なルリの言葉に一瞬、絶句する砲術長。

 それはウィンドウで聞いたハーリーも同じであった。

『なっ、何ですかそれはっ!?』

 慌てるハーリー。

 その精神状態を反映して通信ウィンドウのサイズが、ウィンドウボール一杯に広がる。

 その勢いに、少しだけ眉をしかめるルリ。

 だがルリが示したハーリーへの反応はそれだけであった。

「では宜しく御願いします」

『了解。バルスベイガー大尉、指揮を執ります!』

 鯱張って敬礼するバルスベイガー砲術長。

 答礼。そして手を一つ振るルリ。

 それを合図に【オモイカネ】はバルスベイガー砲術長とのウィンドウと一緒に、何かを叫んでいたハーリーのウィンドウを消していた。

 

溜息

 

 何とも言い難い感情。或いは疲労感とも呼ぶべきもの。

 少しだけ戦況が安定──かなりの無人機が【ライオンズシックルス】航空中隊の突撃に対応する為に動き出した現在、トラック泊地底部のH戦隊への圧力はかなり弱まってきており、一息をつくだけの余裕が生まれていた。

 生き残っているH戦隊所属のフリゲート艦3隻でも、応急班が必死になって喪われた機能の回復に務め、衛生兵が負傷者達への応急手当を手早く行っている。

 そしてルリ以外は乗艦していない【ナデシコb】でも応急修理こそ行わないものの、何とか喪失した機能の回復に務めていた。

 

電子音

 

『いいんですか艦長? ハーリーの奴、むくれますよ』

 【ナデシコb】の副長であるタカスギ・サブロウタからの通信。其処にはなにがしらの明るさがあった。自身も【エステバリス・Typ−S】を駆って防空戦闘に参加している筈だが、その声に疲労の色は無い。

『いや、拗ねるかな』

「構いません。甘やかすだけが教育じゃありませんよ」

『そりゃぁまぁそうなんですけどね………』

 惚けた口調で肩を竦めてみせるサブロウタ。そして幾つか実のない会話を交わす二人。無意味に、ではない。

 サブロウタはこの少しだけ生まれた戦闘の間隙を利用し、独り【ナデシコb】に残り殿にて孤軍奮闘しているルリの気分転換にと話しかけたのだった。

 その事を理解するが故にルリも少しだけ気を緩めていた。

『しっかし、大丈夫っすかね』

 その視線の先のウィンドウには、【ライオンズシックルス】航空中隊の置かれている状況が詳細に表示されていた。

 十重二十重。いやそれ以上の密度で包囲されつつある【ライオンズシックルス】航空中隊。恐らくは新規で展開している無人機の約8割がリョーコ等を狙って動いているのだった。全方位。後方からすらも、退路を断つように無人機が迫っていた。

「大丈夫ですよ。リョーコさん達なら」

 全幅の信頼を込めて呟くルリ。

『いや、スバル大尉等じゃ無くて………』

 何とも言い難いと語尾を濁すサブロウタ。

 

電子音

 

 その時、新たな情報が【ライオンズシックルス】航空中隊状況表示ウィンドウに書き込まれる。

 青で表示された、“リベンジャー”のコールサインが割り振られた友軍機。

 

 

 それは唐突だった。

 無人機が雲霞の如く押し寄せてくる過酷な防空戦の最中、唐突、光を纏って現れた漆黒の機動兵器。異様な、まるで幾つもの箱を重ね合わせ張り合わせた様な雰囲気をした擬似的人型とでも言うべきものであった。

 気休め的な対ジャンプ攻撃警戒として作動させていた空間観測機器がボース粒子の発生を告げている。

 ボゾンジャンプ。

 一般には瞬間移動として認識されている時空間跳躍。

 そして今回の叛乱の首謀組織〈火星の後継者〉がクーデター成功の鍵を握る最大の武器として使用している技術であった。

 更に言えば、友軍機で在れば基本的に装備しているIFF(Idenfification Friend or Foe/敵味方識別装置)システムに応答は無し。

 機体の放つ熱源波形の照会も行うが、宇宙軍と統合軍、それに木連軍の正式採用機や企業の民用機等の情報が入力されている電算機からの返答は“該当並ビニ類似スル波形ハ無シ”と云う甚だ心強いものであった。

 ボゾンジャンプの事と重ねて考えれば、これが友軍──支援機であると考えるには余程に特殊な思考力が必要であろう。

『増援か!?』

 更に悪いことに、連合宇宙軍並びに統合軍に現在、単独ジャンプが可能なA級ジャンパーは在籍しておらず、又、機体も木連側との軍備縮小並びに技術拡散に関する監視協定によって10m以下の大きさの機動兵器でジャンプ可能な機体は開発されていない。

 故に誰しもが今回、ボゾンアウトしてきた機体を敵と認識していた。

『畜生めっ!』

 誰かが罵っていた。

 ルリすらも、顔を強張らせていた。

 もう少ししたならば増援が来る事となっていたが、今はまだ予定というだけであり、戦況に些かの影響も与えるものでは無かった。

 否、影響はあるだろう。

 このルリ等の必死になって維持している薄氷の様な防御ラインは、そのラインの内側へとジャンプしてきた機体によって壊滅的な影響を受けることがハッキリと想像出来ていた。

 直ぐさまに、幾つかの迎撃プランを組み立てるルリ。

 だがそれは敵では無かった。

 

閃光

 

 断続的に広がる閃光。

 その全身から放たれたマイクロミサイルの光に飲み込まれていくは、無人機のみであった。一挙に数を減じた無人機。だが漆黒の機体は攻撃の手を緩めない。その手に持っていた長大な砲を振り回し、容赦なく無人機を叩き潰していく。

 飛翔。全身に備え付けられた姿勢制御スラスターが光の尾を引いて舞う。

 攻撃。的確な射撃で算を乱した無人機をうち払っていく。

 その様は凄まじく、そして美しかった。歴戦のパイロットであるサブロウタすらも見とれてしまう程に。

「……」

 何か予感があったのだろう。ルリはじっと、魅入られたかの様に漆黒の機体を見つめていた。

 長いようでいて、短い時間。

 

爆煙

 

 唐突に四散する漆黒の機体。

『あっありゃぁ!!』

 否、それは最外殻部──本来の機体その更に外側に纏っていた増加装甲並びに兵装槽を破棄しただけであり、爆煙を切り裂いてその四肢を顕わす。

 細部は変わっていた。

 だがそれでも見まごう筈もなかった。統合軍が【ブラックゴースト】の識別名を与えた機体。

 そして何よりもテンカワ・アキトの乗機であった。

 

 

『………一機で大丈夫…ってな………んぅ…そもそも。便宜上とは云えあの機体にb(【ナデシコb】)所属としたのは後で問題となるんじゃないですか、艦長』

 言葉にしずらい何かに、言葉を濁して云うサブロウタ。元来が歯切れの良い言葉遣いをする人物ではあったが、それでも言いにくい事はあった。

 何しろその時ルリは、救援に現れたアキト──【ブラックゴースト】に対してルリは、レーザー通信にて手持ちの情報と状況分析を一切合切伝へ、更には本日分の連合宇宙軍の通信に関する暗号解読プログラムを送付した上で、【ライオンズシックルス】航空中隊の支援を要請したのだ。

 何とも剛胆と評すべき行動であった。

 否、信頼と呼ぶべきなのかもしれない。

 そしてアキトは、そんなルリの想いを裏切らない。

「大丈夫ですよサブロウタさん」

 微笑。

 それは今までの儀礼や式典の時などに浮かべていた何処かしら人形のような感じを与える愛想笑いではない何かが違う微笑みであり、同時にサブロウタが初めてみるルリの柔らかな表情でもあった。

『…』

 サブロウタにはそれが何処かルリの余人に明かすことのない、胸内の極深い部分から沸き上がってきた想いを込めた様にも感じられていた。

 

 

 

 

 

 

 深紅の機体を先頭に突進する9機の【エグゼバイト】。

 鋭い起動。だが其処には以前のような舞うが如き自由運動を行いつつ相互支援を行えるような余裕は失われていた。密集し、お互いの状況を把握し合い、その上で行動していなければ集中攻撃を受け、撃墜されるであろう状況と相成っているのだ。

「畜生めっ!」

 意味を為さない罵りがリョーコの口をついて出る。

 個々の戦闘だけをみれば負けては居なかった。否、圧倒的に優勢であるとすら言えよう。だがそれでも大局としてみればリョーコ等は作戦に失敗しつつあった。

 幾重にも形成された無人機による防御網。その非常識な密度で形成されている無人機の群によって【ライオンズシックルス】航空中隊は無意味な機動、戦闘を繰り返すこととなり初期の突進力を擦り潰す事となってしまったのだった。

 護衛各機の撃墜数は軽く3桁を超えている。だがこれは、逆に言えばそれだけ弾薬並びに推進材を消耗してしまっている事に他ならない。被害も出ている。2機が撃墜され、1機が主機関の不調で帰投している。幸いなことに大型対艦誘導弾装備機に被害は無かったが。

 対して敵空母は未だ無人機を吐き出し続けており、その防御網は一向に薄くなる気配は無かった。

  ──突撃すっか

 一瞬、リョーコの脳裏に浮かんだ発想。

 突撃──味方の被害を一切考えず只、敵艦への雷撃を果たす。状況から考えて、無傷で敵空母まで接近することは不可能であったが他に手段は無かった。

 手持ちの弾薬、推進材は刻々と減少していって居るのだ。雷撃成功後に帰還する為には最早逡巡している様な余裕は無かった。

「………ワリィ、指揮官が無能だったな」

 中隊系通信機へと力無く呟くリョーコ。

 その一言で【ライオンズシックルス】航空中隊に属する面々は、自らの指揮官が何を決断したのか理解していた。

 肩を竦める者。

 咳払いをする者。

 頬、或いは頭を掻く者。

 そして全く反応を見せぬ者。

 只、8名の男達の心境を代弁するかのように【ライオンズシックルス】航空中隊副長アマミヤ・カンジが口を開く。

『まぁ、そう悪いモンじゃ無かったっスよ。正直』

「そうか………」

 いっそ朗らかさも感じさせるアマミヤの言葉に小さく頷くリョーコ。その目元はバイザーの影となってアマミヤからは見えない。

 

電子音

 

 その時あらたな情報が中隊状況表示ウィンドウに映し出される。

「?」

 そして通信。【ナデシコb】、ルリから送られてきたソレは強力な電波妨害を突破させる為に圧縮されたものであった。

『隊長、支援機ですっ!』

 

閃光

 

 後方で幾つもの光球が連鎖的に広がっている。

 リョーコは素早く情報に目を通す。

「………ルリめ味なことをしやがって。おう! 湿っぽいのは無しだ!! 燃料の心配もすんな、回収部隊も出てる。俺に続けぇっ!!!」

 喜色を満面に浮かべて吼えるリョーコ。

 【ライオンズシックルス】航空中隊は再び突進を開始する。

 

閃光

 

 全ての邪魔者を吹き飛ばして支援機が登場する。

 【ブラックゴースト】。

 それは正しく、【アマテラス・セントラル・ステーション】にて戦ったテンカワ・アキトの搭乗している筈の機体であった。

 口元に、隠しようの無い笑みが浮かぶ。

「派手にやりやがって……負けんじゃねえぞっテメェらっ!」

 その発破に全員が力のこもった返答を行う。機体は操縦者達の心に応える様に、更なる加速を行う。

 そして【ブラックゴースト】は、その先頭へと機体を位置づけさせる。発光信号。本文は一つ。

 

ワ・レ・ニ・ツ・ヅ・カ・レ・タ・シ

 

 血が踊るような、胸が沸き上がるような感触。それは歓喜と評すべきなのだろうか。

「はっははっはっ」

 意味を為さない単語が口元より零れる。

  俺は楽しんでる

『姉御?』

 通信。誰かの声が聞こえたが、その声がリョーコの心に届くことはなかった。只【ブラックゴースト】背を見て機体を駆る事と、その漆黒の機体を操る者の事とにのみ意識が集中していた。

 そして【ブラックゴースト】。【ライオンズシックルス】航空中隊を先導し濃密な防御陣へと突進していく。

 砲火。

 五月雨が如く降り注ぐ機載型小口径レーザー砲の下を駆け抜く【ブラックゴースト】。

 回避行動は一切行っていない。その身を護るディストーションフィールドを信じるが故に。そして漆黒の機体は主の信頼に忠実に応え、砲火、その尽くを弾き散らす。

 そして、防御陣へと接近したとき傲然たるが如き仕草で、その右腕に構えていた長大な砲を前方へと向ける。

 射撃。

 ただ一発だけ放たれた砲弾。降り注いでくるレーザー砲とは比較にならぬ程に遅く翔ぶ弾。

 

セ・ン・コ・ウ・ボ・ウ・ギョ

 

 再び発光信号。

「閃光防御だ! 各機、光センサーの精度を落としとけ!!」

 中隊系通信ウィンドに叫んだリョーコ。その左手はコンソロールの一部、光学センサーの制御盤に伸びている。何かの確信があっての言葉では無く条件反射に近いものであったが、その素早さが正解であった。

 ほんの僅かに、時間の流れが遅く感じられる数秒。その数秒で、【ライオンズシックルス】航空中隊に属する9機は閃光防御体勢を整えていた。

 炸裂。それまでとは比較にならない程に巨大な火球が発生したのだ。

「!?」

 コクピットの画面一杯に広がる光芒。そして激震。激しい機動時の其れとは本質的に違う振動が、【エグゼバイト】を襲う。

 

軋音

 

 機体が悲鳴を上げている。

 前後、左右、上下。あらゆる方向から激しく弄ばれる機体。だがリョーコはそんな最中にあっても四肢を踏ん張り、歯を食いしばって只前を──【ブラックゴースト】だけを見て機体を操っていた。

 

 

 

 疾駆する【ブラックサレナ】。

 強度の増したディストーションフィールドを武器に、降り注ぐ砲火をものともせずに突進する。射撃。機体右腕に構えたリニア・レールガンが二〇o徹甲弾を撒き散らす。ラピッドライフルや並のレールガンとは比較にならない程のエネルギーを与えられたタングステン製の弾頭は、無人機の装甲を紙切れの如く切り裂き、粉砕する。

 開かれつつある敵母艦への道。アキトにはこの宙域に関する事、その全てが手に取るように感じられていた。

 それ程の精度をルリが纏めた情報は持っており、故に【ブラックサレナ】の飛翔に一切の曇りは無い。

 連なりゆく閃光。

 初手にて極秘裏に入手した大威力兵器──連合宇宙軍が開発した砲搭載用NN弾を使用して無人機集団の最集結箇所を叩いた為、もはやその勢いを阻むものは存在していなかった。

 

電子音

 

 新しい情報が状況表示ウィンドに記入される。

 小さな有象無象の反応が寄り集まった無人機部隊ではなく大型の反応が出る。〈火星の後継者〉がボゾンジャンプにて、このトラック宙域へと投入した5隻の大型巡航艦の一つ、識別番号【MC−4】が割り振られた艦であった。

「ほうっ」

 小さな、感嘆にも似た吐息がアキトの口を出る。

 【MC−4】の艦長は、【ブラックサレナ】並びに【ライオンズシックルス】航空中隊のゲートシップ艦への突入進路を塞がんと艦を操っていた。

 感嘆はその勇気、或いは無謀とも評すべき行為へのものであった。【第一次汎太陽系戦争】での戦訓から個艦での対機動兵器戦闘、それも機動兵器が対艦兵装を整えていた場合、それは自殺的行為と評されるべき事が判明していたが、それでも【MC−4】の艦長はゲートシップ艦を護るために、敢えてその愚を犯したのだった。

 レーダーには続々と小さな光点を吐き出しているゲートシップ艦の様子が表示されていた。

 恐らくは自らの艦を囮とする事で、新たなる防衛ラインの構築を行うつもりだったのであろう。

 

閃光

 

 五月雨的に打ち上げられてくる砲火。その中には、対艦用の大口径砲のものすらも含まれていた。

  サレナ(ブラックサレナ)の能力を正確に判断したか………賢明だな。だが、邪魔はさせない

 小さな影を作り出した口元の陰影。それは猛々しさを感じさせる微笑み。

「…突入されたし」

 小さな呟き。その呟きを機体制御AIが発光信号に変えて、左肩部バインダーから後方へと伝える。その意味を、アキトの意図をリョーコは誤らずに理解する。深紅の【エグゼバイト】は両肩を軽くバンクさせるや、【ブラックサレナ】を追い抜く様に加速を増す。

 そして【ブラックサレナ】。アームバーに取り付けられたIFS受信器が仄かに発光し、機体は主の命令に忠実に従いて軌道を変える。

 

激震

 

 機体が激しく揺れ、アキトの躰を包む衝撃緩衝固定ユニットが軋みを上げる。

 

警報

 

 神経に触る甲高い警報音が鳴り響き、幾つかのウィンドウに表示されていた数字が赤く染まる。

「被弾か?」

 一瞬だけ被害表示ウィンドウに目を走らせるアキト。

 さして深刻ではないものの機体各部、特にディストーションフィールドの発生システム系にかなりの過負荷がかかった様が表示されている。どうやら【MC−4】の撃ち上げてきていた対艦用大口径弾が、ディストーションフィールドを直撃した様子であった。

「ふん」

 鼻で笑うアキト。その表情に焦りや脅えと云ったものは浮かんでいない。

 無論、対艦用大口径弾を侮っている訳ではない。如何な密度的には戦艦にも匹敵する高出力ディストーションフィールドを誇る【ブラックサレナ】とは云えども、短時間に何発もの大口径弾の直撃に耐えられる訳ではない。

 だが、対艦用大口径砲は小口径の防空砲座(対機動兵器砲)群に比べて砲口径が巨大である分、砲身並びにそれを支えるバーベットや砲弾エネルギー供給システムが大型化しておりその結果、大口径砲塔の照準能力は近距離で回避運動を行っている機動兵器を狙えるような速度へと達してはいない──その事を熟知するが故の笑みであった。

 全身に配されたスラスターが光の粒子を撒き散らし、【ブラックサレナ】は舞うが如く飛ぶ。

 砲火。案の定その不規則な機動に追従出来た砲座は対機動兵器用の小口径砲座群、その一部だけであった。大口径砲並びに小口径砲座群の大半は無意味な方角へと向けて弾を撒き散らしていた。

 砲座群の射界、その内へ外へと微妙に機動の軸線をずらしながら近づきゆく【ブラックサレナ】。その機動に引きずられる様に【MC−4】は動く。

 微笑。

 それこそがアキトの狙いであった。自覚できぬままに誘出された【MC−4】は【ライオンズシックルス】航空中隊の対ゲートシップ艦攻撃を阻害できるような、そして沈めてもその影響が小さいであろう位置へと引きずり出されていた。

 状況表示ウィンドに目を走らせるアキト。

 其処にはゲートシップを大型対艦誘導弾の射程距離、それも少しでも命中確率を高めようと肉薄していく【ライオンズシックルス】航空中隊の姿があった。その周囲には多少の光点、迎撃の無人機の姿があったが【ライオンズシックルス】航空中隊に近づくや瞬く間に消滅していっていた。

 【ブラックサレナ】が護衛であり同時に敵の攻撃を引きつける囮ではあったが、【ブラックサレナ】など無くとも、【ライオンズシックルス】航空中隊の面々とて無人機に狩られる様な腕はしていなかった。

 

吐息

 

 一つの区切りを付けるように大きく息を吐いたアキト。

 その瞬間より【ブラックサレナ】の動きは一変する。敵を引きつける為のやや派手さを感じさせる機動から必要最小限の回避機動へと。否、それは回避ではなく【MC−4】への突進──突撃であった。

 コクピットの正面ディスプレイでみるみる巨大化する、【MC−4】の巨体。総身より対空砲火を打ち上げるその様は、さながらハリネズミの如く。

 だがアキトは、些かも怯むことなく機体を操る。

 

微震

 

 その左手に抱えられたリニア・レールガンが禍々しい動作で顎(あぎと)を広げ、二〇oの汎用弾が薬室から引き抜かれ、新たに対艦用の一五五o徹甲弾が装弾される。

 射撃。アキトが意識の中で引き金を引き絞ると同時に、リニア・レールガンは殆ど反動を残すことなく一五〇o弾を放つ。

 一発ではなく、二発。

 駆逐艦の主機関級の相転移炉をリニア・レールガンに組み込んでいるが故の早業であった。

 放たれた二発の徹甲弾は誤る事無く【MC−4】の機関部へと突き刺さる。閃光がディスプレイを埋め尽くし、激震が機体を揺さぶる。

 轟沈であった。

 火球と化し、四散する【MC−4】。

 

閃光

 

 その時、一際巨大な火球が発生する。【ライオンズシックルス】航空中隊がゲートシップの攻撃──撃沈に成功したのだった。

 口元に小さく笑みを浮かべるアキト。

 その時であった、緊急通信を受信したのは。

 回線分類名は12−c。【ユーチャリス】からであった。

 

 

 

 

 

 

 それは見事な奇襲だった。

 トラップ中佐の指揮する第221戦隊の【エーデルワイス】と【アマリリス】がH戦隊に合流した事によって戦闘力が著しく増強され、又、【ライオンズシックルス】航空中隊の突撃によって敵無人機による圧力が低下した状況で発生した事態だった。

 誰しもが小さく気を緩めていた。

 無人機は、第四艦隊艦載機動兵器部隊では最強と評されている【アマリリス】所属の【サウス・ボア】航空中隊が参加したことによって、ほぼ完全に駆逐されている。

 又、大型艦に関してもその殆どは、既に第四艦隊に属する戦艦部隊によって捕捉され、撃ち減らされていっていた。

 指揮官の大半は前大戦の経験者であり、戦闘の途中で気を抜くことの恐ろしさを知り尽くした人々ではあったが、それでも、苦境──その最悪の時間を乗り切ったと云う認識故に、ほんの少しだけ気が緩んでしまっていた。

 それはルリすらも例外ではない。

 否、敵がNN兵器を使用して以降、第四艦隊の管制を殆どを一人で行い、両肩に重圧を乗せていたが故に、或いはH戦隊の人員で最も気が緩んでいたかもしれなかった。

 無論それは油断との同意では無い。

 【エーデルワイス】搭載の【サウンド・オブ・ミュージック】航空中隊機に電子偵察ポッドを装備させた上で、H戦隊の周囲に対ステルス艦哨戒網を形成していた。

 だが、それでも奇襲を防げなかった。

 

 

『オニール02より【エーデルワイス】コマンド。方位4−b−7、微少な反応を確認』

『了解。ドライアード01を向かわせる………』

 定例の様な会話。

 電子偵察ポッドが拾った精度の甘い情報。その確認を行う為に【エーデルワイス】の艦載機管制官は、専用の複座型電子偵察型【エステバリス(E型エステバリス)】を向かわせた。

 その時であった。

 

閃光

 

 全てを包み込むような閃光。

 〈火星の後継者〉が繰り返した戦術であり、ルリ等が回避する為に全力を尽くしていた筈であったが、それでも奇襲を受けてしまっていた。

 誰しもが対処する余裕のない痛烈な一撃。

 火星の遺跡から得られた技術である重力兵器体系の成立によって、軍の兵装体系主力の座を追われたNN兵器であったが、その威力は絶大である。

 閃光と共に消える【サウンド・オブ・ミュージック】航空中隊。

 その支援を行っていた防空フリゲート艦【柏】が爆沈し、NN兵器の効果範囲に入っていた【アマリリス】も左舷側に手荒い被害を受けていた。

〈方位4−b−7、反応確認。ステルス艦です。敵艦、熱紋波形から【四不象】と判明〉

「!」

 ウィンドウに、漆黒の宇宙から染み出すように現れる鋭角的な戦闘艦──中華人民宇宙軍の誇った最新鋭穏行艦【四不象】の姿が映し出されていた。

 

激震

 

 爆発から数秒の遅れで衝撃波が【ナデシコb】へと到達し、その船体を揺さぶる。

「っ!」

 

軋音

 

 度重なる損傷によって痛めつけられていた船体が、悲鳴を上げる。

 【ナデシコa】時代にも経験した事の無いほどの激震。ルリはIFS受信機を兼ねる肘掛けに掴まって、必死に激震を耐える。

「被害報告!」

 長いようにも感じられた時間が終わると同時に、ルリは【オモイカネ】並びにH戦隊に属する全艦艇に指示を出す。

 H戦隊の指揮系統に登録された時点で、各艦の電算機は自艦の状況をルアルタイムで報告して来るシステムが構築されては居たが、ルリはその艦の乗員達からの報告も確認する癖があった。

 これは“マシンチルドレン”等と揶揄される事も多いIFS強化型体質者の中では極めて珍しい癖であり、ハーリーら大概のIFS強化体質者は電算機システムを重視──或いは依存し、乗員からの報告を軽視しがちであり、更には最もIFS強化型体質者に求められるシステムの効率的運用と云う面でも電算機からの報告だけの方が遥かに手早い。

 だが、それでもルリは多少は効率が悪かろうとも自らの実戦経験に因るこの癖の有効性を疑う事は無かった。

 そして実戦経験豊富な熟練指揮官達は、ルリの判断を支持していた。

 

激震

 

 先程のNN兵器による衝撃波とは明らかに種類の異なる振動。それは着弾によるもの。

 ステルス艦が装備する対艦兵装は比較的小口径の対艦砲だけであったが、ディストーションフィールドの能力が極めて低下している【ナデシコb】は、その小口径弾によって切り裂かれつつあった。

〈左舷第3ブロック、被弾。動力伝達系破損。左舷防空システム45%喪失〉

〈第二(左)機関部、被弾。推進器部破損。左舷推進器緊急停止〉

 相次ぐ悲報にルリの貌が小さく歪む。

 だが、ルリの口調に変化はない。

「最悪ですね………」

 只、現状を追認するかの様に小さく呟き、H戦隊所属艦艇の状況を表示したウィンドウに目を走らせるただけである。

 現時点でH戦隊に残された戦力は【ナデシコb】を含めて6隻だけである。

 この内【エーデルワイス】並びに2隻の防空フリゲート艦の3隻は【ナデシコc】の護衛として、大気圏への突入を果たそうとしていた。残余の1隻【リアトリス】は先程のNN兵器攻撃を受け、余程に甘く見積もっても中破──或いは素直に大破と云うべき状況。

 最早【ナデシコb】周辺に戦力と呼び得る艦は残されては居なかった。

 又、肝心の【ナデシコb】とて殆ど大破と言っても差し支え無い状況にある。

 正しく最悪の状況であった。

 

 

 

 

 NN兵器の直撃によって手酷い被害を受けた【アマリリス】。

 左舷側の装甲板には罅が縦横に走っていた。所々で歪みをきたし、或いはブロックごとに脱落している箇所すらも在った。それも外部からの圧力ではなく内側からの、何らかの誘爆があったと感じさせる破孔も少なからず存在していた。

 そしてそれは、艦内も同様であり、当然ながらも艦中央部に設けられた3C(中央戦闘指揮所 Central Combatdirection Center)とて例外ではない。

 非常灯が点灯し、薄く煙が流れていた。

 

低周波音

 

 空調が全力で働いているが、全てを吐き出す事に成功しては居なかった。

「第34動力収束管、チェック完了!」

「第2防空砲座群、再起動不能。動力の伝達を中止します!」

「ディストーションフィールド発生システム、冷却終了まで後42。システムチェック終了。規定最大出力の74%まで発揮可能です」

「第3主砲、砲員退避完了。閉鎖実施します」

「第1、第2、第3リニアカタパルト、分離完了。第4はモードbにて船殻へと固定します」

「第1誘導弾庫、不燃充填材注入開始。庫内温度、危険域を脱します」

「軸線グラビティブラスト、電装系の過負荷によって再蓄電は不能。現在、蓄電率22%。射撃不能です」

 喧噪に満ちあふれた3C。その内容は、専門の知識に乏しい者へも【アマリリス】が容易ならざる状態に在ることを教えていた。

 だが緊迫した報告の中にあって【アマリリス】艦長たるアオイ・ジュンは、艦長卓へと腰を下ろしたままじっと状況表示ウィンドウを見続けていた。その相貌には厳しさだけではないものが浮かんでいる。

「行ける………か」

 

打音

 

 小さくコンソロールを弾く。

 艦の現状は容易ならざるものであったが、同時に、至近距離でNN兵器を受けたにしては奇跡にも近い水準に在った。

「砲術、行けるね?」

 簡潔極まりない問いかけ。

 砲術長は、その意図を誤る事無く理解していた。

「“やれ”と命じられれば直ぐにでも」

「機関」

 最早問いかけですら無い、只、短く名を呼ぶジュン。

「後3分ください。再起動までに」

「50秒。あの艦を沈めるまで保てば良い」

「ならば30秒で」

「遣ってくれ」

「了解!」

 その応答が終わるよりも早く、カウントダウンが3C内に響きだす。

 

溜息

 

 一度だけ目を閉じ、そして近距離通信用のウィンドウを開くジュン。相手は【ナデシコb】、ルリ。

「聞こえているかいルリちゃん。今、救援に向かう。それまで──」

 ウィンドの一つに、通常の宇宙戦闘では極新距離と言って良い距離にて【四不象】と壮絶な撃ち合いを行っている【ナデシコb】の姿が映し出されていた。

 傷つきゆく【ナデシコb】の姿に、ジュンは強い焦燥感を感じていた。

 かつて【ナデシコa】時代、否、それ以前の連合宇宙軍士官学校時代から想いを抱いていたミスマル・ユリカ。ジュンにとってルリは同じ艦に乗り込み死線を潜り抜けた戦友としての意識以上に、【ナデシコa】を降りて以降の経緯からくるユリカに絡んだ複雑な感情が在ったのだった。

 護りたかったのだ。只、単純に。

 その様に少しだけ小さく口元を綻ばせるルリ。だがその口をついて出た言葉は、ジュンを唖然とさせるものだった。

 拒否。

 ルリはジュンの、【アマリリス】からの支援を拒否したのだった。

「何故っ!?」

 血相を変えるジュン。対するルリは淡々とその理由を述べていく。

 曰く。あなた方の義務は完遂されました、と。

 地球連合宇宙軍軍人としてその能力の限界まで尽力する義務はある。だが、【アマリリス】の状況はその義務──その限度を超えているとルリは判断したのだった。

『任意方向への退避を命令します。今ならば安全圏にまで【アマリリス】で到達する事が可能な筈です』

 淡々とした口調。

 敵穏行艦との交戦は厳しさを増してゆく最中にあっても、ルリの言葉遣いは平素の調子を失っていなかった。

「そんなルリちゃん!」

 だがルリはジュンの言葉に応えるのではなく、只、H戦隊指揮官としての立場からの言葉を口にし、そして通信を切っていた。

『ご苦労様でした』

 

打音

 

 ルリの言葉の余韻に被せられた破壊音。

 壊れたのは艦長席の肘掛け。

 壊したのはジュンの船内用宇宙服に包まれた右腕。

 

無音

 

 重い沈黙が3Cに舞い降りる。

 カウントダウンが進む中、誰もが息をこらしてジュンを──自らを束ねる者の様子を伺っていた。そのジュンは俯いたまま躰を強張らせていた。

 逡巡。

 自らの心に沸き上がる欲求と、相反する義務。軍人としての責務と、【リアトリス】艦長としての乗組員に対する責任。

 葛藤。

 だが決断は急がねばならない。

 【リアトリス】の置かれた状況はそれ程に容易なものではなく、乗組員達による決死の努力によってギリギリの状態に維持されているに過ぎないのだ。

  だが………

 カウントダウンが無情に過ぎゆくも、ジュンには決めきれずにいた。

 微笑。

 そんな若き艦長の苦悩に熟練の砲術長は口元に小さな笑みを浮かべると、その決断を促すように口を開いた。

「艦長、退避は“任意”方向です」

 口元の笑みは消えていたが、その口調は朗らかだった。そしてジュンにはその一言だけで全てが理解出来た。

 否、思い出したと言うべきか。任意という言葉の意味、心のままに任せると云う事を。

 面を上げたジュン。その瞳に最早迷いは無い。

 そんなジュンの様子を、これまで艦隊勤務一本槍で軍歴を築き上げてきていた砲術長は楽しげに見ていた。

 壮年と言うべき時期を越え、もはや軍務を去るべき自らの老いを自覚しつつあった砲術長にてって、この若き才覚を持った艦長の成長を眺める事──そしてその成長を手助けする事は密やかな楽しみであった。

 尤も生徒として見た場合、ジュンは余りにも筋が良すぎて砲術長が手助けをする様な事態自体が殆ど無かったが。

「命令、本艦はこれより任意方向へと退避する」

 ジュンの声が発せられたのは、カウントダウンが終わりきる少し前であった。

「進路──」

 

 

二〇〇〇 3/10 三一型

 

 


 

【ケイ氏の独り言】

 

 一一章は、単純に接続詞の問題で独立させたのだった。

 対して此方はでかすぎたから(藁

 構成力の無さを痛感致しますな(爆)

 

 では続きをドウゾ


艦長の独り言。

はい、艦長です。
更新遅れてごめんなさい×2。


艦長的コメントは13話の終わりで♪


さあメールを!
ここ!



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